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メンタルヘルス12 原告の退職の意思表示を有効とする一方で、精神的不調がうかがわれる原告に言動を注意・警告する際に、職場環境調整義務違反があり慰謝料の支払いが認められた事案(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、原告の退職の意思表示を有効とする一方で、精神的不調がうかがわれる原告に言動を注意・警告する際に、職場環境調整義務違反があり慰謝料の支払いが認められた事案を見ていきましょう。

イーオン事件(東京地裁令和5年3月22日・労経速2533号37頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、Y社に対し、次のとおりの請求を行った事案である。
(1)地位確認及びこれに関する未払賃金請求
Xが、平成29年11月29日にY社と労働契約を締結したところ、Y社に対し、①雇用契約(本件契約)上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、本件契約に基づく賃金として、②令和2年3月31日以前に支払期日が到来する59万4000円(2か月分の賃金)+遅延損害金の支払を求め、③令和2年4月1日以降提訴日(令和3年7月10日)までに支払期日が到来する445万5000円(15か月分の賃金)+遅延損害金の支払を求め、④令和3年7月(提訴日より後)から本判決確定の日までに支払期日が到来する賃金(毎月25日限り29万7000円)+遅延損害金の支払を求めた。
(2)不法行為(主位的請求)又は債務不履行(予備的主張)
職場環境調整義務違反及び違法な退職勧奨を理由とする民法709条の不法行為又は本件契約の債務不履行に基づく損害賠償として、合計290万1845円(債務不履行については、弁護士費用26万3804円を除いた263万8041円)+遅延損害金の支払を求めた。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、33万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xは、適応障害に罹患していたものの、退職願を提出する前に、これに大きな影響を与える出来事があったとはいえないし、退職願提出後にも、再度、弁護士等と共に検討し、退職手続を進めていて、退職願提出時、適応障害の影響で真意に基づく判断ができなかったとはいい難い。更に、退職を決意させる大きな理由となった、異動が認められなかった点についても、Y社の裁量の逸脱・濫用があったとはいえない。そうすると、仮に、退職の意思表示に関し、自由意思の客観的合理的事情が必要であるとしても、かかる事情があると認められる。
よって、Xの退職願提出によって、退職の意思表示があったと認められる。

2 Cは、令和元年11月27日、再びXと面談し、Xの行動について、再び問題行動を繰り返すことがあれば直ちに解雇することを示唆しつつ、警告を行った
Y社は、Xが飲酒した上で出勤したことや、令和元年11月18日の公休日に本件カウンセラーに会うためa校に現れたこと、同月21日に女性同僚に対し不適切なセクハラ発言をしたことを前提として注意を行っている。
これらの行為のうち、本件飲酒出勤や本件セクハラ発言については、事実であると認められ、就業規則に抵触するものであり、注意の必要性があったことを否定できない
しかし、本件飲酒出勤や本件セクハラ発言は、Xの精神状態の悪化を示唆するものともいえるから、言動を注意する場合でも、精神状態を悪化させかねない方法を避けて慎重に行う必要があった
次に、本件公休日出勤については、公休日にa校に現れたことの目的が、本件カウンセラーに会うためであったと認めるに足りる証拠がなく、これについては注意の必要性があったのか疑問が残る。また、仮に、これらの行動が事実であり、注意の必要性があったとしても、本件飲酒出勤や本件セクハラ発言と同様、この行動自体がXの精神状態の悪化を示唆するものであるともいえるから、言動を注意する際には、精神状態を悪化させかねない方法を避けて慎重に行うべきである。

精神的不調がうかがわれる従業員に対して言動を注意・警告する際の注意点が判示されていますが、判決文を読むと、使用者側に対する過度な要求であるようにも読めてしまいます。

現場において、精神疾患のある従業員に対して腫れ物に触るような対応になっているのもやむを得ないように思います。

使用者としていかに対応すべきかについては、顧問弁護士の助言の下に判断するのが賢明です。

メンタルヘルス11 従業員との間のコミュニケーションがほぼ不可能であった原告に、休職期間満了から1か月後の復職が可能との診断書を踏まえても、期間満了による解雇が有効とされた事案(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、従業員との間のコミュニケーションがほぼ不可能であった原告に、休職期間満了から1か月後の復職が可能との診断書を踏まえても、期間満了による解雇が有効とされた事案を見ていきましょう。

三菱電機保険サービス事件(東京地裁令和5年3月10日・労経速2533号37頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で期間の定めのない雇用契約を締結して就労し、その後、休職期間満了により解雇されたXが、当該解雇は解雇権濫用に当たり無効であると主張して、Y社に対し、以下の各請求をする事案である。
(1) 労働契約上の権利を有する地位にあることの確認
(2) 解雇後の月例賃金の支払(後記前提事実(3)のとおり、原告の賃金は毎月末日締め・同月20日払いとされていたが、請求は、毎月末日締め・翌月20日払いとして計算されている。)
ア 令和元年5月分から令和2年6月分までの月例賃金合計389万9000円+遅延損害金
イ 令和2年8月20日支払分から本判決確定の日までの月例賃金月27万8500円+遅延損害金

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件において、Xは、業務外の傷病である睡眠時無呼吸症候群及び抑うつ状態により就労不能に陥り、その期間が50日以上継続したため、本件休職命令を受けたものである。そして、本件休職期間中、原告は、月1回から2回の頻度で本件クリニックでの受診を継続して抗うつ薬の処方を受けており、抗うつ薬を服用している間は調子が良いが、薬がなくなると寝たきりの状態になってしまうなどと訴えており、平成31年2月頃以降、受診をしなくなった時期もあるものの、医師の判断によるものとは認めることはできず、Xの症状が明確に好転していた形跡はない
さらに、平成30年以降は、Y社からXに対して連絡が度々試みられたものの、Xの対応としては、平成31年4月18日に、体調不良のため対応できないと記載したメールを送信したのみであり、本件休職期間満了後も、やはり体調不良のため面談ができないなどと述べて、Y社従業員との間のコミュニケーションがほとんど不可能であったことからすれば、本件休職期間満了後に作成された令和元年5月診断書に、抑うつ状態の症状に改善が見られ、同月31日時点で復職が可能である旨記載があることを踏まえても、本件休職期間満了までに、Xが、Y社において、従前の業務である生命保険及び損害保険の営業業務に従事することが可能になっていたと認めることはできない。さらに、上記のとおり、本件休職期間満了時において、Y社従業員とのコミュニケーションですらほとんど不可能であったというXの状態からすれば、同時点において、ほどなく従前の業務をこなせる程度に回復すると見込まれていたともいえず、また、仮にXを配置転換するとしても、その当時のXにおいて、債務の本旨に従った労務の提供が可能となるような軽減業務があったと認めることもできない
したがって、Xにつき、本件休職期間満了までに、本件雇用契約に基づく就労義務の本旨に従った履行が可能となる程度にまで傷病休職の原因となった睡眠時無呼吸症候群及び抑うつ状態が治癒していたということはできない。

2 Xは、Y社が、Xの復職希望の意思を確認することなく、退職することを前提にXに連絡をし、Xの復職希望を受け付けないという態度を示したために、復職の意思の伝達が遅くなった旨主張する。しかし、Y社がXの復職希望の意思を確認するか否かは、本件休職期間満了による解雇猶予の終了とは無関係である。また、本件解雇規定においては、従業員に対し、休職期間の満了時に退職届を提出することを求める規定が置かれているところ、Y社就業規則、傷病休職取扱規則に基づく傷病休職の性質からすれば、解雇猶予の効果がなくなる時点で、本件解雇規定に基づく解雇に先立って、自主退職を求めること自体は、不合理なものではないということができるから、Y社が、本件休職期間満了が近づいても、Y社従業員とのコミュニケーションがほとんど不可能であったXに対し、上記規定に基づいて、退職届の提出を求めることが、不当な措置であったということはできない。また、Xにつき、本件休職期間満了までに、睡眠時無呼吸症候群及び抑うつ状態が治癒していなかったのであるから、Xの復職申し出が遅れたとしても、本件解雇が無効ではないという結論に影響を及ぼすものではない。

上記判例のポイント1の思考過程はしっかりと押さえておきましょう。

特に休職期間満了時に、主治医の診断書では復職可とされているような事案においては慎重に対応する必要があります。

使用者としていかなる判断をするべきかについては、顧問弁護士の助言の下で検討するのが賢明です。

メンタルヘルス10 精神疾患を発病した従業員への降格処分が無効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、精神疾患を発病した従業員への降格処分が無効とされた事案を見ていきましょう。

セントラルインターナショナル事件(東京高裁令和4年9月22日・労経速2520号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と労働契約を締結しているXが、Y社に対し、
 Y社がXに対して平成28年7月7日付けで行った降格処分(第2降格処分)及びこれに伴う基本給の減額は無効であるなどと主張して、労働契約に基づき、同月16日から平成29年1月15日まで減額前の賃金との差額月額7万円の割合による未払賃金42万円+遅延損害金の支払を求め、
 Xは業務過重、上司との関係悪化、Y社がこれらを放置したこと等により平成27年12月頃に精神疾患を発病し、同月以降医療機関に通院することになり、また、平成29年1月16日から同年6月15日まで就業不能となったなどと主張して、Y社の安全配慮義務違反に基づき、月額35万円の割合による賃金相当額175万円の損益相殺後の残額52万7520円+遅延損害金の支払を求め(当審における拡張請求、一部請求)、
 Y社がXの復職に関する団体交渉を拒否し、復職条件を提示せず、復職時期を平成29年10月16日まで引き延ばしたなどと主張して、不法行為又は労働契約上の労務提供の違法な拒否に基づき、同年6月16日から同年10月15日まで月額35万円の割合による賃金相当額140万円及びこれに対する上記①と同様の遅延損害金の支払を求める
事案である。

原審は、上記①の請求を棄却し、上記②の賃金相当額の請求部分につき、5万5864円+遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却し、上記③の請求をいずれも棄却したところ、Xが敗訴部分を不服として控訴するとともに、上記②の通院慰謝料の請求部分につき請求の拡張をし、他方で、Y社が敗訴部分を不服として附帯控訴した。

【裁判所の判断】

原判決を次のとおり変更する。
1 Y社は、Xに対し、234万7520円+遅延損害金を支払え。
2 Y社は、Xに対し、254万円+遅延損害金を支払え(当審における拡張請求)。

【判例のポイント】
1 Xは、平成27年12月頃には、Y社の業務に起因して遷延性抑うつ反応を発病していたものであり、本件処分事由①から本件処分事由⑩までは、いずれもその頃以降の事実と認められる。また、Xは、メディア企画事業部におけるB部長の業務執行の在り方(部下である控訴人に対する命令・指示、控訴人に担当させた業務の内容、業務量等を含む。)について既に平成27年3月には疑問や不満を抱いており、B部長やE専務に対して業務の改善を繰り返し要望するなどしたが、同人らによって十分な対応がされた事実は認められず、この対応の不備等が要因となってXの遷延性抑うつ反応が引き起こされたことが認められる。
そして、B部長、E専務が、Xが平成27年12月頃に「遷延性抑うつ反応」を発病したと認識することは困難であったとしても、その頃までにXの心身の異常やその原因となる事情について現に認識し又は認識し得る状況にあったことは、XとB部長又はE専務との間でやりとりされたメールの内容等から明らかである。
加えて、本件処分事由⑦及び本件処分事由⑩に関する録音内容にも照らせば、Y社において、平成28年7月に第2降格処分をする際、Xの心身の更なる異常等について認識し得たものというべきである。
以上の事情に、次の(ア)ないし(オ)等の諸点も総合すれば、第2降格処分は、重きに失し、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、懲戒権を濫用したものとして無効であるというべきである。」

現場における対応の難しさというのは、経験をした人にしかわからないと思います。

訴訟等に発展する前に、日頃から弁護士に相談の上、適切に対応することがとても大切です。

使用者として何をどの程度行うべきかについては、顧問弁護士の助言の下に判断するのが賢明です。

メンタルヘルス9 休職理由に含まれない事由での休職期間満了による自然退職が認められないとされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、休職理由に含まれない事由での休職期間満了による自然退職が認められないとされた事案を見ていきましょう。

シャープNECディスプレイソリューションズ事件(横浜地裁令和3年12月23日・労経速2483号3頁)

【事案の概要】

本件は、平成26年4月1日から株式会社であるY社と雇用契約を締結して労務に従事したが、適応障害を発症して平成28年3月26日に私傷病休職を命じられ、休職期間の満了により平成30年10月31日に自然退職とされたXが、①Xの休職理由は遅くとも平成28年5月には消滅したから、Y社は同月の時点でXを復職させなければならなかったと主張して、Y社に対し、雇用契約上従業員としての地位を有することの確認と、雇用契約の賃金請求権に基づき、賃金として、同年6月以降、支払期日である毎月26日限り、賃金月額21万9401円+遅延損害金の支払と、賞与として、平成28年以降、毎年6月20日限り、52万3000円、及び毎年12月10日限り、51万5000円+遅延損害金の支払を求めるとともに、②Y社が従業員4名掛かりでXの四肢を抱えてXの自席からY社の正面玄関まで運んだことは、Xの身体の自由及び人格権を侵害する不法行為に該当し、これによりXは精神的苦痛を受けたと主張して、Y社に対し、不法行為の損害賠償請求権に基づき、100万円+遅延損害金の支払を求め、③Y2は、必要な検査等を経ることなく、Y社の意を汲んで、Xが発達障害であるかのように誤導させる内容の診断をし、これによりXは精神的苦痛を受けたと主張して、Y2に対し、Xとの診療契約上の債務不履行の損害賠償請求権又は不法行為の損害賠償請求権に基づき、300万円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

1 地位確認認容
→バックペイ

2 Y2への請求棄却

【判例のポイント】

1 Xの休職は、あくまで適応障害により発症した各症状(泣いて応答ができない、業務指示をきちんと理解できない、会話が成り立たない)を療養するためのものであり、Xが入社当初から有していた特性、すなわち、職場内で馴染まず一人で行動することが多いことや上司の指示に従わず無届残業を繰り返す等の行動については、休職理由の直接の対象ではないと考えるべきである。

2 本件において、Xの休職理由はあくまで適応障害の症状、すなわち、Y社における出来事に起因する主観的な苦悩と情緒障害の状態であり、人格構造や発達段階での特性に起因するコミュニケーション能力、社会性等の問題は、後者の特性の存在が前者の症状の発症に影響を与えることがあり得るとしても、相互に区別されるべき問題である。そうすると、Y社の従業員就業規則79条の規定に基づきXの復職が認められるための要件は(休職の理由の消滅)としては、適応障害の症状のために生じていた従前の職務を通常の程度に行うことのできないような健康状態の悪化が解消したことで足りるものと解するのが相当である。

3 これに対し、Y社は、同年4月28日付けで、XのY社内での復職について不可と判断した理由として、自身の能力発達の特性を受容できていないこと、意図することが伝わらず、双方向コミュニケーションが成立しない場面が多いこと、一般的な社会常識及び暗黙の了解に対する理解が乏しく、被害者意識が強く誤解が生じやすいことなどを挙げている。また、Y社は、本件休職命令の延長期間満了までの間、Xが自己の障害ないし特性についての認識を欠いており、コミュニケーション能力、社会性の会得に真摯に取り組んでいないことなどを主張する。
しかし、これには、Xの休職理由である適応障害から生じる症状とは区別されるべき本来的な人格構造又は発達段階での特性が含まれており、休職理由に含まれない事由を理由として、いわゆる解雇権濫用法理の適用を受けることなく、休職期間満了による雇用契約の終了という法的効果を生じさせるに等しく、許されないというべきである。

賛否両論あり得るところですが、形式的には、当該裁判所の考え方も理解できなくはありません。

実際、現場において明確に区別できるかどうかわかりませんが。

リハビリ出勤をさせる場合は、顧問弁護士の助言の下に慎重に進めることをおすすめいたします。

メンタルヘルス8 リハビリ期間中の賃金請求の可否(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、リハビリ期間中の賃金請求の可否に関する裁判例を見てみましょう。

ツキネコ事件(東京地裁令和3年10月27日・労判ジャーナル121号46頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で労働契約を締結し、休職していたXが、Y社に対し、インク班インク製造チームへの復職命令を受けたが、同命令が違法であるとしてこれに応じずに復職後の配属先の変更を求めて出勤しなかったところ、Y社から解雇されたため、同解雇が無効であるとして、労働契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、上記復職命令以降Y社がXの労務提供を受領拒絶したとして、また、休職中に行った復職に向けたリハビリが労務の提供に当たるとして、労働契約に基づき、未払賃金等の支払を求めたほか、Y社の代表取締役であるCがXに対して違法な退職勧奨を行ったとして、損害賠償金約823万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Cは、リハビリの経過を観察することのほかに、リハビリを通じて本人の適性を受け入れさせること、経営がNグループに替わったことを理解させることなどの目的で、7か月余りの間にXと21回の面談を行い、その間、たびたびY社を退職して別の会社で働く選択肢もある、復職したら嫌なこともあると予想されると話すなどしており、Xに対して複数回にわたって退職勧奨を行ったことが認められるが、Xは、Cに対し、退職勧奨をも明示的に拒絶したことはないし、CもXの復職には応じない、Xを辞めさせるなどと明言したことはないことから、Cによる退職勧奨の頻度、回数はやや多いとはいえるものの、Cの退職勧奨がXの自由な意思形成を阻害したとは認められず、現に、XはCの退職勧奨に応じていないし、CもXに対して復職命令を発していること等から、Cによる退職勧奨は違法とは認められない。

2 Xは、リハビリ作業期間中、休職を前提として、傷病手当金を受給しており、傷病手当金は、「療養のため労務に復することができないとき」(健康保険法99条1項)に支給されるのであるから、Xがこのような手当を受給している以上、リハビリ作業が債務の本旨に従った労務の提供であるとは認められず、また、Xのリハビリ開始に先立つ平成30年8月8日、X、C及びKで行われた面談の際、リハビリ期間中は傷病手当金を受給し、リハビリを経て復職となり、その時点で給与が発生することが話し合われており、リハビリ期間中は無給であることが合意されたと認められるから、Xは、リハビリ期間中、債務の本旨に従った労務の提供をしたとは認められない上、その期間中は無給であることが合意されたのであるから、Xのリハビリ期間中の賃金請求を認めることはできない。

休職期間中に、復職の可否を判断するために、リハビリ出勤が行われることがありますが、その際に賃金支払義務の有無が争点となることがあります。

ポイントとしては、「債務の本旨に従った労務の提供」に該当しないように留意するという点です。

リハビリ出勤をさせる場合は、顧問弁護士の助言の下に慎重に進めることをおすすめいたします。

メンタルヘルス7 病気休職中の産業医面談不実施は安全配慮義務違反?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、病気休職中の産業医面談(月1回)の不実施が安全配慮義務違反には当たらないとされた裁判例を見てみましょう。

多摩市事件(東京地裁令和2年10月8日・労経速2438号20頁)

【事案の概要】

本件は、普通地方公共団体であるY市の職員として勤務していたXが、Y社から人事権を濫用した違法な転任処分を受けたことにより、自律神経失調症にり患して病気休職に追い込まれ、さらに、病気休職中にY社職員から違法なパワーハラスメント行為を受けたことにより、退職に追い込まれたなどと主張して、Y社に対し、民法415条又は国家賠償法1条1項に基づき、①精神的苦痛に対する慰謝料200万円、②逸失利益としてXが休職をしなければ得ることができた1年分の給与相当額418万8340円、③弁護士費用61万8834円の合計680万7174円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 一般に、産業医面談は、休職中の治療を目的とするものではなく、使用者が休職者に対して復職又は休職に係る適切な処分をするにあたり、当該休職者の体調を把握する目的で実施されるものであるところ、本件要綱も、第1条において、「心身の故障のため病気休職をする職員について、病気休職の手続、職場復帰に際しての審査等について定める」ものとされていることから、本件要綱に基づく産業医面談も上記目的で実施されるものであることを認められる。以上に加えて、本件要綱が、産業医面談を受けることを休職者の義務として規定し、Y市が休職者の病状等に応じて上記義務を免除することや正当な理由なく上記義務を履行しない休職者に対して受信命令を発令することを定めていることに照らすと、本件要綱の規定を根拠に、Y市において休職者に対して月1回の産業医面談を実施すべき義務があると解釈することはできない

2 労働契約法5条は、使用者の労働者に対する一般的な安全配慮義務を定めたものであり、労働安全衛生法13条は、事業者の産業医選任義務を定めたものであるから、これらの規定から直ちに、Y市について、休職者に対して月1回の産業医面談を実施すべきであるという具体的義務が発生すると解することはできない。

3 Y市は、Xに対し、平成29年7月に2回目の産業医面談が実施された後、平成30年6月11日までの間、Xに対して産業医面談を実施していないが、その間、Xから体調不良を理由として平成29年9月の産業医面談がキャンセルされたこと、Xは、特定の産業医による面談を希望するとともに、Y市庁舎外での面談実施を希望していたため、産業医面談の日程調整が困難であったこと、P1保健師は、上記期間中にXとの間で3か月に1回程度の頻度で電話でやり取りを行っており、その際、Xに対して体調等を確認することもあったこと、Y市は、病気休職期間の延長申出の都度、Xから提出される主治医の診断書により、Xの病状を一定程度把握することができたことが認められる。
以上で認定した事実に照らせば、Y市は、上記期間中、産業医面談以外の方法でXの体調を一定程度把握していたことが認められ、上記期間中にY社がXに対して産業医面談を実施しなかったことをもって、Y市のXに対する安全配慮義務違反があったということはできない

休職期間中の使用者の安全配慮義務について問題となっている事案です。

使用者として何をどの程度行うべきかについては、顧問弁護士の助言の下に判断するのが賢明です。

メンタルヘルス6 私傷病による休職期間満了での退職扱い(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、業務外の傷病(統合失調症)による休職期間満了での退職扱いが有効とされた裁判例を見てみましょう。

日本漁船保険組合事件(東京地裁令和2年8月27日・労経速2434号20頁)

【事案の概要】

本件は、業務外の傷病により休職していた労働者であるXが、使用者であるY社に対し、①主位的に、平成30年7月24日当時、Xは就労可能な状態にあったにもかかわらず、Y社が同日にXの復職申出を認めず、復職を不許可とし、これを前提として令和元年9月19日付けで休職期間満了を理由にXを退職扱いとしたことは違法無効であると主張し、②予備的に、Xが同年7月に復職を再度申し出た時点で就労可能な状態にあったにもかかわらず、Y社がXの提出した診断書を不受理とし、同年9月19日付けで休職期間満了を理由に退職扱いとしたことは違法無効であると主張して、XがY社に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、上記①の復職を不許可とした後の賃金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 ・・・このような就業規則の定めによると,Y社において、休職命令は、休職期間満了までの間、解雇を猶予するものであるということができる。そうすると、「休職事由が消滅したとき」とは、職員が雇用契約で定められた債務の本旨に従った履行の提供ができる状態に復することであり、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合、又は、当初軽易作業に就かせればほどなく従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合をいうと解するのが相当である。そして、休職事由の消滅については、解雇を猶予されていた職員において主張立証しなければならないと解するのが相当である。

2 本件において「休職事由が消滅したとき」とは、Xが平成25年7月から平成27年末までと同様の勤務を行うことができる状態に復すること、すなわち、Xが、本件事務作業を通常の程度に行える健康状態になった場合、又は、当初軽易作業に就かせればほどなく本件事務作業を通常の程度に行える健康状態になった場合であると解するのが相当である。

3 本件診断書1及び指定医意見書は、いずれも、これらをもって、Xについて休職事由が消滅したことを認定するには足りない。そして、平成30年6月6日の面談時におけるXの様子、本件復職不許可の前後におけるXによるツイッターへの投稿内容、指定医の診察やA会長との面談に遅刻した際の状況等を併せ考慮すると、本件復職不許可の時点において、Xが本件事務作業を通常の程度に行える健康状態、又は、当初軽易作業に就かせればほどなく本件事務作業を通常の程度に行える健康状態に回復していたことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4 本件就業規則12条3項には、職員が復職を求める際に提出する主治医の治癒証明(診断書)について、Y社が主治医に対する面談の上での事情聴取を求めた場合には、職員は、医師宛ての医療情報開示同意書を提出するほか、その実現に協力しなければならず、職員が正当な理由なくこれを拒絶した場合には、当該診断書を受理しない旨の定めがあるところ、これは、平成30年6月5日付けの就業規則の改正により新設されたものである。
医師の診断書は、Y社においてこれを閲読しただけでその意味内容や診断理由を十分に理解することができるとは限らないことから、Y社が、診断内容を正確に理解して傷病休職中の職員の復職の可否を判断するために、主治医と面談し、主治医から直接に事情聴取をすることは必要であり、これについて職員に協力を求めることは合理的である。そして、職員が正当な理由なく協力を拒絶した場合には、Y社において診断書の内容を正確に理解することが困難となる以上、当該診断書を不受理とすることはやむを得ないというべきである。他方、職員としては、Y社が主治医と面談し、主治医から直接事情聴取を行うことによって、自己の傷病の回復状況を正確に理解してもらうことができ、また、医師宛ての医療情報開示同意書を提出するなど、Y社と主治医との面談の実現に協力することは容易なことであるから、上記定めの新設によって何ら不利益を被るものではない。以上によれば、上記定めの新設は、合理的なものであり、就業規則の改正前から休職していた原告にも適用される

上記判例のポイント4は押さえておきましょう。

また、上記判例のポイント3で示されているように、いかなる事情から復職の可否を判断するのが相当かを把握しておくことはとても重要です。

いずれにせよ判断が難しいところですので、顧問弁護士に相談することをおすすめします。

メンタルヘルス5 休職命令が無効とされるのはどんなとき?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、休職命令の無効と退職無効地位確認等請求に関する裁判例を見てみましょう。

タカゾノテクノロジー事件(大阪地裁令和2年7月9日・労判ジャーナル105号38頁)

【事案の概要】

本件は、医療機器等の製造、販売等を目的とするY社の従業員であったXが、Y社から休職期間満了を理由に退職扱いとされたが、その前提となる休職命令自体が無効であり、Xは退職とならないなどと主張して、Y社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、労働契約に基づき、出勤停止及び休職命令以降の未払賃金+遅延損害金の支払、また、Y社がY社の従業員によるXに対する性的言動を把握した後も配置転換等の適切な措置を取らなかったためにXが適応障害に罹患し、休業を余儀なくされたとして、不法行為又は債務不履行に基づき、休業損害等計412万3384円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

XがY社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

Y社は、Xに対し、582万3803円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、令和元年7月から令和2年3月まで毎月26日限り月額26万3640円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、令和2年4月から本判決確定の日まで毎月26日限り月額26万3640円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xの欠勤が続いていたわけではなかった。B産業医は、Xが適応障害というより、うつ病等他の何らかの精神疾患を発症している疑いがあるとの所見を持っていたけれども、平成29年8月17日、Xと面談した結果、「今、病気の症状は感じられなかった。現時点で、僕がXさんに対して就業制限とかアクションを起こすことはない。」旨述べており、その趣旨は、時短勤務や勤務配慮の必要がないというものであって、B産業医の判断を前提とすると、仮にXが何らかの精神疾患を発症していたとしても、時短勤務等の必要もない状況であり、そうである以上、Xが更に欠勤する必要がある状況ではなかった。加えて、B産業医は、上記面談時点で、M医師がXを診断した場合、何もないと言われると考えており、Y社が本件各受診命令において、Y社担当者立会い等を条件としていたのも、M医師が診断した場合、その診断の当否はともかく、Xの意向を尊重して、適応障害等の精神疾患を再発又は発症していない(あるいは治癒している)との判断がされるものと考えていたためと推測される。そうすると、現にXの欠勤が続いている状況ではなかった上、産業医及び主治医ともXが欠勤する必要があるとは考えていなかったのであるから、Xが私傷病により長期に欠勤が見込まれる、又はそれに準ずる事情があると認めることはできない

2 Y社における賞与は、人事考課等を経て初めて具体的な権利として発生するものであるから、退職扱いがなければ、労働契約上確実に支給されたであろう賃金には当たらない。

主治医及び産業医がともに欠勤の必要性を否定している場合において、それでもなお休職命令を発することは根拠がないと判断されてもやむを得ません。

非常に判断が難しい分野ですので、顧問弁護士に相談することをおすすめします。

メンタルヘルス4 休職命令等の措置をとらずに解雇は有効?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、休職命令等の措置をとらずに行った解雇が有効とされた裁判例を見てみましょう。

ビックカメラ事件(東京地裁令和元年8月1日・労経速2406号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で雇用契約を締結し、販売員等として勤務していたXが、平成28年4月15日付けでされた解雇は無効であるとして、Y社に対し、①雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認、②平成28年5月分から平成30年3月分までの賃金として合計526万7376円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

Xは、Y社は、Xが精神疾患にり患している可能性を把握できたにもかかわらず、早期に専門的な医療機関の受診を指示せず、また、休職命令等の措置をとることなく、Xの問題行動が多くなったことを理由に、強制的に心療内科を受診させ、懲戒処分を続けたりしたものであり、かかる対応は不適切である旨主張する。
しかしながら、Y社は、Xの問題行動を確認するようになった後、Xに産業医との面談を行わせ、精神科医を受診させたほか、社員就業規程に基づき精神科医への受診及び通院加療を命じるなどしているのであるから、Xの問題行動が精神疾患による可能性について、相当の配慮を行っていたものと認められる
確かに、Y社は、Xに対して休職の措置をとることなく本件解雇を行ったものであるが、Xから休職の申出がされたことは窺われない上、Y社の社員就業規程においては、Y社が休職を命じるためには、業務外の傷病による勤務不能のための欠勤が引き続き1か月を超えたこと、又は、これに準じる特別な事情に該当することや、医師の診断書の提出が必要とされているところ、Xが1か月を超えて欠勤した事実は認められず、また、証拠によれば、Y社は、原告に対して精神科医の受診を命じた上で、診察した医師に対して病状等を照会したものの、Xの精神疾患の有無や内容、程度及びXの問題行動に与えた影響は明らかにならなかったというべきであるから、Xに対して休職を命じるべき事情は認められない
そして、Y社は、Xの問題行動に対して懲戒処分や指導を行っていたほか、精神科医への受診及び通院加療等を命じるなどしているのに対し、Xは、継続的な通院を怠り、問題行動を繰り返しているのであるから、これらの事情を考慮すると、Y社において休職の措置をとることなく本件解雇に及んだとしても、解雇権を濫用したものということはできない
したがって、Xの上記主張は、採用することができない。

会社としては、本裁判例同様、就業規則に基づき、精神科医への受診や通院加療を命じるというプロセスを踏むケースがあり得ることを認識しておきましょう。

この分野は本当に判断が難しいです。必ず顧問弁護士に相談の上、慎重に進めていくことが求められます。

職場のメンタルヘルス対策ガイドブック

おはようございます。

さて、今日は、愛知県から出されたメンタルヘルスのガイドブックを紹介します。

職場のメンタルヘルス対策ガイドブック(PDF)

特に内容として新しいものではありませんが、見やすくまとまっています。

是非、参考にしてくださいませ。

メンタルヘルス対策については、顧問弁護士に相談をしながら、1つ1つ丁寧に進めましょう。