Category Archives: 競業避止義務

競業避止義務23 退職後の競業行為に基づく損害賠償請求が棄却された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、元社員に対する競業行為に基づく損害賠償等請求に関する裁判例を見てみましょう。

日本圧着端子製造事件(大阪地裁平成29年11月15日・労判ジャーナル73号26頁)

【事案の概要】

本件は、Y社でコネクタの開発等に従事していた元従業員Xが、退職金約555万円を受給してY社を退職した後、コネクタの製造販売等を業とする別会社に就職したため、Y社が、Xに対し、主位的に、競業行為をした場合に退職金相当額を支払う旨の合意に違反したと主張して、賠償額の予定に基づく損害賠償として約555万円等の支払を求め、予備的に、競業会社に就職した場合に退職金を支給しない旨の退職金規定により、Xの退職金の受給が不当利得に当たると主張して、不当利得返還請求権に基づき、約555万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社及びA社は、いずれも自動車用のコネクタの製造及び販売を業とする点で共通するところ、自動車用のコネクタの中でも主として取り扱う部品に差異があるとしても、いずれも自動車の動力用装置に使用されるカードエッジコネクタの開発を行っていたことが認められ、少なくともこの点において、両者の業務は競業していると認めるのが相当である。そうすると、競業の程度はともかく、Xが、Y社を退職した日の翌日にA社に就職したことは、本件不支給規定における「2年以内に競業会社に就職し、もしくは競業業務に従事した」場合に当たると認めるのが相当である。

2 使用者が、退職金を不支給又は減額するには、当該退職者について、それまでの勤続の功労を抹消ないし減殺する程度の背信的行為があることを要すると解するのが相当であるところ、Xが、A社において、Y社在籍中に知り得たカードエッジコネクタの製品仕様を利用してカードエッジコネクタの開発に従事したとまでは認められず、また、Xは、A社入社後、営業担当者を同行して、B社及びC社を訪問した事実が認められるが、仮に上記訪問の際、Xが営業活動を行った可能性があるとしても、それは単に従前の取引関係により構築されたコネクションを利用してなされたものとうかがわれるのであって、Y社の取引先を奪取する意図で行われたものであるとまでは認められず、さらに、Xが、十分な引継ぎをしないまま退職したとまで認めることはできず、そして、Xが、Y社の従業員2名を引き抜いてA社に転職させたことを認めるに足りる的確な証拠は認められないこと等から、Y社主張に係るXの功労末梢行為があるとは認められない。

退職後の競業避止義務違反はいたるところで頻発しています。

一言で言えば「やりすぎ注意」ということなのですが、その線引きが問題となります。

もっとも、多くの事例では、会社側に厳しい判断がなされていますので気をつけましょう。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務22 元従業員に対する競業禁止の合意に基づく損害賠償請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は元従業員に対する競業禁止の合意等に基づく損害賠償請求に関する裁判例を見てみましょう。

リンクスタッフ元従業員事件(大阪地裁平成28年7月14日・労判1157号85頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が元従業員であったXに対し、Y社・X間では退職後一定期間は同業他社に就職しないこと等を内容とする競業禁止の合意があったにもかかわらずXはこれに違反した、Xは他の退職従業員と共謀してY社の事業の妨害を図ったなどとして、債務不履行ないし不法行為に基づき、損害賠償を請求する事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 退職後の競業禁止の合意は、労働者の職業選択の自由を制約するから、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合は公序良俗に反し、無効である。
本件についてみると、Xはいわゆる平社員にすぎないうえ、Y社への在籍期間も約1年にすぎない。他方、競業禁止義務を負う範囲は、退職の日から3年にわたって競業関係に立つ事業者への就職等を禁止するというものであり、何らの地域制限も付されていないから、相当程度に広範といわざるを得ない。
Y社は、業務手当の中には、みなし代償措置である2200円が含まれているとも主張するが、Xは、業務手当の中には、みなし代償措置が含まれているとの説明を受けたことはないと供述しているうえ、仮にこれが代償措置として設けられているとしても、その額は、Xの在籍期間全部を通じても総額で3万円ほどにすぎず、上記のような広範な競業禁止の範囲を正当化するものとは到底言えない。
そうすると、本件誓約書による競業禁止の範囲は合理的な範囲にとどまるものとはいえないから、公序良俗に反し無効であり、競業禁止の合意に基づく請求は理由がない。

このような事情であれば、訴訟を起こす前から結論は目に見えています。

訴訟をやるだけ時間とお金の無駄です。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務21 競業避止合意に基づく競業行為差止請求が棄却された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、競業避止合意に基づく競業行為差止等請求に関する裁判例を見てみましょう。

デジタルパワーステーション事件(東京地裁平成28年12月19日・労判ジャーナル61号21頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、元従業員Xらとの間の競業避止合意に基づき、同人らに対し、A社において使用人として稼働することの禁止を求めるとともに、上記合意における競業避止義務の不履行に基づき損害金約141万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社は、アダルトゲームのパッケージやキャラクターグッズの企画・製造・販売業という特殊な業界において、顧客であるゲームソフト会社との間で、受注生産しているところ、退職者に競業避止義務を負わせることにより、顧客や取引先、各種商品の仕様や製造単価などの内部情報の無断利用ないし流出を防ぎ、既存顧客を維持するなどの利益確保の必要性は認めることができ、また、Xらと顧客らとの間には強固な人的関係があり、Xらが退職後に競業行為を行うことにより、Y社に不利益が生じるおそれも大きいものと窺えるが、本件合意は、Xらに対し、退職後3年間という比較的長期にわたり、地域的な制限もなく、競合企業に雇用されたり、競合事業を起業したり、競業行為を行うこと、Y社の顧客と交渉したり、受注することを広範囲に禁止するものであり、Xらの職業選択又は営業の自由に対する制約が大きいにもかかわらず、これに対する代替措置は何ら講じられていないこと等から、本件合意は、合理的な制限の範囲を超えるものであり、Xらの職業選択又は営業の自由を不当に侵害するものであるから、公序良俗に反し無効である。

よく見かける競業避止に関する裁判例です。

この分野の裁判は、多くの場合、会社側に不利な結論で終わります。

納得はしづらいと思いますが、これが現実です。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務20 競業禁止合意に基づく損害賠償請求が棄却された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、競業禁止合意に基づく損害賠償請求に関する裁判例を見てみましょう。

リンクスタッフ事件(大阪地裁平成28年7月14日・労判ジャーナル56号31頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が元従業員に対し、両者間では退職後一定期間は同業他社に就職しないこと等を内容とする競業禁止の合意があったにもかかわらず元従業員はこれに違反した、元従業員は他の退職従業員と共謀してY社の事業の妨害を図ったなどとして、債務不履行ないし不法行為に基づき、損害賠償を請求した事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 退職後の競業禁止の合意は、労働者の職業選択の自由を制約するから、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合は公序良俗に反し、無効であるところ、元従業員はいわゆる平社員にすぎないうえ、Y社への在籍期間も約1年にすぎず、他方、競業禁止義務を負う範囲は、退職の日から3年にわたって競業関係に立つ事業者への就職等を禁止するというものであり、何らの地域制限も付されていないから、相当程度に広範といわざるを得ず、Y社は、業務手当の中には、みなし代償措置である2200円が含まれているとも主張するが、元従業員は、業務手当の中には、みなし代償措置が含まれているとの説明を受けたことはないと供述しているうえ、仮にこれが代償措置として設けられているとしても、その額は、元従業員の在籍期間全部を通じても総額で3万円ほどにすぎず、上記のような広範な競業禁止の範囲を正当化するものとは到底言えず、本件誓約書による競業禁止の範囲は合理的な範囲にとどまるものとはいえないから、公序良俗に反し無効であり、競業禁止の合意に基づく請求は理由がない。

競業避止義務についての判断としてはスタンダードなものです。

この分野の裁判は、会社側に分が悪いですね。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務19(第一紙業事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、競業避止義務違反を理由とする元従業員への損害賠償請求に関する裁判例を見てみましょう。

第一紙業事件(東京地裁平成28年1月15日・労経速2276号12頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、Y社の従業員であるAにおいて、Y社が実施した早期退職制度に応募して退職した後に、在職中及び退職後の競業避止義務に違反して競業行為を行ったことが発覚したと主張し、Aが在職中に競業行為を行い、あるいは退職後に競業行為を行う意図があることをY社に秘匿して退職給付を受けたことが不法行為に当たると主張して、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、退職給付相当額及び弁護士費用の損害金+遅延損害金の支払を求めるとともに、選択的に、Aが在職中及び退職後に競業行為を行うという早期退職制度の適用除外事由又はY社の退職金規程上の不支給事由があるにもかかわらず退職給付を受けたことが不当利得に当たると主張して、不当利得に基づく利得金返還請求権に基づき、退職給付相当額等の利得金及び利息の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

AはY社に対し、1157万1805円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Y社就業規則18条9号のうち在職中の競業避止義務を定める部分は、雇用契約に付随する義務としてその合理性が認められるから有効である。・・・他方で、Y社就業規則18条9号のうち退職後の競業避止義務を定める部分及び本件競業避止義務条項の効力を判断するに際しては、①使用者の利益(競業制限の目的)、②退職者の従前の地位、③競業制限範囲の妥当性、④代償措置の有無、内容から検討すべきである。

2 ・・・Y社は、本件商品に関する技術上の秘密、ノウハウ等を維持することを目的として、Aに対して退職後の競業避止義務を課したものと認められ、そのようなY社の利益(競業制限の目的)は、保護されるべきものであるといえる(①)。
また、AがY社における特命担当として、本件商品の開発に従事し、本件商品に関する技術上の秘密、ノウハウ等を最もよく知る立場にあり、相応の営業能力を備えていたことが認められることからすると、上記のY社の利益を保護するために、Aに対し退職後の競業避止義務を課す必要が高いものであったというべきである(②)。
そして、同条項において、競業行為が「機密情報や業務上知り得た特別な知識を利用した競業的行為」と一応限定されていることが認められ、その他の範囲についても合理的に限定し得るものであり(③)、本件早期退職制度の適用を受けたAに対し、同制度に基づき、通常退職金に加えて、割増退職金の支払等3000万円余りの優遇措置が付与されたことが認められ、Aに付与された優遇措置には、退職後の競業制限に対する代償措置の性格が含まれているものと評価することができる。

3 本件早期退職制度において、Y社が本件早期退職制度の応募者に適用除外事由がないものと信頼しているか否かは措くとして、本件早期退職制度における適用除外事由が背信的行為を行った応募者に対し、同制度上の優遇措置を享受させるべきでないとの趣旨から定められており、そのような趣旨からすると、本件早期退職制度の適用決定がされた応募者について、背信的行為が発覚した場合に、Y社がその適用を撤回することも制度上予定されているものと解されることを勘案すると、応募者の適用除外事由の有無は、Y社が調査すべきものであると解するのが相当である。加えて、応募者に適用除外事由の自己申告を期待することは不可能である。
そうすると、本件の事実関係において、本件早期退職制度の応募者が、自らに適用除外事由がある場合に、信義則上、Y社に対し、その旨を告知すべき義務を負っていると認めることはできないというべきである。

本件においては、裁判所はAの行為は不法行為に該当しないと判断しています(不当利得返還請求を認めた)。

競業避止義務をめぐる訴訟では、会社側の主張を認めてもらうのはとても大変ですが、本件では請求内容が割増退職金の返還ということもあり、一部認容してくれました。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務18(甲社事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、転職に関し競業避止義務違反は生じないとされた裁判例を見てみましょう。

甲社事件(東京地裁平成27年10月30日・労経速2268号20頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、元従業員であったY社に対し、X・Y社間の雇用契約上の競業避止義務違反又は不法行為に基づき損害賠償を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 一般に、会社の従業員は、元来、職業選択の自由を保障され、退職後は競業避止義務を負わないのが原則である。したがって、退職後の転職を禁ずる本件競業避止規定は、その目的、在職中のXの地位、転職が禁止される範囲、代償措置の有無等に照らし、転職を禁止することに合理性があると認められないときは、公序良俗に反するものとして有効性が否定されるというべきである。

2 確かに、Y社の主張する、労働者派遣事業を行うためにY社が負担する顧客開拓・維持の費用あるいは業務拡大の期待利益については一応保護に値する利益と考えられるが、1年勤務したに過ぎないXに対する職業選択の自由の制約として見た場合、本件競業避止規定がそれぞれ定める要件は抽象的な内容であって、幅広い企業への転職が禁止される禁止されることになる。また、禁止される期間も、3年間の競業避止期間はXの勤続期間1年と比較して非常に長いと考えられるし、本件誓約書及び本件覚書については期間の限定が全くないことから、いずれも過度の制約をXに強いているものと評価せざるを得ない

3 これに対して、Xは、休日出勤手当や残業手当の支払がなく、賞与の支給もなかった。また、Y社に内定後入社までの研修期間中にもXは業務に従事しているが、事前に聞かされていたアルバイト料の支払をなかったことからすれば、Xは、Y社から本来受けるべき対価としての賃金を十分に受け取っていないものと認められる。そればかりか、Xが転職活動をするにしても、Xが希望する積算業務の求人が非常に少なく、応募が困難な中でようやくZ社への転職が決まったという事情もあった

4 そうすると、本件競業避止規定によってXの転職を禁止することに合理性があるとは到底認められないことから、公序良俗に反するものとして有効性が否定されるというべきである。

競業避止義務に関する考え方を知るにはよい裁判例です。

上記判例のポイント1や2の考え方を理解し、それを踏まえた労務管理を行う必要があります。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務17(関東工業事件)

おはようございます

さて、今日は、退職後の秘密保持義務、競業避止義務に関する裁判例を見てみましょう。

関東工業事件(東京地裁平成24年3月13日・労経速2144号23頁)

【事案の概要】

X社は、主に廃プラスチックのリサイクルを業とする会社であり、仕入先から廃プラスチック等を仕入れ、これを工場で粉砕するなどした上で、海外に輸出するのを業としていた。

Bらは、X社との間で雇用契約を締結し、営業職として勤務していた。

Y社は、平成22年3月設立された会社であり、X社と同じく廃プラスチックのリサイクルを業としている。Y社の代表取締役はBである。

X社は、Bらに対し、秘密保持義務違反、競業避止義務違反等を理由として、不法行為ないし債務不履行に基づく損害賠償を請求した。

【裁判所の判断】

請求棄却
→秘密保持義務違反、競業避止義務違反にはあたらない。

【判例のポイント】

1 使用者は、労働者に対し、就業規則ないし個別合意等により業務上の秘密の不正利用を禁ずることができるが、このような条項には多かれ少なかれ労働者の自由な行動を制約する側面があり、しかも本来、雇用契約上の拘束を受けないはずである退職後の行動を制約することからすれば、何をもって秘密事項というかについては、本来、就業規則ないし個別合意等により明確に定められることが望ましいというべきであるし、かつ、労働者の行為(とりわけ退職後の行為)を不当に制約することのないよう、その秘密事項の内容も、過度に広汎にわたらない合理的なものであることが求められるというべきである

2 本件において、何をもって業務上の秘密とするかについて、就業規則上も本件通知上も具体的に定めた規定は見当たらないところ、不正競争防止法上の「営業秘密」については、いわゆる(1)当該情報が秘密として管理されていること(秘密管理性)、(2)事業活動に有用な技術的又は営業上の情報であること(有用性)及び(3)公然と知られていないこと(非公知性)という3つの要件が必要であるとされている(同法2条6項)。就業規則や個別合意による企業秘密の不正利用の防止が、不正競争防止法とは関係なく、あるいは、同法による規制に上乗せしてなされるものであることにかんがみると、これらにより保護されるべき秘密情報については、必ずしも不正競争防止法上の「営業秘密」と同義に解する必要はないというべきである。しかし、他方で、当該規制により、労働者の行動を萎縮させるなどその正当な行為まで不当に制約することのないようにするには、その秘密情報の内容が客観的に明確にされている必要があり、この点で、当該情報が、当該企業において明確な形で秘密として管理されていることが最低限必要というべきであるし、また、「秘密」の本来的な語義からしても、未だ公然と知られていない情報であることは不可欠な要素であると考えられる。このような点からすれば、就業規則ないし個別合意により漏洩等が禁じられる秘密事項についても、少なくとも、上記秘密管理性及び非公知性の要件は必要であると解するのが相当である

3 これを本件についてみるに、X社が業務上の秘密として主張する廃プラスチックの仕入先に関する情報については、「秘」の印が押されたりして管理されるわけでもなく、当該情報にアクセスすることができる者が限定されているわけでもなく、従業員であれば誰でも閲覧できる状態にあったことは、当事者間に争いがない。したがって、X社において、これらの情報が秘密として管理されていなかったことは明白である。また、本件訴訟におけるX社の主張をみても、当初訴状の段階では単に「顧客情報」と主張していたのに対し、その後「客先ごとの取引の種類、仕入量、価格といった営業上の重要な情報」(第1準備書面)、「具体的な値決めについてのノウハウ、取引先の存在、取引先がどのような品を欲しがるか、取引の可能となる価格」(第2準備書面)とその内容は必ずしも一定せず、このような主張内容が変転すること自体、X社においても、これらの情報の範囲を客観的に明らかな形で定義できていないことを示すものであって、これらが秘密として管理されていないことを示すということができる。
このように、X社主張にかかる情報は、秘密管理性の要件を充たさないものであるから、これが就業規則及び本件機密保持契約で保護されるべき秘密情報に当たると解する余地はないというべきである。

4 X社は、Bらが、X社を退職した後直ちにY社を設立ないし入社しているもので、就業規則59条2項に反する旨主張する。
このような就業規則や労使間の個別合意により、雇用契約関係終了後の労働者の職業選択の自由を制約できるかについては疑義もあるところであるが、労働者は、使用者の有する営業機密を使用してその業務を遂行したり、業務遂行の過程で営業機密を知ることもあるから、そのような場合には一定の範囲、期間内において退職後の労働者の競業を禁止することが正当化される場合もあり得る。しかし、他方で、労働者の立場からすれば、本来、退職後の職業選択に関し制約を受けるべき理由がないにもかかわらず、
使用者の利益確保のためにこれを制約されることを意味するものであるから、上記のような就業規則の競業避止条項や合意による競業避止特約が有効と認められるためには、使用者が確保しようとする利益に照らして、競業禁止の内容が必要最小限度に止まっており、かつ、十分な代償措置が施されることが必要であると解される。そして、そのような条件を満たさない場合には、上記条項ないし制約は、労働者の権利を一方的かつ不当に制約するもので公序良俗に反するとして、民法90条により無効となると解される

5 本件においては、Bらは、X社での業務遂行過程において、業務上の秘密を使用する立場にあったわけではないから、そもそも競業を禁ずべき前提条件を欠くものであるし、X社は、Bらに対し、何らの代償措置も講じていないのであるから、上記競業避止条項ないし特約は、民法90条により無効と認めざるを得ない。
したがって、Bらの競業避止義務違反をいうX社の主張については理由がない。

非常に参考になる裁判例ですね。

この分野は、原告側の会社は結構ハードルが高いので、注意が必要です。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務16(山口工業事件)

おはようございます。

さて、今日は、退職した支社長の未払賃金請求と背任行為への損害賠償に関する裁判例を見てみましょう。

山口工業事件(東京地裁平成23年12月27日・労判1045号25頁)

【事案の概要】

Y社は、建築工事業、とび・土木工事業等を業とする会社である。

Xは、Y社の東京支社長の地位にあった者である。

Xは、Y社と取引関係にあるA社の東京支店長という肩書の名刺を作成し、A社から業務を受託して月額10万円(合計350万円)の金員を受け取っていた。

Xは、名刺の作成については、業務委託先の名刺を作成しておけば円滑に業務が進む旨を述べてY社社長の承諾を得ていたが、金員の受け取りについては、Y社社長に報告していなかった。

その後、Xは、Y社を退職した。Y社社長は、Xの退職に不明朗な点を感じ、東京支社の調査を行ったところ、上記状況が判明した。

Y社社長は、東京支社の収支に関してXに問い合わせたが、Xへの電話で感情的になって「お前は1000万円の使い込みをしたんだ。告訴する。警察にも言っている。お前の家族をがたがたにしてやる。出て来い。こら。」などと怒鳴った。

またXの仕事上の知人への電話で「Xについては在籍中、横領の事実が明らかになったため解雇した。横領金額は1700万円である。警察に告訴する。このような人とは一緒に仕事はしない方がよい。」などとXを非難する発言をした。

Xは、Y社に対して、同社を退職後に、未払いとなっていた平成21年3月分の給与を求めるとともに、Y社社長に対して、同人から脅迫的言動を受けたり、名誉を毀損する発言をされたなどとして、不法行為に基づく損害賠償を請求した。

これに対し、Y社は、Xに対し、在職中の背任行為について、不法行為に基づく損害賠償請求をする反訴を提起した。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、給与の支払うように命じた。

Y社社長はXに対し、慰謝料として20万円を支払うように命じた。

XはY社に対し、約435万円を支払うように命じた。

【判例のポイント】

1 ・・・Xは、上記金員については、Y社との間の業務委託契約以外の業務を行ったことに対するアルバイト料であると主張するが、何らの客観的な裏付けもなく、その内容も不自然というほかないものであって、信用することはできない。したがって、これは、Y社とA社との間の業務委託契約に関連して受け取ったものであると推認すべきものであるが、本来、Y社の東京支社長としてY社の利益を最大限に図るべき立場にあるXが、単に形式的、対外的な意味で他社の名刺を所持するというだけでなく、業務委託契約の相手方である業者から定期的に定額の報酬を受け取り、実質的にも当該業者の利益のために行動するというのは、明らかにY社との関係で利益相反行為であるというべきであって、背任行為に当たるというべきである

2 また、XはA社以外の取引先業者からも金員を受領しているところ、これらも、XがY社社長に秘してY社の売上の一部を自らに還元させていたと認められるもので、このような点からも、Xが背信的な意図の下に行動していたことが窺われるところである。さらに言えば、Xの退職に当たっての行動も、明らかにY社の取引先業者を、自らが立ち上げる新規事業の取引先として丸ごと奪う意図に出た行動と理解するほかはなく、この点も、XのY社に対する背信的意図を基礎付けるものである
以上のように、XがA社から月額10万円の金員を受け取っていた行為は、Y社に対する背信行為であって、不法行為に当たると認められるところ、これらの金員については、Xが、Y社とA社との間の業務委託契約の趣旨に従い、A社の在日米軍関係の入札関連業務を誠実に履行し、Y社の利益を最大限図るべく行動していれば、Y社に帰属したはずの利益であると推認するのが相当であるから、その全額がY社の損害に当たるというべきである

3 XがY社に対し背信行為を行っており、Xがそれに関してY社社長に真摯に説明しようとしなかったことは、その限度において事実ではあるものの、X及びその家族にことさら恐怖感を与える言動をすることは許されるべきではないし、仕事上の知人に対し、Xの経済的信用を損なうことを意図して、Y社の金員を横領した旨流布することは社会通念上その相当性を逸脱した行為というべきであって、Xに対する不法行為に当たるというべきである。
Y社社長の上記言動によりXが精神的苦痛を被ったことが認められるところ、その言動の態様、それに対応するXの対応、それまでのXの行状、言動が流布した範囲等を総合考慮すれば、上記精神的苦痛に対する慰謝料としては、20万円を相当と認める。

Xが訴訟を提起したわけですが、結果として、XがY社に支払う金額のほうが大きくなってしまいました。

会社に無断で取引先から定期的にお金を受け取っている行為は、本件では、会社に対する利益相反行為であり、背信行為にあたると判断されています。

自分の立場を利用して、取引先からお金を受け取ってしまうと、このようなトラブルにつながりますので、やめましょう。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務15(K社ほか事件)

おはようございます。

さて、今日は、在職中の守秘・競業避止義務違反等に関する裁判例を見てみましょう。

K社ほか事件(東京地裁平成23年6月15日・労判1034号29頁)

【事案の概要】

X社は、不動産賃貸借の管理受託およびこれらのコンサルタント等を業務とする会社であり、A社の100%子会社である。

A社の100%子会社のうち、X社はオーナー物件の賃貸・建物管理業務を行い、B社が区分所有建物の建物管理業務を行っていた。

Y1は、B社の従業員であった者であり、X社に出向して建物管理事業部リフレッシュ工事部に勤務していた。

Y1は、X社に出向していた間、業務上割り当てられた電子メールアドレスから、Y1が個人で使用する電子メールアドレスに添付送信する方法によって、X社の賃貸・建物管理業務に関する情報を、社外に持ち出した。

Y2社は、平成21年7月、不動産の売買・賃貸・管理およびその仲介業ならびに入居者募集に関する一切の業務等を行う会社として設立された会社であり、Y1は、Y2社の設立に伴い、その取締役に就任し、現在もY2社において取締役営業部長として勤務している。

X社は、賃貸・建物管理業務において、1物件1担当者制ではなく、分業制を採用しており、X社が取り扱う物件のオーナーの中にはX社が1物件1担当者制ではなく、分業制を採用していることに強い不満を持つ者がいた。

Y2社は、設立当初から、1物件1担当者制を採用することをY2社のコンセプトとして標榜し、E社物件のオーナーに対して、ダイレクトメールを送付し、オーナーに電話を直接かけるなどして、営業活動を行った。

X社は、Y1及びY2社に対し、在職中、X社の業務に関する情報を守秘義務に違反して持ち出したこと、競業避止義務に違反してY2社の営業を行ったことなどを理由として、労働契約または不法行為に基づき約5500万円の損害賠償等を請求した。

【裁判所の判断】

Y1及びY2に対し、連帯して約550万円の支払を命じた。

【判例のポイント】

1 Y1は、平成21年8月まではX社の従業員としての立場を有していたというべきであるから、Y1が同年7月に設立されたY2社の取締役に就任してY2社の営業に関与したことが、従業員としての競業避止義務に違反することは明らかというべきである。

2 Y1は、従業員としての守秘義務に違反して取得した本件情報(6月分)を利用して営業活動を行ったものと一応推認できるものの、その具体的な利用態様については、Y2社がE社物件に対して営業活動をかける際、本件情報に含まれたE物件のオーナーの住所・連絡先等の情報を利用したという限度において認められる。

3 上記検討によれば、Y1は、従業員としての立場において、その守秘義務に違反して本件情報を漏洩した上、その競業避止義務に違反してY2社の営業活動に関与したものであり、さらに、不正に漏洩した本件情報を、E社物件に対する営業活動において、少なくともオーナーの住所・連絡先等を利用することにより、違法な営業活動(競業活動)を行ったというべきである。Y1による上記営業活動は、従業員であった者として負っている労働契約上の付随義務に違反するのみならず、不法行為としての違法性を有する行為であることは明らかである(そうである以上、Y2社も使用者責任を負うというべきである。)。

4 不法行為による損害の有無・額について検討するに、(1)Y2社は、E物件(合計76件)のうち49物件のオーナーに対して営業活動をかえて、その際に本件情報を利用したものと推認できること、(2)Y2社は、短期間の間に14件もの物件について契約切替に成功しているが、これは極めて高確率な営業活動であったといえること、(3)X社のE社物件のうち、Y2社が関与しない形で平成21年4月以降に契約解除に至った物件は3件であること、(4)上記(1)~(3)によれば、本件情報を用いて広範囲かつ効率的な営業活動を行ったからこそ、契約切替に至ったものであると評価できることを総合考慮すれば、Y1らの不法行為による損害の発生はこれを認めることができる

請求金額と裁判所の認容金額を比較するとわかるとおり、損害額については非常に謙抑的に判断されることが多いです。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務14(アフラック事件)

おはようございます。

自宅で仕事をしています。

さて、今日は、生保会社の執行役員の競業避止義務に関する裁判例を見てみましょう。

アフラック事件(東京地裁平成22年9月30日・労判1024号86頁)

【事案の概要】

Y社は、生命及び疾病保険業を営む生命保険会社であり、アメリカ合唱国に本店を置いている。Y社は、特にがん保険及び医療保険については、保険業界内においてトップシェアを占めている。

Xは、Y社の執行役員であるが、平成22年9月末にY社を退職し、同年10月付けで、A生命に就職することが予定されている。

Xに係る執行役員契約書では、契約期間は1年間とされ、競業避止義務として、「Xは、執行役員の地位及び待遇に鑑み、在職中はもちろん本執行役員契約終了後2年間、Y社の業務と競業又は類似する業務を行う他社の役員、従業員にならないこと、及び、第三者をして競業又は類似する業務を行う他社を支援してはならないことに同意する。」旨の規定がある。

Y社は、Xに対して、A生命への就職を差し止める仮処分を申し立てた。

【裁判所の判断】

競業避止条項は有効であり、競業他社の取締役、執行役、執行役員の地位への就任、営業部門の業務への従事について差止請求を認めた。

【判例のポイント】

1 本件競業避止条項に係る合意は、不利益に対しては相当な代償措置が講じられており、A生命の取締役、執行役及び執行役員の業務並びに同社の営業部門の業務に関する競業行為をXが退職した日の翌日から1年間のみ禁止するものであると解する限りにおいて、その合理性を否定することはできず、Xの職業選択の自由を不当に害するものとまではいえないから、公序良俗に反して無効であるとは認められない。

2 競業行為の差止請求は、職業選択の自由を直接制限するものであり、退職した役員又は労働者に与える不利益が大きいことに加え、損害賠償請求のように現実の損害の発生、義務違反と損害との間の因果関係を要しないため、濫用のおそれがある。よって、競業行為の差止請求は、当該競業行為により使用者が営業上の利益を現に侵害され、又は侵害される具体的なおそれがあるときに限り、認められると解するのが相当である。

3 Xは、Y社の様々な営業上の秘密を把握している上、Y社の執行役員として、商品のマーケティング戦略を立て、企業系列の大規模な保険代理店などのマーケットに働きかけ、Y社に対抗し得る商品等の提案を行って営業活動を展開すれば、医療保険やがん保険等の商品について、Y社とA生命間のシェアを塗り替えることも可能となると考えられる。かかるシェアの奪取は、必ずしもX個人が単独で行い得るものではなく、A生命のマーケティング部門、営業管理企画部門及び戦略企画部門等の会社組織が一体となって行い得るものであるが、Xが保有するY社の営業上の秘密や保険代理店との高いレベルでの人的関係を利用した場合にはその効果が一段と発揮され、A生命がY社に対して優位な地位に立つことができる。これは、XがA生命に就職した後に新たに開発される保険商品等だけでなく、既存の保険商品等を利用又は改革し、営業活動を展開することによっても可能であるといえる。
よって、Xの競業行為によって、Y社の営業上の利益を侵害される具体的なおそれがあると一応認められる。

本件では、競業避止条項に対する代償措置として、Xに対して、5年間にわたって執行役員を務めたことによる退職金として、3000万円を超える金額が渡されています。

裁判所は、この点を重視しています。

5年間で3000万円オーバーです。 すごいですね。

また、Xが執行役員というポストにいた事実も、当然、重視されています。

もっとも、もし退職金がそれほど高額でなかったら、結論が変わっていたかもしれません。

会社としては、十分な代償措置を講じるという視点を持つとよいと思います。

なお、執行役員契約書では、競業避止期間は2年間と定められていましたが、裁判所は1年間に限定しています。

さすがに2年は長いということです。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。