Category Archives: 労働時間

労働時間82 保育園における保育士の時間外割増賃金請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、保育園における保育士の時間外割増賃金請求について見ていきましょう。

社会福祉法人セヴァ福祉会事件(京都地裁令和4年5月11日・労判1268号23頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間の労働契約に基づき、Y社の経営する保育園において、平成17年4月1日から退職した令和2年3月31日まで保育士として勤務したXが、未払割増賃金等の請求をした事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、849万2883円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、10万0411円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、付加金633万7251円を支払え

【判例のポイント】

1 Xは、令和元年度には、幼児クラスの一人担任を務めていたところ、本件事業場では、保育士の配置基準を満たす最低限の人数の職員で運営がされていたことから、一人担任の保育士は、休憩時間であっても保育現場を離れることができず、連絡帳の記載など必要な業務を行って過ごしていたこと、また、食事さえも、業務の一部である食事指導として基本的には園児と一緒にとることになっていたこと、Xは、平成30年度には、保育の担任はしていなかったものの、一人担任の保育士に交替で30分間の休憩を取らせるために、それらの保育士の担当業務を肩代わりしていたことからすれば、Xは、本件事業場では、休憩をとることができていなかったと認めるのが相当である。

2 Y社は、Xが、残業禁止命令に違反し、申請手続も履行していなかったとして、Xの主張する残業時間をもって、Y社の指揮命令下にある時間であるとも、Y社の明示の指示により業務に従事した時間であるともいえないと主張するが、Y社が主張する残業禁止命令や申請手続は、X以外の職員からも遵守されていなかったことが認められるから、この点に関するY社の主張は、そもそもその前提を欠くものであって、採用することはできない。

3 Y社は、本件事業場では、1か月単位の変形労働時間制を採用しているから、Xの時間外割増賃金はこれに従って計算されるべきと主張する。
労基法32条の2は、同法32条による労働時間規制の例外として、1か月以内の期間の変形労働時間制を定めるところ、これが認められるための要件の1つとして、就業規則等により、1か月以内の一定の期間(単位期間)を平均し、1週間当たりの労働時間が法定労働時間である週40時間を超えない定めをすることを要求している。この点、本件事業場に適用される勤務シフト表は、週平均労働時間が常時40時間を超過するものであって、労基法32条の2所定の要件を満たさないものであるから、Y社の主張する変形労働時間制の適用は認められないものと解するのが相当である。

4 Y社は、本件労働契約書記載の基本給額には、1か月あたり15時間分の時間外割増賃金が含まれていることから、時間外・深夜割増賃金を算定する際の基礎となるのは、本件労働契約書に記載されている基本給額から時間外割増賃金額を控除した金額と主張する。
しかしながら、本件年俸規程4条、6条によれば、基本給はその全額が時間外・深夜割増賃金の算定の基礎となるものとされていることから、かかる基本給の中に1か月あたり15時間分の時間外割増賃金が含まれているかのような本件労働契約書の記載は、就業規則の最低基準効に抵触し、無効と解するのが相当である(労働契約法12条)。

事前承認制も変形労働時間制も固定残業制も要件を満たしておらず無効と判断されています。

上記判例のポイント1は、人手不足社会日本において、今後ますます避けて通れない問題です。

これまでのような過度なサービス提供社会から大きくシフトチェンジしなければ会社の運営ができなくなると思います。

日頃から顧問弁護士に相談の上、労働時間の考え方について正しく理解することが肝要です。

労働時間81 不活動待機時間の労基法上の労働時間該当性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、不活動待機時間の労基法上の労働時間該当性について見ていきましょう。

システムメンテナンス事件(札幌高裁令和4年2月25日・労判1267号36頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であるXが、夜間当番中の労働時間のうち、実作業に従事した時間及び移動に要した時間に係る賃金の支払はあるが、待機時間に係る賃金の支払がないなどと主張して、Y社に対し、平成28年7月21日から平成30年9月20日までの期間に係る時間外労働等に対する未払賃金1185万0044円+遅延損害金の支払を求めるとともに、労働基準法114条に基づく付加金963万8110円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審が、未払賃金52万4315円+遅延損害金の支払を求める限度でXの請求を認容したところ、Xは敗訴部分を不服として控訴した。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、111万1884円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、付加金22万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 当番従業員は、午後9時より後の時間帯については、事務所での待機を求められていたものではない。そして、Y社は、メンテナンス部門の従業員に対し、月10回程度の当番を割り当てた上、当番従業員に対し、当番従業員用の携帯電話を携行させ、社用車で帰宅させて、架電があった場合に応答し、必要な場合には現場対応するよう求め、札幌から遠方に出かけたり、飲酒したりすることを禁止していたが、それ以上に登板従業員の行動を制約してはおらず当番従業員は、帰宅して食事、入浴、就寝等をしたり、買い物に出かけたりなど、私的な生活・活動を営むことが十分に可能であると認められる
以上に加え、ベル当番の日に1回以上入電のある確率は約33%、入電のあった日における平均入電回数は約1.36回、入電があってから現場に到着し、作業を終了するまでに要する時間の合計は、平均すると、1時間13分程度であって、これらが多いとまではいえないことも併せると、Xが事務所に待機していない時間帯における不活動待機時間については、いわゆる呼出待機の状態であり、Xが労働契約上の役務の提供を義務付けられていたものではなく、労働からの解放が保障され、使用者の指揮命令下から離脱したものと評価することができるから、これが労働時間に当たると認めることはできない。

2 当番従業員は、ベル当番の際、事務所における待機中は、コンビニエンスストアに買い物に出かけたり、インターネットで動画を閲覧するなど自由に過ごすことができてはいたものの、当番従業員が2名とも事務所に待機していることで、顧客からの電話連絡が入ると、速やかに2名で現場に向かうことができるように事務所に待機していたこと、Y社代表者においても、Xを含む当番従業員が、所定の業務終了後も事務所に待機していることを認識し、これを容認していたと認めることができる。そうすると、Xが、事務所に待機していたと認められる時間帯については、労働からの解放が保障されているとはいえず、Y社の指揮命令下に置かれていたものとして、労働時間に当たるものと認めるのが相当である。

上記判例のポイント1と2は比較して押さえておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、労働時間の考え方について正しく理解することが肝要です。

労働時間80 シフト制勤務医の勤務日・勤務時間削減の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も一週間がんばりましょう。

今日は、シフト制勤務医の勤務日・勤務時間削減の有効性について見ていきましょう。

医療法人社団新拓会事件(東京地裁令和3年12月21日・労判1266号44頁)

【事案の概要】

本件は、Y社とアルバイトの雇用契約を締結していた医師であるXが、Y社から一方的に勤務日及び勤務時間を削減されるという労働条件の切り下げを受けた後に違法に解雇されたと主張して、賃金支払請求権に基づき差額賃金369万9952円+遅延損害金の支払を求め、解雇予告手当支払請求権に基づき解雇予告手当130万6938円+遅延損害金の支払を求め、付加金支払請求権に基づき付加金130万6938円+遅延損害金の支払を求め、上記労働条件の切下げ及び上記解雇が違法であるとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき損害1768万3256円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

1 Y社は、Xに対し、189万9833円+遅延損害金を支払え。

 Y社は、Xに対し、30万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、Xが、令和元年5月16日、Y社に対し、「了解しました。よろしくお願いいたします。」というLINE上のメッセージを送り、勤務日及び勤務時間の削減に同意したと主張する。
しかし、Xは、勤務日及び勤務時間の削減について同意していない旨をLINE上で明確に伝え本件雇用契約書への押印を拒否しているのであり、Cとの交渉の過程で発せられた上記メッセージを取り出してこれをもってXが勤務日及び勤務時間の削減に同意したものと認めることはできない。

2 Y社は、Xが、令和元年5月15日、Y社に対し、「勤務につきましては週に3~4日程度定期的に入れれば幸いです。」というLINE上のメッセージを送ったことにより、週3日の勤務とすることに合意した旨主張する。
しかし、上記メッセージは、XがY社と交渉する経緯の中での妥協案として提案したものと認められるところ、Y社は、結局、この提案を受け容れたものとは認められないことに照らせば、上記メッセージをもってXとY社が週3日の勤務日とする合意をしたものと認めることはできない。

3 Y社がしたXの勤務日及び勤務時間の削減は、違法であるところ、これによりXは、約67%(日額2万8729円÷日額4万2618円=0.674…)もの減収を受けて多大な精神的苦痛を受けたものと認められ、Xの精神的苦痛を慰謝するには30万円が相当である。

珍しく慰謝料請求まで認められています。

LINE等で労働条件の不利益変更に同意したような記載があったとしても、雇用契約書への押印を拒否しているという事情からすれば、真意に基づく同意があったとはなかなか認定しにくいです。

日頃から顧問弁護士に相談の上、労働時間の考え方について正しく理解することが肝要です。

労働時間79 タクシー運転業務の労働時間性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、タクシー運転業務の労働時間性に関する裁判例を見てみましょう。

洛東タクシー事件(京都地裁令和3年12月9日・労判ジャーナル122号1頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に勤務していたタクシー乗務員Xらが、未払いの時間外割増賃金があると主張して、Y社に対し、未払割増賃金及び付加金の支払を請求した事案である。

Y社は、乗務員らのタクシー乗車時間のうち、長時間の客なし走行などを労働時間から除外し、また、基準外手当の支給が割増賃金に当たると主張した。

【裁判所の判断】

請求一部認容(公休出勤手当を割増賃金算定基礎に含めないことを除き、請求認容)

【判例のポイント】

1 タクシー営業において、乗車希望の客を見つけるために、乗客なしに一定時間走行することは当然に想定されるところ、そのような時間であっても、乗車希望の客が見つかった場合には、当該客を乗せて走行することになると考えられる上、実際に、Xらは、それぞれが慣れた経路や地域を中心に、各自の経験に基づいて客を見つけることができると考える場所を「流し」で走行していたものであって、乗客なしの走行をしている間、Xらが行燈の表示を回送等にするなど、およそ客の乗車が想定されない状態にしていたことはうかがわれない

2 そうとすれば、Xらが、客を乗せることなく、長時間走行していたとしても、そのことから直ちに、当該時間について労働から解放されていたとは認め難く、むしろ乗車を希望する客がいた場合には、すぐに客を乗車させて運送業務を行うこととなるのであるから、当該時間についても労働契約上の役務の提供が義務付けられていたものであり、Y社の指揮命令下に置かれていたと認めるのが相当である。

まあ、そう解さざるを得ないでしょうね。

日頃から顧問弁護士に相談の上、労働時間の考え方について正しく理解することが肝要です。

労働時間78 ラブホテル従業員の休憩時間の労働時間該当性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、ラブホテル従業員の休憩時間の労働時間該当性に関する裁判例を見ていきましょう。

ホテルステーショングループ事件(東京地裁令和3年11月29日・労経速2476号29頁)

【事案の概要】

Xは、平成26年4月、Y社(都内で16店舗のラブホテルを経営)との間で労働契約を締結し、以降Y社の経営する複数の店舗において、客室清掃などを担当する「ルーム係」として勤務していた。
Xは、平成30年8月から令和2年8月頃までは、Y社の店舗の一つであるA(11部屋の客室を有する)で勤務し、通常は出勤してタイムカードを打刻した後、所定始業時刻以前の労働時間については賃金が支払われていなかった。

Xは、令和2年12月にY社を退職したが、令和3年2月に、未払賃金及び休業手当の支払を求めて本件訴訟を提起した。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、合計148万5130円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Xは、タイムカードを打刻してから所定始業時刻の午前10時までの間、リネン類の準備作業などを行っており、Xのこれらの作業の性質はY社の業務遂行そのものである。このことに加え、その作業がY社が労務管理のために導入したタイムカードの打刻後に行われていたこと、Y社の管理が及ぶ店舗内で行われていたものであること、ほぼ全ての出勤日で同じように行われ続けていたことなどからすると、Y社はこのような常態的な所定始業時刻前の作業の実態を当然に把握していたというべきところ、これを黙認し、業務遂行として利用していたともいえるから、上記作業はY社の包括的で黙示的な指示によって行われていたものと評価すべきである。

2 Xにおいては、ルーム係として客室清掃等の業務を行うことが労働契約上定められた業務であるところ、その業務を行う態様としては、Y社からの包括的な指揮命令に基づいて、フロント係からの連絡が客室の煙草処理や忘れ物の確認を行ったり、客室の空き状況や当日の混雑状況などを踏まえて必要があると自身らが判断すれば、客室清掃を行うといった状況であった。
そうすると、Xは、所定就業時間内においては、実作業に従事していない時間であっても、状況に応じてこれらの業務に取り掛からなければならない可能性がある状態に置かれていたというべきであり、その結果、原則的にルーム係控室に常に在室することを余儀なくされていたものと認められる。
そうすると、労働契約上の形式的な45分間の休憩時間や実際に昼食をとっていた時間を含めて、所定就業時間内は、Xには労働契約上の役務の提供が義務付けられていたというべきであり、労働からの解放が保障されていたとはいえない
したがって、所定就業時間内は、全て労基法上の労働時間に当たるものと認められる。

上記判例のポイント2については、仕事の性質上、仮に実作業に従事していない時間があったとしても、1人体制では、労働からの解放は否定されてしまうのはやむを得ないところです。

日頃から顧問弁護士に相談の上、労働時間の考え方について正しく理解することが肝要です。

労働時間77 事業場外みなし労働時間制適用の可否(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、事業場外みなし労働時間制適用の可否に関する裁判例を見てみましょう。

アネビー事件(大阪地裁令和3年11月16日・労判ジャーナル121号40頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、Y社に対し、未払割増賃金として、試用期間中である平成29年9月1日から同年12月10日までの勤務分につき割増賃金元本25万0530円+遅延損害金、並びに平成29年12月11日から平成31年2月10日までの勤務分につき割増賃金元本123万1542円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、21万5712円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、87万4208円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xは、常時ノートパソコンでY社のサーバーに保存された顧客情報等にアクセスすることができるようにするため、Y社からノートパソコン及びスマートフォンを貸与されていたのであり、Xは、顧客への営業活動や展示会の参加の際に、大阪支社のXの上司に相談したり、Xの上司がXに営業に関する指示をしたりすることもあったはずである。
だとすれば、Xが直行又は直帰する場合であっても、貸与したスマートフォン等により、Xが顧客のもとに到着し、営業活動を始めた時間や、営業活動を終え、顧客のもとを離れた時間を報告させることにより、Xの労働時間を管理することが十分可能であったといえる。
実際にも、Y社は、業務終了後、Xに日報メールを送信するよう指示し、これを直帰した場合のタイムカード代わりに捉え、その送信をもって業務終了と考えていたほか、証拠によれば、原告は、社用車での移動中にスピーカーフォンに切り替え、運転しながら上長に業務の相談や報告をすることもあったと認められ、原告の直帰時の終業時刻を実際に把握していたものといえる。

2 また、Xは、大阪支社に出勤した際には、その日の予定を朝礼で伝えていたものであり、朝礼に出ることができない場合についても、Xは、口頭で上長に翌日は朝から直行する旨や直行先、おおよその帰社時刻を伝えていたものと認められる。また、Xが直行後大阪支社に戻ってきた場合には、Xの上司がその結果を当然に確認するはずであるし、Xは、各案件の進捗状況等を随時案件シートに更新していくよう指示を受け、訪問日時、担当者名、次回訪問予定日、打合せ内容(具体的な会話内容)、案件の進捗状況、決定事項等を入力していたものと認められ、この認定に反する証拠はないのであって、このようなXから伝えられた情報や案件シートの記載内容を参照することによって、Y社は、Xの大まかな労働時間を把握することはできたはずである。
とりわけ、展示会の場合には、展示会の前日に現地に入る場合には、概ね午前9時頃から遊具等を会場に搬入し、大きな会場では午後6時過ぎ頃まで会場設営を行い、その後、翌日午前9時に集合し、午前10時から展示会が始まり、午後6時頃に終了することが多く、展示会の最終日には、閉会後に撤収作業を行い、多くは翌日に搬出作業を行っていたものであって、上司が営業担当者に展示会への参加を振り分けていた以上、Y社は、展示会の日程は当然に把握していたはずであるし、これにXを含む営業担当者が参加する場合には前記のようなスケジュールとなることも把握していたものと推認される

3 以上に加え、社用車を利用して出張する場合、事前に、行先、出発予定時刻及び帰社予定時刻を社内の共有システムに入力して予約することが義務付けられていたこと、レンタカーを利用する場合や新幹線を利用する場合、宿泊を伴う場合は、事前に必要経費を計算して申請し、上司の許可を得ることが義務付けられていたことなどが認められ、これらの事情によれば、Y社は、Xが出張に際して提出する各種申請内容等によっても、Xの行動予定を大まかに把握することができたものといえる。
以上の諸点を総合すると、Xが事業場である大阪支社外で業務を遂行した場合の労働時間をY社が算定することは十分に可能であり、これを算定し難いということはできない
Y社の主張は、要するに労働時間の管理は可能であるが、敢えてこれを行わないというに過ぎず、その他Y社が種々主張するところを踏まえても、前記判断を左右しない。
よって、Xの事業場外での労働につき、労働基準法38条の2第1項の適用があるということはできない。

ご覧の通り、事業場外みなし労働時間制の要件は極めて厳しく判断されるため、同制度を採用することは、非常にリスクが高いといえます。

日頃から顧問弁護士に相談の上、労働時間の考え方について正しく理解することが肝要です。 

労働時間76 障害者就労支援施設等での泊まり込み時間が実労働時間として認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、障害者就労支援施設等での泊まり込み時間が実労働時間として認められた事案を見ていきましょう。

グローバル事件(福岡地裁小倉支部令和3年8月24日・労経速2467号3頁)

【事案の概要】

本件は、Xらが、就労移行支援施設、グループホーム、自立準備施設等を運営しているY社に対し、①未払賃金(X1につき1112万8136円、X2につき2357万7345円)、②前記①に対する遅延損害金の支払、③付加金+遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、X1に対し、945万1705円+遅延損害金、付加金を支払え

Y社は、X2に対し、1637万9459円+遅延損害金、付加金を支払え

【判例のポイント】

1 Xらには、利用者の対応をしていない不活動時間もあると考えられるところ、利用者から対応を求められるタイミングは、あらかじめ明らかになっているものではなく、不活動時間においても、必要があれば利用者対応をすることが予定されているといえるから、労働契約上の役務の提供が義務付けられているとして、Y社の指揮命令下に置かれていたというべきであり、労働時間にあたる。
ただし、Xらにも朝食を取るなど、労働からの解放が保障されている時間があったと考えられるから、午前6時から午前8時30分までの間の30分は労働時間にあたらないというべきである。

2 平日の午後4時から午後9時までの間、Xらは、支援記録を欠いたり、夕食の配膳等を行ったりする他、利用者の入浴の見守り・介助を行っていたから、これらの時間は労働時間にあたる。
また、それ以外の不活動時間においても、介助等の利用者対応を求められるタイミングは、あらかじめ明らかになっているものではなく、不活動時間においても、必要があれば利用者対応をすることが予定されているといえるから、労働契約上の役務の提供が義務付けられているといえるとして、Y社の指揮命令下に置かれていたというべきであり、労働時間にあたる。
ただし、Xらも夕食を取ったり、風呂に入ったりしていたと考えられること、Xらは、週に3、4度、1度につき30分から1時間程度、自分の用事で外出していたことからすれば、Xらにも、労働からの解放が保障されている時間があったと考えられるから、少なくとも午後4時から午後9時までの間の1時間は労働時間にあたらないというべきである。

拘束時間が長い職業の場合、今回の事案同様、すごい金額になってしまいます。

このような施設は極めて多いと思います。

消滅時効の期間が伸長されていることを考えると今のうちに対策を考えないと経営破綻してしまいます。

労働人口がますます減っていくことからしますと、抜本的な解決はかなり難しいといえます。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。 

労働時間75 通勤時間、朝礼時間、休憩時間の労働時間性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、未払賃金等支払請求と通勤時間等の労働時間性に関する裁判例を見てみましょう。

オーイング事件(福井地裁令和3年3月10日・労判ジャーナル112号54頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と雇用契約を締結して労務を提供していたXら12名が、Y社に対し、雇用契約に基づく賃金支払請求権に基づいて、未払賃金等の支払を求めるとともに、付加金請求権に基づいて、付加金等の支払を求め、さらに、不法行為に損害賠償請求権に基づいて、それぞれ100万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払賃金請求一部認容

損害賠償請求棄却

【判例のポイント】

1 各集合場所と高浜発電所の間のY社社有車の移動時間については、Xらは、他の従業員を乗せて社有車の運転を行う場合もあったとはいえ、社有車内で業務を行うことはなかったことからすると、自家用車等で通勤する場合と差異はないといえ、Xらが入門証の管理についてY社の指示に従っていたことから直ちに、Xらが上記移動時間中にY社の指揮命令下に置かれていたとはいえないこと等から、Xらが主張する各集合場所と同発電所までの移動時間については、これを労働時間と認めることはできない

2 午前8時に呼出周辺巡回業務を開始する警備員を対象に午前7時半頃から朝礼が行われていたこと、朝礼において、前日からの引継ぎや業務に関する注意喚起など、業務遂行に必要な連絡等が行われていたこと、朝礼に参加しない場合において注意を受けるということもあったことが認められ、そして、朝礼終了後、警備員はその日のそれぞれの配置場所に移動した上で勤務を開始していたことからすると、朝礼及びその後の配置場所までの移動までの行動を含めて、Y社の指揮命令下に置かれていたものと認められるから、呼出周辺巡回業務を担当する警備員において、午前8時に同業務を開始する日の朝礼開始後業務開始までの30分間は労働基準法上の労働時間に該当するものと認めるのが相当である。

3 Xらは、昼の60分の休憩時間全体において、ゲートの開閉等の業務について、直ちに対応することが義務付けられており、労働からの解放が保障されているとはいえず、Xらは、Y社の指揮命令下に置かれていたといえるから、昼の60分の休憩時間とされた時間は、労働基準法上の労働時間に該当するものと認めるのが相当であり、夜勤の60分間の休憩時間について、Xらは夜勤時においてもPHSを携帯していたことが認められ、これに加え、昼の60分間の休憩時間についてローテーションが機能していなかったことからすれば、夜勤の60分間の休憩時間についても、ローテーションが機能していなかったことが推認されるから、夜勤の60分間の休憩時間において、Xらは、労働からの解放が保障されているとはいえず、XらはY社の指揮命令下に置かれていたといえるから、日勤の昼の60分の休憩時間のほか、夜勤の60分の休憩時間についても、労働基準法上の労働時間に該当すると認めるのが相当である。

警備員に限らず、休憩時間の労働時間該当性についての判断として一般的なものです。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。 

労働時間74 ダブルワーク先の労働時間について通算が否定された理由とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、労基法38条に基づき、ダブルワーク先の労働時間について通算が否定された事案を見ていきましょう。

シェリーマン事件(東京地裁令和3年3月3日・労経速2454号37頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されていたXが、①雇用契約に基づく賃金請求として、平成29年11月1日から同年12月5日までの間(以下「本件請求期間」という。)の未払残業代18万2185円及び②労基法20条1項に基づく解雇予告手当の未払分の請求として、17万6700円の合計35万8885円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、6万4421円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xは、午前7時から翌日の午前7時まで24時間勤務のダブルワークを行っており、ダブルワーク先における労働時間を、労基法38条に基づき、Y社における労働時間に通算すべきである旨主張する。
この点、労基法32条2項が、1日8時間を超えて労働させてはならない旨規定する趣旨は、長時間労働により労働者に生じる種々の悪影響を排除することにあると解されることからすれば、同項の1日とは、午前0時から午後12時までのいわゆる暦日をいうが、継続勤務が2暦日にわたる場合には、たとえ暦日を異にする場合でも1勤務として取扱い、当該勤務は始業時刻の属する日の労働として、当該日の1日の労働とすべきであると解される(昭和63年1月1日基発第1号,平成11年3月31日基発第168号参照)。

2 Xは、平成29年11月2日、同月5日、同月12日、同月16日、同月20日及び同月26日に、ダブルワーク先において、午前7時から翌日の午前7時まで就労していたことが認められるところ、継続勤務が2暦日にわたる場合には、暦日を異にする場合でも1勤務として取り扱い、当該勤務は始業時刻の属する日の労働として扱うべきであると解されることからすれば、2暦日目の午前0時から午前7時までの7時間の労働時間については、ダブルワーク先における始業時刻が属する日の労働時間として算定されるべきものである。
また、ダブルワーク先における始業時刻の属する日において、当該始業時刻前に、Y社において夜間清掃業務を行っていた場合、夜間清掃業務は前日のフロント業務との継続勤務が2暦日にわたる場合として、当該フロント業務の始業時刻の属する日の労働であると解されるから、夜間清掃業務と午前7時からのダブルワーク先における労働は、別日のものと解すべきである。
そうすると、ダブルワーク先における労働時間について、労基法38条に基づきY社における労働時間として通算すべきものがあるとは認められず、Xの主張は採用できない。

上記判例のポイント1の通達は理解しておきましょう。

労働時間に関する対応は、事前に顧問弁護士に相談することにより大幅にリスクヘッジが可能になります。

労働時間73 セミナー受講の労働時間性と受講料返還請求の可否(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、セミナーの受講料返還請求に関する裁判例を見てみましょう。

ダイレックス事件(長崎地裁令和3年2月26日・労判1241号16頁)

【事案の概要】

本件甲事件は、Y社の従業員であったXが、平成26年7月2日から平成28年8月31日まで、時間外労働等を行ったと主張して、労働契約に基づいて、Y社に対し、割増賃金260万0026円+遅延損害金の支払を求めると共に、労基法114条に基づいて、Y社に対し、付加金179万0414円+遅延損害金の支払を求める事案である。

本件乙事件は、Y社において、①XがY社に在職中である平成24年4月25日から平成27年8月19日までに聴講したセミナーの受講料について、Y社との間で、平成24年3月11日、受講から2年以内にY社を退職した場合にはY社にこれを支払う旨を合意したところ、平成28年10月2日にY社を退職したと主張して、無名契約たる上記合意に基づいて、Xに対し、受講料14万4335円+遅延損害金の支払を求め、②Xが、上記受講に当たって要した交通費について、平成24年3月11日、受講後2年間、雇用契約が継続された場合には支払義務が免除されることを条件に、Y社からこれを借り受けたところ、上記のとおりにY社を退職したと主張して、上記消費貸借契約に基づいて、Xに対し、貸金20万8260円+遅延損害金の支払を求め、③Xが、上記受講に当たって要した宿泊費について、平成24年3月11日、Xに代わってこれを支払ったY社との間で、受講後2年間、雇用契約が継続された場合には支払義務が免除されることを条件に、XのY社に対する精算金支払債務を消費貸借の目的とすることに合意したところ、上記のとおりにY社を退職したと主張して、上記準消費貸借契約に基づいて、Xに対し、貸金6万2270円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、153万0581円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、付加金96万4667円+遅延損害金を支払え。
 
Y社の請求を棄却する。

【判例のポイント】

1 本件セミナーの内容は、店舗で販売されるa社のPB商品の説明が主なものであること、本件セミナーの会場は、Y社本社又はY社店舗であったこと、受講料等はY社が負担し、宿泊の場合のホテルもY社が指定していたことからすれば、本件セミナーはY社の業務との関連性が認められる
また、Xは上司に当たるエリア長及び店長から正社員になるための要件であるとして受講するよう言われていた上、店長もXの受講に合わせてシフトを変更していたのであるから、受講前に受信したメールに「自由参加です」との記載があるとしても、それへの参加が事実上、強制されていたというべきである。
そうすると、本件セミナーの受講は使用者であるY社の指揮命令下に置かれたものと客観的に定まるものといえるから、その参加時間は労働時間であると認められる。

2 本件セミナーの受講は労働時間と認められ、その受講料等は本来的にY社が負担すべきものと考えられること、その内容に汎用性を見出し難いから、他の職に移ったとしても本件セミナーでの経験を生かせるとまでは考えられず、そうすると、本件合意は従業員の雇用契約から離れる自由を制限するものといわざるを得ないこと、受講料等の具体的金額は事前に知らされておらず、従業員においてY社に負担する金額を尋ねることができるとはいっても、これをすることは退職の意思があると表明するに等しく、事実上困難というべきであって、従業員の予測可能性が担保されていないこと、その額も合計40万円を超えるものであり、Xの手取り給与額(平成26年8月から平成28年9月までで月額15万円から26万円。平均すると、月額約18万6000円。ただし,平成27年4月以降は家族手当を含む。)と比較して、決して少額とはいえないことからすれば、本件合意につきY社が主張するような法的形式をとるとしても、その実質においては、労働基準法16条にいう違約金の定めであるというべきである。
したがって、本件合意は無効である。

判例のポイント2のような合意は必ず労基法16条との関係で問題となります。

この手の裁判例をいくつか理解しておくと、実務において応用がきくようになります。

いずれにせよ、日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に制度運用することをおすすめいたします。