Category Archives: 従業員に対する損害賠償請求

従業員に対する損害賠償請求13 業務時間の50%しか労務提供をしていなかったと主張し、会社が従業員に対し賃金、管理手当、営業交通費として支払われた金額の50%の返還請求をした事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、業務時間の50%しか労務提供をしていなかったと主張し、会社が従業員に対し賃金、管理手当、営業交通費として支払われた金額の50%の返還請求をした事案について見ていきましょう。

モルビド事件(大阪地裁令和5年9月29日・労判ジャーナル142号30頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、①Xに対し、Xが、実際には業務時間の50%しか労務提供をしていないにもかかわらず、賃金、管理手当、営業交通費として支払われた金額の50%を法律上の原因なく利得したと主張し、不当利得返還請求権に基づき、上記期間に支払われた各月の賃金のそれぞれ50%ずつの合計額に相当額の支払請求をし、Xが、転居の事実を申告せずに転居前の住所からの通勤交通費を受領し続けたことに関し、不法行為に基づき、通勤交通費の合計額に相当する金員の支払請求をし、Xが、Y社の担当者として、取引先との間で取引をしたことについて、真実はY社の事業のためではなくX自身のために衣料品等を購入したものであり、これらはY社に対する背任又は横領の不法行為に当たると主張し、不法行為に基づき、合計約4214万円等の支払請求をし、Xが、真実はXが自らのために費消する目的であったにもかかわらず、Y社の事業に必要であると申告して、仮払金を支払わせたと主張し、不法行為に基づき、合計約2189万円等の支払請求をし、Xが、担当したN社に関する業務について、事業収支報告書記載の売上額と実際の入金額との差額及び同報告書に記載のなかった追加費用の合計約842万円等の支払請求をし、②Xの実父に対し、Y社とXの実父との間の身元保証契約に基づき、本件請求上記のXに対する不当利得返還請求及び損害賠償請求に関し、Xと連帯して、同額の支払を求め、③XがY社の担当者として取引をした相手方に対し、同人が、Xが商品を不正に取得する意図を有していることを認識しつつ、Xと共謀し、Y社に商品代金相当額の損害を生じさせたとして、Xとの共同不法行為に基づき、Xらと連帯して、Xに対する請求の一部の金員の支払請求をした事案である。

【裁判所の判断】

一部認容(通勤交通費95万6120円、第三者との取引について1322万0541円)

【判例のポイント】

1 労働者が使用者に対して割増賃金の請求を行う場合において、原則として、具体的な労働日において、何時から何時まで時間外労働に従事したかについて個別に主張立証が必要と解されていることに鑑みれば、使用者が労働者に対して不就労時間に対応する賃金に相当する不当利得返還請求を行う場合においても、具体的な労働日において、終業時間中の何分間、何時間、労務に服していなかったのかについて個別に特定して主張立証を行う必要があるというべきであるところ、Y社は、専ら本件メールに依拠して、就業時間の5割と主張するのみで、上記の特定を行わないのであるから、Y社の主張では、Y社においていかなる損失が生じ、Xがいかなる利益を受けているのかについての具体的な特定を欠いているといわざるを得ないから、この点に関するY社の主張には理由がない。

2 管理手当は、Y社本社事務所の営業部門の統括、管理を行う対価として支払われていたものであって、Xの労働時間に応じて支払われる性質を有するものではないから、この点に関するY社の主張にも理由がない。

上記判例のポイント1については、現実的には、具体的に特定することは極めて困難です。

1時間に1回、10分程度、タバコ休憩をしている労働者はよく見かけますが、これも具体的に不就労時間を特定しなければ不当利得返還請求は認められないことになりますね。

真面目に働いている人があほらしくなりますね。

日頃から顧問弁護士に相談をすることを習慣化しましょう。

従業員に対する損害賠償請求12 十分な秘密管理措置を講じていたとは認められず、不正競争防止法上の営業秘密該当性が否定された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 本年もよろしくお願いいたします。

さて、今日は、十分な秘密管理措置を講じていたとは認められず、不正競争防止法上の営業秘密該当性が否定された事案を見ていきましょう。

Z営業秘密侵害罪被告事件(札幌高裁令和5年3月17日・労経速2529号7頁)

【事案の概要】

本件は、自動車部品の仕入れ及び販売等を業とするH社の従業員として、同社から同社の営業秘密である同社の販売先、販売商品、販売金額等の履歴が記載された得意先電子元帳を示されていた被告人Aが、①Iと共謀の上、不正の利益を得る目的で、令和2年10月27日、被告人Aが同社の前記得意先電子元帳を管理する同社サーバコンピュータにアクセスし、同得意先電子元帳の、得意先A社及び仕入先B社に係る本件情報①を記録したファイルをH社から貸与されていたパーソナルコンピュータに保存し、その複製を作成する方法で同社の営業秘密を領得し、②被告人Bと共謀の上、不正の利益を得る目的で、同月28日、被告人Aが同社の前記サーバコンピュータにアクセスし、同得意先電子元帳の、得意先C社に係る本件情報②を表示し、SNSアプリケーションソフトLINEの画像キャプチャ機能を利用して本件情報②を画像ファイルとして記録してその複製を作成する方法でH社の営業秘密を領得したという事案である。

原判決は、いずれの事案についても有罪と認め、被告人両名をいずれも罰金30万円に処した。

【裁判所の判断】

原判決を破棄する。

被告人両名は、いずれも無罪。

【判例のポイント】

1 本件方法を含む得意先電子元帳に記録されている情報に接する従業員において、H社が該当情報をその他の秘密とはされない情報と区別し、特に秘密として管理しようとする意思を有していることを明確に認識できるほど、客観的な徴表があると認めることはできず、パーツマンにアクセスする際に、IDやパスワード等を入力するなどの手順を要するということのみでは、H社が十分な秘密管理措置を講じていたと認めることはできないというべきである。

2 原判決は、得意先電子元帳内の情報をテキスト形式で出力しようとした際に警告画面が表示されることも、H社の秘密管理意思の現れであるとしている。しかしながら、警告文の主語は、「株式会社K社が提供するデータの利用範囲は」となっており、第三者への情報提供等の制限の対象は、パーツマンを提供するK社のファイルレイアウト等の秘密情報と解するのが文面上自然で、文末も「第三者へのデータ提供等は『契約違反』に該当します。」となっており、ここでいう「契約」は、K社とH社との間の契約を指すとみるのが自然である。したがって、前記警告画面の警告文の趣旨は、K社のファイルレイアウトなどの秘密情報を保持するものと解されるから、これがH社自身の秘密管理意思の現れとみることはできない。

本件は刑事事件における高裁判例ですが、民事においても参考になります。

営業秘密の3要件(特に秘密管理性)についてはしっかりと確認をし、実務に反映させましょう。

不正競争防止法については、日頃から顧問弁護士に相談をすることを習慣化しましょう。

 

従業員に対する損害賠償請求11 自損事故の損害に基づく元従業員に対する損害賠償請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、自損事故の損害に基づく元従業員に対する損害賠償請求に関する裁判例を見ていきましょう。

阪本商会事件(大阪地裁令和3年11月24日・労判ジャーナル121号36頁)

【事案の概要】

甲事件は、Xを雇用していたY社が、Xに対し、XがY社の所有する普通貨物自動車を運転中、自損事故を起こして本件車両を損傷させ、Y社に損害を発生させたと主張して、不法行為に基づき、損害金32万円+遅延損害金の支払を求める事案である。
乙事件は、Xが、Y社に対し、①XはY社から平成30年4月16日から同年5月15日までの賃金の支払を受けていないと主張して、労働契約に基づき、上記未払賃金27万3310円+遅延損害金の支払を求めるとともに、②Y社はXの賃金から月額500円ずつ積立金の名目で控除しながら、退職後も上記金員を返還しないと主張して、不当利得に基づき、利得金合計2万6500円+遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は、甲事件については、Y社のXに対する請求を、10万円+遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却し、乙事件については、XのY社に対する前記①の請求を、27万3310円+遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却し、XのY社に対する前記②の請求を棄却したところ、Y社が敗訴部分を不服として控訴した。
なお、原審は、乙事件におけるXのY社に対する前記②の請求を棄却したが、これに対してXは控訴も附帯控訴もしていないため、上記請求については当審の審理・判断の対象ではない。

【裁判所の判断】

控訴棄却

【判例のポイント】

1 Y社は、本件事故により32万円の損害を被っており、本件事故はXによる自損事故であり、その原因は専らXの過失にあることが認められる。
他方、Xは、Y社代表者の運転手を勤めながら、日常的にY社代表者の命じる様々な雑用をこなし、これを通じてY社の業務に従事してY社に貢献していたものであり、かかる事情は、損害の公平な分担の見地から考慮されるべきである。
そうすると、本件の事実関係の下においては、Y社が本件事故により被った損害のうちXに対して賠償を請求し得る範囲は、信義則上10万円を限度とするのが相当であり、Y社がXに対してこれを超える部分の請求をすることは認められないというべきである。

32万円の損害に対して10万円の限定で請求可能と認定されています。

感覚的にはこの程度だろうという相場観を理解しておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談をすることを習慣化しましょう。

従業員に対する損害賠償請求10 専心義務違反等に基づく従業員に対する損害賠償請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、専心義務等に基づく従業員に対する損害賠償請求に関する裁判例を見ていきましょう。

フォーザウィン事件(東京地裁令和3年2月26日・労判ジャーナル112号60頁)

【事案の概要】

本件は、システム開発等を業とするY社が、Y社の従業員Xが雇用契約上の専心義務及び秘密保持義務に違反したとして、従業員に対し、民法709条に基づき、損害賠償金528万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、Y社は、Xとc社との間で既に合意が成立していたd社案件について、自身が対応できないのであれば、その旨Xに伝えるべきであったのに、伝えなかったことについて雇用契約上の専心義務違反があると主張する。
しかしながら、Xとc社間の取引基本契約書4条1項には、「個別契約は,甲が乙に注文書を発行し,乙がこれを承諾することにより成立する。」とされているところ,d社案件においては注文書が発行されていないばかりか,見積書,現品票,完了報告書等も作成されておらず、平成30年12月14日までにCとDとの間でd社案件の契約締結に向けてメールでやり取りが重ねられた事実を考慮しても、Xとc社間でd社案件についての個別合意が成立したとはいえない。
また、CとDとの間でメールのやり取りがなされ、Xとc社との間でd社案件をY社に業務遂行させる方向で話が進んでいたことは確かであるものの、Xからは同年12月7日頃を最後に一切Y社に連絡をしておらず、Y社はd社案件の契約に関する進捗状況を知りようがなかったと認められる。
かえって、Y社はXの契約社員なのであるから、XはY社に指揮命令すべきであるところ、Xは、d社案件について、Y社に対し、契約の進捗状況について説明をせず、業務の開始時期、業務場所等についても何ら具体的な指揮命令をしていない
このような状況下において、Y社が、Xはd社案件をY社にやらせるつもりなのか、そうでないのか判断がつかなかったとしても無理からぬことというべきである。
これらを踏まえると、Y社がd社案件に対応できない旨をXに伝えず、その後の対応をXに委ねなかったとしても、専心義務違反があったとまで認めることはできない

2 Xは、Y社がXに対して退職の意を伝えていないために、Xがc社との間で代替要員について協議する機会を失っていることを認識し得たにもかかわらず、漫然とc社に言われるままにBを紹介した結果、Xとc社との契約の成立を阻害して原告に損害を与えたのであり、少なくとも過失による不法行為が成立するとも主張する。
しかしながら、c社が最終的にXを取引相手に選ばなかったのは、c社の判断であってY社が関与するものではなく、Y社の上記行為と原告の損害との間に因果関係を認めることはできない
したがって、Y社の上記行為につき過失による不法行為が成立するとの原告の主張を採用することはできない。

3 Xは、Y社が、d社案件につきc社がエンジニアを探していること、及び当該業務のc社側の担当者の情報などのXの顧客情報を含む秘密情報をBに対して伝えたことが雇用契約上の秘密保持義務に違反すると主張する。
しかしながら、Y社は、Bに対し、c社の名前と、今後c社から連絡があるかもしれない旨を伝えたものの、それ以上にXの秘密情報を伝えたことを認めるに足りる証拠はない
Xは、Y社がc社の担当者に対しBを紹介することで、c社の担当者をして案件情報をBに流出させているとも主張するが、c社の担当者がd社案件の情報をBに話したことをもってY社が秘密保持義務違反をしたことにはならない。

会社としてはいろいろなことを主張していますが、いずれも採用されませんでした。

気持ちはわからないわけではありませんが、裁判の相場観でいうとこのような結論になってしまいます。

日頃から顧問弁護士に相談をすることを習慣化しましょう。

従業員に対する損害賠償請求9 従業員の交際禁止合意の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、従業員の私的交際を禁止する合意に違反したことを理由とする違約金請求が棄却された裁判例を見てみましょう。

有限会社MIBプランニング事件(大阪地裁令和2年10月19日・労経速2439号23頁)

【事案の概要】

本件は、Y社がXに対し、従業員の私的交際を禁止する合意に違反したことを理由とする違約金・損害賠償金合計140万円+遅延損害金を請求する事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 XとY社が雇用契約を締結したこと及びY社の求めによりXが本件同意書に署名したこと、Y社が本件始末書を作成したこと及びその時点でY社がXに対する違約金200万円の請求を控えたことは当事者間に争いがない。
しかるに、本件同意書は、使用者であるY社が被用者であるXに対して私的交際を禁止し、これに違反した場合には違約金200万円を請求し、Xはこれを支払う旨合意するものであるところ、これは、労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償額を予定する契約をしたりすることを禁じた労働基準法16条に違反しており、無効である。
また、人が交際するかどうか、誰と交際するかはその人の自由に決せられるべき事柄であって、その人の意思が最大限尊重されなければならないところ、本件同意書は、禁止する交際について交際相手以外に限定する文言を置いておらず真摯な交際までも禁止対象に含んでいることや、その私的交際に対して200万円もの高額な違約金を定めている点において、被用者の自由ないし意思に対する介入が著しいといえるから、公序良俗に反し、無効というべきである。

英会話教室やキャバクラ等で同様の契約内容を見かけますね。

違約金等の請求をされると労基法16条の問題として争われ、契約違反で解雇されると、地位確認が争われます。

契約内容については事前に顧問弁護士に相談することをお勧めいたします。

従業員に対する損害賠償請求8 退職従業員に対する労基法16条適用の可否(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、退職した日雇従業員の不動産取引損金補てん合意の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

P興産元従業員事件(大阪高裁令和2年1月14日・労判1228号87頁)

【事案の概要】

本件は、Xとの間で不動産取引に関してY社に生じた損金をXが補填する旨の合意をしたY社が、本件合意により補填されるべき損金239万9835円が生じたと主張して、Xに対し、本件合意に基づき、上記損金+遅延損害金の支払を求める事案である。

原審はY社の請求を全部認容したところ、Xがこれを不服として本件控訴を提起した。

【裁判所の判断】

原判決を取り消す。

Y社の請求を棄却する。

【判例のポイント】

1 Xは労働契約に基づきY社に対して業務提供をしていたから、XとY社との権利義務関係については、労働基準法の適用を受ける。そして、同法16条は、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と規定しているところ、本件合意は、その成立時期がXの退職直後であるものの、使用者が労働契約関係にあった労働者に退職後も上記労働契約に付随して努力する義務を負わせた上、将来Y社に損害が生じた場合には、事情の如何を問わずその全額の賠償を約束させるものにほかならず、実質的には、上記労働基準法の規定の趣旨に反するものである。

2 XがY社に取引を勧めたのは、本件覚書記載の3物件のうち愛知県C物件のみであり、本件不動産及びL物件については、Xが入札の可否に関する判断をしたわけではなく、その他、Y社に生じた損金を補填しなければならないような合理的理由を何ら見出すことはできない

3 本件合意は、上記3物件の転売による利益はY社が取得することを前提としながら、損金が生じた場合はその全額をXに負担させるというものであり、極めて不公平で一方的な内容のものというほかない

4 本件覚書は、Y社に一方的に有利で、かつ、Xに一方的に不利益な内容であって、既にY社を退職していたXが本件覚書に係る本件合意をする合理的理由を何ら見出せないにもかかわらず、Xが本件覚書に署名押印したのは、これを拒否した場合にX及び当時Y社に就労中の妻Mに加えられることが想定されるY社代表者及び関係者からの報復を恐れたためであると解するのが自然であり、これに沿う控訴人の供述は信用できる。
したがって、本件合意は、Xの自由意思によるものとは到底いえないというべきである。

担当する裁判官によって、こうも判断が異なるものかと感じます。

親と裁判官は選べません。

だからこそリスクヘッジのためにも、日頃から顧問弁護士に相談することを習慣化しましょう。

従業員に対する損害賠償請求7 従業員同士の暴行による傷害と使用者責任(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、従業員同士の暴行による傷害と使用者責任等に関する裁判例を見てみましょう。

A研究所ほか事件(横浜地裁川崎支部平成30年11月22日・労判1208号60頁)

【事案の概要】

本件は、平成26年4月20日当時、Y社の従業員であったXが、同日、勤務中に、Y社の事業所内において、当時Y社の従業員であったAから暴行を受けて受傷したとして、Aに対しては不法行為に基づき、Y社に対しては使用者責任又は雇用契約上の債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、損害賠償金1195万0218円+遅延損害金の連帯支払を求めている事案である。

【裁判所の判断】

AはXに対し、472万2589円+遅延損害金を支払え。

Xのその余の請求は棄却

【判例のポイント】

1 以上検討したところによれば、むしろ、AにはX主張の業務上のミスはなく、本件暴行の原因となったXの言動は、Xの担当業務の遂行には当たらないことが認められる。したがって、本件暴行の原因とY社の事業執行との間には密接な関連性があるとのXの主張は、その前提となる事実を欠くものというべきである。
かえって、XとAは、初対面の時から互いに相手に対して不快な感情を抱き、その後も、互いに相手の態度や発言に反感を抱き、Xとは親しい関係にあるGが従前からAと対立関係にあったとの事情もあって、相手に対する敵対的な感情を相互に強めていたところ、平成26年4月20日、Xが、Aに対し、Aは仕事ができず、他の従業員に迷惑をかけているとのAを貶める発言や、本件トラブルの原因はAのミスなので報告するなどとの事実に反しAを貶める発言をしたこと等から、これに憤慨したAが、Xからパソコンを取り上げようとし、XがAの右手首をつかんでひねったことがきっかけとなって、Aが本件暴行を開始したことが認められる。
上記認定事実によれば、本件暴行は、Y社の事業所内においてAの従業員同士の間で勤務時間中に行われたものではあるが、その原因は、本件暴行前から生じていたXとAとの個人的な感情の対立、嫌悪感の衝突、XのAに対する侮辱的な言動にあり、本件暴行は、私的な喧嘩として行われたものと認めるのが相当である。
上記認定事実からしても、本件暴行がY社の事業の執行を契機とし、これと密接な関連を有するとは認められないから、本件暴行によるXの損害は、AがY社の事業の執行につき加えた損害に当たるとはいえない

従業員同士の暴行・傷害事件の場合、会社に対してその責任を追及できるかを検討する場合、本件のように本件暴行の原因と事業執行との間に密接な関連性があるか否かを見て行くことになります。

評価が微妙なことが多く、悩ましいところです。

日頃から顧問弁護士に相談をすることを習慣化しましょう。

従業員に対する損害賠償請求6 会社の元従業員に対する多額の損害賠償請求と不当提訴(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、うつ病を理由に退職した社員に対する損害賠償請求と反訴請求に関する裁判例を見てみましょう。

プロシード元従業員事件(横浜地裁平成29年3月30日・労判1159号5頁)

【事案の概要】

本訴は、Y社が、Y社に勤務していたXが虚偽の事実をねつ造して退職し、就業規則に違反して業務の引継ぎをしなかったこと(Y社主張の被告の不法行為)が不法行為に当たるなどと主張して、Xに対し、不法行為に基づき、1270万5144円の損害賠償+遅延損害金の支払を求めた事案である。

反訴は、Xが、Y社ないしその代表取締役によるXへの退職妨害、本訴の提起及び準備書面による人格攻撃(X主張の原告の不法行為)が不法行為ないし違法な職務執行に当たるなどと主張して、Y社に対し、不法行為又は会社法350条に基づき、330万円の損害賠償+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社の本訴請求を棄却する。

Y社は、Xに対し、110万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 訴えの提起は、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となる(最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁)。本訴は、Xが虚偽の事実をねつ造して退職し、就業規則に違反して業務の引継ぎをしなかったというY社主張のXの不法行為によってY社に生じた1270万5144円の損害賠償を求めるものであるところ、前記認定したXのY社退職に至る経緯並びに前記に認定したY社退職後の就労状況に照らすと、Y社において、Y社主張のXの不法行為があるものと認識したことについては全く根拠がないとまでは断じ得ないとしても、前記に説示したとおり、Y社主張のXの不法行為によってY社主張の損害は生じ得ない。
そうすると、Y社主張のXの不法行為に基づく損害賠償請求権は、事実的、法律的根拠を欠くものというべきであるし、Y社主張のXの不法行為によってY社主張の損害が生じ得ないことは、通常人であれば容易にそのことを知り得たと認めるのが相当である。
それにもかかわらず、Xに対し、Y社におけるXの月収(額面約20万円)の5年分以上に相当する1270万5144円もの大金の賠償を請求することは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くというべきである
したがって、Y社による本訴の提起は、Xに対する違法な行為となる。

2 民事訴訟においては、裁判を受ける権利の行使として自由な主張立証活動が保障されなければならず、その主張立証行為の中に相手の名誉等を損なうような表現が含まれていたとしても、相手を誹謗中傷する目的の下にことさら粗暴な表現を用いた場合など、著しく相当性を欠く場合でない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。
これを本件について見るに、「XがY社を欺くために躁うつ病のふりをしている。」との準備書面の記載は、まさに、Xが躁うつ病であるという虚偽の事実をねつ造して退職し、業務の引継ぎを行わなかったとする、本件訴訟におけるY社の請求内容そのものである。また、「Xが躁鬱病という病を選んだ理由は他にもある。それは、①Xの母は、長期間に渡り鬱病を罹患しており、自殺未遂の経験もある。その母親をやはり長期に渡り間近で見ていたので、一番安易にマネが出来ること、②最近の社会現象ともなっているメンタル性の病であれば、簡単に業務から離れ易いこと、などが挙げられる。そして見事に鬱病を演じきっただけでなく、挙げ句の果てに、Y社やY社の顧客を納得させる理由(診断書の提出)の説明責任すら放棄したのである。」との準備書面の記載も、Xが躁うつ病のふりをしているとのY社の主張を裏付けるために、その主張内容に即して記載されたものであると認められる。
そうすると、後者の記載にはいささかX及びXの母への配慮に欠ける面があるにしても、著しく相当性を欠くものとしてXに対する不法行為を構成するに足る違法性を有するものとはいえない。なお、Xの母への人格攻撃に関するXの主張は、権利主体が異なるため、失当である。

上記判例のポイント1は、完全に返り討ちにあった状態です。

濫訴として訴えの提起自体が不法行為にあたることは労働事件ではそれほど多くありませんが、本件では必要以上に大きな金額を請求したこともあり肯定されています。

特に使用者が労働者を訴える場合には感情的にならず冷静に判断することが求められます。是非、顧問弁護士に相談をしましょう。

従業員に対する損害賠償請求5 労務不提供等を理由とする損害賠償請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、労務不提供等を理由とする損害賠償等請求と反訴請求に関する裁判例を見てみましょう。

広告代理店A社元従業員事件(福岡高裁平成28年10月14日・労判1155号37頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、元従業員のXに対し、①Xの労務不提供によりY社に損害が生じた旨、②Y社が外部から請け負ってXに担当させていた業務について、Y社が支払いを受けるべき報酬の支払いをXが受けた旨を主張して、①について、債務不履行に基づく損害賠償、②について、不当利得の返還又は債務不履行に基づく損害賠償を求めるとともに、これらそれぞれについて、遅延損害金の支払いを求め(本訴)、
Xが、Y社に対し、③Y社においてXに時間外労働及び深夜労働をさせた旨、④Xの退職申出に対し、Y社が違法な態様でこれを引き止めた旨を主張して、③について、割増賃金+遅延損害金を求め、④について、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償+遅延損害金の支払いを求める(反訴)事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、5万円を支払え

Xのその余の請求を棄却

Y社の控訴棄却

【判例のポイント】

1 Y社代表者は、Xを雇用する使用者として、Xから自己がうつ病に罹患しておりY社での業務に耐えられないとの訴えを受けたのであるから、その詐病を疑ったとしても、Xが真にうつ病に罹患しているか、罹患しているとしてY社での業務遂行が可能なものであるかどうかなどを判断するため、Xから診断書を徴収するなどして、これを慎重に確認した上で、仮にXがうつ病に罹患していたことが確認された場合には、その病状を悪化させないよう退職時期に配慮するなどの対応をとるべき雇用契約上の義務(安全配慮義務)を負っていたというべきである。
しかるに、Y社代表者は、これらの措置を何らとることがないまま、Xの退職の申出をかたくなに拒んで後任者への引継ぎがすむまでY社での業務を継続するよう執拗に要請し、なおかつ脅迫文言と受け取られても仕方がない発言に及んでXの意思決定を拘束し、その結果、Xの申出とは真逆の内容が記載された本件誓約書に署名押印させたものというべきである。
したがって、Xが本件誓約書に署名押印するに当たり、物理的強制があったとまでは認められないとしても、Xに対する3月末日限りでの退職申出に対し、後任者が採用され同人に対する引継ぎがされるまで退職を認めないとのY社代表者の措置及びこれに至る経緯は、うつ病であるとの申出をした者に対する説得の態様、時間、方法等に照らし社会的相当性を逸脱するものと評価するほかなく、使用者としての安全配慮義務に反する違法なものと評価せざるを得ない。
・・・もっとも、その慰謝料額については、Xは、上記のとおり社会保険労務士と相談して上記誓約書には従う必要がないとのアドバイスを受けたこともあって、その後週末を挟んで3月17日(月曜日)から同月19日(水曜日)まで出勤したものの、病状の悪化により同月20日(木曜日)以降は欠勤した上、同月22日(土曜日)にはY社事務所に合い鍵を使って立ち入り、本件業務に関するデータをY社に無断で持ち出したこと、XがY社にうつ病のため就労が困難であるなどと記載された診断書を送付したのは同月24日になってからであること、その他本件に表れた諸般の事情を考慮すると、5万円が相当である。

2 付加金について検討するに、付加金支払義務は、裁判所がその支払を命じ、その判決の確定によって初めて発生する義務であって、口頭弁論終結前に未払割増賃金支払義務が消滅したときは付加金支払義務が発生する余地がないと解される。
本件においては、上記未払割増賃金支払義務はXのした相殺の意思表示により消滅しているから、Y社が付加金支払義務を負うと解する余地はない(もっとも、このことを度外視すれば、Y社は、恒常的に時間外労働に対する割増賃金の支払を怠っており、Y社代表者もこれに対し特に問題を感じている様子がうかがえないことやその他本件に現われた諸般の事情を考慮すれば、上記以外の理由によってY社が付加金支払義務を免れると解すべき特段の事情はないというべきである)。

上記判例のポイント1の太字部分は、是非参考にしてください。

上記判例のポイント2の付加金に関してですが、括弧内の内容は蛇足ですかね。

日々の労務管理は顧問弁護士に相談しつつ、慎重に対応しましょう。

従業員に対する損害賠償請求4 退職する際は3か月前に退職届を提出するとの合意は有効か?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も一週間がんばりましょう。

今日は、退職する労働者への損害賠償請求に関する裁判例を見てみましょう。

美庵事件(大阪地裁平成28年12月13日・労判ジャーナル61号24頁)

【事案の概要】

本件は、エステティックサロンを営むY社が、Xに対し、就業規則では退職する際には3か月前に退職届を提出しなければならないとされているにもかかわらず、Xが同義務を履行せず、一方的に1週間後に退職する旨の退職届を提出し、引継ぎも行っていないことが債務不履行に該当する、あるいは、Y社とXとの間で退職時期に関する合意が成立したにもかかわらず、就業規則の定めに反して一方的に退職届を提出し、就労していないことが不法行為にも該当するとして、損害賠償を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 労働基準法の趣旨に照らせば、労働契約から離脱する自由を保障することで労働者の保護を図っているということができ、民法627条1項の期間については、使用者のために延長することはできないものと解するのが相当であり、退職する際には3か月前に退職届を提出しなければならないとする規定は無効である。

2 労働者の急な退職や病気等による欠勤という事態はいつでも生じ得る事態であり、様々な事態が生じても業務を遂行できる勤務シフトを設定することは使用者の権限であり責任でもあることからすれば、賃金カットがされることはともかく、労働者に損害賠償責任を負わせるためには、例外的な特段の事情があることが必要と解されるが、そのような特段の事情があるとは認められない。

民法627条1項では以下のとおり規定されています。

「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。」

今回の裁判例では、この規定は強行法規だと解されています。

多くの会社の就業規則では、1か月前に退職届を提出しなければならない等と規定されていますが、この裁判例によれば、無効となってしまいます。

実務対応は、必ず顧問弁護士に相談をしながら行いましょう。