Category Archives: 解雇

解雇32(小田急電鉄事件)

おはようございます。

さて、今日は、昨日の引き続き、私生活上の非行と解雇に関する裁判例を見てみましょう。

小田急電鉄事件(東京高裁平成15年12月11日・労判867号5頁)

【事案の概要】

Y社は、鉄道事業等を主たる業務とする会社である。

Xは、Y社の従業員として、退職までの間、普段はまじめに勤務してきた。

Xは、京王井の頭線において、電車で痴漢行為を行い、警察に逮捕勾留され、20万円の罰金刑が言い渡されていた。

Y社は、昇給停止、および降格の処分を行った。

Xは、後日、JR高崎線の電車において、痴漢行為を行い、逮捕勾留され、起訴された。

Xは、勾留中、Y社の従業員らの面会を受け、その際、痴漢行為を認め、Y社が用意した自認書に署名指印して交付した。

Y社は、「業務の内外を問わず、犯罪行為を行ったとき」に該当するとしてXを懲戒解雇した。

Xは、本件懲戒解雇及び退職金不支給は、無効であると主張した。

【裁判所の判断】

懲戒解雇は無効。

退職金については3割の支払いを命じた。

【判例のポイント】

1 Xは、留置場でのY社の担当者との面接の際、未だ申告していない痴漢行為も自ら話すなどし、その際の会社の内容などからみても、自由に弁明ができないような状況であったとは認めがたい。

2 痴漢行為が条例違反で起訴された場合には、その法定刑だけをみれば、必ずしも重大な犯罪とはいえないけれども、被害者に与える影響からすれば、決して軽微な犯罪であるということはできない。
まして、Xは、そのような電車内における乗客の迷惑や被害を防止すべき電鉄会社の社員であり、その従事する職務に伴う倫理規範として、そのような行為を決して行ってはならない立場にある。しかも、Xは、本件行為のわずか半年前に、同種の痴漢行為で罰金刑に処せられ、昇給停止および降職の処分を受け、今後、このような不祥事を発生させた場合には、いかなる処分にも従うので、寛大な処分をお願いしたいという始末書を提出しながら、再び同種の犯罪行為で検挙されたものである。

3 賃金の後払的要素の強い退職金について、全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為であることが必要であることに、それが、業務上の横領や背任など、会社に対する直接の背信行為とはいえない職務外の非違行為である場合には、それが会社の名誉信用を著しく害し、会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど、上記のような犯罪行為に匹敵するような強度な背信性を有することが必要である。もっとも、退職金が功労報償的な性格を有すること、支給の可否について会社に一定の合理的な裁量の余地があることから、強度の背信性を有するとまではいえない場合には、当該不信行為の具体的内容と被解雇者の勤続の功などの個別的事情に応じ、一定割合を支給すべきである。

4 本件では、相当強度な背信性を持つ行為であるとまではいえないが、他方、職務外の行為であるとはいえ、会社および従業員を挙げて痴漢撲滅に取り組んでいるY社にとって相当の不信行為であることは否定できない。本件については、本来支給されるべき退職金のうち、一定割合での支給が認められるべきであり、その具体的割合については、本件行為の性格、内容や、本件懲戒解雇に至った経緯、また、Xの過去の勤務態度等の諸事情に加え、とりわけ、過去のY社における割合的な支給事例等をも考慮すれば、本来の退職金の支給額の3割が相当である

本件では、懲戒解雇は有効となりましたが、退職金については不支給とはせず、3割の支給を命じました。

この裁判例をみると、よほどのことがない限り、私生活上の非行を理由に懲戒解雇をする場合でも、退職金の不支給とすることは許されないような気がしてきます。

会社としては、このような従業員に対し、退職金を1円たりとも支払いたくないと考えるのが普通でしょう。

第1審(東京地裁平成14年11月15日・労判844号38頁)は、懲戒解雇を有効とした上で、退職金の不支給も有効と判断しました。

このあたりは、判断が非常に難しいところです。

やはり多くの裁判例を検討し、判断するしかないのでしょうね。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。

解雇31(横浜ゴム事件)

おはようございます。

さて、今日は、私生活上の非行と解雇に関する最高裁判例を見てみましょう。

横浜ゴム事件(最高裁昭和45年7月28日・判タ252号163号)

【事案の概要】

Xは、Y社の作業員である。

Xは、他人の居宅の風呂場の扉を押し開け、屋内に忍び込んだところ、家人に見つかり、逃走したが、まもなく私人に捕まり、警察に引き渡された。

これにより、Xは、住居侵入罪で罰金2500円に処せられた。

Y社は、この犯行をもって、従業員賞罰規則に定める懲戒解雇事由である「不正不義の行為を犯し、会社の体面を著しく汚した者」に該当するとして、Xを懲戒解雇に処した。

これに対し、Xは、雇用関係存在確認の訴えを提起した。

【裁判所の判断】

懲戒解雇は無効

【判例のポイント】

1 Xの本件犯行は、恥ずべき性質の事柄であって、当時Y社において、企業運営の刷新を図るため、従業員に対し、職場諸規則の厳守、信賞必罰の趣旨を強調していた際であるにもかかわらず、かような犯行が行われ、Xの逮捕の事実が数日を出ないうちに噂となって広まったことをあわせ考えると、Y社が、Xの責任を軽視することができないとして懲戒解雇の措置に出たことに、無理からぬ点がないではない

2 しかし、翻って、右賞罰規則の規定の趣旨とするところに照らして考えるに、問題となるXの行為は、会社の組織、業務等に関係のないいわば私生活の範囲内で行われたものであること、Xの受けた刑罰が罰金2500円の程度に止まったこと、Y社におけるXの職務上の地位も蒸熱作業担当の工員ということで指導的なものでないことなどを勘案すれば、Xの行為がY社の体面を著しく汚したとまで評価するのは、当たらないというのほかはない。

本件では、住居侵入罪で有罪となった従業員に対する懲戒解雇が無効となった事案です。

みなさんは、この判断をどう思いますか?

「当たり前だ」と思う方、「そんなのおかしいだろ」と思う方、どちらの方が多いですかね。

本件と同様に、従業員の私生活上の非行、つまり、業務外での不祥事を理由に、懲戒解雇できるかが争われた裁判例はたくさんあります。

もっとも、本件のような類型の争いだからといって、特別な解釈が必要となってくるわけではありません。

通常の解雇事案と同じように、比較考量論による解雇権濫用法理の論点に帰着します。

そのため、毎度のことですが、ケースバイケースで判断するしかありません。

どれだけ慎重に処分をしても、争われるときには争われます。

とはいえ、過去の裁判例を参考にし、慎重に判断することをおすすめします。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。

解雇30(横浜市学校保健会事件)

おはようございます。

さて、今日は、引き続き、私傷病と解雇に関する裁判例を見てみましょう。

横浜市学校保健会事件(東京高裁平成17年1月19日・労判890号58頁)

【事案の概要】

Y社は、横浜市教育委員会から委託を受け、学校歯科保健事業を行っている団体である。事業の主たる内容は、市立の小中学校のうち希望する学校に歯科衛生士を巡回させて行う歯科巡回指導である。

Xは、歯科衛生士としてY社で勤務してきた。

Xは、頸椎症性脊髄症であり休業を要すると診断された。

Xは、私傷病職免および年休をすべて消化し終えても入院が必要で、業務に従事できない状態であったことから、診断書を添えて休職願を提出した。

Xは、約6年にわたり休職してきたが、Y社は、Xが「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」(Y社勤務条件規程3条3項2号)に該当すると判断し、Xを解雇した。

Xは、本件解雇は無効であると主張した。

なお、本件解雇当時、Xは、左上肢を一時的に上げることはできるものの、左上肢を上げたままの姿勢を長く保持することが困難であるばかりか、左上肢を上げ下げする動作を繰り返していると左手に震え等の不随意運動が生じてしまうという状態にあった。また、左手の握力は9ないし12キログラムと、小学校低学年の女子程度のレベルしかなく、特に左手母指の筋力が著しく弱い状態にあった。Xは、補助具を用いても自力で立つことができず、常時車いすを使用する必要のある状態にあった。

【裁判所の判断】

解雇は有効

【判例のポイント】

1 Xは、小中学校の児童に対する歯科巡回指導を行う歯科衛生士として、あらかじめ職種及び業務内容を特定してY社に雇用されたのであるから、特定されたこの職種及び業務内容との関係でその職務遂行に支障があり又はこれに堪えないかどうかが、専ら検討対象となるものである。

2 歯科衛生士が歯口清掃検査を実施するに当たっては「検査対象児童の歯、歯茎等、口腔内の状態を正確に把握することが必要であるところ、そのためには(1)歯科衛生士が、検査対象児童の口腔内をのぞきこむことができる適切な視線の位置(高さ)を確保する、(2)歯を覆っている唇あういは口付近の肉を検査の邪魔にならないよう押し広げるなどし、歯をむき出しにする、以上の2点が最低限必要である。

3 ・・・以上のような要請を満たす検査を行うには、歯科衛生士は、自分の両上肢の動きを自己の意思で完全にコントロールし、手指を用いて細かな作業を行うことができなければならないというべきであるところ、Xの左上肢の状況にかんがみると、Xの左上肢は、このような作業を行うには堪えられなかったことは明らかであり、結局、Xは、本件解雇当時、歯口清掃検査を行うことができない状態にあったというべきである。

4 Xは、Y社の業務中最も重要な意味を有することが明らかな歯口清掃検査そのものを行うことができないのであるから、本件解雇当時、Xが勤務条件規程3条3項2号「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」い該当していたものといわざるを得ないところである。

5 Xは、本件解雇は、単にXに身体障害が存在することを理由とするものであるから、介助者付きの原職復帰を認めずにした本件解雇は遠方14条1項、労働基準法3条違反である旨主張するが、左上肢の機能の背弦は、歯科衛生士としての資格を持つX自身が行わなければならない事柄に関する問題であって、介助者の有無によって結論に差異をもたらすものではないから、Xの主張は前提を欠いている

本件のポイントは、上記判例のポイント2です。

裁判所が、歯科衛生士であるXが最低限提供すべき履行の内容を基準として示しています。

つまり、Xが従事すべき業務の中核的部分を遂行するに足りるだけの身体的運動能力が認められるか否か、という点で、「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」の該当性を判断したわけです。

職場復帰時に、従前と同様の身体的能力を必要とするか否かが問題となるところですが、あくまで「最低限提供すべき」業務を遂行できるか否かが判断の分かれ目であるわけです。

この点は、従業員側に大変参考になるものですね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

解雇29(北海道龍谷学園事件)

おはようございます。

さて、今日は、私傷病と解雇に関する裁判例について見てみましょう。

最近、私が関心を持っている分野なので、同種の事案が続きます。

北海道龍谷学園事件(札幌高裁平成11年7月9日・労判764号17頁)

【事案の概要】

Y社は、高校を営む学校法人である。

Xは、Y社に雇用され、保健体育の教諭の職にあった。

Xは、授業中に脳出血で倒れ、右半身不随となり(当時46歳)、入院治療を受けた。

Xは、2年あまり後、復職を申し出たが、Y社はこれを拒絶した。

なお、Xは、入院中も通信教育を受け、高校の公民、地理歴史の教員免許を取得していた。

Yは、Xを保健体育の時間講師として採用し様子を見ると提案したが、Xはこれを拒否し、その後、Y社は、Xが就業規則の「身体の障害により業務に堪えられないと認めたとき」に該当するものとしてXに通常解雇を通知した。

Xは、解雇は無効であるとして、労働契約上の地位の確認と賃金の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

解雇は有効

【判例のポイント】

1 Xは、解雇通知を受けた当時において、Y社における体育教諭として要請される保健体育授業での各種運動競技の実技指導を行うことはほとんど不可能であったし、教室内等の普通授業においても発語・書字力がその速度・程度とも少なくとも未成熟な生徒を対象とすることが多い高等学校の教諭としての実用的な水準に達しないことから多大の困難が予想され、とりわけ、授業・部活動中の生徒の傷害等事故の発生時に適切な措置をとることができないことが確実であり、その余の分掌事務(例えば、学園祭における各種行事の実行指導とか、修学旅行の付き添いなど)か、相当の困難が伴う身体状況にあったものと認められ、これらを擁するに、Xの身体能力等は、体育の実技の指導・緊急時の対処能力及び口頭による教育・指導の場面等においてY社における保健体育の教育としての身体的資質・能力水準に達していなかったものであるから、Y社での保健体育教員としての業務に耐えられないものと認めざるを得ない。

2 もっとも、Xに対して適宜に補助者を付け、分担すべき業務を軽減し、また平素の授業における生徒の理解と協力を得られるならば、Xが保健体育の教員としての業務を遂行できる場合がありうること、Xが身体障害を克服する努力を続ける中で生徒の理解と協力を得つつ教員として活動することでXが主張するような教育的効果を期待し得る場合があることは、いずれも首肯し得ないではない。
しかし、本件においては、Xがその「身体の障害」によってY社の就業規則所定の「業務に堪えられない」と認められるかどうかが争点であって、Xが主張するような補助や教育的効果に対する期待(ただし、現実問題としてこれらが常に随伴するとは考え難い。)がなければ、Xが教員としての業務を全うすることができないのであれば、Xは身体の障害により業務に堪えられないもの、すなわち、同規則に該当するものであることを肯定するに等しいものというべきである

3 また、Xは、公民、地理歴史の教諭資格を取得したから同科目の業務に従事することができると主張するが、Xは保健体育の教諭資格者としてY社に雇用されたのであるから、雇用契約上保健体育の教諭としての労務に従事する債務を負担したものである。したがって、就業規則の適用上Xの「業務」は保健体育の教諭としての労務をいうべきであり、公民、地理歴史の教諭としての業務の可否を論ずる余地はないというべきである。

第1審では、Xが傷害を負いながらもこれを克服するために懸命に努力する姿を示すことは生徒への教育的効果も期待でき、この点を考慮に入れるべきであるとの指摘も行った上で、Xが業務に堪えられないとはいえず、解雇は無効であると判断されました。

これに対し、控訴審は、上記のとおり判断し、解雇は有効であると判断しました。

第1審は、Xが教育に携わる者であるという実質を重視したのに対し、控訴審は、あくまで就業規則の文言の形式的解釈を重視したというものです。

立場により、主張するポイントが異なるという点では、参考になる裁判例ですね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

解雇28(岡田運送事件)

おはようございます。

さて、今日は、私傷病と解雇に関する裁判例を見てみましょう。

岡田運送事件(東京地裁平成14年4月24日・労判828号22頁)

【事案の概要】

Y社は、貨物自動車運送業等を業とする会社である。

Xは、Y社に雇用され、運送業務に従事していたが、平成11年7月、病院で脳梗塞の診断を受けてしばらく欠勤を続けたところ、Y社から無届欠勤で懲戒解雇する旨告げられ、その後、さらに解雇する旨の解雇通知書を受けた。

Xは、解雇後もY社の従業員たる地位を有することの確認、賃金の支払い等を求めた。

【裁判所の判断】

懲戒解雇は無効だが、普通解雇としては有効

【判例のポイント】

1 Xが、しばらく欠勤する旨を会社に電話で告げるとともに2度にわたって診断書を提出し、その後においては診断書を追加して提出すべきかどうか尋ねたところ、その必要はないと告げられていたにもかかわらず、「正当な理由なしに無届欠勤7日以上に及ぶとき」に該当するとしてなされた懲戒解雇は無効である。

2 懲戒解雇の要件は満たさないとしても、当該労働者との雇用関係を解消したいとの意思を有しており、懲戒解雇に至る経緯に照らして、使用者が懲戒解雇の意思表示に、予備的に普通解雇の意思表示をしたものと認定できる場合には、懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思表示が内包されていると認めることができる。

3 Y社は、脳梗塞を発症したXをもはや運転手として雇用し続けることはできないとの考えに基づいて、病気を理由とする退職勧奨を数回Xに対して行っていたものと認められるから、本件解雇通告および解雇通知書は、懲戒解雇の意思表示のほか、予備的に普通解雇の意思表示を含むものと認定でき、Xに本件解雇通告の時点で、トラック運転手としての業務に就くことが不可能な状態にあったと認められるから、「身体の障害により業務に堪え得ないと認めたとき」の普通解雇事由に該当する

4 業務外傷病による長期欠勤が一定期間に及んだときは休職とする旨の規定があるからといって、直ちに休職を命じるまでの欠勤期間中解雇されない利益を従業員に保障したものとはいえず、使用者には休職までの欠勤期間中解雇するか否か、休職に付するか否かについてそれぞれ裁量があり、この裁量を逸脱した場合にのみ解雇権濫用として解雇が無効となる

5 本件では、休職までの欠勤期間6か月間および休職期間3か月を経過したとしても就労は不能であったから、本件解雇に際し休職までの欠勤期間を待たず、かつ、休職を命じなかったからといって、本件解雇が労使間の信義則に違反し、社会通念上、客観的に合理性を欠くものとして解雇権の濫用になるとはいえない。

本件は、解雇を有効としたケースです。

懲戒解雇は無理があります。

復職の可否については、医師の判断に基づいて決定してください。

決して、社長の独断で決定しないでください。

なお、総務の方は、上記判例のポイント4は、おさえておくといいと思います。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

解雇27(乙山金属運輸事件)

おはようございます。

さて、今日は、整理解雇に関する裁判例を見てみましょう。

乙山金属運輸事件(東京高裁平成22年5月21日・労判82頁)

【事案の概要】

Y社は、貨物自動車運送事業を営む会社であり、A社からの受注がその業務の約8割を占めていた。

Y社の従業員は、事務部門が正社員6名、派遣社員3名および嘱託社員1名、運転部門が正社員35名であった。

Xらは、Y社の運転部門の正社員で、Xらを含むY社の従業員13名は、労働組合を結成している。

Y社は、平成20年11月、従業員に対して、経営状況の急激な悪化により大幅な事業縮小が避けられないこと等を伝えた。

その後、Y社は希望退職者の募集の説明会を行ったが組合の合意が得られず、再募集の条件を提示した。

しかし、募集期間経過後に退職を申し出た従業員は、合計7名にとどまった。そこで、Y社は、Xらを含む8名に対し、整理解雇をする旨の意思表示をした。

Xらは、本件整理解雇が無効であるとして、労働契約上の地位の保全ならびに賃金の仮払いを申し立てた。

宇都宮地裁栃木支部は、整理解雇は無効であると判断した。

そこで、Y社は、保全抗告を申し立てた。

【裁判所の判断】

整理解雇は有効

【判例のポイント】

1 整理解雇が有効と判断されるためには、まず、当該整理解雇をするに当たって、人員削減の必要性があったこと、使用者が解雇回避努力を尽くしたこと、解雇された労働者についての人選に合理性があったこと及び解雇に至る手続に相当性があったことの4要件が具備されていることを要すると解するのが相当である

2 人員削減の必要性については、平成20年8月以降の売上高および前年当月比の減少は過去に例のない大幅なものであり、そして、それはいわゆるリーマン・ショックに端を発した世界経済の急減速によるものと考えられ、相当程度長期にわたって続くことが予想される性質のものである。また、必要な人員削減数については、公認会計士の報告書を受けて、従業員の給与の減額や他の経費節減等を行うこととして、15名と決したものであり、合理的なものである。一方で、一時帰休を実施する可能性や、整理解雇後の傭車台数の増加も、人員削減の必要性を否定するものではない。
以上によれば、Y社の運転部門において15名の人員を削減する必要性があったことが疎明される。

3 解雇回避努力については、上記各措置が解雇回避努力に当たる。また、社長の妻の役員報酬(885万円)を減額しても、解雇を回避する効果があったとはいえないこと、希望退職者の募集に際して、Y社が、募集期間を延長し、優遇措置を設ける等の努力をつくしていたこと、希望退職者の対象を運転部門に限定したことも、事務部門に関しては運行管理等の事務量にかんがみて大幅な削減をすることができない状況にあったことから、合理的なものと評価できる
以上によれば、Y社は、解雇回避努力を十分に尽くしたことが疎明されるというべきである。

4 人選の合理性については、査定項目及び査定評価の基準に特段相当性を欠く点はみられないこと、10分を超える遅刻のみ減点査定の対象とするという基準は定量的・客観的なものであり、このような基準を従業員に明らかにしないからといって、恣意的な運用がされた可能性があるとはいえないこと、頻繁に遅刻をしていた従業員に対して始末書を提出させ、その始末書提出について(遅刻の減点査定とは別個に)限定査定をしたとしても、偶発的に遅刻をした場合と遅刻に常習性がみられる場合とで評価に軽重を設けることは、特段不合理な評価方法であるとはいえないこと、従業員にインフルエンザの予防接種を受けることを強く推奨し、これに応じなかった者について減点査定をすることも、合理的な評価方法であるといえること、誤出荷、積卸しの作業マニュアル違反、上司への暴言等を理由として警告書を交付し、これについて減点査定をすることも不合理とはいえないこと、複数の者で査定をする査定体制も、人事評価の公平性および客観性を担保するための合理的な体制であるといえる。
以上のとおり、一般的な査定項目や査定評価基準、査定体制のほか、Xら各人についての具体的査定についても、特段不合理な点はみられず、その査定の結果、下位の者から相手方らを含む8名を選んで整理解雇の対象者としたことについては、合理性があることが疎明される。

5 手続の相当性については、本件組合との交渉や、従業員に対する説明会の経緯等に照らせば、Y社は、本件整理解雇に当たって、手続きを十分につくしたということができる。

本件は、整理解雇が認められた珍しい裁判例です。

地裁では、仮処分、保全異議ともに、整理解雇は無効であると判断されています。

このような判断の相違に触れる度に、やはり、事前に(訴訟前に)、会社が行為の有効性を判断するのは、非常に難しいことであると感じます。

「ここまでやって、裁判所に無効だと判断されるのであれば、それはもう仕方のないことだ」というところだと思います。

いずれにしても、会社としては、可能な限りの準備をするべきです。

特に整理解雇に関しては、必ず顧問弁護士と相談の上、実施することを強くお勧めします。

解雇26(J学園事件)

おはようございます。

さて、今日は、うつ病を理由とする解雇に関する裁判例です。

J学園事件(東京地裁平成22年3月14日・労判1008号35頁)

【事案の概要】

Y社は、Y女子学園中学校、Y女子学園高等学校を経営する学校法人である。

Xは、大学卒業後、他の学校等で勤務し、国語科の教員として勤務していた。

Xは、平成15年6月頃、うつ病を発症し、その後、症状が悪化し、休職した。

Xは、平成19年9月、復職したが、その後も何度か欠勤したため、Y社は、「心身の故障のため職務の遂行に支障があり、又はこれにこたえられないとき」(就業規則38条1項(2))に該当するという理由で、免職の通知をした。

Xは、Y社に対し、うつ病の罹患や悪化についてY社に安全配慮義務違反があり、また、解雇が相当性を欠くなどと主張し、損害賠償、雇用契約上の地位確認、解雇後の賃金の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

Y社の安全配慮義務違反は認められない。

本件解雇は無効

【判例のポイント】

1 ・・・Y社の業務によるXの心理的負荷が非常に強度であったとは認められない。

2 Xは、うつ病の治療を通じて、抗うつ剤等の処方を受けたが、これらが効きにくい状態にあり、復職の約2か月前には、症状が悪化して約2週間にわたり入院した。医師は、時期尚早とも考えていたが、休職期間満了により退職させられることを避けるためもあって復職可能診断をした。このような事実によれば、Xのうつ病は、そのころ、あながち軽いものではなかったというべきである。また、Y社は、Xが無理なく復職できるように、かなり慎重な配慮をしているが、それにもかかわらず、Xは、平成19年11月ころから平成20年1月ころにかけて、円滑に復職することができず、欠勤して生徒に迷惑をかけることもあった。そうだとすると、Y社が、そのころ、これ以上業務を続けさせることは無理と結論づけて、退職させるとの意思決定をしたことは、やむを得ない面もあると考えられる(教員の配置の選択肢は限られているし、Xは、いったん非常勤講師になって、回復したら専任教員に戻るという提案を断っている)。

3 しかし、Xは、平成15年11月ころから平成18年夏ころまでの間、抗うつ剤等の投薬治療を受けながら、専任教員として業務をこなしてきた時期もある。・・・病院の診断書には、「症状が安定すれば、復職も可能と思われる」という記載がある。Y社の就業規則には、「業務外の傷病により、欠勤が引き続き90日を経過した」場合の休職期間は、「1年以内」であると定められているところ、医師からの指示に基づき休職に入ったXに対し、Y社が取得可能な休職期間は1年間であると通知したことにつき、就業規則の解釈に誤りがあったといわざるを得ず、Xの休職期間は90日分延長できたはずである。Xは、本件解雇後、かなり回復したことが認められ、平成21年3月17日を最後に、うつ病治療のために通院をした形跡がない。本件の証拠調べ期日における供述態度等によれば、Xの社会への適応に大きな問題があるとは見受けられない。医師は、証人尋問において、かなり慎重な表現ではあるが、復職の可能性を肯定する趣旨の証言をしている。
以上の事実を総合すれば、Xの回復可能性は認められるということができる。

4 添付資料(「職場復帰の手順と方法-メンタルヘルス不全による休業者を復帰させるには」)は、職場復帰の可否の判断において、主治医との連携を必要なものとしており、そのポイントとして、職場の安全衛生担当者が本人とともに主治医と三者面談を実施して、信頼関係を形成したうえで、復職可能性、復職後の職務の内容・程度等を慎重に判断していくことを推奨している。・・・ところが、Y社は、Xの退職の当否等を検討するに当たり、主治医から、治療経過や回復可能性等について意見を聴取していない。これには、校医が連絡しても回答を得られなかったという事情が認められるが、そうだとしても(三者面談までは行わないとしても)、Y社の人事担当者である教頭らが、医師に対し、一度も問い合わせ等をしなかったというのは、現代のメンタルヘルス対策の在り方として、不備なものといわざるを得ない

5 Xは、教員としての資質、能力、実績等に問題がなかったのであるから、うつ病を発症しなければ、この時期の解雇されることはなかったということができる。そうだとすると、Y社は、本件解雇に当たって、Xの回復可能性について相当の熟慮のうえで、これを行うべきであったと考えられる。しかし、Y社は、Xに対し、休職期間について誤った通知をしたうえで、Xの回復可能性が認められるにもかかわらず、メンタルヘルス対策の不備もあってこれをないものと断定して、再検討の交渉にも応じることなく、本件解雇に踏み切った。Y社が平成20年度末に本件解雇をしたのは、年度の変わり目において人員配置や予算執行計画を確定するためであったとも考えられるところであるが、このような事情は、Xの回復可能性等に優先するものとはいいがたい。
以上によれば、Xを退職させるとの意思決定に基づく本件解雇は、やや性急なものであったといわざるを得ず、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものというべきである。

本件においても、他の事案と同様、Y社としては、それなりの対策を講じたものだと思います。

本件では、Y社は、「メンタルヘルス不調者の職場復帰プログラム」を策定し、当該労働者に対しても、病状が
明確になってから休職期間満了直前までの間に、20回以上、臨床心理士によるカウンセリングの受診機会を設けるなどしたほか、産業医が主治医の見解を問い合わせるなど職場復帰に向けた対応を取っていました。

しかし、結果としては、上記判例のポイントのとおり、本件解雇は無効と判断されています。

メンタルヘルス対策は、非常に難しく、どこまでやればいいのかがわかりにくいですね。

就業規則の解釈に誤りがあったと判断され、それが結論に影響を与えた点は、注目すべきです。

本件のようなケースで、解雇をする場合には、顧問弁護士に相談の上、慎重に行ってください。

解雇25(西濃シェンカー事件)

おはようございます。

さて、今日は、昨日に引き続き、休職期間満了後の措置に関する裁判例を見てみましょう。

西濃シェンカー事件(東京地裁平成22年3月18日・労判1011号73頁)

【事案の概要】

Y社は、航空運輸取扱業、海上運送取扱業等を営む会社である。

Xは、Y社との間で、担当すべき職種や業務を限定せず、期間の定めのない労働契約を締結した者である。

Xは、平成17年3月、自宅において、脳出血を発症し、その後遺症により右片麻痺となった。

Xは、Y社から、平成18年3月から1年間の休職を命じられた。そして、その後、休職期間に係る就業規則の規定の変更に伴い、Xに適用される休職期間が1年から1年6か月伸ばされた。

Xは、平成19年10月から、概ね週に3日の頻度でY社本社に出社し、1日に約2時間30分程度、人事部において作業に従事した。なお、Y社からXに対し、上記作業に従事したことに対する対価は支払われていない。

Y社は、Xに対し、平成20年10月、就業規則の規定に基づいて、休職の延長期間の満了日をもって退職となる旨を通知し、本件退職の取扱い後、その就労を拒否している。

これに対し、Xは、休職期間満了の前の平成19年10月に既に復職していた、本件退職扱いが労働契約上の信義則に違反するから無効であると主張して、労働契約上の地位確認と退職扱い後の賃金の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

本件退職取扱いは、有効。

【判例のポイント】

1 本件作業従事は、Xのリハビリのための事実上の作業従事という域を出ないものであり、平成19年9月の休職期間満了時点で復職という取扱いがなされたとはいえない

2 Y社の本件休職期間満了後の取扱いは、休職期間を平成20年10月31日まで延長したものと捉えざるを得ないが、これは就業規則所定の解雇事由の適用を排除するという趣旨において、一種の解雇猶予措置と位置づけられるものであって、Y社が上記休職期間延長措置をとったこと自体を論難することはできず、また、本件退職取扱いの時点において、Xの片麻痺が従前の通常業務を遂行できる程度に回復していないことは明らかであり、Xから配置の現実的可能性がある具体的業務の指摘があったとも認められない等として、本件退職取扱いが労働契約上の信義則に反し、無効であるとはいえない。

3 仮に、Y社において、雇用労働者の数的状況が障害者雇用促進法43条の規定に反する状況にあったとしても、Y社が本件退職取扱いの時点で、Xに対し契約社員としての再雇用の道を開いていることからすれば、上記判断が左右されるものではない

4 XとY社との間の労働契約は、Xが就業規則が規定する「治癒」または「復職後ほどなく治癒することが見込まれる」場合に至らず、Y社がこれを認めることもなかったから、休職期間満了により終了している。

本件は、会社が、従業員にリハビリ出社をさせた上で、復職の可否を検討したものです。

リハビリ出社という方法自体を知っていても、具体的にどのように実施すればよいのかよくわからないという会社もあると思います。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。

解雇24(福島県福祉事業協会事件)

おはようございます。

さて、今日は、変更解約告知が問題となった裁判例について見てみましょう。

福島県福祉事業協会事件(福島地裁平成22年6月29日・労判1013号54頁)

【事案の概要】

Y社は、知的障害者施設等の事業所を経営する社会福祉法人である。

Xは、栄養士として、Y社が経営する授産園において、正規職員として労務の提供をしていた。

Y社は、Xを含む栄養士らに対し、Y社の給食部門の職員の雇用形態を「契約雇用職員」の形態に変更すること、そのため、同部門の職員には、一度退職してもらい再雇用する形となること、希望退職届を出さない場合には解雇扱いになることを告げた。

その後、Y社は、対象者に対して、上記方針を説明し、文書は配布する等した。

この間、Xは、自らの転職先の相談のために職業安定所を訪れ、その際に同所の職員に対し、Xが組合支部を結成し労働争議中であるとの話をしたが、その後職業安定所では、Y社において労働争議がなされていることを理由として、職安法20条1項に基づき、求職者に対しY社を紹介することをしなかった。

結局、Xは、Y社の説明や扱いに納得できず、退職届や意思確認書を提出しなかった。

Y社は、Xを求人妨害や組合の活動を理由にして、Y社の就業規則に基づく諭旨解雇にした。

Xは、本件解雇が無効であるとして、地位の確認、賃金支払いを求めるとともに、慰謝料を請求した。

【裁判所の判断】

解雇は無効

慰謝料として30万円を支払うよう命じた

【判例のポイント】

1 Y社は、Xを諭旨解雇するに当たり、30日以上前にその予告をせず、解雇時に、30日分の平均賃金を支給していないばかりか、諭旨解雇による制裁を審査、確認するために、諭旨解雇の前に開催することとされている特別委員会も設置しておらず、Y社の就業規則上、必要な手続を何ら遵守していない。
このように、本件解雇は、就業規則上の諭旨解雇事由もなく、また、就業規則上必要な最も基本的と考えられる手続にも違反してされたものであるから、無効である

2 本件解雇の意思表示は、「就業規則に基づき諭旨解雇を命ずる」と明記されており、それ以外の解雇事由は全く表記されていないうえ、本件解雇がされるまでに、Y社は、給食部門の職員全体に対する説明や文書配布をしているほかは、個別に解雇の意思表示をしておらず、一方、解雇の方針を示した後も整理解雇の当否をめぐってXも3回にわたり団体交渉をしていたことなどに照らすと、本件解雇は、諭旨解雇を理由としてなされたことが明らかであり、本件解雇に変更解約告知の効力があるものとして、整理解雇の要件を踏まえて、その有効性を主張するY社の主張は、その前提を欠き失当である

3 仮に、本件解雇が変更解約告知の意思表示を含むものということができるとしても、その有効性は否定される。すなわち、職員の雇用形態を変更する主な理由は、自立支援法の施行により、利用者の負担が増えるため、給食にかかる人件費を抑えることで、その軽減を図るというものであったが、Y社には、将来の経営に備えて、経費の削減等をする必要性があったこと自体は否定し得ないものの、本件解雇の際、職員の雇用形態の変更や、これに応じない場合に解雇をしなければならないほどの経営上の必要性があったと認めることはできないし、その対象として、Y社の給食部門の職員を選定することの合理性もない
したがって、本件解雇には、整理解雇としての合理性を基礎づけるような事情はうかがわれないから、仮に、本件解雇が、整理解雇類似のものと考えられるとしても、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、解雇権を濫用したものとして無効である。

4 以上のとおり、本件解雇は、無効であるところ、Y社は、X代理人から、XをはじめとするY社の給食部門の職員について、雇用形態を変更したり、これに応じない職員を解雇することに合理的な理由がない旨の書面の送付を受けていたことに加え、諭旨解雇については、前述のとおり、理由がないことが明らかであることからすると、Y社は、本件解雇に、理由がないことを認識し、又は容易に認識し得たというべきである
そうすると、本件解雇は、Xに対する不法行為に当たるというべきところ、Xは、本件解雇によって、相当の精神的苦痛を受けたものと認められる。そして、本件解雇が全く理由のない諭旨解雇であること、XとY社との間の団体交渉、仮処分決定、労働委員会の救済命令手続の経過に鑑みて、Y社は、本件解雇をしない又はこれを回避する等、違法行為を是正する機会を有していたにもかかわらず、Xの要求を拒否し続け、紛争解決を不当に長期化させ、これを困難にしたものと評価せざるを得ないことをも併せて考慮すれば、Xの精神的苦痛は、単に賃金の支払を受けることによって慰謝されるものではないと考えられる。
したがって、Xに対する慰謝料は、本件に顕れた一切の事情を考慮し、30万円と認めるのが相当である。

変更解約告知の採用について、裁判所は明らかに否定的です。

変更解約告知の法理とは、会社の経営上必要な労働条件変更(切下げ)による新たな雇用契約の締結に応じない従業員の解雇を認めるものです。

これが簡単に有効とされれば、会社側としたら、とっても都合の良い法理になります。

よほどのことがない限り、変更解約告知は有効と判断されませんので、会社としては、手を出さないほうがいいと思います。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。

解雇23(ビーアンドブィ事件)

おはようございます。

さて、今日は、不正経理等による懲戒解雇に関する裁判例を見てみましょう。

ビーアンドブィ事件(東京地裁平成22年7月23日・労判1013号25頁)

【事案の概要】

Y社は、サービス業を目的とする会社で、事業内容として、カラオケボックス「カラオケ館」等を経営している。

Xは、Y社に正社員として期間の定めなく雇用され、Y社総務人事部部長の立場にあった。

Y社では、毎年、新年店長会を実施していたところ、平成22年の店長会は、Xが実施担当者とされ、準備を担当した。

Y社は、Xが、その過程で下見費用、参加者への寄贈品代金等の付替え、旅行代理店に対する付替え請求指示等を行った事実を把握した。

Y社は、精査・調査のためとして、Xに自宅待機を命じたうえで、退職勧奨を行ったが、Xが応じなかったため、懲戒解雇を通告した。

【裁判所の判断】

懲戒解雇は無効

1年間の賃金仮払いを認めたが、雇用契約上の地位の保全は却下した

【判例のポイント】

1 労働契約法15条は、使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められる場合には、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は無効であると規定している。
同条は、これまでの学説と裁判例によって形成され、近時の最高裁判例によって要約された懲戒権濫用法理が法文化されたものであって、その内容は、(1)懲戒処分の根拠規定が存在していること、(2)懲戒事由への該当性、(3)相当性の3つの要件から構成されているものと解される(菅野和夫「労働法第9版」431頁以下)。
なお、「労働者の行為の性質及び態様」とは、当該労働者の態様・動機、業務に及ぼした影響、損害の程度のほか、労働者の情状・処分歴などを意味する(土田道夫「労働契約法」448頁)。

2 女性同伴で観光旅行を行い、その費用を会社の負担に付け回したことは、業務上の権限を逸脱する行為で就業規則に違反するが、同伴した女性は妻であったと認められること、オープンな形で事が運ばれていて画策といえるほどの策動性があるか疑問があること、下見費用2万3100円はY社の経営規模からみて僅少であり後にXが全額支払っていること、結果的に本件店長会を滞りなく実施させたことなどを考慮すると、懲戒解雇事由である「その事案が重篤なとき」に該当しない。

3 懲戒処分の効力を判断するに当たっては、当該処分の理由を個別に検討するだけでなく、全体的な見地からもこれを行うべきものと解されるが、処分事由を全体的にみても懲戒解雇事由に当たらない。

4 本件懲戒解雇は、Xに対して全く最終的な弁明の機会等を付与することなく断行されており、拙速であるとの非難を免れず、この点において手続的な相当性に欠けており社会通念上相当であるということはできない

5 仮の地位を定める仮処分は、Xに生じる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができるのであるから、賃金仮払いの仮処分についても、X及びその家族が困窮し、回復し難い損害を受けるおそれがあるか否かという観点から、他からの固定収入の有無、資産の有無、同居家族の収入の有無等を考慮の対象としつつ、仮払いを認めることによって使用者が被る経済的不利益を比較考慮して、その保全の必要性を判断すべきである

6 なお雇用契約の中核をなす権利は賃金請求権であって、その一部について仮払いが認められた以上、これに加えて雇用契約上の地位の保全を認める必要性はないものというべきである

本件のような経費、業務費等の不正経理は業務上横領に該当しうることから、特に非違性が高い行為です。

そのため、懲戒解雇を含む懲戒処分を相当とする裁判例は非常に多いです。

本件では、就業規則の懲戒解雇事由の1つである「その事案が重篤なとき」の文言解釈により、解雇事由は存在しないと判断されました。

就業規則には違反するが、懲戒解雇事由とまではいえない、ということです。

このあたりは、会社が判断するのは、極めて困難です。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。