Category Archives: 賃金

賃金48(スリー・エイト警備事件)

おはようございます。

さて、今日は、解雇された従業員からの未払残業代等請求に関する裁判例を見てみましょう。

スリー・エイト警備事件(大阪地裁平成24年1月27日・労判1050号92頁)

【事案の概要】

Y社は、警備業務等を主たる業務とする会社である。

Xは、平成19年4月から平成21年2月まで、Y社の営業部門で勤務した。

XとY社との間では、雇用契約書は作成されず、労働条件通知書等の書面も作成されなかった。

Y社では、出退勤時刻をタイムカードで管理していた。

本件は、Y社に解雇されたと主張するXが、残業代および解雇予告手当が未払いであるとして、Y社に対し、それらの支払いおよび付加金の支払いを求めた事案である。

Y社は、Xとの間の雇用契約は名目上のものであり、時間外労働の事実も解雇の事実もないなどと主張し争った。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 XとY社との間で、所定労働時間や休憩時間の合意がなくとも、Xは通常、朝礼に間に合うように出社し、9時頃から外回りに出ており、かつ外回りから帰社する時刻は、帰社後に管制業務に従事する場合は午後3時頃、それ以外の場合は午後5時ないし5時30分であり、また適宜休憩を取っていたことから、XはY社の指揮命令の下、営業等の業務に従事し、その対価として賃金の支払いを受けていたと認められ、XとY社との間には雇用契約が成立していたことは明らかである

2 Xが、Y社の従業員として営業等の業務に従事していたことは認められるものの、その労働時間を客観的に裏付ける証拠は存在しない(Xの週間予定表は提出されているが、これにも時刻の記載はなく、実際にどの程度の営業活動がなされていたのかは判然としない。)。かえって、XとY社との間では、所定労働時間に関する合意も、休憩時間に関する合意もなく、Xは外回りに出た際には、適宜休憩を取っていたというのであるから、Xが法定労働時間を超えて労務を提供したか否かは、結局のところ不明であるといわざるを得ない
この点、Aは、同人が午後7時以降まで残業をした際は、Xは必ず在社していたと証言するが、仮にXがY社の事務所に在社していたとしても、そのことから直ちに、実際に労務を提供していたと認められるものではない。Y社は、XがY社の事務所にいる際、仕事をせずに携帯ゲームで遊ぶなどしていたと主張し、Bは、Xが携帯ゲームをしているのを何度か見た旨、これに沿う証言をしている。Bは、Y社申請に係る証人ではあるが、すでにY社を退職しており、また、Xに有利な証言もしていることに照らすと、その証言には一定の信用性が認められるから、Xが、Y社の事務所に在社していた際、実際にどの程度労務を提供していたのかは、必ずしも明らかでないといわざるを得ない。

3 ・・・仮にXのタイムカードが残存していたとしても、タイムカードは、あくまでXの出退勤時刻を示すものにすぎないところ、本件では、前記のとおり、Xの営業のために外出し、適宜休憩を取っていたこと、事務所に在社している時間のうち、実際に労務を提供した時間がどの程度であったのかが不明であることからすると、タイムカードの記載から直ちにXの労働時間を認定することはできない。
以上によれば、XのY社に対する未払残業代請求については、Xによる時間外労働の事実が立証されていないといわざるを得ないから、認めることができない

判例のポイント3のように判断してもらえて、会社側としてはラッキーでした。

毎度毎度、どの裁判官も、タイムカードについてこのように判断してくれるとは限りません。

ですから、あまり先例として鵜呑みにしないほうがよろしいかと思います。

会社側とすれば、タイムカードの記載からそのまま労働時間を認定されないようにしなければなりません。

そのための準備をする必要があるわけですね。 詳しくは顧問弁護士に聞いてみて下さい。

賃金47(NEXX事件)

おはようございます。

さて、今日は、賃金減額、欠勤控除、普通解雇に関する裁判例を見てみましょう。

NEXX事件(東京地裁平成24年2月27日・労判1048号72頁)

【事案の概要】

Y社は、電子機器、システム開発及び販売等を業とする会社である。

Xは、当初、Y社のアルバイトとして稼動していたが、平成17年1月以降は正社員として、給与は月60万3500円とする契約を締結した。

Y社は、当初、Xに対し、月額60万円を基準として支給していたが、平成18年6月分の給与につき、これまでの額面から20%分(12万円)減額した48万円として、以後、同額を基準として給与を支払うようになった。

Xは、平成21年6月、Y社に対し、要求書により、従前の契約どおり月額60万円の給与の支払いを求めるまで、約3年間にわたって減額後の給与を受領し続けていた。

Y社は、業務命令の無視、反抗の継続、職務遂行能力の欠如等を理由に、平成21年7月、Xを普通解雇した。

【裁判所の判断】

賃金減額は無効
→減額分約324万円の支払を命じた

解雇は有効

【判例のポイント】

1 労働契約の内容である労働条件の変更については、労使間の合意によって行うことができるところ(労働契約法8条)、一般に、この場合の合意は、明示であると黙示であるとを問わないものとされている。しかし、労働契約において、賃金は最も基本的な要素であるから、賃金額引下げという契約要素の変更申入れに対し、労使間で黙示の合意が成立したということができるためには、使用者が提示した賃金額引下げの申入れに対して、ただ労働者が異議を述べなかったというだけでは十分ではなく、このような不利益変更を真意に基づき受け入れたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるというべきであり、この意味で、Y社側の一方的な意思表示により賃金を改訂することができるものとする本件改訂条項は、労働契約法8条に反し無効というべきである。

2 (1)本件給与減額については、その適用対象者が社長の妻である管理部長以外の正社員2名(X及びA)のみであり、反対の声を上げることが困難な状況にあったこと、(2)減額幅が20%減と非常に大幅なものであるにもかかわらず、激変緩和措置や代替的な労働条件の改善策は盛り込まれていないこと、(3)平成18年4月に実施した本件説明会において、Y社が、売上げ・粗利益ともに振るわない現状にあることから、業績変動時の給与支給水準を設けたい旨を抽象的に説明したことは認められるものの財務諸表等の客観的な資料を示すなどして、Xら適用対象者に対し、このような大幅減給に対する理解を求めるための具体的な説明を行ったわけではないことが認められる。以上によれば、たとえ、約3年間にわたって本件給与減額後の給与をY社から受領し続けていたとしても、Xが、本件給与減額による不利益変更を、その真意に基づき受け入れたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできない。よって、本件給与減額につき、Xとの間で黙示の合意が成立していたということはできない。

賃金減額における同意についてはよく問題となりますが、裁判所は同意の認定に非常に慎重です。

労働者の同意の取り方については、事前に顧問弁護士に相談することをおすすめいたします。

賃金46(中央タクシー(未払賃金)事件)

おはようございます。

さて、今日は、タクシー運転手の客待ち待機時間の労働時間性に関する裁判例を見てみましょう。

中央タクシー(未払賃金)事件(大分地裁平成23年11月30日・労判1043号54頁)

【事案の概要】

Y社は、大分市に本社を置く、タクシー会社である。

Xらは、Y社の従業員であり、タクシー乗務員として勤務していた。

Y社では、30分を超える客待ち待機時間を労働時間から除外していた。

Xらは、Y社に対し、除外された客待ち時間分も労基法上の労働時間に該当するとして、当該時間分の賃金を請求した。

【裁判所の判断】

客待ち待機時間も労基法上の労働時間に該当する

【判例のポイント】

1 労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の明示又は黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間をいうというべきである。
Xらがタクシーに乗車して客待ち待機をしている時間は、これが30分を超えるものであっても、その時間は客待ち待機をしている時間であることに変わりはなく、Y社の具体的指揮命令があれば、直ちにXらはその命令に従わなければならず、また、Xらは労働の提供ができる状況にあったのであるから、30分を超える客待ち待機をしている時間が、Y社の明示又は黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間であることは明らかといわざるを得ない

2 もちろん、Xらが被告の30分を超えるY社の指定場所以外での客待ち待機をしてはならないとの命令に従わないことを原因として、Xらが、適正な手続を経て懲戒処分を受けることがあるとしても、この命令に従わないことから、直ちに30分を超える客待ち待機時間が、労働基準法上の労働時間に該当しないということはできない。Xらが、30分を超えて客待ち待機をしたとしても、その時間は、争議行為中でもサボタージュでもなく、喫茶店等に入ってサボっている時間でもなく、労働提供が可能な状態である時間であるのであるから、Y社の明示又は黙示の指揮命令ないし指揮監督の下におかれている時間と認められる

3 ある時間が労働基準法上の労働時間に該当するか否かは当事者の約定にかかわらず客観的に判断すべきであるから、労働協約の規定があったとしても、Y社の指定する場所以外の場所での30分を超える客待ち待機時間が労働基準法上の労働時間に該当しなくなるわけではない

4 Y社は、ノーワーク・ノーペイの原則からしても、30分を超える客待ち待機時間は、労働時間に該当しないと主張するが、Y社の指定する場所以外の場所での30分を超える客待ち待機を、ノーワークということはできない。

タクシー運転手の客待ち待機時間も労基法上の労働時間か、と言われれば、やはり、裁判所の判断のようになるんでしょうね。

会社から具体的な指揮命令があれば、運転手としては、直ちに命令に従わないといけない状況にある以上、会社の指揮命令下にあるということになります。

・・・とはいえ、駅構内等の長蛇の列の中で待機しているときは、車の中で、好きな本を読んでいてもいいでしょうし、車から降りて、他の運転手と雑談することもありますよね。

そのため、会社としては、30分を超える待機時間を労働時間から除外したわけですね。

気持ちはよくわかります。 しかし、裁判になれば、このような結論になってしまうわけです。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金45(アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件)

おはようございます。

さて、今日は、競業避止条項による退職金不払いに関する裁判例を見てみましょう。

アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件(東京地裁平成24年1月13日・労判1041号82頁)

【事案の概要】

Y社は、外資系生命保険会社である。

Xは、Y社の日本支店において元執行役員として勤務していた。

Xは、Y社を退社後、競合他社へ転職したところ、本件競業避止条項により退職金を支給されなかった。

そこで、XはY社に対し、退職金の支払いを請求した。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、3037万余円を支払え

【判例のポイント】

1 一般に、労働者には職業選択の自由が保障され(憲法22条1項)ことから、使用者と労働者の間に、労働者の退職後の競業についてこれを避止すべき義務を定める合意があったとしても、使用者の正当な利益の保護を目的とすること、労働者の退職前の地位、競業が禁止される業務、期間、地域の範囲、使用者による代替措置の有無等の諸事情を考慮し、その合意が合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するものであると判断される場合には、公序良俗に反するものとして無効となると解される。
そして、上記競業避止義務を定める合意が無効であれば、同義務を前提とする本件不支給条項も無効となる。

2 Y社は、優秀な人材が競合他社へ流出することを防ぐため、本件競業避止条項を置いたものであり、その背景には、Y社のノウハウや顧客情報等の流出を避ける意図があるものと認められる。
ところで、Y社の主張によれば、ここでいうノウハウとは、不正競争防止法上の営業秘密に限らず、XがY社業務を遂行する過程において得た人脈、交渉術、業務上の視点、手続等であるとされているところ、これらは、Xがその能力と努力によって獲得したものであり、一般的に、労働者が転職する場合には、多かれ少なかれ転職先でも使用されるノウハウであって、かかる程度のノウハウの流出を禁止しようとすることは、正当な目的であるとはいえない。また、不正競争防止法上の営業秘密の存在については、Y社は特に具体的な主張をせず、これを認めるに足りる証拠もない
また、顧客情報の流出防止を、競合他社への転職自体を禁止することで達成しようとすることは、目的に対して、手段が過大であるというべきである
証人Bの証言によると、むしろ本件においては、競合他社への人材流出自体を防ぐことを目的とする趣旨も窺われるところではあるが、かかる目的であるとすれば単に労働者の転職制限を目的とするものであるから、当然正当ではない
結局、本件競業避止条項を定めた使用者の目的は、正当な利益の保護を図るものとはいえない。

3 ・・・以上から、Xの退職前の地位は相当高度ではあったが、Xの長期にわたる機密性を要するほどの情報に触れる立場であるとはいえず、また、本件競業避止条項を定めたY社の目的はそもそも正当な利益を保護するものとはいえず、競業が禁止される業務の範囲、期間、地域は広きに失するし、代償措置も十分ではないのであり、その他の事情を考慮しても、本件における競業避止義務を定める合意は合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するものであると判断されるから、公序良俗に反するものとして無効であるというべきである
そして、上記競業避止義務を定める合意が無効である以上、同義務を前提とする本件不支給条項も無効であるというべきである。

Y社は、控訴していますが、おそらく控訴審でも結論は変わらないと思います。

顧客情報の流出防止を、競合他社への転職自体を禁止することで達成しようとすることは、目的に対して、手段が過大であるというべきである」という点は、会社側としては参考にすべきです。

職業選択の自由という憲法上の権利を制限することから、あまり過度な制限は、無効になってしまいます。

兎にも角にも事前に顧問弁護士に相談する仕組みを作っておくことがリスクヘッジにつながります。

賃金44(スタジオツインク事件)

おはようございます。

さて、今日は、退職した従業員による時間外割増賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

スタジオツインク事件(東京地裁平成23年10月25日・労判1041号62頁)

【事案の概要】

Y社は、記録映画・テレビコマーシャル等の企画・制作等を業務とする会社である。

Xらは、Y社と雇用契約を締結して勤務し、インフォマーシャル制作業務に従事していた。

その後、Xらは、Y社を退職し、Y社に対し、在職中である平成18年10月から19年6月までの間に行った時間外・深夜・休日勤務に対する時間外・深夜・休日出勤手当および付加金などの支払いを求めた。

【裁判所の判断】

Y社は、X1に対し約110万円、X2に対し約98万円を支払うように命じた。

【判例のポイント】

1 時間外手当等請求訴訟において、時間外労働等を行ったことについては、同手当の支払を求める労働者側が主張・立証責任を負うものであるが、他方で、労基法が時間外・深夜・休日労働について厳格な規制を行い、使用者に労働時間を管理する義務を負わせているものと解されることからすれば、このような時間外手当等請求訴訟においては、本来、労働時間を管理すべき使用者側が適切に積極否認ないし間接反証を行うことが期待されているという側面もあるのであって、合理的な理由がないにもかかわらず、使用者が、本来、容易に提出できるはずの労働時間管理に関する資料を提出しない場合には、公平の観点に照らし、合理的な計算方法により労働時間を算定することが許される場合もあると解される。もちろん、前記のとおり、時間外労働等を行った事実についての主張・立証責任が労働者側にあることにかんがみれば、その推計方法は、当該労働の実態に即した適切かつ根拠のあるものである必要があり、推計方法が不適切であるが故に、時間外労働等の算定ができないというケースもありえようし、逆にいえば、労働実態からして控え目な推計計算の方法であれば、合理性があると判断されることも相対的に多くなると思われる

2 Y社においては、従業員の労働時間を把握する資料として従業員にタイムカードを打刻させるほかに、月毎に月間作業報告書を作成させていたところ、少なくとも、本件訴訟係属前の平成21年1月ころまでは、本件請求期間中に係るXらの月間作業報告書は存在していたにもかかわらず、Y社がそれを破棄したなどとして提出しないことが推認されるのは、既に指摘したとおりである。月間作業報告書は労働時間管理に関する書類であって、Y社が主張するように会計処理が終わり次第、随時廃棄するという性質の書類ではない上、Y社は平成20年に別件訴訟を提起し、両者間に紛争が生じていたことからすれば、仮に他の従業員の月間作業報告書を廃棄する必要があったとしても、Xらの同報告書については証拠を保全するために残しておくのが通常であって、そのような状況下で廃棄したというのは著しく不自然である。このように、Y社において、労働時間管理のための資料を合理的な理由もなく廃棄したなどとして提出しないという状況が認められる以上、公平の観点から、本件においては、推計計算の方法により労働時間を算定する余地を認めるのが相当であると解される

3 Xらが従事していた業務は、インフォマーシャル制作業務という性質からしても、プロデューサー、ディレクターというその役割に照らしても、それ自体、相当な時間と作業量を要する業務であったと推認される。また、Xらは、同時並行の形で、複数のインフォマーシャル制作業務を担当することも多い上、仮編集や本編集といった過程で徹夜作業を行うことも頻繁にあるなど、そのスケジュールに照らし相当に多忙であったと認められる。さらに、当時、Xらは、自らが時間外手当の支給を受けうる立場にないと認識しており、始業時刻が早いときあるいは終業時刻が遅いときだけ、意図的にタイムカードの打刻をしたとは考えにくい上、Xらが、Y社側から出勤時刻が遅いことを注意されていた状況もなかったことからすれば、出勤時刻が遅い日にタイムカードの打刻を怠っていたとも推認できないのであって、Xらのタイムカードに打刻のある日時が、全体の平均値から逸脱しているということもできない。したがって、Xらの主張にかかる上記推認方法は、基本的に合理的な方法であると認めるのが相当である。
結果的にも、X1については、時間外労働が月30時間台から60時間台、深夜労働が10時間以内に収まり、X2についても、時間外労働が月30時間台から60時間台、深夜労働が多いときでも月10時間台に収まっているものであるから、Xらの業務実態に照らすと、むしろ控え目な推計であるというべきである(Xらが徹夜作業を行っていることを考慮に入れれば、実際の労働時間、とりわけ深夜労働はもっと多い可能性が高い。)。

上記判例のポイント1は非常に重要です。是非、しっかり理解しておいて下さい。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金43(十象舎事件)

おはようございます。

さて、今日は、編集プロダクション社員の時間外割増賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

十象舎事件(東京地裁平成23年9月9日・労判1038号53頁)

【事案の概要】

Y社は、各種書籍・雑誌の企画・編集を行う編集プロダクションである。

Xは、Y社の元従業員で、平成19年7月から22年7月までY社との間で雇用契約関係にあった。

Xは、分冊百科シリーズの編集・制作を担当するとともに、ライターに記事の執筆を依頼したり、自ら記事を執筆する等の業務を行っていた。

Xの所定労働時間は、午前10時30分から午後7時30分であったが、全体として仕事量が多く、所定の出退社時刻を守っていたのでは、担当の業務を終えることは不可能であった。

一方、Y社は、締切りまでに良い仕事さえすれば勤務時間の使い方は自由で構わないとの考えから、従業員の出退社管理に全くといっていいほど関心がなく就業規則はもとよりタイムカードや出社簿等も全く存在しなかった。

そこで、Xは、Y社において全く出退社管理等が行われていないことに疑問を持ち、将来の残業代請求を視野に入れ、平成20年1月から、毎日、自らの出退社時刻を分単位まで手帳に記録するようになったが、それだけでは証拠としての客観性にかけると考え、出退社時ごとに、パソコンのソフト(Light Way)を立ち上げたうえ、各出退社時刻を打刻し、パソコンのフォルダ内に保存する方法を用いた。

【裁判所の判断】

Xがパソコンソフトに保存・記録していた時刻を、割増賃金請求にかかる期間内のXの出退社時刻に当たると判断

深夜の一部を除き、労基法上の労働時間に当たると判断

付加金として30万円の支払を命じた

【判例のポイント】

1 「労基法上の労働時間」とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうものと解されるところ(最高裁平成12年3月9日判決)、その判断は、(1)当該業務の提供行為の有無、(2)労働契約上の義務付けの有無、(3)義務付けに伴う場所的・時間的拘束性(労務の提供が一定の場所で行うことを余儀なくされ、かつ時間を自由に利用できない状態)の有無・程度を総合考慮した上、社会通念に照らし、客観的にみて、当該労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かという観点から行われるべきものである

2 ・・・そもそも、Y社が上記のような勤務形態を採用した趣旨は従業員の作業効率を高め、より高い創造性を発揮させることにあり、こうした意図に照らすならば、Y社において、上記のような作業効率(集中力)はもとより仕事に対する創造性も著しく低下するはずの時間帯における、(完全)徹夜勤務まで容認していたものとは考え難く、少なくとも上記時間帯cのうち午前2時以降については、仮に何らかの業務が行われていたとしても、それは、いわゆる「許可・黙認のない持ち帰り残業」に類する性質のものということができる
そうだとするとY社の上記時間帯(午前2時以降)の行為は、特段の事情(残業指示の形跡等)が認められない限り、Y社の指揮命令下に置かれていたと評価することはできないものと解されるところ、Y社代表者とXとの間に上記のような特段の事情を基礎付ける事実関係を認めるに足る的確な証拠はない。
以上によると上記時間帯cは、午前零時から同2時までに限り「労基法上の労働時間」に該当するものというべきである。

労基法上の労働時間該当性の問題は、指揮命令下と評価できるかにより判断されます。

残業代請求事件ではよく問題となる論点です。

日頃から顧問弁護士に相談することがとても大切ですね。

賃金42(あけぼのタクシー事件)

おはようございます。

さて、今日は、解雇期間中の賃金の中間収入に関する最高裁判決を見てみましょう。

あけぼのタクシー事件(最高裁昭和62年4月2日・労判506号20頁)

【事案の概要】

Y社は、旅客運送事業を営む会社である。

Xらは、いずれもY社にタクシー乗務員として雇用された従業員である。

Xらは、タクシー従業員で構成する労働組合の執行委員長や書記長であった。

Y社は、中傷ビラの配布等を理由として、昭和51年8月、Xらを懲戒解雇した。

Xらは、本件解雇の無効と解雇期間中の賃金等の支払を求めた。

第1審は、本件解雇は、不当労働行為で無効と判断し、解雇期間中の賃金については、平均賃金の6割分を確保してそれ以外の賃金分(平均賃金の4割分および一時金)からの中間収入控除を認めた。

これに対し、控訴審は、懲戒解雇の無効は維持しつつ、平均賃金の4割分からの控除のみを認めて一時金からの控除を否定した。

Y社は、上告し、一時金について、使用者は労働基準法26条による支払義務もないので中間収入控除につき限度額の適用は受けず、全額が損益相殺の対象となるべきであると主張し争った。

【裁判所の判断】

破棄差戻し

【判例のポイント】

1 使用者の責めに帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間中に他の職に就いて利益を得たときは、使用者は、右労働者に解雇期間中の賃金を支払うに当たり中間利益の額を賃金額から控除することができるが、賃金額のうち労働基準法12条1項所定の平均賃金の6割に達するまでの部分については利益控除の対象とすることが禁止されているものと解するのが相当である

2 したがって、使用者が労働者に対して有する解雇期間中の賃金支払債務のうち平均賃金額の6割を超える部分から当該賃金の支給対象期間と時期的に対応する期間内に得た中間利益の額を控除することは許されるものと解すべきであり、中間利益の額が平均賃金額の4割を超える場合には、更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(労働基準法12条4項所定の賃金)の全額を対象として利益額を控除することが許されるものと解せられる

3 そして、賃金から控除し得る中間利益は、その利益の発生した期間が右賃金の支給の対象となる期間と時期的に対応するものであることを要し、ある期間を対象として支給される賃金からそれとは時期的に異なる期間内に得た利益を控除することは許されないものと解すべきである。

4 中間利益の控除が許されるのは平均賃金所定の基礎になる賃金のみであり平均賃金算定の基礎に算入されない本件一時金は利益控除の対象にならないものとした原判決には、法律の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ない。

まあ、そういうことです。

和解で終わる場合は、ここまでの話は出ないですが、判決まで行くと、中間利益の控除の問題が出てきます。

労働事件では基本中の基本ですのでしっかり押さえておきましょう。

詳しくは顧問弁護士からレクチャーを受けましょう。

賃金41(医療法人共生会事件)

おはようございます。

さて、今日は、賃金減額の合意に関する裁判例を見てみましょう。

医療法人共生会事件(東京地裁平成23年4月28日・労判1037号86頁)

【事案の概要】

Y社は、医療法人であり、北海道にG病院を開設している。

Xは、医師である。 Xは、平成21年8月、Y社を退職した。

Y社は、Xに対し、平成19年9月分から平成20年5月分の賃金として、各月120万円を支払った。

Y社は、Xに対し、平成20年6月分から平成21年8月分の賃金として、各月75万円を支払った。

Xは、Y社に対し、平成20年6月分から平成21年8月分までの各月120万円の賃金と支払い済み額75万円との差額を請求した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社は、平成20年6月、E及びDをして、Xの賃金を120万円から75万円に減額することの申入れを行い、Xは、その後、Y社から、同月分の賃金からXが退職する平成21年8月分の賃金まで一貫して月額75万円の支払を受け、その間、これらの賃金の支払額について、Y社に何ら異議を述べていないことが認められる。このことからすると、Xは、同日ないしその後同日に近い日に、上記申入れを受け容れたものと推認することができる。

2 この点について、Xの妻の陳述書等には、Xらは、賃金減額を承諾したことはなく、賃金減額に合意しないと
解雇される不安があり、退職後に請求をしようと考え、我慢することにした旨の陳述等がある。
しかし、この陳述等は、上記事実経過に照らして不自然であり、また、Xの雑記帳をみても、上記陳述等を裏付けるような記載はなく、かえって、同雑記帳の記載内容は、賃金減額を受け入れた後のXの気持ち等が書かれたものと解されることからすると、にわかに信用することができない

以上により本件賃金減額合意の成立を認めることができる。

本件では、賃金減額の合意の有無が問題となっています。

Xは、Y社に対し、賃金減額について「何ら異議を述べていない」ことから賃金減額の申入れを受け入れたと判断されています。

実際には、いろいろな事情があったのだと思います。

ただ、それが証拠として残っていないというだけのことです。

X側が、錯誤無効や詐欺取消しなどの主張をしていることからもわかります。

会話が録音されていれば、状況は変わったでしょうか・・・?

兎にも角にも、賃金減額事案は、事前の対応を誤るとたいてい無効となります。必ず事前に顧問弁護士に相談をしましょう。

賃金40(全日本手をつなぐ育成会事件)

おはようございます。

さて、今日は、証人出頭に伴う不就労と賃金カットに関する裁判例を見てみましょう。

全日本手をつなぐ育成会事件(東京地裁平成23年7月15日・労判105頁)

【事案の概要】

Y社は、知的障害者の援護・育成を目的とする団体との連絡等に携わる社会福祉法人である。

Xは、Y社の正規職員である。

Y社の給与規程には、正規職員が所定時間内に休業した場合には、不就労時間数に応じて基準内給与から控除する旨の規定が置かれている。

Xは、平成21年5月から平成22年9月にかけての時期に、東京都労働委員会から6回にわたり証人として呼出を受け、出頭した。

いずれの呼出とも午後2時からの出頭を求めるものであり、これによりXには各日につき4.25時間の不就労が発生した。

Y社は、Xの不就労を理由に賃金、賞与をそれぞれ控除した。

Xは、本件賃金カット等を理由とする未払賃金及び未払賞与の支払を求めて提訴した。

【裁判所の判断】

未払賃金及び未払賞与の支払いを命じる

【判例のポイント】

1 本件各不就労時間は、労基法7条にいう「公の職務を執行するために必要な時間」に該当するものと解されるところ、同条は、労働者がその労働時間中に公民権の行使等のために必要な時間を請求した場合、使用者はこれを拒んではならないことを規定するにとどまり、公民権の行使等に要した時間に対応する賃金についてはこれを当事者間の取決めに委ねるという趣旨の規定であると解するのが相当である。

2 本件就業規則等の変更は、本件旧就業規則15条によって保障されていた公民権の行使等の有給扱いを取りやめるものであって、Xの重要な労働条件の一部について既得の権利を奪う内容のものである。
・・・就業規則の不利益変更の有無・程度は、単に量的な側面からだけではなく、質的な側面(とりわけ権利の性格等)を併せ考慮して判断すべきものと解され(労契法7条の合理性審査において考慮される労使双方の利益のうち労働者側のそれとしては「特定条件下での就労利益、憲法・法令が保障する権利等も含まれるものとされるが(土田・140頁)、この理は、同法10条の合理性審査における労働者の不利益性の内容についても妥当するものと解される。)、そうだとすると本件就業規則等変更によって不利益に変更されるXの労働条件とは、単なる賃金額の減少にあるのではなく、上記のとおり、より実質的に「有給扱いという待遇の下で公民権の行使等の公的活動に容易に参画し得る地位ないし権利」をいうものと解するのが相当であり、このような観点からいうと、減少する賃金の額が小さいからといって、直ちに本件就業規則等の変更の不利益性が小さいということにはならな
い。

3 本件就業規則等変更は、Y社職員が既得の権利として有していた「有給扱いという待遇の下、公民権の行使等の公的活動に容易に参画し得る地位ないし権利」に対して、かなり大きな負の影響を与えるものということができ、その意味で、本件就業規則等変更は、全体的にみて、重要な労働条件につき実質的な不利益性を有するものというべきである。
・・・以上のとおりであるから、Xは、本件各不就労によっても、その部分に関する賃金請求権を失わず、したがって、本件各賃金カット等は、いずれも違法である。

非常に珍しいケースです。

ただ、内容としては、就業規則の不利益変更の問題です。

公民権行使を重視した判断がされていますね。

今回、Y社が社会福祉法人であることも一考慮要素となっています。

普通の民間企業であったとして、今回の結論は変わったでしょうか?

日頃から顧問弁護士に相談し、適切に労務管理をすることがとても大切ですね。

賃金39(技術翻訳事件)

おはようございます。

さて、今日は、賃金減額の有効性等に関する裁判例を見てみましょう。

技術翻訳事件(東京地裁平成23年5月17日・労判1033号42頁)

【事案の概要】

Y社は、翻訳、印刷及びその企画、制作等を行う会社である。

Xは、昭和56年、Y社に採用され、以来、Y社の制作部において、翻訳物の手配、編集等を行ってきたが、平成21年9月、Y社を退職した。

Y社は、会社の業績悪化を理由に、Y社の役職者全員を対象として、平成21年6月分以降の報酬ないし賃金を20%減額することを代表者会議等において提案し、実際にXの賃金は、同月分以降20%減額支給された。

本件賃金減額に際し、就業規則又は給与規程の改定が行われた事実はない。

【裁判所の判断】

本件賃金減額は無効

本件退職は、自己都合による退職である

【判例のポイント】

1 賃金の額が、雇用契約における最も重要な要素の一つであることは疑いがないところ、使用者に労働条件明示義務(労働基準法15条)及び労働契約の内容の理解促進の責務(労働契約法4条)があることを勘案すれば、いったん成立した労働契約について事後的に個別の合意によって賃金を減額しようとする場合においても、使用者は、労働者に対して、賃金減額の理由等を十分に説明し、対象となる労働者の理解を得るように努めた上、合意された内容をできる限り書面化しておくことが望ましいことは言うまでもない。加えて、就業規則に基づかない賃金の減額に対する労働者の承諾の意思表示は、賃金債権の放棄と同視すべきものであることに照らせば、労働基準法24条1項本文の定める賃金全額払の原則との関係においても慎重な判断が求められるというべきであり、本件のように、賃金減額について労働者の明示的な承諾がない場合において、黙示の承諾の事実を認定するには、書面等による明示的な承諾の事実がなくとも黙示の承諾があったと認め得るだけの積極的な事情として、使用者が労働者に対し書面等による明示的な承諾を求めなかったことについての合理的な理由の存在等が求められるものと解すべきである

2 Y社の退職金規程によると、退職金の支給率は、退職事由によりA、Bの2種類に区分され、会社都合の退職、在職中の死亡、業務上の負傷等による退職、定年退職の場合はA、それ以外の場合はBを適用するものとされているところ、そこでいう「会社の都合で退職したとき」とは、解雇、使用者の退職勧奨による退職等、使用者側の意向ないし発案に基づく退職を意味するものと解するのが相当である
本件退職は、確かにY社による本件雇用条件通告を契機とするものではあるが、最終的には、基本給の減額により退職金額が減額することを避けて、従来の基本給に基づいた比較的高額の退職金を得るという経済的目的に加え、「こういった環境にいたくない」、「一刻も早く辞めたい」というX自身の意思に基づく退職、すなわち自己都合による退職であったと認めるほかないというべきである。

3 Xは、Y社が本件賃金減額に引き続いて、本件雇用条件通告をしたことによりXは退職を余儀なくされたものであってこうしたY社の行為は、Xに対する不法行為に該当する旨を主張する。
そこで検討すると、本件賃金減額及び本件退職に関する経緯を総合すれば、Y社は、業績が近年下降線をたどる中、本件雇用条件通告により人件費を抑制することによって利益率を向上するとの意図を有していたものと見られるが、人件費の抑制を目指した労働条件の切下げ自体は、当事者の合意に基づくなど適法な方法で行われる限りは、許容されるというべきであるし、労働条件の切下げを労働者に提案する行為についても、その方法、態様が適法なものである限り、労働者に対する不法行為に該当しないことは言うまでもない

会社側としては、賃金を減額する際、上記判例のポイント1は参考になると思います。

要するに、そう簡単には賃金減額はできないよ、ということです。

ちゃんと準備をしなければ、裁判で争われた場合、たいてい負けることになりますので、顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。