管理監督者60 取締役統括部長であった原告の管理監督者性が否定された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、取締役統括部長であった原告の管理監督者性が否定された事案を見ていきましょう。

アスク事件(東京地裁令和5年4月12日・労経速2547号32頁)

【事案の概要】

1 本訴は、Y1社において営業職として勤務していたXが、Yらに対し、次の各請求をする事案である。
ア Y1社に対し、時間外労働等に対する未払賃金として594万5288円+遅延損害金の支払
イ Y1社に対し、付加金として497万0113円+遅延損害金の支払
ウ Y1社に対し、退職金として、424万6504円+遅延損害金の支払
エ Xは、Y1社から退職金の現物給付として本件自動車を支給することが決まっていたのに、これが履行されていないと主張し、①Y2社に対し、Y2社との間の退職金の支給に係る債務引受合意に基づき、本件自動車の所有権移転登録手続の請求(主位的請求)、②Y1社に対し、本件自動車を支給しなかったとの債務不履行に基づき、損害賠償として230万円(本件自動車の時価)+遅延損害金の支払(予備的請求)
2 反訴は、①Y1社が、XにはY1社に在任中に労働契約上の義務違反(債務不履行)及び不法行為を構成する行為があったとして、Xに対し、これらの行為による損害賠償(債務不履行による損害6万2670円、不法行為による損害232万3269円)+遅延損害金を請求するとともに、②Y2社が所有権に基づき、Xに対し、Xが占有する本件自動車の引渡しを請求する事案である。

【裁判所の判断】

 Y1は、Xに対し、448万8522円+遅延損害金を支払え。
 Y1は、Xに対し、100万円+遅延損害金を支払え。
 Y2は、Xに対し、別紙2車両目録記載の自動車について所有権移転登録手続をせよ。
 Xは、Y1に対し、6万2670円+遅延損害金を支払え。
 Xのその余の本訴請求を棄却する。
 Y1のその余の反訴請求及びY2の反訴請求をいずれも棄却する。

【判例のポイント】

1 ①Xは、従業員の人事考課を行っていたものの、最終的な決定は代表取締役が行っており、Xの意見が覆されることもあった。
②Xは、人材の採用に関して、応募してきた者の面接を行い、社長に意見を述べていたものの、Y社代表者が最終的な決定を行い、Xが採用すべきとの意見を述べた場合(6件)のうち、2件についてはY社代表者がこれと異なる意見を述べて、不採用となった。
③Xは、部下の異動について代表取締役に意見を述べていた。
④Xは部下の日報を確認していた。
以上の認定事実を踏まえて検討すると、たしかに、Y1社の機材の購入計画及び廃棄計画並びに売上管理表の原案を作成していた点では経営に関与しているとともに、人事考課、人材の採用等の場面において、代表取締役に意見を述べて、人事・労務管理に一定の役割を果たしたこと自体は否定できない
しかしながら、①Xは取締役ではあったものの、取締役会を通じて経営に参画していたとはいえないこと、②合同会議で議題されていた内容は経営方針そのものというよりは、それぞれの部門の実務的な課題と評価されるものであること、③統括部営業会議は、部門長が出席する会議であり、会議の内容を考慮しても、経営に関する意思決定が行われていたとはいえないこと、④Xには建設機械を購入する権限がなかったことからすると、Xが経営上の決定に参画していたとはいえない。
また、人事・労務管理上の権限に関しても、Xは意見を述べるにとどまり、最終的な決定権限は代表取締役にあり、代表取締役の権限が形骸化していたとも評価できない。Y社代表者は、Y社代表者が面接をしないで採用が決まったこともある旨供述するが、その数は少ないとも供述しており、採用の決定権限がY社代表者にあったとの認定を左右しない。また、日報については、Y社代表者は、日報は労務管理のためのものである旨供述する一方で、Xは部下に営業の指導、アドバイスをするために部下の日報を見ていた旨供述しており、C専務もXは日報とタイムカードの双方を確認していない旨供述していることからすると、日報が労務管理を目的として作成されていたとまでは認められない。そうすると、Xが部下の日報を見ていたとしても、人事・労務管理上の権限を有していたこととはいえない。
以上によれば、Xは機材の購入計画及び廃棄計画並びに売上管理表の原案を作成していた等の点で一定程度経営に関与していたことは否定できないものの、それ以外に経営に関与していたと評価できる事情はなく、特に人事・労務管理上の権限に関しては、最終的にはY社代表者に権限があったと認められるのであって、Xは、経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されていたとまではいえない。

ご覧のとおり、もはや管理監督者性についてはあきらめたほうが無難かと思います。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。   

本の紹介2126 あっという間に人は死ぬから 「時間を食べつくすモンスター」の正体と倒し方(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は本の紹介です。

気付いたらスマホをいじって時間を浪費してしまうという方や「忙しい」が口癖の方のための本です。

もっとも、そのような方はこの本を読む時間もないですかね。

さて、この本で「いいね!」と思ったのはこちら。

古代ローマの哲学者セネカは『人生の短さについて』で、このようにいっています。
『人生は短いのではなく浪費している』。
つまり、やるべきことをやらずにどうでもいいことに時間を使っているから、気づいた時には人生が終わっている、というのです。」(47頁)

同感。

どれだけの時間を浪費しておきながら、本来やるべきことについて「時間がない」といってやっていないことか。

ただ、この話は、つまるところ、人生の目標をどこに設定しているかと極めて密接に関係しています。

人生は、一発のホームランで決まるのではなく、日々の小さいヒットの積み重ねによって構成されています。

どのようなことに時間を費やしてきたのかが、年齢を重ねれば重ねるほど、はっきりと目に見える形で表れます。

残酷ですが、真実です。

メンタルヘルス13 主治医により復職可能との診断はされたが、産業医との面談結果等から復職が認められなかった事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、主治医により復職可能との診断はされたが、産業医との面談結果等から復職が認められなかった事案を見ていきましょう。

ホープネット事件(東京地裁令和5年4月10日・労経速2549号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と雇用契約を締結して主に営業職として就労していたXが、双極性感情障害を発症して平成30年9月1日からY社を休職していたところ、Y社から、就業規則で定められた休職期間の満了を理由に令和2年3月31日をもって自然退職したものと取り扱われたことにつき、上記の双極性感情障害は、職場でパワーハラスメントを受けたことによるストレスに起因して発症した業務上の疾患である上、令和2年3月31日時点において、休職前に従事していた通常の業務を遂行できる程度にまで回復し、あるいは、復職後ほどなく回復する見込みがあったほか、休職前の業務以外の他業務であれば復職することは可能であったから、休職期間の満了を理由に原告を退職扱いとしたY社の措置は無効であり、また、Y社による上記の措置及び職場におけるパワーハラスメントはXに対する不法行為を構成し、これにより精神的苦痛を被ったと主張し、Y社に対し、(1)雇用契約に基づき、①雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認、②令和2年5月から本判決確定の日までの毎月25日を支払日とする賃金月額52万6000円+遅延損害金の支払、③令和2年5月から本判決確定の日までの毎年3月28日を支払日とする賞与24万3000円、毎年6月8日を支払日とする賞与41万3100円、毎年12月10日を支払日とする賞与37万3000円+遅延損害金の支払、(2)不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料300万円及び弁護士費用150万円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、令和2年2月21日の診察時に、C医師から症状の改善を認めるため同年3月1日より復職可能と判断できる旨の診断がされている旨を主張する。
この点、C医師により上記の旨が記載された本件診断書が作成されているものの、Xについては、同年3月時点においても、本件傷病に対する治療内容や処方内容等に特段の変化は見受けられず、多剤投与が続いていたことからすれば、通院当初から継続して行われている治療が継続されている状態にあったものと解されるのであって、Xが休職期間の満了後である令和2年5月22日に河内クリニックを受診した際にG医師からあらためて「躁うつ病」と診断されたことも上記の判断を裏付けるものである。
また、C医師は、同年3月から復職が可能であると判断した理由について、本人が働けるかどうかを一番分かっているので、復職を希望するXの言葉を聞いて同日から復職可能であると判断し、ただ、いきなりフルタイムということはあまりないので労務軽減を要する旨の診断をしたことが認められ、特にXの従前の就労状況や担当業務を踏まえて復職可能という判断をしたものではないことがうかがわれる
かかる諸事情に加え、Xにおいて、当初復職を目指していた令和2年3月1日の直前である同年2月の時点でも、復職に向けた取組は何ら行われていなかったことや双極性障害の治療において重要とされている生活リズムのコントロールが十分に図られていなかったことなどの事情も併せると、C医師の本件診断書に係る意見が、Xが未だ治療途上にあり復職できるほどに回復した状況にあったとはいい難い旨のD医師の意見を超える有意性を有するとまでは認め難いものといわざるを得ない。したがって、Xの上記主張は採用することができない。

2 Xが「最初の1か月間は午前中のみの勤務とし、労務軽減した形での復職が望ましい。」と記載された本件診断書を被告に提出したことをもって、配置される現実的可能性がある他の業務について労務の提供を申し出ていたものと解する余地もあるため、さらに検討するに、Y社は、令和2年4月期において672人の従業員を擁していたが、実質的には、そのほとんどはY社の取引先である派遣先への派遣が予定されている者、あるいは現に派遣先に派遣されている者であって、Y社の本来業務に従事している従業員(派遣先へ派遣されている者及び派遣予定の者を除いた従業員)は54人程度であったこと、Y社の事業内容は人材派遣業及びそれに関連する事業が主体であることが認められるから、Y社が多様な職種や業務部門を有していたとまでは認め難い。
また、平成30年10月に株式会社bの完全連結子会社となり、令和2年3月当時も○○グループの一翼を担っていたが、Y社と株式会社bとの間、あるいはY社と○○グループの他の企業との間で人事交流や異動等がされるということはなかったことがうかがわれる。
加えて、令和2年3月時点でXの本件傷病は未だ治療中であり、当該時点において本件傷病が復職後ほどなく軽快することが見込まれていたとは認め難いところ、本件全証拠を子細にみても、令和2年4月時点で存在したY社の業務部門の中で、Xが休職原因となった本件傷病(双極性障害)を有する状態のまま就労可能な業務密度や業務量の少ない業務や部署が現に存在したことを認めるに足りる的確な証拠はない。

主治医と産業医で復職の可否に関する意見が割れることは決して珍しいことではありません。

このような場合、会社としてはどのように判断すればよいのか悩むところだと思います。

本件では、産業医の意見が採用されましたが、事案によっては主治医の意見が採用されることもあります。事案によるわけです。

使用者としていかに対応すべきかについては、顧問弁護士の助言の下に判断するのが賢明です。

本の紹介2125 最高のキャリアを作る10のルール#2(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、本の紹介です。

今から6年前に紹介した本ですが、再度、読み返してみました。

著者は、32歳でオバマ前大統領首席補佐官代理を務めた方です。

プロとしての厳しさ、意識の高さを学ぶにはとてもいい本です。

さて、この本で「いいね!」と思ったのはこちら。

『準備のできている自分』でいるために」(77頁)

チャンスはいつ訪れるかわかりません。

だからこそいつチャンスが来ても対応できるように日頃から準備をしておくのです。

また不思議なことに、準備をしているとチャンスが訪れるのです。

一発逆転なんて狙わずに、人が寝ているとき、休んでいるとき、遊んでいるときに地道に努力を続ける。

ただそれだけのことです。

労働時間107 不活動仮眠時間について労働時間該当性が認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、不活動仮眠時間について労働時間該当性が認められた事案について見ていきましょう。

大成事件(東京地裁令和5年4月14日・労経速2549号24頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されて東京都内のビル内での設備管理業務に従事したXらが、Y社は労働基準法所定の割増賃金を支払っていないと主張して、Y社に対し、それぞれ次の各支払を請求する事案である(以下略)。

【裁判所の判断】

Y社は、
①X1に対し、708万2791円+遅延損害金を支払え
②X1に対し、付加金462万9917円+遅延損害金を支払え。
③X2に対し、835万2375円+遅延損害金を支払え。
④X2に対し、付加金557万3823円+遅延損害金を支払え。
⑤X3に対し、427万2058円+遅延損害金を支払え。
⑥X3に対し、381万9861円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 勤務の実態として、当直設備員2名のうちいずれかの仮眠時間に当たる時間帯においても、当直設備員らは、トラブル等に複数名で対応していたもので、2名以上で対応した件数は、平成29年2月から令和元年8月までの2年6か月間に少なくとも46件、Xらが対応したものだけでも33件に上り、その頻度は、1か月間に1件を上回るものであった。

2 設備控室に内線電話、緊急呼出装置、インターフォンが設置されていたほか、設備員は、勤務中、休憩・仮眠の時間であっても館内PHSの携帯を義務付けられ、仮眠時間中であっても、防災センターから容易に連絡を取ることができる状況にあり、仮眠に入る際、寝間着等ではなく、洗濯後の別の制服に着替えていたことをも踏まえれば、仮眠時間中の設備員も労働から離れることはできていなかったと認められ、Xらは、本件仮眠時間中、労働時間に基づく義務として、設備控室における待機とトラブル等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けされていたと認めることができる。

上記の事情が認められる以上、仮眠時間が労働時間にあたることは、過去の裁判例から明らかです。

警備員の労働時間の長さゆえに、結果として高額な未払残業代が認定されています。

日頃の労務管理が勝敗を決します。日頃から顧問弁護士に相談することが大切です。

本の紹介2124 人生の「師匠」をつくれ!#2(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、本の紹介です。

今から6年前に紹介した本ですが、再度、読み返してみました。

人生は『何のために』で動き出す」と著者は言います。

目的を明確に持っていると漫然と日々を過ごすということが受け入れられなくなります。

さて、この本で「いいね!」と思ったのはこちら。

『でっかいことをしろ!』と教えてくれる師匠も、とてもすばらしいのです。しかし、平凡なやさしさと思いやり、毎日を丁寧に生きるという当たり前のことを教えてくれた父も、僕の大切な師匠です。」(192~193頁)

みなさんは日頃、どのようなことを心に留めていますか。

私は、死ぬ直前まで向上心を持って生きたい、と思って、日々、生活しています。

勉強を続けるのも、筋トレやボクシングを続けるのもすべて、1年前よりも成長したいと願うからです。

人や社会のせいにして不平不満ばかりを口にする人生なんてまっぴらです。

そんなことをしていたって、何ひとつ状況が好転しないことは自分が一番よくわかっているのに。

自分の人生は自分の力で切り拓くしかありません。

セクハラ・パワハラ87 不法行為とされた上司のセクハラ言動の一部と、原告の精神疾患発症との因果関係が認められず、会社の安全配慮義務違反及び一部を除き使用者責任も否定された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、不法行為とされた上司のセクハラ言動の一部と、原告の精神疾患発症との因果関係が認められず、会社の安全配慮義務違反及び一部を除き使用者責任も否定された事案を見ていきましょう。

A社事件(東京地裁令和5年5月29日・労経速2546号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で雇用契約を締結し就労していたXが、上司であったAからセクシュアル・ハラスメントを受け、Y社が事前及び事後に適切な措置をとらなかったため、PTSDないし複雑性PTSDを発病し、休職を余儀なくされた旨主張して、①Aに対しては不法行為に基づき、Y社に対しては使用者責任又は債務不履行に基づき、連帯して、合計1726万3741円の損害賠償+遅延損害金の支払を求めるとともに(請求1)、②Y社に対し、債務不履行に基づき、合計330万円の損害賠償+遅延損害金の支払を求める(請求2)事案である。

【裁判所の判断】

1 Aは、Xに対し、55万円(5万5000円の範囲で被告会社と連帯)+遅延損害金を支払え。
 Y社は、Xに対し、Aと連帯して、5万5000円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xは、Aの不法行為及びY社の不適切な対応によりXがPTSDないし複雑性PTSDを発病した旨主張する。そして、K医師は、同人作成の「診断書および意見書」において、Xが「PTSD(DSM5)、複雑性PTSD(ICD-11)」であるとし、その原因となった出来事として、「1)勤務先の部長(当時)から、拒否しているにも関わらず、頻繁に食事の誘いをされ、拒否してもやめてくれない上に、社内で追いかけられたり、盗撮されたりしていたことを知ったこと」、「2)2017年1月29日取引先との新年会の帰りのタクシー内で、上記部長から強制わいせつ(無理やり送ると言われ、にじり寄られ、身体に触れるため、叫んで逃げようとしたが、キスをしようとしてきた)を受けたこと」、「3)この出来事に会社が対処してくれなかったこと。」を指摘している。
しかしながら、上記診断結果は、上記意見書の記載内容に照らせば、もっぱらXの主訴に基づくものと解されるところ、Xが主張するAによる不法行為はその一部しか認定できず、Y社の職場環境配慮義務違反を認めることができないことは既に認定説示したとおりである。
そうすると、K医師の上記診断結果は、客観的に認定できない事実関係等に依拠したものといえ、これを直ちに採用することはできない
このことに加え、PTSD(DSM-5)の診断基準としては、・・・とされるところ、本件訴訟において認められるAの不法行為(写真撮影行為及び本件タクシー内行為)は、Xの性的自由を侵害するものであり、Xに屈辱や恐怖等の精神的苦痛を与えるものであったということができるものの、肉体的接触を含む行為に及んだと認められるのは、本件タクシー内行為の一件のみであり、その態様も、タクシーに乗車していた約20分の間、Xの手や太ももに触り、覆いかぶさって抱きつくようにしたというもので、重大な性犯罪に該当するとはいえないし、タクシーには、当然、運転手も乗車しているのであって、Aと二人きりで閉じ込められていたというものではなく、Xは、Aから逃れるためにタクシーを停車させてタクシーから降りたとの事情も併せ考慮すると、当該行為が、上記診断基準を満たすような極めて脅威を感じさせるような性的暴力であったとまでは評価できない
以上によれば、Xが、Aの不法行為及び被告会社の不適切な対応により、PTSDないし複雑性PTSDを発病したとは認められない。

裁判所が、心療内科医の診断とは異なる判断をすることは決して珍しくありません。

裁判では、「診断書にそう書いてあるから」というだけでは十分とはいえない場合がありますので注意が必要です。

社内のハラスメント問題については顧問弁護士に相談の上、適切に対応しましょう。

本の紹介2123 感動経営#2(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、本の紹介です。

今から5年前に紹介した本ですが、再度、読み返してみました。

経営において何が大切であるかを振り返るのにとても良い本です。

さて、この本で「いいね!」と思ったのはこちら。

企業は、成長本能と違って、進化に対しては臆病になりがちだ。進化は、企業の本能にはないものだ。だからこそ、進化しようという強い意志が必要となる。」(107頁)

過去の成功体験が時として進化を邪魔することがあります。

過去の延長線をただひたすら歩いていくほうがリスクが少ないように感じてしまうことがあります。

でも、それでは今まで以上に上手に歩くことはできるようになるかもしれませんが、決して空を飛べるようにはなりません。

同一労働同一賃金276 定年後再雇用時の賃金を従前の6割としたことが旧労契法20条に違反せず、また通勤手当を一定距離未満の場合、不支給とした規程の不利益変更が有効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、定年後再雇用時の賃金を従前の6割としたことが旧労契法20条に違反せず、また通勤手当を一定距離未満の場合、不支給とした規程の不利益変更が有効とされた事案を見ていきましょう。

日本空調衛生工事協会事件(東京地裁令和5年5月16日・労経速2546号27頁)

【事案の概要】

本件は、Y社を平成30年3月に定年退職し、その後、令和2年3月まで嘱託職員として再雇用され、定年退職前の6割の賃金を受給していたXが、Y社に対し、以下の各請求をする事案である。
定年後再雇用に際し、労使慣行に基づき賃金を定年退職前の7割とする再雇用契約が黙示的に成立した、又は再雇用契約において賃金を定年退職前の6割としたことは平成30年7月6日法律第71号による改正前の労働契約法20条に違反するとして、賃金請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、差額賃金相当額及びこれに対する遅延損害金の支払
②Y社が平成26年11月19日改正施行の就業規則及び給与規程に基づき、従前は利用距離にかかわらず通勤に利用するバス運賃を通勤手当として支給していたのを改め、最寄駅までのバス路線距離が1.5km未満の場合はバス運賃を支給しないこととしたのは、就業規則等の不利益変更に当たり無効であるとして、賃金請求権に基づき、上記改正により支払を受けられなくなったバス運賃相当額及びこれに対する遅延損害金の支払
③Y社がXとの再雇用契約を更新せず、令和2年3月限りで終了させたことは、65歳到達以降も再雇用契約が更新されるというXの合理的期待に反するとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、1年分の未払賃金相当額(定年退職前の7割を前提に算出)及びこれに対する遅延損害金の支払
④Y社在職中に上司から別紙記載のパワーハラスメントを受けたなどとして、使用者責任又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき、慰謝料及びこれに対する遅延損害金の支払

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xの職務の内容に関しては、配置部署、勤務時間、休日等の労働条件は定年前後で変化がない。定年退職時に有していた主任の肩書は、再雇用に当たり外されたものの、主任としての具体的な権限は明らかでなく、責任の範囲についても変化は窺われない。しかし、業務の量ないし範囲については、従前はA課長とXの2名で担当していた経理課の業務を、新たに入職したDを含む3名で担当することとなり、経理業務、決算業務を中心に、Xが担当していた相当範囲の業務がDに引き継がれ、再雇用後はXが単独で担当する予定であった福利厚生関係業務も、実際にはA課長と分担していたのであるから、Xの業務が定年前と比べて相当程度軽減されたことは明らかである。

2 定年後再雇用であることが、賃金の減額の不合理性を否定する方向に働く事情として考慮されるべきことは上記のとおりである。特に、定年前のXの給与は、年功序列の賃金体系の中で、長年の勤続ゆえに、担当業務の難易度以上に高額の設定になっていたことが推認され、1400万円を超える退職金も受給したこと、Y社における定年は63歳であり、平成30年4月当時は男女とも特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)を受給可能であったこと、Xの本件更新拒絶による退職後にその担当業務を引き継ぎ、定年退職時点でのXと概ね同様の業務を分担することとなったEの月給額は、再雇用後のXの基本給と同水準であることも、「その他の事情」として考慮することが相当である。
以上を総合勘案すれば、Xの定年後再雇用に当たり、賃金を定年前の6割としたことが不合理であるとは認められず、旧労働契約法20条に違反しない。

3 本件規程変更に伴い、自宅から最寄駅まで1.5km未満のバス路線を通勤に利用してその運賃相当額を通勤手当として受給していた職員には、これを受給することができなくなるという不利益が生じることになる。しかし、自宅から最寄駅まで1.5km以内という距離は、一般に徒歩圏と受け止められる範囲であり、身体に特段の障害等がない限り、バス路線が設定されていても、徒歩で駅に向かうのが合理的であると解される。現に、この変更によって不利益を被った職員はXとJの2名のみであり、被る不利益も1.5km以内の徒歩を要する程度で、理由はどうあれ、XもY社から身体的な事情による特例支給を打診されながらこれを申請していない。また、かかる打診から明らかなとおり、Y社において変更後も当該規程を柔軟に運用している。こうした事情に照らせば、本件規程変更に伴う不利益は、軽微なものと評価するのが相当である。
他方、Y社においては、予算の効率的執行を図るため、通勤手当の算定方法として最も経済的かつ合理的な通勤経路を明記するという目的で本件規程変更を実施したものと認められるところ、これによる経費節減の効果は僅少とはいえ、一般社団法人であるY社に求められる予算の効率的執行に資することは確かであり、相応の必要性を肯定することができる。
内容面においても、変更後の規定は、社会通念上徒歩圏といえる範囲で、一般的には合理的な通勤経路とはいい難いバスの運賃について通勤手当の支給対象外とするものであり、身体的事情による特例支給も許容する柔軟な運用と相まって、合理的なものと評価することができる。
さらに、Y社は本件規程変更を含む就業規則等の改正に関して、平成26年7月25日の説明会から意見聴取の機会を付与し、職員代表であったXは2回にわたり意見書を提出しており、その中でも本件規程変更に関しては何らの言及がなかった。Xは「条文を読解するには十分な時間がな」いと述べていたものの、意見表明のための検討期間としては、Y社が当初設定した同年9月1日まででも十分な猶予があったというべきであり、同年11月19日に本件規程変更を施行するまでの間に、Y社は職員との関係で必要な手続を履践したと評価することができる。Xが加入する労働組合から、本件規程変更に関する異議が述べられたのは、施行から6か月近く経過した後のことであって、本件規程変更の効力を左右するものとはいえない。
以上によれば、本件規程変更は有効であり、Xの主張は理由がない。

正社員と嘱託社員との同一労働同一賃金問題について、裁判所がどのような点に着目して判断をしているのかを是非確認してください。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

本の紹介2122 幸せになる勇気#2(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、本の紹介です。

今から6年前に紹介した本ですが、再度、読み返してみました。

幸せになるのに勇気なんて必要なのかな、と思う方もいるかもしれません。

幸せの定義によりますが、他人の評価から自由になるためには一定の勇気が必要だと思います。

さて、この本で「いいね!」と思ったのはこちら。

われわれは誰しも、客観的な世界に住んでいるのではなく、自らが意味づけした主観的な世界に住んでいる。われわれが問題としなければならないのは、『世界がどうであるか』ではなく、『世界をどう見ているか』なのだ。われわれは主観から逃げることはできないのだ、と。」(53~54頁)

同じものを見ていても、見方、感じ方は人それぞれです。

まさに、グラスに半分入っている水を見て、half fullと感じる人とhalf emptyと感じる人の違いです。

つまり、幸せは客観的な条件を意味するのではなく、純主観的な感じ方に完全に依拠します。

自らの幸せの定義が明確にわかっており、それに沿った生き方ができていれば、たとえどんな状況であったとしても幸せなのです。