Category Archives: 賃金

賃金287 公務員の飲酒運転による物損事故と退職手当の全部支給制限処分(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 

今日は、公務員の飲酒運転による物損事故と退職手当の全部支給制限処分に関する裁判例を見ていきましょう。

大津市(懲戒免職処分)事件(最高裁令和6年6月27日・労経速2558号3頁)

【事案の概要】

本件は、普通地方公共団体であるY市の職員であったXが、飲酒運転等を理由とする懲戒免職処分を受けたことに伴い、退職手当管理機関であるY市長から、Y市職員退職手当支給条例11条1項1号の規定により一般の退職手当の全部を支給しないこととする処分を受けたため、Y市を相手に、上記各処分の取消しを求める事案である。

原審は、本件懲戒免職処分は適法であるとしてその取消請求を棄却すべきものとした上で、本件全部支給制限処分の取消請求を認容すべきものとした。

【裁判所の判断】

1 原判決中、Y市敗訴部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消す。
2 前項の部分に関するXの請求を棄却する。

【判例のポイント】

1 Xは、長時間にわたり相当量の飲酒をした直後、帰宅するために本件自動車を運転したものであって、2回の事故を起こしていることからも、上記の運転は、重大な危険を伴うものであったということができる。そして、Xは、本件自動車の運転を開始した直後に本件駐車場内で第1事故を起こしたにもかかわらず、何らの措置を講ずることもなく運転を続け、さらに、第2事故を起こしながら、そのまま本件自動車を運転して帰宅したというのであるから、本件非違行為の態様は悪質であって、物的損害が生ずるにとどまったことを考慮しても、非違の程度は重いといわざるを得ない。
また、Xは、本件非違行為の翌朝、臨場した警察官に対し、当初、第1事故の発生日時について虚偽の説明をしていたものであり、このような非違後の言動も、不誠実なものというべきである。
さらに、Xは、本件非違行為の当時、管理職である課長の職にあったものであり、本件非違行為は、職務上行われたものではないとしても、Y市の公務の遂行に相応の支障を及ぼすとともに、Y市の公務に対する住民の信頼を大きく損なうものであることが明らかである。
これらの事情に照らせば、本件各事故につき被害弁償が行われていることや、Xが27年余りにわたり懲戒処分歴なく勤続し、上告人の施策に貢献してきたこと等をしんしゃくしても、本件全部支給制限処分に係る市長の判断が、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。

こういう事案は、どちらの結論の判決も書けてしまいます。

どの事実を重視し、どう評価するかの問題ですので。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金286 高額な固定残業代の定めであるにもかかわらず、実際の時間外労働時間とは直ちに結び付かないとして、有効性を認めた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、高額な固定残業代の定めであるにもかかわらず、実際の時間外労働時間とは直ちに結び付かないとして、有効性を認めた事案を見ていきましょう。

ゆうしん事件(東京地裁令和5年10月6日・労経速2558号27頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されていたXが、令和2年3月1日から令和4年2月28日までの間、法定の労働時間を超過して時間計算書のとおり時間外労働をしたと主張して、①割増賃金278万4589円及びこれに対する遅延損害金、②労働基準法(以下「労基法」という。)114条に基づく付加金278万4589円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xが入社した平成30年8月1日の時点では給与規程が制定、周知されていたと認められる。そして、給与規程に定められた役割給、役職手当及び資格手当は、いずれもその名称からは直ちに割増賃金の支払と解することはできないものの、給与規程の本文には、それぞれ本人の役割、役職者の役割及び資格に応じて、いずれも業務が多くなることを見込んで、割増賃金見合分として支給する旨が明記されていること(11条2項、12条、13条)からすれば、これらの手当はいずれも、その全額が割増賃金に対する対価として支払われたものと認めるのが相当である。そして、これらは給与規程の定めについても同様である。
これに対しXは、D社労士の説明資料からは、役割給、役職手当及び資格手当の少なくとも一部は、会社内における役割が重要になることに伴って基本給が加算されるという趣旨を含むものと解すべきと主張するが、同資料には会社が期待する役割に応じて賃金や役職を決定する旨の記載があるものの、前記の給与規程の本文の定めと併せて検討すれば、役割給、役職手当及び資格手当に基本給としての性質が含まれるものと理解することはできない。
Xは、役割給、役職手当及び資格手当の合計は13万円と高額であり、このような固定残業代の定めは、労基法36条4項の規制である45時間を上回る時間外労働を想定しており、時間外労働を恒常的に行わせることを前提とした規程であると主張する。しかしながら、固定残業代の額と従業員が実際に行う時間外労働の時間とは直ちに結び付くものではなく、時間外労働を恒常的に行わせることを前提とした規程であるとのXの主張は採用することができない

2 労基法37条5項は、割増賃金の算定基礎賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない旨定めるところ、その趣旨は、労働者の個人的事情に基づいて支給される賃金を割増賃金の算定基礎賃金から除外するものと解される。このような趣旨に鑑みれば、労基法施行規則21条において算定基礎賃金から除外される住宅手当とは、住宅に要する費用に応じて算定される手当をいうものと解するべきである。
そこで検討するに、給与規程16条は、住宅手当として、住宅ローン又は家賃支払額に応じて1万円、1万5000円又は2万円を支給する旨定め、令和2年7月に制定された給与規程は、家賃手当の上限を1万円と定めているところ、Xは、こうした給与規程の定めがある中、入社時から月額2万円の家賃手当の支給を受け続けている。またY社は、Xが入社時に実家に住んでいたことをもって、Xが不正に家賃手当を受給していたと主張するが、Y社が上記の各給与規程に基づきXの家賃手当の支給要件及び金額をどのように判断したのかは明らかにしていない
そしてXは、訴外Aから被告に入社する際、訴外Aから家賃手当として支給を受けていた2万円を引き続き支給されることでY社と合意した旨供述するところ、Xが勤務場所を変更しないままY社と雇用契約を締結したことからすれば、Xの供述は合理性を有するというべきである。
以上によれば、Y社は、Xとの合意に基づき、実際の住宅費とは無関係に家賃手当2万円を支給していた可能性が高く、そうすると本件の家賃手当は、住宅に要する費用に応じて算定された住宅手当であるとは認めるに足りないから、労基法37条5項に基づいて割増賃金の算定の基礎となる賃金から除外されると認めることはできない

固定残業制度の有効要件については、ほぼ固まったといえるので、数年前のような下級審レベルでのゆらぎはほとんどなくなりました。

また、上記判例のポイント2のような除外賃金をめぐる解釈についても、しっかりポイントを押さえれば難しくはありませんので、凡ミスをしないようにしましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金285 夜勤時間帯における割増賃金算定の基礎単価は、通常の労働時間の賃金額を基礎として算定すべきとしつつ、趣旨および内容が明確であれば別途の定め方も認容されるとした事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、夜勤時間帯における割増賃金算定の基礎単価は、通常の労働時間の賃金額を基礎として算定すべきとしつつ、趣旨および内容が明確であれば別途の定め方も認容されるとした事案を見ていきましょう。

社会福祉法人A事件(東京高裁令和6年7月4日・労経速2562号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で労働契約を締結して、Y社の運営するグループホームの生活支援員として勤務していたXが、Y社に対し、夜勤時間帯(午後9時から翌日午前6時まで)の泊まり勤務について、Y社には労基法37条に基づく割増賃金の支払義務があると主張して、①平成31年2月から令和2年11月までに支給されるべき未払割増賃金312万9684円+遅延損害金の支払を求めるとともに、②労基法114条所定の付加金312万9684円+遅延損害金の支払を求める事案である。
なお、退職日の翌日以降の遅延損害金については、原審では年3%の割合による請求であったところ、当審で上記のとおり請求が拡張されたものである。

原審は、夜勤時間帯が労働時間に当たると認めた上で、泊まり勤務1回につき6000円の夜勤手当が支給されていたことに鑑み、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価を6000円とすることが労働契約の内容となっていたと認定し、割増賃金算定の基礎となる賃金単価を750円としてこれを算定して、Xの請求を、①未払割増賃金69万5625円+遅延損害金、②付加金69万5625円+遅延損害金の支払を求める限度で認容したところ、Xが控訴し、前記1のとおり遅延損害金請求を拡張した。

【裁判所の判断】

 原判決を次のとおり変更する。
 Y社は、Xに対し、331万5789円+遅延損害金を支払え。
 Y社は、Xに対し、付加金312万9684円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 当裁判所は、夜勤時間帯は労働時間に該当すると認められ、夜勤時間帯についての割増賃金の額は通常の労働時間の賃金額を基礎として算定すべきであり、そうすると、Xの請求は全部理由があると判断する。

2 Y社は、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価を夜勤手当6000円とする旨の賃金合意があったから、夜勤時間帯の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は750円となると主張する。
しかし、Y社は、これまで、グループホームの夜勤時間帯にY社の指揮命令下で生活支援員が行うべき業務はほとんど存在しないという認識を前提として、就業規則においては、巡回時間を想定した午前0時から午前1時までの1時間を除き、夜勤時間帯を勤務シフトから除外し、本件訴訟においても、夜勤時間帯については緊急対応を要した場合のみ申請により実労働時間につき残業時間として取り扱う運用をしていると主張し、夜勤時間帯が全体として労働時間に該当することを争ってきたものであって、XとY社との間の労働契約において、夜勤時間帯が実作業に従事していない時間も含めて労働時間に該当することを前提とした上で、その労働の対価として泊まり勤務1回につき6000円のみを支払うこととし、そのほかには賃金の支払をしないことが合意されていたと認めることはできない
労働契約において、夜勤時間帯について日中の勤務時間帯とは異なる時間給の定めを置くことは、一般的に許されないものではないが、そのような合意は趣旨及び内容が明確となる形でされるべきであり、本件の事実関係の下で、そのような合意があったとの推認ないし評価をすることはできず、Y社の上記主張は採用することができない。

非常に重要な高裁の判断です。

上記判例のポイント2を参考に賃金体系を変更する場合には、決して、素人判断でやらないことです。多くの場合、不利益変更になりますし、やり方を間違えると残業代の基礎賃金が増額することになりますので、細心の注意が必要です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金284 固定残業代および変形労働時間制の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、固定残業代および変形労働時間制の有効性に関する裁判例を見ていきましょう。

エイチピーデイコーポレーション事件(那覇地裁沖縄支部令和4年4月21日・労判1306号69頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が経営するリゾートホテルの従業員であったXが、Y社に対し、労働契約に基づき、時間外割増賃金等合計882万2183円+遅延損害金、同額付加金+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、882万2183円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、付加金882万2183円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 本件出勤簿の体裁、記載内容自体の不自然性や、その記載内容が他のXの稼働状況を示す証拠と整合しないこと、証拠提出の経緯等に照らすと、X本人は出勤簿に記入していなかった旨をいうX主張の当否を措くとしても、本件出勤簿がXの労働時間の実態を反映したものといえるかについては相当疑問があり、本件ホテルにおいて残業申請書や緊急残業申請書の作成等を通じて適正な労働時間管理がされていたとも認め難いというべきである。

2 本件ノートはその成立にXのみしかかかわっておらず、証拠の体裁等においても類型的に信用性が高いものとはいえないものの、その記載内容が他の客観証拠により一応は裏付けられていると評価できることや当時の勤務実態に照らして不自然ともいえないこと等からすると、実労働時間の認定資料として採用し得るものといえる。

3 Y社提出の就業規則には、各直勤務の始業・終業時刻及び各直勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続や周知方法に関する定めは見当たらないから、変形期間における各週、各日の所定労働時間の特定を欠いているといわざるを得ない。

上記のとおり、原告作成のノートに基づき労働時間が認定されています。

こうならないためにも、使用者側で労働時間をしっかり管理しておく必要があります。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金283 賃金の男女差別的運用に基づく差額賃金・賞与等支払請求が棄却された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金の男女差別的運用に基づく差額賃金・賞与等支払請求が棄却された事案を見ていきましょう。

原田産業事件(大阪地裁令和6年1月31日・労判ジャーナル147号20頁)

【事案の概要】

本件は、Y社において、事務職区分でY社に採用された女性であるXが、Y社において採用されていた賃金表は実質的に男女別の賃金表に当たり、労働基準法4条に違反する違法な賃金差別に当たるなどと主張して、民法709条に基づき、総合職に属する企画職区分の従業員との差額賃金・賞与等の支払及び慰謝料等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、他の商社と同様、Y社においても男女別賃金表が用いられていた旨主張するが、平成14年人事管理規定、本件人事管理規定やY社の新卒者を対象とした求人票には男女で賃金を区別する旨の記載はなく、また、Xが採用された平成19年5月以降のY社の賃金表には男女で賃金額を区別する旨の記載は見当たらず、Xが採用されてから、Y社において男女別賃金表が用いられた事実は認められず、その余の事情を検討しても、XがY社に採用されて以降、Y社が女性であれば全て事務職として処遇したり、賃金において男女差別的な運用をしたりしていたことを推認することはできず、その余の点を論ずるまでもなく、Xの請求は理由がない。

一見すると、非常に形式的な判断のようにも思いますが、この論点は今後、より活発に議論されることが予想されますので注意が必要です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金282 使用者による一方的な錬成費の支給中止が認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、使用者による一方的な錬成費の支給中止が認められた事案を見ていきましょう。

中日新聞社事件(東京地裁令和5年8月28日・労経速2543号25頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であるXが、Y社に対し、毎年従業員に支給していた錬成費の支給は、労使慣行(又は黙示の合意)として労働契約の内容となっていると主張して、労働契約に基づき、令和2年分の錬成費及び遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 民法92条により法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには、同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと、労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないことのほか、当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることを要し、使用者側においては、当該労働条件についてその内容を決定し得る権限を有している者か、又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことを要するものと解される。
Y社は、昭和30年代から平成31年まで、60年以上にわたり、従業員等に対し、年間で合計3000円を錬成費として支給していたが、この間、労使双方が明示的に当該慣行を排除・排斥した事実は認められない。
したがって、錬成費の支給について、同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われ、労使双方が明示的に当該慣行によることを排除・排斥されていなかったと認められる。

2 Y社が、錬成費について、労働条件である給与の支払と同様に支給を継続する必要がある金員として支給を開始したものとは認められず、その後、Y社が長年にわたり従業員に錬成費を支給してきた事実はあるものの、その間に行われた錬成費の支給に係る変更は、いずれも使用者による一方的な変更によって行われており、労使双方の合意が必要であるものとされていなかったということが認められる。また、従業員においても錬成費を給与に類するものとして受け止めていたとはうかがわれず、Y社は一貫して錬成費の支給手続等について給与の支払とは異なる取扱いをしていたのであるから、錬成費の支給という当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていたとは認められない。

労使慣行のハードルの高さがわかりますね。

また、上記判例のポイント2の考え方は是非知っておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金281 定期昇給等の実施が労使慣行として認められなかった事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、定期昇給等の実施が労使慣行として認められなかった事案を見ていきましょう。

学校法人I学園事件(東京地裁令和5年10月30日・労経速2543号18頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されているXらが、平成28年度から令和元年度の定期昇給及び特別昇給が行われなかったことにつき、労働契約又は労使慣行によりY社は定期昇給及び特別昇給を行う義務を負っていたとして、Y社に対し、労働契約に基づき、定期昇給及び特別昇給が行われていた場合の従来の賃金表に基づく賃金及び賞与と実際に支払われた賃金及び賞与との差額並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社の給与規程では定期昇給について「予算の範囲内において」行うと定められ、給与規程において定期昇給の具体的な内容が定められていたものではなく、その内容が明らかになっているものではないこと、本件組合とY社との間で団体交渉を経て妥結協約書を作成した上で定期昇給が行われてきたことが認められるから、毎年必ず定期昇給を行うことがXらとY社との間の労働契約の内容になっているとは認められない。

2 本件組合において定期昇給及び特別昇給等を団体交渉で要求し、Y社において財政状況を踏まえて予算を検討し、その後本件組合と被告との間で団体交渉を行い、妥結した上定期昇給及び特別昇給が行われてきたこと、Y社が特別昇給の中止を通達したこともあったが本件組合からの抗議があり撤回したこと、Y社から定期昇給を定年5年前で停止する旨回答したものの、本件組合の反対により撤回されたこと、Y社が平成25年3月29日には、平成26年度以降は定期昇給を実施できないことを否定できない旨回答していたこと等が認められ、Y社において定期昇給及び特別昇給を行わない可能性や中止について言及するなどし、定期昇給及び特別昇給を行うことを規範として認識していたとは認められない
また、本件組合においても、定期昇給及び特別昇給が当然に行われるものではないと認識していたからこそ要求していたといえるから、定期昇給及び特別昇給を行うことが労使双方の規範意識によって支えられていたとは認められず、定期昇給及び特別昇給を行うことが労使慣行になっていたとは認められない

労使慣行として認められるのはかなりハードルが高く、そう簡単に裁判所は認めてくれません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

 

賃金280 講座受講費立替金支払請求が棄却された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、講座受講費立替金支払請求が棄却された事案を見ていきましょう。

医療法人社団響心会事件(千葉簡裁令和5年11月28日・労判ジャーナル114号18頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、Xにが自らの自己啓発のためにY社の研修費用立替制度を利用し、本件各講座を受講したとして、同人に対する、同研修の受講料合計94万9300円から、会社の規定に基づく退職までの期間に応じた免除額を控除した合計89万9300円の支払い及びXの連帯保証人に対する、同人のXの損害賠償義務についての連帯保証契約に基づく同額の履行請求を行った事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社において、通常は、従業員が研修費用立替制度を利用する場合、「研修費稟議書」を提出することとなっていたというのであるから、Xからの「研修費稟議書」が存在しない以上、Xはこの「研修費稟議書」を提出していないということであり、これによれば、XがY社の研修費用立替制度を利用していたというY社の主張は認めることができず、また、XはY社に雇用されるに際して提出した誓約書に記載されている研修と前記「研修費稟議書」を提出して決済を受けなければならないとされている、本件研修費用立替制度を利用した研修とは全く別物であることが認められ、Xが誓約書に署名捺印していることによって、本件研修費用立替制度の利用に同意していたとは認められず、さらに、Y社の請求する本件各講座はY社の負担でXが受講した研修講座であることが認められるから、Xは、いかなる意味においても、Y社との間で立替金を返還する旨の合意をしていた事実は認められず、本件各講座の研修費用立替金の支払義務はない

非常に形式的な理由付けではありますが、そのように解するのが自然だということです。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金279 雇用契約書に幅のある月給が記載されている場合の賃金額(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、雇用契約書に幅のある月給が記載されている場合の賃金額についての裁判例を見ていきましょう。

カウカウフードシステム事件(大阪地裁令和5年10月12日・労判ジャーナル143号30頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で期間の定めのない労働契約を締結して就労していたXが、Y社に対し、本件労働契約に基づく未払賃金、未払割増賃金及び労働基準法114条に基づく付加金等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

一部認容

【判例のポイント】

1 Y社の人事担当者は、本件採用面接において、製造業務であれば採用する可能性がある旨を説明し、Xはこれに異論を述べることなく採用手続を経て採用されたことが認められ、以上に加え、月給16万5500円から25万円という記載内容の本件雇用契約書が作成され、本件労働契約締結後の試用期間中は1か月当たり賃金額が25万円であったことが認められ、本採用時に特段の手続きがとられたことをうかがわせる事情は見当たらないし、豊中工場でX以外に従事する従業員の中に月額25万円を超える基本給を受けている者や課税支給合計額で35万円以上の支給を受けている者はいないことからすると、試用期間時の賃金額が本採用時に増額されていないとしても不自然とはいえないから、Xの賃金額は試用期間開始時の時点では25万円であり、本採用時においても特段これを変更する旨の合意は認められないから、25万円であると認められる。

基本的な事実認定のしかたですね。

裁判所がどのような点に着目して事実認定をしているかをチェックすると勉強になります。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金278 覚醒剤所持及び使用の罪での有罪判決を理由に懲戒解雇された従業員への退職金不支給が有効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、覚醒剤所持及び使用の罪での有罪判決を理由に懲戒解雇された従業員への退職金不支給が有効とされた事案を見ていきましょう。

小田急電鉄事件(東京地裁令和5年12月19日・労経速2542号16頁)

【事案の概要】

本件は、令和4年7月7日付けでY社を懲戒解雇されたXが、Y社に対し、退職金及びこれに対する遅延損害金の支払を請求する事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件犯罪行為は、覚醒剤取締法41条の2第1項(所持)、同法41条の3第1項1号、同法19条(使用)により、いずれも10年以下の懲役に処すべきものとされる相当重い犯罪類型に該当する。直接の被害者は存在しないとはいえ、覚醒剤の薬理作用による心身への障害が犯罪等の異常行動を誘発すること、密売による収益が反社会的組織の活動を支えていること等の社会的害悪は、つとに知られているところである。
約5年にわたる使用歴を有するXの覚醒剤への依存性、親和性は看過し得ない水準にあったといえる。この間、Xは大野総合車両所の車両検査主任の立場にあって、管理職ではないとはいえ、首都圏の公共交通網の一翼を担うY社の安全運行を支える極めて重要な業務を現業職として直接担当していた。摂取から少なくとも数日は尿から覚醒剤が検出されるという調査結果等に照らせば、ほぼ毎週末覚醒剤を摂取していたXが、業務への具体的影響は不明であるものの、身体に覚醒剤を保有した状態で車両検査業務に従事していたことは明らかである。この事態を重く見たY社が、延べ758名に対し延べ21時間10分もの時間をかけて再発防止のための教育措置をとったことは相当であり、これを過大な措置だとするXの主張は失当である。
以上の社内的影響に加え、Y社は監督官庁に本件を報告しており、限られた範囲ではあるが外部的な影響も生じている。なお、車掌や運転士等の鉄道会社やバス会社の従業員の薬物犯罪が報道され、社会的反響を呼んだ例は珍しくないのであって、本件が報道等により社会に知られるには至っていないことは偶然の結果というほかなく、これをXに有利に斟酌すべき事情として重視することはできない。

2 以上によれば、本件犯罪行為は、Xの永年勤続の功労を抹消するほどの不信行為というほかなく、退職金の全部不支給は相当である。

私生活上の非違行為を理由とする退職金の不支給が相当であるとされた事案です。

私生活上の非違行為が争点となる事案では、いかに業務や社内秩序に悪影響があったのかを具体的に主張することが求められます。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。