Category Archives: 賃金

賃金282 使用者による一方的な錬成費の支給中止が認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、使用者による一方的な錬成費の支給中止が認められた事案を見ていきましょう。

中日新聞社事件(東京地裁令和5年8月28日・労経速2543号25頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であるXが、Y社に対し、毎年従業員に支給していた錬成費の支給は、労使慣行(又は黙示の合意)として労働契約の内容となっていると主張して、労働契約に基づき、令和2年分の錬成費及び遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 民法92条により法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには、同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと、労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないことのほか、当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることを要し、使用者側においては、当該労働条件についてその内容を決定し得る権限を有している者か、又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことを要するものと解される。
Y社は、昭和30年代から平成31年まで、60年以上にわたり、従業員等に対し、年間で合計3000円を錬成費として支給していたが、この間、労使双方が明示的に当該慣行を排除・排斥した事実は認められない。
したがって、錬成費の支給について、同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われ、労使双方が明示的に当該慣行によることを排除・排斥されていなかったと認められる。

2 Y社が、錬成費について、労働条件である給与の支払と同様に支給を継続する必要がある金員として支給を開始したものとは認められず、その後、Y社が長年にわたり従業員に錬成費を支給してきた事実はあるものの、その間に行われた錬成費の支給に係る変更は、いずれも使用者による一方的な変更によって行われており、労使双方の合意が必要であるものとされていなかったということが認められる。また、従業員においても錬成費を給与に類するものとして受け止めていたとはうかがわれず、Y社は一貫して錬成費の支給手続等について給与の支払とは異なる取扱いをしていたのであるから、錬成費の支給という当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていたとは認められない。

労使慣行のハードルの高さがわかりますね。

また、上記判例のポイント2の考え方は是非知っておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金281 定期昇給等の実施が労使慣行として認められなかった事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、定期昇給等の実施が労使慣行として認められなかった事案を見ていきましょう。

学校法人I学園事件(東京地裁令和5年10月30日・労経速2543号18頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されているXらが、平成28年度から令和元年度の定期昇給及び特別昇給が行われなかったことにつき、労働契約又は労使慣行によりY社は定期昇給及び特別昇給を行う義務を負っていたとして、Y社に対し、労働契約に基づき、定期昇給及び特別昇給が行われていた場合の従来の賃金表に基づく賃金及び賞与と実際に支払われた賃金及び賞与との差額並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社の給与規程では定期昇給について「予算の範囲内において」行うと定められ、給与規程において定期昇給の具体的な内容が定められていたものではなく、その内容が明らかになっているものではないこと、本件組合とY社との間で団体交渉を経て妥結協約書を作成した上で定期昇給が行われてきたことが認められるから、毎年必ず定期昇給を行うことがXらとY社との間の労働契約の内容になっているとは認められない。

2 本件組合において定期昇給及び特別昇給等を団体交渉で要求し、Y社において財政状況を踏まえて予算を検討し、その後本件組合と被告との間で団体交渉を行い、妥結した上定期昇給及び特別昇給が行われてきたこと、Y社が特別昇給の中止を通達したこともあったが本件組合からの抗議があり撤回したこと、Y社から定期昇給を定年5年前で停止する旨回答したものの、本件組合の反対により撤回されたこと、Y社が平成25年3月29日には、平成26年度以降は定期昇給を実施できないことを否定できない旨回答していたこと等が認められ、Y社において定期昇給及び特別昇給を行わない可能性や中止について言及するなどし、定期昇給及び特別昇給を行うことを規範として認識していたとは認められない
また、本件組合においても、定期昇給及び特別昇給が当然に行われるものではないと認識していたからこそ要求していたといえるから、定期昇給及び特別昇給を行うことが労使双方の規範意識によって支えられていたとは認められず、定期昇給及び特別昇給を行うことが労使慣行になっていたとは認められない

労使慣行として認められるのはかなりハードルが高く、そう簡単に裁判所は認めてくれません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

 

賃金280 講座受講費立替金支払請求が棄却された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、講座受講費立替金支払請求が棄却された事案を見ていきましょう。

医療法人社団響心会事件(千葉簡裁令和5年11月28日・労判ジャーナル114号18頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、Xにが自らの自己啓発のためにY社の研修費用立替制度を利用し、本件各講座を受講したとして、同人に対する、同研修の受講料合計94万9300円から、会社の規定に基づく退職までの期間に応じた免除額を控除した合計89万9300円の支払い及びXの連帯保証人に対する、同人のXの損害賠償義務についての連帯保証契約に基づく同額の履行請求を行った事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社において、通常は、従業員が研修費用立替制度を利用する場合、「研修費稟議書」を提出することとなっていたというのであるから、Xからの「研修費稟議書」が存在しない以上、Xはこの「研修費稟議書」を提出していないということであり、これによれば、XがY社の研修費用立替制度を利用していたというY社の主張は認めることができず、また、XはY社に雇用されるに際して提出した誓約書に記載されている研修と前記「研修費稟議書」を提出して決済を受けなければならないとされている、本件研修費用立替制度を利用した研修とは全く別物であることが認められ、Xが誓約書に署名捺印していることによって、本件研修費用立替制度の利用に同意していたとは認められず、さらに、Y社の請求する本件各講座はY社の負担でXが受講した研修講座であることが認められるから、Xは、いかなる意味においても、Y社との間で立替金を返還する旨の合意をしていた事実は認められず、本件各講座の研修費用立替金の支払義務はない

非常に形式的な理由付けではありますが、そのように解するのが自然だということです。

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賃金279 雇用契約書に幅のある月給が記載されている場合の賃金額(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、雇用契約書に幅のある月給が記載されている場合の賃金額についての裁判例を見ていきましょう。

カウカウフードシステム事件(大阪地裁令和5年10月12日・労判ジャーナル143号30頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で期間の定めのない労働契約を締結して就労していたXが、Y社に対し、本件労働契約に基づく未払賃金、未払割増賃金及び労働基準法114条に基づく付加金等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

一部認容

【判例のポイント】

1 Y社の人事担当者は、本件採用面接において、製造業務であれば採用する可能性がある旨を説明し、Xはこれに異論を述べることなく採用手続を経て採用されたことが認められ、以上に加え、月給16万5500円から25万円という記載内容の本件雇用契約書が作成され、本件労働契約締結後の試用期間中は1か月当たり賃金額が25万円であったことが認められ、本採用時に特段の手続きがとられたことをうかがわせる事情は見当たらないし、豊中工場でX以外に従事する従業員の中に月額25万円を超える基本給を受けている者や課税支給合計額で35万円以上の支給を受けている者はいないことからすると、試用期間時の賃金額が本採用時に増額されていないとしても不自然とはいえないから、Xの賃金額は試用期間開始時の時点では25万円であり、本採用時においても特段これを変更する旨の合意は認められないから、25万円であると認められる。

基本的な事実認定のしかたですね。

裁判所がどのような点に着目して事実認定をしているかをチェックすると勉強になります。

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賃金278 覚醒剤所持及び使用の罪での有罪判決を理由に懲戒解雇された従業員への退職金不支給が有効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、覚醒剤所持及び使用の罪での有罪判決を理由に懲戒解雇された従業員への退職金不支給が有効とされた事案を見ていきましょう。

小田急電鉄事件(東京地裁令和5年12月19日・労経速2542号16頁)

【事案の概要】

本件は、令和4年7月7日付けでY社を懲戒解雇されたXが、Y社に対し、退職金及びこれに対する遅延損害金の支払を請求する事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件犯罪行為は、覚醒剤取締法41条の2第1項(所持)、同法41条の3第1項1号、同法19条(使用)により、いずれも10年以下の懲役に処すべきものとされる相当重い犯罪類型に該当する。直接の被害者は存在しないとはいえ、覚醒剤の薬理作用による心身への障害が犯罪等の異常行動を誘発すること、密売による収益が反社会的組織の活動を支えていること等の社会的害悪は、つとに知られているところである。
約5年にわたる使用歴を有するXの覚醒剤への依存性、親和性は看過し得ない水準にあったといえる。この間、Xは大野総合車両所の車両検査主任の立場にあって、管理職ではないとはいえ、首都圏の公共交通網の一翼を担うY社の安全運行を支える極めて重要な業務を現業職として直接担当していた。摂取から少なくとも数日は尿から覚醒剤が検出されるという調査結果等に照らせば、ほぼ毎週末覚醒剤を摂取していたXが、業務への具体的影響は不明であるものの、身体に覚醒剤を保有した状態で車両検査業務に従事していたことは明らかである。この事態を重く見たY社が、延べ758名に対し延べ21時間10分もの時間をかけて再発防止のための教育措置をとったことは相当であり、これを過大な措置だとするXの主張は失当である。
以上の社内的影響に加え、Y社は監督官庁に本件を報告しており、限られた範囲ではあるが外部的な影響も生じている。なお、車掌や運転士等の鉄道会社やバス会社の従業員の薬物犯罪が報道され、社会的反響を呼んだ例は珍しくないのであって、本件が報道等により社会に知られるには至っていないことは偶然の結果というほかなく、これをXに有利に斟酌すべき事情として重視することはできない。

2 以上によれば、本件犯罪行為は、Xの永年勤続の功労を抹消するほどの不信行為というほかなく、退職金の全部不支給は相当である。

私生活上の非違行為を理由とする退職金の不支給が相当であるとされた事案です。

私生活上の非違行為が争点となる事案では、いかに業務や社内秩序に悪影響があったのかを具体的に主張することが求められます。

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賃金277 従業員の地位を併有するとして、専務執行役への退職金の支払いが認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、従業員の地位を併有するとして、専務執行役への退職金の支払いが認められた事案を見ていきましょう。

学究社事件(東京地裁令和5年6月29日・労経速2540号24頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の専務執行役であったXが、従業員の地位も併有していた旨主張して、Y社に対し、退職金3999万円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、1800万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Xは、その後、Y社の執行役に就任し執行役としての業務に従事したものの、管理本部長等の従業員としての職制上の地位を併有しており、執行役に就任した際、Y社に対し退職届を提出したり、雇用保険の資格喪失手続をしたり、Y社から退職金の支払いを受けたりするなどして従業員としての地位を清算することはなかったことから、従前有していたY社の従業員としての地位に変化はなかったということができる(なお、Y社退職金規程3条1号のとおり、Y社においては退職金規程上も使用人兼務役員の存在が認められているところである。)。
また、Xの業務内容についてみても、塾講師としての業務を続けるなど、実務的で使用者からの指揮監督を受けて行うことが想定される業務にも従事している。さらに、Y社は、XについてA退職金規定に則って計算した金額を退職給付引当金として計上したり、Aの規定に従って退職金の手続をとることを通知したりするなど、Xのことを従業員であると認識していたと推認できる事情もある。なお、Y社は、X以外の執行役についても、Xと同様に退職給付引当金を計上したり、従業員のみが対象となる企業型確定拠出年金の拠出をしたりするなどしており、執行役についても退職金について従業員と同様の取扱いをしているし、Y社においては、執行役に就任した後、従業員の地位に戻る者もいたことなどから、執行役は、従業員と明確に区別されていなかったということができる。
したがって、Xは、Y社において、執行役就任に伴い従業員としての地位を喪失したということはできないから、Y社の従業員であったということができる。

同種の事案は決して珍しくありません。

裁判所がどのような事実に着目して、上記結論を導いているのかをチェックしましょう。

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賃金276 酒気帯び運転による懲戒免職処分に伴う退職手当全部不支給の有効性(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、酒気帯び運転による懲戒免職処分に伴う退職手当全部不支給の有効性に関する判例を見ていきましょう。

宮城県・県教委(県立高校教諭)事件(最高裁令和5年6月27日・労判1297号78頁)

【事案の概要】

本件は、上告人の公立学校教員であった被上告人が、酒気帯び運転を理由とする懲戒免職処分を受けたことに伴い、職員の退職手当に関する条例12条1項1号の規定により、退職手当管理機関である宮城県教育委員会から、一般の退職手当等の全部を支給しないこととする処分を受けたため、上告人を相手に、上記各処分の取消しを求める事案である。

原審は、本件懲戒免職処分は適法であるとしてその取消請求を棄却すべきものとした上で、要旨次のとおり判断し、本件全部支給制限処分の取消請求を一部認容した。
被上告人については、本件非違行為の内容及び程度等から、一般の退職手当等が大幅に減額されることはやむを得ない。しかしながら、本件規定は、一般の退職手当等には勤続報償としての性格のみならず、賃金の後払いや退職後の生活保障としての性格もあることから、退職手当支給制限処分をするに当たり、長年勤続する職員の権利としての面にも慎重な配慮をすることを求めたものと解される。そして、被上告人が管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間誠実に勤務してきたこと、本件事故による被害が物的なものにとどまり既に回復されたこと、反省の情が示されていること等を考慮すると、本件全部支給制限処分は、本件規定の趣旨を超えて被上告人に著しい不利益を与えるものであり、本件全部支給制限処分のうち、被上告人の一般の退職手当等の3割に相当する額を支給しないこととした部分は、県教委の裁量権の範囲を逸脱した違法なものであると認められる。

【裁判所の判断】

原判決主文第2項から第4項までを次のとおり変更する。
上告人の控訴に基づき、第1審判決中、上告人敗訴部分を取り消し、同部分につき被上告人の請求を棄却する。

【判例のポイント】

1 被上告人は、自家用車で酒席に赴き、長時間にわたって相当量の飲酒をした直後に、同自家用車を運転して帰宅しようとしたものである。現に、被上告人が、運転開始から間もなく、過失により走行中の車両と衝突するという本件事故を起こしていることからも、本件非違行為の態様は重大な危険を伴う悪質なものであるといわざるを得ない
しかも、被上告人は、公立学校の教諭の立場にありながら、酒気帯び運転という犯罪行為に及んだものであり、その生徒への影響も相応に大きかったものと考えられる。現に、本件高校は、本件非違行為の後、生徒やその保護者への説明のため、集会を開くなどの対応も余儀なくされたものである。このように、本件非違行為は、公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであったといえる。さらに、県教委が、本件非違行為の前年、教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出するなどし、飲酒運転に対する懲戒処分につきより厳格に対応するなどといった注意喚起をしていたとの事情は、非違行為の抑止を図るなどの観点からも軽視し難い
 以上によれば、本件全部支給制限処分に係る県教委の判断は、被上告人が管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間にわたって誠実に勤務してきており、反省の情を示していること等を勘案しても、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない。

最高裁は、非常に厳しい判断をしました。

同じ事実関係でも、評価のしかた一つで、180度異なる判決が書けることの例です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金275 原審判決を維持し、請負制賃金の計算において割増賃金を控除する賃金制度が判別性の要件を満たし、合理的であるとされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、原審判決を維持し、請負制賃金の計算において割増賃金を控除する賃金制度が判別性の要件を満たし、合理的であるとされた事案を見ていきましょう。

JPロジスティクス事件(大阪高裁令和5年7月20日・労経速2532号3頁)

【事案の概要】

本件は、貨物自動車運送事業等を行っているY社との間で労働契約を締結し、集配業務に従事していたXらが、Y社に対し、Xらに支給すべき能率手当の算定に当たり割増賃金の一部である「時間外手当A」に相当する額を控除しており、労働基準法37条所定の割増賃金の一部が未払である等と主張し、その支払いを求めた事案である。

原審は、Xらの請求を全て棄却したため、これを不服とするXらが控訴を提起した。

【裁判所の判断】

控訴棄却

【判例のポイント】

1 請負制賃金に係る仕事の単位量に対する賃金率に関しては、労基法27条が、出来高払制その他の請負制で使用する労働者について、労働時間に応じ、一定額の賃金の保障をしなければならない旨を定めており、最低賃金法のような特別法は存在しない
本件賃金規則等は、時間制賃金と請負制賃金とを併用する併用型賃金体系を採用しているところ、その一部を構成する時間制賃金の水準は最低賃金法に違反すると認めるには足りない。また、賃金規則等の定めによれば、時間制賃金に対応する時間外手当A(60時間を超える労働時間に係る時間外手当を含まない。)の総額が、取り扱った荷物の重量、伝票枚数、客の軒数、走行距離等の集配業務の業務量に基づいて算出される賃金対象額を上回る場合、本件計算方法に基づき、能率手当が支給されることはないが、時間制賃金に対応する基本給及び時間外手当の支払も減額されることはないから、最低賃金法に違反しない内容の賃金が保障される。さらに、本件賃金規則等が併用する請負制賃金は、出来高を示す揚高の一定割合を賃金として支払うことを保障するものではなく、質の高い労働(労働密度の高い労働)を提供した場合に、賃金対象額と時間外手当Aとの差額に相当する価値を見出して、時間外賃金に加算をする性格のもので、出来高払制賃金とは異なり、Y社が併用している請負制賃金によって、出来高払制賃金の下で生じ得るような弊害が生じる危険性があると認めるには足りない
これらの諸事情に照らせば、本件賃金規則等の定めは、能率手当算定の計算式を「賃金対象額」-「時間外手当A」としている部分も含め、労基法27条が求める賃金の保障をしているものと解するのが相当である。

2 Xらは、本件には、時間外手当の額を控除する計算方法について判別性の要件を欠く旨判断した最高裁令和2年3月30日(国際自動車事件第2次上告審判決)の射程が及ぶから、本件の計算方法も判別性の要件を欠く旨主張する。しかしながら、上記判決の事案では、「歩合給(1)」の金額を導くために「対象額A」から差し引かれる割増金に歩合給対応部分が含まれており、歩合給に係る基礎賃金やそれを基礎として算定した時間外手当の額が不明確になってしまい、判別性を欠くことが明らかである。また、上記判決の事案では、「対象額A」は、出来高を示す揚高の一定割合を合計する方法で計算されており、「歩合給(1)」として、出来高に比例した歩合給の支払を保障する趣旨の定めがされていて、「歩合給(1)」が「出来高払制によって定められた賃金」に該当することが明らかである。
これに対し、本件賃金規則等において、能率手当算定の賃金対象額は、出来高を示す揚高の一定割合という形で計算されるものではなく、「出来高払制によって定められた賃金」とは異なる「その他の請負制によって定められた賃金」に該当することが明らかである。そうすると、本件の能率手当については、上記判決が指摘した「出来高払制によって定められた賃金」に該当する歩合給に関する問題は生じない

最高裁はどのように判断するでしょうね。

上記判例のポイント2にもあるとおり、国際自動車事件との比較検討をする必要があります。

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賃金273 未払賃金等請求訴訟において出退勤時刻等を手書きで記載した文書の提出命令が発せられた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、未払賃金等請求訴訟において出退勤時刻等を手書きで記載した文書の提出命令が発せられた事案を見ていきましょう。

對馬事件(東京地裁令和5年8月4日・労経速2530号20頁)

【事案の概要】

基本事件は、Y社との間で労働契約を締結し、Y社が経営する中華料理店で勤務していたXらが、時間外労働等をしたほか、交通費を支出し、経費を立て替えたと主張して、Y社に対し、労働契約に基づき未払割増賃金、交通費及び立替経費の支払を求めるとともに、労基法114条に基づき付加金の支払を求めた事案である。

Xは、本件文書1及び2の各文書について、Y社が所持しており、民訴法220条4号イないしホの除外事由に該当せず、取調べの必要性があると主張する。
これに対し、Y社は、Xらとの間で本件文書1は作成していない、Xらに関する本件文書2は給与の計算等が完了するとその都度は破棄していたため、存在しないと主張する。

(別紙1)

1 XらとY社との間で締結した労働条件通知書兼雇用契約書

2 令和3年1月から令和4年10月において、Y社が経営する麻布十番の高級料理店「對馬」でXらが出勤時、退勤時、休憩開始時、休憩終了時の都度手書きでそれら時刻を記載した紙

【裁判所の判断】

Y社は、本決定確定の日から2週間以内に、別紙1文書目録記載2の文書を提出せよ。

【判例のポイント】

1 Y社は、タイムカードを導入しておらず、Xらの労働時間を管理する文書としては本件文書2しかないのであるから、本件文書2は、「労働関係に関する重要な書類」(労基法109条)として、使用者たるY社が5年間の保存義務を負っていると認められる。しかも、違反した場合は罰金の罰則もあるのであるから(同法120条1号)、所持している蓋然性が非常に高いといえる。
このような点に照らすと、本件文書2は給与の計算等が完了するとその都度破棄していたとのY社の上記主張は、破棄の事実について具体的な裏付けもないまま、採用することはできないといわざるを得ない。
したがって、本件文書2は相手方が所持しており、民訴法220条4号イないしホの除外事由に該当しないから、相手方は本件文書2の提出義務を負う。
また、基本事件において、Xらの労働時間に争いがあるから、本件文書2を取り調べる必要がある。

文書提出命令が出された事案です。

文書所持者が文書提出命令に従わない場合や、裁判での使用を妨害する目的で当該文書を滅失した場合、「当該文書の記載に関する相手方の主張」あるいは「その事実に関する相手方の主張」を、裁判所は真実と認めることができます。

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賃金272 仮執行宣言付判決に対して上訴を提起し、その判決によって履行を命じられた債務の存否を争いながら、同判決で命じられた債務につきその弁済としてした給付の帰趨(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、仮執行宣言付判決に対して上訴を提起し、その判決によって履行を命じられた債務の存否を争いながら、同判決で命じられた債務につきその弁済としてした給付の帰趨に関する裁判例を見ていきましょう。

三井住友トラスト・アセットマネジメント事件(東京高裁令和4年3月2日・労判1294号61頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されているXが、Y社に対し、①労働契約に基づく賃金(未払残業代)請求権に基づき、平成28年1月4日から令和元年7月31日(本件請求期間)の未払残業代である原判決別紙3「変更請求目録」及び原判決別紙4「追加請求目録」の各「E未払残業代」欄記載の各金員(合計2747万1761円)及び遅延損害金の支払を求める事案である。

原判決は、①未払残業代として1978万0532円+遅延損害金、②付加金として1402万3983円+遅延損害金の各支払を求める限度でXの請求を認容した。

これに対し、Y社は、敗訴部分を不服として控訴した。また、Xは、敗訴部分の全部を不服として附帯控訴するとともに、未払残業代の基準賃金額に一部誤りがあったとして、基準賃金額が増加した部分について訴えの追加的変更(拡張請求)をし、拡張請求分を含めて、①主文第1項(1)と同旨の判決を求めるとともに、②付加金として、2413万5538円+遅延損害金の支払を求めた。

【裁判所の判断】

Y社の本件控訴及びXの附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
Y社は、Xに対し、2766万8492円+遅延損害金を支払え。
Xのその余の請求を棄却する。

【判例のポイント】

1 Y社は、令和3年7月9日東京法務局に対し、原判決で認容された1978万0532円及びこれに対する令和3年7月2日までの確定遅延損害金436万9320円(合計2414万9852円)を弁済供託したので、その範囲で債務は消滅した旨主張する。
しかしながら、仮執行宣言付判決に対して上訴を提起し、その判決によって履行を命じられた債務の存否を争いながら、同判決で命じられた債務につきその弁済としてした給付は、それが全くの任意弁済であると認められる特別の事情がない限り、民訴法260条2項所定の「仮執行の宣言に基づく被告が給付したもの」に該当するというべきであり、このことは、その仮執行によって強制的に取り上げられた場合や仮執行に際し執行官に促されて弁済した場合に止まらず、仮執行宣言付判決を受けたのちにY社が弁済をした場合一般についてあてはまるものである(昭和47年最判参照)。
Y社は、令和3年5月7日付けで強制執行停止決定を受けているので、これにより仮執行宣言付判決に基づく強制執行が行われる可能性がなくなったのであるから、Y社による弁済は全くの任意弁済に当たると主張するが、Y社としては、仮に強制執行停止決定を受けた後に弁済供託をしたとしても、その後、当審において、Y社に金員の支払を命ずる原判決が取り消されれば、供託した物の取戻しを請求する意思があることが通常であり、当該供託は暫定的な弁済をする意思でされているとみるのが妥当であって、本件において、Y社の供託が全くの任意弁済であると認められる特別の事情があるということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、Y社の弁済の抗弁は採用することができない。

まず、金額にびっくりしてしまいますが、それはさておき、この論点は、未払残業代請求訴訟を被告(使用者側)代理人として対応する弁護士としては、常に頭を抱える問題です。

被告代理人としては、できれば付加金をなくしたいわけですが、未払残業代の金額についても争いたいという場合、苦しい選択を迫られます。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。