Category Archives: 賃金

賃金161 固定残業制度が無効と判断される理由とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、給与規定の制定経緯等から定額残業代を無効とした裁判例を見てみましょう。

クルーガーグループ事件(東京地裁平成30年3月16日・労経速2357号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されていたXが、Y社に対し、所定時間外労働等をしていた、有給休暇取得時の住宅手当及び家族手当が支払われていない、福利厚生及び家賃控除として控除されているものがあるとして、未払賃金、遅延損害金及び付加金を請求する事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、7万0908円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、903万5125円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、624万1194円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、みなし残業代は残業代の弁済としての効力を有すると主張する。みなし残業代が弁済としての効力を有するためには、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分とみなし残業代に当たる部分とを判別することができること(明確区分性)が必要であり、かつ、みなし残業代に当たる部分がそれに対応する労働の対価としての実質を有すること(対価性)が必要と解される。

2 Y社の給与規定の変更経過からすると、平成25年4月1日より前に営業手当として4万8000円支給されていたものが同日から廃止となり、みなし残業代として5万円を支給するようになっているから、実質的に同一のものというべきである。
そして、営業手当は東京月間37時間残業したものとみなすとの記載はあるが、その後のみなし残業代よりも金額が2000円低いにもかかわらず、時間は4.2時間増えているなど、月間37時間とする根拠が不明確である上、営業成績や精勤の程度によって支給されないことがあるとされていたものであるから、残業代以外の趣旨も含んでいたと認められ、残業代とそれ以外の部分が明確に区分されていたとはいえない
同月1日よりみなし残業代を支給するようになってからは、5万円が32.8時間分の残業時間に相当することが定められているが、依然として営業成績が規定のポイントを超えない場合にはみなし残業代が減額されるとの定めがあり、実際に営業成績により減額支給されたこともあったと認められる。
したがって、みなし残業代となってからも、残業代以外の趣旨を含んでいたと認められ、残業代とそれ以外の部分が明確に区分されていたとはいえない。
給与規定の表1には、深夜残業として5万円の記載があり、みなし残業代の記載はない。
そうすると、みなし残業代は全てが深夜残業に対する支払なのか、法定時間外労働に対する支払を含むのか、深夜残業に対する支払としても0.25の割増部分のみなのか、その余の時間外労働に対する支払を含むのか、明確ではない
このことは、管理監督者扱いをしているものに対してもみなし残業代を支払っていることにより、さらに不明確となる。

3 みなし残業代においてみなすこととする時間は32.8時間分とされているが、これは首都圏のものであり、仙台36.5時間、北海道38.6時間と、基本給によりみなすこととする時間を異にしている。
したがって、毎月一定の残業が予想されることからみなし残業代を定めたというよりも、5万円という金額からみなすこととする時間を逆算したものと認められる。
これは、営業手当4万8000円を東京月間37時間、仙台月間40時間、北海道月間42時間残業したものとみなしていたときも同様である。
したがって、基本給の一部を名目的に残業代扱いしたにすぎないことを疑わせる。

4 Y社がXを管理監督者と扱っていたことやY社のみなし残業代に残業代の弁済としての効力を認めることはできないこと、証人Eは、Y社は以前支店長より下位の主任、統括マネージャーについても管理監督者扱いしていたところ、労働基準監督署からの指導を受けて支店長以上を管理監督者扱いするように変更したと供述するが、その時期、指導の経緯・内容等は明らかではないこと、付加金は裁判所がその支払を命ずるまで(訴訟手続上は事実審の口頭弁論終結時まで)に使用者が未払割増賃金の支払を完了しその義務違反の状況が消滅したときには、裁判所は付加金の支払を命ずることができなくなると解されることなどからすれば、未払額と同一額の付加金を命じるのが相当である。

固定残業制度に関する要件論が落ち着いてきたにもかかわらず、いまだに多くの会社で要件を満たさない固定残業制度を運用しているのを目にします。

モッタイナイ!

ちゃんと運用しないと、単に残業代計算の際に基礎賃金を上げてしまうだけですから。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金160 登録型派遣社員に係る就業規則変更の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、登録派遣添乗員に係る就業規則変更が有効とされた裁判例を見てみましょう。

阪急トラベルサポート(就業規則変更ほか)事件(東京地裁平成30年3月22日・労経速2356号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されて添乗員として旅行業を営む会社に派遣され、添乗業務に従事していたXらが、Y社に対し、平成25年10月から平成27年9月までの時間外、休日及び深夜労働の割増賃金+遅延損害金及び付加金+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はX1に対し、19万3951円+遅延損害金、付加金19万3951円+遅延損害金を支払え。

Y社はX2に対し、21万3298円万3951円+遅延損害金、付加金19万3951円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社とXら登録派遣添乗員との関係は、労働契約期間中は使用者から指揮監督を受ける関係にある常用の労働契約とは異なり、Y社は派遣期間中に限ってXらを雇用する意思であり、常用の労働契約が締結されておらず、形式的には個別の労働契約が繰り返し締結されてきたものである。そのため、形式的には就業規則や労働条件の「変更」という概念そのものには当たらない
しかし、相当期間にわたって同一の労働条件で労働契約の締結を繰り返してきたことに加え、個別の労働契約のうち一定事項は就業規則と同一内容で締結されていたという諸事実を総合考慮すれば、登録派遣添乗員に適用される就業規則は、一定期間継続して派遣労働添乗員との間の労働契約の内容を一律に規律する効力を果たしている実情にある。
したがって、本件においても、労働契約法9条及び10条の趣旨に照らし、就業規則の変更が全く無制約で許されるものではなく、登録派遣添乗員の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他就業規則の変更に係る事情を総合考慮し、必要性が乏しいにもかかわらず登録派遣添乗員に大きな不利益を与えるなど著しく不合理な場合には、無効となることもあり得る。もとより、同法10条が予定する就業規則の不利益変更そのものではないため、必ずしも上記事情を全て勘案しなければならない場合もあり、また、同程度の変更の合理性までは必要ない場合もあるというべきである。

2 Xらは、Y社との間で、労基法所定の計算方法による額がその部分を上回るときはその差額を賃金の支払時期に支払う旨の精算合意や精算の実態がない旨主張する。
しかし、固定残業代として支払われた金額が労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うことが求められていることは前判示のとおりであるものの、それを超えて精算合意等を必要とする理由はなく、精算合意が必要であるとは解されないから、Xらの主張は採用することができない。

この裁判例はとても重要ですので、是非、判決全文をしっかり読んでおきましょう。

また、最近では、ようやく固定残業代の要件論が落ち着いてきましたので運用がしやすくなりました。

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賃金159 固定残業制度が無効と判断される理由とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、固定残業代に関する規定の有効性を否定し、割増賃金請求を認容した裁判例を見てみましょう。

PMKメディカル事件(東京地裁平成30年4月18日・労経速2355号18頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXらが、Y社に対し、労働契約に基づき、時間外労働等に対する未払割増賃金+遅延損害金、付加金の支払を求めている事案である。

【裁判所の判断】

請求の一部認容

【判例のポイント】

1 入社説明会でX1に交付した書面に特殊勤務手当及び技術手当が、時間外労働に対する対価として支給されることを窺わせる記載が一切ないこと、Y社の入社時、Xらの労働条件に関する書面は一切作成されていないこと、Y社が、ホームページの採用情報の給与欄に、本件固定残業代の説明をするようになったのは、平成28年7月以降のことであること、Y社らが当初証人Fの陳述・供述と代表者の陳述・供述と整合しない主張をしていたこと、本件固定残業代に関する規定が、XらとY社らとの間の労働契約の内容として合意されていたことを裏付ける的確な証拠は存在しないことなどから、本件固定残業代に関する規定が、XらとY社らとの間の労働契約の内容として合意されていたと認めることはできない

2 民法153条の催告とは、債務者に対し履行を求める債権者の意思の通知であり、当該債権を特定して行うことが必要であると解されるところ、本件通知には、「5.賃金の未払いについて(1)早出、休憩未取得、残業、休日出勤等に対して、未払いである賃金を支払うこと。」との記載があり、未払賃金の履行を請求する意思があることは明らかである。
本件通知は、民法153条の催告に当たり、Xらは本件通知後、6か月以内に本件訴えを提起しているから、これにより、Y社らが主張する消滅時効は中断している。

固定残業制度に関する裁判例です。

上記判例のポイント1の状況では、まず認められません。

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賃金158 労働条件の不利益変更と労働者の同意(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金減額不同意に基づく減額賃金等支払請求に関する裁判例を見てみましょう。

ニチネン事件(東京地裁平成30年2月28日・労判ジャーナル75号20頁)

【事案の概要】

本件は、元従業員Xが、Y社との間で雇用契約を締結し、Y社において就労していたところ、平成27年2月末支給分の給与から賃金を減額され、同年7月20日にY社を退職したことについて、Y社に対し、XはY社から退職(解雇)か給与半減かの二者択一を迫られ、本件賃金減額に同意せざるを得なかったものであり、Xの同意はその自由な意思に基づいてされたものでなく、本件賃金減額は無効であるなどと主張して、本件雇用契約に基づき、同年2月給与から同年7月給与までの各給与における未払賃金の合計約152万円等の支払を求めるとともに、本件賃金減額及びその後Xの賃金を増額するなどしなかったY社の一連の行為は、退職強要に該当し、Xは、同退職強要がなければ、退職日後も少なくとも同年10月20日までY社において就労し、その間の給与を得ることができたなどと主張して、不法行為に基づき、上記期間の賃金相当額(逸失利益)等の約161万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払賃金150万円認容

損害賠償請求は棄却

【判例のポイント】

1 本件賃金減額によりXにもたらされる不利益の程度の著しさや、Xが本件賃金減額を受け入れる旨の行為をするまでのXとY社との間の具体的なやり取り(とりわけ、Y社において、すぐにXを解雇できるとの不正確な情報を伝え、十分な熟慮期間も与えずに退職か本件賃金減額かの二者択一を迫ったことを受けて、Xが本件賃金減額を受け入れる行為をしたこと)等からすれば、本件賃金減額を受け入れる旨のXの行為がXの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえず、Y社が種々指摘する点を考慮しても、本件賃金減額について、Xの自由な意思に基づく同意があったと認めることはできないから、本件賃金減額は無効であり、Y社には、Xについて、平成27年2月給与から同年7月給与まで合計150万円(25万円×6か月)の未払賃金がある。

労働条件の不利益変更を行う際に、労働者の自由な意思に基づく同意の有無が争点となります。

上記判例のポイント1記載のとおり、会社が不正確な情報を伝え、十分な熟慮期間を与えずに同意を求めるようなケースでは、自由な意思について否定されますので注意が必要です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金157 私生活上の非違行為と退職金減額の可否・程度(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、ドライバーではない労働者の業務時間外の酒気帯び運転と退職金の減額に関する裁判例を見てみましょう。

日本通運事件(東京地裁平成29年10月23日・労経速2340号3頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、Y社を平成28年4月20日に退職したとして、Y社に対し、退職金248万9015円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、121万4467円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Y社が、企業としての社会的責任を果たし、名誉、信用ないし社会的評価を維持するため、飲酒運転について厳罰をもって臨み、原則として解雇事由としていることは、必要的かつ合目的的であるといえること、本件酒気帯び運転は、その態様が悪質であり、その行為に至る経緯に酌量の余地はなく、結果も重大であること、Xは、酒気帯び運転により、現行犯逮捕され、実名で新聞報道がされるなどしており、その社会的影響も軽視することはできないことが認められるものの、他方、本件懲戒解雇処分における解雇事由は、私生活上の非行に係るものであること、Xは、本件酒気帯び運転まで、Y社において、26年以上の長期にわたり、懲戒処分等を受けることなく、真面目に勤務してきたこと、本件酒気帯び運転や本件事故について素直に認め、本件店舗に直接謝罪をするとともに、自ら加入していた自動車保険を利用して被害弁償をして示談し、宥恕されていること、Y社に対しても謝罪し、自ら退職願を提出していること、XがY社の従業員であったことまでは報道されておらず、Y社の名誉、信用ないし社会的評価の低下は間接的なものにとどまることが認められる。
これらの事情に加えて、Y社は、Xの持病の治療や父親の看護等を慮って、懲戒委員会の開催を遅らせるとともに、処分決定までの間、Xを無給の休職とすることなく、自宅待機を命じ、基準内賃金等を支払っていたことなどの事情を総合すると、本件酒気帯び運転がXのそれまでの勤続の功労を全て抹消するものとは認め難いものの、大幅に減殺するものといえ、その減殺の程度は5割と認めるのが相当である。

私生活上の非違行為が起こった場合に、退職金をどの程度減額していいのかは難しい問題です。

過去の裁判例等からおおよその妥当性を判断して決定するほかないと思います。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金156 看護師の修学費用返還請求と労基法16条の適用の当否(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、修学費用返還請求が認められなかった事案を見てみましょう。

医療法人K会事件(広島高裁平成29年9月6日・労経速2342号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、Y社の元職員であるXに対し、X2を連帯保証人として看護学校修学資金等を貸し付けた(このうち、平成17年4月4日から平成19年3月1日までの合計146万2793円の貸付を「本件貸付①」と、同年4月26日から平成22年3月27日までの合計108万円の貸付を「本件貸付②」といい、本件貸付①と本件貸付②とを併せて「本件貸付」という。)として、Xらに対し、本件貸付の残元金合計253万7793円+遅延損害金の連帯支払を請求している事案である。

原判決は、本件貸付①はY社により免除されており、免除の意思表示に錯誤は認められない、本件貸付②は労働基準法16条の法意に反し無効であると判断して、Y社の請求をいずれも棄却した。

Y社は、これを不服として、本件控訴を提起した。

【裁判所の判断】

控訴棄却

【判例のポイント】

1 労働基準法16条にいう「労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約」は、文理上、労働契約そのものに限定されていないし、労働者が人たるに値する生活を営むための必要最低限の基準を定め(同法1条参照)、基準に適合した労働条件を確保しようとする労働基準法の趣旨に照らせば、同条が適用される契約を限定する理由はないから、同条は本件貸付にも適用されるものと解される。
したがって、貸付の趣旨や実質、本件貸付規定の内容等本件貸付に係る諸般の事情に照らし、貸付金の返還義務が実質的にX1の退職の自由を不当に制限するものとして、労働契約の不履行に対する損害賠償額の予定であると評価できる場合には、本件貸付は、同法16条に反するものとすべきである

2 そして、本件貸付が実質として労働契約の不履行に対する損害賠償額の予定を不可分の要素として含むと認められる場合は、本件貸付は、形式はともあれ、その実質は労働契約の一部を構成するものとなるから、労働基準法13条が適用されるというべきであり、本件貸付が同法16条に反する場合に無効となるのは、同条に反する部分に限られ、かつ、本件貸付は同条に適合する内容に置き換えて補充されることになる。
なお、労働基準法14条は、契約期間中の労働者の退職の自由が認められない有期労働契約について、その契約期間を3年(特定の一部の職種については5年)と定め、労働者の退職の自由を上記期間を超えて制限することを許容しない趣旨であるから、上記の「退職の自由を不当に制限する」か否かの判断においては、事実上の制限となる期間が3年(特定の一部の職種については5年)を超えるか否かを基準として重視すべきである。

同様の取扱いをしている病院は多数存在すると思いますので、運用については十分気をつけてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金155 運行時間外手当は固定残業代として有効か?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、運行時間外手当は時間外労働等の対価の趣旨を有すると判断された裁判例を見てみましょう。

シンワ運輸東京事件(東京地裁平成29年11月29日・労経速2339号11頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用され、大型貨物自動車を運転して小麦粉を配送する業務に従事していたXらが、乗務員が車両を運行することによりY社が受託先から得る運賃収入に一定の率を乗じて算出した金額の運行時間外手当を時間外手当相当額として乗務員に支給する旨のY社の賃金規程上の定めについて、運行時間外手当は実質的には歩合給であり、同定めによる運行時間外手当の支給は労働基準法37条に定める割増賃金の支払に当たらないなどと主張して、①運行時間外手当を基礎賃金に含めて算出した割増賃金+遅延損害金、②割増賃金に係る労働基準法114条の付加金+遅延損害金の各支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 労働基準法37条は、同条等に定められた方法により算出された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり、使用者に対し、労働契約における割増賃金の定めを同条等に定められた算定方法と同一のものとし、これに基づいて割増賃金を支払うことを義務付けるものとは解されず(最判平成29年2月28日)、運行時間外手当についても、その算定方法から直ちに同手当の支給が割増賃金の支払いに当たらないということはできないものの、同手当の支給により労働基準法37条に定める割増賃金を支払ったといえるためには、そもそも、同手当が割増賃金、すなわち時間外労働等に対する対価の趣旨で支払われるものであるか否かを検討する必要がある。

2 Xらは、Xらの基本給の時間給の額と運行時間外手当の時間給の額との不均衡等を指摘する。
しかし、上記のとおり基礎賃金額を意図的に操作するなどといった事情が認められないY社において、労働基準法所定の計算方法による割増賃金の額を上回る額を支給するか、下回る額を支給する場合であってもその差額を支給している限り、いかなる計算方法によりどの程度の額の運行時間外手当を割増賃金として支給するかは、基本的にその経営判断に委ねられた事項であるといえ、支給する運行時間外手当の額が労働基準法所定の計算方法による割増賃金の額を上回ることから直ちに、同手当について時間外労働等に対する対価性が認められなくなるものとはいえない
以上によれば、その他、Xらが種々指摘する点を考慮しても、運行時間外手当について、その全額が割増賃金、すなわち時間外労働等に対する対価の趣旨で支払われるものであると認めるのが相当である。

上記判例のポイント2は、ここ最近の固定残業制度に関する裁判例の流れからすると自然な結論です。

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賃金154 定年退職者の期末手当不支給の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、定年退職者らの在籍要件に基づく期末手当不支給の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

東日本旅客鉄道事件(東京地裁平成29年6月29日・労判ジャーナル73号34頁)

【事案の概要】

本件は、平成28年4月末日でY社を定年退職したXらが、Y社の賃金規程では4月に定年を迎え同月末日で定年退職する者のみ期末手当が支給されない仕組みとされており、これが合理性のない差別的取扱いに該当し、公序良俗に反し違法であると主張して、Y社に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、平成28年度の夏季手当相当額の賠償金等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xらは、現行賃金規程によれば4月生まれの退職者のみが不利益を受けるから、他の月生まれの者との間で差別的取扱いをするものであると主張するが、例えば3月生まれの従業員が退職する場合であっても、当該従業員は夏季手当の調査期間(前年10月1日から当年3月31日まで)の全部において業務に従事しているにもかかわらず、当該調査期間に対応する退職後の夏季手当を受給できないことは同様であり、その余の月の退職者においても同様に、期末手当のうち調査期間中に就労していたとしても受給できない部分が生じるのであるから、Y社の取扱いは、4月生まれの者にだけ不利益を課すものとはいえないこと等から、期末手当の支給におけるY社の取扱いが不合理であり公序良俗に反し違法である等とするXらの主張には理由がない。

まあ、そうでしょうね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金153 退職金規定廃止に対する従業員の同意の成否(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、退職金規定廃止に対する元従業員の同意の成否に関する裁判例を見てみましょう。

アイディーティージャパン事件(東京地裁平成29年3月28日・労判ジャーナル73号48頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、退職したとして、就業規則に基づき、退職金約1840万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求認容

【判例のポイント】

1 本件の退職金規定廃止は、Xの退職金約1800万円を喪失させるものであり、Xは、一時金214万2000円とA社株式のストックオプション(仮にY社主張の価値があるとしても約1040万円)の付与と引き換えに退職金規定廃止に同意する旨の書簡兼同意書に署名しているとはいえ、その直前には、Y社宛の「就業規則の退職金制度廃止に関する確認書」と題する書面に対する署名を拒否していること、上記署名の翌日には、一時金214万2000円を平成23年度の功績に対して同一時金を支払う旨記載した書簡に署名しているため、上記書簡兼同意書の内容とは明らかに矛盾する内容の書面に署名していること、B社本社又はY社からXに対して退職金規定の廃止に関して十分な説明がなされている形跡も見当たらないことに鑑みると、本件では、Xが自由な意思に基づいて同意していると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認めがたいから、本件では、退職金規定廃止に関してXの同意は認められず、また、その不利益変更に関する合理性もうかがわれないため、就業規則の退職金規定廃止は無効である

2 Y社は、仮に退職金規定が廃止されていないとしても、Xは書簡兼同意書に署名したことで退職金請求権を放棄している旨主張するが、書簡兼同意書はB社本社とXの間の合意書であるところ、Y社の代理人である旨の顕名がないことも、Y社が効果帰属主体であることをXが認識し又は認識しえたともいえず、また、退職金請求権放棄の意思表示が認められるためには、それが労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要と解されるところ、この点についても認められないから、本件では退職金請求権放棄の意思表示は認められず、Y社の退職金規定の廃止は無効であり、旧就業規則の退職金規定は存続しているところ、これによると、Xの退職金は、1839万5417円である。

賃金等の減額について労働者の同意を得たとしても、上記のように同意の効果を否定されることがあります。

「自由な意思」に基づいているかどうかがポイントになりますが、これは決して主観(内心)の問題ではなく、客観的な事情から認定されることに注意が必要です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金152 賃金規程の不交付と慰謝料請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、非組合員に対する労働協約の適用の有無と退職金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

代々木自動車事件(東京地裁平成29年2月21日・労判1170号77頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員であったXが、Y社に対し、①定年退職に伴う退職金+遅延損害金並びに②申請した有給休暇に係る未払賃金+遅延損害金の支払を求めるとともに、③Y社において、根拠なく控除を行うなどしてXの賃金を不当に低く抑えていたことや、有給休暇の申請を正当な理由なく拒否するなど不誠実な対応をしていたことなどが不法行為を構成すると主張して、慰謝料+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、60万4000円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、11万5528円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、50万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Xは、本件組合の組合員ではなく、本件組合の組織率が4分の3以上(労働組合法17条参照)であるとは認められないから、平成8年協定書及び平成14年協定書が、労働協約としてXを拘束することはない。

2 勤続年数計算方法については、退職金支給規定8条において、入社の日より起算して、退職又は死亡の日までと定められている。そうすると、63歳時点までの勤続年数をもって、退職金算定のための勤続年数として取り扱うことを定める平成8年協定書の内容が、そのような限定を加えていない退職金支給規定に抵触することは明らかである。
そして、退職金支給規定は、就業規則46条に基づく規定であるから、労働契約法12条により、これに抵触する労使慣行の効力を認める余地はない。

3 時季変更権の行使には、その前提として、他の時季に有給休暇を取得する可能性の存在が前提となるところ、Xは、定年退職時に未消化有給休暇全ての取得を申請しているのであるから、他の時季に有給休暇を取得する可能性が存在せず、Y社において時季変更権を行使することは認められない

4 Y社は、乗務員賃金規定について、Xを含む乗務員に対する周知を欠いていたところ、平成23年10月ころから平成24年3月ころまでの間、Xから、何度も賃金に関する規定の交付を求められていたにもかかわらず、Xが退職するまで、これをあえて交付しなかったものである。そして、Xは、在職中に、乗務員賃金規定を確認し、Y社における賃金制度の内容を正確に把握したうえで、その問題点(累進歩合制度、各種控除、組合員と非組合員との賃金格差等)について検討し、Y社に対し、未払賃金を請求できないかを検討したり、不合理な労働条件の是正に向けてY社と交渉等を行う機会を奪われたものであるから、賃金に関する規定の交付要求に応じなかったY社の不誠実な対応は著しく社会的相当性を欠くものとして、不法行為を構成するというべきであり、Y社は、Xに対し、Xの受けた精神的苦痛に対する慰謝料を支払うべき義務を負う。

上記判例のポイント4で50万円もの慰謝料が認められています。

相場観がよくわかりませんが、会社としては気をつけなければいけません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。