Category Archives: 労働災害

労働災害117 通勤中の電車内で注意をした相手方から蹴られたことによる傷害が通勤災害に当たらないとされた事案(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、通勤中の電車内で注意をした相手方から蹴られたことによる傷害が通勤災害に当たらないとされた事案を見ていきましょう。

中央労働基準監督署長事件(東京地裁令和5年3月30日・労経速2535号22頁)

【事案の概要】

本件は、ファミリーレストランの経営等を業とする株式会社に雇用されていたXが、通勤中の電車内において、迷惑行為を行っていた男性に注意したところ、男性から蹴られて左脛骨顆間隆起骨折の傷害を負うという通勤災害に遭遇したとして、中央労働基準監督署長に対し労働者災害補償保険法に基づき療養給付たる療養の給付、療養給付たる療養の費用並びに休業給付及び休業特別支給金の請求をしたところ、同労働基準監督署長から、上記の傷害は通勤に起因する負傷とは認められないとして、令和2年7月31日付けでこれらをいずれも不支給とする旨の処分を受けたことから、上記の各処分には違法があると主張し、被告に対し、上記の各処分の取消しを求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件加害者はXから迷惑行為を注意されて本件電車から降りるように申し向けられた後、D駅で自ら電車を降りたことが認められる。そうすると、Xの注意により本件加害者が迷惑行為を中止して降車した段階で車内における迷惑行為の存在という問題は解消されたといえるから、その後に、Xがホーム上で罵声を発する本件加害者に対して更に酔いをさますよう申し向けた行為等は、通勤にも通勤と関係する行為にも該当せず、その後に本件加害者から左足を蹴られて本件傷害を負ったとしても、それは通勤の中断中ないし中断後の負傷であって、通勤による負傷には該当しないものといわざるを得ない。、
なお、Xがホーム上での本件加害者との喧嘩闘争中に本件傷害を負った可能性も否定されないところ、その場合には、本件加害者を制圧するという通勤とは関係のない行為の際に負傷したものであるから、通勤中断中の負傷であることは明らかというべきである。

原告の方の勇気ある行動に敬意を表します。

通勤災害の要件である「通勤」については、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとされていますが、移動の経路を逸脱し、又は移動を中断した場合には、逸脱又は中断の間及びその後の移動は「通勤」とはなりません。

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労働災害116 上司や同僚から叱責等をされた後の自傷行為による負傷の業務起因性が否定された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、上司や同僚からの叱責等をされた後の自傷行為による負傷の業務起因性が否定された事案を見ていきましょう。

国・柏労基署長事件(東京地裁令和5年2月20日・労経速2528号34頁)

【事案の概要】

本件は、Y社において稼働していたXが、社用車の駐車の仕方について、上司ら3名から指摘、追及を受けていた際、自らの頭部を本件会社の事務所の床に複数回打ち付け、頭部打撲を負ったところ、上記負傷は業務上の災害であると主張して、所轄労働基準監督署長である柏労働基準監督署長に対し、労災保険法の規定に基づく療養補償給付の請求をしたが、本件処分行政庁がこれを支給しない旨の処分をしたことから、上記処分が違法であると主張して、その取消しを求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件自傷行為は、社用車の駐車方法に関して、Xが、本件会社の事務所内で上司や同僚2名から詰問や叱責をされた際に行われたものであるから、それらの詰問や叱責は、業務に関して行われたというべきであるし、本件自傷行為があった日以前から、本件会社の従業員らによるXに対する厳しい叱責等は繰り返し行われており、社用車の駐車方法についても、いわば濡れ衣を着せられて詰問・叱責されていたことが認められる。
しかしながら、社用車の駐車方法に関して口頭で叱責等を受けることは、たとえ、それが事実誤認に基づくものであったとしても、何らかの身体的な負傷を伴うような危険を内在する行為であるとは通常認められないところ、本件自傷行為に至る経緯をみても、同僚2名による叱責は2分程度のものであった上、Xに対し、何らかの傷害を負う危険性のある行為をするよう強要した様子は何ら窺えない
しかるに、Xは、突然、四つん這いになって、声を上げながら、本件会社の事業所の床に複数回に渡り、自らの頭部を打ち付けるという本件自傷行為に及んでいるのであり、Xにおいて、そのような行為を行えば、通常、頭部打撲との傷害を負う可能性があることは、十分認識していたというべきであるから、その結果についても認容しながら本件自傷行為に及んだと認められる。
そうすると、本件自傷行為は、業務上の必要性がないのに、傷害を負う可能性があることを認識し、その結果を認容しながらX自らの意思で行ったというべきであるから、同行為によって本件負傷が生じたとしても、それは、業務に内在し、通常随伴する危険が現実化したものであるとは認められない

詰問・叱責自体は不適切であったとしても、有形力の行使はなく、また、自傷行為を強要したこともないため、業務起因性が否定されました。

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労働災害115 業務上の疾病該当性と退職扱い無効地位確認等請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、業務上の疾病該当性と退職扱い無効地位確認等請求に関する裁判例を見ていきましょう。

足立通信工業事件(東京地裁令和4年12月2日・労判ジャーナル134号30頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、Y社に対し、Y社が休職期間満了を理由とする退職手続を執ったことについて、当該休職の原因は代表取締役であるB及び取締役会長であるCの療養中に執られたものであるから無効であると主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるほか、Y社に対しては債務不履行に基づき、B及びCに対しては不法行為及び取締役責任に基づき、長時間労働、B及びCの暴言、違法解雇、解雇撤回後のハラスメント等による慰謝料等の損害賠償等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

退職扱い無効

【判例のポイント】

1 労働基準法19条1項の業務上の疾病に該当するためには、当該疾病の発病ないし悪化に業務起因性が認められる必要があるところ、Xは、遅くとも平成29年10月中旬頃までに、抑うつ状態ないし気分(感情)障害を発症したものと認めることができ、Xの上記抑うつ状態ないし気分(感情)障害の発症については、労災認定基準のうち「仕事量が著しく増加して時間外労働も大幅に増える(倍以上に増加し、1か月当たりおおむね100時間以上となる)などの状況になり、その後の業務に多大な労力を費やした(休憩・休日を確保するのが困難なほどの状態となった等を含む)」場合に該当する事情があったものであるから、Y社における長時間労働によって発症したものというべきであるから、業務とXに発症した疾病に因果関係がないとするY社らの主張は、いずれも採用することができず、Xは、なお業務上の疾病について治癒に至ったものとはいえず、本件退職手続は、無効というべきであるから、Xは、労働契約上の権利を有する地位にある

直近で長時間労働が認められる場合には、ほとんど例外なく労災が認定され、結果、休職期間満了に伴う退職処分は労基法19条1項により無効となります。

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労働災害114 安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求に関する裁判例を見ていきましょう。

第一興商事件(東京高裁令和4年6月29日・労判ジャーナル129号40頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の経営する本件店舗において、調理担当として勤務していたXが、本件店舗が入居する本件ビルに設置された、雨に濡れた屋外階段を使用して、3階店舗から本件店舗に移動しようとした際、転倒して負傷したところ、Xが、使用者であるY社は、本件階段の床面に滑り止めを施工したり、注意を促す表示をしたり、雨でも滑らない履物を用意したりするなど、本件階段が雨で濡れた際も、従業員が同階段を安全に使用することができるように配慮すべき義務があったのに、これを怠り、上記のような措置を何ら取らなかったため、Xをして、本件階段で足を滑らせて転倒させ、その右手、腰部等を負傷するに至らせた旨を主張して、上記安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求として、Y社に対し、傷害慰謝料等合計約1370万円等の支払を求めた事案である。

原判決は、本件事故の直接の原因は、X自身が、本件階段を降りるに当たって、本件階段の状態をよく認識せず、自らの足元を十分に注意して見て足を運ばなかったことにあり、Y社において、Xに対する安全配慮義務違反があったということはできないとして、Xの請求を棄却する旨の判決をしたため、Xが、原審の上記判断を不服として、控訴を提起した。

【裁判所の判断】

原判決変更(一部認容)

【判例のポイント】

1 Y社は、雨で濡れた階段を裏面が摩耗したサンダルで降りる場合には、滑って転倒しやすいことは容易に認識し得ることである上、本件事故が発生する以前に、本件店舗の現場責任者(F店長)も、調理担当従業員であるCが本件階段で転倒した直後に現場を見て、同人が転倒した事実を把握していたということであるから、Y社は、本件事故時において、上記のような危険が現実化することを回避すべく、調理担当従業員に対して本件階段の使用について注意を促したり、本件階段に滑り止めの加工をしたりするなどの措置を講じ、Xを含む調理担当従業員が、本件階段を安全に使用することができるよう配慮すべき義務を負っていたものと解するのが相当であるところ、Y社において、本件事故時、上記の義務を履行するために、何らかの安全対策を採っていたことを認めるに足りる証拠はないから、Y社は、Xに対する安全配慮義務に違反したものといわざるを得ない

2 本件階段は、本件事故当時、照明が点灯し、雨が降った後であることが分かる状況であったと認められるところ、Xは、本件階段が濡れていることに特段の注意をせずに階段を降り始めて、2、3段目のところで足を滑らせて転倒し、同転倒後、Xが来ていた白衣が濡れていたことから、本件階段が雨で濡れていたことに初めて気づいたものであることが認められ、また、本件事故当時、Xが、Y社の業務の必要上、急いで本件階段を降りなければならなかったような事情をうかがわせる証拠はないし、大量の食材等を抱えていたという事情も認められないから、Y社による安全配慮義務違反が認められるとしても、Xにおいて、本件階段が雨に濡れた状態であることに注意を払わず、漫然と本件階段を降りたことが、本件事故の発生に相当程度寄与したものであるとの評価を免れず、その態様を含め、本件に顕れた諸般の事情に照らすと、本件事故の発生に係るXの過失割合は、4割とみるのが相当である。

一審は会社の責任を否定しましたが、控訴審では、会社の安全配慮義務違反を認定しました。

同種事案を見ても、一旦、会社の責任を認めつつ、過失相殺をするという判断が多いような気がします。

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労働災害113 派遣労働者の労災と国から派遣先会社への求償(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、派遣労働者の労災と国から派遣先会社への求償に関する裁判例を見ていきましょう。

丸八ガラス店(求償金請求)事件(福岡高裁令和3年10月29日・労判1274号70頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の工場で就労していた派遣労働者Aがガラス研磨機に手を巻き込まれて負傷した事故に関し、Aに対して労働者災害補償保険法に基づく保険給付を行った国が、本件事故はY社が本件機械について事故の危険を防止するため必要な措置を講ずべき義務を怠ったことによる第三者行為災害であり、国は労災保険法12条の4第1項に基づき労災保険給付額の限度でAがY社に対して有していた損害賠償請求権を取得したと主張して、Y社に対し、Aに対する労災保険給付額のうち703万1967円の求償+遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は、国の請求を棄却した。国は、これを不服として控訴した。

【裁判所の判断】

控訴棄却

【判例のポイント】

1 本件事故は、Aが開口部の内側まで左手をガラスの表面に添わせたままでいた結果発生したものとしか考えられないが、コンベアに載せたガラスは手を添えていないくても落下することはなく、そのことはA自身もそれまで3日間作業をした中で十分理解していたはずであるから、上記のような態様は、当時のAの習熟度や作業状況を考慮しても、想定することが困難なものといわざるを得ない
したがって、本件機械の構造、本件工場における作業環境、Aが担当していた作業内容に加え、本件事故当時のAの習熟度や作業状況を考慮しても、本件機械の開口部が「労働者に危険を及ぼすおそれのある部分」に当たり、Y社において、その危険を防止するために、開口部手前に覆いを付けるなどの措置を講じる必要があったとは認められない。

2 国は、当審において、Y社の注意義務違反の内容として、原審から主張している安衛法20条1号及び安衛規則101条1項違反に加え、安全衛生推進者等を選任する義務(安衛法12条の2及び安衛規則12条の3)、安全衛生教育を実施する義務(安衛法12条の2,同法10条1項2号、同法59条1項)、労働者が安全に作業しているが注意を払う義務をいずれも懈怠していたとの主張を追加したが、これらの主張を原審においてすることは容易であったというべきであり、また、安全衛生教育や労働者の作業に注意を払う義務の内容の特定及びその履行の有無に関する主張立証は、未だ尽くされたとはいえず、これらにつき審理を尽くすには、当審において更なる審理期間を要することとなる。
したがって、国が当審において追加した上記各注意義務違反に係る主張は、重大な過失により時機に後れて提出した攻撃防御方法であり、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認められるから、民訴法157条1項に基づき、これを却下するのが相当である。

第三者行為災害に該当する場合、本件同様の請求がなされることがありますので、注意が必要です。

本件事案では、派遣先会社の注意義務違反が否定されたため、国の請求が棄却されています。

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労働災害112 業務上災害により後遺障害の決定を受けた原告の労災民訴の請求が、意図的な負傷として棄却された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、業務上災害により後遺障害の決定を受けた原告の労災民訴の請求が、意図的な負傷として棄却された事案を見ていきましょう。

善国工業事件(東京地裁令和4年3月30日・労経速2494号32頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員であるXが、Y社に対し、Y社において就業中に負傷したとして、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権に基づき、2232万7787円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、本人尋問において、本件事故が起こった時の状況について、おおむね次のように述べる。そして、このような状況の下、誤って右足でペダルを踏んでしまったと供述するものである。
「Xは、椅子に座り、左足はペダルの左側に、右足はペダルの右側に、ちょうど両足でペダルを挟む形で、両足ともに接地していた。その後、原告は、試し材を取りに行こうと思い、プレス機から離れようと、椅子から立ち上がりながら、両膝の後ろで椅子を押し下げ、左足に重心を置いて、左足を椅子よりも外に出した。そして、右足も左に寄せるように動かすことで、ちょうど右足でペダルをまたぐような形になった。」
「そして、椅子から腰を上げて立ち上がるまでの間のちょうど真ん中くらいのタイミングで、ダイセットの上部の、真ん中より若干左寄りのところに、こびりつくような抜きカスを見つけた。そこで、とっさに左手を出し、左の中指の爪で引っかいて取ろうとした。」

2 しかしながら、仮に、上記供述のとおり、体が左方向に動いており、重心も左足に移っているのであれば、接地している右足も、これに応じて左上方向に動くはずであるから、ペダルをまたぐような形になったという右足で、床面から18cmの高さにあるペダルの上面を、上から下に向けて垂直に踏み込むことは、身体構造上、困難である。
Xが、上述するような状態からペダルを踏み込むためには、むしろ右側に重心移動する必要があるところ、そのような状況にあったとは見受けられない。
また、Xは、右足の内側がペダルに引っ掛かった可能性があるとも述べる。しかしながら、本件プレス機のペダルは、意識して踏み込まないと時々反応しなかったり、踏み込みが甘いとプレスできないことがあるなど、通常は、それなりの力で踏み込まないと作動しないというのであり、引っ掛かった程度で作動するものではないといえる。
このようなXの上記供述内容の不合理性は、ペダルを誤って踏んだという、Xの主張の根幹部分を揺るがすものであり、そうすると、Xの、ペダルを誤って踏んだという旨の供述は信用することができない
この点、進行協議期日におけるXの事故状況の再現内容にも、上記指摘と同様の不自然さを認めることができる
さらには、XにはY社やY社の代表者から借入れがあるなどして金銭的に余裕がない状態であったことが認められるところ、過去に同様の事故を起こして保険給付を受けた経験があること、今回の事故によって得られる経済的利益は原告の収入と比較すると相当高額といえることなどの事情を鑑みると、Xが故意に本件事故を生じさせものとして矛盾がない
そうすると、Xは意図的にペダルを踏み込んだものと認めるのが相当であり、Xの負傷について、Y社の安全配慮義務違反があったと認めることはできない。
よって、その余の点について判断するまでもなく、Xの請求には理由がない。

労災認定された事件で、使用者側の過失が否定されることはありますが、本件のように労働者が意図的に負傷したと判断される例は多くありません。

使用者側はあきらめずに訴訟内でも主張を尽くすことが求められます。

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労働災害111 自発的な兼業による長時間労働等について安全配慮義務違反が否定された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、自発的な兼業による長時間労働等について安全配慮義務違反が否定された事案を見ていきましょう。

大器キャリアキャスティング・ENEOSジェネレーションズ事件(大阪地裁令和3年10月28日・労経速2471号3頁)

【事案の概要】

Xは、セルフ方式による24時間営業の給油所において、主に深夜早朝時間帯での就労をしていた者である。給油所を運営するA社は、深夜早朝時間帯における給油所の運営業務をB株式会社に委託していたところ、同社は、その業務を被告Y1社に再委託した。
Xは、同給油所において、Y1社との労働契約に基づき、深夜早朝時間帯での就労をしていたが、その後、A社とも労働契約を締結しY1社での就労に加えて、A社との労働契約に基づき、週1、2日、深夜早朝以外の時間帯にも就労するようになった。
Xは、Y1社及びA社を吸収合併したY2社に対し、Xの連続かつ長時間労働を把握又は把握しえたとして、Xの労働時間を軽減すべき安全配慮義務があるにも関わらず、これを怠り、Xに精神疾患を発症させたとして損害賠償請求等をした事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y1社及びA社との労働契約に基づくXの連続かつ長時間労働の発生は、Xの積極的な選択の結果生じたものであるというべきであり、Xは、連続かつ長時間労働の発生という労働基準法32条及び35条の趣旨を自ら積極的に損なう行動を取っていたものといえる。
すなわち、Xは、Y1社と労働契約を締結していたにもかかわらず、A社とも労働契約を締結し、Y1社との労働契約上の休日(日曜日)にA社での勤務日を設定して連続勤務状態を生じさせ、Cから勤務の多さについて労働基準法に抵触するほか、自身の体調を考慮して休んでほしい旨注意され、5月中旬までにはa社の下での就労を確実に辞める旨約束した後も、別途金曜日にa社との労働契約に基づく勤務を入れたり、平成26年4月28日にf店における就労について話し合った際もGの意向に反して自ら就労する意向を通していたのである(かかるXの行動・態度に照らせば、たとえY1社が更に別の曜日を休日にするなどの勤務シフトを確定させたとしても、Xが独自に交渉するなどして、その休日にA社の下で就労し、あるいは、更に異なる事業所で勤務しようした蓋然性が高いと認められる。)。

2 他方、Y1社としては、いかに上述した契約関係に基づいて24時間営業体制が構築されているとはいえ、XとA社の労働契約関係に直接介入してその労働日数を減少させることができる地位にあるものでもない(それゆえに、Cは、Xに注意指導してA社との労働契約を終了するよう約束を取り付けている。)。
加えて、そもそもXの担当業務に関する労働密度は相当薄いというべきものであること、Y1社は基本的に日曜日を休日として設定していること、CはXに対し、労働法上の問題のあることを指摘し、また、X自身の体調を考慮して休んでほしい旨注意をした上、Xに同年5月中旬までにはA社の下での就労を確実に辞める旨の約束を取り付けていることなど、本件に表れた諸事実を踏まえると、Y1社が原告との労働契約上の注意義務ないし安全配慮義務に違反したとまでは認められない。

兼業・副業を認めている会社にとっては、非常に重要な裁判例です。

上記判例のポイント1のような事情があったからこそ、裁判所は、会社の責任を否定しましたが、会社が黙認していた場合には結論が逆になり得ますのでご注意ください。

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労働災害110 下請企業従業員の業務中の事故につき、元請企業の責任が否定された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、下請企業従業員の業務中の事故につき、元請企業の責任が否定された事案を見ていきましょう。

岡本土木・日鉄パイプライン&エンジニアリング事件(福岡地裁令和3年6月11日・労経速2465号9頁)

【事案の概要】

本件は、Xがガス管敷設工事の現場監督をしていた際に、バックホーで吊された鋼矢板が落下した後、倒れてXの頭部に当たった事故について、同工事の元請企業であるY1及び同工事の下請企業でありXの使用者であるY2にそれぞれ安全配慮義務違反があるなどと主張して、債務不履行又は不法行為に基づき、連帯して損害賠償+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y2は、Xに対し、607万9539円+遅延損害金を支払え

Y1に対する請求は棄却

【判例のポイント】

1 元請企業と下請け企業の労働者との間には、直接の労働契約はないものの、下請け企業の労働者が労務を提供するに当たって、元請企業の管理する設備、工具等を用い、事実上元請企業の指揮監督を受けて稼働し、その作業内容も元請企業の労働者とほとんど同じであるなど、元請企業と下請企業の労働者とが特別な社会的接触関係に入ったと認められる場合には、労働契約に準ずる法律関係上の債務として、元請企業は下請企業の労働者に対しても、安全配慮義務を負うというべきである。

2 これを本件についてみると、本件事故発生時に使用されたバックホーは、Y2が手配したものであり、本件鋼矢板を吊るクランプは、Q2が用意したものであって、Y2の管理するものではなかった。また、本件鋼矢板をバックホーで吊るして運搬するという作業の選択をしたのはY2であって、Y1が指示したものではないし、Y1がY2ないしQ2の労働者の作業に関して、指揮監督を行っていたものと認めるに足りる証拠はない。また、Y1の従業員に、具体的な作業に従事する者もおらず、XとY1の従業員とでは、作業内容も異なっていた。
したがって、Y1とXとが「特別な社会的接触の関係」に入ったものと認めることはできず、Y1はXに対して安全配慮義務を負わない

3 XはY2の作業責任者であり、RKY活動を中心となって行う立場として、また本件作業全体を直接監督する立場として、特に安全を遵守すべき立場にあったこと、Xは約21年5ヶ月程度の工事経験を有しており、重機の旋回範囲内に入らないという注意については、これまで何度も受け、自己も行ってきたこと、それにもかかわらず、Xは、これに背き、作業を一旦止めるなどといった措置もとらず、重機の旋回範囲に立ち入るという重大な不安全行動をとったこと、その他本件証拠により認められる諸事情を総合考慮すると、Xがとった行動には重大な過失があるといわざるを得ず、Xの損害額について6割の過失相殺をするのが相当である。

元請責任が発生する場合について、上記判例のポイント1の考え方は理解しておきましょう。

本件では、元請会社の責任は否定されています。

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労働災害109 店長の過重労働による死亡と会社・取締役に対する損害賠償請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、店長の過重労働による死亡と会社・取締役に対する損害賠償請求に関する裁判例を見てみましょう。

株式会社まつりほか事件(東京地裁令和3年4月28日・労判ジャーナル1251号74頁)

【事案の概要】

本件は、亡Aの相続人であるXらが、被告株式会社Y1の従業員であった亡Aが、Y1における長期間の過重労働により、不整脈による心停止を発症して死亡したため、これにより損害を被った旨主張して、①Y1に対しては債務不履行による損害賠償請求権に基づき、②Y1の代表取締役であったY2に対しては債務不履行による損害賠償請求権又は役員等の損害賠償請求権(会社法429条1項)に基づき、連帯して、X1においては2401万0975円+遅延損害金の支払を、X2においては3513万1830円+遅延損害金の支払を、それぞれ求める事案である。

【裁判所の判断】

被告らは、X1に対し、連帯して、2091万5568円+遅延損害金を支払え。

被告らは、原告X2に対し、連帯して、3093万5452円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y2は、Y1の代表取締役として、Y1の業務全般を執行するに当たり、Y1において労働者の労働時間が過度に長時間化するなどして労働者が業務過多の状況に陥らないようにするため、従業員の労働時間や労働内容を適切に把握し、必要に応じてこれを是正すべき措置を講ずべき善管注意義務を負っていたというべきであるところ、Y1の業務執行を一切行わず、亡Aの労働時間や労働内容の把握や是正について何も行っていなかったのであるから、その職務を行うについて悪意又は重大な過失があり、これにより亡Aの損害を生じさせたというべきである
したがって、Y2は、会社法429条1項に基づき、Y1と連帯して、亡Aの死亡により生じた損害の賠償責任を負うというべきである。

2 これに対し、Y2は、亡Bに名義貸しをしたものにすぎず、Y1の取締役としての職務を行うことが予定されておらず、実際にも職務を行っていなかったから、Y2のAに対する重大な過失はないとも主張する。
そこで検討するに、Y2は、亡BからY1の設立に当たり名前を貸すように依頼を受けてこれを了承し、被告Y2においてY1の代表取締役の登記手続をされたものであり、Y1の経営に関与したり、役員の報酬を得たりしたことも一切なかったのであるから、Y2がY1の業務執行に関わることが一切予定されていない、いわゆる名目的な代表取締役であったことは、被告らが主張するとおりである。
もっとも、Y2は、亡Bからの上記依頼の内容について、Y1の役員になるのかもしれないとの認識を持ち、印鑑登録証も貸したことが認められるのであるから、Y1の代表取締役への就任自体は有効に行われたものであるといわざるを得ず、そうである以上、Y2がY1の代表取締役として第三者に負うべき一般的な善管注意義務を免れるものではない。仮に、Y2が、Y1の実質的な代表者であった亡Bから、Y1の業務執行に関わる必要がないとの説明を受けていたり、Y1から何らの報酬を得ていなかったりしたとしても、それはY1の内部的な取決めにすぎず、そのことからY2がY1代表取締役として負うべき第三者に対する対外的な責任の内容が左右されることはない

たとえ名目的な代表取締役であったとしても、それをもって責任を免れないことは争いのないところです。

労災が発生した場合に、会社のみならず、役員の責任追及をされることがありますので注意しましょう。

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労働災害108 就業後の腕相撲大会による傷害の業務起因性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、就業後の腕相撲大会による傷害の業務起因性に関する裁判例を見てみましょう。

国・山形労基署長事件(山形地裁令和3年7月13日・労判ジャーナル117号44頁)

【事案の概要】

本件は、勤務する会社の決起大会で行われた腕相撲大会に参加した際に負傷した労働者が、当該負傷について業務遂行性を否定し、労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付請求に対する不支給決定をした山形労働基準監督署の処分は違法であるとして、その取消しを求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件決起大会は、参加が事実上強制されていたものの、午後7時からの開始予定に遅れて参加することも許容され、さらには開始前から飲酒を始める者がいたというように、参加方法や過ごし方は従業員の自由な判断に委ねられていたといえるから、その拘束性は一般の業務に比べて相当に緩やかであったといえ、そして、本件腕相撲大会は、上記のような拘束性が緩やかな本件決起大会において、代表取締役であるDによる業務の説明が終わったあとの午後7時30分頃から行われた飲食を伴う懇親会の行事として午後8時頃から行われているのであるから、業務との関連性は薄いというほかなく、実際に、本件腕相撲大会が開始されるまで、Xは飲酒せず、仕事に関連した話をしていたというものの、その内容は差しさわりのない話題にすぎず、具体的な業務の打合せをしていたものではなく、Dが本件懇親会で業務の打ち合わせ等を行うよう指示したという事実もなく、さらに、本件懇親会に参加した取引業者に対する接待が指示され、Xがこれを行っていたという事情もなく、本件懇親会は、業務と離れて単純に飲食を楽しむことも可能な場として設定されたものといえるから、その参加について、業務への従事と同視することはできず、本件負傷が、事業主の支配下にあり、かつ、管理下にあって事業に従事していた際に生じたということはできず、本件事故に係る本件腕相撲大会への参加には業務起因性を認めることはできず、本件傷害は業務上の負傷に該当しない

決起大会への参加は事実上強制されていたようですが、業務との関連性の薄さから業務起因性が否定されました。

日頃の労務管理が勝敗を決します。日頃から顧問弁護士に相談することが大切です。