Category Archives: 賃金

賃金292 調整手当等に関する固定残業代該当性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、調整手当等に関する固定残業代該当性に関する裁判例を見ていきましょう。

ジャパンプロテクション事件(東京地裁令和6年5月17日・労経速2568号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と雇用契約を締結していたXが、Y社に対し、以下の金員の支払を求める事案である。
(1)雇用契約に基づき、割増賃金1055万5272円+遅延損害金
(2)労働基準法114条所定の付加金として、1055万5272円+遅延損害金

【裁判所の判断】

1 Y社は、Xに対し、693万1129円+遅延損害金を支払え。
2 Y社は、Xに対し、付加金669万0110円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 変形労働時間制について、令和3年就業規則27条は、「本社管理職又は現業要員の就業時間については、始業及び終業の時刻並びに勤務の態様をその勤務場所毎に指示する。」、「本社管理職又は現業要員の就業時間等の取扱いは毎月1日を起算日とする1カ月単位(毎月1日~末日)を基準とした変形労働時間制を適用し、1カ月を平均して1週間40時間以内の労働時間とする。時間外労働及び休日労働については、時間外労働に関する協定届の範囲内で時間外労働をさせることがある。」と定めるものの、就業規則において、各勤務の始業終業時刻、各勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法が定められているとは認められない
これに対し、Y社は、事業統括本部において事前に警備員稼働予定表を作成し、これをもって事前に各日の勤務時間を従業員に告知している旨主張するが、Y社の主張によっても、就業規則において、各勤務の始業終業時刻、各勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法が定められていたと認められないから、この点は、労基法32条の2第1項に反するか否かの判断を左右するものといえない。
そうすると、Y社の変形労働時間制は、労基法32条の2第1項に反し、無効であるから、その余の点を判断するまでもなく、Xには適用されない。

2 基本給、職能給、役職手当及び隊長手当を合計した金額(令和2年3月分は基本給13万円及び役職手当3万円の合計16万円、同年4月分から令和3年8月分までは基本給13万円及び役職手当4万円の合計17万円)を月平均所定労働時間174時間で除すると、令和2年3月時点で920円、同年4月から令和3年8月までが977円となり、いずれも令和2年3月から令和3年8月までの当時の東京都の最低賃金である1013円を相当程度下回る。
Xが「調整手当(固定残業代)」と記載のある雇用契約書に署名したことがあることを考慮しても、Xがこのような労働条件を了承するとは考え難いし、Y社が、Xに対し、令和2年3月ないし令和3年8月当時、基本給及び役職手当の合計額を月平均所定労働時間で除すると、最低賃金を下回る旨の説明をしたとも認められない。また、平成21年給与規程13条及び平成29年給与規程13条では、基本給は、本給及び職能給をもって構成するとし、本給は、満年齢、本人の勤続、学歴等に応じて定める額とし、職能給は、本人の職務遂行能力に応じて定める額とするところ、Xの基本給は、平成23年契約書の12万4000円から令和4年4月の退職時の13万円までの間、10年以上勤務したにもかかわらず、6000円の増加にとどまっている。他方、Xの役職手当及び調整手当がそれぞれ増加しているところ、役職手当の増額は、Xの役職が、主任、課長へと昇格したことによるものと考えられるものの、調整手当が平成23年契約書の4万6000円から令和2年契約書の11万8000円まで7万円以上増額している。このようにXの基礎賃金となる額が、最低賃金の額を下回る上、勤続等を考慮するXの基本給がほとんど増額せず、調整手当が増額するなどのXの賃金の経過も踏まえると、調整手当には、固定残業代以外の通常の労働時間の賃金に当たる部分が含まれていると認めるのが相当であり、その部分については、時間外労働等に対する対価性を欠くといえる。
そうすると、調整手当について通常の労働時間の賃金に当たる部分と固定残業代に当たる部分とを判別することはできず、少なくとも令和2年3月分から令和3年8月分までの調整手当は、固定残業代の定めとして有効であるとは認められない

上記判例のポイント1のように、変形労働時間制が無効となる理由・パターンはだいたい決まっています。

判例のポイント2のように、固定残業制度については、おおよそ解釈は固まってきていますが、とにもかくにも「やりすぎ注意」ということを肝に銘じておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金291 割増賃金請求の消滅時効の援用が権利濫用にあたり無効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、割増賃金請求の消滅時効の援用が権利濫用にあたり無効とされた事案を見ていきましょう。

足利セラミックラボラトリー事件(仙台高裁令和5年11月30日・労判1318号71頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されているXが、Y社に対し、合意された基本給の支払がされていない、残業代の未払がある、違法な配転命令等のパワーハラスメントを受けたと主張して、各種金員の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

1 本件控訴及び附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
2 Y社は、Xに対し、133万3545円+遅延損害金を支払え。
3 Y社は、Xに対し、15万6569円+遅延損害金を支払え。
4 Y社は、Xに対し、110万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、1年間の変形労働時間制が採用されている旨主張する。しかしながら、平成29年の変形労働時間制に関する労使協定について、Xが過半数代表者の選出手続が存在しない旨主張したのに対し、Y社は、Cが、従前から労使協定の度に自ら過半数代表者となる旨立候補し、他の多くの従業員から人望があることに鑑み、過半数代表者となっていたとしか主張せず、労働基準法施行規則6条の2第1項2号に則って適式に選出された者であることの主張立証をしないことからすると、Cが労働基準法32条の4第1項にいう「過半数を代表する者」に当たるものと認めることはできない。また、平成30年については、労使協定の存在自体確認することができない
したがって、平成29年も平成30年も同条の要件を満たさず、Y社主張の変形労働時間制は無効である(原審判断)。

2 Y社は、令和2年6月30日に本件訴えが提起されていることから、平成29年4月支払分から平成30年5月支払分までのXの賃金債権は、遅くとも令和2年5月31日の経過により時効により消滅していると主張して消滅時効を援用する。
しかし、Y社は、求人票に「基本給与」が17万円であると記載しておきながら、求人票に記載されたY社の勤務条件や会社情報等を信頼し、採用試験を受け歯科技工士専門学校を卒業して就職したXに対し、就職後に給与を支払う段になって、給与明細書に、基本給13万3000円、超過勤務手当3万7000円と記載して給与を支払い、求人票に記載した「基本給与」17万円の中には、固定残業代3万7000円が含まれ、基本給月額13万3000円、固定残業代月額3万7000円という内容の労働契約が成立したなどと主張したのであり、このようなY社の求人、採用と給与支払の方法やこれに基づく労働契約の内容についての欺瞞的な主張は、Xのような社会的に未熟な求職者を騙して労働者を安い給料で働かせようとしたものと評価するほかはない
Y社は、基本給が17万円という労働契約を締結したはずではないかと求人票を信頼した主張をするXに対し、顧問の社会保険労務士を使って会社の主張を暗黙のうちに承認させようと説得を試みたり、Y社代表者において、Y社の主張に沿った雇用契約書に署名しないと勤務できなくなると脅したりして会社の主張を追認させようとするなど、Xの権利の行使を妨げてきた
求人票に記載した「基本給与」に固定残業代が含まれるなどという欺瞞的な方法により、求人票を信頼した労働者に対し、求人票の記載と明らかに異なる低額の基本給による労働契約の成立を主張し、その差額の基本給の支払を求め続けてきた労働者の権利行使を様々な手段を通じて妨害してきたY社が、入社直後から権利主張を続け、入社3年後には本件訴えを提起したXに対し、令和2年法律第13号による改正前の労働基準法115条に基づいて、2年の期間の経過による消滅時効を援用して権利の消滅を主張することは、労働契約上の信義に反し、権利の濫用にあたるから許されない

すごい言われ様です。

残業代の支払金額よりも、レピュテーションダメージのほうがはるかに影響が大きいのではないでしょうか。

和解で終わることはできなかったのでしょうか・・・。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金290 社宅制度の適用について均等法の趣旨に照らし間接差別を認めた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も1週間お疲れ様でした。

今日は、社宅制度の適用について均等法の趣旨に照らし間接差別を認めた事案について見ていきましょう。

AGCグリーンテック事件(東京地裁令和6年5月13日・労経速2565号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の一般職の女性労働者であるXが、Y社が総合職のみに社宅制度(Y社の社宅管理規程に基づき、Y社が従業員の居住する賃貸住宅の借主となって賃料等の全額支払い、その一部を当該従業員の賃金から控除し、その余をY社が負担する制度)の利用を認めていることが、男女雇用機会均等法の趣旨に照らし差別にあたり違法である等と主張した事案である。

【裁判所の判断】

均等法の間接差別に当たるとして、損害賠償請求を一部認容。

【判例のポイント】

1 社宅制度適用対象の大半を占める営業職が、女性からの応募の少ない職種であることが原因であると認めることができ、社宅制度に伴う上記の待遇の格差が、性別に由来するものと認めることはできない。

2 社宅制度の利用を、住居の転移を伴う配置転換に応じることができる従業員、すなわち総合職に限って認め、一般職に対して認めていないことにより、事実上男性従業員のみに適用される福利厚生の措置として社宅制度の運用を続け、女性従業員に相当程度の不利益を与えていることについて、合理的理由は認められない。
Y社が上記のような社宅制度の運用を続けていることは、雇用分野における男女の均等な待遇を確保するという均等法の趣旨に照らし、間接差別に該当する。

どのようなケースが間接差別に該当し得るのかについてはある程度勉強しておかないと、無意識に間接差別をしてしまうことがありますので注意しましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金289 窃盗(荷抜き)を行ったことを理由とする未払退職金等支払請求が棄却された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、窃盗(荷抜き)を行ったことを理由とする未払退職金等支払請求が棄却された事案を見ていきましょう。

焼津漁協協同組合事件(静岡地裁令和6年5月23日・労判ジャーナル149号42頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元職員Xが、Y社に対し、労働契約に基づき、退職金及び手当の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 顧問弁護士等を構成員とする調査委員会が、聴き取り調査を行った結果、Y社の市場部次長であるCを含む複数の従業員が、約3年間にわたり荷抜きをしていたことが確認され、具体的には、Cは、上司であったEから指示され、未計量のパレットをY社が所有する旧第四冷蔵庫に搬送し、冷蔵庫の従業員が入庫伝票を起票せずに入庫させ、その後、Cから冷蔵庫に搬入した旨の連絡を受けたEが、運送の担当者に連絡し、この連絡を受けた運送担当者が、冷蔵庫から当該パレットを搬出し、Eの親族が勤務する市外の倉庫業者が所有する市内冷蔵庫に搬入し、Eは、上記親族から報酬を受け取り、Cに対して1か月に5~10万円程度を分配しており、Y社は、上記調査委員会の調査結果を踏まえて、X及びCに対する処分を決定したことが認められるところ、この調査結果によれば、Xは、自らが中心となり、主導的に荷抜きを行っていたのに対し、Cは、荷抜きにおいて、従属的立場にあったと判断されるから、退職金の支給において、差を設けたことについて、平等原則・比例原則に反しているとはいえず、Xの行った荷抜きは、Y社の業務に関して窃盗を行ったというものであり、Y社に対する直接の背信行為であって、Y社の名誉及び信用を失墜させた犯罪行為であり、Xの永年の勤続の功を抹消する重大な不信行為であるというほかないから、Xに対する退職金を不支給としたことについて、裁量権の逸脱・濫用があるとはいえない。

このような事案の場合、担当する裁判官によって、「永年の勤続の功を抹消する重大な不信行為」の評価のしかたが異なります。

微妙な事案の場合は、運的な要素が多分にあります。

親と裁判官は選べませんので。

三審制のどこかで妥当な結論が出されることを祈るほかありません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金288 降格は有効であるが、本俸を減額した点は無効であると判断した事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、降格は有効であるが、本俸を減額した点は無効であると判断した事案について見ていきましょう。

住友不動産ベルサール事件(東京地裁令和5年12月14日・労判ジャーナル148号36頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員Xが、Y社が平成30年10月にXを管理職である所長から営業職に降格したこと及びこれに伴う賃金減額は無効であると主張して、Y社に対し、管理職の地位及び資格等級5級の地位にあることの確認、賃金減額により未払となった賃金等の支払を求め、また、平成30年下期から令和4年上期までの報奨金について、本来は管理職の報奨金テーブルに基づいて計算されるべきところ、無効となるべき降格により営業職の賃金テーブルに基づいた金額しか支給されていない等として、報奨金の不足分等の支払を求め、そして、Y社のXに対する言動はパワーハラスメントに該当し、不法行為を構成する等と主張して、不法行為に基づく損害賠償として462万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払賃金請求一部認容

損害賠償請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、部下に対して威圧的な言動により理不尽な指導を行うなど、管理職としてふさわしくな言動があったことが認められ、現にこのようなXの言動を理由として、少なくとも2名の従業員が退職したことが認められ、これに加えて、Xは、一度は、部下のない地位となったものの、その後に改めて部下を持つようになった際にも、同様の言動を繰り返していたことが認められるところ、Y社においては、このような事情を踏まえ、Xを管理職の地位に配置することはふさわしくないと判断し、本件降格を行ったものと認められ、このことについては、証人kが、Y社にとしては、Xの部下が疲弊しきっていたという状況から、Xから部下を守るということを主眼に置いた判断をした旨証言しているところであり、十分に合理性を有するから、本件降格が使用者の有する人事権の行使に当たって、その裁量の範囲を逸脱又は濫用したものとは認められず、本件降格は有効である。

2 Y社が、本件降格に伴い、Xの本俸を減額した点については、労働契約又は就業規則上の根拠がなく無効というべきであるが、ポスト手当を減額したことは労働契約又は就業規則上の根拠があり有効というべきである。

降格処分が有効であるからといって、当然に賃金の減額が有効となるわけではありませんので注意が必要です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金287 教習指導員資格取得後、3年以内に退職した従業員への立替費用の返還請求が労働基準法16条に違反しないとされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も1週間がんばりましょう。

今日は、教習指導員資格取得後、3年以内に退職した従業員への立替費用の返還請求が労働基準法16条に違反しないとされた事案を見ていきましょう。

勝英自動車学校事件(東京地裁令和5年10月26日・労経速2554号31頁)

【事案の概要】

本件は、自動車教習事業を営む株式会社であるY社が、従業員であったXに対し、在職中に教習指導員資格を取得するための費用に関する準消費貸借契約に基づき、貸金62万4700円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Xは、Y社に対し、47万9700円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 教習指導員資格は国家資格であること、法令上、教習指導員資格があれば指定自動車教習所において教習指導員業務及び検定業務に従事することができること、教習指導員資格を得るためにはA研修所において研修を受講する方法と公安委員会の審査を受ける方法があること、Y社において教習指導員資格を有する教習指導員として勤務すれば毎月3万円の教習検定手当が得られること、Y社はA研修所において研修を受講している期間もXから賃金の支払を受けていたことが認められる。
教習指導員資格は、それを取得することによって指定自動車教習所において教習指導員業務及び検定業務に従事することができる国家資格でありX個人に帰属するものであるから、本来であれば資格取得者であるX本人が費用を負担すべきものといえる。
当該国家資格を取得すれば、Y社において教習指導員として勤務できることに加え、自動車教習所といった限られた業界内ではあるものの転職活動等で有利になるのは当然であり、Xは、当該資格の取得によって利益を得たといえる。
また、本件準消費貸借契約における契約内容をみても、貸金額は47万9700円であり、教習指導員資格を得てY社において教習指導員として稼働すれば毎月3万円の手当が得られるから、投下した資本について比較的早期に回収することができるといえる。A研修所における研修は、Xが約1か月で修了していることに鑑みれば短期集中型の研修といえ、公安委員会の審査を受ける方法(被告の主張によれば半年から1年程度の期間を要するのが一般的とのことである。)よりも、短期間でより確実に教習指導員資格を取得できる方法であるといえ、Xの早期の収入増加につながるといったXに有利な面もある。
さらに、Xは、A研修所において研修を受講している期間もY社から賃金の支払を受けており、Y社における就労を免除され賃金を得ながら一定の汎用性を有する国家資格を得ることができたといえる。
これらの事実によれば、本件準消費貸借契約の内容は、合理的な内容であるといえるから、Xが本件準消費貸借契約の締結を強制されたということもできない
上記に加え、返還免除に要する3年間という期間についても特段長期にわたるということはできないことを考慮すれば、本件準消費貸借契約は、退職の自由を不当に制限するとはいえない。したがって、本件準消費貸借契約は、労働基準法16条に反するということはできず有効である。

考慮要素は、概ね以上のとおりですので、裁判所の考え方をしっかり押さえておきましょう。

ていうか、弁護士費用考えたら会社は赤字です。もう資格のための貸付なんてやめてしまったらどうでしょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金286 公務員の飲酒運転による物損事故と退職手当の全部支給制限処分(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 

今日は、公務員の飲酒運転による物損事故と退職手当の全部支給制限処分に関する裁判例を見ていきましょう。

大津市(懲戒免職処分)事件(最高裁令和6年6月27日・労経速2558号3頁)

【事案の概要】

本件は、普通地方公共団体であるY市の職員であったXが、飲酒運転等を理由とする懲戒免職処分を受けたことに伴い、退職手当管理機関であるY市長から、Y市職員退職手当支給条例11条1項1号の規定により一般の退職手当の全部を支給しないこととする処分を受けたため、Y市を相手に、上記各処分の取消しを求める事案である。

原審は、本件懲戒免職処分は適法であるとしてその取消請求を棄却すべきものとした上で、本件全部支給制限処分の取消請求を認容すべきものとした。

【裁判所の判断】

1 原判決中、Y市敗訴部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消す。
2 前項の部分に関するXの請求を棄却する。

【判例のポイント】

1 Xは、長時間にわたり相当量の飲酒をした直後、帰宅するために本件自動車を運転したものであって、2回の事故を起こしていることからも、上記の運転は、重大な危険を伴うものであったということができる。そして、Xは、本件自動車の運転を開始した直後に本件駐車場内で第1事故を起こしたにもかかわらず、何らの措置を講ずることもなく運転を続け、さらに、第2事故を起こしながら、そのまま本件自動車を運転して帰宅したというのであるから、本件非違行為の態様は悪質であって、物的損害が生ずるにとどまったことを考慮しても、非違の程度は重いといわざるを得ない。
また、Xは、本件非違行為の翌朝、臨場した警察官に対し、当初、第1事故の発生日時について虚偽の説明をしていたものであり、このような非違後の言動も、不誠実なものというべきである。
さらに、Xは、本件非違行為の当時、管理職である課長の職にあったものであり、本件非違行為は、職務上行われたものではないとしても、Y市の公務の遂行に相応の支障を及ぼすとともに、Y市の公務に対する住民の信頼を大きく損なうものであることが明らかである。
これらの事情に照らせば、本件各事故につき被害弁償が行われていることや、Xが27年余りにわたり懲戒処分歴なく勤続し、上告人の施策に貢献してきたこと等をしんしゃくしても、本件全部支給制限処分に係る市長の判断が、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。

こういう事案は、どちらの結論の判決も書けてしまいます。

どの事実を重視し、どう評価するかの問題ですので。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金285 高額な固定残業代の定めであるにもかかわらず、実際の時間外労働時間とは直ちに結び付かないとして、有効性を認めた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、高額な固定残業代の定めであるにもかかわらず、実際の時間外労働時間とは直ちに結び付かないとして、有効性を認めた事案を見ていきましょう。

ゆうしん事件(東京地裁令和5年10月6日・労経速2558号27頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されていたXが、令和2年3月1日から令和4年2月28日までの間、法定の労働時間を超過して時間計算書のとおり時間外労働をしたと主張して、①割増賃金278万4589円及びこれに対する遅延損害金、②労働基準法(以下「労基法」という。)114条に基づく付加金278万4589円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xが入社した平成30年8月1日の時点では給与規程が制定、周知されていたと認められる。そして、給与規程に定められた役割給、役職手当及び資格手当は、いずれもその名称からは直ちに割増賃金の支払と解することはできないものの、給与規程の本文には、それぞれ本人の役割、役職者の役割及び資格に応じて、いずれも業務が多くなることを見込んで、割増賃金見合分として支給する旨が明記されていること(11条2項、12条、13条)からすれば、これらの手当はいずれも、その全額が割増賃金に対する対価として支払われたものと認めるのが相当である。そして、これらは給与規程の定めについても同様である。
これに対しXは、D社労士の説明資料からは、役割給、役職手当及び資格手当の少なくとも一部は、会社内における役割が重要になることに伴って基本給が加算されるという趣旨を含むものと解すべきと主張するが、同資料には会社が期待する役割に応じて賃金や役職を決定する旨の記載があるものの、前記の給与規程の本文の定めと併せて検討すれば、役割給、役職手当及び資格手当に基本給としての性質が含まれるものと理解することはできない。
Xは、役割給、役職手当及び資格手当の合計は13万円と高額であり、このような固定残業代の定めは、労基法36条4項の規制である45時間を上回る時間外労働を想定しており、時間外労働を恒常的に行わせることを前提とした規程であると主張する。しかしながら、固定残業代の額と従業員が実際に行う時間外労働の時間とは直ちに結び付くものではなく、時間外労働を恒常的に行わせることを前提とした規程であるとのXの主張は採用することができない

2 労基法37条5項は、割増賃金の算定基礎賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない旨定めるところ、その趣旨は、労働者の個人的事情に基づいて支給される賃金を割増賃金の算定基礎賃金から除外するものと解される。このような趣旨に鑑みれば、労基法施行規則21条において算定基礎賃金から除外される住宅手当とは、住宅に要する費用に応じて算定される手当をいうものと解するべきである。
そこで検討するに、給与規程16条は、住宅手当として、住宅ローン又は家賃支払額に応じて1万円、1万5000円又は2万円を支給する旨定め、令和2年7月に制定された給与規程は、家賃手当の上限を1万円と定めているところ、Xは、こうした給与規程の定めがある中、入社時から月額2万円の家賃手当の支給を受け続けている。またY社は、Xが入社時に実家に住んでいたことをもって、Xが不正に家賃手当を受給していたと主張するが、Y社が上記の各給与規程に基づきXの家賃手当の支給要件及び金額をどのように判断したのかは明らかにしていない
そしてXは、訴外Aから被告に入社する際、訴外Aから家賃手当として支給を受けていた2万円を引き続き支給されることでY社と合意した旨供述するところ、Xが勤務場所を変更しないままY社と雇用契約を締結したことからすれば、Xの供述は合理性を有するというべきである。
以上によれば、Y社は、Xとの合意に基づき、実際の住宅費とは無関係に家賃手当2万円を支給していた可能性が高く、そうすると本件の家賃手当は、住宅に要する費用に応じて算定された住宅手当であるとは認めるに足りないから、労基法37条5項に基づいて割増賃金の算定の基礎となる賃金から除外されると認めることはできない

固定残業制度の有効要件については、ほぼ固まったといえるので、数年前のような下級審レベルでのゆらぎはほとんどなくなりました。

また、上記判例のポイント2のような除外賃金をめぐる解釈についても、しっかりポイントを押さえれば難しくはありませんので、凡ミスをしないようにしましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金285 夜勤時間帯における割増賃金算定の基礎単価は、通常の労働時間の賃金額を基礎として算定すべきとしつつ、趣旨および内容が明確であれば別途の定め方も認容されるとした事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、夜勤時間帯における割増賃金算定の基礎単価は、通常の労働時間の賃金額を基礎として算定すべきとしつつ、趣旨および内容が明確であれば別途の定め方も認容されるとした事案を見ていきましょう。

社会福祉法人A事件(東京高裁令和6年7月4日・労経速2562号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で労働契約を締結して、Y社の運営するグループホームの生活支援員として勤務していたXが、Y社に対し、夜勤時間帯(午後9時から翌日午前6時まで)の泊まり勤務について、Y社には労基法37条に基づく割増賃金の支払義務があると主張して、①平成31年2月から令和2年11月までに支給されるべき未払割増賃金312万9684円+遅延損害金の支払を求めるとともに、②労基法114条所定の付加金312万9684円+遅延損害金の支払を求める事案である。
なお、退職日の翌日以降の遅延損害金については、原審では年3%の割合による請求であったところ、当審で上記のとおり請求が拡張されたものである。

原審は、夜勤時間帯が労働時間に当たると認めた上で、泊まり勤務1回につき6000円の夜勤手当が支給されていたことに鑑み、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価を6000円とすることが労働契約の内容となっていたと認定し、割増賃金算定の基礎となる賃金単価を750円としてこれを算定して、Xの請求を、①未払割増賃金69万5625円+遅延損害金、②付加金69万5625円+遅延損害金の支払を求める限度で認容したところ、Xが控訴し、前記1のとおり遅延損害金請求を拡張した。

【裁判所の判断】

 原判決を次のとおり変更する。
 Y社は、Xに対し、331万5789円+遅延損害金を支払え。
 Y社は、Xに対し、付加金312万9684円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 当裁判所は、夜勤時間帯は労働時間に該当すると認められ、夜勤時間帯についての割増賃金の額は通常の労働時間の賃金額を基礎として算定すべきであり、そうすると、Xの請求は全部理由があると判断する。

2 Y社は、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価を夜勤手当6000円とする旨の賃金合意があったから、夜勤時間帯の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は750円となると主張する。
しかし、Y社は、これまで、グループホームの夜勤時間帯にY社の指揮命令下で生活支援員が行うべき業務はほとんど存在しないという認識を前提として、就業規則においては、巡回時間を想定した午前0時から午前1時までの1時間を除き、夜勤時間帯を勤務シフトから除外し、本件訴訟においても、夜勤時間帯については緊急対応を要した場合のみ申請により実労働時間につき残業時間として取り扱う運用をしていると主張し、夜勤時間帯が全体として労働時間に該当することを争ってきたものであって、XとY社との間の労働契約において、夜勤時間帯が実作業に従事していない時間も含めて労働時間に該当することを前提とした上で、その労働の対価として泊まり勤務1回につき6000円のみを支払うこととし、そのほかには賃金の支払をしないことが合意されていたと認めることはできない
労働契約において、夜勤時間帯について日中の勤務時間帯とは異なる時間給の定めを置くことは、一般的に許されないものではないが、そのような合意は趣旨及び内容が明確となる形でされるべきであり、本件の事実関係の下で、そのような合意があったとの推認ないし評価をすることはできず、Y社の上記主張は採用することができない。

非常に重要な高裁の判断です。

上記判例のポイント2を参考に賃金体系を変更する場合には、決して、素人判断でやらないことです。多くの場合、不利益変更になりますし、やり方を間違えると残業代の基礎賃金が増額することになりますので、細心の注意が必要です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金284 固定残業代および変形労働時間制の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、固定残業代および変形労働時間制の有効性に関する裁判例を見ていきましょう。

エイチピーデイコーポレーション事件(那覇地裁沖縄支部令和4年4月21日・労判1306号69頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が経営するリゾートホテルの従業員であったXが、Y社に対し、労働契約に基づき、時間外割増賃金等合計882万2183円+遅延損害金、同額付加金+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、882万2183円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、付加金882万2183円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 本件出勤簿の体裁、記載内容自体の不自然性や、その記載内容が他のXの稼働状況を示す証拠と整合しないこと、証拠提出の経緯等に照らすと、X本人は出勤簿に記入していなかった旨をいうX主張の当否を措くとしても、本件出勤簿がXの労働時間の実態を反映したものといえるかについては相当疑問があり、本件ホテルにおいて残業申請書や緊急残業申請書の作成等を通じて適正な労働時間管理がされていたとも認め難いというべきである。

2 本件ノートはその成立にXのみしかかかわっておらず、証拠の体裁等においても類型的に信用性が高いものとはいえないものの、その記載内容が他の客観証拠により一応は裏付けられていると評価できることや当時の勤務実態に照らして不自然ともいえないこと等からすると、実労働時間の認定資料として採用し得るものといえる。

3 Y社提出の就業規則には、各直勤務の始業・終業時刻及び各直勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続や周知方法に関する定めは見当たらないから、変形期間における各週、各日の所定労働時間の特定を欠いているといわざるを得ない。

上記のとおり、原告作成のノートに基づき労働時間が認定されています。

こうならないためにも、使用者側で労働時間をしっかり管理しておく必要があります。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。