【東京地判平成28年7月28日】監査委員会の不提訴判断と監査委員の善管注意義務・忠実義務

1 「本件は,株式会社a(以下「本件会社」という。)が,b研究組合(以下「b研究組合」という。)を介して独立行政法人c機構(以下「c機構」という。)から受注した業務につき労務費を水増しして請求・受領し,これが発覚した後,早期の幕引きを図るために本来返還する必要のない金員まで返還し,結果として損害を被ったことにつき,本件会社の当時の取締役らは損害賠償義務を負うところ,本件会社の監査委員であった被告らは,本件会社の株主である原告から提訴請求を受けながら,善管注意義務・忠実義務に違反して同取締役らを提訴しなかったため,本件会社に損害を被らせた(この間,原告は,同取締役らを被告として株主代表訴訟を提起したが,本件会社の同取締役らに対する損害賠償請求権が時効消滅したとの理由により,原告の請求を棄却する判決がされ(以下「本件前訴判決」という。),同判決は確定した。)などと主張し,原告が,被告らに対し,会社法423条,同法330条,民法644条,会社法355条に基づき,連帯して,本件会社に対し,上記損害の一部5億0920万0419円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める株主代表訴訟の事案である。」

2 「委員会設置会社が,会社法847条1項の規定により,取締役の責任を追及する訴えの提起を請求される場合においては,原則として,監査委員が当該委員会設置会社を代表し(平成26年法律第90号による改正前の会社法408条3項1号),同訴えを提起する場合には,監査委員会が選定する監査委員が当該委員会設置会社を代表すると規定されている(同条1項2号)から,監査委員会は,このような提訴請求を受けた場合には,訴えを提起するか否かを判断・決定する権限を有するものと解される。

この場合,監査委員会を構成する監査委員は,取締役の責任追及のために訴えを提起するか否かについて,善管注意義務・忠実義務(この場合の忠実義務は,善管注意義務を敷衍しつつ,かつ,これを一層明確にしたにとどまり,通常の委任関係に伴う善管注意義務とは別個の,高度な義務を規定したものではないと解される。最高裁判所昭和41年(オ)第444号同45年6月24日大法廷判決・民集24巻6号625頁)を負いつつ判断・決定することになる。

その際,監査委員の善管注意義務・忠実義務の違反の有無は,当該判断・決定時に監査委員が合理的に知り得た情報を基礎として,同訴えを提起するか否かの判断・決定権を会社のために最善となるよう行使したか否かによって決するのが相当であるが,少なくとも,責任追及の訴えを提起した場合の勝訴の可能性が非常に低い場合には,会社がコストを負担してまで同訴えを提起することが会社のために最善であるとは解されないから,監査委員が同訴えを提起しないと判断・決定したことをもって,当該監査委員に善管注意義務・忠実義務の違反があるとはいえないものと解するのが相当である。」

3 「原告は,Aが,その後,k事業所及びそこで本件過大請求について対応する取締役・使用人が行う職務の執行(本件過大請求の是正過程)が適切に行われているか否かを監督する義務を負いながら,これを怠ったことを前提に,被告らには,Aに対する責任追及の訴えを提起するなどする善管注意義務・忠実義務があると主張するが,被告らの認識していた上記事情の下では,部下職員からの報告を疑うべき特段の事情のない限り,当該報告を信頼して行動したAに善管注意義務・忠実義務の違反があるということはできないと解するのが相当であり,本件において,当該報告を疑うべき特段の事情を認めるに足りる証拠はないから,Aには原告主張の監督義務ないしその不履行があるということはできないものというべきである。したがって,被告らが,同訴えを提起したとしてもその勝訴の可能性が非常に低いと判断したことは合理的であり,被告らが同訴えを提起しないと判断・決定したことをもって,被告らに善管注意義務・忠実義務の違反があるということはできない。

また,原告は,Aが,本件不正行為を取締役会に報告すべき義務(会社法363条2項)を負いながら,これを怠ったことを前提に,被告らにはAに対する責任追及の訴えを提起する義務があると主張するが,被告らの認識していた上記事情の下では,当該報告義務が履行されていれば,本件受入行為がされず又原告主張の本件第1損害及び本件第2損害が発生しなかったと認めることはできないから,被告らが,同訴えを提起したとしてもその勝訴の可能性が非常に低いと判断したことは合理的であり,被告らが同訴えを提起しないと判断・決定したことをもって,被告らに善管注意義務・忠実義務の違反があるということはできない。

さらに,原告は,Aが,本件会社の代表取締役として,本件会社の内部統制を整備し,本件過大請求のような不正行為を防止する義務を負いながら,これを怠ったことを前提に,被告らにはAに対する責任追及の訴えを提起する義務があると主張するが,具体的に,Aが,いつ,いかなる措置を講じるべきかについての原告の主張は必ずしも判然としない。

その点を措くとしても,前記認定事実によれば,被告らは,①Aが本件不正行為の存在を知り,直ちに社内の関係職員に対して是正措置を指示した,②本件不正行為の行為者であるk事業所グループ(燃料電池担当)担当課長2名に対しては懲戒処分がされ,その上司である同グループ(燃料電池担当)のグループ責任者・担当部長は訓戒の処分がされ,k事業所のJ所長からは始末書を徴求したといった事情を認識していたことが認められる上,証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告らは,③本件会社には,もともと,受託研究費の請求に関するマニュアルが存在した,④k事業所のJ所長は,本件過大請求の調査の過程である平成8年3月15日付けで「補助金・委託金研究従事日誌記入に関する遵守事項徹底の件」と題する書面を発して,関係職員に注意を促しているなどの事情を認識していたことも認められるところであって,これらの事情の下では,被告らが,本件会社は通常想定される不正行為を防止し得る程度の管理体制を備えていると判断したことは相当であるというべきである。さらに,本件以前に同様の手法による不正行為が行われたなど,本件不正行為の発生を予見すべきであったという特別の事情を,被告らが認識していたと認めるに足りる証拠がないことをも併せ考慮すると,被告らが認識していた上記事情の下では,Aに原告主張の内部統制整備の義務の違反があるということはできないから,被告らが,Aに対する責任追及の訴えを提起したとしてもその勝訴の可能性が非常に低いと判断したことは合理的であり,被告らが同訴えを提起しないと判断・決定したことをもって,被告らに善管注意義務・忠実義務の違反があるということはできない。」


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