Category Archives: 配転・出向・転籍

配転・出向・転籍58 職種限定合意成立時における配転の違法性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、職種限定合意成立時における配転の違法性に関する裁判例を見ていきましょう。

社会福祉法人滋賀県社会福祉協議会(差戻審)事件(大阪高裁令和7年1月23日・労判1326号5頁)

【事案の概要】

公の施設(地方自治法244条)である滋賀県立長寿社会福祉センター(本件事業場)の一部である滋賀県福祉用具センター(本件福祉用具センター)においては、福祉用具についてその展示及び普及、利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発等の業務を行うものとされており、本件福祉用具センターが開設されてから平成15年3月までは財団法人滋賀県レイカディア振興財団(レイカディア)が、同年4月以降はレイカディアの権利義務を承継した被控訴人が、指定管理者(同法244条の2第3項)等として上記業務を行っていた。
Xは、平成13年4月、本件福祉用具センターにおける上記の改造及び製作並びに技術の開発(以下「本件業務」という。)に係る技術職としてレイカディアに雇用されて以降、上記技術職として勤務していた。また、XとY社との間には、控訴人の職種及び業務内容を上記技術職に限定する旨の合意(本件合意)があった。

Y社は、Xに対し、その同意を得ることなく、平成31年4月1日付けで総務課施設管理担当への配置転換を命じた(本件配転命令)。また、Y社は、新たな人事評価制度に基づく人事評価において、Xを5段階評価のうち最低ランクに位置付け、Xの基本給を月額3000円減額するという不利益変更を行った(本件不利益変更)。

本件は、Xが、Y社に対し、〈1〉安全性に重大な問題のある福祉用具(障害児向け入浴介助用具)について安全面を確保するため寸法の一部変更を行うよう提案したものの採用されず、従前の寸法で製作するよう求められたがこれを拒否したところ、Y社から業務命令拒否等を理由に訓戒書の交付を受けたこと等により、Xは精神疾患を発病して休職に至ったとして、労働契約上の安全配慮義務違反による損害賠償請求権に基づき、通院慰謝料184万円、弁護士費用18万4000円の合計202万4000円+遅延損害金の支払を、〈2〉平成25年2月1日に復職した後も、上司のXに対する言動がパワーハラスメントに該当するとして内部相談窓口に通報したにもかかわらず、Y社は、詳細な検討を行うことなく、パワーハラスメントに該当しないとの回答を繰り返すほか、本件配転命令を強行し、本件不利益変更を行ったことにより、Xは精神疾患を再発し、再び休職に至ったとして、労働契約上の安全配慮義務違反又は不法行為による損害賠償請求権に基づき(選択的併合)、通院慰謝料52万円、弁護士費用5万2000円の合計57万2000円(一部請求)+遅延損害金の支払を、〈3〉本件配転命令は、当事者間の本件合意に反するなどとして、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき(選択的併合)、慰謝料100万円、弁護士費用10万円の合計110万円+遅延損害金の支払(以下「本件損害賠償請求」という。)をそれぞれ求めるとともに、〈4〉本件不利益変更は、Y社による人事権の濫用に当たり、違法、無効であって、Xの賃金は、令和元年6月度支給分が9000円、同年7月度支給分が3000円の未払になるとして、労働契約による賃金請求権に基づき、上記未払賃金合計1万2000円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

原判決中、110万円+遅延損害金の支払請求に関する部分を次のとおり変更する。
(1) Y社は、Xに対し、88万円+遅延損害金を支払え。
(2) Xのその余の請求を棄却する。

【判例のポイント】

1 Y社は、本件合意があったにもかかわらず、Xに対してその同意を得ることなく違法な本件配転命令を行ったものであり、しかも、Y社は、事前に本件面談において、Xに対し、同人が長年従事していた本件業務に係る技術職を廃止する旨の説明をしたり、他の職種へ変更することの同意を得るための働き掛けをするなど、違法な配転命令を回避するために信義則上尽くすべき手続もとっていないこと、Xは、これにより、長年従事していた本件業務に係る技術職以外の職種へ変更することを余儀なくされ、相当程度の精神的苦痛を受けたこと、その他、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、本件配転命令によって控訴人が被った精神的損害に対する慰謝料の額は80万円とするのが相当である。

判断枠組み自体は、特段、目新しい点はありません。

雇用契約において、職種の限定がされているか否かは、雇用契約書の記載だけからは判断ができない場合がありますので注意しましょう。

配転命令を行う場合には、事前に顧問弁護士に相談することをおすすめいたします。

配転・出向・転籍57 配転命令拒否を理由とした解雇を有効とした事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、配転命令拒否を理由とした解雇を有効とした事案を見ていきましょう。

医薬品製造販売業A社事件(横浜地裁令和6年3月27日・労経速2559号20頁)

【事案の概要】

本件は、労働者であるXが、令和4年1月24日付けで行われた同年4月1日にb本社へ転勤させる旨の命令及び同年3月30日付けで行われた解雇の意思表示が、いずれも無効であると主張して、雇用契約に基づき、Y社に対し、①Y社との間で雇用契約上の権利を有することの確認及び②Xがb本社で勤務する義務がないことの確認を求めるとともに、③同年5月1日以降の賃金(バックペイ)として、令和4年5月1日から本判決確定の日まで、毎月25日限り、47万7500円(月給)、毎年7月31日及び12月31日限り、各98万9500円(賞与)+遅延損害金の支払、④割増賃金41万3050円+遅延損害金の支払、⑤令和4年4月分賃金につき、欠勤を理由に減額されたことは不当であるとして、未払賃金8万9133円+遅延損害金の支払、⑥Xに対して行われたハラスメントについて、Y社の安全配慮義務違反があると主張して、損害賠償金110万円(慰謝料100万円、弁護士費用10万円)+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、20万6107円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、本件配転命令につき、①業務遂行能力及びチームマネジメント能力の見極めを業務上の必要性として挙げているほか、②環境を変え、新たな同僚や上司の下、業務遂行能力及びマネジメント能力を発揮するよう、人材活用を図ることについても、業務上の必要性に当たると主張している。
この点、Xは、本件試用期間延長措置が無効である以上、Xの業務遂行能力及びチームマネジメント能力の見極めの必要性はないかのような主張をしているが、雇用契約が継続している限り、使用者は、職員の配置のほか、賞与額の査定、昇給や昇格等、人事上の措置を講じるに当たり、様々な場面で、従業員の能力を見極め、その評価を行う必要があるのが通常であって、このような必要性は、試用期間中であるか否かを問わず肯定されるものであって、これに反するXの主張は、採用し得ない。
Xは、能力の見極めや、Xの能力の活用を図るのであれば、dオフィスに所属したままでも可能である旨主張しているが、Xは、最初に担当することになったO社PJで、派遣社員であるHから、Xによるパワハラ被害の申告を受け、そのような状況に陥った原因について、O社PJのメンバーであるHやPの能力不足と共に、F課長代理の指導力不足を強調していたものである。dオフィスは、Xを除けば、正社員がF課長代理とGの二名しかいない小規模な研究施設であって、GはXよりも10歳以上も年下であり、Xに対する能力の見極めや指導は、dオフィスにいる限り、F課長代理が行わざるを得ない状況にあったというべきところ、信頼関係が損なわれたF課長代理の下で勤務をさせるよりも、E部長を含め人員の充実したb本社で勤務をさせた方が、X自身の本来の能力が活かされ、より目の行き届いた形でその能力の見極めが可能であると判断したY社の決定は、十分に合理性のあるものというべきである。
また、Xは、Hが週報作成の前提となる実験ノートを作成できておらず、Pの日報や実験ノートにも不備が多かったにもかかわらず、F課長代理が適切な指導を行なわなかったことを論難し、問題の所在であるF課長代理を異動させるべきであった旨主張しているが、そもそも、職員の能力不足や経験不足は、上司の指示、指導や教育などによって直ちに改善するものではなく、F課長代理が的確な指導を行っていたとしても、Xが感じていたH及びPの能力不足や経験不足に起因する問題が、解決されたとは思われない。

2 本件配転命令は、D市にあるdオフィスから、b本社への異動を命じるものであり、転居を伴う転勤命令であって、従業員であるXの私生活に、一定の影響を与えるものであること自体は疑いがない。
もっとも、給与その他、勤務地を除く労働条件については、本件配転命令により変更されるものではないほか、Y社は、転勤規程(書証略)を設けて、家具移転費用、転勤交通費、転勤一時金、賃貸住宅費用補助等の名目で、転勤にともなう諸経費の会社負担を認め、単身赴任者については、毎月1回の帰省手当を支給するなど、転勤に伴う経済的な負担を軽減する制度を定め、また、その案内をXに対して行っている。
そのほか、Xは、E部長やM取締役の入社時の面接においても、b本社でなければできない研究や実験があるとの認識の下、業務上の必要性があるのであれば、b本社への異動が可能である旨回答していることも踏まえれば、本件配転命令がB市への転居を伴うこと、単身赴任をするか、自宅周辺で就労している妻を退職させ、妻と共にB市に赴任するかいずれかを選択する必要が生じていたことといった事情を考慮しても、本件配転命令が、労働者に対し、甘受し難い不利益を与えるものとは言い難いというべきである。

3 以上によれば、本件配転命令は、業務上の必要性に基づくものであり、他の不当な目的・動機をもってなされたものであるとも、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとも認められないというべきであるから、Y社に裁量権の逸脱はなく、これが権利濫用であるとのXの主張は採用し得ない。

職員の能力不足や経験不足は、上司の指示、指導や教育などによって直ちに改善するものではないと、至極当たり前のことが述べられていますが、このような当たり前のことを裁判所に認定してもらうとなんだかほっとします。

配転命令を行う場合には、事前に顧問弁護士に相談することをおすすめいたします。

配転・出向・転籍56 医師の配転命令先における義務不存在仮処分等の申立て(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、医師の配転命令先における義務不存在仮処分等の申立てに関する裁判例を見ていきましょう。

市立東大阪医療センター事件(大阪地裁令和5年8月31日・労判ジャーナル141号16頁)

【事案の概要】

基本事件は、Y社によって運営されているaセンターにおいて勤務していた医師であるXが、Y社によるbセンターへの本件配転命令が無効であると主張して、①bセンターにおいて勤務する労働契約上の義務がないことを仮に定めるとともに、②aセンターにおける就労請求権を前提に、aセンターにおける就労を妨害しないことを命じるよう求める旨の申立てをした事案である。
本件は、Y社が、本件申立てを認容した原決定を不服として、原決定の取消し及び本件申立ての却下を求める保全異議を申し立てた事案である。

【裁判所の判断】

債権者と債務者との間の大阪地方裁判所令和4年(ヨ)第10007号地位保全等仮処分申立事件について、同裁判所が令和4年11月10日にした仮処分決定を認可する。

【判例のポイント】

1 上記中期計画には、医療センターとして担うべき役割のうち救急医療について、「a救命救急センターとの連携を強化することで、多数の二次・三次救急患者を受け入れ、重症度、緊急度に応じた適切な医療を提供する体制の確保を図る」旨の記載があるにとどまり、救急医療に携わる医師の異動に係る記載はないし、同じ中期計画の人材の確保と育成に係る箇所や人員配置に係る箇所においても、医師の異動をうかがわせる記載は見当たらない。
以上によれば、Y社の指摘する中期計画の記載は、XとY社の間の勤務内容や勤務場所の合意に係る原決定の認定を左右するものとはいえない。

2 Y社は、複数の看護師がXによるパワーハラスメントや倫理的に不適切な発言をした旨の相談や報告をしていること自体、本件配転命令に係る業務上の必要性を基礎付ける重要な要素であり、原決定はその評価を誤った旨主張する。
しかし、上記相談及び報告に係る疎明資料は、いずれも聴取結果をまとめたメモであるところ、被聴取者等の氏名がマスキングされており、その他に信用性を補う事情も認められないことからすると、これらに依拠してXが問題のある言動をしていたとか、配転の必要性を基礎付けるに足る複数の相談等の疎明があったとはいえない

パワハラ等の事案において、報復を避ける目的で、陳述書や聴取書等で氏名をマスキングした上で証拠として提出するケースがありますが、上記判例のポイント2のように信用性を否定されてしまいますので注意しましょう。

配転命令を行う場合には、事前に顧問弁護士に相談することをおすすめいたします。

配転・出向・転籍55 一審判決を変更し、人事管理の目的での配転命令が有効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、一審判決を変更し、人事管理の目的での配転命令が有効とされた事案を見ていきましょう。

社会福祉法人秀峰会事件(東京高裁令和5年8月31日・労経速2531号3頁)

【事案の概要】

本件は、社会福祉法人であるY社との間で雇用契約を締結し理学療法士として稼働していたXが、Xの法人本部に新設された部門(新部門)に異動する旨の配転命令は、権利の濫用になり無効であるとともに、不法行為に該当するなどと主張して、Y社に対し、①本件雇用契約に基づき、XがY社法人本部に勤務する雇用契約上の義務を負わないことの確認を求め、さらに、②不法行為に基づき、慰謝料200万円+遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は、本件配転命令がY社の裁量権を逸脱するもので、権利の濫用となり無効であり、不法行為に該当するとして、上記①の請求を認容し、同②の請求については、慰謝料50万円+遅延損害金の支払を認める限度で認容してその余の請求を棄却したところ、Y社がこれを不服として控訴をした。

【裁判所の判断】

原判決中Y社敗訴部分を取り消す。

上記部分につき、Xの請求をいずれも棄却する。

【判例のポイント】

1 Y社において新部門を設立し、Xを新部門に配置する業務上の必要性の有無に関して検討する。Y社において、産業理学療法の知見を取り入れて、職員の就業に関連する健康増進や労働災害等の予防を目的とする取組を実施する企業運営上の必要性は十分に肯定できる。そして、Xの勤務状況等に照らせば、本件施設を含む小規模な各事業所にXを継続して配置することは周囲の職員や利用者のために不適当であるが、その一方で、理学療法士の資格を有し長年の実務経験もあるXは本件取組には適していると判断したことが認められる
そして、労働力の適正配置や業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、配転命令に関する業務上の必要性が肯定され(東亜ペイント事件最高裁判決)、人事管理目的での人員配置をすることも、これが濫用にならない限り、企業の合理的運営として許容されると解される。そうであれば、本件取組を実施することにつき企業運営上の必要性は十分に肯定でき、かつ、Xを適正に配置する観点から、人財部の業務の一部を切り離してこれを担わせる部門を新設し、同部門に、理学療法士の資格を有するXを配置して、本件取組を実施させることも、Y社における企業運営及び人事管理の必要性が肯定される

2 XとY社との間で職種限定の合意がない中で、かかるXの主張する上記諸点を不利益と捉えるのは、職種限定の合意があることと同様の結果となりかねないため、Xの主張をそのまま受け入れることは相当でない。
また、Y社においては、Xと同じく理学療法士の資格を有する正職員97名について、職種限定ないし勤務地限定の特約を締結して雇用する者はいないこと等に照らせば、Xの主張する上記不利益は、いずれも主観的な不利益の域にとどまるもので、これをもって労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益であるということはできない

一審と二審で判断が大きく異なっています。

いかに担当裁判官の評価に依拠しているのかがよくわかります。

配転命令を行う場合には、事前に顧問弁護士に相談することをおすすめいたします。

配転・出向・転籍54 職務限定合意が否定され、配転命令が有効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、職務限定合意が否定され、配転命令が有効とされた事案を見ていきましょう。

東京女子医科大学事件(東京地裁令和5年2月16日・労経速2529号21頁)

【事案の概要】

本件は、学校法人であるY社との間で労働契約を締結したXが、Y社がXに対してした各配転における内分泌内科学講座の教授・講座主任から内科学口座高血圧学分野の教授・基幹分野長とする旨の配転に及びY社が設置する東京女子医科大学病院における高血圧・内分泌内科の診療部長から高血圧内科の診療部長とする旨の配転の命令がいずれも無効であると主張して、Y社に対し、本件各配転先の職位として各勤務する義務がないことの確認を求めるとともに、本件配転命令1が不法行為であり、本件配転命令を決定、執行するに当たり、Y社の役員であるA及びBに悪意又は重過失があったなどと主張して、Y社に対しては民法709条に基づき、A及びBに対しては私立学校法44条の3第1項に基づき、連帯して慰謝料等330万円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1Xの採用の経緯等に照らすと、Xは、Y社において、高血圧と内分泌疾患の双方に専門的知見を有する医師として採用され、その職務内容としても、当初から、そのいずれも対象とすることが予定されていたというべきである。そうすると、Xの職務の専門性から従前の職務と全く関連しない職務へと一方的に変更されないことは格別、従前の職務と密接に関連し、あるいはその一部となる職務については、一切の変更や限定が許さない旨の職務限定合意があったとは認められない。また、本件各配転命令はいずれも、Xの職務内容を、高血圧と内分泌疾患の双方を対象とする従前の職務内容からその一部へと限定するものにすぎないから、XとY社間の職務限定合意に反しないというべきである。

2 高血圧については、日本高血圧学会において学術集会等が開催されるとともに、高血圧専門医制度が設けられていることが認められ、他大学において内分泌内科学分野とは別に高血圧学分野を設置した例はないが、他大学との差別化を図り、既存の講座体系をより高度に専門化する必要があり、そうした観点から、本件大学において高血圧学分野を設置することにおよそ合理性がないとはいえない。また、Xは高血圧と内分泌疾患の双方に専門的知見を有する医師として採用され、雇用契約上も、元々高血圧について相応に研究、診療等に従事することが求められていた。そうすると、本件大学及び本件病院において、高血圧に特化した分野又は診療科を設け、これにXを配転することは、Y社の合理的運営に寄与するものであり、業務上の必要性があったといえる。

職種限定の合意の有無、配転命令の有効性のいずれについても常識的な判断だと思います。

これらの争点について裁判所がどのような点に着目して判断しているのかをしっかりと理解しておく必要があります。

微妙な事案において、配転命令を行う場合には、事前に顧問弁護士に相談することをおすすめいたします。

配転・出向・転籍53 配転命令の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、配転命令の有効性に関する裁判例を見ていきましょう。

摂津金属工業事件(大阪地裁令和5年3月31日・労判138号14頁)

【事案の概要】

本件は、平成元年にY社に雇用され、令和2年2月当時、大阪府守口市に所在する本社のシステム課に勤務していたXが、同年4月1日付けでC工場製造部製造一課配属検査担当としての勤務を命ずる旨の配転命令を受けたことにつき、Y社に対し、本件配転命令は、Xの職種をコンピューターの構築及び管理に限定する旨の労働契約上の合意に反し、又はY社の配転命令権を濫用するものであるから無効であるとして、C工場検査課に勤務する労働契約上の義務がないことの確認を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社は、比較的業務量に余裕があり、今後は若手従業員の力も必要となってくる部署である本社システム課から、欠員補充が急務となっているC工場検査課にXを配置転換するために本件配転命令を発したのであって、本件配転命令には、その人選も含めて合理性があり、業務上の必要性が認められるというべきであり、また、本件配転命令が、Xを退職に追い込むような不当な動機・目的に基づくものであったとはいえず、そして、Y社は、Xの負担に配慮して、手当の支給に関する特別措置を講じているものであり、Xの妻であるNの治療に具体的な支障が生じているとの事実も認められないことにも鑑みれば、Nの健康状態の点に関し、本件配転命令により、Xに通常甘受すべき程度を著しく超える不利益が生じたとはいえず、また、本件配転命令によりXの父であるPの介護等に影響が出るものではないこと、Y社がXの帰省費用を負担するなどして一定の配慮をしていること等を考慮すれば、Pの健康状態に関し、本件配転命令により、Xに通常甘受すべき程度を著しく超える不利益が生じたとはいえないこと等から、本件配転命令がY社の配転命令権を濫用した無効なものであるとはいえない。

配偶者、子、両親等の健康問題等が存在する場合、本件同様、配転命令の要件である「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」の有無が問題となりますが、これまでの裁判例の傾向を見る限り、かなりシビアに判断されています。

微妙な事案において、配転命令を行う場合には、事前に顧問弁護士に相談することをおすすめいたします。

配転・出向・転籍52 配転命令拒否を理由とする解雇の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、配転命令拒否を理由とする解雇の有効性を見ていきましょう。

メガカリオン事件(東京地裁令和4年7月5日・労判ジャーナル133号40頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、Y社による配転命令及び解雇がいずれも無効であるなどと主張して、労働契約上の権利を有する地位の確認を求めるとともに、未払賃金及び未払交通手当等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

配転命令、解雇無効

【判例のポイント】

1 本件配転命令の効力について、Y社の就業規則には、Y社は従業員に異動を命じることができるとの定めがある上、Xは、本件労働契約の締結に際し、「業務、職務、業務形態の変更、転勤等を命ぜられた場合はこれに従います」との条項のある誓約書を作成してY社に提出したものと認められるから、本件労働契約上、Y社は、Xに対して配転命令権を有するものと認められるところ、Y社は、配置転換の必要性として、Kセンターの廃止後、Y社の研究部門では、Xの就労を前提としない組織運営が定着していることを主張するが、Kセンターの廃止といっても、同センターで行われていた事業自体は継続され、XがKセンター長として担っていた本件業務を各事業部門の部門長らに分掌させたにすぎず、Xの就労を前提としない組織運営が長期化したのは、Y社がKセンターの廃止を理由にXの退職を一方的に推し進めた結果、前訴判決により退職合意の存在及び解雇の効力を否定されたことによるものであって、当該事由は配置転換の必要性として正当なものとはいい難いこと等から、本件配転命令はY社が使用者としての権利を濫用したものとして無効というべきである。

配転命令の必要性が認められなかった事案です。

この要件と表裏の関係になりますが、配転命令が不当な動機目的によってなされた場合も無効と判断されますのでご注意ください。

微妙な事案において、配転命令を行う場合には、事前に顧問弁護士に相談することをおすすめいたします。

配転・出向・転籍51 転勤を拒んだ総合職社員に、地域限定総合職との半年分の賃金差額返還を求める旨の請求が認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、転勤を拒んだ総合職社員に、地域限定総合職との半年分の賃金差額返還を求める旨の請求が認められた事案を見ていきましょう。

ビジネスパートナー事件(東京地裁令和4年3月9日・労経速2489号31頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、その従業員であるXに対し、給与規定に基づき、支払済みの基本給の一部である12万円の返還+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求認容

【判例のポイント】

1 本件規定は、総合職として賃金の全額が支払われた後、転勤ができないことが発覚した場合に、就業規則の規定に従って、本来支払われるべきでなかった総合職と地域限定総合職の基本給の差額を半年分遡って返還させるというものであること、その金額も、月額2万円半年分で12万円)にとどまること、従業員としては、自身の転勤の可否について適時に正確に申告していれば、上記のような返還をしなければならない事態を避けることができることが認められる。
これらの事情に照らせば、本件規定は、労働者に過度の負担を強い、その経済生活を脅かす内容とまではいえず、前記賃金全額払いの原則の趣旨に反するとまではいえないから、実質的に同原則に反し無効であるということはできない。

2 Y社では、Y社グループ内における人員の適正配置の観点のほか、金融業という業種を踏まえて、不正を防止するとともに、ゼネラリストを育成するという観点から、Y社グループ内でジョブローテーションを行うこととしており、現に広く転勤を行っていること、従業員が自身のライフステージに合わせて職群を選択することで、転勤の範囲を自由に選択、変更できる人事制度を整備する一方、転勤可能者を確保する趣旨から、総合職と地域限定総合職との間に月額2万円の賃金差を設けていること、上記のような制度を前提として、従業員らに自らの転勤の可否について適時に正確な申告を促し、賃金差と転勤可能範囲に関する従業員間の公平を図る趣旨で、本件規定を設けていることが認められる。
そして、本件規定の内容については、Y社の側で当該従業員の転勤に支障が生じた時期や事情を客観的に確定するのが通常困難であることから、原則として、転勤に支障が生じた時期や事情にかかわらず、一律に半年分の賃金差額を返還させることとしており、仮に転勤に支障が生じた時期が半年以上前であっても、半年分を超える返還を求めていない
本件規定を含む上記のような人事制度は、従業員が自身のライフステージに合わせて職群を選択することができるなど、従業員にとってもメリットのある内容といえ、返還を求める金額や適時に正確な申告をしていれば返還を免れることができる点等に鑑みると、労働者に過度の負担を強いるものともいえず、一律に半年分の返還を求める趣旨についても前記のとおり合理的であるから、Y社の業種、経営方針等に照らして、合理的な内容というべきである。

わずか12万円の返還を求めるためにその数倍の弁護士費用を支払って訴訟を提起するわけですから、会社としても「お金の問題ではない」わけです。

最大12万円の返還という規定内容からしますと、はたして抑止力になるのか、個人的には疑問です。

制度の運用については顧問弁護士に相談しながら行うことをおすすめいたします。

配転・出向・転籍50 配転命令拒否を理由とする懲戒解雇の有効性

おはようございます。

今日は、配転命令拒否を理由とする懲戒解雇の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

NECソリューションイノベータ事件(大阪地裁令和3年11月29日・労経速2474号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であるXが、配転命令を拒否したことを理由として懲戒解雇されたことにつき、同懲戒解雇が無効であるとして、労働契約上の地位を有することの確認、同懲戒解雇後の賃金及び賞与並びにこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めるとともに、多数の従業員の面前で懲戒解雇通知書を読み上げられたことが不法行為に当たるとして、民法709条に基づき損害賠償を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 c社グループの時価総額は厳しい競争の中で大きく低下しており、平成28年度に策定した中期経営計画を翌年度である平成29年に撤回せざるを得ない状況にあったところ、そのような状況にあれば、経営状況を改善するために様々な方策を講じる必要性があるといえる。実際、c社グループにおいては、平成24年に特別転進支援施策を実施して人員削減を図るなどしており、同施策に応じて多数の従業員が応募するという状況にあった。
そして、c社グループがそのような状況にあることに照らせば、拠点(事業場)を集約して、組織の構造改革や業務の効率化を図ることも経営改善に向けて講じられる方策の一つであるということができる。
本件においては、統合オペレーションサービス事業部について、関西、北海道及び東海の三つの事業場を閉鎖し、東北、北陸、九州、沖縄及びh事業場の五つの事業場に集約されることとなったところ、閉鎖する事業場の選定において、不自然・不合理な事情は見受けられない
また、拠点集約に伴い、事業場を閉鎖することとした場合には、閉鎖される事業場に勤務していた従業員の処遇が問題となるところ、使用者としては、従業員の失業を可及的に回避するため、ほかの事業場への配転、出向、転職支援等の方策を検討することとなる。・・・閉鎖する事業場である関西・西日本オフィスに勤務していた従業員を、h事業場に配転するということは、業務の効率化や、閉鎖される事業場に勤務していた従業員の雇用の維持という観点からみても、合理的な方策であるということができる。
以上からすると、本件配転命令について、業務上の必要性があったということができる。

2 本件懲戒解雇は、Xが本件配転命令に応じなったことを理由とするものであるところ、本件配転命令が有効であることは前記で説示したとおりである。
そして、Y社の就業規則においては、業務上必要がある場合には、配転を命じることがあること、職務上の指示命令に反して職場の秩序を乱した場合には、懲戒解雇事由に該当するとされているところ、前記認定したとおりの経過を経て配転命令がなされたにもかかわらず、同命令に応じないという事態を放置することとなれば、企業秩序を維持することができないことは明らかである。
以上を総合考慮すれば、本件懲戒解雇は、客観的に合理性があり、かつ社会通念上も相当なものといえ、懲戒権の濫用に当たるということはできない。

リストラの一環として行われた配転命令が有効と判断され、当該配転命令に応じなかったことが懲戒解雇事由に該当すると判断されました。

リストラを進める場合には事前に顧問弁護士に相談し、正しく進めることをおすすめいたします。

配転・出向・転籍49 転居を伴う異動命令に保全の必要性が認められなかった事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、転居を伴う異動命令に保全の必要性が認められなかった事案を見ていきましょう。

学校法人コングレガシオン・ド・ノートルダム事件(福岡地裁小倉支部令和3年12月15日・労経速2473号13頁)

【事案の概要】

本件は、Q1市及びQ2市(Q1、Q2は転居を必要とする遠隔地に所在する)にそれぞれ学校を設置する学校法人であるY社が、Q1市所在の学校で勤務していたXに対し、Q2市所在の学校での勤務を命じたところ、Xが、同勤務命令が無効であると主張して、Q2市所在の学校で勤務すべき義務のないことを仮に定めるよう求めた事案である。

【裁判所の判断】

申立て却下

【判例のポイント】

1 Xは、Q1市内に自宅を保有しており、Q2市に転居することにより転居費用やQ2市での住居の賃料等、相応の費用が発生することが想定される。上記費用のうち、転居費用はY社から支給されるものの、Y社の住宅手当の規程に照らすと、住居の賃料の全額が支給されるとは限らないことから、本件配転命令に従って転居することによりある程度の経済的負担がXに生ずる可能性が高いと認められる。
しかしながら、Xは、毎月43万7409円の賃金を受領しており、本件配転命令に基づく異動の前後で賃金の受領額に変更はないのであるから、Xの世帯構成を勘案すると、上記経済的負担を賄えない特段の事情があるとは認められない
Xは、独身であることに加え、平成28年度以降、Bにおける授業を担当しておらず、令和4年度においても担当予定授業がなく、その他本件において、Q1市から転居できない特段の事情の疎明はない

2 以上からすると、転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えるものであることを考慮しても、本件配転命令に従ってQ2市において就労することにより、Xに著しい損害又は急迫の危険が生じるとはいえず、保全の必要性が認められない。

転居を伴う配転であったとしても、裁判所は、よほど不合理と認められる場合でなければ、基本的には会社の裁量を尊重します。

北海道から沖縄まで2~3年で配転している裁判官からすると、「まあ、そういうこともあるよね」という感じでしょうか。

転居を伴う配転命令の対応については顧問弁護士に相談しながら行うことをおすすめいたします。