Category Archives: 賃金

賃金208 インセンティブも最賃法の規制対象?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、インセンティブの賃金該当性に関する裁判例を見てみましょう。

ヤマトボックスチャーター事件(東京地裁令和2年11月26日・労判ジャーナル109号36頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用され、基本給及びインセンティブという各名目の賃金の支給を受けていたXが、Y社に対し、最低賃金法4条2項の最低賃金の規制対象となる賃金は基本給のみであり、その額は最低賃金額を下回っていたと主張して、平成28年3月分から同年7月分までに関しては、不法行為に基づく損害賠償金として、最低賃金額を前提に計算した本来支給されるべき賃金額と実際に支給された賃金額との差額相当額等の支払を求め、同年8月分から平成29年4月分までに関しては、労働契約に基づく賃金として同様に計算した差額等の支払を求めた。

原判決は、基本給のみならずインセンティブも最低賃金の規制対象となる賃金に含まれており、その額を含めると労働契約の賃金は最低賃金額を下回っていなかったと判断し、Xの請求をいずれも棄却した。

Xはこれを不服として控訴した。

【裁判所の判断】

控訴棄却

【判例のポイント】

1 インセンティブは、労働者の人事考課及び勤務地、又は、労働者の所属する支店及び労働者個人の実績などに基づき、所定の計算方法に従って支給される賃金であり、Xに対しては、営業担当奨励金はXが勤務した全期間の毎月において、営業担当インセンティブは最初の月を除いた全ての月において、それぞれ恒常的に支給されていたものであって、支給根拠の面からも支給実態の面からも、これが「臨時に支払われる賃金」であると評価することはできず、Xは、インセンティブが0円となる可能性を指摘しており、確かに、インセンティブのうち営業担当インセンティブについては、その計算方法をみれば、一定の場合には不支給となる可能性もあり得るといえるが、支給実態をみれば、Xについて、この可能性が現実化し、営業担当インセンティブが不支給となった月は最初の1か月のみであり、稀に支給されるという状況にあったとはいえず、営業担当インセンティブが「臨時に支払われる賃金」に当たるものとは認められず、基本給とともに最低賃金の規制対象となる賃金に含まれることとなり、本件契約のインセンティブをそれぞれ時間給に換算した金額及び基本給の金額の合計額は、最低賃金額を下回るものでない。

「臨時に支払われる賃金」に該当すれば基礎賃金に算入する必要がなくなります。

非常にテクニカルな手法ですので、興味がある方は顧問弁護士にご相談ください。

決して素人判断でなんとなくやるのは避けましょう。

賃金207 36協定を締結していない場合の固定残業制度の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、固定残業代と労働時間該当性に関する裁判例を見てみましょう。

公認会計士・税理士半沢事務所事件(東京地裁令和2年3月27日・労判ジャーナル103号90頁)

【事案の概要】

本件は、Y事務所との間で労働契約を締結していた元従業員Xが、いわゆる法内残業や法定時間外労働等を行ったとして、労働契約に基づく割増賃金請求として、約104万円等の未払割増賃金等の支払を求めるとともに、労働基準法114条に基づく付加金請求として約69万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

一部認容

【判例のポイント】

1 他の従業員の補助業務を主に担当していたXは、最寄り駅に集合するよう先輩従業員から指示されていたのであるから、集合時間後は、使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができ、Aへの訪問後に本件事務所に戻って業務を行った旨主張するが、Xは、翌日のBでの業務に利用する荷物をキャリーバックに詰めるために本件事務所に戻ったというのであり、このような行動を取ることについてXがY事務所から明示又は黙示の指示を受けたことを認めるに足りる証拠はなく、Xの上記行動は、X自らの判断で行った行動であるから、使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することはできず、Aでの業務が終了した時点で使用者の指揮命令下から離脱したものと認めるのが相当であり、また、補助業務を行っていたXは、業務を指示していた先輩従業員の指示により休日出勤を行っているから、使用者の指揮命令下にあったものと認めるのが相当である。

2 本契約書上も給与明細上も、固定残業代である営業手当とそれ以外の給与費目及び金額が明示的に区分されて記載されていることからすれば、通常の賃金に当たる部分と固定残業代に当たる部分との判別が可能といえ、また、Y事務所主張の賃金単価とXに支払われた営業手当から算出される計算上の時間外労働時間数は、Y事務所の想定と実際との乖離は大きくないものと評価でき、そして、Y事務所は、2回目の面談の際、Xに対して営業手当を含む給与待遇や残業に関する説明を行ったものと認められるところ、36協定が締結されておらず、時間外労働が違法であるとしても、使用者は割増賃金の支払義務を免れるものではないから、これにより固定残業代を支払う合意が無効となるとは解されないから、本件契約書の記載内容、本件契約締結に至る経緯及び本件契約締結後の状況を考慮すると、営業手当は、割増賃金の対価としての性質を有するものと認められ、また、上記のとおり通常の賃金に当たる部分と固定残業代に当たる部分との判別が可能であるから、営業手当は、固定残業代といえる

36協定を締結していない場合、労基法違反になりますが、上記のとおり、その事実をもって固定残業制度が無効とは判断されません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金206 賃金規程変更の正しいやり方(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金計算において電車遅延時の遅延分や業務中の通院時間を非控除とした扱いの廃止が認められた裁判例を見てみましょう。

パーソルテンプスタッフ事件(東京地裁令和2年6月19日・労経速2429号45頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であるXが、Y社に対し、(1)Y社が、電車が遅延した際に遅刻した時間分の賃金を控除しない扱い(以下「遅延非控除」という。)をする労使慣行を変更して、平成30年7月以降、遅刻した時間分を賃金から控除する扱いとしたこと(以下「本件変更①」という。)について、その無効の確認を求め、(2)Y社が、就業時間中の通院について通院時間分の賃金の一定額を控除しない扱い(以下「通院非控除」という。)をする旨の賃金規程の規定を削除して、同月以降、通院時間分を賃金から控除する扱いに変更したこと(以下「本件変更②」という。)について、その無効の確認を求め、(3)本件変更①及び②の対象となるY社の全従業員に対する、これらの変更が不法行為による不利益変更であった旨の説明及び謝罪と、Y社の費用負担での就業規則等の回復等を求め、(4)Y社が同年1月から人事考課の評価項目を変更したこと(以下「本件変更③」という。)に関して、Xが、無期転換雇用後も含めて、グラフィックデザイン・DTPに関する業務(以下「本件業務」という。)を行う職種限定の技術社員としての雇用契約上の地位の確認を求め、(5)Xが平成31年4月25日以降、基本給として24万9340円の支払を受けることができる地位にあることの確認を求め、適正な人事考課に基づき昇給が行われたことを前提として、同日以降毎月25日限り各月の給与の昇給額分7140円,令和元年6月20日以降毎年12月20日及び6月20日限り同様の賞与の昇給額分7140円+遅延損害金、(6)今後の雇用契約に関して、労働基準法15条並びに労働契約法3条及び4条に基づき、上記(4)及び(5)の地位にあることが明記された雇用契約書を取り交わすことを求めるものと解される事案である。

【裁判所の判断】

本件訴えのうち、就業規則の対象となるXを含む全ての従業員に対し、Y社による不法行為による不利益変更であった説明及び謝罪、就業規則及び人事システム等の回復及び変更に関する役務の提供並びにこれに係る費用負担を求める部分、無期転換雇用後も含めてグラフィックデザイン・DTPに関する業務を行う職種限定の技術社員としての雇用契約である地位の確認を求める部分、平成31年4月25日から24万9340円を基本給として被告から賃金の支給を受ける地位にあることの確認を求める部分、本件口頭弁論終結日の翌日以降毎月25日限り7140円、毎年12月20日及び6月20日限り7140円+遅延損害金の支払を求める部分をいずれも却下する。

Xのその余の請求をいずれも棄却する。

【判例のポイント】

1 本件変更②は、就業規則の一部である賃金規程の変更により原告の労働条件を変更するものであるから、本件変更②が有効であるためには、労働契約法10条の要件を満たす必要がある。
そこで検討すると、Y社は、本件変更②を行うに際して、Y社の従業員に対し、本件変更②の説明資料を配布するなどして説明を行った上で、本件変更②を反映した賃金規程をY社のイントラネットで公開し、Y社の従業員が事務所からアクセスして知り得る状態に置き、また、従業員からの求めがあれば、賃金規程を送付するなどしていたのであって、同賃金規程はY社の従業員に周知されていたといえる。
そして、通院非控除については、本来は支払われない通院した時間分の賃金を通院という事情に鑑みY社の従業員に有利に恩恵的に支払ってきた扱いであると推測されるところ、通院非控除を廃止することは、本来的な賃金の支払のあり方に変更するものにすぎない。また、Y社の従業員数と通院非控除の適用回数の実績からすれば、平成29年及び平成30年では、それぞれ最も従業員数が少ない月の従業員数を前提としても、従業員1人に対し遅延非控除が適用されるのは、全従業員でも、Xと同じJC職の従業員でも、せいぜい年1回程度にすぎず、しかも、通院非控除自体、1日の所定労働時間の3分の1まで、賃金計算期間内の回数にして5回、時間にして5時間未満までというごく限定された範囲内で賃金を控除しない扱いであって、本件変更②によりY社の従業員に与える影響は相当程度小さいものといえる。
そして、本件変更②は、Y社のグループ会社内の人事制度を統一するために行われたものであり、これがY社及びそのグループ会社の間の事務処理の効率化に資することは明らかであるから、本件変更②を行う必要があり、また、その当時、Y社のグループ会社の中で、通院非控除が存在した会社の方が相当少数であったから、通院非控除を廃止する方向で統一することも相当であったといえる。
また、Y社には労働組合が存在しないところ、Y社は、本件変更②についても、各事業所の職場代表者の意見を聴取しているが、反対する意見はなかった
その他、Y社は、上記の本件変更②による不利益の程度にもかかわらず、2年間にわたり遅延非控除を適用する経過措置を設けて、その不利益の緩和を図っている
以上によれば、Y社は、本件変更②について従業員に周知している上、本件変更②についてはY社のグループ会社間の人事制度の統一に伴う必要性及び相当性があり、また、本件変更②による不利益は相当程度小さく、経過措置によりその不利益も更に緩和され、職場代表者の意見聴取も行われていることからすれば、本件変更②は合理的であり、有効であるというべきである。

模範解答のような準備のしかたです。ここまでしっかりやれば危なげないですね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金205 職務手当が固定残業代として認められるためには?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、固定残業代制度の有効性と割増賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

サン・サービス事件(名古屋高裁令和2年2月27日・労判1224号42頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、Y社に対し、①雇用契約に基づき、未払残業代、未払い給与、②付加金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、577万4788円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、付加金370万4451円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Xは、料理長としての仕事のみならず、フロント業務の一部や客の送迎をも行っていたこと、本件店舗を含むホテル内には従業員の休憩施設がないことなどに照らすと、Xが調理等に従事していない時間があったとしても、それは勤務から完全に解放された休憩時間ではなく、手待ち時間とみるのが相当である。

2 労基法37条5項により割増賃金の基礎から除外される通勤費は、労働者の通勤距離又は通勤に要する実際費用に応じて算定される手当と解される。本件提案書によれば、Xに支給される通勤費は、日額625円として月額1万5000円が支給されることになっているところ、本件提案書作成時、Xは千葉県に居住しており、勤務開始後の実際の通勤距離や通勤に要する実際費用に応じて定められたものとは認められず、労基法37条5項の通勤手当に当たるとは認められない

3 Y社は、XとY社間の雇用契約書である本件提案書に、「勤務時間」として「6時30分~22時00分」と記載し、「休憩時間は現場内にて調整してください。」としていた上、勤務時間管理を適切に行っていたとは認められず、Xは、平成27年6月から平成28年1月まで、毎月120時間を超える時間外労働等をしており、同年2月も85時間の時間外労働等をしていたことが認められる。その上、Y社は、担当の従業員が毎月Xのタイムカードをチェックしていたが、Xに対し、実際の時間外労働等に見合った割増賃金(残業代)を支払っていない。
そうすると、本件職務手当は、これを割増賃金(固定残業代)とみると、約80時間分の割増賃金(残業代)に相当するにすぎず、実際の時間外労働等と大きくかい離しているものと認められるのであって、到底、時間外労働等に対する対価とは認めることができず、また、本件店舗を含む事業場で36協定が締結されておらず、時間外労働等を命ずる根拠を欠いていることなどにも鑑み、本件職務手当は、割増賃金の基礎となる賃金から除外されないというべきである

仕事柄、労働時間が長くなってしまうことは容易に想像できますが、労務管理の基本を押さえていなかったがために、ちゃんとやっていれば支払う必要のない支出を強いられることになります。

事前に顧問弁護士の指導を受けておけば多くの類似トラブルは回避できます。

賃金204  営業手当を固定残業代として支払う場合の要件とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、営業手当を固定残業代の支払として有効と判断された裁判例を見てみましょう。

H事務所事件(東京地裁令和2年3月27日・労経速2423号39頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で労働契約を締結していたXが、いわゆる法内残業や法定時間外労働等を行ったとして、労働契約に基づく割増賃金請求として、103万9522円+遅延損害金の支払を求めるとともに、労基法114条に基づく付加金請求として68万9837円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、2万0278円+遅延損害金を支払え。

Xのその余の請求をいずれも棄却する。

【判例のポイント】

1 本件契約書には、第3条において「残業について」とのタイトルで、本件事務所が担当制をとっており、従業員が顧問先に巡回監査に出かけ、顧問先のニーズに答えるシステムになっていることを理由に、残業代相当額が固定給のうち営業手当として支払われる旨が明記されているところ、同条の文言について一般的な労働者の通常の注意と読み方をすれば、顧問先のニーズに答える巡回監査を業務として行う結果、残業が生じることがあるため、残業代を営業手当として支給するものと理解するのが自然である。
Xがこれまでに複数の業務に従事した経験を有しており、かつ、行政書士や宅地建物取引主任者といった契約に関わる資格を有していることからすれば、Xが本件契約書を上記意味内容とは異なる内容として理解したものとは考え難い。そして、本件契約書上も給与明細上も、固定残業代である営業手当とそれ以外の給与費目及び金額が明示的に区分されて記載されていることからすれば、通常の賃金に当たる部分と固定残業代に当たる部分との判別が可能といえる。

2 また、Y社主張の賃金単価とXに支払われた営業手当から算出される計算上の時間外労働時間数は約42時間から46時間であって、試用期間中がおおむね45時間、正職員がおおむね50時間を想定していたとするY社の供述と大きく乖離するものではなく、また、Xが本件訴訟において割増賃金を請求する10か月のうち、上記想定時間外労働時間数を超える時間外労働を行っているのが3か月であることからして、被告の想定と実際との乖離は大きくないものと評価できる

3 本件における当事者双方の主張内容、上記認定判断及びその結果としての現時点での未払割増賃金の額に加え、前提事実のとおり、Y社が未払割増賃金の大部分の任意弁済を行っていることからすれば、本件において付加金の支払を命じる必要性はない。

本件では、固定残業制度が認められています。上記判例のポイント1、2の判断内容は参考になりますので確認しておきましょう。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金203 有給休暇取得時に支払う「通常の賃金」の意義(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、有給休暇取得時に支払う「通常の賃金」が争われた裁判例を見てみましょう。

日本エイ・ティー・エム事件(東京地裁令和2年2月19日・労経速2420号23頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と期間の定めのある雇用契約を締結して就労していたXが、Y社に対し、①年次有給休暇を取得した際に支払われるべき賃金に未払いがある旨主張して、雇用契約に基づく賃金支払請求として、合計9万0952円+遅延損害金の支払、②Xが東京労働局にY社の職場環境について相談したことに対する報復として、Y社が不当にXの勤務評価を低下させ、短期間の契約を提案し、退職に追い込んだことは不法行為に当たる旨主張して、損害賠償金165万円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、2万3400円+遅延損害金を支払え。

Xのその余の請求を棄却する。

【判例のポイント】

1 シフト勤務手当は、午前12時00分から午後2時59分の間に出勤し、7時間45分以上の勤務実績がある場合に、1回当たり900円が支払われるものであることが認められる。そして、Xの労働時間についての勤務条件は、始業時刻が午後1時50分、終業時刻が午後10時50分、休憩時間が1時間であり、1日の所定労働時間は8時間であることが認められるから、Xが出勤し、所定労働時間勤務した場合には、必ずシフト勤務手当の900円が支払われるといえる。
そうすると、シフト勤務手当は、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金に当たると解するのが相当であるから、契約社員就業規則34条が、年次有給休暇を取得した場合の賃金について、シフトに係る手当は含まない旨規定している部分は労基法に反し、XとY社との間の労働契約の内容を規律する効力を有しないと解される(労働契約法13条)。

2 日曜・祝日勤務手当は、7時間45分以上の勤務実績がある場合に、1回当たり2800円が支払われるものであることが認められる。これは、日曜日及び祝日への出勤に対し一定額の補償をするとともに、日曜日及び祝日に出勤する労働者を確保する趣旨であると解されるところ、日曜・祝日という特定の日に出勤した実績があって初めて支給されるものであるといえる。日曜・祝日に年次有給休暇を取得した場合,当該休日に出勤した事実はないのであるから、日曜・祝日勤務手当は、その際に支払われるべき所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金には当たらないと解される。

3 Y社においては、7時間45分以上勤務した場合、時間外手当として1時間当たりの単価を時給×1.3とし、午後10時から午前5時までの間に勤務した場合に深夜手当として1時間当たりの単価を時給×1.3として支払うとされていることが認められるところ、時間外労働及び深夜労働に対して割増賃金を支払う趣旨は、時間外労働が通常の労働時間に付加された特別の労働であり、深夜労働も時間帯の点で特別の負担を伴う労働であることから、それらの負担に対する一定額の補償をすることにあると解される。年次有給休暇を取得した場合、実際にはそのような負担は発生していないことからすれば、年次有給休暇を取得した場合に、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金としては,割増賃金は含まれず,所定労働時間分の基本賃金が支払われれば足りると解される。

弁護士費用との関係では、費用対効果が悩ましい事案です。

細かい論点ではありますが、日常の実務においては参考になる裁判例です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金202 営業成績給廃止を有効に行うためには?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、営業成績給を廃止する就業規則の変更の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

野村不動産アーバンネット事件(東京地裁令和2年2月26日・労経速2427号31頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で期間の定めのない労働契約を締結し、本件労働契約に基づき営業担当従業員としてY社に勤務している従業員Xが、平成29年4月1日に施行されたY社の就業規則及び給与規程は、従前の給与体系において支給されていた営業成績給を廃止する点において労働条件の不利益変更に当たり、かつ、当該変更が合理的なものであるとはいえないから、本件労働契約の内容とはならないなどと主張して、Y社に対し、本件労働契約に基づき、変更前の従前の給与体系に従って算出した同年6月支給分から平成30年6月支給分までの営業成績給の合計約172万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件就業規則の変更の有効性について、Y社において本件就業規則の変更は、営業職Aの職務にあったXには、少なくとも月例賃金で支給されていた営業成績給が支給されなくなるのであるから、本件就業規則の変更により不利益が生じる可能性があるということができるところ、本件人事制度の導入直後の不利益は、将来にわたって固定化されるものではなく、今後の昇進等により減少ないし消滅し得るものであるということができ、Y社が従業員の定着率を上げるために営業成績給を廃止し、それを月例賃金や賞与等の原資とし、支給額が安定的な給与制度を導入する必要があったことは否定し難いから、本件就業規則は、従業員に対する賃金の総原資を減少させるものではなく、賃金額決定の仕組みや配分方法を変更するものであり、従業員の定着率を上げるというY社の人事計画とも合致するものであるから、本件就業規則の変更について、その内容も相当なものであるということができ、Y社は、従業員に対して必要とされる最低限の説明は行っており、従業員の過半数代表者から異議がない旨の意見も聴取していることが認められ、労働者の受ける不利益の程度を考慮してもなお、本件就業規則の変更は合理的なものであるということができ、本件就業規則の変更は周知されていたと認めることができるから、本件就業規則の変更による労働条件の変更は、有効である。

内容の合理性と手続きの相当性を総合考慮しているのがよくわかりますね。

コロナの影響がまだまだ続きそうですので、労働条件の不利益変更を行う場面が多いと思いますので、慎重に対応しましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金201 変形労働時間制が有効と判断されるためには?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金減額等の有効性及び固定残業代の定めの適法性に関する裁判例を見てみましょう。

木の花ホームほか1社事件(宇都宮地裁令和2年2月19日・労判1225号57頁)

【事案の概要】

本件は、Y社及びその親会社A社の従業員であったXが、(1)Y社に対し、雇用契約に基づき、①一方的な給与減額により生じた未払賃金24万9999円及び②未払の時間外手当(割増賃金)859万6109円+遅延損害金、③労働基準法114条に基づく付加金836万8740円+遅延損害金の支払、(2)A社に対し、雇用契約に基づき、①一方的な給与減額により生じた未払賃金等127万9496円及び②未払の時間外手当(割増賃金)662万5869円+遅延損害金の支払、③労働基準法114条に基づく付加金648万6036円+遅延損害金の支払、そして、(3)Y社らに対し、Y社ら代表取締役らからパワハラ被害を受けたとして、共同不法行為に基づき、連帯して、損害賠償金520万円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、未払賃金24万9999円+遅延損害金を支払え

A社はXに対し、未払賃金122万3496円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、割増賃金551万3847円+遅延損害金を支払え

A社はXに対し、割増賃金555万1406円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、付加金265万4516円+遅延損害金を支払え

A社はXに対し、付加金271万1931円+遅延損害金を支払え

被告らは、Xに対し、連帯して、慰謝料100万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 本件各雇用契約の内容として本件固定残業代の定めがあることは事実としても、その運用次第では、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させる危険性の高い1か月当たり80時間程度を大幅に超過する長時間労働の温床ともなり得る危険性を有しているものというべきであるから、「実際には、長時間の時間外労働を恒常的に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情」が認められない限り、当該職務手当を1か月131時間14分相当の時間外労働等に対する賃金とする本件固定残業代の定めは、公序良俗に違反するものとして無効と解するのが相当である。

2 本件変形労働時間制の適用が認められるためには、労使協定、就業規則又は就業規則に準ずるものにおいて、変形労働時間制の実施を定め、その中で、①労働時間の総枠の定め、②変形期間における労働時間の特定、③変形期間の起算日を明示することが必要であると解されるところ、本件全証拠によっても、Y社らにおいては、ただ単にカレンダーが作成されているだけで、具体的にどの日に何時から何時まで勤務するということの取決め等があったものとは認められず、本件変形労働時間制は、上記②の要件を欠き適法性を欠くものというよりほかはない。
よって、Y社らの本件変形労働時間制に関する主張は、その余の点を検討するまでもなく理由がない。

3 賃確法6条2項、賃確法施行規則6条4号にいう「合理的な理由により」とは、裁判所又は労働委員会において事業主が確実かつ合理的な根拠資料に基づく場合だけでなく、合理的な理由がないとはいえない理由により賃金の全部又は一部の存否を争っている場合も含むものと解するのが相当である。
・・・Xが本件各給与減額により生じた各未払賃金の支払を求めたのに対し、Y社らがこれを当庁において争うことには「合理的な理由」がないとはいえないし、また、前記で検討したとおり、本件において実労働時間の認定根拠とされる本件サイボウズの記載には信用性に問題がある部分が認められることに照らすと、Y社らが当庁においてXからの本件割増賃金の請求を争うことには「合理的な理由」がないとはいえない。

最高裁判例により、固定残業制度の要件論については終息したかのように思えましたが、ここに来て、再び、過度な固定残業制度について無効と判断する裁判例が散見されます。

「やりすぎ注意」という一般論は、労務管理(に限りませんが)においては常に持っておく必要があります。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金200 賃金減額についての労働者の同意の効力(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、賃金総額の25%減額への同意が労働者の自由な意思に基づくものでないとされた裁判例を見てみましょう。

O・S・I事件(東京地裁令和2年2月4日・労経速2421号22頁)

【事案の概要】

本件は、XがY社に対し、Y社は、Xを雇用していたが、Xがセクハラ等をしたとして、賃金を減額し、さらに、Xが行方不明となり連絡が取れなかったことにより退職したものとみなされたとしてXの就労を拒んだと主張して、雇用契約に基づき、①雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認(請求1)、②平成27年10月支給分の未払賃金(減額前の24万円から既払金を控除した残金1万7142円)及び同年11月分支給から平成30年3月支給分までの賃金(24万円の29か月分696万円)の合計697万7142円+遅延損害金の支払(請求2)、③平成30年4月から本判決確定の日まで弁済期である毎月10日限り賃金24万円+遅延損害金の支払(請求3)を求めるとともに、④会社法350条又は不法行為に基づき、慰謝料200万円+遅延損害金の支払(請求4)を求めた事案である。

【裁判所の判断】

XがY社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

Y社は、Xに対し、131万9994円+遅延損害金を支払え。

Xのその余の請求をいずれも棄却する。

【判例のポイント】

1 労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができる。しかし、使用者が提示した労働条件の変更が賃金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服するべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである
そうすると、賃金の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁平成28年2月19日判決)。

2 本件契約書の内容は、Xを機能訓練指導員手当1か月1万円が支給される業務から外してその支給を停止するばかりでなく、その基本給を1か月23万円から18万円に減額し、賃金総額を25%も減じるものであって、これによりXにもたらされる不利益の程度は大きいというべきである。他方、Y社代表者はXに対し、本件合意に先立ち、XがY社に無断でアルバイトをしたとの旨や本件施設の女性利用者から苦情が寄せられている旨を指摘したのみであるといい、Y社代表者の陳述書や本人尋問における供述によっても、Y社代表者がXに対して上記のような大幅な賃金減額をもたらす労働条件の変更を提示しなければならない根拠について、十分な事実関係の調査を行った事実や、客観的な証拠を示してXに説明した事実は認められない
以上によれば、Xが本件契約書を交付された後いったんこれを持ち帰り、翌日になってからこれに署名押印をしたものをY社代表者に提出したという本件合意に至った経緯を考慮しても、これがXの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものとは認められない

3 以上の次第で、本件契約書の作成によっても、そこに記載された本件合意の内容へのXの同意があったとは認められないから、本件雇用契約に基づく賃金を基本給18万円のみに減額するとの本件合意の成立は認められない。

労働条件の不利益変更に際し、労働者の同意の効力が問題となることはよくあります。

同意書がありさえすればよいという発想が誤りであるということがよくわかる裁判例だと思います。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金199 賞与・定期昇給に関する採用面接時に説明と未払賃金等請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、面接時の説明と未払賃金等支払請求に関する裁判例を見てみましょう。

社会福祉法人稲荷学園事件(大阪地裁令和2年3月13日・労判ジャーナル101号32頁)

【事案の概要】

本件は、保育士Xが、かつての勤務先であるY社に対し、雇用契約に基づく、平成29年度冬季賞与の未払部分約37万円、平成29年4月から平成30年までの基本給の未払部分合計約2万円、平成29年度夏期及び冬期賞与の未払部分合計1万円、平成30年1月から同年3月までの未払通勤手当合計約1万円の各支払請求のほか、福利厚生の一環として飲食補助費を支払う旨の合意に基づく、飲食補助費2万円の支払請求、さらには、Y社がXに対してパワハラかつ名誉毀損の不法行為に基づく、損害賠償(慰謝料)約106万円の支払請求とともに、民法723条の名誉回復処分としての「謝罪文」と題する書面に署名押印することを求めた事案である。

【裁判所の判断】

通勤手当に関する未払賃金は一部認容

損害賠償等請求は棄却

【判例のポイント】

1 Xは、本件採用面接の際、現Y社代表者から、賞与に関して、前年度には基本給4.4か月分の金員を支払っており、今後も同等の金額の賞与を支払う予定であるなどと告げられたと主張するが、X主張に係る現Y社代表者がしたという発言は、賞与に関する一般的な説明をしたにすぎず具体的な一定割合の賞与の支払いを確約したものであるとは認め難い。また、就業規則によって労働条件が規律され得ることから、Y社の就業規則の一部を構成する賃金規程上の賞与に関する定めについてみることとしても、「賞与は毎年7月および12月に支給する」とあるものの、具体的な支給額や支給割合を明示するものではないから、本件雇用契約の内容として、Y社はX主張に係る賞与の支払義務を負うものではない

2 Xは、本件採用面接の際、現Y社代表者から、毎年4月、定期昇給として月額6000円ずつ基本給を増額し、実績が良好であればさらに特別昇給を行うなどと告げられたと主張するが、賞与と同様の観点から、Y社の賃金規程上の定期昇給に関する定めをみることとしても、原則的な年1回の定期昇給とともに、社会情勢あるいはその他諸事情によって定期昇給がされないことがある旨定められているなど、定期昇給の実施についてY社の裁量があり得ることが示されているのであって、具体的にX主張に係る月額2000円の定期昇給の実施を定めたものとはいい難く、Xの主張を基礎付けるものにはなり得ず、ほかにX主張事実を認定するに足りる証拠はないから、本件雇用契約の内容として、Y社はX主張に係る定期昇給に伴う金員の支払義務を負うものではない。

いずれの判断も規程を重視したものです。

賞与も定期昇給も確約されるものではないという社会通念にも合致します。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。