Monthly Archives: 6月 2025

管理監督者63 執行役員兼医薬品担当部長の管理監督者性が認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、執行役員兼医薬品担当部長の管理監督者性が認められた事案を見ていきましょう。

日本硝子産業事件(静岡地裁令和6年10月31日・労経速2573号3頁)

【事案の概要】

(1)甲事件
Xは、Y社に対し、時間外労働及び休日労働に従事したことで割増賃金が発生したと主張し、下記ア及びイの各請求をしている。また、通勤手当のうち未払分があると主張し、下記ウの請求をしている。
ア 労働契約に基づき、割増賃金+遅延損害金の支払請求
イ 労基法114条に基づき、付加金+遅延損害金の支払請求
ウ 労働契約に基づき、未払通勤手当+遅延損害金の支払請求
(2)乙事件
Xは、Y社に対し、休職期間経過前に休職事由が消滅したから、休職期間が経過してもY社との労働契約は終了しておらず、Xを復職させなかったことについて不法行為が成立すると主張し、主位的請求として、下記ア、イ及びカの各請求をしている。また、休職の原因とされた疾病が業務に起因すると主張し、下記ウからオまでの各請求をしている。さらに、Xが休職中に受けた健康診断費用は、Y社が負担すべきものであると主張し、下記キの請求をしている。
加えて、下記イからエまでの請求につき、予備的請求として、労基法26条に基づき、賃金及び賞与のそれぞれ60%の休業手当及びこれらに対する主位的請求と同様の遅延損害金の支払請求をしている。
(3)丙事件
Y社は、Xに対し、不当利得に基づき、立替金+遅延損害金の支払を求めている。

【裁判所の判断】

1 Xの甲事件請求及び乙事件請求をいずれも棄却する。

2 Xは、Y社に対し、86万9474円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xは、Y社に入社した当初から執行役員に就任しており、品質保証室長や品質保証グループ等の所属管理者よりも上位にあったこと、医薬品担当部門の長の地位にあったことが認められる。また、令和3年5月29日以降は、品質保証部長代理の地位にあり、同部長と同等の権限を有してしたこと、正医薬品製造管理者として、医薬品製造事業を統括する地位にあったことも認められる。
これらのことからすると、Xは、Y社の品質保証部門において、全体の統括的な立場にあったものということができる。

2 Xが、Y社から、労働時間を指示され又は早朝に出勤することをやめるよう指示されたことはない
Xは、遅刻、早退、半欠又は欠勤した場合であっても減給されたことはなかった
Xは、欠勤等について、人事評価上、不利益に取り扱われたこともなかった
原告は、自らの労働時間に関し、広い裁量を有していたと認められる。

3 Xは、基本給30万円に加え、職能給5万円、資格手当3万5000円、役職手当10万円、諸手当10万円など月額合計58万7000円の給与を得ていたことが認められる。
これは、一般的に見て相当に高額な報酬であり、社会通念上、執行役員としての待遇にふさわしいものであったといえる。Xも、本人尋問において、上記の月額報酬には満足しており、不満はなかったと陳述している。
また、Xに対する上記報酬額は、Y社の従業員のうち非管理監督者の報酬と比べると、著しく高額なものであったことも認められる。

4 以上によれば、Xは、職務内容等、勤務実態及び給与のいずれの面からしても、経営者と一体的な立場にある者に当たると認められるから、労働基準法41条2号の管理監督者に当たる。

珍しく管理監督者性が認められています。

今回は、結果オーライですが、予測可能性に乏しい論点のため、リスクヘッジのため、管理監督者扱いにするのではなく、役職手当等を固定残業代として支給する選択肢もあり得るところです。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。 

本の紹介2177 JUST KEEP BUYING#2(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、本の紹介です。

自動的に富が増え続ける『お金』と『時間』の法則」が書かれています。

脱法行為やトリックではなく、極めて健全かつ確実な方法が紹介されています。

この本に限りませんが、書かれているとおりにやり続けられるかどうかが問題です。

実行に移せる人は1%弱でしょう。

さて、この本で「いいね!」と思ったのはこちら。

お金は後からでも稼げる。だが、時間は取り戻せない。」(388頁)

この発言の賛否は、つまるところ、「お金と時間、どっちが大事?」という問いに帰着します。

お金を払って、時間を節約するか、

時間を使って、お金を節約するか。

日常生活もビジネスも健康も、すべての分野において、この問いがあてはまります。

解雇420 解雇を争う労働者が解雇前と同水準以上の労働条件で他社で就労を開始した場合の復職の意思の有無(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も1週間がんばりましょう!

今日は、解雇を争う労働者が解雇前と同水準以上の労働条件で他社で就労を開始した場合の復職の意思の有無に関する裁判例を見ていきましょう。

フィリップ・ジャパン事件(東京地裁令和6年9月26日・労経速2573号16頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されたXが、〈1〉Y社から能力不足を理由として令和4年1月15日限りで解雇されたことにより同日以降にY社で労務を提供することができなかったと主張し、Y社との間の雇用契約に基づく本件解雇の後の令和4年3月から本判決確定の日までの月例賃金請求として、毎月25日限り51万5300円+遅延損害金の支払を求めるとともに、〈2〉令和4年及び令和5年の各年の賞与の支払がされていないと主張し、XとY社との間の雇用契約に基づく令和4年分及び令和5年分の賞与請求として、合計125万7835円+遅延損害金の支払を求め、さらに、〈3〉本件解雇に伴って行われた丙川及び丁田による退職勧奨及び各言動には違法があると主張し、上記各被告らについては民法709条の不法行為責任に基づく損害賠償として、上記各被告らの使用者である被告会社には民法715条の使用者責任に基づく損害賠償として、慰謝料300万円+遅延損害金の連帯支払を求める事案である

【裁判所の判断】

1 Y社は、Xに対し、令和4年3月から令和5年6月まで毎月25日限り月額30万9180円及び同年7月25日限り4万9868円+遅延損害金を支払え。
2 XのY社に対するその余の請求並びに丙川及び丁田に対する請求をいずれも棄却する。

【判例のポイント】

1 Xは、令和3年12月3日に丁田の作成による本件通知書を受領すると、直ちにX訴訟代理人弁護士に相談した上で、同月7日付けで、同弁護士を通じて、Y社に対して丙川及び丁田によるPIP等を止めるよう求める通知書を発出したこと、Xは、同月13日、Y社から、令和4年1月15日限りで本件解雇をする旨の本件解雇通知書を受領すると、本件解雇に先立つ同月12日にはX訴訟代理人弁護士を通じて、東京地方裁判所に対し、本件解雇が無効であるとして、Y社との間で労働契約上の権利を有する地位にあることの確認などを求めて本件訴訟を提起したことが認められる。これらの事実を総合すると、XがY社への復職を求めて本件訴訟の提起に至ったものであることが認められる。

2 また、Xは、令和4年3月1日に、賃金月額77万9200円、所定労働時間7時間などの労働条件でA社に就職したものであるが、一般に、解雇された労働者が、解雇後に生活の維持のため、解雇後直ちに他の就労先で就労すること自体は復職の意思と矛盾するとはいえず、不当解雇を主張して解雇の有効性を争っている労働者が解雇前と同水準以上の労働条件で他の就労先で就労を開始した事実をもって、解雇された就労先における就労の意思を喪失したと直ちに認めることはできない。そこで、XがA社に就職するまでの経緯に関して更に検討を進めると、〈1〉Xは、平成28年9月20日にY社に採用され、同年10月16日から令和2年12月頃まで法務部での業務に従事し、同月以降、司法修習、第一子の懐妊、出産のためにY社を休職し、令和3年5月1日にY社に復職したこと、〈2〉Xは、第一子の育児休業からY社に復職する際、第一子を保育園に入所させ、復職後には第一子を保育園に通わせながらY社で勤務していたこと、〈3〉Xは、令和3年12月13日に本件解雇通知書(書証略)をもってY社から本件解雇の予告をされた頃以降、本件解雇により無職となれば第一子の保育園への入所資格が喪失することを危惧して、就職活動を始め、令和4年1月24日頃にはA社への同年3月1日付けでの入社が決まったこと、以上の事実が認められる。これらの事実に加え、第一子の保育園への入所ができないとX自身がずっと仕事に復帰することができなくなってしまうので、何でもよいから職を探していた旨のXの供述を併せて考慮すると、Xにおいては保育園の入所資格を確保し自らの職歴を確保するとの観点から直ちに就職活動を行う必要性に迫られ、その就職活動の結果として、A社への就職が決まったと認めるのが相当であるから、たとえ賃金額や所定労働時間に関してA社での労働条件がY社よりも良好なものであるとの評価をし得るとしても、Xにおいて、A社に就職した時点で、Y社への就労意思が喪失したものとは認め難い

3 したがって、XがA社に就職した令和4年3月1日時点で、XのY社への就労意思を喪失していたと認めることはできない。そして、Xは、A社での6か月間の試用期間が経過した後の時点でも明確にY社への就労意思の喪失を争っており、その他、XがA社に就職した令和4年3月1日以降、XがY社への就労意思を喪失したことを自認する令和6年1月31日までの間、同日に先立ち、XのY社への就労意思を喪失したと認めることができるような具体的な事情は認められない

以前は、本件のような事情がある場合、復職の意思が否定される事案も散見されましたが、近年は、本裁判例のような考え方が大勢を占めます。

解雇を有効にするためには、日頃の労務管理が非常に重要です。日頃から顧問弁護士に相談できる体制を整えましょう。

本の紹介2176 引き算する勇気#2(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、本の紹介です。

今から10年前に紹介した本ですが、再度、読み返してみました。

帯には、「シンプルは、パワフル!」と書かれています。

まさにタイトルのとおり、足し算ではなく、不要なものを削ぎ落していくことを推奨しています。

あとは、それをやる「勇気」があるか、だけですね。

さて、この本で「いいね!」と思ったのはこちら。

企業体の中にあって、何をやめるべきかが、非常に大切なことである。新しいよい分野に展開する秘訣は、必ず捨てなければならない分野のものを捨てることであろう。資力に限界があり、スペースに限度があり、特に能力のある人に限度があることを知らなければならない(ソニー創業者 井深大)」(63頁)

やるべきことを決めるよりも、やらないことを決めるほうが勇気が必要です。

限られたリソースで何かを成し遂げようとするならば、あれもこれも手を広げている余裕はありません。

今後ますます人手が足りなくなってきます。

今ですら、もう余計なことに人を割ける余裕は全くない状態ですから。

これまでのような過剰とも思えるサービスの提供は、早晩、考え直すときがくるものと思います。

無駄を削ぎ、やるべきことを絞り、本質に専念する、ということです。

労働時間113 警備員の待機時間について労働時間該当性が認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、警備員の待機時間について労働時間該当性が認められた事案を見ていきましょう。

セントラル綜合サービス事件(東京地裁令和6年5月31日・労経速2568号16頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と雇用契約を締結したXらが、Y者に対し、雇用契約に基づき、令和2年7月から令和4年8月までの時間外労働に係る未払残業代として、各金員+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求認容

【判例のポイント】

1 Xら警備員の待機時間中の状況についてみると、警備員は、待機時間中、待機室で食事を取り、無線機を外すことなどができ、また、Cの建物外に設置された喫煙所で喫煙することが可能であった。しかし、待機室には、Bの無線機が設置され、待機室にいる待機時間中の警備員にも聞こえるようになっており、これは警備本部等から待機室への連絡等のためと考えられるし、警備員はCから自由に外出することができず、外出することが基本的になく、喫煙所に行く際もBから警備服の着用や無線機の携帯をするよう言われており、B等から指示があった場合には、速やかな対応が可能な状態にあった。平成26年度にH担当者が作成したCの警備要領には、「自分勝手な考えから、任務変更したり、勤務場所を離れてはならない。」とされ、勤務開始から勤務終了までの流れには、発払開始後は、「規定配置人員を残し待機」と記載されていた。

2 Y社がBから委託された警備業務の内容は、配置場所における来場客の整備誘導、苦情処理及びトラブル防止のほか、災害時における初期対応や避難誘導の実施等であり、突発的に生じるものが含まれており、自主警備計画には緊急時の対応として警備員を派遣する側は多めの人数を素早く送り出すとされており、B作成の「突発事案発生による開催中止時等の任務分担と流れ」と題する書面にも、同様の記載がされていた。警備員は、令和4年1月から令和5年3月までの間、3回、競馬レースの中止等を理由に全員配置とされたほか、令和4年4月から令和5年1月までの間、少なくとも10件(令和4年8月まではうち4件)、来場者の体調不良等が発生し、待機時間中の警備員を含む警備員全員が対応に当たった。加えて、警備員は、来場客のトラブル等の事案が発生した場合、Bから無線機で連絡を受け、その場合に待機時間中の警備員がこれに対応することがあった。そして、突発的に生じるものが含まれる上記警備業務の内容や、来場者数が延べ人数で1日平均2000人前後いること、A1が来場客のトラブル等が発生したことについての待機時間中の警備員への連絡が往々にしてあったと述べていることに加え、A1作成の給与支払明細書には、8時間勤務の場合には時間が「7.0」と、10時間勤務の場合には「8.0」と、Y社主張の待機時間と異なる労働時間が記載されていたにもかかわらず、Y社は、A1には7時間分の時給を支払い、Y社が日給と主張するその余のXらについても給与支払明細書記載の労働時間の訂正を指示せず、また、I作成の書面に8時間勤務の場合に7時間分の、10時間勤務の場合に8時間分の時給相当額の賃金を支給する趣旨が記載されており、Y社も、警備員が待機時間(Y社の主張では8時間勤務の場合が2時間05分、10時間勤務の場合が2時間55分)中にも相当程度業務に従事をしていた(労働時間である。)との認識を有していたと認められること(なお、証拠〔書証略〕によれば、5時間の勤務〔前記第2の2(2)エ〈3〉〕の場合にも待機時間が存在するにもかかわらず、その場合でもY社はA1に5時間分の時給を支払っていたと認められる。)も踏まえると、待機時間中の警備員がトラブル等の事案に対応するなどして、警備業務に従事することが少ないものではないといえる。

3 このように、Xらが、災害時における初期対応等が義務付けられていた上、待機時間中も待機室で無線機の内容が聞こえる状態にあり、喫煙以外にCから外出することが基本的になく、喫煙所に行く際も無線機を携帯して、警備要領には、発払開始後は、「規定配置人員を残し待機」などとされ、Bから無線機で連絡を受けるなどした際には対応しており、その頻度が少ないものではないことなどからすれば、Xらは、待機時間中、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価され、労働からの解放が保障されているとはいえず、Bから警備業務の委託を受けたY者の指揮命令下にあると認められるから、待機時間は全て労働時間と認めるのが相当である。

警備員の待機時間の労働時間該当性について争われた事例は数多く存在し、その多くは、本件同様の結論となっています。

今後ますます労働力が不足する中で、突発事案に緊急対応するとなれば、待機時間について労働から完全に解放させることはもはや不可能ではないでしょうか。

日頃の労務管理が勝敗を決します。日頃から顧問弁護士に相談することが大切です。

本の紹介2175 常識をひっくり返せばメシの種はいくらでもある#2(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう!

今日は、本の紹介です。

今から10年前に紹介した本ですが、再度、読み返してみました。

「差別化」の重要性がこれでもかというくらいに書かれています。

それは、決して商品やサービスだけでなく、自分自身の差別化も含まれています。

さて、この本で「いいね!」と思ったのはこちら。

みんながそうしてるから、世の中がそうだから・・・そんな理由で自分の生き方を決めるのが一番バカバカしいし、それではいつまでたっても、会社からコスト扱いされるのが関の山だ。・・・まずは自分自身がどう生きたいのかしっかり考え、自己研鑽することで”差別化”し、”自分自身のグローバル化”を目指すことだ。」(199頁)

みんながそうしているから自分もそうする、というのはいかにも平均的日本人の発想のように思いますが、高度経済成長期ならいざ知らず、このご時世、みんなと同じで本当に安心ですか?

みんなと同じだと逆に不安になります、わたし・・。

Be different.

賃金292 調整手当等に関する固定残業代該当性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、調整手当等に関する固定残業代該当性に関する裁判例を見ていきましょう。

ジャパンプロテクション事件(東京地裁令和6年5月17日・労経速2568号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と雇用契約を締結していたXが、Y社に対し、以下の金員の支払を求める事案である。
(1)雇用契約に基づき、割増賃金1055万5272円+遅延損害金
(2)労働基準法114条所定の付加金として、1055万5272円+遅延損害金

【裁判所の判断】

1 Y社は、Xに対し、693万1129円+遅延損害金を支払え。
2 Y社は、Xに対し、付加金669万0110円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 変形労働時間制について、令和3年就業規則27条は、「本社管理職又は現業要員の就業時間については、始業及び終業の時刻並びに勤務の態様をその勤務場所毎に指示する。」、「本社管理職又は現業要員の就業時間等の取扱いは毎月1日を起算日とする1カ月単位(毎月1日~末日)を基準とした変形労働時間制を適用し、1カ月を平均して1週間40時間以内の労働時間とする。時間外労働及び休日労働については、時間外労働に関する協定届の範囲内で時間外労働をさせることがある。」と定めるものの、就業規則において、各勤務の始業終業時刻、各勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法が定められているとは認められない
これに対し、Y社は、事業統括本部において事前に警備員稼働予定表を作成し、これをもって事前に各日の勤務時間を従業員に告知している旨主張するが、Y社の主張によっても、就業規則において、各勤務の始業終業時刻、各勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法が定められていたと認められないから、この点は、労基法32条の2第1項に反するか否かの判断を左右するものといえない。
そうすると、Y社の変形労働時間制は、労基法32条の2第1項に反し、無効であるから、その余の点を判断するまでもなく、Xには適用されない。

2 基本給、職能給、役職手当及び隊長手当を合計した金額(令和2年3月分は基本給13万円及び役職手当3万円の合計16万円、同年4月分から令和3年8月分までは基本給13万円及び役職手当4万円の合計17万円)を月平均所定労働時間174時間で除すると、令和2年3月時点で920円、同年4月から令和3年8月までが977円となり、いずれも令和2年3月から令和3年8月までの当時の東京都の最低賃金である1013円を相当程度下回る。
Xが「調整手当(固定残業代)」と記載のある雇用契約書に署名したことがあることを考慮しても、Xがこのような労働条件を了承するとは考え難いし、Y社が、Xに対し、令和2年3月ないし令和3年8月当時、基本給及び役職手当の合計額を月平均所定労働時間で除すると、最低賃金を下回る旨の説明をしたとも認められない。また、平成21年給与規程13条及び平成29年給与規程13条では、基本給は、本給及び職能給をもって構成するとし、本給は、満年齢、本人の勤続、学歴等に応じて定める額とし、職能給は、本人の職務遂行能力に応じて定める額とするところ、Xの基本給は、平成23年契約書の12万4000円から令和4年4月の退職時の13万円までの間、10年以上勤務したにもかかわらず、6000円の増加にとどまっている。他方、Xの役職手当及び調整手当がそれぞれ増加しているところ、役職手当の増額は、Xの役職が、主任、課長へと昇格したことによるものと考えられるものの、調整手当が平成23年契約書の4万6000円から令和2年契約書の11万8000円まで7万円以上増額している。このようにXの基礎賃金となる額が、最低賃金の額を下回る上、勤続等を考慮するXの基本給がほとんど増額せず、調整手当が増額するなどのXの賃金の経過も踏まえると、調整手当には、固定残業代以外の通常の労働時間の賃金に当たる部分が含まれていると認めるのが相当であり、その部分については、時間外労働等に対する対価性を欠くといえる。
そうすると、調整手当について通常の労働時間の賃金に当たる部分と固定残業代に当たる部分とを判別することはできず、少なくとも令和2年3月分から令和3年8月分までの調整手当は、固定残業代の定めとして有効であるとは認められない

上記判例のポイント1のように、変形労働時間制が無効となる理由・パターンはだいたい決まっています。

判例のポイント2のように、固定残業制度については、おおよそ解釈は固まってきていますが、とにもかくにも「やりすぎ注意」ということを肝に銘じておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

本の紹介2174 あっという間に人は死ぬから(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、本の紹介です。

サブタイトルは、「『時間を食べつくすモンスター』の正体と倒し方」です。

時間の浪費をいかになくし、やるべきことにいかに時間を使うか、ということです。

多くの人が、毎日、忙しすぎて、本をじっくり読む時間すらないのではないでしょうか。

さて、この本で「いいね!」と思ったのはこちら。

『人間は考える葦である』という言葉を残した、フランスの哲学者ブレース・パスカルは、『人間の悩みの大半は、結局自分が何を求めているか分からず、余計なことばかり欲してしまうからだ』と述べています。」(53頁)

自分の幸せの定義が明確になっている人は、幸せでないことにできるだけ時間を使わなければいいわけです。

「時間を食べつくすモンスター」の多くは、自分の選択によって誕生しています。

つまり、「自業自得」であることが圧倒的に多いです。

安請け合いをしないこと

一度始めたらなかなか途中でやめられないこと・やめるのに経済的・心理的負担がかかることを安易に始めないこと

この2つを意識するだけでも幸せ度はかなり違うと思います。

何をやるかの選択も大事ですが、何をやらないかの選択はもっと大事だと思います。

退職勧奨26 出社命令拒否等による懲戒解雇と長期の自宅待機命令の違法性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう!

今日は、出社命令拒否等による懲戒解雇と長期の自宅待機命令の違法性について見ていきましょう。

みずほ銀行事件(東京地裁令和6年4月24日・労経速2567号9頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と労働契約を締結しY社において銀行員として勤務していたXが、Y社に対し、〈1〉Y社から令和3年5月28日付けで解雇されたことについて、本件解雇が無効である旨主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、〈2〉Xが令和3年2月に受けた出勤停止処分及び本件解雇が無効である旨主張して、令和3年2月分及び同年3月分の未払賃金(43万6346円)並びに本件解雇後から令和3年8月までに支払日が到来する賞与を含めた賃金(ただし、既払の解雇予告手当46万2630円を充当した残額である227万3834円)+遅延損害金の支払、〈3〉令和3年9月から本判決確定の日までに支払日が到来する賞与を含めた賃金+遅延損害金の支払、〈4〉Y社がXに対してした退職強要、自宅待機命令、厳重注意、懲戒処分(譴責、出勤停止)及び本件解雇がいずれも違法である旨主張して、不法行為又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求として慰謝料1500万円と逸失利益1500万円と弁護士費用相当額300万円の合計3300万円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、330万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xは、Y社から他の従業員に対する厳しい言動や、上司に対する反抗的な態度から問題のある社員であると認識され改善指導を受けており、最後のチャンスとしてE本部F部PB室に異動したものの、当該部署においても多くの関係者と衝突するなどしていたことから、退職勧奨を受けるに至ったといえる。Xは、平成28年3月25日及び同年4月7日、Y社のG参事役及びH参事役から退職勧奨を受け、さらに、同月8日以降被告から本件自宅待機命令を受けている。その後、同年5月12日、同月25日、同年6月9日、同月20日に行われた面談において、Xは、G参事役又はH参事役から、進退について判断するよう告げられ、また、Xの上司や同僚とのコミュニケーションに係る問題点やその改善方法についての認識が不十分であるとして、その認識を深めるよう求められた。そして、同年8月9日の面談において、Xが職場復帰を希望する旨述べたところ、G参事役は、Xの反省を求めるということについては終了したという認識を示した上で、ポストが用意できないため退職してもらったほうがよいと考えている旨伝えるなどした。その後、Y社は復帰先について提示することなく、令和2年10月15日付け「ご連絡」と題する書面及び同日付け「厳重注意」と題する書面によって、Y社から出社を命じるまでの約4年半もの長期間、明示的に出社を求めたり、自宅待機命令を終了する旨伝えたりすることはなかった

2 このような長期間の自宅待機命令は、通常想定し難い異常な事態というべきであり、退職勧奨に引き続いて自宅待機命令を受け、その間ポストを用意することが困難であるとして退職することを勧める発言がされつつ、復帰先も提示されないまま、長期間にわたり自宅待機の状態が続けられたことからすれば、Xについては、実質的にみて退職勧奨が継続していたというべきである。退職勧奨は任意のものでなければならず強制にわたることは許されないというべきであるところ、Xの勤務状況に問題があったことがY社の退職勧奨のきっかけとなったこと、その後Xが復帰先について希望どおりにならない場合であっても構わないか否かといったY社の問いに対し明言を避けたことが長期化の一因となった面が否定できないことを踏まえても、G参事役がXの反省を求めることについて終了したとの認識を示し、Xが復帰を明確に求めた平成28年8月9日の面談以降は、Xに退職の意思はないものとしてXの復帰先についての具体的調整を開始すべきといえる。そして、Y社は、同月にはXの職場復帰に関する調整を始めなければならない以上、Xに対し同年10月頃までには具体的な復帰先を提示すべきであったといえ、同月以降の本件自宅待機命令は、実質的にみて、Xに対し退職以外の選択肢を与えない状態を続けたものといえ、社会通念上許容される限度を超えた違法な退職勧奨であったといわざるを得ない
さらに、Y社は、その後、Xに対し、復帰先について特段の連絡をしていないばかりか、復帰先について検討したことを裏付けるに足りる客観的証拠もなく、Xを今後どのように処遇しようとしていたかすら不明であり、Xが本件自宅待機命令についてI次長に抗議したり内部通報をしたりしても、これに直ちに対応せず結果的に本件自宅待機命令が約4年半もの長期間に及んでおり、その対応は不誠実であるといわざるを得ない。
したがって、本件自宅待機命令は、平成28年10月頃以降前記のとおり令和2年10月15日に終了するまでの部分については、社会通念上許容される限度を超えた違法な退職勧奨として不法行為が成立する。

出勤されて社内の秩序を乱されるよりは給与を支払ってでも自宅待機してもらいたいと考える会社は、決して珍しくありません。

もっとも、不当に長期にわたる自宅待機命令は、本件事案のように違法と判断されることがありますので、給与さえ支払っていればよい、と考えないように注意しましょう。

自宅待機命令を出す際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。