Category Archives: 賃金

賃金278 覚醒剤所持及び使用の罪での有罪判決を理由に懲戒解雇された従業員への退職金不支給が有効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、覚醒剤所持及び使用の罪での有罪判決を理由に懲戒解雇された従業員への退職金不支給が有効とされた事案を見ていきましょう。

小田急電鉄事件(東京地裁令和5年12月19日・労経速2542号16頁)

【事案の概要】

本件は、令和4年7月7日付けでY社を懲戒解雇されたXが、Y社に対し、退職金及びこれに対する遅延損害金の支払を請求する事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件犯罪行為は、覚醒剤取締法41条の2第1項(所持)、同法41条の3第1項1号、同法19条(使用)により、いずれも10年以下の懲役に処すべきものとされる相当重い犯罪類型に該当する。直接の被害者は存在しないとはいえ、覚醒剤の薬理作用による心身への障害が犯罪等の異常行動を誘発すること、密売による収益が反社会的組織の活動を支えていること等の社会的害悪は、つとに知られているところである。
約5年にわたる使用歴を有するXの覚醒剤への依存性、親和性は看過し得ない水準にあったといえる。この間、Xは大野総合車両所の車両検査主任の立場にあって、管理職ではないとはいえ、首都圏の公共交通網の一翼を担うY社の安全運行を支える極めて重要な業務を現業職として直接担当していた。摂取から少なくとも数日は尿から覚醒剤が検出されるという調査結果等に照らせば、ほぼ毎週末覚醒剤を摂取していたXが、業務への具体的影響は不明であるものの、身体に覚醒剤を保有した状態で車両検査業務に従事していたことは明らかである。この事態を重く見たY社が、延べ758名に対し延べ21時間10分もの時間をかけて再発防止のための教育措置をとったことは相当であり、これを過大な措置だとするXの主張は失当である。
以上の社内的影響に加え、Y社は監督官庁に本件を報告しており、限られた範囲ではあるが外部的な影響も生じている。なお、車掌や運転士等の鉄道会社やバス会社の従業員の薬物犯罪が報道され、社会的反響を呼んだ例は珍しくないのであって、本件が報道等により社会に知られるには至っていないことは偶然の結果というほかなく、これをXに有利に斟酌すべき事情として重視することはできない。

2 以上によれば、本件犯罪行為は、Xの永年勤続の功労を抹消するほどの不信行為というほかなく、退職金の全部不支給は相当である。

私生活上の非違行為を理由とする退職金の不支給が相当であるとされた事案です。

私生活上の非違行為が争点となる事案では、いかに業務や社内秩序に悪影響があったのかを具体的に主張することが求められます。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金277 従業員の地位を併有するとして、専務執行役への退職金の支払いが認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、従業員の地位を併有するとして、専務執行役への退職金の支払いが認められた事案を見ていきましょう。

学究社事件(東京地裁令和5年6月29日・労経速2540号24頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の専務執行役であったXが、従業員の地位も併有していた旨主張して、Y社に対し、退職金3999万円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、1800万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Xは、その後、Y社の執行役に就任し執行役としての業務に従事したものの、管理本部長等の従業員としての職制上の地位を併有しており、執行役に就任した際、Y社に対し退職届を提出したり、雇用保険の資格喪失手続をしたり、Y社から退職金の支払いを受けたりするなどして従業員としての地位を清算することはなかったことから、従前有していたY社の従業員としての地位に変化はなかったということができる(なお、Y社退職金規程3条1号のとおり、Y社においては退職金規程上も使用人兼務役員の存在が認められているところである。)。
また、Xの業務内容についてみても、塾講師としての業務を続けるなど、実務的で使用者からの指揮監督を受けて行うことが想定される業務にも従事している。さらに、Y社は、XについてA退職金規定に則って計算した金額を退職給付引当金として計上したり、Aの規定に従って退職金の手続をとることを通知したりするなど、Xのことを従業員であると認識していたと推認できる事情もある。なお、Y社は、X以外の執行役についても、Xと同様に退職給付引当金を計上したり、従業員のみが対象となる企業型確定拠出年金の拠出をしたりするなどしており、執行役についても退職金について従業員と同様の取扱いをしているし、Y社においては、執行役に就任した後、従業員の地位に戻る者もいたことなどから、執行役は、従業員と明確に区別されていなかったということができる。
したがって、Xは、Y社において、執行役就任に伴い従業員としての地位を喪失したということはできないから、Y社の従業員であったということができる。

同種の事案は決して珍しくありません。

裁判所がどのような事実に着目して、上記結論を導いているのかをチェックしましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金276 酒気帯び運転による懲戒免職処分に伴う退職手当全部不支給の有効性(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、酒気帯び運転による懲戒免職処分に伴う退職手当全部不支給の有効性に関する判例を見ていきましょう。

宮城県・県教委(県立高校教諭)事件(最高裁令和5年6月27日・労判1297号78頁)

【事案の概要】

本件は、上告人の公立学校教員であった被上告人が、酒気帯び運転を理由とする懲戒免職処分を受けたことに伴い、職員の退職手当に関する条例12条1項1号の規定により、退職手当管理機関である宮城県教育委員会から、一般の退職手当等の全部を支給しないこととする処分を受けたため、上告人を相手に、上記各処分の取消しを求める事案である。

原審は、本件懲戒免職処分は適法であるとしてその取消請求を棄却すべきものとした上で、要旨次のとおり判断し、本件全部支給制限処分の取消請求を一部認容した。
被上告人については、本件非違行為の内容及び程度等から、一般の退職手当等が大幅に減額されることはやむを得ない。しかしながら、本件規定は、一般の退職手当等には勤続報償としての性格のみならず、賃金の後払いや退職後の生活保障としての性格もあることから、退職手当支給制限処分をするに当たり、長年勤続する職員の権利としての面にも慎重な配慮をすることを求めたものと解される。そして、被上告人が管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間誠実に勤務してきたこと、本件事故による被害が物的なものにとどまり既に回復されたこと、反省の情が示されていること等を考慮すると、本件全部支給制限処分は、本件規定の趣旨を超えて被上告人に著しい不利益を与えるものであり、本件全部支給制限処分のうち、被上告人の一般の退職手当等の3割に相当する額を支給しないこととした部分は、県教委の裁量権の範囲を逸脱した違法なものであると認められる。

【裁判所の判断】

原判決主文第2項から第4項までを次のとおり変更する。
上告人の控訴に基づき、第1審判決中、上告人敗訴部分を取り消し、同部分につき被上告人の請求を棄却する。

【判例のポイント】

1 被上告人は、自家用車で酒席に赴き、長時間にわたって相当量の飲酒をした直後に、同自家用車を運転して帰宅しようとしたものである。現に、被上告人が、運転開始から間もなく、過失により走行中の車両と衝突するという本件事故を起こしていることからも、本件非違行為の態様は重大な危険を伴う悪質なものであるといわざるを得ない
しかも、被上告人は、公立学校の教諭の立場にありながら、酒気帯び運転という犯罪行為に及んだものであり、その生徒への影響も相応に大きかったものと考えられる。現に、本件高校は、本件非違行為の後、生徒やその保護者への説明のため、集会を開くなどの対応も余儀なくされたものである。このように、本件非違行為は、公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであったといえる。さらに、県教委が、本件非違行為の前年、教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出するなどし、飲酒運転に対する懲戒処分につきより厳格に対応するなどといった注意喚起をしていたとの事情は、非違行為の抑止を図るなどの観点からも軽視し難い
 以上によれば、本件全部支給制限処分に係る県教委の判断は、被上告人が管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間にわたって誠実に勤務してきており、反省の情を示していること等を勘案しても、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない。

最高裁は、非常に厳しい判断をしました。

同じ事実関係でも、評価のしかた一つで、180度異なる判決が書けることの例です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金275 原審判決を維持し、請負制賃金の計算において割増賃金を控除する賃金制度が判別性の要件を満たし、合理的であるとされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、原審判決を維持し、請負制賃金の計算において割増賃金を控除する賃金制度が判別性の要件を満たし、合理的であるとされた事案を見ていきましょう。

JPロジスティクス事件(大阪高裁令和5年7月20日・労経速2532号3頁)

【事案の概要】

本件は、貨物自動車運送事業等を行っているY社との間で労働契約を締結し、集配業務に従事していたXらが、Y社に対し、Xらに支給すべき能率手当の算定に当たり割増賃金の一部である「時間外手当A」に相当する額を控除しており、労働基準法37条所定の割増賃金の一部が未払である等と主張し、その支払いを求めた事案である。

原審は、Xらの請求を全て棄却したため、これを不服とするXらが控訴を提起した。

【裁判所の判断】

控訴棄却

【判例のポイント】

1 請負制賃金に係る仕事の単位量に対する賃金率に関しては、労基法27条が、出来高払制その他の請負制で使用する労働者について、労働時間に応じ、一定額の賃金の保障をしなければならない旨を定めており、最低賃金法のような特別法は存在しない
本件賃金規則等は、時間制賃金と請負制賃金とを併用する併用型賃金体系を採用しているところ、その一部を構成する時間制賃金の水準は最低賃金法に違反すると認めるには足りない。また、賃金規則等の定めによれば、時間制賃金に対応する時間外手当A(60時間を超える労働時間に係る時間外手当を含まない。)の総額が、取り扱った荷物の重量、伝票枚数、客の軒数、走行距離等の集配業務の業務量に基づいて算出される賃金対象額を上回る場合、本件計算方法に基づき、能率手当が支給されることはないが、時間制賃金に対応する基本給及び時間外手当の支払も減額されることはないから、最低賃金法に違反しない内容の賃金が保障される。さらに、本件賃金規則等が併用する請負制賃金は、出来高を示す揚高の一定割合を賃金として支払うことを保障するものではなく、質の高い労働(労働密度の高い労働)を提供した場合に、賃金対象額と時間外手当Aとの差額に相当する価値を見出して、時間外賃金に加算をする性格のもので、出来高払制賃金とは異なり、Y社が併用している請負制賃金によって、出来高払制賃金の下で生じ得るような弊害が生じる危険性があると認めるには足りない
これらの諸事情に照らせば、本件賃金規則等の定めは、能率手当算定の計算式を「賃金対象額」-「時間外手当A」としている部分も含め、労基法27条が求める賃金の保障をしているものと解するのが相当である。

2 Xらは、本件には、時間外手当の額を控除する計算方法について判別性の要件を欠く旨判断した最高裁令和2年3月30日(国際自動車事件第2次上告審判決)の射程が及ぶから、本件の計算方法も判別性の要件を欠く旨主張する。しかしながら、上記判決の事案では、「歩合給(1)」の金額を導くために「対象額A」から差し引かれる割増金に歩合給対応部分が含まれており、歩合給に係る基礎賃金やそれを基礎として算定した時間外手当の額が不明確になってしまい、判別性を欠くことが明らかである。また、上記判決の事案では、「対象額A」は、出来高を示す揚高の一定割合を合計する方法で計算されており、「歩合給(1)」として、出来高に比例した歩合給の支払を保障する趣旨の定めがされていて、「歩合給(1)」が「出来高払制によって定められた賃金」に該当することが明らかである。
これに対し、本件賃金規則等において、能率手当算定の賃金対象額は、出来高を示す揚高の一定割合という形で計算されるものではなく、「出来高払制によって定められた賃金」とは異なる「その他の請負制によって定められた賃金」に該当することが明らかである。そうすると、本件の能率手当については、上記判決が指摘した「出来高払制によって定められた賃金」に該当する歩合給に関する問題は生じない

最高裁はどのように判断するでしょうね。

上記判例のポイント2にもあるとおり、国際自動車事件との比較検討をする必要があります。

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賃金273 未払賃金等請求訴訟において出退勤時刻等を手書きで記載した文書の提出命令が発せられた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、未払賃金等請求訴訟において出退勤時刻等を手書きで記載した文書の提出命令が発せられた事案を見ていきましょう。

對馬事件(東京地裁令和5年8月4日・労経速2530号20頁)

【事案の概要】

基本事件は、Y社との間で労働契約を締結し、Y社が経営する中華料理店で勤務していたXらが、時間外労働等をしたほか、交通費を支出し、経費を立て替えたと主張して、Y社に対し、労働契約に基づき未払割増賃金、交通費及び立替経費の支払を求めるとともに、労基法114条に基づき付加金の支払を求めた事案である。

Xは、本件文書1及び2の各文書について、Y社が所持しており、民訴法220条4号イないしホの除外事由に該当せず、取調べの必要性があると主張する。
これに対し、Y社は、Xらとの間で本件文書1は作成していない、Xらに関する本件文書2は給与の計算等が完了するとその都度は破棄していたため、存在しないと主張する。

(別紙1)

1 XらとY社との間で締結した労働条件通知書兼雇用契約書

2 令和3年1月から令和4年10月において、Y社が経営する麻布十番の高級料理店「對馬」でXらが出勤時、退勤時、休憩開始時、休憩終了時の都度手書きでそれら時刻を記載した紙

【裁判所の判断】

Y社は、本決定確定の日から2週間以内に、別紙1文書目録記載2の文書を提出せよ。

【判例のポイント】

1 Y社は、タイムカードを導入しておらず、Xらの労働時間を管理する文書としては本件文書2しかないのであるから、本件文書2は、「労働関係に関する重要な書類」(労基法109条)として、使用者たるY社が5年間の保存義務を負っていると認められる。しかも、違反した場合は罰金の罰則もあるのであるから(同法120条1号)、所持している蓋然性が非常に高いといえる。
このような点に照らすと、本件文書2は給与の計算等が完了するとその都度破棄していたとのY社の上記主張は、破棄の事実について具体的な裏付けもないまま、採用することはできないといわざるを得ない。
したがって、本件文書2は相手方が所持しており、民訴法220条4号イないしホの除外事由に該当しないから、相手方は本件文書2の提出義務を負う。
また、基本事件において、Xらの労働時間に争いがあるから、本件文書2を取り調べる必要がある。

文書提出命令が出された事案です。

文書所持者が文書提出命令に従わない場合や、裁判での使用を妨害する目的で当該文書を滅失した場合、「当該文書の記載に関する相手方の主張」あるいは「その事実に関する相手方の主張」を、裁判所は真実と認めることができます。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金272 仮執行宣言付判決に対して上訴を提起し、その判決によって履行を命じられた債務の存否を争いながら、同判決で命じられた債務につきその弁済としてした給付の帰趨(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、仮執行宣言付判決に対して上訴を提起し、その判決によって履行を命じられた債務の存否を争いながら、同判決で命じられた債務につきその弁済としてした給付の帰趨に関する裁判例を見ていきましょう。

三井住友トラスト・アセットマネジメント事件(東京高裁令和4年3月2日・労判1294号61頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されているXが、Y社に対し、①労働契約に基づく賃金(未払残業代)請求権に基づき、平成28年1月4日から令和元年7月31日(本件請求期間)の未払残業代である原判決別紙3「変更請求目録」及び原判決別紙4「追加請求目録」の各「E未払残業代」欄記載の各金員(合計2747万1761円)及び遅延損害金の支払を求める事案である。

原判決は、①未払残業代として1978万0532円+遅延損害金、②付加金として1402万3983円+遅延損害金の各支払を求める限度でXの請求を認容した。

これに対し、Y社は、敗訴部分を不服として控訴した。また、Xは、敗訴部分の全部を不服として附帯控訴するとともに、未払残業代の基準賃金額に一部誤りがあったとして、基準賃金額が増加した部分について訴えの追加的変更(拡張請求)をし、拡張請求分を含めて、①主文第1項(1)と同旨の判決を求めるとともに、②付加金として、2413万5538円+遅延損害金の支払を求めた。

【裁判所の判断】

Y社の本件控訴及びXの附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
Y社は、Xに対し、2766万8492円+遅延損害金を支払え。
Xのその余の請求を棄却する。

【判例のポイント】

1 Y社は、令和3年7月9日東京法務局に対し、原判決で認容された1978万0532円及びこれに対する令和3年7月2日までの確定遅延損害金436万9320円(合計2414万9852円)を弁済供託したので、その範囲で債務は消滅した旨主張する。
しかしながら、仮執行宣言付判決に対して上訴を提起し、その判決によって履行を命じられた債務の存否を争いながら、同判決で命じられた債務につきその弁済としてした給付は、それが全くの任意弁済であると認められる特別の事情がない限り、民訴法260条2項所定の「仮執行の宣言に基づく被告が給付したもの」に該当するというべきであり、このことは、その仮執行によって強制的に取り上げられた場合や仮執行に際し執行官に促されて弁済した場合に止まらず、仮執行宣言付判決を受けたのちにY社が弁済をした場合一般についてあてはまるものである(昭和47年最判参照)。
Y社は、令和3年5月7日付けで強制執行停止決定を受けているので、これにより仮執行宣言付判決に基づく強制執行が行われる可能性がなくなったのであるから、Y社による弁済は全くの任意弁済に当たると主張するが、Y社としては、仮に強制執行停止決定を受けた後に弁済供託をしたとしても、その後、当審において、Y社に金員の支払を命ずる原判決が取り消されれば、供託した物の取戻しを請求する意思があることが通常であり、当該供託は暫定的な弁済をする意思でされているとみるのが妥当であって、本件において、Y社の供託が全くの任意弁済であると認められる特別の事情があるということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、Y社の弁済の抗弁は採用することができない。

まず、金額にびっくりしてしまいますが、それはさておき、この論点は、未払残業代請求訴訟を被告(使用者側)代理人として対応する弁護士としては、常に頭を抱える問題です。

被告代理人としては、できれば付加金をなくしたいわけですが、未払残業代の金額についても争いたいという場合、苦しい選択を迫られます。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金271 残業代等未払いにおける元代表取締役の任務懈怠の有無等(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、残業代等未払いにおける元代表取締役の任務懈怠の有無等に関する裁判例を見ていきましょう。

そらふね元代表取締役事件(名古屋高裁金沢支部令和5年2月22日・労判1294号39頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、勤務先会社の代表取締役であったYの任務懈怠により勤務先会社から残業代の支払を受けられなかったと主張して、Yに対し、会社法429条1項に基づき、平成30年8月分、同年10月分及び同年12月分から令和2年2月分までの残業代元金相当額203万2365円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は、Yの任務懈怠は認められるが、残業代が未払である理由は本件会社の事業継続が困難な状況となったことが原因であり、任務懈怠との因果関係がないとしてXの請求を棄却したことから、Xがこれを不服として控訴した。

なお、Xは、原審において、Yの勤務先会社の代表清算人としての任務懈怠に基づく上記同額の請求を追加したが、時機に後れた攻撃防御方法として却下された。

【裁判所の判断】

YはXに対し、221万6082円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xが超過勤務をしたことによる残業代は月々発生する者であるから、Xが残業代の支払を受けられなかったことによる損害も月々発生するものである。そして、本件会社において、さほど多額とはいえないXの各月の残業代を支払うことすらできなかった経営状態であったことを認めるに足りる証拠はないことからすれば、Yの任務懈怠とXの損害との因果関係があると認められる。
そもそも、Yが残業代を支払わなかったのは、Xを管理監督者として扱っていたことによるものであって、経営状態を理由とするものではないことからも、上記の結論が裏付けられるというべきである。

代表者個人に対する任務懈怠に基づく損害賠償請求という構成で未払残業代相当額の請求をしています。

法人に対する請求・回収が困難な場合に採られる手法です。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金270 歯科技工士による未払残業代請求及び未払退職金請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、歯科技工士による未払残業代請求及び未払退職金請求に関する裁判例を見ていきましょう。

ツヤデンタル事件(大阪地裁令和5年6月29日・労判ジャーナル139号14頁)

【事案の概要】

本件は、歯科技工所を運営するY社と雇用契約を締結し、歯科技工士として勤務していたXが、Y社に対し、時間外労働に対する労働基準法37条に基づく未払割増賃金の支払を求め、また、雇用契約中に退職金の定めがあったとして、同契約に基づき未払退職金等の支払を求め、さらに、長時間労働等によりうつ病に罹患したとして、不法行為又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、1177万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払割増賃金支払請求一部認容

未払退職金支払請求、損害賠償請求棄却

【判例のポイント】

1 XとY社との間では、本件雇用契約において、平成30年時点において、通常の労働時間に対する賃金の額を月額50万円とする合意が成立していたと認められるから、仮にその後本件賃金規程が定められ、これに基づいて基本給の額が決定されたとしても、本件雇用契約の内容がこれによって規律されることとなるとは認められず(労働契約法7条ただし書)、また、本件賃金規程に基づいてY社の決定した基本給(月額17万3000円)は、他にこれに代わる手当等が支給されるようになった様子もうかがわれないことに照らすと、減額の幅が極めて大きいというほかないから、仮にXが本件賃金規程の制定及びこれに基づく運用を行うことについて同意していたとしても、これに基づいてXの賃金を前記基本給の額とすることについては、不利益の内容及び程度に照らし、Xの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認めることはできない

2 平成11年契約書及び平成30年通知書には、Y社がXに対して退職金を支払う旨の記載があるが、これらの契約書等の作成の際、XとY社代表者との間で、退職金を支給する場合の要件及び額について具体的な話をした様子はうかがわれず、これらの契約書等が、本件雇用契約の内容を示すものとも認め難く、また、XとY社との間で、Y社がXに対して退職金を支払う旨の具体的な合意が成立したとは認められないから、本件退職金請求には理由がない

上記判例のポイント1のような労働条件の不利益変更は、仮に労働者の承諾を得たとしても、自由な意思に基づかないと判断されることがあります。

特に賃金については厳格に解釈されますので注意しましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金269 夜勤時間帯における割増賃金算定の基礎単価が夜勤手当がベースとなるとされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、夜勤時間帯における割増賃金算定の基礎単価が夜勤手当がベースとなるとされた事案について見ていきましょう。

社会福祉法人A事件(千葉地裁令和5年6月9日・労経速2527号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員として勤務していたXが、Y社に対し、労働基準法37条の割増賃金請求権に基づき、①平成31年(令和元年)2月から令和2年11月までの夜勤時間帯の就労に係る未払割増賃金合計312万9684円+遅延損害金の支払を求め、②労基法114条所定の付加金312万9684円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、69万5625円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 労基法37条の割増賃金は、「通常の労働時間又は労働日の賃金」を基礎にして計算されるところ、本件雇用契約においては、基本給のほかに、1日当たり6000円の「夜勤手当」が支給されていたほか、基本給の6%に相当する夜間支援手当が支給されていたことが認められ、これによれば、本件雇用契約においては、夜勤時間帯については実労働が1時間以内であったときは夜勤手当以外の賃金を支給しないことが就業規則及び給与規程の定めにより労働契約の内容となっていたものと認められる。そして、このように1回の泊まり勤務についての賃金が夜勤手当であるとされていたことに照らすと、夜勤手当の6000円は、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価として支出されることになるので、その間の労働に係る割増賃金を計算するときには、夜勤手当の支給額として約定された6000円が基礎となるものと解される。
したがって、Y社における夜勤時間帯の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は、750円であると認めるのが相当である。

2 これに対しXは、Xの勤務は、泊まり勤務の後に午前10時まで勤務することを基本としていたが、Xが更に続けて勤務したときは、その超過時間数に応じ、給与明細書に記載された時間数に応じた「時間外手当」が支給され、その時間数及び額によれば、Xの割増賃金算定の基礎となる賃金単価は、そのときの基本給の額に応じて1528円、1540円又は1560円となると主張する。
しかしながら、夜勤時間帯が全体として労働時間に該当するとしても、労働密度の程度にかかわらず、日中勤務と同じ賃金単価で計算することが妥当であるとは解されない

3 なお、最低賃金に係る法規制は全ての労働時間に対し時間当たりの最低賃金額以上の賃金を支払うことを義務付けるものではないから、泊まり勤務に係る単位時間当たりの賃金額が最低賃金を下回るとしても、直ちに泊まり勤務の賃金額に係る合意の効力が否定されるものとは解されない

本件紛争は、「夜勤手当」という名称の紛らわしさが原因となっていることは明らかです。

また、上記判例のポイント3は、誤解しがちな点ですので、しっかりと押さえておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金268 労働契約書等において、割増賃金の対価と明記された職務手当に、通常の労働時間の対価も含まれているとされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、労働契約書等において、割増賃金の対価と明記された職務手当に、通常の労働時間の対価も含まれているとされた事案を見ていきましょう。

国・渋谷労基署長(カスタマーディライト)事件(東京地裁令和5年1月26日・労済速2524号19頁)

【事案の概要】

本件は、渋谷労働基準監督署長から平成29年12月14日付けで労働者災害補償保険法14条1項に基づく休業補償給付を支給する旨の決定を受けたXが、本件処分には給付基礎日額の算定を誤った違法があると主張して、その取消しを求める事案である。

【裁判所の判断】

請求認容

【判例のポイント】

1 本件労働契約に係る契約書や本件会社の就業規則の記載を踏まえても、XのY社における地位及び職責に照らし、通常の労働時間に対応する賃金が基本給の限りであったと認めるには無理があること、業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強いと評価される80時間を大幅に超える1か月当たり150時間前後の法定時間外労働を前提とする職務手当を支給することは当事者の通常の意思に反することを総合考慮すると、本件Y社から支払われた職務手当には、その手当の名称が推認させるとおり、通常の労働時間も含め、XのD事業部マネージャーとしての職責に対応する業務への対価としての性質を有する部分が一定程度は存在したと認めるのが相当である。
Y社は、職務手当の全額を割増賃金として支給する旨の合意は必ずしも長時間の時間外労働等をXに義務付けるものではなく、むしろ労使双方にとって一定の合理性があると主張する。しかし、時間外労働が1か月当たり80時間を大幅に超過しない限り、職務手当を超える割増賃金が発生しないという賃金体系は、直ちに長時間の時間外労働等を義務付けるものではないにしても、それを誘発する効果があることは否定し難い
この点は、Xが平成27年12月から平成28年6月までの間において80時間を超える法定時間外労働を行った月は4か月であり、うち3か月の法定時間外労働時間数は100時間を超えていることからも裏付けられており、労働者であるXにとって極めて不利益の大きい合意というほかなく、これが当事者の通常の意思に沿うものと認めることはできない。したがって、Y社の上記主張は採用することができない。

2 職務手当は、その全額が労基法37条に基づく割増賃金として支払われるものと認めることはできず、通常の労働時間の賃金として支払われる部分が含まれると認められる。
本件労働契約に係る契約書においても、本件会社の就業規則においても、職務手当に含まれる労基法37条に基づく割増賃金に対応する時間外労働等の時間数は記載されておらず、その他本件全証拠に照らしても、本件労働契約において、職務手当における通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものといわざるを得ない。
 したがって、職務手当の支払をもって、本件会社がXに対し労基法37条に基づく割増賃金として支払ったとする前提を欠くことになるから、結局のところ、職務手当の全額を通常の労働時間の賃金に当たるものとして給付基礎日額を算定するよりほかないというべきである。

固定残業制度に関する裁判例をほぼ落ち着いてきていますので、しっかり制度運用さえできれば、無理なく有効と判断されます。

判例の考え方を正確に理解しないで、素人判断で制度を導入することは百害あって一利なしなので気を付けましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。