Category Archives: 賃金

賃金107(宮城交通事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、欠勤、有給休暇取得による賃金控除規定の有効性が争われた裁判例を見てみましょう。

宮城交通事件(東京地裁平成27年9月8日・労経速2263号21頁)

【事案の概要】

本件は、Y社においてタクシー運転手として稼働しているXらが、Y社の賃金控除に関する規定が公序良俗に反し、違法無効であると主張して、Y社に対し、それぞれ控除された賃金+遅延損害金の支払を求めた事案である。

なお、乗務員賃金規則では、欠勤し、又は有給休暇を取得した場合、賃金が以下のとおり控除される旨の規定がある。

控除額=基本給÷月間所定勤務日数×(欠勤日数+有休取得日数)

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 労基法136条が、使用者は年次有給休暇を取得した労働者に対して賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならないと規定していることからすれば、使用者が有給休暇の取得を何らかの経済的不利益と結びつける措置を採ることは、その経営上の合理性を是認できる場合であっても、できるだけ避けるべきであり、また、このような措置は、有給休暇を保障した労基法39条の精神に沿わない面を有することは否定できないが、労基法136条は、それ自体としては、使用者の努力義務を定めたものであって、労働者の有給休暇の取得を理由とする不利益取扱いの私法上の効果を否定するまでの効力を有するものとは解されず、前記のような措置の効力については、その趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、有給休暇の取得に対する事実上の抑止力の強弱等諸般の事情を総合して、有給休暇を取得する権利の行使を抑制し、ひいては同法が労働者に前記権利を保障した趣旨を実質的に失わせると認められるものでない限り、公序に反して無効となるということはできないと解するのが相当である(最判昭和60年7月16日、最判平成元年12月14日、最判平成5年6月25日参照)。

2 これを本件についてみるに、Y社については、その収入の大部分をタクシー乗務員の乗務による営業収入に依存しているという、タクシー会社としての特色があり、Y社の営業収入に対する各乗務員の貢献度をそれぞれの賃金額に反映させ、その後の業務の遂行を奨励することを通じて、営業収入の維持・向上を図る経営上の必要があることが容易に推認され、本件賃金控除規定が有給休暇の取得又は欠勤をした場合の基本給の受給に関する調整を目的とする旨のY社の説明も、広い意味では前記趣旨に向けたものであると認められるところ、Y社は、本件賃金控除規定について、多数組合の同意を得ており、労働基準監督署の確認も受けている

3 ・・・さらに、実際の有給休暇の取得率をみると、Xらが所属する自交総連東京地連宮城交通労働組合の組合員と、厚生労働省の発表した数値との間に有意の差があるとは即断できない
これらの点を総合考慮すると、本件賃金規定について、これがタクシー乗務員の有給休暇を取得する権利の行使を抑制し、ひいては労基法が労働者に有給休暇取得の権利を保障した趣旨を実質的に失わせるとまで認めることはできず、これが公序良俗に反するものとして違法無効であるということもできない

労働者側は納得しにくい内容かもしれません。

使用者側は、有給休暇についてこのような判断があり得るということを理解し、労務管理の参考にしてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金106(国(国家公務員・給与減額)事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、財政状況・東日本大震災を理由とする給与減額に対する差額等請求に関する裁判例を見てみましょう。

国(国家公務員・給与減額)事件(東京地裁平成26年10月30日・労判1122号77頁)

【事案の概要】

本件は、政府が、厳しい財政状況及び東日本大震災に対処する必要性に鑑み、一層の歳出の削減が不可欠であるとして、国家公務員の給与について減額支給措置を講ずる方針を決定し、当該措置を実施するため国会に提出した給与臨時特例法案の内容を基礎として、議員立法により平成24年2月29日に成立し翌3月1日に施行された給与改定・臨時特例法について(1)個人原告らが、被告に対し、①国家公務員の給与減額支給措置を講じるに当たり、人事院勧告に基づかず、かつ、職員団体との合意に向けた交渉を尽くさず制定され、立法事実に合理性・必要性もない給与改定・臨時特例法は、憲法28条、72条、73条4号、ILO第87号条約及びILO第98号条約に違反し無効である旨主張して、従前の法律状態に基づく給与相当額との差額の支払を請求し(差額給与請求)、これと選択的に、国会議員が、人事院勧告に基づかずに、また、政府をして原告X労連と団体交渉を行わせることなく給与改定・臨時特例法を成立させた行為並びに内閣総理大臣が、人事院勧告に基づかず、国会議員により提案された給与改定・臨時特例法の成立を看過し、その成立に際して原告X労連と団体交渉を行わなかった行為及び憲法とILO条約に反する給与改定・臨時特例法に基づき減額された給与を支払った行為が、それぞれ国賠法上違法である旨主張して、同法1条1項に基づき、給与減額相当分の損害の賠償を請求(損害賠償請求)するとともに、②上記の違法行為による慰謝料として、個人原告ら1人あたり10万円の支払を求め、(2)原告X労連が、被告に対し、給与改定・臨時特例法が成立する過程において、内閣総理大臣が原告X労連と団体交渉を行わなかったことなどが国賠法上違法である旨主張して、同法1条1項に基づき、1000万円の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 原告らは、本件で問題となっているのは、年間約2900億円の給与減額の問題であり、一般論として「我が国の厳しい財政事情」を論じても意味がない、国の財政事情及びその国家公務員の給与との関係を客観的に見れば、国家公務員の給与を2年間で約5800億円削減することが必要となるほどの「厳しい財政事情」にあったとはいえない旨主張する。
確かに、国家公務員の給与を減額しても年間約2900億円の歳出削減にしかならず、平成24年度末の公債発行残高705兆円に遠く及ばないことは明らかであり、今回の給与減額支給措置が直ちに被告主張の厳しい財政事情の改善をもたらすものとは考え難い。
しかし、政府(国会)としては、厳しい財政事情を改善するために様々な措置をとる必要性があるのであって、その様々な措置の取り方について議論はあるにしても、その一つとしての給与減額支給措置をとるとする判断が不合理なものとはいえない。もとより、厳しい財政事情が直ちに解消するとは考え難い現状において、そのことのみをもって今回のような大幅な給与減額支給措置の必要性が当然に満たされるかについては議論があり得るところではあるが、今回給与減額支給措置がとられた理由としては、厳しい財政事情に加えて、東日本大震災が発生し、短期的にみて復興予算確保の必要性が生じた状況が存在するのであり、この事情を併せ考えれば、本件給与減額支給措置を実施することが、そのことのみによって直ちに厳しい財政事情を有意に改善することにならないからといって、その必要性が否定されるものではない

2 ・・・これらの事情からすれば、給与減額支給措置が恒久的、あるいは長期間にわたるものや、減額率が著しく高いものであればともかく、今回、前記の必要性のもと、東日本大震災を踏まえた2年間という限定された期間の臨時的な措置として、平均7.8%という減額率で実施された本件給与減額支給措置について、人事院勧告制度がその本来の機能を果たすことができなくなる内容であると評価することは相当ではない。

3 国家公務員の場合、私企業とは異なり給与の財源が国の財政とも関連して主として税収によって賄われるため、その勤務条件は全て政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮により適当に決定されなければならないとされている上、その決定手続も、私企業の場合のように労使間の自由な交渉に基づく合意によるのではなく、国民の代表者により構成される国会での法律・予算の審議・可決に基づくものとされているため、原告らの主張する準則は、そもそも、国家公務員の給与減額支給措置の場合に当てはまるとはいえず、民間労働者に適用される「就業規則による労働条件の不利益変更法理」と同等の要件が満たされなければならないことを前提とする原告らの主張は採用できない

公務員の特殊性から、上記のような判断がなされています。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金105(槇町ビルヂング事件)

おはようございます。

今日は、労使慣行に基づく退職金請求に関する裁判例を見てみましょう。

槇町ビルヂング事件(東京地裁平成27年6月23日・労経速2258号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社において稼働した後、退職したXらが、Y社には従業員に退職金を支払う労使慣行が存在すると主張して、Y社に対し、それぞれ、本件労使慣行に基づく退職金+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 そもそも、労使慣行については、①労使慣行が長期間にわたって反復継続し、②当該労使慣行に対し労使双方が明示的に異議をとどめず、③当該労使慣行が労使双方に、特に使用者側で当該労働条件について決定権又は裁量権を有する者に規範として認識されていることを要する

2 退職金の支払に関する労使慣行が成立している場合には、退職金の支払について定めた就業規則、労働協約、労働契約等の成文規範がないにもかかわらず、当該労使慣行を原因として退職金請求権という具体的な法的権利が発生することになるのであるから、単に一時期退職金が複数の従業員に支払われていたに過ぎない事例等と区別して、権利発生の原因事実の存否を適切に判断し得るように、その外延を明確にする必要がある。かかる見地からすると、退職金の支給基準について、具体的な数値まで全て認識していることを要するかどうかはともかくとして、退職金が「一定の基準」により算出され、支払われているという認識があるに過ぎないのでは、労使慣行の成立要件として甚だ不十分といわざるを得ず、勤続年数に比例した退職金が支払われるといった程度の認識でも十分とはいえないと解される

3 以上の次第であって、本件では、Y社において従業員に退職金を支払う旨の本件労使慣行が存在し、規範として認識されていると認めることはできない。従業員に退職金が支払われた例が散見され、退職金が相応の金額に上ることもあったにしても、これはあくまでも代表者の裁量的判断に基づく処遇であったとみるのが相当である。

労使慣行に関してわかりやすく説明してくれています。

規範を見る限り、ハードルがかなり高いことがよくわかりますね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金104(農事組合法人乙山農場ほか事件)

おはようございます。

今日は、元従業員5名による未払賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

農事組合法人乙山農場ほか事件(千葉地裁八日市場支部平成27年2月27日・労判1118号43頁)

【事案の概要】

本件は、Xらが、Y1社及びY2社に対し、賃金、時間外手当の支払いを求めるとともに、Y社の理事兼Y社の代表取締役であるAに対し、各賃金不払につき第三者であるXらに対する責任を負う旨主張して、農業協同組合法73条2項・35条の6第8項又は会社法429条1項に基づき、前記各請求と連帯して、前記各賃金と同額の損害金+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y1社及びY2社は、Xらそれぞれに対し、連帯して、約175万円、約448万円、約22万円、約577万円、324万円を支払え。

【判例のポイント】

1 X1、X2およびX3がY1社と雇用契約を締結して労務を提供していたことは争いがないのであるが、結局、各認定した労務の実態に照らすと、前記3名が提供した労務の大部分はいずれもY2社の業務に関するものであって、また、Y2社及びY1社の経理が厳密に区別されてこなかった結果、各賃金支払もY1社・Y2社いずれからも行われてきたものである
そうすると、X1、X2及びX3との間の各雇用契約は、黙示にはY1社のみならずY2社との間でも各締結されていたと捉えることができる
そうすると、X1、X2及びX3の賃金請求との関係では、Xらの主張する事実との関係に照らしても、Xらが法律構成として主張する法人格否認の法理を適用するまでもなく、Y2社においても前記3名が雇用されていたものと認定すれば足り、またY2社とY1社との債務の関係は、商法511条1項により、連帯債務と解することができる。
したがって、Y2社は、Y1社の負う本件各債務についても連帯してその支払義務を負うと解され、X1、X2及びX3は、Y2社に対しても、各賃金等を請求することができる。

2 Aにつき、Xらの各賃金未払いを明確に認識していたものと認められず、一方で、未払給与の支払いを求められたAがY2社の小切手を交付して対応するなどして未払い解消に努めようとしていた事情も認められるのであって、Y1社又はY2社の給与支払業務につき、法令違反による任務懈怠が認められるとしても、Aに悪意又は重大な過失があったとまでは評価できないし、また、Xらの各賃金請求につき、遅延損害金を含めてY2社に各請求することが可能であると解されるところ、Xらに各損害が現実に発生したと評価することも困難である
したがって、XらがAに対して、農業協同組合法73条2項・35条の6第8項又は会社法429条1項に基づき、賃金額と同額の損害を請求することはできない。

それにしてもすごい金額になっていますね。 ちゃんと支払ってもらえるのでしょうか・・・。

「法人格否認の法理を適用するまでもなく」との判断は、参考になりますね。

なお、商法511条1項は以下のとおりです。

数人の者がその一人又は全員のために商行為となる行為によって債務を負担したときは、その債務は、各自が連帯して負担する。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金103(Y社事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、退職金減額決定は有効であり、未払退職金はないとされた裁判例を見てみましょう。

Y社事件(東京地裁平成27年7月17日・労経速2253号18頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、労働契約に基づき、Y社に対し、退職金未払部分352万余+遅延損害金の支払を求める事案である。

Xは平成元年7月、Y社との間で労働契約を締結した。Y社は、平成22年9月、Xに対し、懲戒解雇の意思表示をした。

Y社は、平成22年10月、Y社の退職金規程に従って計算したXの退職金の額である528万円余を3分の1に減額して支払う旨の決定をし、退職金176万円余から源泉所得税を控除した額を支払った。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件退職金規程は、4条以降で退職金の額を一義的に算定することができる計算方法を具体的に規定していることに照らせば、Y社における退職金が賃金の後払いとしての性格を有するというべきである。もっとも、同規程13条が懲戒解雇の場合の退職金の不支給を定めていることに照らせば、Y社における退職金には功労報償的性格をも有することは否定できない
したがって、原則として、Y社は、本件退職金規程により算定される退職金の支払義務を負うが、懲戒解雇による退職の場合で、かつ、退職者において長年の勤労の功を減殺し、又は抹消する程度に背信的な事情がある場合には、退職金を減額し、又はこれを支給しないことが許されるというべきである。

2 これを本件についてみると、Xは、度重なる遅刻をした上、上司に対し合理的な理由なく反抗的な態度をとった上、乱暴な言葉遣いで誹謗中傷やおよそ趣旨の不明瞭な反論をするなど、職場環境に悪影響を与えるような言動を繰り返したというのである。
これらの遅刻の期間、回数、上司に対する反抗的態度の内容、またこれらの言動が本件戒告処分及び本件出勤停止処分によってもなお改まる兆候が見られなかったこと等に照らせば、Xの勤務態度は、長年の勤労の功を抹消する程度に背信的なものであったと評価するほかない
よって、本件退職金減額決定は有効であり、未払い退職金はないというべきである。

非常にオーソドックスな退職金請求事件です。

実務においては、どれだけ退職金を減額するかの判断をしなければなりません。

背信性がそれほど高くないのに、大幅は退職金の減額や不支給とすると、会社側が一部敗訴する場合もありますので、注意しましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金102(京都大学事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、国立大学法人教職員への給与減額支給措置に関する裁判例を見てみましょう。

京都大学事件(京都地裁平成27年5月7日・労経速2252号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間でそれぞれ雇用契約を締結し、Y社の教職員として勤務していたXらが、平成24年8月1日から平成26年3月31日までの期間につき一定の割合で教職員の給与を減額することを内容とする「国立大学法人京都大学教職員の給与の臨時特例に関する規程」は、就業規則を不利益に変更するものであって無効であると主張し、Y社に対し、雇用契約に基づく給与請求として、それぞれ同規程により減額された俸給月額、期末手当及び勤勉手当並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xらは、Xらの給与水準がそもそも国家公務員や私立大学教員と比較して低い、本件給与減額支給措置によって、教育研究にも支障が生じていることなどを主張するが、Y社においては、教職員の給与減額という必要性に直面しながらも、教職員の負担をできる限り緩和するような対応が講じられており、かえって、国立大学法人の中でも最も優遇された状況にあるともいえるのであって、Xらに上記のような問題が生じているとしても、それは本件給与減額支給措置による不利益の程度の埒外の問題であるといわざるを得ない

2 Y社においては、教職員のみならず、本件給与減額支給措置と同一の期間において、役員減額が、教職員の最も高い区分の減額率と等しい4.35%の減額率をもって実施されているのであり、本件給与減額支給措置が、教職員のみに負担を課すものではないことも、本件特例規程の相当性を基礎づけるものとなり得るというべきである。

3 本件特例規程は、教職員の給与が、社会一般の情勢に適合したものとなるように、又は国家公務員の例に準拠するものとなるように一定の減額を実施すべき高度の必要性が存したことによって制定及び改定されたものであって、これによってXらを含む教職員に生ずる不利益も、特に他の公立大学法人と比較すれば限定的なものにとどまっていることなどに照らせば、それ自体相当性を有するというべきものであり、また、その制定及び改定に当たっては、職員組合との十分な団体交渉が繰り返されているのであって、これらの事情を総合的にみると、本件特例規程による給与規程の変更は、合理的なものであると認めるのが相当である。

賃金の減額をする際、従業員から同意を得られない場合には、上記のような賃金減額の合理性を裏付けるいくつかのポイントを押さえる必要があります。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金101 (コンチネンタル・オートモーティブ事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、賃金の支払場所は労働者の労務提供場所であるとして、移送の申立てを認容した裁判例を見てみましょう。

コンチネンタル・オートモーティブ事件(広島高裁平成27年3月17日・労経速2249号9頁)

【事案の概要】

本件は、XがY社を債務者として広島地方裁判所に申し立てた基本事件(地位保全及び賃金仮払い仮処分命令申立事件)について、Y社が、基本事件の「本案の管轄裁判所」(民事保全法12条1項)は、広島地方裁判所ではなく横浜地方裁判所であると主張して、同裁判所への移送の申立てをしたところ、原決定は、これを認め、基本事件を横浜地方裁判所に移送する旨の決定をしたことから、Xが本件抗告をした事案である。

【裁判所の判断】

抗告棄却

【判例のポイント】

1 賃金を労働者の預貯金口座に振り込む方法により支払うことは、賃金の通貨払いの原則に反するものであるが、労働者がこれに同意するときは、その例外として許容されていることから(労働基準法24条1項ただし書)、前記のXとY社との振込みに関する合意は、上記通貨払いの原則の例外として認められるためにされたものと解される。このように、上記の合意は、特段の事情がない限り、賃金の支払方法についての合意にすぎず、その支払場所(義務履行地)に関する合意を含むものではないと解するのが相当である。本件において、上記特段の事情の主張及び立証はない。

2 賃金の支払場所は、もともと、労働者が労務を提供する場所であるとするのが、その合理的意思に沿うものであると認められることからすると、たとえ、賃金を労働者の預貯金等の口座に振り込む方法が一般的になっていても、労働者の住所地を賃金の支払場所とは考えないのが通常であると解されること、したがって、賃金の支払が預貯金口座に振り込む方法であったとしても、賃金の支払場所は、労働者の労務提供場所とするのが、使用者及び労働者の合理的意思に合致すると解される。仮に、賃金の支払場所につき上記の合意が存在したとは認められないとしても、以上説示したところによれば、民法484条又は商法516条1項の規定を適用する前提を欠くというべきであり、労働者の住所を支払場所とするのは相当ではない。

3 本件においては、Xは、かつてはY社広島事務所において勤務していたが、平成26年1月1日以降Y社本社において勤務していたのであるから、賃金の支払場所は、Y社本社であると認められる。少なくとも、本件支店又はXの住所が賃金の支払場所であると認めることはできない。したがって、賃金の義務履行地を管轄する裁判所は、広島地方裁判所ではなく、Y社本社の所在地を管轄する横浜地方裁判所である。

非常に参考になる判断です。

是非、残業代等の賃金請求事件で管轄が問題となった際には参考にしてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金100(サンテレホン事件)

おはようございます。

今日は、東京本社で勤務していた者の賃金不払等の事件につき、大阪地裁から東京地裁への移送が認められた事件について見てみましょう。

サンテレホン事件(大阪地裁平成27年3月25日・労経速2249号3頁)

【事案の概要】

本件は、XがY社に対し、Y社の事業所で働いていた間の時間外労働に対する未払賃金及び賃金不払等を内容とする債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として基本事件の提起に要した弁護士費用相当額の損害金の支払いを求める事案である。

Y社は、民事訴訟法16条1項又は17条により基本事件を東京地方裁判所に移送すべきである旨主張している。

【裁判所の判断】

東京地方裁判所へ移送する。

【判例のポイント】

1 基本事件においては、本件未払賃金の存否に関し、XにおけるY社の就労実態が主たる争点となることが予想されるところ、Xは、本件雇用契約の期間を通じ、東京本社において就労していたのであるから、Xの就労実態を知る者やXの就労実態に関する検証物で移動が困難なものは、Xが就労していた東京本社ないし東京地方裁判所の管轄区域内に所在すると考えられる一方、一件記録上、大阪地方裁判所の管轄区域内には、Y社を除き、Xの就労実態を知る者や上記のような検証物があることはうかがわれない

2 ・・・加えて、Y社の就業規則には、賃金の支払方法につき、「給与は全額を、原則、通貨にて直接本人に支払うが、本人が希望する場合には、本人が指定する銀行その他金融機関の本人名義預貯金口座へ振り込むことにより、支払うことができる」(給与規程4条1項)とあるほかに特段の定めはなく、相手方の賃金はその指定する銀行口座への振込みにより支払われていたこと、相手方は、大阪地方裁判所の管轄区域内に事務所を有する弁護士を代理人として選任し、基本事件の提起遂行を委任しているが、争点及び証拠の整理は電話会議システムを使用して行うことも可能であることをも併せ考慮すれば、Xの指摘する、Xが一給与所得者にすぎないことやY社の事業規模といった事情を考慮してもなお、基本事件を東京地方裁判所に移送する必要があると認められる。

実務上、管轄裁判所の問題はとても重要ですが、本件のような場合には、やはり東京地裁への移送が認めるのが相当です。

是非、参考にしてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金99(国際自動車事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、賃金規定の有効性と未払賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

国際自動車事件(東京地裁平成27年1月28日・労判1114号35頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されていたXらが、歩合級の計算に当たり残業手当等に相当する額を控除する旨を定めるY社の賃金規則上の規定は無効であり、Y社は、控除された残業手当等相当額の賃金支払義務を負うと主張して、Y社に対し、雇用契約に基づき、未払賃金及び遅延損害金の支払いを求めるとともに、付加金及び遅延損害金の支払いを求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社に対し、X1~X14の未払賃金合計約1500万円の支払いを命じる

付加金の支払は命じない

【判例のポイント】

1 被告賃金規則は、所定労働日と休日のそれぞれについて、揚高から一定の控除額を差し引いたものに歩合率を乗じ、これらを足しあわせたものを対象額Aとした上で、時間外等の労働に対し、これを基準として計算した額の割増金を支払うものとし、Y社は、Xらを含むそのタクシー乗務員に対し、かかる計算に則って算出された割増金を支給した。ところが、他方において、本件規定は、歩合給の計算に当たり、対象額Aから「割増金」及び「交通費」を差し引くものとし、上記支払うものと定められている割増金及び交通費に見合う額を控除するものとしている。

2 これらによれば、割増金と交通費の合計額が対象額Aを上回る場合を別として、揚高が同じである限り、時間外等の労働をしていた場合もしていなかった場合も乗務員に支払われる賃金は全く同じになるのであるから、本件規定は、法37条は、強行法規であると解され、これに反する合意は当然に無効となる上、同条の規定に違反した者には、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金という刑事罰が科せられる(同法119条1号)ことからすれば、本件規定のうち、歩合級の計算に当たり対象額Aから割増金に見合う額を控除している部分は、法37条の趣旨に反し、ひいては公序良俗に反するものとして、民法90条により無効であるというべきである
なお、本件規定が対象額Aから控除するものとしている「割増金」の中には、法定外休日労働に係る公出手当が含まれており、また、所定労働時間を超過するものの、法所定の労働時間の制限を超過しない、いわゆる法内残業に係る残業手当が含まれている可能性もあるが、本件規定は、これらを他と区別せず一律に控除の対象としているから、これらを含めた割増金に見合う額の控除を規定する「割増金」の控除部分全体が無効になるものと解するのが相当である。

3 本件は、Y社において長年にわたり採用され、多数派組合との労使協定においても維持され、その後も長く問題視されることのなかった賃金計算の仕組みについて、その有効性が争点となった事案であるということができる。また、本件規定は公序良俗に反するというべきものではあるが、本件規定が公序良俗に反する無効なものであることが一見して明白であるとまでいうことはできない。そうすると、Y社において、本件規定が有効であると主張してXらの請求を争うことにも相応の合理性があったというべきである。
したがって、Y社は、賃金の存否に係る事項について、合理的な理由により裁判所において争っているものと認めるのが相当であるから、Y社を退職したXらとの関係においても、賃確法6条1項は適用されず、未払賃金に対する遅延損害金の利率は、商事法定利率である年6分になるというべきである。

非常に重要な判断が複数含まれている裁判例です。

タクシー業界に与える影響は少なくないと思います。

是非、全文読まれることをおすすめします。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金98(甲商事事件)

おはようございます。

今日は、年休・夏季休日の取得妨害、法内時間外労働の賃金未払を理由とする損害賠償請求に関する裁判例を見てみましょう。

甲商事事件(東京地裁平成27年2月28日・労経速2245号3頁)

【事案の概要】

本件は、XらがY社に対し、不当に年次有給休暇や夏季休日の取得を妨害されたとして債務不履行に基づく損害賠償を求めるとともに、就業規則上、所定労働時間は7時間30分とされているにもかかわらず、実際には8時間労働しており、1日当たり30分の法内時間外労働について賃金が未払であったとして債務不履行に基づく損害賠償の支払いを求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、X1に対し、80万5871円+遅延損害金を支払え。

Y社は、X2に対し、76万7568円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 労基法の規定に基づいて労働者に年次有給休暇を取得する権利が発生した場合には、使用者は、労働者が同権利を行使することを妨害してはならない義務を労働契約上も負っているということができる。
本件のように、Y社が、平成15年7月を堺に給与明細書の有給残日数を勝手に0日に変更したり、通達を発して取得できる年次有給休暇日数を勝手に6日間に限定したり、しかもその取得理由を冠婚葬祭や病気休暇に限るとしたことは、Xらに対して、労基法上認められている年次有給休暇を取得することを萎縮させるものであり、労働契約上の債務不履行にあたる

2 Xらは、Y社の妨害により取得することができなかった年次有給休暇の日数分に相当する賃金額をY社の債務不履行に基づく損害として主張する。しかし、Xらは、Y社に対して、実際に取得した日数以上に、年次有給休暇の取得申請行為を行っていないのであるから、Xらが取得することを妨害されたと主張している年次有給休暇(予定日)についても、Xらの就労義務は消滅しておらず、同日就労したことをもって、就労義務がないのに就労したとXらに賃金相当額の損害が発生していると評価することはできない
もっとも、Y社がXらの年次有給休暇の取得申請を妨害した行為自体は認めることができるため、かかる妨害行為により、Xらが被ったであろう精神的苦痛等を慰謝するのに必要な限度で損害を認めることができる。
これを本件についてみるに、・・・Xらについて、各50万円ずつの損害の発生を認めるのが相当である。

3 就業規則の変更により労働条件を変更する必要性や変更後の就業規則の内容の相当性についてみるに、もともとの就業規則が当時、従業員の間でも1日の所定労働時間は8時間であることが共通認識であったところ、Y社の誤りで7時間30分とされていたものを訂正したものにすぎず、就業規則を変更することにより労働条件を変更する必要性は高いといえ、変更後の就業規則の内容についても不相当なものとは認め難い。
本件では、就業規則の変更にあたって、労働基準監督署への届出がなされ、外形上、労働者代表者の意見聴取もなされているところであるが、Xらは就業規則の変更に伴う労働者の過半数代表者の意見聴取手続が行われていないと主張しており、従業員代表を選ぶための投票等の手続がとられた事実も証拠上認めることはできない。
もっとも、就業規則の変更にあたっては、従業員代表の意見聴取、労働基準監督署への届出がなされていることが望ましい(労契法11条、労基法90条)ものの、就業規則の変更の有効性を認めるための絶対的な条件であるとはいえず、これらの事情は、労契法10条における「その他の就業規則の変更に係る事情」として、合理性判断において考慮される要素と解される
そうすると、本件においては、就業規則の変更は労働基準監督署に届け出られているものの、本件訴訟に至るまでにXらに対し、実質的な周知がなされていたと認めることはできず、就業規則の不利益変更の要件を満たしているということはできない

年次有給休暇の取得妨害についての判断です。

賃金相当額についての損害は認められませんが、そのかわりに慰謝料で認定されています。

また、就業規則の周知要件についての判断も参考にしてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。