おはようございます。
今日は、競合会社に顧客を紹介等した従業員の行為につき債務不履行に基づく損害賠償責任が認められた事案について見ていきましょう。
トラスト事件(東京地裁令和6年10月23日・労経速2579号28頁)
【事案の概要】
本件は、X社が、不動産の売買等の事業を行うX社のコンサルティング事業部の従業員であったYは、Y社の職務及び就業規則の定めに照らせば、X社と顧客との取引の成立に向けて誠実に職務を遂行すべきであったにもかかわらず、Y自身の利益やY社と同種同業で競合する会社の利益等を図る目的で、顧客を当該会社に紹介し、当該会社に利益を得させるとともに、紹介等に対する報酬として、当該会社より利益の一部を受け取るなどし、これらの一連の行為によりX社に損害を与えたとして、Yに対し、労働契約上の債務不履行に基づき、損害賠償金730万円及び+遅延損害金の支払を求める事案である。
【裁判所の判断】
Yは、X社に対し、310万円+遅延損害金を支払え。
【判例のポイント】
1 Yの職務内容に加え、X社の就業規則26条⑩は、社員は職務上の地位を利用し私的取引をなし、金品の借入または手数料、リベートその他金品の授受もしくはゴルフの接待など私的利益を得てはならない旨、同条⑪は、社員は会社に許可なく他の会社に籍を置いたり、自ら事業を営んだりしてはならない旨それぞれ定め、同規則37条が懲戒解雇事由として、「会社の許可を受けず、在籍のまま他の事業の経営に参加したりまたは労務に服し、若しくは事業を営むとき。」(⑥)、「職務上の地位を利用し、第三者から報酬を受け、若しくはもてなしをうける等、自己の利益を図ったとき。」(⑦)を挙げていることからすれば、Yは、X社との労働契約上の義務として、顧客から不動産の売却の相談を受けた際は、当該顧客とX社との間での取引の成立に向け、誠実に職務を遂行すべき義務を負っていたものと認められる。
そして、Yは、Aから本件マンションの売却の相談を受け、X社社内で情報の共有はしたものの、その後、Bの指示を受け、C社とAとの間で本件マンションの売却を成立させるよう行動しており、本件誠実義務に違反している。
また、Yの行動によりC社とAとの間で本件マンションの売買契約が成立していることから、Yが本件誠実義務を果たしていれば、X社とAとの間で本件マンションの売買契約が成立した蓋然性が認められる。
したがって、Yは、X社に対し、本件誠実義務違反による債務不履行責任を負うものと認められる。
2 Yの尽力もあって、AとC社との間で本件マンションの売買契約が成立しているから、Yが本件誠実義務を果たしていれば、X社がAから、C社が買取りをした価額と同額の2450万円で本件マンションの買取りをすることができた蓋然性があるといえる。また、令和5年7月の時点で、本件マンションの時価相場は、5000万円程度であるから、C社が本件マンションを売却した令和3年6月から本件マンションが値上がり傾向にあることを踏まえても、X社が本件マンションを取得した場合、いずれC社が本件マンションを売却した価額と同額の3180万円では本件マンションを売却することができた蓋然性があると認められる。したがって、X社は、本件マンションに関する取引により、730万円の売却差額を取得した蓋然性があるといえる。
もっとも、C社は、Bに対し、本件マンションの不動産コンサルティング業務料の名目で、320万円を支払っており、また、X社代表者自身、取引に関与した不動産会社がある場合に報酬を支払ったことがある旨供述している。そうすると、YがX社とAとの間で本件マンションの売買契約を成立させた場合、Aは、元々Bの顧客であったことから、X社がBに報酬等を支払うことになった可能性は否定できない。そして、X社代表者は、X社が取引に関与した不動産会社等に対し、報酬等として、数十万円や物件価格の3%程度を支払うこともあった旨供述しているものの、前記のとおり、C社はBに対し、320万円を支払っていることから、X社とAとの間で本件マンションの売買契約が成立した場合に、X社がBに対し、報酬等として320万円を支払うことになった可能性を否定することはできない。
なお、C社は、Yに対し、本件マンションの不動産コンサルティング業務料の名目で、300万円を支払っているものの、YはX社の社員であったから、X社とAとの間で本件マンションの売買契約が成立した場合、X社に当該費用が発生したものとは認められない。
また、X社は、C社が本件マンションを売却したのと同時期に本件マンションを売却したとまではいえず、本件マンションは賃貸中であったから、賃借人が退去するなどしてX社がリフォーム費用を要した可能性は否定できない上、X社が本件マンションの不動産取得税に加え、登記手続費用等を要した可能性も否定できない。したがって、X社が前記の費用に加え、100万円程度の費用を要した可能性は否定できない。
以上によれば、Yの債務不履行によって、X社に310万円(=730万円-320万円-100万円)の逸失利益が発生したものと認めるのが相当である。
可能性、蓋然性という際どい判断ですが、このような事案では、責任論もさることながら、損害論での攻防が腕の見せ所です。
日頃から顧問弁護士に相談をすることを習慣化しましょう。