セクハラ・パワハラ39 グループ会社の就労者に対する相談体制整備・対応義務の有無(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、グループ会社の就労者に対する相談体制整備と信義則上の対応義務に関する判例を見てみましょう。

イビデン事件(最高裁平成30年2月15日・ジュリ1517号4頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の子会社の契約社員としてY社の事業場内で就労していたXが、同じ事業場内で就労していた他の子会社の従業員Aから、繰り返し交際を要求され、自宅に押し掛けられるなどしたことにつき、国内外の法令、定款、社内規程及び企業倫理の遵守に関する社員行動基準を定め、自社及び子会社等から成る企業集団の業務の適正等を確保するための体制を整備していたY社において、上記体制を整備したことによる相応の措置を講ずるなどの信義則上の義務に違反したと主張して、Y社に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償を求める事案である。

原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断し、Y社に対する債務不履行に基づく損害賠償請求を一部認容した。
(1)従業員Aは、本件行為につき、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
また、勤務先会社は、Xに対する雇用契約上の付随義務として、使用者が就業環境に関して労働者からの相談に応じて適切に対応すべき義務を負うところ、課長らは、Xから本件行為1について相
談を受けたにもかかわらず、これに関する事実確認や事後の措置を行うなどの対応をしなかったのであり、これによりXが勤務先会社を退職することを余儀なくさせている。そうすると、勤務先会社は、本件行為1につき、課長らがXに対する本件付随義務を怠ったことを理由として、債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。

(2)Y社は、法令等の遵守に関する社員行動基準を定め、本件相談窓口を含む本件法令遵守体制を整備したことからすると、人的、物的、資本的に一体といえる本件グループ会社の全従業員に対して、直接又はその所属する各グループ会社を通じて相応の措置を講ずべき信義則上の義務を負うものというべきである。
これを本件についてみると、Xを雇用していた勤務先会社において、上記(1)のとおり本件付随義務に基づく対応を怠っている以上、Y社は、上記信義則上の義務を履行しなかったと認められる。また、Y社自身においても、平成23年10月、従業員BがXのために本件相談窓口に対し、本件行為2につきXに対する事実確認等の対応を求めたにもかかわらず、Y社の担当者がこれを怠ったことによりXの恐怖と不安を解消させなかったことが認められる。
以上によれば、Y社は、Xに対し、本件行為につき、上記信義則上の義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償責任を負うべきものと解される。

【裁判所の判断】

破棄自判
→原判決中Y社敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき、Xの控訴を棄却する。

【判例のポイント】

1 Xは、勤務先会社に雇用され、本件工場における業務に従事するに当たり、勤務先会社の指揮監督の下で労務を提供していたというのであり、Y社は、本件当時、法令等の遵守に関する社員行動基準を定め、本件法令遵守体制を整備していたものの、Xに対しその指揮監督権を行使する立場にあったとか、Xから実質的に労務の提供を受ける関係にあったとみるべき事情はないというべきである。また、Y社において整備した本件法令遵守体制の仕組みの具体的内容が、勤務先会社が使用者として負うべき雇用契約上の付随義務をY社自らが履行し又はY社の直接間接の指揮監督の下で勤務先会社に履行させるものであったとみるべき事情はうかがわれない。
以上によれば、Y社は、自ら又はXの使用者である勤務先会社を通じて本件付随義務を履行する義務を負うものということはできず、勤務先会社が本件付随義務に基づく対応を怠ったことのみをもって、Y社のXに対する信義則上の義務違反があったものとすることはできない

2 もっとも、・・・Y社は、本件当時、本件法令遵守体制の一環として、本件グループ会社の事業場内で就労する者から法令等の遵守に関する相談を受ける本件相談窓口制度を設け、上記の者に対し、本件相談窓口制度を周知してその利用を促し、現に本件相談窓口における相談への対応を行っていたものである。その趣旨は、本件グループ会社から成る企業集団の業務の適正の確保等を目的として、本件相談窓口における相談への対応を通じて、本件グループ会社の業務に関して生じる可能性がある法令等に違反する行為を予防し、又は現に生じた法令等違反行為に対処することにあると解される。
これらのことに照らすと、本件グループ会社の事業場内で就労した際に、法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が、本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば、Y社は、相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ、上記申出の具体的状況いかんによっては、当該申出をした者に対し、当該申出を受け、体制として整備された仕組みの内容、当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解される。
これを本件についてみると、Xが本件行為1について本件相談窓口に対する相談の申出をしたなどの事情がうかがわれないことに照らすと、Y社は、本件行為1につき、本件相談窓口に対する相談の申出をしていないXとの関係において、上記の義務を負うものではない。

3 また,・・・Y社は、平成23年10月、本件相談窓口において、従業員BからXのためとして本件行為2に関する相談の申出を受け、発注会社及び勤務先会社に依頼して従業員Aその他の関係者の聞き取り調査を行わせるなどしたものである。
本件申出は、Y社に対し、Xに対する事実確認等の対応を求めるというものであったが、本件法令遵守体制の仕組みの具体的内容が、Y社において本件相談窓口に対する相談の申出をした者の求める対応をすべきとするものであったとはうかがわれない。
本件申出に係る相談の内容も、Xが退職した後に本件グループ会社の事業場外で行われた行為に関するものであり、従業員Aの職務執行に直接関係するものとはうかがわれない。
しかも、本件申出の当時、Xは、既に従業員Aと同じ職場では就労しておらず、本件行為2が行われてから8箇月以上経過していた。
したがって、Y社において本件申出の際に求められたXに対する事実確認等の対応をしなかったことをもって、Y社のXに対する損害賠償責任を生じさせることとなる上記の義務違反があったものとすることはできない

一般論として応用可能性があるのは、上記判例のポイント2の部分です。

本件同様の制度をつくった場合には、つくりっぱなしにせず、適切に運用していくことが求められます。

ハラスメントについては、注意喚起のために定期的に研修会を行うことが有効です。顧問弁護士に社内研修会を実施してもらいましょう。