Category Archives: 賃金

賃金215 退職金制度廃止の有効性と労働者の同意の有無(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、退職金制度廃止の有効性と労働者の同意の有無に関する裁判例を見てみましょう。

東神金商事件(大阪地裁令和2年10月29日・労判1245号41頁)

【事案の概要】

本件は、土木建築資材の販売等を目的とするY社の従業員であったXらがY社に対し、各労働契約に基づき、それぞれX1については退職金のうち253万8000円、X2については退職金のうち112万2300円+遅延損害金の各支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、X1に対し、239万3588円+遅延損害金を支払え。

Y社は、X2に対し、112万2300円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 将来の退職金を失わせるという不利益の大きさに鑑み、その同意の有無については慎重に判断せざるを得ないところ、まず、X1を含むY社の従業員とY社との間で、退職金制度の廃止に同意する旨の書面は取り交わされていない。また、X1を含むY社の従業員は、C会長及びB元社長から退職金制度の廃止の説明を受けた際、特に異議を述べておらず、退職金支払のための積立型保険の解約返戻金も受領しているけれども、従業員としての立場を考えると、そのことから直ちに退職金制度の廃止自体にまで同意していたとまではいえない。そのほか、Y社代表者の上記供述部分を裏付けるに足りる証拠はなく、これを採用することができない。
仮に、X1を含むY社の従業員が形式上Y社の退職金制度の廃止に同意したと見られる行為を行っていたとしても、同廃止は、Y社が自社ビルを約3億円で購入し、その借金が嵩んだことを主たる要因とするものであって、そのような理由で退職金を廃止されることに労働者が同意するとは考え難い。したがって、このような行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえず、X1の同意があったものとすることができない(最高裁判所平成28年2月19日第二小法廷判決・民集70巻2号123頁等参照)。
したがって、X1を含むY社の従業員がY社の退職金制度の廃止を同意していたとは認められない。

2 Y社が平成26年10月頃の時点において、Y社の退職金を廃止しなければならない経営状況であったなどの事情は見当たらない。この点、Y社代表者も、平成26年10月頃の就業規則変更に関する説明の際には、Y社の経営状況等退職金制度の廃止の必要性については述べていない。また、平成26年10月頃の時点では、XらのY社における勤続年数が10年を超え、基本退職金額が既に140万円を超えていたのであるから、退職金の廃止による不利益は大きい。

3 Y社代表者は、X2のほか、平成13年以降に新たに採用する従業員に対しては、退職金がないと説明した旨供述し、X2も、採用時に退職金があるとの説明はなかった旨供述している。しかしながら、X2採用時のY社の就業規則の定めが本件旧就業規則のとおりである以上、X2にその認識がなくとも労働契約の内容となっているといわざるを得ず(労働契約法12条)、X2に対する採用時のこのような説明内容は、上記判断には影響しない。

4 以上によれば、本件新就業規則及び本件新賃金規程の退職金規定部分は,合理的なものとは認められず、XらとY社との間の労働契約の内容とはならない(労働契約法9条、10条)。

賃金や退職金の減額・不支給について労働者の同意の有効性が争点となることは本当に多いです。

そして、その多くが無効と判断されています。

同意さえ取ればよしという考えは通用しないことを理解しましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金214 業務手当は固定残業代?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も1週間がんばりましょう。

今日は、業務手当の割増賃金該当性に関する裁判例を見てみましょう。

ライフデザイン事件(東京地裁令和2年11月6日・労判ジャーナル109号46頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、Y社に対し、雇用契約に基づき、未払割増賃金等の支払を、また、Y社の代表取締役であったCに対し、会社法429条に基づき、Y社と連帯して、同額の賠償金の支払、Y社に対し、労基法114条に基づき、上記割増賃金と同額の付加金等の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

一部認容

【判例のポイント】

1 Y社及びCは、業務手当が割増賃金の趣旨で支払われたものであると主張するが、Xが在職していた当時に就業規則や賃金規程は存在しなかったところ、労働条件通知書や採用内定通知書といった雇用契約の内容が記載された書面では、単に固定給として月30万円が支払われるとされただけで、業務手当が支払われる趣旨について何ら記載されることはなくXの採用時にその趣旨について説明がされることもなく、Cも業務手当を割増賃金として支払っていたかは分からない旨供述していることから、業務手当が割増賃金として支払われたとは到底認められない。

2 Xは、Y社の代表取締役であったCが、故意又は重過失によりY社に労基法37条を遵守させず、Xに対して割増賃金を支払わせる任務を行ったことにより、Xに割増賃金相当額の損害が発生した旨主張するが、そのことにつきCに悪意又は重大な過失があったとまで認めるべき的確な証拠はなく、また、Xは、Y社に対し、時間外労働等の時間に相当する額の割増賃金の支払請求権を有するのであって、Xに割増賃金相当額の損害が発生しているということはできないから、Cは、Xに対し、上記損害についての損害賠償責任を負わない。

各種手当を固定残業代として支払っている会社はリスクしかありません。

固定残業代は「固定残業代」として支払いましょう。そうすればだれがどう見ても固定残業代なので。

今回の紛争も日頃から顧問弁護士に相談をすれば、間違いなく防げるレベルです。

賃金213 固定残業代が有効と判断される場合とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、固定残業手当と未払割増賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

フーリッシュ事件(大阪地裁令和3年1月12日・労判ジャーナル110号24頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、Y社に対し、未払割増賃金等の支払及び付加金等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

一部認容

【判例のポイント】

1 出勤時刻及び退勤時刻について、出退勤時にタイムカードを打刻していたことが認められるから、基本的にタイムカードの打刻時刻をもってXの出勤時刻及び退勤時刻と認めるのが相当であり、始業時刻について、Xは、所定の始業時刻より前の時間についても労働時間に当たると主張するが、Y社がXに対して早出を命じていたと認めることはできないから、Xが午前6時30分より前に出勤した場合の出勤時刻から所定労働時刻である午前6時30分までの間は労働時間と認めることはできないが、ただし、平成30年12月24日については、早出の出勤命令があったものと容易に推認されるから、出勤時刻を始業時刻と認めるのが相当であり、終業時刻について、Xは、所定労働時刻後も、菓子の製造作業や清掃等の業務に従事していたものと認められ、かかる業務への従事につき、少なくともY社の黙示の指示命令があったと推認されるから、退勤時刻をもって終業時刻と認めるのが相当であり、休憩時間について、始業時刻から終業時刻までの間に少なくとも1日につき1時間30分の休憩時間を取得していたものと認めるのが相当である。

2 本件雇用契約においては、固定残業手当として月額2万6000円又は2万9000円が支払われる旨の定めがあるところ、Xは、Y社との間で、当初、雇用契約を締結した際にも、固定残業手当が月2万6000円である旨が明記されている契約書を取り交わしたものと推認され、これらの固定残業手当の定めの存在を認識したものと認められ、また、XがY社から交付を受けていた毎月の給与明細書には、固定残業手当として2万6000円又は2万9000円が計上されているところ、Xがこれについて特段の異議を述べた形跡はなく、そして、固定残業手当は、その名称からも、これが通常の労働時間の賃金ではなく、時間外労働等の割増賃金として支払われる手当であることを容易に理解することができるから、Xに支払われていた固定残業手当は、本件雇用契約において、時間外労働等に対する割増賃金として支払われるものとされていたと認められ、かつ、当該手当が基本給とは別に定められていることからすると、その全額が時間外労働等に対する対価として支払われるものであることを明確に判別することができるといえるから、Y社による固定残業手当の支払をもって、時間外労働等に対する賃金の支払とみることができる。

上記判例のポイント2のようにしっかり固定残業制度の基本を押さえていれば有効と判断されます。

それほど難しいものではないのですが、要件を満たさない会社が山ほど存在しますので気を付けましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金213 固定残業制度が有効と判断される場合とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、固定残業代の合意と未払時間外割増賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

KAZ事件(大阪地裁令和2年11月27日・労判ジャーナル109号34頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、Y社に対し、①雇用契約に基づき、平成28年11月1日から平成30年8月31日までの未払の時間外割増賃金429万0085円+遅延損害金の支払を求めるとともに、②労働基準法114条に基づき、付加金370万5074円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、362万2460円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、付加金297万1771円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、調整手当のうち5万5000円は、1日10時間、1か月26日の就労を前提に、1日8時間を超える2時間の就労に対し、時給1000円を基準に食事休憩20分を除いた1時間40分の時間外割増賃金の26日分として計算した残業代としての支払であると主張し、証拠中にはこれに沿う部分がある。
しかし、Xは採用時にY社代表者から、1日10時間のシフト制のもとで1か月26日の就労を前提に月27万円と職能手当として月5000円を支払うとの説明を受けたにすぎず、職能手当以外の賃金の内訳についての説明はなかったこと、シフト上の休憩時間以外にY社が主張する20分の食事休憩はその説明も実態もなかったことが認められ、このことは、証人が、Y社の正社員となって以降の自らの賃金について、額面でいくらとの定めであり、調整手当が何時間分の労働に対する対価かは分からないと証言するところによっても裏付けられ、これに反するY社の主張は採用できない。
かかる事実に、調整手当という名称から、これが時間外労働に対する割増賃金の支払であると理解することは困難であることを併せてみれば、XY社間に調整手当のうち5万5000円を固定残業代とする旨の合意があったとは認められない

2 Xは採用時にY社代表者から、1日10時間のシフト制のもとで1か月26日の就労を前提に月27万円と職能手当として月5000円を支払うとの説明を受けたにすぎず、職能手当以外の賃金の内訳についての説明は受けていなかったものの、証拠によれば、Y社は、所定休日を1か月に6日として、これを基準に休日手当を支払っていたこと、月27万円の賃金は、1か月26日の就労であれば所定休日のうち2日は就労することになることを前提に、月2万5000円の休日手当を含むものであったことが認められる。
かかる事実に、休日手当は、その名称自体から、これが休日労働に対する割増賃金の支払であると理解することが容易であり、1か月に6日の所定休日を前提に休日に就労した日数に応じて金額が増減されていることも給与明細上明らかであって、Xからかかる費目や金額について異議が述べられることもなかったことを併せてみれば、休日手当は休日労働に対する対価としての支払とみるのが相当である。

固定残業代についてさまざまな名称の手当で支給している会社が散見されますが、メリットは皆無ですので、ふつうに「固定残業代として」とすればいいのです。

そうすればだれがどう見ても固定残業代なのですから。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることの大切さがわかると思います。

賃金212 勤務日数・シフトの大幅削減は違法?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、勤務日数・シフトの大幅な削減がシフト決定権限の濫用に当たり違法とされた事案を見てみましょう。

有限会社シルバーハート事件(東京地裁令和2年11月25日・労経速2443号3頁)

【事案の概要】

本件本訴は、Xと労働契約を締結し、Xを雇用していたY社が、Xに対し、本件労働契約において、Y社のXに対する別紙1債務目録記載の各債務の不存在確認を求める事案である。

本件反訴は、Xが、Y社に対し、①主位的に、本件労働契約において勤務時間を週3日、1日8時間、週24時間、勤務地、職種を介護事業所及び介護職と合意したにもかかわらず、Y社の責めに帰すべき事由により当該合意に基づき就労することができなかったと主張して、本件労働契約に基づく賃金請求として、a)平成28年5月1日から平成31年3月31日までの未払賃金230万8425円+遅延損害金、b)平成31年4月から本判決確定の日まで、毎月末日限り、月額賃金10万4290円+遅延損害金、②予備的に、平成29年8月以降のシフトの大幅な削減は違法かつ無効であると主張して、本件労働契約に基づく賃金請求として、a)平成29年9月支払分から令和2年3月支払分までの未払賃金207万9751円+遅延損害金、b)令和2年4月支払分から同年7月支払分までの未払賃金27万5668円+遅延損害金、c)同年8月支払分以降の賃金として、同年8月から本判決確定の日まで、毎月末日限り6万8917円+遅延損害金の支払を求めるとともに、③給与振込手数料の控除には理由がない旨主張して、本件労働契約に基づく賃金請求又は不当利得に基づく返還請求として、控除された給与振込手数料4746円+遅延損害金、④通勤手当の未払いがあると主張して、本件労働契約に基づく賃金請求として、未払通勤手当15万1880円+遅延損害金の各支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

1 Y社の本件各本訴請求をいずれも却下する。
 Y社は、Xに対し、13万0234円+遅延損害金を支払え。
 Y社は、Xに対し、5149円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 シフト制で勤務する労働者にとって、シフトの大幅な削減は収入の減少に直結するものであり、労働者の不利益が著しいことからすれば、合理的な理由なくシフトを大幅に削減した場合には、シフトの決定権限の濫用に当たり違法となり得ると解され、不合理に削減されたといえる勤務時間に対応する賃金について、民法536条2項に基づき,賃金を請求し得ると解される
そこで検討すると、Xの平成29年5月のシフトは13日(勤務時間73.5時間)、同年6月のシフトは15日(勤務時間73.5時間)、7月のシフトは15日(勤務時間78時間)であったが、同年8月のシフトは、同年7月20日時点では合計17日であったところ、同月24日時点では5日(勤務時間40時間)に削減された上、同年9月のシフトは同月2日の1日のみ(勤務時間8時間)とされ、同年10月のシフト以降は1日も配属されなくなった。同年8月については変更後も5日(勤務時間40時間)の勤務日数のシフトが組まれており、勤務時間も一定の時間が確保されているが、少なくとも勤務日数を1日(勤務時間8時間)とした同年9月及び一切のシフトから外した同年10月については、同年7月までの勤務日数から大幅に削減したことについて合理的理由がない限り、シフトの決定権限の濫用に当たり得ると解される。

2 この点、Y社は、Xが団体交渉の当初から、児童デイサービス事業所での勤務に応じない意思を明確にしたことから、Xのシフトを組むことができなくなったものであり、Xが就労できなかったことはY社の責めに帰すべき事由によるものではない旨主張する。
しかしながら、第二次団体交渉が始まったのは同年9月29日であるところ、Xが児童デイサービスでの半日勤務に応じない旨表明したのは同年10月30日で、一切の児童デイサービスでの勤務に応じない旨表明したのは平成30年3月19日であり、平成29年9月29日時点でXが一切の児童デイサービスでの勤務に応じないと表明していたことを認めるに足りる証拠はない。
そして、Y社はこの他にシフトを大幅に削減した理由を具体的に主張していないことからすれば、勤務日数を1日とした同年9月及びシフトから外した同年10月について、同年7月までの勤務日数から大幅に削減したことについて合理的な理由があるとは認められず、このようなシフトの決定は、使用者のシフトの決定権限を濫用したものとして違法であるというべきである。
一方、Xは、同年10月30日の第2回団体交渉において、児童デイサービスでの半日勤務には応じない旨表明しているところ、このようなXの表明により、原則として半日勤務である放課後児童デイサービス事業所でのシフトに組み入れることが困難になるといえる。そして、Xの勤務地及び職種を介護事業所及び介護職に限定する合意があるとは認められないところ、Xの介護事業所における勤務状況から、Y社がXについて介護事業所ではなく児童デイサービス事業所での勤務シフトに入れる必要があると判断することが直ちに不合理とまではいえないことからすれば、同年11月以降のシフトから外すことについて、シフトの決定権限の濫用があるとはいえない。
そうすると、Xの同年9月及び10月の賃金については、前記シフトの削減がなければ、シフトが削減され始めた同年8月の直近3か月(同年5月分~7月分)の賃金の平均額を得られたであろうと認めるのが相当であり、その平均額は、以下のとおり、6万8917円である。

この裁判例は非常に重要ですのでしっかり押さえておきましょう。

労働条件の不利益変更の一類型として捉えることができるため、考え方はそれほど難しくありません。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。   

賃金211 固定残業代が無効と言われる場合とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、固定残業制度に関する裁判例を見てみましょう。

アクレス事件(東京地裁令和2年10月15日・労判ジャーナル108号28頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と労働契約を締結し就労していたXが、Y社に対し、労働契約に基づき、未払賃金、未払割増賃金、未払退職金及び付加金等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払賃金等請求は一部認容、未払退職手当等請求は棄却

【判例のポイント】

1 Y社は、Xが管理監督者に該当する旨主張するものの、Xが実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるような重要な職務と責任、権限を付与されているか、自己の労働時間について裁量を有しているか、管理監督者としての地位や職責にふさわしい賃金等の待遇がなされているか等について具体的な主張をしておらず、その他本件に現れた一切の事情を考慮しても、Xが労基法41条2号の管理監督者に該当するとは認められない

2 本件において、Y社は、Xの基本給に残業代が含まれている旨主張しており、証拠によれば、Xが平成29年5月1日付け及び同年11月1日付けで押印した各雇用条件通知書兼雇用契約書の「賃金」欄の基本給40万円の記載の直後に、「残業代込み」と記載されていることが認められるが、同契約書のその他の記載を見ても具体的に基本給のうちいくらが残業代に当たるのか又は何時間分の残業代が基本給に含まれているのかを明示する部分はない。また、証拠によれば、Xの平成30年3月分及び令和元年5月分の各給与明細の備考欄には「※基本給には定額残業代100,000円(45時間分)を含む」と記載されていることが認められるが、これらはXがY社での勤務を開始してから相当期間が経過した後に被告が記載したものであって、これらにより直ちにY社とXの間で基本給のうち10万円を固定残業代とする旨の合意をしたことが推認されるとはいえない
また、就業規則において通常の労働の対価の部分と残業代が明確に区分されているとも認められない(なお、証拠によれば就業規則33条及び46条には賃金に関する詳細は賃金規程に定める旨記載があるが、Y社は賃金規程を証拠として提出せず、また、その内容も覚えていない旨述べている。)。その他一件記録によっても、本件労働契約締結時又はその後いずれかの時点において、XとY社の間において金額又は対象時間数を明示したうえで基本給の一部を固定残業代とする旨の合意をしたと認めるに足りる証拠は見当たらない。
よって、Y社主張の固定残業代の合意が有効であるとは認められない。

いつまで続くのでしょうか・・・

固定残業代の有効要件を満たすことは全然難しいことではないのですが、いつまで経ってもこの手のケアレスミスがなくなりません。

ケアレスミスの代償は、賃金の消滅時効が伸びることによりますます大きくなります。

日頃から顧問弁護士に相談をすれば、間違いなく防げる内容です。

賃金210 労使間での相殺合意の有効要件とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、相殺無効に基づく未払退職手当等支払請求に関する裁判例を見てみましょう。

独立行政法人国立病院機構事件(東京地裁令和2年10月28日・労判ジャーナル108号26頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に医師として雇用されていたXが、Y社に対し、退職手当を対象とする相殺は労基法24条1項に違反するなどと主張して、退職手当未払分2498万5928円+遅延損害金の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 労基法24条1項本文の定めるいわゆる賃金全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものというべきであるから、使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨をも包含するものであるが、労働者がその自由な意思に基づき相殺に同意した場合においては、その同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは,その同意を得てした相殺は同規定に違反するものとはいえないものと解するのが相当である(最高裁平成2年11月26日第二小法廷判決)。

2 a医療センターの院長の地位にあったXが、本件差押命令に基づく支払を停止したことにより、Y社は、別件取立訴訟を提起され、本来Xが負担すべきである約1425万円もの多額の金銭の支払いを余儀なくされたことから、A理事長は、本件面談の際に、Xに対し、返済方法について質問したところ、Xが、一括での返済が不可能であるためY社から色々と提案して欲しいなどと述べたのに対し、A理事長は、丁寧な口調で本件退職手当から控除する旨提案し、Xは、特段、躊躇したり、質問したりすることなく、これに応じ、本件合意書に署名押印しているのであって、本件合意書の作成過程において、強要にわたるような事情はうかがえない
また、本件相殺合意をすることは、Xとしても、定年退職までの約9か月間、Y社に対する支払いを猶予してもらえるという利点があるし、返済の有無及び方法はXに対する懲戒処分の軽重に影響しうる事情であると考えられるのであるから、本件相殺合意をすることが、Xの一方的な不利益になるということもできない
さらに、本件合意書においては、本件退職手当から法定控除及び差押命令に基づく弁済額の合計額を差し引いた残額を相殺の対象とすることが明示されているなど、合意の内容に不明確なところはない。
以上によれば、本件相殺合意は、Xの同意を得てなされたものであり、その同意は、Xの自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたものというべきである。

原告が争う動機がよくわかりませんが、判決の内容からすれば、相殺合意は優に認められると思います。

本件のようなケースも、事前に顧問弁護士に相談して慎重に進めることが大切です。

 

賃金209 警備員の待機時間は労働時間?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、警備員の待機時間の労働時間性に関する裁判例を見てみましょう。

東雲事件(大阪地裁令和2年12月22日・労判ジャーナル109号18頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員として警備業務に従事していたXが、Y社に対し、①未払の割増賃金として、別紙原告金額シートの「割増賃金未払額」欄記載の額の合計697万3488円+遅延損害金の支払、②労働基準法114条に基づく付加金として697万3488円+遅延損害金の支払、③Y社がXから修繕費名目で差し引いたことが無効であるとして、未払賃金請求、不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として60万3186円+遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、289万1450円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、付加金289万1450円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、60万3186円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 原告を含む各警備員は,報告書の作成のほかは,被告から待機時間中に行うべき特段の業務を指示されておらず,交通事故,倒木等が発生するなどの連絡を受けた場合には現場に向かうこととなっていたものの,午後11時30分から午前5時までの5時間30分の仮眠時間において実際に業務に従事することはほとんどなく,私服に着替えて仮眠を取っており,午後零時30分から午後4時まで及び午後6時30分から午後8時までの合計5時間の待機時間中についても,連絡を受けることは月1回程度しかなく,各警備員は,食事を取ったり,新聞を読んだりするなどして過ごしていたものであって,これらの事情によれば,午後11時30分から午前5時までの仮眠時間帯だけでなく,午後零時30分から午後4時まで及び午後6時30分から午後8時までの合計5時間の待機時間帯についても,労働から解放されており,基本的に休憩時間とみるのが相当である。

2 本件全証拠によっても,平成30年4月1日から平成31年3月31日までの間において,原告が午後11時30分から午前5時までの仮眠時間帯に作業に従事したことを認めるに足りる証拠はない。一方で,原告は,午後零時30分から午後4時まで及び午後6時30分から午後8時までの合計5時間の待機時間帯において,報告書の作成に加え,他の警備員作成のものを含めて報告書の整理を行っていたほか,月1回程度は連絡を受けて対応に当たっていたものであり,これらの事情によれば,原告は,平均して1日1時間の限度で,労務に従事していたものと推認するのが相当であって,この認定を左右するに足りる他の証拠はない。なお,始業時刻である午前8時30分から午前9時までは制服への着替え等の準備作業を,終業時刻が午後5時30分である場合の午後4時から午後5時30分までの間は巡回作業の一部や片づけ等の作業を,終業時刻が午前8時30分である場合の午前8時から午前8時30分までの間は片づけ等の作業を,それぞれ行っていたものと推認されるから,これらの時間帯は労働時間に当たるというべきである。

警備員の仮眠時間の労働時間性についてはよく裁判で争点となるところです。

労働からの解放を判断する上で、当該時間中の呼び出し頻度が重要な考慮要素となります。

拘束時間の長い職種のため、事前に適切に労務管理をしていないと支払金額が高額になるのが特徴です。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが最も重要です。   

賃金208 インセンティブも最賃法の規制対象?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、インセンティブの賃金該当性に関する裁判例を見てみましょう。

ヤマトボックスチャーター事件(東京地裁令和2年11月26日・労判ジャーナル109号36頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用され、基本給及びインセンティブという各名目の賃金の支給を受けていたXが、Y社に対し、最低賃金法4条2項の最低賃金の規制対象となる賃金は基本給のみであり、その額は最低賃金額を下回っていたと主張して、平成28年3月分から同年7月分までに関しては、不法行為に基づく損害賠償金として、最低賃金額を前提に計算した本来支給されるべき賃金額と実際に支給された賃金額との差額相当額等の支払を求め、同年8月分から平成29年4月分までに関しては、労働契約に基づく賃金として同様に計算した差額等の支払を求めた。

原判決は、基本給のみならずインセンティブも最低賃金の規制対象となる賃金に含まれており、その額を含めると労働契約の賃金は最低賃金額を下回っていなかったと判断し、Xの請求をいずれも棄却した。

Xはこれを不服として控訴した。

【裁判所の判断】

控訴棄却

【判例のポイント】

1 インセンティブは、労働者の人事考課及び勤務地、又は、労働者の所属する支店及び労働者個人の実績などに基づき、所定の計算方法に従って支給される賃金であり、Xに対しては、営業担当奨励金はXが勤務した全期間の毎月において、営業担当インセンティブは最初の月を除いた全ての月において、それぞれ恒常的に支給されていたものであって、支給根拠の面からも支給実態の面からも、これが「臨時に支払われる賃金」であると評価することはできず、Xは、インセンティブが0円となる可能性を指摘しており、確かに、インセンティブのうち営業担当インセンティブについては、その計算方法をみれば、一定の場合には不支給となる可能性もあり得るといえるが、支給実態をみれば、Xについて、この可能性が現実化し、営業担当インセンティブが不支給となった月は最初の1か月のみであり、稀に支給されるという状況にあったとはいえず、営業担当インセンティブが「臨時に支払われる賃金」に当たるものとは認められず、基本給とともに最低賃金の規制対象となる賃金に含まれることとなり、本件契約のインセンティブをそれぞれ時間給に換算した金額及び基本給の金額の合計額は、最低賃金額を下回るものでない。

「臨時に支払われる賃金」に該当すれば基礎賃金に算入する必要がなくなります。

非常にテクニカルな手法ですので、興味がある方は顧問弁護士にご相談ください。

決して素人判断でなんとなくやるのは避けましょう。

賃金207 36協定を締結していない場合の固定残業制度の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、固定残業代と労働時間該当性に関する裁判例を見てみましょう。

公認会計士・税理士半沢事務所事件(東京地裁令和2年3月27日・労判ジャーナル103号90頁)

【事案の概要】

本件は、Y事務所との間で労働契約を締結していた元従業員Xが、いわゆる法内残業や法定時間外労働等を行ったとして、労働契約に基づく割増賃金請求として、約104万円等の未払割増賃金等の支払を求めるとともに、労働基準法114条に基づく付加金請求として約69万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

一部認容

【判例のポイント】

1 他の従業員の補助業務を主に担当していたXは、最寄り駅に集合するよう先輩従業員から指示されていたのであるから、集合時間後は、使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができ、Aへの訪問後に本件事務所に戻って業務を行った旨主張するが、Xは、翌日のBでの業務に利用する荷物をキャリーバックに詰めるために本件事務所に戻ったというのであり、このような行動を取ることについてXがY事務所から明示又は黙示の指示を受けたことを認めるに足りる証拠はなく、Xの上記行動は、X自らの判断で行った行動であるから、使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することはできず、Aでの業務が終了した時点で使用者の指揮命令下から離脱したものと認めるのが相当であり、また、補助業務を行っていたXは、業務を指示していた先輩従業員の指示により休日出勤を行っているから、使用者の指揮命令下にあったものと認めるのが相当である。

2 本契約書上も給与明細上も、固定残業代である営業手当とそれ以外の給与費目及び金額が明示的に区分されて記載されていることからすれば、通常の賃金に当たる部分と固定残業代に当たる部分との判別が可能といえ、また、Y事務所主張の賃金単価とXに支払われた営業手当から算出される計算上の時間外労働時間数は、Y事務所の想定と実際との乖離は大きくないものと評価でき、そして、Y事務所は、2回目の面談の際、Xに対して営業手当を含む給与待遇や残業に関する説明を行ったものと認められるところ、36協定が締結されておらず、時間外労働が違法であるとしても、使用者は割増賃金の支払義務を免れるものではないから、これにより固定残業代を支払う合意が無効となるとは解されないから、本件契約書の記載内容、本件契約締結に至る経緯及び本件契約締結後の状況を考慮すると、営業手当は、割増賃金の対価としての性質を有するものと認められ、また、上記のとおり通常の賃金に当たる部分と固定残業代に当たる部分との判別が可能であるから、営業手当は、固定残業代といえる

36協定を締結していない場合、労基法違反になりますが、上記のとおり、その事実をもって固定残業制度が無効とは判断されません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。