Category Archives: 退職勧奨

退職勧奨14(X商事事件)

おはようございます。

今日は、育児休業後の復職予定日以降の不就労の一部につき会社に帰責性があるとされた裁判例を見てみましょう。

X商事事件(東京地裁平成27年3月13日・労経速2251号3頁)

【事案の概要】

本件は、Xが育児休業後の復職予定日である平成25年6月17日以降Y社に出社していないことについてY社に帰責性がある旨主張し、X及びY社間の雇用契約に基づき同日以降の賃金の支払を求めるとともに、Y社が産前産後休業中のXに退職通知を送付するなどした行為が違法である旨主張し、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)250万円を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、64万6627円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、15万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Xが育休を取得している以上、復職予定日に復職するのが当然であり、また、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律4条、22条等に照らせば、Y社は、事業者として、育休後の就業が円滑に行われるよう必要な措置を講ずるよう努める責務を負うと解されるところ、平成25年4月1日以降のY社の対応は、Y社がXの復職を拒否し、又はXを解雇しようとしているとの認識をXに抱かせてもやむを得ないものであり、他方で、Xは、平成25年4月22日付けのC宛てのメールにおいてY社の行為が実質解雇に当たる旨を明記しているから、Y社としても、XがY社の一連の対応について上記のような認識を有していることを把握することは可能であったといえる。
そうであれば、Y社は、自らの対応によりXに抱かせた誤解を速やかに解き、Xの復職に向けた手続が円滑に進むように、Xに対し、復職のための面談が必要であるから出社するよう明確に指示をする必要があったというべきであるが、本件全証拠によっても、乙2の通知書を送付するまで、Y社がXに対して上記のように明確な指示をしたとは認められないから、乙2の通知書がXに到達する平成25年8月31日までの間のXの不就労については、Y社に帰責性があると評価するのが相当である

2 ・・・他方、乙2の通知書がXに到達した後については、XがY社に出社しないことについて合理的な理由はなく、Y社に帰責性が存するものとは認められないというべきであり、また、Xが平成25年6月から家庭保育室に子を預けることができるよう枠を確保していた等の事情に照らせば、Xが上記通知を受けた後直ちにY社に出社することが困難であったとも認め難いというべきである。

3 ・・・なお、Y社は、Xの求めに応じて退職扱いを取り消したことをもってY社の上記行為が清算された旨の主張をするが、当該取消しにより違法な状態の継続が阻止されたとは評価し得るものの、当該行為自体の違法性がすべて阻却されるものとは評価し得ない

4 Y社がXを退職扱いにし本件退職通知を送付した行為は、不法行為に該当すると認められるところ、XがY社から退職扱いの告知を受けたのが出産の翌日であったこと、当該退職扱いは、復職を希望して産休・育休を取得したXにとって全く予想外の出来事であったこと、Xが退職扱いの取消しをY社に求めていたにもかかわらず、Y社は本件退職通知を退職金とともにXに送付していること、他方で、本件退職通知を送付した数日後にY社がXの退職扱いを取り消していることなどの事情を総合考慮すれば、Y社の上記不法行為によりXが受けた精神的苦痛は、15万円をもって慰謝するのが相当である。

労使の行き違い、勘違いなどが原因でトラブルになることもあると思います。

そのような場合には、会社としては、「相手が勘違いしているのだから放っておけばいい」といじわるに考えるのではなく、状況の確認をしっかりすることが求められます。

労務管理は、日々、顧問弁護士に相談しながら1つ1つ冷静に対応することが大切です。

退職勧奨13(F社事件)

おはようございます。

今日は、顧問弁護士による退職強要の違法行為は認められないとして損害賠償請求を棄却した裁判例を見てみましょう。

F社事件(東京地裁平成27年1月29日・労経速2249号13頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と雇用契約を締結し、Y社の営業開発本部長として勤務していたXが、Y社の顧問弁護士から不当に退職を強要され、退職せざるを得なくなったところ、当該退職強要が不法行為に当たり、当該不法行為によりXはY社から賃金を受領する権利を失い、また、精神的な損害を被ったと主張し、Y社に対し、不法行為に基づく損害賠償として①1年分の賃金相当額2400万円及び②慰謝料1000万円及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、Y社が賃借人となり、Xが社宅として使用すべき本件マンションについて、Xの家族ではない女性を居住させており、かかる事実を指摘されたXは、これを認め、更に、このことがXによるY社の資金の私的流用に当たる旨C弁護士に指摘された上、更に他にもY社の経理処理に不正があるかもしれないので、Y社において調査を続行する旨説明された中で、C弁護士の求めに応じ、Y社があらかじめ用意していた書誌を使用し、Y社を退職する旨の意思表示を行った、というものである。
・・・本件面談後のXとC弁護士とのやり取りに照らすと、XはC弁護士に対して終始協力的な態度を見せており、これが、退職を強要した当の本人に対する態度であると理解することは困難である

2 結局、Xは、本件面談当時にC弁護士からの指摘により、本件マンションの使用方法が法的に問題となる可能性が高いものと認識し、かつ、この件のみならず、自らが本件会社の代表取締役であった頃の経理処理に幾つも問題(Xによる資金流用)のある可能性を指摘され、現在Y社において調査中であるという中で、XがY社において就労を続けるには、通常、困難を来すであろう状況が発生していることに鑑み、利害得失を考慮の上、自らの判断で退職することを決意したものとみるのが自然である

3 ここで、Xは、退職の意思表示をしなければ解雇されていたはずであり、退職勧奨の際には解雇事由が備わっている必要があるが、解雇事由が存在しないとも主張する。しかし、そもそも、本件面談においてY社はXに対し、解雇の可能性があることを全く述べていない。また、Y社においてあらかじめ退職届の用紙を用意していたこと等に照らしても、Y社がこのときXを解雇することまで予定していたとまでは認めるに足りず、Xの上記主張は採用の限りでない。

顧問弁護士が会社の代理人として退職勧奨をする場合、やり方如何によっては、(敗訴リスクはさておき)弁護士自らが訴訟当事者になる可能性(訴訟リスク)がありますので、注意が必要です。

今回のケースでは、特に退職を強要したと見られる事情はなかったため、損害賠償請求は棄却されています。

退職勧奨12(エム・シー・アンド・ピー事件)

おはようございます。

さて、今日は、度重なる退職強要の違法性と休職期間満了を理由とする解雇の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

エム・シー・アンド・ピー事件(京都地裁平成26年2月27日・労判1092号6頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で雇用契約を締結していたXが、➀退職強要により精神的苦痛を被ったとして不法行為に基づいて慰謝料200万円及びこれに対する遅延損害金の支払い、②休職期間満了により退職扱いされたことについて、これが無効であるとして536条2項に基づく賃金(月額29万円)及びこれに対する遅延損害金の支払い、③未払残業代50万6309円及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

退職勧奨は違法
→慰謝料30万円を支払え

解雇は無効

【判例のポイント】

Xに対する退職勧奨については、合計5回の面談が行われ、第2回面談は1時間、第3回面談は約2時間及び第5回面談は約1時間行われている。そして、第2回面談では、Dは、Xが、退職勧奨を拒否した場合、今後Y社としてどのように対応するのか聞いたところ、退職勧奨に同意したら自己都合退職になる、そうでない場合は解雇である、解雇の条件の通常の業務に支障をきたしているというのにあてはまると思う旨述べ、また、Xが、休職という手段はなく、選択肢としては合意するか解雇かの2つなのかと尋ねたところ、Dは、基本はそうなる、会社として退職勧奨するのはそういうことである旨述べるなどしており、退職勧奨に応じなければ解雇する可能性を示唆するなどして退職を求めていること、第2回面談及び第3回面談で、Xは、自分から辞めるとは言いたくない旨述べ退職勧奨に応じない姿勢を示しているにもかかわらず、繰り返し退職勧奨を行っていること、Xは業務量を調整してもらえれば働ける旨述べたにもかかわらずそれには応じなかったこと、第2回面談は約1時間及び第3回面談は約2時間と長時間に及んでいることなどの諸事情を総合考慮すると、退職勧奨を行った理由がXの体調悪化に起因するものであること、第5回面談でXはY社代表者に退職勧奨はするが解雇はしないということを確認したことなどを勘案しても、Y社のXに対する退職勧奨は、退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し労働者の退職についての自由な意思決定を困難にするものであったと認められ、Xの退職に関する自己決定権を侵害する違法なものと認めるのが相当である

平成23年8月22日以降のY社のXに対する退職勧奨は、Xが退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず、執拗に退職勧奨を行ったもので、強い心理的負荷となる出来事があったものといえ、これによりXのうつ病は自然経過を超えて悪化したのであるから、精神障害の悪化について業務起因性が認められる。
そうすると、Y社は、Xを休職期間の満了により退職したとのY社の主張は採用できず、XはY社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあるというべきである

会社にとっては非常に厳しい判断です。

実務において、退職勧奨の程度に悩まれる企業も少なくないと思います。

必ず顧問弁護士に相談をしながら正解のないケース・バイ・ケースの対応をするほかないと感じます。

退職勧奨11(プレナス事件)

おはようございます。

 

さて、今日は、懲戒解雇や退職金不支給の可能性は動機の錯誤にすぎないとして、退職勧奨による退職が有効とされた裁判例を見てみましょう。

プレナス事件(東京地裁平成25年6月5日・労経速2191号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、平成23年9月14日に同年10月5日をもってY社を退職する旨の退職願を提出したが、これによる退職の意思表示が無効であるとして、Y社に対して地位確認、賃金支払を求めるとともに、本件退職願を提出させる際のY社による退職の強要が不法行為に当たるとして、慰謝料及び社宅からの退去費用等相当額の損害賠償を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、本件退職願のよる退職の意思表示は、E部長の退職勧奨に応じなければ、懲戒解雇になり、その場合は退職金も支給されないものと誤解したためにされた錯誤によるものであり、無効である旨を主張し、X本人尋問の結果中には、これに沿う供述部分がある。
しかしながら、X供述等においても、Xが本件退職願を提出することを決断するに至った動機については曖昧で明らかではないし、X供述等によれば、9月3日面談においては、退職の意思はなかったが9月12日電話で退職せざるを得ないと決断したというのであるが、直接の面談ではなく、電話での会話によってそのような決断に至った事情も明確とはいい難く、Xが主張するような上記の誤解が何故その時点で生じたのかも明らかではないところである。また、9月3日面談及び9月12日電話のいずれにおいてもE部長が懲戒処分や解雇の可能性、ましてや懲戒解雇による退職金不支給について言及したことはなく、Xも退職勧奨に応じなかった場合の処遇等に関して何ら言及していないことは上記認定のとおりである。そうすると、この点に関するX本人尋問の結果中の供述部分は直ちには信用し難く、Xに上記のような誤解があり、これに基づき本件退職願が提出されたとすることには疑問があるものといわざるを得ない。
仮に、Xが上記のような誤解に基づき本件退職願による退職の意思表示をしたものであるとしても、これは動機の錯誤であるといわざるを得ず、これが表示されていたことは一切うかがわれないのであるから、退職の意思表示につき要素の錯誤があったということはできない

2 また、9月3日面談による退職勧奨後、Xによる本件退職願の提出がされるまでの経過をみると、9月3日面談がされた後には1週間以上の考慮期間があったものであり、さらに、この間、Xは、労働局に相談をして、安易に退職届を出すことがないように指導を受けるなどしていること、9月12日電話は、約15分程度の会話であり、その際、Xからは、退職事由については会社都合としたいとの具体的な要望が出されるなどしていること、実際に、Xが、その要望どおり退職事由を会社都合によると記載した本件退職願を提出したのは、その2日後の平成23年9月14日であることが認められ、このような経過に照らせば、本件退職願の提出による退職の意思表示自体がXの真意に基づかないものということもできないというべきである

訴訟提起時から、厳しい戦いが予想されていたとは思います。

労働者側が参考にすべき点としては、上記判例のポイント1の動機の錯誤に関する判断です。

最高裁判決によれば、動機に錯誤がある場合には、原則として無効とならず、ただ、動機が表示された場合には、動機が意思表示の内容となって意思表示の錯誤が成立しうるとされています。

動機の錯誤の場合、意思表示そのものではなく、意思形成過程としての動機の点に錯誤があるにすぎず、内心的効果意思と表示に不一致はないわけです。

表示の要件を満たすことが大切だということを認識しておくだけで、かなり準備の仕方が変わってくるのではないでしょうか。

詳細は顧問弁護士に確認をしてみてください。

退職勧奨10(兵庫県商工会連合会事件)

おはようございます。

さて、今日は、執拗な退職勧奨等に対する損害賠償請求に関する裁判例を見てみましょう。

兵庫県商工会連合会事件(神戸地裁姫路支部平成24年10月29日・労判1066号28頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に勤務するXが、Y社らに対し、Y社の専務理事であったAらから執拗な退職勧奨を受け、これに応じなかったところ、必要性のない転籍、出向を命じられた上で、様々な経済的不利益を被るとともに、誹謗中傷としか評価できない侮辱的な言動や恣意的な低査定を受けたため、精神的苦痛や経済的不利益を被ったとして、Y社らに対し、損害賠償を請求した事案である。

【裁判所の判断】

Y社らに対し、117万1400円の支払を命じた。

【判例のポイント】

1 退職勧奨は、勧奨対象となった労働者の自発的な退職意思の形成を働きかけるための説得活動であるが、これに応じるか否かは対象とされた労働者の自由な意思に委ねられるべきものである。したがって、使用者は、退職勧奨に際して、当該労働者に対してする説得活動についてそのための手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り、使用者による正当な業務行為としてこれを行い得るものと解するのが相当である。他方、退職勧奨に際して、労働者の自発的な退職意思を形成する本来の目的実現のために社会通念上相当と認められる程度を超えて、当該労働者に対して不当な心理的圧力を加えたり、又は、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いることによって、その自由な退職意思の形成を妨げることは許されず、そのようなことがされた退職勧奨行為は、もはや、その限度を超えた違法なものとして不法行為を構成することとなるものというべきである。

2 これを平成19年になされた退職勧奨についてみると、「自分で行き先を探してこい。」「管理職の構想から外れている。」「ラーメン屋でもしたらどうや。」など、Xの名誉感情を不当に害するような言辞を用い、Xに不当な心理的圧力を与えるものであるということができる。また、平成22年から平成23年にかけてなされた退職勧奨についてみると、Xが平成22年9月17日時点において、退職勧奨に応じない姿勢を明確に示しているにもかかわらず、繰り返し退職勧奨を行っており、その態様は執拗でXに対して不当な心理的圧力を加えるものであるということができ、退職勧奨の際には、「管理者としても不適格である。」「商工会の権威を失墜させている。」「君は人事一元化の対象に入っていない。」「異動先を自分で探せ。」など、Xの名誉感情を不当に害する侮辱的な言辞が用いられているものと認められる
以上からすれば、本件退職勧奨は労働者であるXの自由な退職意思の形成を妨げるものであり、その手段・方法が社会通念上相当と認められる程度を超えた違法なものであると評価できる。

本件では、退職勧奨の違法性のほか、転籍・出向命令、降格に伴う減給措置の違法性についても争われており、いずれも違法と判断されています。

「この程度のことを言っただけで違法になっちゃうの・・・」と思った管理職のみなさん、要注意です。

日頃から労務管理に関するレクチャーを顧問弁護士から受けておくことをおすすめします。

退職勧奨9(日本アイ・ビー・エム(退職勧奨)事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう!!

さて、今日は、退職勧奨に関する裁判例を見てみましょう。

日本アイ・ビー・エム(退職勧奨)事件(東京高裁平成24年10月31日・労経速2172号3頁)

【事案の概要】

Y社は、企業体質強化を目的とし、退職者支援プログラムを用意しつつ、一定層の従業員をターゲットにして、全社的に退職勧奨を実施した。

Y社は、平成20年10月頃から、Xらに対する退職勧奨ないし業績改善のための2回ないし7回にわたる面談を行った。

Xら4名の従業員は、Y社が行った退職勧奨が違法な退職強要に当たるとして、Y社に対して不法行為による損害賠償請求を行った。

【裁判所の判断】

控訴棄却
→本件退職勧奨は違法ではない。

【判例のポイント】

1 労働契約は、一般に、使用者と労働者が、自由な意思で合意解約をすることができるから、基本的に、使用者は、自由に合意解約の申入れをすることができるというべきであるが、労働者も、その申入れに応ずべき義務はないから、自由に合意解約を応じるか否かを決定することができなければならない。したがって、使用者が労働者に対し、任意退職に応じるよう促し、説得等を行うことがあるとしても、その説得等を受けるか否か、説得等に応じて任意退職するか否かは、労働者の自由な意思に委ねられるものであり、退職勧奨は、その自由な意思形成を阻害するものであってはならない。
したがって、退職勧奨の態様が、退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し、労働者の退職についての自由な意思決定を困難にするものであったと認められるような場合には、当該退職勧奨は、労働者の退職に関する自己決定権を侵害するものとして違法性を有し、使用者は、当該退職勧奨を受けた労働者に対し、不法行為に基づく損害賠償義務を負うものというべきである

2 以上のとおり、RAプログラム(リソース・アクションプログラム)の目的及び退職者の選定方法は、基本的には不合理なものとはいえず、定められた退職勧奨の方法及び手段自体が不相当であるともいえない。したがって、Y社がXらを選定し、退職勧奨を試みたことについては、①その個別の選定に合理性を欠いていたか否か、②その具体的な退職勧奨の態様において、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱していたか否かが問題となる。

3 Y社には、業績評価の客観性を確保する基準としてのPBC(人事業績評価制度、パーソナル・ビジネス・コミットメント)が存在し、従業員に厳しいコンプライアンス教育が施されていたことは原判決の認定の通りであり、RAプログラムには、面談の留意事項として退職強要は許されず、対象者の「自由意思」を尊重することが掲げられ、具体的かつ詳細な注意事項が示されて講義や面談研修も施されており、これらの措置は、個別の退職勧奨が、対象者の自由な意思形成を促す限度で行われ、法的に正当な業務行為として許容されるように慎重に配慮されたものと認められるところ、このような配慮に従って、業績評価の客観性が確保され、面談の留意事項が遵守されるのであれば、RAプログラムによる退職勧奨に基づく説得は、自由な意思形成を促す行為として社会的に許容される範囲を逸脱するとは解されない。

本件の一審判決はこちらです。

使用者側とすれば、退職勧奨が違法であると判断されないために退職勧奨をする際の留意点を予め明確にしておく必要があります。

過去の裁判例から失敗例・成功例を学び、実務に応用することが大切です。

是非、顧問弁護士を活用し、日々、準備をしておきましょう。

退職勧奨8(富士ゼロックス事件)

おはようございます。

さて、今日は、スタッフ職社員の出退勤時刻虚偽入力等と退職意思表示の錯誤に関する裁判例を見てみましょう。

富士ゼロックス事件(東京地裁平成23年3月30日・労判1028号5頁)

【事案の概要】

Y社は、カラー複合機などのオフィス機器の製造・販売等を主たる業とする会社である。

Xは、平成元年3月に短大卒業後、同年4月にY社との間で雇用契約を締結し、営業職等として稼働していた。

Xは、出退勤の情報につき虚偽の申告等を行っており、そのことが発覚後、Y社は、事情聴取を重ねる中で、Xに対し、Y社の懲戒規程を確認するように指示し、Xは、平成21年3月6日の事情聴取後には、本件懲戒規程を読み、懲戒解雇になるかもしれないと考えた。

その後もY社が調査を進めたところ、Xは他にも、外出旅費、通勤交通費の二重請求や生理休暇日にまで旅費を請求していること等が判明したため、Y社は、Xに対し、自主退職をするか、懲戒手続を進めるか尋ねたところ、Xが、自主退職をする旨を回答した。

【裁判所の判断】

退職の意思表示は錯誤により無効

【判例のポイント】

1 Xは、3月11日事情聴取において、「100パーセント辞めたくない。」「減給でも出勤停止でも受けるので、解雇されると保険のこともある。」「できれば解雇は避けたいと正直そう思っている。仕事の重いのでも良い」「会社だけは辞めさせないで下さいと言いたい」「数か月間、無給で働かせてもらうというのでは」などと在職したい意向が強いことを述べた上で、自主退職をするか決断するのに「今週末まで時間を欲しい。自主退職、解雇で退職金が違うということや、冷静に考えたい」と要望したこと、Xは、懲戒解雇と自主退職といずれが得かをY社人事担当者らに尋ね、Y社人事担当者らは「天と地の差がある。重みも、傷も違う。世間の認め方も違う」などと言ったこと、Xは、本件退職意思表示直前に、「私の場合は懲戒解雇があって、2種の選択の中で自主退職をということで、言い出した」と発言したことからすると、Xは、Y社に対し、本件退職意思表示の動機は、懲戒解雇を避けるためであることを黙示的に表示したものと認められる

2 そして、Xは、在職の意向が強かったことに加え、Xは、短期大学卒業直後から、20年間にわたりY社において勤務していたこと、本件退職意思表示当時、40歳の女性であったことが認められ、再就職が容易であるとはいないことも考慮すると、Y社が懲戒解雇を有効になし得ないのであれば、本件退職意思表示をしなかったものと認められる。したがって、Y社が有効に懲戒解雇をなし得なかった場合、Xが、自主退職しなければ懲戒解雇されると信じたことは、要素の錯誤に該当するといえる

3 この点、Y社は、懲戒にかかる調査の過程で、従業員が、懲戒解雇のおそれがあることを意識し、処分が確定する前に退職を願い出て、当該おそれが具体化することを避けたいと希求する場合、使用者がこれを承認するに当たって、その時点までに判明した事実から懲戒解雇が相当であると認められることを常に求めるとすると、使用者は、懲戒にかかるすべての調査を完了して、懲戒処分の内容が確定した後でない限り、上記承認をすることができなくなり、不当な結果をもたらすことととなるから、退職の意思表示が錯誤により無効となるのは、懲戒解雇のおそれがない場合に限られる旨主張する
しかし、錯誤の有無は、客観的に判断すべきものであるし、また、使用者が懲戒解雇を選択する可能性があるというだけで、錯誤が認められないとすると、当該懲戒解雇が解雇権の濫用に該当し無効である場合も、労働者は、退職の意思表示をした以上、当該意思表示の錯誤無効を主張できないということになり、不当である。懲戒にかかる調査の過程において、労働者から自主退職の申し出があった場合、使用者は、労働者が錯誤に陥らないよう、処分内容は不確定であり、懲戒解雇以外の懲戒処分が科されることになる可能性もある旨説明した上で、改めて労働者の自発的意思を確認し、自主退職を認めればよいのであるから、使用者に不当な結果を強いるものでもない

4 Xは、平成21年7月以降も、毎年7月末日及び毎年12月末日限り、少なくとも、上記各賞与額から業績賞与分(Y社の業績に応じて支給される賞与)を控除した金額と同額の賞与が支給される旨主張するところ、Y社は、上記賞与額及び支給条件等について争わない。
以上によると、Xは、Y社に対し、平成21年7月以降、毎年同月末日限り、106万4800円、毎年12月日限り、107万6700円の賞与請求権を有するものと認められる。

非常に参考になる裁判例ですね。

会社としては、上記判例のポイント3を是非、参考にすべきです。

ほんの少しの表現の違いで、結果が違ってきます。

また、本件では、めずらしく解雇後の賞与についても認められていますね。

懲戒処分を行う際は、必ず顧問弁護士に相談することをおすすめします。

退職勧奨7(日本アイ・ビー・エム(退職勧奨)事件)

おはようございます。

さて、今日は、退職勧奨に関する裁判例を見てみましょう。

日本アイ・ビー・エム事件(東京地裁平成23年12月28日・労経速2133号3頁)

【事案の概要】

Y社は、企業体質強化を目的とし、退職者支援プログラムを用意しつつ、一定層の従業員をターゲットにして、全社的に退職勧奨を実施した。

Y社は、平成20年10月頃から、Xらに対する退職勧奨ないし業績改善のための2回ないし7回にわたる面談を行った。

Xら4名の従業員は、Y社が行った退職勧奨が違法な退職強要に当たるとして、Y社に対して不法行為による損害賠償請求を行った。

【裁判所の判断】

請求棄却
→本件退職勧奨は違法ではない。

【判例のポイント】

1 退職勧奨は、勧奨対象となった労働者の自発的な退職意思の形成を働きかけるための説得活動であるが、これに応じるか否かは対象された労働者の自由な意思に委ねられるべきものである。したがって、労働者の自発的な退職意思を形成する本来の目的実現のために社会通念上相当と認められる限度を超えて、当該労働者に対して不当な心理的圧力を加えたり、又は、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりすることによって、その自由な退職意思の形成を妨げるに足りる不当な行為ないし言動をすることは許されず、そのようなことがされた退職勧奨行為は不法行為を構成する

2 本件において、業績不振の社員が、退職勧奨に対して消極的な意思表示をした場合、それらの中には、これまで通りのやり方で現在の業務に従事しつつ大企業ゆえの高い待遇と恩恵を受け続けることに執着するあまり、業績に係る自分の置かれた位置づけを十分に認識せずにいたり、業務改善を求められる相当程度の精神的重圧(高額の報酬を受ける社員であれば、なおさら、今後の更なる業績向上、相当程度の業務貢献を求められることは当然避けられないし、業績不良により上司・同僚に甚だ迷惑をかけている場合には、それを極力少なくするよう反省と改善を強く求められるのも当然である。)から解放されることに加えて、充実した退職支援を受けられることの利点を十分に検討し又は熟慮したりしないまま、上記のような拒否回答をする者が存在する可能性は否定できない。また、Y社は、充実した退職者支援策を講じていると認められ、また、当該社員による退職勧奨拒否が真摯な検討に基づいてなされたのかどうか、退職者支援が有効な動機付けとならない理由は何かを知ることは、Y社にとって、重大な関心事となることは否定できないのであり、このことについて質問する等して聴取することを制約すべき合理的根拠はない

3 そうすると、退職勧奨対象社員が消極的な意思を表明した場合でも、Y社に在籍し続けた場合におけるデメリット、退職した場合におけるメリットについて、更に具体的かつ丁寧に説明又は説得活動をし、また、真摯に検討してもらえたのかどうかのやり取りや意向聴取をし、退職勧奨に応ずるか否かにつき再検討を求めたり、翻意を促したりすることは、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した態様でなされたものでない限り、当然に許容されるものと解するのが相当であり、たとえ、その過程において、いわば会社の戦力外と告知された当該社員が衝撃を受けたり、不快感や苛立ち等を感じたりして精神的に平静でいられないことがあったとしても、それをもって、直ちに違法となるものではない。したがって、当該社員が退職勧奨のための面談には応じられないことをはっきりと明確に表明し、かつ、Y社(当該社員の上司)に対してその旨確実に認識させた段階で、初めて、Y社によるそれ以降の退職勧奨のための説明ないし説得活動について、任意の退職意思を形成させるための手段として、社会通念上相当な範囲を逸脱した違法なものと評価されることがあり得る、というにとどまる

4 以上に基づき検討すると、Y社がした退職勧奨には違法があるとは認められない。また、Y社がした業績評価及びそれに基づく面談における説明等についても、業績評価に係る裁量権の濫用又は逸脱の違法があるとは認められず、面談における説明等の方法や態様につき社会通念上相当と認められる範囲を逸脱するような違法があるとも認められない。

退職勧奨が有効と認められています。

この裁判例によれば、退職勧奨が違法となるには、前提として、従業員が退職勧奨のための面談には応じられないことを「明確に」表明することが求められています。

退職勧奨に関して「消極的な意思表示」をしているだけの場合に、翻意を促すことは許容されるとのことです。

退職勧奨の際は、顧問弁護士に相談しながら慎重に進めることが大切です。

退職勧奨6(東亜シンプソン事件)

おはようございます。

さて、今日は、降格・減給に関する裁判例を見てみましょう。

東亜シンプソン事件(東京地裁平成21年3月27日判決)

【事案の概要】

Y社は、靴・時計・光学機器の輸入及び販売、スポーツ・レジャー用品の輸入及び販売等を主たる目的とする会社である。

Xは、平成9年4月、Y社と期間を定めずに労働契約を締結し、その後平成19年5月まで就労した。

Xは、以下のとおり主張し、Y社を相手としてY社による降格・減給が無効である等と主張した。

すなわち、Y社は、長年、Xを含む従業員の業務行為を常時監視カメラで監視し、些細なミスや不備も叱責や厳重注意の対象とし、従業員の勤務態度を厳しく規律してきた。Y社の方針に少しでも異議を唱え、Y社の意にそぐわない従業員に対しては配置転換、降格・減給処分のほか、パワーハラスメントによる制裁を科し、従業員の要求、不満を徹底的に抑えるという方法を採用してきた。

【裁判所の判断】

一定の限度でのみ減給の有効性を認め、それを超える減給・降格は人事権の濫用として無効

Xの解雇に至るY社の対応は不法行為に該当するとして慰謝料50万円を認めた

【判例のポイント】

1 Xの勤務成績は、入社当初は極めて良好で、Y社は、Xを課長代理、課長に昇進させた。Xは、平成17年夏以降、その勤務状況、勤務態度が悪化し、仕事に対してまじめに取り組まないようにあった時期があった。具体的には、日中は仕事らしい仕事をしない状況が続き、仕事を放置することも繰り返したほか、長時間にわたり、私用電話を繰り返し、他の従業員の業務に支障が出ることもあった。

2 平成17年夏ころ以降Xの勤務態度が悪化したというのであるから、平成17年12月から能力給を3万円ずつ減額したことは、平成17年12月以降も更に勤務態度が悪化し続けたという証拠もなく、また、減額の幅も大きいことに照らすと、人事権の濫用であるとの評価を免れない

3 次に、平成18年11月に課長代理に降格したことについても、この時期に更に勤務態度が悪化したことを裏付ける証拠は提出されていないことから、上記同様人事権の濫用であるとの評価を免れないというべきである。

4 Y社代表者は顧問と相談した後、Xを呼び入れ、「当初は大変厳しい状況にあるので、X君は退職届を出してください。」とXに言い渡した。これに対し、Xは、「私は、働く気は満々です。やむを得ず解雇だというのであれば、そちらこそ解雇の通知を出してください。」と答えたところ、Y社の顧問であるLは、「あなたに出す文書は一枚もない。」と答えた。
以上によれば、Y社は、労働条件の改善を訴えたXを嫌悪して退職を迫ったものと認められ、これが代表者自らによって行われたこと、その語調の厳しさに照らすと、単なる退職勧奨ではなく、解雇と評価すべきである
したがって、Y社は、解雇予告手当の差額を支払う義務がある。

5 Xを解雇するに至るY社の対応は、法律上当然の要求をしたことでXを嫌悪し、解雇するに至ったというのであり、その態様は悪質であり、不法行為を構成するというべきであり、Xの被った精神的苦痛を慰謝する金額としては50万円をもって相当と認める。

この事案は、一般的には退職勧奨の違法性が争点となるところです。

ところが、原告は、これを単なる退職勧奨の問題とせず、解雇の有効性を争点としました。

Xは、Y社の退職勧奨に応じて退職届を提出したにもかかわらず、です。

非常に興味深い判決です。

退職勧奨の際は、顧問弁護士に相談しながら、慎重に進めることが大切です。

退職勧奨5(昭和女子大学事件)

おはようございます。

さて、今日は、退職勧奨に関する裁判例を見てみましょう。

昭和女子大学事件(東京地裁平成4年2月6日決定)

【事案の概要】

Y社は、学校法人であり、小、中、高校、短大、大学、幼稚園を設置している。

Xは、昭和52年4月、Y社短大国文科専任講師として採用され、その後、短大助教授、同教授に任用された。

Xは、同じ科の助教授と学生に対する指導上の意見に相違を生じ、このことにつき右助教授からY社の学長に対し、Xに非がある旨の報告がなされたため、Xは、学長から呼び出され、さまざまな事柄について叱責を受けた。

Xは、これらの事項はいずれも事実無根あるいは不当な言い掛かりであると考えたが、その場では十分な弁明の機会は与えられなかった。

Xは、学科長から、学長に謝罪するよう言われたが、当初、謝罪する必要性がないとしてこれに応じなかった。

その後、Xは、本気で謝罪している姿勢を見せるため反省の色が最も強く出る文書にした方が良いと判断して、実際には退職する意思はなく勤務継続の意思を有していたが、「退職願」を作成し、学長に提出した。

席上、Xは、「勤務の機会を与えて欲しい」と述べた。

本件では、当該「退職願」の効力が問題となった。

【裁判所の判断】

退職願は、心裡留保により無効

【判例のポイント】

1 Y社は、Xの平成3年3月の退職願を同年5月に受理することにより退職の合意が成立し、右合意に基づき同年9月末日に退職を発令したものである旨主張する。しかしながら、右認定事実によれば、Xは反省の意を強調する意味で退職願を提出したもので実際に退職する意思を有していなかったものである。そして、右退職願は勤務継続の意思があるならばそれなりの文書を用意せよとの学長の指示に従い提出されたものであること、Xは右退職願を提出した際に学長らに勤務継続の意思があることを表明していること等の事実によれば、Y社はXに退職の意思がなく右退職願による退職の意思表示がXの真意に基づくものではないことを知っていたものと推認することができる。
そうするとXの退職の意思表示は心裡留保により無効であるから(民法93条ただし書)、Y社がこれに対し承諾の意思表示をしても退職の合意は成立せず、Xの退職の効果は生じないものというべきである。

2 本件疎明資料によれば、Xは、妻、子3名(19歳、18歳、15歳)及び養母を扶養しており、Y社から得る資金を唯一の生計の手段としてきたことが一応認められる。そうすると、Xには賃金の仮払いの必要性があるところ、本件疎明資料によって一応認められる諸般の事情を考慮すると月額60万円の範囲で平成3年12月から平成5年1月までの間に限り仮払いを命じる限度で保全の必要性があると認めるのが相当である。

なかなかすごい事件ですね。

結局、裁判所は心裡留保を理由に退職の意思表示を無効と判断しました。

退職勧奨を注意深くやらないと、このように無効と判断される可能性があること、また、場合によっては、不法行為として損害賠償請求をされる可能性があることを頭に入れておかなければなりません。事前に顧問弁護士に相談することが求められます。