Category Archives: 賃金

賃金147 時間数の特定、超過分の清算がなくても固定残業代は有効?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、時間数の特定、超過分の清算実態がなくても固定残業代は有効とされた裁判例を見てみましょう。

泉レストラン事件(東京地裁平成29年9月26日・労経速2333号23頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員であるXが、平成24年12月から平成26年11月までの期間に行った時間外、休日及び深夜の労働に係る割増賃金が支払われていないと主張して、Y社に対し、未払割増賃金+遅延損害金並びに労働基準法114条所定の付加金+遅延損害金の支払を求めた事案である。

これに対し、Y社は、Xの主張に係る時間外労働等の事実を一部否認するとともに、平成26年3月までの期間に関し、月俸に割増賃金(固定残業代)が含まれており、これにより割増賃金が支払われたこと、平成26年4月以降の期間に関し、Xは管理監督者(労基法41条2号)の地位にあり、仮にそうでないとしても、管理職手当が割増賃金(固定残業代)の支払に当たることなどを主張して、Xの請求を争っている。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、166万8103円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、付加金として81万7846円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 定額手当制の固定残業代については、いわゆる定額給制の固定残業代とは異なって、計算可能性及び明確区分性を確保するうえで時間外労働等の時間数を特定する必要はなく、労基法37条が、定額手当制の固定残業代の対象となる時間外労働等の時間数を特定することを要請しているとは解されない(東京高裁平成28年1月17日判決)。

2 もとより、固定残業代制度を導入した場合であっても、労基法37条所定の計算による割増賃金の額が、固定残業代の額を超過した場合には、使用者は、労働者に対し、その超過分を支払う義務を負うものである。そして、固定残業代制度を導入しているか否かに関わらず、タイムカードを用いるなどして時間外労働等を明示するような労務管理を行うことは望ましいとはいえるものの、そのような労務管理を行うこと自体が、固定残業代を有効たらしめるための要件を構成するとはいえないし、そのような労務管理を欠いており、未払割増賃金が存在し、その未払金の清算がなされていない実態があるというだけで、労働契約上、割増賃金の支払に宛てる趣旨が明確な固定手当について、割増賃金(固定残業代)の支払としての有効性を否定することは困難である。

一時期、最高裁が示した固定残業制度の有効要件よりも厳しい要件を示す裁判例が出たことがありましたが、本件裁判例のように考えるのが妥当だと思います。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金146 出向手当は固定残業代として有効?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、出向手当は固定残業代の性質を有しないとされた裁判例を見てみましょう。

グレースウィット事件(東京地裁平成29年8月25日・労経速2333号3頁)

【事案の概要】

本件は、Xらが、Y社に対し、労働契約に基づき割増賃金、交通費等の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求の一部を認容

【判例のポイント】

1 時間数を示さず、固定残業代の金額を示すことでも特段の事情がない限り固定残業代によらない労働契約、労働基準法37条等に基づく通常の計算方法による残業代の金額と比較することは可能であり、固定残業代では不足があるときには法定の計算方法による割増賃金との差額を支給すべきことには労働契約上に特別の定めを要しないことにかんがみると、時間数の明示や差額支給の定めは要しない

2 Y社の就業規則における交通費貸付けの定めは、実質的には労働契約の不履行につき、支給済みの交通費と同額の違約金を定めるものにほかならず、交通費が必ずしも多額にならないことを考慮しても、労働者の足止めや身分的従属の創出を助長するおそれは否定できず、労働基準法16条の賠償予定の禁止に違反し、その効力は認められないというべきである。

3 就業規則の内容が労働契約成立時から労働条件の内容となるためには、①労働契約成立までの間に、その内容を労働者に説明し、その同意を得ることで就業規則の内容を労働契約の内容そのものとすること、又は②労働契約を締結する際若しくはその以前に合理的な労働条件を定めた就業規則を周知していたこと(労働契約法7条)を要する。
ただし、上記②の場合は労働契約で就業規則と異なる労働条件が合意されている部分は、就業規則の最低基準効(同法12条)に抵触しない限り、労働契約が優先する(同法7条但書)。労働契約で用いられている用語につき、就業規則が一般に理解される意味とは異なる特別の意味で用いているからといって、就業規則での特別の意味で解釈することは労働者と使用者の個別の合意による労働契約の内容を使用者のみの制定による就業規則に基づいて変更し、就業規則を優先させることに等しく、使用者による労働者に対する労働条件の明示義務(労働基準法15条)及び理解促進の責務(労働契約法4条)並びに労使の対等な立場における合意原則(労働契約法1条、3条1項、8条、9条本文、労働基準法2条1項)の趣旨に反し、労働者に対し予測可能性なく労働条件を押し付ける不意打ちにもなりかねないから、労働契約締結以前にその就業規則も示して、就業規則の内容が労働契約そのものとなり、労働契約の用語を就業規則での特別の意味で用いることが労働契約に取り込まれたといえる上記①の場合に当たらない限り、労働契約法7条但書の趣旨に従い、その労働契約はやはり一般に理解される意味で解釈されるべきである(就業規則の最低基準効に抵触する場合は除く。)。

固定残業制度の有効要件について、上記判例のポイント1を参考にしてください。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金145 固定残業代が無効と判断された理由とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、固定残業代の主張を認めず、割増賃金請求を認容した裁判例を見てみましょう。

マンボー事件(東京地裁平成29年10月11日・労経速2332号30頁)

【事案の概要】

本件は、漫画喫茶などを運営する株式会社であるY社との間で労働契約を締結し、Y社の本社において夜間の電話対応や売上げの集計業務に従事していたXが、Y社はXの同意なく賃金を減額したほか、労働基準法所定の割増賃金を支払っていないなどと主張して、①労働基準法に従った平成26年2月から平成28年2月までの割増賃金や上記減額された賃金+遅延損害金、②割増賃金に係る労働基準法114条の付加金+遅延損害金の各支払を求めるとともに、Y社の雇用保険、健康保険及び厚生年金保険の届出義務の懈怠により、健康保険からの給付を受給できない等という不安定な状態のまま就労することを余儀なくされ、精神的苦痛を被ったと主張して、③不法行為に基づき、慰謝料100万円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、未払賃金1212万4698円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、付加金300万円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、慰謝料10万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Cは、同面接時、Xに対し、勤務条件について、休憩1時間を含めた1日12時間シフトの週6日勤務で、賃金総額が30万円であり、賃金総額の増額決定がない限り同額を超えて支給されることは一切ない旨を説明したにとどまり賃金総額30万円のうちのどの部分が固定残業代に当たるのかについて説明をしていなかったものである。しかるに、同説明のみでは、賃金総額について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができず、Xが同説明を受けた上で本件労働契約を締結したとしても、Y社との間で有効な固定残業代に関する合意をしたとはいうことはできない。

2 また、仮に本件固定残業代についてXの同意があったとしても、本件労働契約においては当初から、労働者の労働時間の制限を定める労働基準法32条及び36条に反し、36協定の締結による労働時間の延長限度時間である月45時間を大きく超える月100万円以上の時間外労働が恒常的に義務付けられ、同合意は、その対価として本件固定残業代を位置付けるものであることからすると、36協定の有効性にかかわらず、公序良俗に反し無効である(民法90条)と解するのが相当である。

3 なお、Y社は、本件固定残業代に関する合意が無効となるとしても、当事者の合理的意思からすれば、少なくとも36協定により合意された45時間分の時間外労働に対する割増賃金を固定残業代の形で支払う旨の合意であると解釈すべきであると主張する。・・・本件においては、採用面接時のCの説明内容からしても、Y社において少なくとも36協定により合意された45時間分の時間外労働に対する割増賃金を固定残業代の形で支払う旨の意思が包含されていたとは認め難く、他方で、Xは賃金総額の振り分け方法についてさえ十分に理解していなかったものであり、これまで判示したところに照らして、X及びY社にY社が主張するような合理的意思を見出すことは困難といわざるを得ない。

4 Y社は本件固定残業代を超過する残業代の精算すら行っていなかった一方で、本件固定残業代が無効となる結果、Y社は、Xに対し、同業他社の賃金相場に照らして相当高額の基礎賃金を支払っていたことになることなど、本件に現れた一切の事情を考慮すれば、Y社に対し、付加金として300万円の支払を命じるのが相当である。

上記判例のポイント2、3はしっかり頭に入れておきましょう。

上記判例のポイント3は、原告としては、ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件札幌高裁判決を参考にしていると思いますが、今回は認められませんでした。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金144 賃金減額同意の有効性の判断方法(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、休職後の雇用の終了の有効性、賃金減額同意の成否に関する裁判例を見てみましょう。

DMM.com事件(東京地裁平成29年3月31日・労判ジャーナル70号42頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と雇用契約を締結し、カラオケ映像制作及びゲーム制作等に従事していたXが、Y社から、予定されていた売上げが見込まれないとして、事業部における事業の終了を告げられた後、うつ病性障害にり患したとして休職を申請し、休職期間中に代理人を立てて和解交渉を行っていたところ、Y社から、Xの不正行為が判明したなどとして、和解交渉の打切りと休職期間満了による雇用の終了を告げられたため、Xが、かかる雇用終了は解雇に当たるとした上で、Xは取締役会長が行った不当な解雇通知や長時間労働の強要等のパワーハラスメントに起因して体調を崩しており、業務上の疾病に当たるため解雇が制限され、また、解雇権の濫用にも当たるとして雇用終了は認められないと主張し、労働契約上の権利を有する地位の確認を求めるとともに、未払賃金、残業代、付加金及び慰謝料等を請求した事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 休職期間満了時において、退職の効果を生じさせないためには、労働者において、復職意思があり、復職可能な状態にあることの立証を行う必要があると解されるところ、同日を経過する時点において、XからY社に対し復職の申出や、復職可能な状態に回復したことを証する診断書等の提出はなく、休職理由の消滅に関して何らの立証も行われなかったものと認められ、上記就業規則の適用により、Xは、平成27年1月10日の経過によって、休職期間満了によりY社を退職したものと認めることができ、また、本件でY社がXとの間の雇用を終了させたことが実質的に解雇としての側面があると考えた場合においても、客観的に合理的な理由及び社会通念上の相当性が認められ、解雇権の濫用に当たるようなものとはいえず、さらに、Xについては、精神疾患にり患し、それによって就業できない状況にあった事実の存在自体認め難い上、仮にその事実を認めるとしても、業務上の疾病に当たるということはできず、労基法19条の要件を満たさないこと等から、Xの請求のうち、雇用契約上の権利を有する地位の確認を求め、解雇後の未払賃金の支払を求めるものには理由がない。

2 本件賃金減額は、45万8400円もの急激な減額を伴うもので、その同意の認定に当たっては慎重な判断を要するということはいえるものの、本件賃金減額以前にも、Xが自ら人員の削減も含め人件費を半減させる提案をしていた事実が認められることや、Xは事業部の責任者として人件費の削減に自ら寄与すべき状況があったといえること、Xには、人件費の削減を事業部を継続させるための説得の材料として用いたいという動機があったと考えられることなど、真意をうかがわせる事情は複数認められ、また、本件賃金減額によっても、月額50万円と事業部において最も高額で、一般的に見ても低いとは言えない賃金が確保されており、その後もXから異議が述べられるなどしていないことに照らしても、本件賃金減額はXの同意に基づいてされたものであると認めることができること等から、本件賃金減額は、労働契約法8条により適法になされたものといえ、Xの未払賃金請求のうち、本件賃金減額の違法を理由に差額の未払賃金の支払を求める部分には理由がない。

上記判例のポイント1、2ともに重要な論点です。

裁判所が重要視する事情をしっかり主張立証することが大切です。

そのためには過去の裁判例を参考にして準備することが不可欠です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金143 就業規則を変更して成果主義型賃金体系を導入する方法とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、就業規則の変更(成果主義型賃金体系導入)の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

東京商工会議所事件(東京地裁平成29年5月8日・労判ジャーナル70号36頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、就業規則を変更し、年齢に応じて昇給する「年齢給」等を内容とする従来のいわゆる年功序列型賃金体系から、「役割給」等を内容とするいわゆる成果主義型賃金体系を導入したことについて、Y社の正職員であるXが、かかる就業規則の変更は従業員にとって不利益変更に当たり、合理性を欠き無効であると主張して、本件変更前の就業規則に基づく賃金を受給する地位の確認を求め、あわせて本件変更により具体的に減額された給与及び賞与部分について未払賃金が発生しているとして、その支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件では、制度変更がなければ事業継続ができないという意味での高度の必要性は認められないが、本件変更により制定された新賃金体系は、成果を上げることでそれに見合った賃金が支給され、従業員を含む職員全員に対し等しく昇級・昇給の可能性が与えられるなど公平性が確保され、制度変更の必要性に見合った相当なものであり、それと一体として改正された人事評価制度にも合理性があり、また、十分とまではいいがたい面はあるものの、激変緩和措置として経過措置が講じられ、不利益を受ける者に対する一定の配慮もされており、かかる観点からも変更された制度内容の相当性は認められ、また、Y社は、本件変更を進める過程で労働組合と交渉し、その意見も取り入れながら具体的な制度設計を行い職員に対しても丁寧に説明するなど、本件変更の合理性を基礎づける事情が認められ、さらに、本件変更が会社職員におおむね受け入れられている様子がうかがわれること等から、本件変更後の就業規則は、労働組合法10条の諸要素に照らし、その合理性を肯定することができ、従業員が本件変更後の就業規則に拘束されないことを前提とした本件各請求には理由がない。

裁判所はプロセスを重要な評価要素としていますので、不利益変更をする場合にはあわてず、やるべきことをしっかりやることがとっても大切なのです。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金142 各種手当の基礎賃金該当性を否定する方法とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、特別な諸手当の基礎賃金該当性に関する裁判例を見てみましょう。

大阪内外液輸事件(大阪地裁平成29年9月28日・労判ジャーナル69号27頁)

【事案の概要】

本件は、Xらが、Y社に対し、整備奨励金、出勤奨励金、無事故褒賞金及び運行作業手当が労働基準法37条に基づく時間外割増賃金の支払金額算定に当たっての基礎賃金に含まれていないことが労基法37条等に照らして違法無効であるとして、これらの手当等を基礎賃金に含めた場合の割増賃金と実際に支払われた割増賃金との差額賃金及び労基法114条に基づく付加金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 整備奨励金等は、労働者の車両整備作業の状況等といった1か月を超える期間における労働者の勤務状況等を勘案して、特別に支給されることが予定された賃金であり、2か月ごとに支給すること自体について、不合理かつ不自然であるとも認められないこと、労働協約等において、整備奨励金については奇数月、出勤奨励金及び無事故褒賞金について偶数月に支給していたこと等から、整備奨励金等は労基法施行規則の「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」であり、時間外割増賃金を算定するに当たり、整備奨励金等を基準外賃金として取り扱ったことが労基法等に違反するとはいえない

その手があったか!と思われた経営者の皆様は参考にしてみてください。

もっとも、現在、毎月支給している場合には、労働条件の不利益変更となりますので、必要な手続を踏まなければなりません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金141 労使慣行に基づく退職一時金の請求は認められるか?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、退職金規定に基づく未払退職金等支払請求に関する裁判例を見てみましょう。

栗本産業事件(大阪地裁平成29年9月15日・労判ジャーナル69号32頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、Y社に対し、退職金規定等に基づく退職金550万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、新規程第6条に基づき、Y社に対する「退職特別功労金」の具体的な支払請求権を有することを前提に、退職金の支払を請求しているが、新規程第6条は、「功労金を支給する場合がある」、「金額についてはその都度定める」と規程していることから明らかなとおり、同条所定の「退職特別功労金」を個々の退職者に対して支給するか否か、支給する場合の具体的な金額については、会社の裁量判断に委ねられているものというべきであり、同条の規定のみに基づいて、XがY社に対して具体的に一定額の「退職特別功労金」の支払請求権を取得すると解することはできない。

2 Xは、Y社において、退職者に対し、企業年金以外に一定額の「会社支給分」の退職一時金を支給する旨の労使慣行が成立していた旨主張するが、約3年8か月の間に5名の退職者に対して退職金が支給されたというだけで、その支給が長期間反復継続して行われていたと評価し得るか疑問がある上、その支給額は一定ではなく、支給額の具体的な算定方法も明らかではないことに照らせば、Y社において、退職者に対し、企業年金以外に一定額の「会社支給分」の退職一時金を支給する旨の労使慣行が成立していたとは認められない

裁判所が労使慣行の成立を認めてくれるのはよほどの場合に限られます。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金140 直行直帰の場合の移動時間は労働時間?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、固定残業代無効等に基づく未払時間外割増賃金等支払請求事件について見てみましょう。

日本保証・クレディア事件(大阪地裁平成29年4月27日・労判ジャーナル66号45頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と雇用契約を締結していたXが、時間外労働をしたのにそれに対する賃金が支払われていないとして、割増賃金の請求とそれに対する付加金の支払を命ずるよう求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、北海道小樽市に居住しており、本件当時、Y社が債権を有する顧客宅を訪問し、複数の顧客宅を回る業務に従事し、最初の訪問顧客先には自宅から直行し、最後の訪問顧客先からは自宅に直帰していた本件のXの業務は、北海道内の顧客宅を訪問して、顧客と協議するなどして債権回収を図ることにあると認められるところ、自宅と顧客宅との間の移動は、業務の前提であって業務そのものとはいえないし、その始点又は終点は自宅であり、純然たる私生活の範疇に属する区域であり、また、この移動について、移動の具体的な道筋が定められているとか、移動開始時間と移動終了時間が指定されていることを窺わせる証拠はないから、自宅と顧客宅の間の移動については、Y社の指揮命令下にあったと認めることはできず、これを労働時間と評価することはできないから、Xの自宅等と顧客宅の間の移動時間を労働時間と認めることはできない。

2 特定の名目で支払われている金銭がいわゆる固定残業代であるというためには、①当該金銭が時間外労働に対する対価として支払われていること、②当該金銭が他の部分と明確に区分されていることが必要と解されるところ、本件についてみると、Y社は、その表現こそ異なるものの、給与規程において、月30時間分の残業代相当額が賃金に含まれ、あるいは固定残業代として支払う旨を明記し、かつ給与支給明細書においては、その具体的な金額まで明記されているのであるから、賃金のうち、固定残業代として支払われている金額は、その他の賃金と金額面で明確に区分されており、上記の①及び②の要件のいずれも満たすと認めるのが相当である。

上記判例のポイント1は、直行直帰の場合の労働時間に関する考え方として参考になります。

判例のポイント2については、固定残業代が認められていますね。

ちゃんと最高裁が示した要件を前提として運用していれば裁判所も認めてくれます。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金139 口頭弁論終結後に割増賃金を支払った場合の付加金支払義務(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、口頭弁論終結後に割増賃金を支払った場合の付加金支払義務に関する裁判例を見てみましょう。

損保ジャパン日本興亜(付加金支払請求異議)事件(東京地裁平成28年10月14日・労判1157号59頁)

【事案の概要】

本件は、判決により労働基準法114条所定の付加金の支払を命ぜられた原告が、判決確定前に未払割増賃金を支払ったので、付加金の支払義務が発生しておらず、Xが同判決を債務名義、同判決で命ぜられた付加金請求権を請求債権とし、Y社を債務者として行った債権差押えは不当な執行であるとして、同強制執行の不許を求める請求異議の事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 労働基準法114条は、裁判所は、労働者の請求により、解雇予告手当(同法20条)、休業手当(同法26条)、割増賃金(同法37条)、年次有給休暇の期間における賃金を支払わない(同法39条6項)使用者に対し、使用者が本来支払うべき金額の未払金のほか、同一額の付加金の支払を命じることができると定めている。
付加金の性質は、労働基準法によって使用者に課せられた義務の違背に対する制裁であって、損害の填補としての性質を持つものではないと解され、実体法的な権利関係に基づいて生ずるものではないから、未払割増賃金の弁済等の実体法上の消滅原因によって付加金支払義務を免れることができないというべきである。
また、付加金支払義務は、付加金の支払を認める判決の確定によって生じるところ、判決の基礎とすることができる事実は、事実審の口頭弁論終結時までのものである。
このことからすると、付加金の支払を認める判決の確定によって、付加金支払義務が発生するためには、事実審の口頭弁論終結時において、付加金の支払を命ずるための要件が具備されていれば足り、当該判決が取り消されない限りは、事実審の口頭弁論終結後の事情によって、当該判決による付加金支払義務の発生に影響を与えないというべきである。
したがって、使用者が判決確定前に未払割増賃金を支払ったとしても、その後に確定する判決によって付加金支払義務が発生するので、付加金支払義務を消滅させるには、控訴して第一審判決の付加金の支払を命ずる部分の取消を求め、その旨の判決がされることが必要となる
 この点、Y社は、最高裁平成26年判決が「裁判所がその支払を命ずるまで(訴訟手続上は事実審の口頭弁論終結時まで)に使用者が未払割増賃金の支払を完了しその義務違反の状況が消滅したときには」と判示していることから、事実審終了後判決確定までの間に未払割増賃金が支払われた場合には、付加金が発生しないことが前提となっており、判決にある付加金支払義務は、判決確定前に未払の割増賃金等が支払われないことを停止条件として発生する、又は、判決確定前に未払の割増賃金等が支払われることを解除条件とするものである旨主張する。
しかし、最高裁平成26年判決では、付加金支払義務はその支払を命ずる判決の確定によって発生するものであるが、事実審の口頭弁論終結後の事実は判決の基礎とすることができないから、使用者が未払賃金の支払を完了して付加金支払義務を免れることができるのは、訴訟手続上、事実審の口頭弁論終結時までとなることが説示されているものと解され、このことからすると、付加金支払義務を免れるためには使用者としては控訴をした上で訴訟手続上、支払の事実を主張立証することが必要であると解される。
したがって、判決による付加金の支払義務の発生は、判決確定前の未払割増賃金等の支払の有無を条件とするものである旨の原告の主張は採用できない。

本件の特徴は、「事実審の口頭弁論終結後判決確定前」に未払賃金を支払ったという点です。

結論としては上記のとおりです。

支払いが遅れないように気をつけましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金138 退職した看護師に対する修学資金等返還請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、辞職した看護師等に対する修学資金等貸付金返還請求に関する裁判例を見てみましょう。

医療法人杏祐会事件(山口地裁萩支部平成29年3月24日・労判ジャーナル64号32頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、かつて雇用していた看護師であるXに対し、①准看護学校在学中の修学資金等として、平成17年4月4日から平成19年3月1日まで合計約146万円を期限の定めなく貸し付け、さらに、②看護学校在学中の修学資金等として、同年4月26日から平成22年3月27日まで合計108万円を期限の定めなく貸し付けたとして、金銭消費貸借契約に基づき、本件貸付①の残元金約146万円及び本件貸付②の元金108万円の合計254万円等の支払を求めるとともに、Xの父であるAに対し、同人が本件貸付の貸金債務を連帯保証したとして、保証契約に基づき、上記同額の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 E事務長等のY社の管理職は、Xが退職届を提出するや、本件貸付の存在を指摘して退職の翻意を促したと認められるのであり、本件貸付は、実際にも、まさにXの退職の翻意を促すために利用されており、しかも、E事務長は本件貸付②だけではなく本件貸付①も看護学校卒業後10年間の勤務をしなければ免除にならないと述べるなど、本件貸付規定は、労働者にとって更に過酷な解釈を使用者が示すことによってより労働者の退職の意思を制約する余地を有するものともいえ、このようなXの退職の際のY社の対応等からしても、本件貸付は、資格取得後にY社での一定期間の勤務を約束させるという経済的足止め策としての実質を有するものといわざるを得ないから、本件貸付②は、実質的には、経済的足止め策として、Xの退職の自由を不当に制限する、労働契約の不履行に対する損害賠償額の予定であるといわざるを得ず、労働基準法16条の法意に反するものとして無効というべきである。

労働基準法16条では「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と規定されています。

このような病院は複数存在しますが、訴訟になればこのような結果になりますのでご注意ください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。