Monthly Archives: 6月 2025

賃金293 調整手当等に関する固定残業代該当性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、調整手当等に関する固定残業代該当性に関する裁判例を見ていきましょう。

ジャパンプロテクション事件(東京地裁令和6年5月17日・労経速2568号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と雇用契約を締結していたXが、Y社に対し、以下の金員の支払を求める事案である。
(1)雇用契約に基づき、割増賃金1055万5272円+遅延損害金
(2)労働基準法114条所定の付加金として、1055万5272円+遅延損害金

【裁判所の判断】

1 Y社は、Xに対し、693万1129円+遅延損害金を支払え。
2 Y社は、Xに対し、付加金669万0110円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 変形労働時間制について、令和3年就業規則27条は、「本社管理職又は現業要員の就業時間については、始業及び終業の時刻並びに勤務の態様をその勤務場所毎に指示する。」、「本社管理職又は現業要員の就業時間等の取扱いは毎月1日を起算日とする1カ月単位(毎月1日~末日)を基準とした変形労働時間制を適用し、1カ月を平均して1週間40時間以内の労働時間とする。時間外労働及び休日労働については、時間外労働に関する協定届の範囲内で時間外労働をさせることがある。」と定めるものの、就業規則において、各勤務の始業終業時刻、各勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法が定められているとは認められない
これに対し、Y社は、事業統括本部において事前に警備員稼働予定表を作成し、これをもって事前に各日の勤務時間を従業員に告知している旨主張するが、Y社の主張によっても、就業規則において、各勤務の始業終業時刻、各勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法が定められていたと認められないから、この点は、労基法32条の2第1項に反するか否かの判断を左右するものといえない。
そうすると、Y社の変形労働時間制は、労基法32条の2第1項に反し、無効であるから、その余の点を判断するまでもなく、Xには適用されない。

2 基本給、職能給、役職手当及び隊長手当を合計した金額(令和2年3月分は基本給13万円及び役職手当3万円の合計16万円、同年4月分から令和3年8月分までは基本給13万円及び役職手当4万円の合計17万円)を月平均所定労働時間174時間で除すると、令和2年3月時点で920円、同年4月から令和3年8月までが977円となり、いずれも令和2年3月から令和3年8月までの当時の東京都の最低賃金である1013円を相当程度下回る。
Xが「調整手当(固定残業代)」と記載のある雇用契約書に署名したことがあることを考慮しても、Xがこのような労働条件を了承するとは考え難いし、Y社が、Xに対し、令和2年3月ないし令和3年8月当時、基本給及び役職手当の合計額を月平均所定労働時間で除すると、最低賃金を下回る旨の説明をしたとも認められない。また、平成21年給与規程13条及び平成29年給与規程13条では、基本給は、本給及び職能給をもって構成するとし、本給は、満年齢、本人の勤続、学歴等に応じて定める額とし、職能給は、本人の職務遂行能力に応じて定める額とするところ、Xの基本給は、平成23年契約書の12万4000円から令和4年4月の退職時の13万円までの間、10年以上勤務したにもかかわらず、6000円の増加にとどまっている。他方、Xの役職手当及び調整手当がそれぞれ増加しているところ、役職手当の増額は、Xの役職が、主任、課長へと昇格したことによるものと考えられるものの、調整手当が平成23年契約書の4万6000円から令和2年契約書の11万8000円まで7万円以上増額している。このようにXの基礎賃金となる額が、最低賃金の額を下回る上、勤続等を考慮するXの基本給がほとんど増額せず、調整手当が増額するなどのXの賃金の経過も踏まえると、調整手当には、固定残業代以外の通常の労働時間の賃金に当たる部分が含まれていると認めるのが相当であり、その部分については、時間外労働等に対する対価性を欠くといえる。
そうすると、調整手当について通常の労働時間の賃金に当たる部分と固定残業代に当たる部分とを判別することはできず、少なくとも令和2年3月分から令和3年8月分までの調整手当は、固定残業代の定めとして有効であるとは認められない

上記判例のポイント1のように、変形労働時間制が無効となる理由・パターンはだいたい決まっています。

判例のポイント2のように、固定残業制度については、おおよそ解釈は固まってきていますが、とにもかくにも「やりすぎ注意」ということを肝に銘じておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

本の紹介2174 あっという間に人は死ぬから(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、本の紹介です。

サブタイトルは、「『時間を食べつくすモンスター』の正体と倒し方」です。

時間の浪費をいかになくし、やるべきことにいかに時間を使うか、ということです。

多くの人が、毎日、忙しすぎて、本をじっくり読む時間すらないのではないでしょうか。

さて、この本で「いいね!」と思ったのはこちら。

『人間は考える葦である』という言葉を残した、フランスの哲学者ブレース・パスカルは、『人間の悩みの大半は、結局自分が何を求めているか分からず、余計なことばかり欲してしまうからだ』と述べています。」(53頁)

自分の幸せの定義が明確になっている人は、幸せでないことにできるだけ時間を使わなければいいわけです。

「時間を食べつくすモンスター」の多くは、自分の選択によって誕生しています。

つまり、「自業自得」であることが圧倒的に多いです。

安請け合いをしないこと

一度始めたらなかなか途中でやめられないこと・やめるのに経済的・心理的負担がかかることを安易に始めないこと

この2つを意識するだけでも幸せ度はかなり違うと思います。

何をやるかの選択も大事ですが、何をやらないかの選択はもっと大事だと思います。

退職勧奨26 出社命令拒否等による懲戒解雇と長期の自宅待機命令の違法性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう!

今日は、出社命令拒否等による懲戒解雇と長期の自宅待機命令の違法性について見ていきましょう。

みずほ銀行事件(東京地裁令和6年4月24日・労経速2567号9頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と労働契約を締結しY社において銀行員として勤務していたXが、Y社に対し、〈1〉Y社から令和3年5月28日付けで解雇されたことについて、本件解雇が無効である旨主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、〈2〉Xが令和3年2月に受けた出勤停止処分及び本件解雇が無効である旨主張して、令和3年2月分及び同年3月分の未払賃金(43万6346円)並びに本件解雇後から令和3年8月までに支払日が到来する賞与を含めた賃金(ただし、既払の解雇予告手当46万2630円を充当した残額である227万3834円)+遅延損害金の支払、〈3〉令和3年9月から本判決確定の日までに支払日が到来する賞与を含めた賃金+遅延損害金の支払、〈4〉Y社がXに対してした退職強要、自宅待機命令、厳重注意、懲戒処分(譴責、出勤停止)及び本件解雇がいずれも違法である旨主張して、不法行為又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求として慰謝料1500万円と逸失利益1500万円と弁護士費用相当額300万円の合計3300万円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、330万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xは、Y社から他の従業員に対する厳しい言動や、上司に対する反抗的な態度から問題のある社員であると認識され改善指導を受けており、最後のチャンスとしてE本部F部PB室に異動したものの、当該部署においても多くの関係者と衝突するなどしていたことから、退職勧奨を受けるに至ったといえる。Xは、平成28年3月25日及び同年4月7日、Y社のG参事役及びH参事役から退職勧奨を受け、さらに、同月8日以降被告から本件自宅待機命令を受けている。その後、同年5月12日、同月25日、同年6月9日、同月20日に行われた面談において、Xは、G参事役又はH参事役から、進退について判断するよう告げられ、また、Xの上司や同僚とのコミュニケーションに係る問題点やその改善方法についての認識が不十分であるとして、その認識を深めるよう求められた。そして、同年8月9日の面談において、Xが職場復帰を希望する旨述べたところ、G参事役は、Xの反省を求めるということについては終了したという認識を示した上で、ポストが用意できないため退職してもらったほうがよいと考えている旨伝えるなどした。その後、Y社は復帰先について提示することなく、令和2年10月15日付け「ご連絡」と題する書面及び同日付け「厳重注意」と題する書面によって、Y社から出社を命じるまでの約4年半もの長期間、明示的に出社を求めたり、自宅待機命令を終了する旨伝えたりすることはなかった

2 このような長期間の自宅待機命令は、通常想定し難い異常な事態というべきであり、退職勧奨に引き続いて自宅待機命令を受け、その間ポストを用意することが困難であるとして退職することを勧める発言がされつつ、復帰先も提示されないまま、長期間にわたり自宅待機の状態が続けられたことからすれば、Xについては、実質的にみて退職勧奨が継続していたというべきである。退職勧奨は任意のものでなければならず強制にわたることは許されないというべきであるところ、Xの勤務状況に問題があったことがY社の退職勧奨のきっかけとなったこと、その後Xが復帰先について希望どおりにならない場合であっても構わないか否かといったY社の問いに対し明言を避けたことが長期化の一因となった面が否定できないことを踏まえても、G参事役がXの反省を求めることについて終了したとの認識を示し、Xが復帰を明確に求めた平成28年8月9日の面談以降は、Xに退職の意思はないものとしてXの復帰先についての具体的調整を開始すべきといえる。そして、Y社は、同月にはXの職場復帰に関する調整を始めなければならない以上、Xに対し同年10月頃までには具体的な復帰先を提示すべきであったといえ、同月以降の本件自宅待機命令は、実質的にみて、Xに対し退職以外の選択肢を与えない状態を続けたものといえ、社会通念上許容される限度を超えた違法な退職勧奨であったといわざるを得ない
さらに、Y社は、その後、Xに対し、復帰先について特段の連絡をしていないばかりか、復帰先について検討したことを裏付けるに足りる客観的証拠もなく、Xを今後どのように処遇しようとしていたかすら不明であり、Xが本件自宅待機命令についてI次長に抗議したり内部通報をしたりしても、これに直ちに対応せず結果的に本件自宅待機命令が約4年半もの長期間に及んでおり、その対応は不誠実であるといわざるを得ない。
したがって、本件自宅待機命令は、平成28年10月頃以降前記のとおり令和2年10月15日に終了するまでの部分については、社会通念上許容される限度を超えた違法な退職勧奨として不法行為が成立する。

出勤されて社内の秩序を乱されるよりは給与を支払ってでも自宅待機してもらいたいと考える会社は、決して珍しくありません。

もっとも、不当に長期にわたる自宅待機命令は、本件事案のように違法と判断されることがありますので、給与さえ支払っていればよい、と考えないように注意しましょう。

自宅待機命令を出す際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。