Category Archives: 賃金

賃金213(サン・サービス事件)

おはようございます。

今日は、固定残業代制度の有効性と割増賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

サン・サービス事件(名古屋高裁令和2年2月27日・労判1224号42頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、Y社に対し、①雇用契約に基づき、未払残業代、未払い給与、②付加金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、577万4788円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、付加金370万4451円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Xは、料理長としての仕事のみならず、フロント業務の一部や客の送迎をも行っていたこと、本件店舗を含むホテル内には従業員の休憩施設がないことなどに照らすと、Xが調理等に従事していない時間があったとしても、それは勤務から完全に解放された休憩時間ではなく、手待ち時間とみるのが相当である。

2 労基法37条5項により割増賃金の基礎から除外される通勤費は、労働者の通勤距離又は通勤に要する実際費用に応じて算定される手当と解される。本件提案書によれば、Xに支給される通勤費は、日額625円として月額1万5000円が支給されることになっているところ、本件提案書作成時、Xは千葉県に居住しており、勤務開始後の実際の通勤距離や通勤に要する実際費用に応じて定められたものとは認められず、労基法37条5項の通勤手当に当たるとは認められない

3 Y社は、XとY社間の雇用契約書である本件提案書に、「勤務時間」として「6時30分~22時00分」と記載し、「休憩時間は現場内にて調整してください。」としていた上、勤務時間管理を適切に行っていたとは認められず、Xは、平成27年6月から平成28年1月まで、毎月120時間を超える時間外労働等をしており、同年2月も85時間の時間外労働等をしていたことが認められる。その上、Y社は、担当の従業員が毎月Xのタイムカードをチェックしていたが、Xに対し、実際の時間外労働等に見合った割増賃金(残業代)を支払っていない。
そうすると、本件職務手当は、これを割増賃金(固定残業代)とみると、約80時間分の割増賃金(残業代)に相当するにすぎず、実際の時間外労働等と大きくかい離しているものと認められるのであって、到底、時間外労働等に対する対価とは認めることができず、また、本件店舗を含む事業場で36協定が締結されておらず、時間外労働等を命ずる根拠を欠いていることなどにも鑑み、本件職務手当は、割増賃金の基礎となる賃金から除外されないというべきである

仕事柄、労働時間が長くなってしまうことは容易に想像できますが、労務管理の基本を押さえていなかったがために、ちゃんとやっていれば支払う必要のない支出を強いられることになります。

事前に弁護士や社労士の指導を受けておけば多くの類似トラブルは回避できます。

賃金212(H事務所事件)

おはようございます。

今日は、営業手当を固定残業代の支払として有効と判断された裁判例を見てみましょう。

H事務所事件(東京地裁令和2年3月27日・労経速2423号39頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で労働契約を締結していたXが、いわゆる法内残業や法定時間外労働等を行ったとして、労働契約に基づく割増賃金請求として、103万9522円+遅延損害金の支払を求めるとともに、労基法114条に基づく付加金請求として68万9837円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、2万0278円+遅延損害金を支払え。

Xのその余の請求をいずれも棄却する。

【判例のポイント】

1 本件契約書には、第3条において「残業について」とのタイトルで、本件事務所が担当制をとっており、従業員が顧問先に巡回監査に出かけ、顧問先のニーズに答えるシステムになっていることを理由に、残業代相当額が固定給のうち営業手当として支払われる旨が明記されているところ、同条の文言について一般的な労働者の通常の注意と読み方をすれば、顧問先のニーズに答える巡回監査を業務として行う結果、残業が生じることがあるため、残業代を営業手当として支給するものと理解するのが自然である。
Xがこれまでに複数の業務に従事した経験を有しており、かつ、行政書士や宅地建物取引主任者といった契約に関わる資格を有していることからすれば、Xが本件契約書を上記意味内容とは異なる内容として理解したものとは考え難い。そして、本件契約書上も給与明細上も、固定残業代である営業手当とそれ以外の給与費目及び金額が明示的に区分されて記載されていることからすれば、通常の賃金に当たる部分と固定残業代に当たる部分との判別が可能といえる。

2 また、Y社主張の賃金単価とXに支払われた営業手当から算出される計算上の時間外労働時間数は約42時間から46時間であって、試用期間中がおおむね45時間、正職員がおおむね50時間を想定していたとするY社の供述と大きく乖離するものではなく、また、Xが本件訴訟において割増賃金を請求する10か月のうち、上記想定時間外労働時間数を超える時間外労働を行っているのが3か月であることからして、被告の想定と実際との乖離は大きくないものと評価できる

3 本件における当事者双方の主張内容、上記認定判断及びその結果としての現時点での未払割増賃金の額に加え、前提事実のとおり、Y社が未払割増賃金の大部分の任意弁済を行っていることからすれば、本件において付加金の支払を命じる必要性はない。

本件では、固定残業制度が認められています。上記判例のポイント1、2の判断内容は参考になりますので確認しておきましょう。

賃金211(日本エイ・ティー・エム事件)

おはようございます。

今日は、有給休暇取得時に支払う「通常の賃金」が争われた裁判例を見てみましょう。

日本エイ・ティー・エム事件(東京地裁令和2年2月19日・労経速2420号23頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と期間の定めのある雇用契約を締結して就労していたXが、Y社に対し、①年次有給休暇を取得した際に支払われるべき賃金に未払いがある旨主張して、雇用契約に基づく賃金支払請求として、合計9万0952円+遅延損害金の支払、②Xが東京労働局にY社の職場環境について相談したことに対する報復として、Y社が不当にXの勤務評価を低下させ、短期間の契約を提案し、退職に追い込んだことは不法行為に当たる旨主張して、損害賠償金165万円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、2万3400円+遅延損害金を支払え。

Xのその余の請求を棄却する。

【判例のポイント】

1 シフト勤務手当は、午前12時00分から午後2時59分の間に出勤し、7時間45分以上の勤務実績がある場合に、1回当たり900円が支払われるものであることが認められる。そして、Xの労働時間についての勤務条件は、始業時刻が午後1時50分、終業時刻が午後10時50分、休憩時間が1時間であり、1日の所定労働時間は8時間であることが認められるから、Xが出勤し、所定労働時間勤務した場合には、必ずシフト勤務手当の900円が支払われるといえる。
そうすると、シフト勤務手当は、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金に当たると解するのが相当であるから、契約社員就業規則34条が、年次有給休暇を取得した場合の賃金について、シフトに係る手当は含まない旨規定している部分は労基法に反し、XとY社との間の労働契約の内容を規律する効力を有しないと解される(労働契約法13条)。

2 日曜・祝日勤務手当は、7時間45分以上の勤務実績がある場合に、1回当たり2800円が支払われるものであることが認められる。これは、日曜日及び祝日への出勤に対し一定額の補償をするとともに、日曜日及び祝日に出勤する労働者を確保する趣旨であると解されるところ、日曜・祝日という特定の日に出勤した実績があって初めて支給されるものであるといえる。日曜・祝日に年次有給休暇を取得した場合,当該休日に出勤した事実はないのであるから、日曜・祝日勤務手当は、その際に支払われるべき所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金には当たらないと解される。

3 Y社においては、7時間45分以上勤務した場合、時間外手当として1時間当たりの単価を時給×1.3とし、午後10時から午前5時までの間に勤務した場合に深夜手当として1時間当たりの単価を時給×1.3として支払うとされていることが認められるところ、時間外労働及び深夜労働に対して割増賃金を支払う趣旨は、時間外労働が通常の労働時間に付加された特別の労働であり、深夜労働も時間帯の点で特別の負担を伴う労働であることから、それらの負担に対する一定額の補償をすることにあると解される。年次有給休暇を取得した場合、実際にはそのような負担は発生していないことからすれば、年次有給休暇を取得した場合に、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金としては,割増賃金は含まれず,所定労働時間分の基本賃金が支払われれば足りると解される。

弁護士費用との関係では、費用対効果が悩ましい事案です。

細かい論点ではありますが、日常の実務においては参考になる裁判例です。

賃金210(野村不動産アーバンネット事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、営業成績給を廃止する就業規則の変更の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

野村不動産アーバンネット事件(東京地裁令和2年2月26日・労経速2427号31頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で期間の定めのない労働契約を締結し、本件労働契約に基づき営業担当従業員としてY社に勤務している従業員Xが、平成29年4月1日に施行されたY社の就業規則及び給与規程は、従前の給与体系において支給されていた営業成績給を廃止する点において労働条件の不利益変更に当たり、かつ、当該変更が合理的なものであるとはいえないから、本件労働契約の内容とはならないなどと主張して、Y社に対し、本件労働契約に基づき、変更前の従前の給与体系に従って算出した同年6月支給分から平成30年6月支給分までの営業成績給の合計約172万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件就業規則の変更の有効性について、Y社において本件就業規則の変更は、営業職Aの職務にあったXには、少なくとも月例賃金で支給されていた営業成績給が支給されなくなるのであるから、本件就業規則の変更により不利益が生じる可能性があるということができるところ、本件人事制度の導入直後の不利益は、将来にわたって固定化されるものではなく、今後の昇進等により減少ないし消滅し得るものであるということができ、Y社が従業員の定着率を上げるために営業成績給を廃止し、それを月例賃金や賞与等の原資とし、支給額が安定的な給与制度を導入する必要があったことは否定し難いから、本件就業規則は、従業員に対する賃金の総原資を減少させるものではなく、賃金額決定の仕組みや配分方法を変更するものであり、従業員の定着率を上げるというY社の人事計画とも合致するものであるから、本件就業規則の変更について、その内容も相当なものであるということができ、Y社は、従業員に対して必要とされる最低限の説明は行っており、従業員の過半数代表者から異議がない旨の意見も聴取していることが認められ、労働者の受ける不利益の程度を考慮してもなお、本件就業規則の変更は合理的なものであるということができ、本件就業規則の変更は周知されていたと認めることができるから、本件就業規則の変更による労働条件の変更は、有効である。

内容の合理性と手続きの相当性を総合考慮しているのがよくわかりますね。

コロナの影響がまだまだ続きそうですので、労働条件の不利益変更を行う場面が多いと思いますので、慎重に対応しましょう。

賃金209(木の花ホームほか1社事件)

おはようございます。

今日は、賃金減額等の有効性及び固定残業代の定めの適法性に関する裁判例を見てみましょう。

木の花ホームほか1社事件(宇都宮地裁令和2年2月19日・労判1225号57頁)

【事案の概要】

本件は、Y社及びその親会社A社の従業員であったXが、(1)Y社に対し、雇用契約に基づき、①一方的な給与減額により生じた未払賃金24万9999円及び②未払の時間外手当(割増賃金)859万6109円+遅延損害金、③労働基準法114条に基づく付加金836万8740円+遅延損害金の支払、(2)A社に対し、雇用契約に基づき、①一方的な給与減額により生じた未払賃金等127万9496円及び②未払の時間外手当(割増賃金)662万5869円+遅延損害金の支払、③労働基準法114条に基づく付加金648万6036円+遅延損害金の支払、そして、(3)Y社らに対し、Y社ら代表取締役らからパワハラ被害を受けたとして、共同不法行為に基づき、連帯して、損害賠償金520万円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、未払賃金24万9999円+遅延損害金を支払え

A社はXに対し、未払賃金122万3496円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、割増賃金551万3847円+遅延損害金を支払え

A社はXに対し、割増賃金555万1406円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、付加金265万4516円+遅延損害金を支払え

A社はXに対し、付加金271万1931円+遅延損害金を支払え

被告らは、Xに対し、連帯して、慰謝料100万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 本件各雇用契約の内容として本件固定残業代の定めがあることは事実としても、その運用次第では、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させる危険性の高い1か月当たり80時間程度を大幅に超過する長時間労働の温床ともなり得る危険性を有しているものというべきであるから、「実際には、長時間の時間外労働を恒常的に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情」が認められない限り、当該職務手当を1か月131時間14分相当の時間外労働等に対する賃金とする本件固定残業代の定めは、公序良俗に違反するものとして無効と解するのが相当である。

2 本件変形労働時間制の適用が認められるためには、労使協定、就業規則又は就業規則に準ずるものにおいて、変形労働時間制の実施を定め、その中で、①労働時間の総枠の定め、②変形期間における労働時間の特定、③変形期間の起算日を明示することが必要であると解されるところ、本件全証拠によっても、Y社らにおいては、ただ単にカレンダーが作成されているだけで、具体的にどの日に何時から何時まで勤務するということの取決め等があったものとは認められず、本件変形労働時間制は、上記②の要件を欠き適法性を欠くものというよりほかはない。
よって、Y社らの本件変形労働時間制に関する主張は、その余の点を検討するまでもなく理由がない。

3 賃確法6条2項、賃確法施行規則6条4号にいう「合理的な理由により」とは、裁判所又は労働委員会において事業主が確実かつ合理的な根拠資料に基づく場合だけでなく、合理的な理由がないとはいえない理由により賃金の全部又は一部の存否を争っている場合も含むものと解するのが相当である。
・・・Xが本件各給与減額により生じた各未払賃金の支払を求めたのに対し、Y社らがこれを当庁において争うことには「合理的な理由」がないとはいえないし、また、前記で検討したとおり、本件において実労働時間の認定根拠とされる本件サイボウズの記載には信用性に問題がある部分が認められることに照らすと、Y社らが当庁においてXからの本件割増賃金の請求を争うことには「合理的な理由」がないとはいえない。

最高裁判例により、固定残業制度の要件論については終息したかのように思えましたが、ここに来て、再び、過度な固定残業制度について無効と判断する裁判例が散見されます。

「やりすぎ注意」という一般論は、労務管理(に限りませんが)においては常に持っておく必要があります。

賃金208(O・S・I事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、賃金総額の25%減額への同意が労働者の自由な意思に基づくものでないとされた裁判例を見てみましょう。

O・S・I事件(東京地裁令和2年2月4日・労経速2421号22頁)

【事案の概要】

本件は、XがY社に対し、Y社は、Xを雇用していたが、Xがセクハラ等をしたとして、賃金を減額し、さらに、Xが行方不明となり連絡が取れなかったことにより退職したものとみなされたとしてXの就労を拒んだと主張して、雇用契約に基づき、①雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認(請求1)、②平成27年10月支給分の未払賃金(減額前の24万円から既払金を控除した残金1万7142円)及び同年11月分支給から平成30年3月支給分までの賃金(24万円の29か月分696万円)の合計697万7142円+遅延損害金の支払(請求2)、③平成30年4月から本判決確定の日まで弁済期である毎月10日限り賃金24万円+遅延損害金の支払(請求3)を求めるとともに、④会社法350条又は不法行為に基づき、慰謝料200万円+遅延損害金の支払(請求4)を求めた事案である。

【裁判所の判断】

XがY社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

Y社は、Xに対し、131万9994円+遅延損害金を支払え。

Xのその余の請求をいずれも棄却する。

【判例のポイント】

1 労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができる。しかし、使用者が提示した労働条件の変更が賃金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服するべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである
そうすると、賃金の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁平成28年2月19日判決)。

2 本件契約書の内容は、Xを機能訓練指導員手当1か月1万円が支給される業務から外してその支給を停止するばかりでなく、その基本給を1か月23万円から18万円に減額し、賃金総額を25%も減じるものであって、これによりXにもたらされる不利益の程度は大きいというべきである。他方、Y社代表者はXに対し、本件合意に先立ち、XがY社に無断でアルバイトをしたとの旨や本件施設の女性利用者から苦情が寄せられている旨を指摘したのみであるといい、Y社代表者の陳述書や本人尋問における供述によっても、Y社代表者がXに対して上記のような大幅な賃金減額をもたらす労働条件の変更を提示しなければならない根拠について、十分な事実関係の調査を行った事実や、客観的な証拠を示してXに説明した事実は認められない
以上によれば、Xが本件契約書を交付された後いったんこれを持ち帰り、翌日になってからこれに署名押印をしたものをY社代表者に提出したという本件合意に至った経緯を考慮しても、これがXの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものとは認められない

3 以上の次第で、本件契約書の作成によっても、そこに記載された本件合意の内容へのXの同意があったとは認められないから、本件雇用契約に基づく賃金を基本給18万円のみに減額するとの本件合意の成立は認められない。

労働条件の不利益変更に際し、労働者の同意の効力が問題となることはよくあります。

同意書がありさえすればよいという発想が誤りであるということがよくわかる裁判例だと思います。

賃金207(社会福祉法人稲荷学園事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、面接時の説明と未払賃金等支払請求に関する裁判例を見てみましょう。

社会福祉法人稲荷学園事件(大阪地裁令和2年3月13日・労判ジャーナル101号32頁)

【事案の概要】

本件は、保育士Xが、かつての勤務先であるY社に対し、雇用契約に基づく、平成29年度冬季賞与の未払部分約37万円、平成29年4月から平成30年までの基本給の未払部分合計約2万円、平成29年度夏期及び冬期賞与の未払部分合計1万円、平成30年1月から同年3月までの未払通勤手当合計約1万円の各支払請求のほか、福利厚生の一環として飲食補助費を支払う旨の合意に基づく、飲食補助費2万円の支払請求、さらには、Y社がXに対してパワハラかつ名誉毀損の不法行為に基づく、損害賠償(慰謝料)約106万円の支払請求とともに、民法723条の名誉回復処分としての「謝罪文」と題する書面に署名押印することを求めた事案である。

【裁判所の判断】

通勤手当に関する未払賃金は一部認容

損害賠償等請求は棄却

【判例のポイント】

1 Xは、本件採用面接の際、現Y社代表者から、賞与に関して、前年度には基本給4.4か月分の金員を支払っており、今後も同等の金額の賞与を支払う予定であるなどと告げられたと主張するが、X主張に係る現Y社代表者がしたという発言は、賞与に関する一般的な説明をしたにすぎず具体的な一定割合の賞与の支払いを確約したものであるとは認め難い。また、就業規則によって労働条件が規律され得ることから、Y社の就業規則の一部を構成する賃金規程上の賞与に関する定めについてみることとしても、「賞与は毎年7月および12月に支給する」とあるものの、具体的な支給額や支給割合を明示するものではないから、本件雇用契約の内容として、Y社はX主張に係る賞与の支払義務を負うものではない

2 Xは、本件採用面接の際、現Y社代表者から、毎年4月、定期昇給として月額6000円ずつ基本給を増額し、実績が良好であればさらに特別昇給を行うなどと告げられたと主張するが、賞与と同様の観点から、Y社の賃金規程上の定期昇給に関する定めをみることとしても、原則的な年1回の定期昇給とともに、社会情勢あるいはその他諸事情によって定期昇給がされないことがある旨定められているなど、定期昇給の実施についてY社の裁量があり得ることが示されているのであって、具体的にX主張に係る月額2000円の定期昇給の実施を定めたものとはいい難く、Xの主張を基礎付けるものにはなり得ず、ほかにX主張事実を認定するに足りる証拠はないから、本件雇用契約の内容として、Y社はX主張に係る定期昇給に伴う金員の支払義務を負うものではない。

いずれの判断も規程を重視したものです。

賞与も定期昇給も確約されるものではないという社会通念にも合致します。

賃金206(ザニドム事件)

おはようございます。

今日は、固定残業代に関する合意が有効と判断された裁判例を見てみましょう。

ザニドム事件(札幌地裁小牧支部令和2年3月11日・労経速2417号23頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、Y社に勤務していた平成28年7月1日から平成29年10月31日までの時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金の未払がある旨を主張し、Y社に対し、雇用契約に基づき、各割増賃金の合計349万7521円+確定遅延損害金を加えた360万5634円+遅延損害金の支払を求めるとともに、労働基準法114条に基づく付加金349万7521円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、4094円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xは、平成28年3月1日、契約期間が同日から同年10月31日まで、日額9000円の日給制、日給の内訳として基本日給が6112円、割増分日給が2888円などと記載されたY社作成の「雇用契約書兼労働条件通知書」に署名押印したのであるから、XとY社との間には、基本日給が6112円、割増分日給が2888円とする固定残業代の合意がなされたものと推認される。そして、Y社の給与規定及び弁論の全趣旨によれば、Y社は、固定残業代制度を採用していることが認められ、また、Y社の人事係担当者及びBマネージャーが、Xに対し、採用前の面接時において、Xの給与体系が日給制であり、日給の中には基本給と固定残業代部分が含まれることなどを説明し、Y社の人事担当者が、Xに対し、雇用契約締結時において、「雇用契約書兼労働条件通知書」の内容を見せて、仕事の内容や給与条件の内容等について説明をしたことが認められる(なお,Y社は固定残業代制度を採用し、Xに署名押印を求めた雇用契約書兼労働条件通知書にも固定残業代に関する記載が明記されているのであるから、Y社担当者が、Xに対し、あえてこれらに反する説明をする理由も必要性もない。したがって、証人Bらの上記証言内容には信用性が認められる。)。
これらの事情に照らすと、XとY社との間には、平成28年3月1日の時点において、「雇用契約書兼労働条件通知書」記載の労働条件、すなわち、Xの基本日給を6112円とし、割増分日給を2888円とする固定残業代に関する合意があったものと認められる。そして、前記認定のとおり、Xは、平成28年5月3日、基本日給が6112円、割増分日給が3888円などと記載された「雇用契約書兼労働条件通知書」に、平成29年1月28日、契約期間が同年4月1日から同年10月31日まで、基本日給が6288円、割増分日給が3712円などと記載された「雇用契約書兼労働条件通知書」に、同月29日、基本日給が6100円、割増分日給が3900円などと記載された「雇用契約書兼労働条件通知書」にそれぞれ署名押印したほか、平成28年9月30日に退職した際には、XとY社との間で、従前と同様の条件でスポット的に勤務する旨の合意がなされ、その間、基本日給6288円、割増分日給3712円相当の給与が支払われたのであるから、その都度、XとY社は、固定残業代の基本日給額と割増分日給額を変更する旨の合意をしたものと認められる。
2 これに対し、Xは、Y社から固定残業代についての具体的な説明を受けたことはない旨を主張し,X本人はこれに沿う供述をする。しかし、Y社の人事係担当者やBマネージャーが、Xに対し、面接時において、Xの給与体系が日給制であり、日給の中には基本給と固定残業代部分が含まれることなどを説明したことや、Xが基本日給、割増分日給等が明記された「雇用契約書兼労働条件通知書」に複数回署名押印したことは前述したとおりであり、Xの上記供述内容は直ちに信用することができない。また、Xは、雇用契約書や支給明細書の記載内容は、Y社が一方的に操作して作成したものであり、Y社は、Xの残業時間がどの程度超過しようとも、最低賃金がどのように変化しようとも、Xに支払う金額は1日1万円までという理解でいたことは明白であるが、Xは、Y社からそのような説明を受けたことはないし、合意した事実もないから、固定残業代について、XとY社との間で意思の合致がないから無効である旨を主張する。しかし、Xが基本日給、割増分日給等が明記された「雇用契約書兼労働条件通知書」に複数回署名押印をしたことは前述したとおりであり、Xが指摘する事情を踏まえても、XとY社との間で固定残業代の合意があったとの前記認定は左右されない。さらに、Xは、Y社から基本給部分と固定残業代部分との区別について何らの説明も受けていないから、雇用契約時において、両者の区別は明確にされていないし、Y社においては、固定残業代制度を適切に運用する意思も実態もないのであるから、実質的にみて、基本給部分と固定残業代部分が明確に区分されているとはいえない旨を主張する。しかし、Y社の人事係担当者やBマネージャーが、Xに対し、面接時において、Xの給与体系が日給制であり、日給の中には基本給と固定残業代部分が含まれることなどを説明したことや、Xが基本日給、割増分日給等が明記された「雇用契約書兼労働条件通知書」に複数回署名押印したことは前述したとおりであり、形式的にも実質的にも基本給部分と固定残業代部分が明確に区分されていないとはいえない
以上から、Xの主張はいずれも理由がなく、XとY社との間の固定残業代に関する合意は有効である。

明確区分性の要件を満たしていると判断された例です。

このようにわかりやすく区別されていることが重要です。

賃金205(レインズインターナショナル事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、固定残業手当と未払割増賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

レインズインターナショナル事件(東京地裁令和元年12月12日・労判ジャーナル100号50頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と労働契約を締結して就労していたXが、Y社に対し、(1)時間外労働、休日労働及び深夜労働をし、かついわゆる固定残業代の支払が無効であるなどと主張して、時間外労働等に対する割増賃金約871万円等並びに労働基準法114条に基づく付加金約793万円等の支払を求め、(2)仮に固定残業代の支払が有効であるとしても、求人票記載の給与額の範囲内の基本給が支給されるとの期待を侵害しないよう基本給の額を定める信義則上の義務に違反した旨主張して、不法行為による損害賠償として上記割増賃金相当額の慰謝料の支払を求めるとともに、(3)Xの心身の不調を来す危険のある長時間労働に従事させたことが安全配慮義務違反であるなどと主張して、債務不履行又は不法行為による損害賠償として慰謝料200万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払割増賃金等請求は一部認容+同額の付加金認容

慰謝料請求は棄却

【判例のポイント】

1 固定残業手当の支払が割増賃金の弁済として有効か否かについて、給与規程における賃金の種類、本件固定割増手当規定の規定振り及び時間外勤務手当の算定方法に照らすと、Y社の賃金体系上、固定割増手当は時間外労働及び深夜労働に対する対価であることが明らかにされているというべきであり、そして、実際にXに支払われた固定割増手当の額は基本給を基礎賃金として計算した70時間の時間外労働と30時間の深夜労働に対する割増賃金の額と概ね一致し、加えて、時期によっては本件固定割増手当規定に係る時間外労働及び深夜労働の時間数と比較的大きな差があるものの、Y社は、割増賃金の額が固定割増手当の額を上回る場合にはその差額を支払っていたことを考慮すると、本件労働契約上、固定割増手当は時間外労働及び深夜労働に対する対価であるとされているとみるべきであるから、固定割増手当の支払は割増賃金の弁済として有効であり、また、固定割増手当は労働基準法37条にいう「通常の労働時間」の賃金に当たらない。

2 安全配慮義務違反の成否及び損害の有無等について、Xは長時間労働により平成25年6月頃に脳梗塞を発症した旨主張するが、脳梗塞の発症前の長時間労働について具体的な主張すらしないから失当であるし、Xが脳梗塞を発症した事実を認めるに足りる証拠もなく、また、Xは、長時間労働をさせられたこと自体によって精神的苦痛を被った旨も主張するが、Aの指示による本件システム記録の労働時間の修正等を考慮しても、割増賃金の支払によってその精神的苦痛は慰謝されるというべきであり、損害が生じたとは認められないから、安全配慮義務違反を理由とする請求には理由がない。

固定残業制度が適切に運用されている例です。

いまだに固定残業制度の有効要件を充足していない例が散見されます。

残業代請求の消滅時効が今後ますます伸びますので、ご注意ください。

賃金204(ソルト・コンソーシアム事件)

おはようございます。

今日は、固定残業手当の合意の有無と配転命令の可否に関する裁判例を見てみましょう。

ソルト・コンソーシアム事件(東京地裁令和元年12月6日・労判ジャーナル100号52頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、会社在職中の平成28年1月稼働分から平成29年8月稼働分までの間の時間外・深夜・休日労働の割増賃金に未払いがあるなどと主張して、Y社に対し、労働契約に基づき、割増賃金約680万円等の支払を求め、労働基準法114条に基づき、同額の付加金等の支払を求め、Xに対する違法な配転命令があったなどと主張して、不法行為に基づき、慰謝料100万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払割増賃金等請求は認容

配転命令に関する不法行為に基づく損害賠償請求は棄却

【判例のポイント】

1 Y社は、本件固定残業代の合意が認められるべき旨主張するところ、証人Dは、Xの採用面接時に、Xに時間外手当等の説明をした旨証言するが、Xとの2度にわたる面接のいずれにおいても各手当の具体的な金額を説明していないことを自認し、かかる合意内容を証する雇用契約書や労働条件通知書の作成もしていないところであって、その証言はたやすく措信できるものではなく、また、Y社は、本件雇用契約を作成したことによって、Xが本件固定残業代の合意を追認したとみるべきであるなどとも主張するが、本件雇用契約締結時において本件固定残業代の合意を認めることができない以上、その変更は労働者であるXの労働条件の不利益変更に該当し、その不利益性に係る変更内容の具体的説明のない本件において、これがXの自由な意思に基づいてされたものとは認め難く、かかる不利益変更を有効とみる余地もないから、いずれにしても会社の主張は採用できない。

2 Xは、X・Y社間に、職種等の限定を含む本件限定合意が成立していた旨を主張し、本件配転はこれに反するものであった旨主張するが、この点を裏付ける的確な証拠はないから、採用することができず、また、Xは、Y社において配転命令権の濫用があった旨の主張もするが、業務上の必要性がおよそなかったことやXに著しい不利益が生じたとみるべきことを根拠付けるに足らず本件配転の時期が、XがY社に残業代の請求をした後であったからといって直ちにこれが不当な動機・目的に出たものであったとも認めるに足りず、損害も認めるに足りないから、不法行為の成立をいうXの主張は採用することができない。

いまだに固定残業制度についての争いが数多く起こっています。

残業代の消滅時効が延びており、いずれ5年になった際に、今と同じように有効要件を欠く固定残業制度を使い続けている会社は、とんでもないことになります。

今のうちに制度を見直すことを強くおすすめします。