Category Archives: 退職勧奨

退職勧奨22 辞職の意思表示における錯誤の成否と辞職承認処分の適法性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、辞職の意思表示における錯誤の成否と辞職承認処分の適法性に関する裁判例を見ていきましょう。

栃木県・県知事(土木事務所職員)事件(宇都宮地裁令和5年3月29日・労判1293号23頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の職員であったXが提出した退職願に基づき、処分行政庁がXに対し令和元年10月31日付け辞職承認処分をしたことについて、Xが、Y社に対し、①本件退職願に係る辞職の意思表示は錯誤により無効であり、又は、詐欺を理由として取り消され、そうでなくとも、Xの自由な意思に基づかないものであるから、これを前提としてなされた本件処分は適法であると主張して、その取消しを求めるとともに、②Y社の職員がXに対し違法に退職を強要したと主張して、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償金110万円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

辞職承認処分取消し

その余の請求棄却

【判例のポイント】

1 職員から退職願が提出されている場合であっても、退職願の作成に至る経緯や職員の心身の状況その他の事情に照らし、その意に反しないものと認められない場合には、当該退職願に基づきなされた、当該職員に対する職を免ずる旨の行政処分は、違法であると解するのが相当である。

2 本件面談及び本件退職願の作成・提出はいずれも、Xが双極性感情障害のため傷病休暇を取得して約半月が経過し、なお傷病休暇中であった最中に行われたものであり、28余年にわたる公務員としての身分を失うという人生の重要局面における決断を、熟慮のうえでなし得るような病状であったとはいいがたい

3 本件面談当時のXは、頭の回転が落ちているという状況下において、必要な選択肢が明示的に与えられなかったことで、適切な判断をすることが困難な状況にあったものということができる。

4 本件退職願は自由な意思に基づくものとはいえず、退職がXの意に反しないものであったとは認められない。

精神疾患のある労働者に対して退職勧奨を行う際の注意点がわかる裁判例です。

現場における判断はとても難しいので、顧問弁護士等に相談をしながら慎重を進めるほかありません。

退職勧奨の際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

退職勧奨21 辞職の意思表示と自由な意思(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、辞職の意思表示と自由な意思に関する裁判例を見ていきましょう。

栃木県事件(宇都宮地裁令和5年3月29日・労判ジャーナル137号18頁)

【事案の概要】

本件は、栃木県の元職員Xが提出した退職願に基づき、栃木県知事がXに対し辞職承認処分をしたことについて、Xが、栃木県に対し、本件退職願に係る辞職の意思表示は錯誤により無効であり、又は、詐欺を理由として取り消され、そうでなくとも、Xの自由な意思に基づかないものであるから、これを前提としてなされた本件処分は違法であると主張して、その取消しを求めるとともに、栃木県の職員がXに対し違法に退職を強要したと主張して、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償金110万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

辞職承認処分取消請求認容

損害賠償請求棄却

【判例のポイント】

1 本件退職願について、人事チームのリーダーのA及び次長であるBは、本件面談の際、Xが仕事を休むことで、他の職員等に迷惑が掛かっており、仕事をしないXに給与が支給されることに対し納税者たる県民の理解が得られないのではないかなどと、Xに対する消極的な事情を畳みかけるように告げ、さらに、県職員は向いていないという見方もできるとして、Xの適性にまで踏み込んで肯定的ではない評価を述べた上で、Xがそれまで自ら口にしていなかった退職という選択肢を栃木県側から示し、あらかじめ用意していた退職願の様式をその場で交付しているから、たとえAらに退職勧奨の意図がなかったとしても、Xからすれば、退職を勧められていると受け止めても仕方がない状況であったと認められるところ、Xが本件面談時にはあくまで復職を希望していたことや上記経過からすると、退職はXの意に反するものであったといえ、本件面談時の健康状態及び本件面談におけるAらの説明が相互作用したことにより、熟慮することができないまま退職の選択肢しかないという思考に陥った結果、本件退職願を提出するに至ったものと認められるから、本件退職願は自由な意思に基づくものとはいえないから、本件退職願を前提としてなされた本件処分は違法であるから、取り消されるべきである。

退職勧奨ですから、文字通り、退職を勧められているわけです。

労働者がそのように受け止めたからといって、直ちに自由な意思に基づかないとは限らないと思いますが、本件では自由な意思に基づくとは認められませんでした。

退職勧奨の際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

退職勧奨20 懲戒処分の対象となる旨を告知した上で行う退職勧奨は、原則として不法行為を構成するとはいえないとされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、懲戒処分の対象となる旨を告知した上で行う退職勧奨は、原則として不法行為を構成するとはいえないとされた事案を見ていきましょう。

A病院事件(札幌高裁令和4年10月21日・労経速2505号45頁)

【事案の概要】

本件は、①Y社事務部長は、Xの勤務先病院の人事を統括する者として、Xに対し、社会通念上相当と認められる限度を超えた退職勧奨を行い、②Y社主任科長は、Xの所属部署の上司として、Xに関する虚偽の非違行為の情報をY社事務部長等に提供するなどして違法な退職勧奨をさせた旨主張するXが、Y社らに対し、共同不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料の一部である600万円+遅延損害金の連帯支払を求める事案である。

原審はXの請求を棄却したところ、Xがこれを不服として控訴した。

【裁判所の判断】

控訴棄却

【判例のポイント】

1 Xは、労働者に対して懲戒処分の対象となる旨を告知した上で行う退職勧奨は、労使の立場が対等ではないことや懲戒処分が労働者に与える不利益が大きいことから、労働者の退職の意思決定の自由に制約を及ぼす可能性が高く、原則として、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱し、不法行為を構成すると考えるべきである旨主張する。
 しかしながら、そもそも退職勧奨自体は当然に不法行為を構成するものではないし、仮に労働者に対して懲戒処分の対象となる旨を告知した上で退職を勧奨する場合であっても、それが、例えば、解雇事由が存在しないにもかかわらずそれが存在する旨の虚偽の事実を告げて退職を迫り、執拗又は強圧的な態様で退職を求めるなど、社会通念上自由な退職意思の形成を妨げる態様・程度の言動をした場合に当たらなければ、意思決定の自由の侵害があったとはいえず、かえって、当該労働者としては、懲戒処分の当否を争うのか否か、すなわち、懲戒処分を受ける危険にさらされることと自主退職してこれを避けることとの選択をする機会を得られるという利益を享受することができる場合もあるといえる。そうすると、懲戒処分の対象となる旨を告知した上で行う退職勧奨が原則として不法行為を構成するということはできないというべきである。

2 Xは、Y社事務部長がXに対して自主退職しなければ解雇を含む何らかの懲戒処分がされる旨を告げたと認定すべきであり、懲戒権を背景とした退職勧奨をしたから、Y社事務部長による退職勧奨行為は不法行為を構成する旨主張する。
しかしながら、Y社事務部長はXに対して処分の内容等をいまだ検討中であるという旨を告げたにとどまり、虚偽を告げてXを誤信させるなどXの意思決定の自由を侵害したとはいえない。Xが(懲戒)解雇となることを恐れる旨の発言をし、Y社事務部長がこれを否定しなかったことは認められるものの、Y社事務部長がXの誤解を招く言動をしたとはいえず、Xが自らそのような危惧感を持ったにすぎない。

上記判例のポイント1は重要ですので、是非、しっかりと押さえておきましょう。

退職勧奨の際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

退職勧奨19 使用者が承諾した後のため、従業員の退職の意思表示の撤回はできないとされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、録音の証拠能力を肯定し、従業員の退職の意思表示の撤回はできないとされた事案を見ていきましょう。

公益財団法人東京税務協会事件(東京地裁令和3年9月16日・労経速2468号43頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間の労働契約に基づき被控訴人に使用されていた控訴人が、被控訴人に対してした退職の意思表示が撤回、無効又は取消しにより効力を有しないと主張して、Y社に対し、①本件労働契約に基づき、未払賃金25万6000円+遅延損害金の支払を求めるとともに、②労基法114条、26条に基づく付加金25万6000円+遅延損害金の支払を求め、また、Y社の被用者がXに対して退職強要等のパワーハラスメントに及んだと主張して、Y社に対し、③不法行為(使用者責任)に基づき、慰謝料30万円+遅延損害金の支払を求める事案である。

原判決が控訴人の請求をいずれも棄却したところ、これを不服とする控訴人が控訴した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 労働者による退職の意思表示は、これに対し使用者が承諾の意思表示をした後は、もはや撤回することができないものと解される。
これを本件についてみると、Y社においては、幹部職員及び専門職員以外の職員(臨時職員として採用されたXもこれに当たるものと認められる。)の退職については事務局長が決定権限を有するところ、本件退職意思表示について、Y社の事務局長が、4月12日、これを受理して控訴人の退職を承認する旨の決定をしたものと認められる。
そうすると、同日の時点で、Y社は、本件退職意思表示に対し承諾の意思表示をしたものというべきであるから(改正前民法526条1項参照)、その後になされた本件撤回通知により本件退職意思表示を撤回することはできない。

2 Xは、乙第6号証(事業所面談における会話の録音反訳書面及び録音体)について、Xの許可なく録音されたものでありプライバシーを侵害するなどと主張し、違法収集証拠として証拠の排除を求めるものと解される。
そこで検討すると、民事訴訟法が証拠能力(ある文書や人物等が判決のための証拠となり得るか否か)に関して何ら規定していない以上、原則として証拠能力に制限はなく、当該証拠が著しく反社会的な手段を用いて採集されたものである場合に限り、その証拠能力を否定すべきである。
これを本件についてみると、乙第6号証は、E所長が事業所面談においてXとの会話を録音し、これを反訳したものと認められるところ、当該証拠について控訴人が主張するところは、要するに控訴人の知らないところでその発言が録音されたというものであって、これを前提としても、当該録音が著しく反社会的な手段を用いてなされたとはいえないから、乙第6号証の証拠能力を肯定すべきである。

本件を通じて、民事訴訟における無断録音の証拠能力に関する考え方を押さえておきましょう。

退職勧奨の際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

退職勧奨18 上司の退職強要・人格否定と損害賠償責任(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も一週間がんばりましょう。

今日は、上司らの退職強要発言等に基づく損害賠償請求に関する裁判例を見てみましょう。

東武バス日光事件(宇都宮地裁令和2年10月21日・労判ジャーナル107号22頁)

【事案の概要】

本件は、Y1社の正社員であるXが、その余のY2らから退職強要や人格否定、過少な要求というパワーハラスメントを受けたとして、Y2らに対して共同不法行為による損害賠償請求権に基づき、Y社に対して使用者責任による損害賠償請求権に基づき、慰謝料200万円、弁護士費用20万円+遅延損害金の連帯支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社らは、Xに対し、連帯して66万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 本件侮蔑的表現が、職責、上司と労働者との関係、指導の必要性、指導の行われた際の具体的状況、当該指導における言辞の内容・態様、頻度等に照らして、社会通念上許容される業務上の指導を超えて、過重な心理的負担を与えたといえる場合には、違法なものとして不法行為に当たるというべきである。

2 上司であるY2がX自身を「チンピラ」「雑魚」と呼称した部分については、行動に対する指導との関連性が希薄で、発言内容そのものがXを侮蔑するものであり、発言の態様や、その後Xが傷病休暇を取得してうつ状態と診断されたこと等も併せて考慮すれば、社会通念上許容される業務上の指導を越えて、過重な心理的負担を与えたといえるから、違法なものとして不法行為に当たる。

3 Y2らの一連の発言や指示は、Xの問題行動にも一因があるといえるものの、他方、特に本件退職強要発言は悪質性が強いといえることや、それにもかかわらずY社らが違法との評価を否定していること、Xが、Y2らの共同不法行為の後、うつ状態になったと診断されていること等に鑑みると、慰謝料の額として60万円が相当である。

慰謝料の金額よりもレピュテーションダメージを考えなければなりません。

退職勧奨の際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

退職勧奨17 試用期間の延長の可否・程度(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、試用期間の延長の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

明治機械事件(東京地裁令和2年9月28日・労判ジャーナル105号2頁)

【事案の概要】

本件は、産業用機械の制作、販売等の事業を営むY社との間で試用期間のある労働契約を締結していた既卒採用の従業員Xが、Y社に対し、延長された試用期間中に本採用を拒否(解雇)されたところ、その延長が無効であるとともに解雇が客観的合理的理由を欠き社会通念上も相当でなく無効であるとして、雇用契約に基づき、労働契約上の地位確認などを求めるとともに、違法な退職勧奨により抑うつ状態を発症して通院を余儀なくされたなどとして、不法行為による損害賠償請求をした事案である。

【裁判所の判断】

地位確認認容

損害賠償50万円認容

【判例のポイント】

1 本件雇用契約における試用期間は、職務内容や適格性を判定するため、使用者が労働者を本採用前に試みに使用する期間で、試用期間中の労働関係について解約権留保付労働契約であると解することができる。そして、試用期間を延長することは、労働者を不安定な地位に置くことになるから、根拠が必要と解すべきであるが、就業規則のほか労働者の同意も上記根拠に当たると解すべきであり、就業規則の最低基準効(労契法12条)に反しない限り、使用者が労働者の同意を得た上で試用期間を延長することは許される
そして、就業規則に試用期間延長の可能性及び期間が定められていない場合であっても、職務能力や適格性について調査を尽くして解約権行使を検討すべき程度の問題があるとの判断に至ったものの労働者の利益のため更に調査を尽くして職務能力や適格性を見出すことができるかを見極める必要がある場合等のやむを得ない事情があると認められる場合に、そのような調査を尽くす目的から、労働者の同意を得た上で必要最小限度の期間を設定して試用期間を延長することを就業規則が禁止しているとは解されないから、上記のようなやむを得ない事情があると認められる場合に調査を尽くす目的から労働者の同意を得た上で必要最小限度の期間を設定して試用期間を延長しても就業規則の最低基準効に反しないが、上記のやむを得ない事情、調査を尽くす目的、必要最小限度の期間について認められない場合、労働者の同意を得たとしても就業規則の最低基準効に反し、延長は無効になると解すべきである。

2 Y社が本件雇用契約の試用期間を繰り返し延長した(1回目の延長及び2回目の延長)目的は、主として退職勧奨に応じさせることにあったと推認され、これを覆すに足りる証拠は存しないから、1回目の延長についても、2回目の延長についても、Xの職務能力や適格性について更に調査を尽くして適切な配属部署があるかを検討するというY社主張の目的があったと認めることはできない

試用期間の延長はそう簡単にはできないことを理解しておきましょう。

また、試用期間中の解雇や本採用拒否は、みなさんが思っているよりもハードルが高いです。

試用期間とはいえ、決して治外法権ではないことを理解した上で、顧問弁護士に相談をしながら進めて行きましょう。

退職勧奨16 違法な退職勧奨による損害とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、違法な退職勧奨を理由とする損害賠償請求に関する裁判例を見てみましょう。

華為技術日本事件(東京地裁平成29年1月18日・労判ジャーナル62号66頁)

【事案の概要】

本件は、中国の民間企業であるA社との間で有期労働契約を締結し、A社の100%子会社であるY社に出向していたXが、Y社の従業員らから、相当性を逸脱した違法な退職勧奨を受けた結果、契約期間中に退職に追い込まれ、契約期間満了時までの逸失利益及び弁護士費用に相当する損害を被ったと主張して、Y社に対し、不法行為(民法715条)に基づく損害賠償として約9166万円等の支払を求めた事案(なお、Xは、慰謝料の請求はしないことを明らかにしている。)である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 ・・・労働者に対して不当な心理的圧迫を加えるものであり、相当性を逸脱した違法な退職勧奨であるといわざるを得ない。

2 退職の意思決定は労働者の自由意思に委ねられるべきであって、退職勧奨が、そのような意思決定を促す行為としての相当性を逸脱する態様でなされた場合には、当該退職勧奨は、労働者の退職に関する自己決定権を侵害するものとして違法性を有するものというべきところ、退職勧奨自体が、解雇とは異なって、雇用契約の終了という法的効果を生じさせる行為ではなく、雇用契約の終了という法的効果は当該労働者自身の意思決定をまって生じるものであることに鑑みると退職勧奨が違法であることを理由とした損害賠償の対象となるのは、基本的に、自己決定権を侵害されたことに伴う損害であり、雇用契約の終了に伴う逸失利益を含まないものと解されるから、Xの主張する逸失利益は、Xの退職に関する自己決定権侵害に伴う損害とはいえず、Y社による退職勧奨との間に相当因果関係があるとは認めがたい。

退職勧奨は違法と判断されながら、損害賠償は請求棄却という一見すると不思議な裁判例ですが、上記判例のポイント2がその理由です。

原告側は頑なに逸失利益を請求し、慰謝料については請求しなかったわけです。

確かに慰謝料が認められたとしても金額は知れていますが、だからといって念のためでも請求しなかったというのはなぜでしょう?

いずれにせよ、退職勧奨をする際は、事前に顧問弁護士に相談した上で慎重に対応しましょう。

退職勧奨15 違法な退職勧奨に基づく損害賠償請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、違法な退職勧奨に基づく損害賠償請求に関する裁判例を見てみましょう。

碧南市事件(名古屋高裁平成28年11月11日・労判ジャーナル59号22頁)

【事案の概要】

本件は、Y社で歯科医師として勤務していたXが、病院長による違法な退職勧奨を受けて退職せざるを得なくなったと主張して、病院を運営するA市に対し、国家賠償法1条1項に基づく、約4379万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

A市はXに対して、4078万9726円(減収分にかかる損害3167万7203円、退職手当にかかる損害911万2523円)+慰謝料50万円を支払え

【判例のポイント】

1 D教授は、Xに対し、Xが本件退職勧奨を応諾しない場合には、Xの下で診療等に従事する歯科医師について後任を派遣しない事態があることを告げたのであり、Xの下で診療に従事する歯科医師が派遣されないという事態は、病院に求められている水準の歯科診療を行うことが困難となることが確実であって、病院の歯科口腔外科部長として地域医療に従事するXにとっては、重大な不利益であるといえるところ、D教授が、Xに対し、上記の不利益を告知したことについては、本件退職勧奨の諾否にかかるXの自由な意思決定を促す行為として許される限度を逸脱し、その自由な意思決定を困難とするものであると認められるから、D教授が、C病院長の依頼に基づき、C病院長による本件退職勧奨の一環として、Xに対し、本件医局の関連病院の人事に関する影響力ないし事実上の権限をもって上記の不利益が生ずると告知して、暗に本件退職勧奨を応諾するよう求めたことは、少なくとも過失によりXの自由な意思決定を侵害する不法行為にあたる。

ドクターということもあり、損害額がかなり多額に及んでいます。

解雇を避けたいがために退職勧奨をするわけですが、やりすぎるとこのような結果となってしまいますので注意しましょう。

具体的な注意事項は顧問弁護士に確認しましょう。

退職勧奨14(X商事事件)

おはようございます。

今日は、育児休業後の復職予定日以降の不就労の一部につき会社に帰責性があるとされた裁判例を見てみましょう。

X商事事件(東京地裁平成27年3月13日・労経速2251号3頁)

【事案の概要】

本件は、Xが育児休業後の復職予定日である平成25年6月17日以降Y社に出社していないことについてY社に帰責性がある旨主張し、X及びY社間の雇用契約に基づき同日以降の賃金の支払を求めるとともに、Y社が産前産後休業中のXに退職通知を送付するなどした行為が違法である旨主張し、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)250万円を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、64万6627円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、15万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Xが育休を取得している以上、復職予定日に復職するのが当然であり、また、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律4条、22条等に照らせば、Y社は、事業者として、育休後の就業が円滑に行われるよう必要な措置を講ずるよう努める責務を負うと解されるところ、平成25年4月1日以降のY社の対応は、Y社がXの復職を拒否し、又はXを解雇しようとしているとの認識をXに抱かせてもやむを得ないものであり、他方で、Xは、平成25年4月22日付けのC宛てのメールにおいてY社の行為が実質解雇に当たる旨を明記しているから、Y社としても、XがY社の一連の対応について上記のような認識を有していることを把握することは可能であったといえる。
そうであれば、Y社は、自らの対応によりXに抱かせた誤解を速やかに解き、Xの復職に向けた手続が円滑に進むように、Xに対し、復職のための面談が必要であるから出社するよう明確に指示をする必要があったというべきであるが、本件全証拠によっても、乙2の通知書を送付するまで、Y社がXに対して上記のように明確な指示をしたとは認められないから、乙2の通知書がXに到達する平成25年8月31日までの間のXの不就労については、Y社に帰責性があると評価するのが相当である

2 ・・・他方、乙2の通知書がXに到達した後については、XがY社に出社しないことについて合理的な理由はなく、Y社に帰責性が存するものとは認められないというべきであり、また、Xが平成25年6月から家庭保育室に子を預けることができるよう枠を確保していた等の事情に照らせば、Xが上記通知を受けた後直ちにY社に出社することが困難であったとも認め難いというべきである。

3 ・・・なお、Y社は、Xの求めに応じて退職扱いを取り消したことをもってY社の上記行為が清算された旨の主張をするが、当該取消しにより違法な状態の継続が阻止されたとは評価し得るものの、当該行為自体の違法性がすべて阻却されるものとは評価し得ない

4 Y社がXを退職扱いにし本件退職通知を送付した行為は、不法行為に該当すると認められるところ、XがY社から退職扱いの告知を受けたのが出産の翌日であったこと、当該退職扱いは、復職を希望して産休・育休を取得したXにとって全く予想外の出来事であったこと、Xが退職扱いの取消しをY社に求めていたにもかかわらず、Y社は本件退職通知を退職金とともにXに送付していること、他方で、本件退職通知を送付した数日後にY社がXの退職扱いを取り消していることなどの事情を総合考慮すれば、Y社の上記不法行為によりXが受けた精神的苦痛は、15万円をもって慰謝するのが相当である。

労使の行き違い、勘違いなどが原因でトラブルになることもあると思います。

そのような場合には、会社としては、「相手が勘違いしているのだから放っておけばいい」といじわるに考えるのではなく、状況の確認をしっかりすることが求められます。

労務管理は、日々、顧問弁護士に相談しながら1つ1つ冷静に対応することが大切です。

退職勧奨13(F社事件)

おはようございます。

今日は、顧問弁護士による退職強要の違法行為は認められないとして損害賠償請求を棄却した裁判例を見てみましょう。

F社事件(東京地裁平成27年1月29日・労経速2249号13頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と雇用契約を締結し、Y社の営業開発本部長として勤務していたXが、Y社の顧問弁護士から不当に退職を強要され、退職せざるを得なくなったところ、当該退職強要が不法行為に当たり、当該不法行為によりXはY社から賃金を受領する権利を失い、また、精神的な損害を被ったと主張し、Y社に対し、不法行為に基づく損害賠償として①1年分の賃金相当額2400万円及び②慰謝料1000万円及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、Y社が賃借人となり、Xが社宅として使用すべき本件マンションについて、Xの家族ではない女性を居住させており、かかる事実を指摘されたXは、これを認め、更に、このことがXによるY社の資金の私的流用に当たる旨C弁護士に指摘された上、更に他にもY社の経理処理に不正があるかもしれないので、Y社において調査を続行する旨説明された中で、C弁護士の求めに応じ、Y社があらかじめ用意していた書誌を使用し、Y社を退職する旨の意思表示を行った、というものである。
・・・本件面談後のXとC弁護士とのやり取りに照らすと、XはC弁護士に対して終始協力的な態度を見せており、これが、退職を強要した当の本人に対する態度であると理解することは困難である

2 結局、Xは、本件面談当時にC弁護士からの指摘により、本件マンションの使用方法が法的に問題となる可能性が高いものと認識し、かつ、この件のみならず、自らが本件会社の代表取締役であった頃の経理処理に幾つも問題(Xによる資金流用)のある可能性を指摘され、現在Y社において調査中であるという中で、XがY社において就労を続けるには、通常、困難を来すであろう状況が発生していることに鑑み、利害得失を考慮の上、自らの判断で退職することを決意したものとみるのが自然である

3 ここで、Xは、退職の意思表示をしなければ解雇されていたはずであり、退職勧奨の際には解雇事由が備わっている必要があるが、解雇事由が存在しないとも主張する。しかし、そもそも、本件面談においてY社はXに対し、解雇の可能性があることを全く述べていない。また、Y社においてあらかじめ退職届の用紙を用意していたこと等に照らしても、Y社がこのときXを解雇することまで予定していたとまでは認めるに足りず、Xの上記主張は採用の限りでない。

顧問弁護士が会社の代理人として退職勧奨をする場合、やり方如何によっては、(敗訴リスクはさておき)弁護士自らが訴訟当事者になる可能性(訴訟リスク)がありますので、注意が必要です。

今回のケースでは、特に退職を強要したと見られる事情はなかったため、損害賠償請求は棄却されています。