おはようございます。
今日は、固定残業代の有効性、休憩時間に係る未払賃金請求をともに否定した事案を見ていきましょう。
マツモト事件(東京地裁令和6年12月19日・労経速2585号18頁)
【事案の概要】
本件は、Y社との間でそれぞれ雇用契約を締結し、塵芥車によって廃棄物収集・運搬等の業務に従事していたXらが、Y社に対し、1〈1〉Y社との間の雇用契約においては有効な固定残業代の合意は存在せず、かつ、多忙であって2時間の所定休憩時間を取ることができなかったなどとして、令和2年2月度から令和6年3月度までの未払割増賃金がX1には合計898万7384円、X2には合計1073万8633円、X3には合計951万7024円発生している旨主張するとともに、〈2〉Y社との間の雇用契約において、令和2年2月25日支払分から令和3年5月分までの基本給が東京都の最低賃金を下回る金額であったことから、差額分に相当する賃金が未払であるとして、令和2年2月度から令和3年5月度までの未払賃金がX1には合計96万0452円、X2には合計70万1000円、X3には合計100万8305円ある旨主張し、上記〈1〉及び〈2〉の未払賃金請求として、X1については合計994万7836円及び各月度の未払賃金と未払賃金の合計+遅延損害金を、X2については1073万8633円及び各月度の未払賃金と未払賃金の合計+遅延損害金を、X3については合計1052万5329円及び各月度の未払賃金と未払賃金の合計+遅延損害金を求めるとともに、
2Y社には付加金の支払が命じられるべきである旨主張し、付加金請求として、X1については776万6805円、X2については947万5527円、X3については820万2778円の支払を求める事案である。
【裁判所の判断】
1 Y社は、X1に対し、521万2219円+遅延損害金を支払え。
2 Y社は、X2に対し、614万7521円+遅延損害金を支払え。
3 Y社は、X3に対し、496万8888円+遅延損害金を支払え。
4 Y社は、X1に対し、388万2102円を支払え。
5 Y社は、X2に対し、427万7385円を支払え。
6 Y社は、X3に対し、342万7300円を支払え。
【判例のポイント】
1 Y社は、本件割増手当について、これが固定残業代であることは入社時にXらそれぞれに説明しており、給与明細書上も、時間外手当と分かる名称で他の賃金と明確に区分してXらに支給していたなどとして、本件割増手当が固定残業代として有効である旨主張し、Y社代表者もこれに沿う供述をする。
この点について、Y社は、Xら就労期間1及び2を通じて、給与明細書上、令和2年4月分から令和3年6月分までは「時間外深夜割増手当」との名目で、令和3年7月分以降は「残業深夜等割増手当」との名目で、本件割増手当を支払っていたことからすると、給与明細書上の費目の名称としては、本件割増手当が割増賃金として支払う趣旨であることがうかがわれる名称にはなっていることは確かである。
しかしながら、Y社は、Xらそれぞれとの間で、Xらの入社時点で、雇用契約書を作成しておらず、かつ、Y社の就業規則及び給与規程を通覧しても、「時間外深夜割増手当」又は「残業深夜等割増手当」との名称の手当に関する規定はなく、そもそも固定残業代に関する定めも置かれていない。また、Y社代表者は、本件の尋問において、Xらの入社の際に、Xらそれぞれに対し、給与明細書のひな型を用いて、Y社がXらに支払う賃金について説明をした旨の供述をするものの、その説明の具体的な内容はY社代表者自身の供述においても明らかではなく、他方で、Xらはいずれも固定残業代に関する説明を受けたことはない旨を供述していることからすると、XらとY社との間で、Xらの入社に当たり、給与明細書上の「時間外深夜割増手当」として計上された金額が固定残業代であることについての合意が形成されていたとは認め難い。そして、Y社がXらに交付していた給与明細書は、XらとY社との間の雇用契約を規律する契約書等ではなく、Y社が一方的に作成してXらに交付していた文書にすぎず、かかる給与明細書の交付が続いていた事実をもって、有効な固定残業代についての合意が形成されたと認めるには足りないし、そもそも対価性要件で判断されるのは賃金の実質であって費目の名称ではないところ、以下のとおり、本件割増手当は時間外労働等に対する対価であったとは認め難い。
すなわち、Xらに対して支給された本件割増手当の額は前記のとおりであるところ、Y社の主張を前提としても、本件割増手当の額は、1か月当たりの最大時間外労働時間数である45時間分と、1か月当たりの最大深夜労働時間数である189時間分に対応する割増賃金を前提として算出された金額であって、深夜の時間帯に回収業務を行うXらの勤務状況とはかけ離れた想定し難い時間数を前提として計算されたものであることに加え、いかなる労働に対する対価であるかの位置付けが不明確な調整金(バッファー)をも含むものである。また、多くの時間外労働等の時間を想定した上記のY社主張と異なり、遅くとも令和4年7月25日頃から掲載されていたY社の求人情報には、「月給34万円以上!しかも残業がほぼない。」などと記載されている。これらに加え、Y社代表者の供述を前提とすると、本件割増手当の金額の定めは従業員に支給する賃金総額を見ての「丼勘定」であったとのことであり、かつ、深夜の時間帯の勤務であったXらのみならず日中の時間帯の勤務であった他の従業員らにも本件割増手当をほぼ同額で支給していたとのことであるから、Y社は、本件割増手当について、従業員らに対して支給する賃金総額との兼ね合いでその金額を定めていたものであることが認められる。これらからすると、本件割増手当は、その名称にもかかわらず、実質においては、通常の労働時間の賃金が含まれていたものといわざるを得ない。
以上によれば、本件割増手当が全体として時間外労働等に対する対価という趣旨であったとは認めることはできない。そして、このような本件割増手当が対価性要件を欠く以上、判別要件も満たさない。
したがって、本件割増手当につき、有効な固定残業代としての合意があったとは認めることはできない。
固定残業制度は、要件を満たすことが十分可能な制度です。
しかしながら、いまだに多くの会社で不十分な対応をしています。
結果、基礎賃金が増額され、とんでもない金額の未払残業代が認定されています。
日頃からしっかりと労務管理をしていれば、間違いなく防ぐことができる紛争類型です。
日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。