Category Archives: 賃金

賃金246 会社による賃金の消滅時効援用が権利の濫用にあたるか(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、会社による賃金の消滅時効援用が権利の濫用にあたるかについて争点となった事案を見ていきましょう。

酔心開発事件(東京地裁令和4年4月12日・労判1276号54頁)

【事案の概要】

本件は、未払残業代、付加金、不法行為に基づく損害賠償等を請求する事案である。

【裁判所の判断】

1 Y社はXに対し、88万8788円+遅延損害金を支払え。

2 Y社はXに対し、64万3767円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xは、故意に割増賃金の支払を怠っていたY社が消滅時効を援用するのは権利の濫用であると主張するが、消滅時効制度は故意に義務の履行を怠っていたものを時効の援用権者から排除する仕組みをとっておらず、また、本件全証拠を検討しても、Y社がXによる権利行使を殊更に妨げたとも認められないことからすると、Y社が本件割増賃金請求について消滅時効を援用することが権利の濫用に当たると認めることはできない

2 また、Xは、当時、割増賃金の請求を委任していた前代理人らが催告を適時に行わなかったために消滅時効が完成してしまったのであり、それにもかかわらずY社が消滅時効を援用するのは、前代理人らの拙劣な対応の咎をXに押し付けることによって不当に利得を得るものであって、公序良俗に反するなどとも主張するが、X側の事情を理由にY社が時効の利益を受けることが制限される理由はない。この点に関するXの主張は、独自の主張と言わざるを得ず、採用しない。

未払賃金等の請求を行う場合には、消滅時効期間が他の債権と比べて短いため、対応を誤ると原告としては上記のような主張をせざるを得なくなります。

労働者側としては気を付けなければいけないポイントの1つです。

使用者側としては上記のような考え方を押さえておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金245 賞与の支給日在籍要件の適法性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賞与の支給日在籍要件の適法性に関する裁判例を見ていきましょう。

医療法人佐藤循環器科内科事件(松山地裁令和4年11月2日・労判ジャーナル130号2頁)

【事案の概要】

本件は、診療所や有料老人ホーム等を運営する医療法人に勤務していたが、病死により退職したXの子が、Xの退職が夏季賞与の支給日の20日前であったことから当該夏季賞与が支給されなかったことについて、本件医療法人に当該賞与(28万2305円)などを支給するように求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求認容

【判例のポイント】

1 本件のような病死による退職は、整理解雇のように使用者側の事情による退職ではないものの、定年退職や任意退職とは異なり、労働者は、その退職時期を事前に予測したり、自己の意思で選択したりすることはできない。このような場合にも支給日在籍要件を機械的に適用すれば、労働者に不測の存在が生じ得ることになる。また、病死による退職は、懲戒解雇などとは異なり、功労報償の必要性を減じられてもやむを得ないような労働者の責めに帰すべき理由による退職ではないから、上記のような不測の損害を労働者に甘受させることは相当ではない。そして、賞与の有する賃金の後払いとしての性格や功労報償的な意味合いを踏まえると、労働者が考課対象期間の満了後に病死で退職するに至った場合、労働者は、一般に、考課対象期間満了前に病死した場合に比して、賞与の支給を受けることに対する強い期待を有しているものと考えるのが相当である。

2 以上のことを考慮すると、Xに対する本件夏季賞与についての本件支給日在籍要件の適用は、民法90条により排除されるべきであり、Xが本件夏季賞与の支給日においてY社に在籍していなかったことは、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を妨げるものではない。

とても重要な裁判例ですのでしっかりと押さえておきましょう。

賞与の支給日在籍要件については、退職理由によって結論が異なりますので注意が必要です。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金244 賃金減額の合意が無効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 

今日は、賃金減額の合意が無効とされた事案を見ていきましょう。

栄大號事件(大阪地裁令和4年6月27日・労判ジャーナル129号42頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、令和2年12月31日付けで解雇されたが、同解雇は無効であるとして、雇用契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、令和3年1月分から同年3月分の未払賃金の支払、賃金減額は無効であるとして、雇用契約に基づき、平成31年2月分から令和2年12月分の未払賃金の支払等を求めた事案である。

【裁判所の判断】

解雇有効

未払賃金等支払請求認容

【判例のポイント】

1 本件減額についての合意は黙示の合意であるというのであって、Xが本件減額を受け入れることを明らかにした行為は存在せず、また、本件減額の前で金額が判明している平成23年のXの年収が431万円であったのに対し、本件減額後の平成27年から令和2年の収入は148万2000円から196万2000円となっており、従前の約34から45%まで減額になっていることに照らせば、その不利益の程度は大きいものといわざるを得ず、さらに、Y社が、本件減額に先立ち、Xを含む従業員に対し、事前に経営状況を明らかにする資料を示すなどして説明会を開催したというような事情はうかがわせる事情もないから、本件減額に係る黙示の合意が成立したと認めることはできず、その点をさておくとしても、本件減額に合意することについて、自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということもできない。

賃金減額事案については、書面による合意があったとしても、自由な意思に基づかないという理由から無効とされる例が多いわけですから、いわんや黙示の合意に基づき有効と判断してもらうのは至難の業です。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金243 退職した元従業員に対する研修費用返還請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、退職した元従業員に対する研修費用返還請求に関する裁判例を見ていきましょう。

大成建設事件(東京地裁令和4年4月20日・労判1295号73頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に在籍中、社外研修制度により留学した後、Y社を退職したXが、本訴請求事件において、Xが、Y社に対し、令和2年6月分の賞与、同年6月分の賃金、立替金請求権に基づき、Xが立て替えた経費、退職金及び共済会退職一時給付金等の支払を求め、反訴請求事件において、Y社が、社外研修に要した費用はY社がXに貸与したものであり、Xとの相殺合意に基づき、上記費用の返還請求権及びこれに対する利息請求権と本訴請求債権とを相殺したとして、Xに対し、消費貸借契約に基づき、相殺後における上記費用の残額である約730万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

本訴請求棄却

反訴請求認容

【判例のポイント】

1 XとY社との間で本件消費貸借契約が成立したかについて、Xは、本件誓約書に署名押印してこれをY社に提出したところ、本件誓約書には、規程10条及び細則3条に関する説明をY社から受け、これらの内容を全て了承した旨が記載されており、そして、規程10条には、返済義務が生じる場合が特定されており、また、貸与金の具体的な内容については、規程9条2項による委任を受けた細則において定められているところ、その内容に不明確な点はなく、消費貸借の目的の特定に欠けるところもなく、Xは、自らの規程や細則等をイントラネットから印刷し、総務担当者に対し、複数回にわたって、規程や細則に定められた細目的な事項に関連する質問をしたり、誓約書のひな型が規程の別紙として定められていることを教えたりしていたこと、本件誓約書における貸与金や相殺に関する記載について異議を述べることも説明を求めることもなかったことからすれば、Xは、本件誓約書の提出に当たって、規程及び細則並びに本件誓約書に記載された内容を十分に理解した上で、本件誓約書に署名押印したと認めるのが相当であるから、X・Y社間においては、本件誓約書の提出をもって本件消費貸借契約が成立したと認められる。

2 労基法16条が、使用者に対し、労働契約の不履行について違約金を定め又は損害賠償額を予定する契約の締結を禁じている趣旨は、労働者の自由意思を不当に拘束して労働契約関係の継続を強要することを防止しようとした点にあると解されるから、本件消費貸借契約が労基法16条に反するか否かは、本件消費貸借契約が労働契約関係の継続を強要するものであるか否かによって判断するのが相当であるところ、Y社における社外研修制度の下では、応募・辞退は任意であると定められており、Xも、自らの意思で本件研修への参加を決意したものであって、本件研修に参加するよう、強制されたり、指示されたりしたものではなく、また、本件研修は、応募や辞退、研修テーマ・研修機関・履修科目の選定がXの意思に委ねられていたこと、本件研修は、汎用性が高い内容を多く含むものであり、X個人の利益に資する程度が大きいこと、貸与金の返済免除に関する基準が不合理とはいえず、返済額が不当に高額であるとまではいえないことからすると、本件消費貸借契約が労働契約関係の継続を強要するものであるとは認められないから、本件消費貸借契約は労基法16条に違反するとはいえない

同種事案において結論を分けている事情がまさに判例のポイント2に記載されている点です。

請求が認められている裁判例と本件のように棄却されている裁判例を比較検討するとよくわかると思います。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金242 管理監督者、事業場外みなし労働時間制、固定残業制度すべての適用が否定された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、管理監督者、事業場外みなし労働時間制、固定残業制度すべての適用が否定された事案を見ていきましょう。

イノベークス事件(東京地裁令和4年3月23日・労判ジャーナル128号32頁)

【事案の概要】

本件は、本訴において、Y社の元従業員Xが、Y社に対し、労働契約に基づき、未払割増賃金等の支払並びに労基法114条に基づく付加金等請求の支払を求め、反訴において、Y社が、Xに対し、不当利得に基づき、欠勤控除分の過払賃金の返還、不法行為に基づき、不当な賃上げ要求により被った損害に係る損害賠償金の支払い、及び、不当利得に基づき、過払の残業代の返還等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

管理監督者性否定

事業場外みなし労働時間制否定

固定残業制度否定

【判例のポイント】

1 Xの労働時間は、基本的に現場の勤務時間に従うこととされ、Xが毎月Y社に提出していた作業実績報告書の記載によれば、Xは基本的に定時である午前9時から午後6時までは勤務していたことが認められるから、Xが勤務時間について裁量を与えられていたことはうかがわれず、さらに、Xの給与額は、当初は月額32万5000円(諸手当込み)、その後も最大で月額40万円であったというのであり、厳格な労働時間等の規制をしなくてもその保護に欠けるところはないといえるほど待遇面で優遇措置を講じられていたと評価することはできないから、Xは、管理監督者に該当するということはできない。

2 Xの業務は、勤務場所は当該客先、勤務時間は現場の勤務時間に従うこととされていて明確であり、業務内容も一定の定型性を有していることから、Y社において事前にある程度その勤務状況や業務内容を把握することができたものということができ、また、Xは、業務時間中に常に携帯電話を所持し、Y社と連絡のつく状態でいるよう指示され、Y社代表者から連絡があった場合にはすぐに対応し、Y社代表者の指示に従い、現場で面談を行う、別の現場に移動するなどしていたというのであるから、Y社としては、勤務時間中に必要に応じてXに連絡を取り、その勤務状況等を具体的に把握することができたということができ、さらに、Xは、Y社に対し、月ごとに、毎日の始業時刻、終業時刻及び実働時間を記録した作業実績報告書を提出していたというのであるから、Y社においてXの勤務の状況を具体的に把握することが困難であったということはできず、同項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるということはできない。

3 プロジェクト手当は、就業規則第48条の事業場外みなし労働時間制に該当する者について一定額を支給するものとされているが、時間外労働に対する対価である旨の規定はなく、かえって、事業場外みなし労働時間が、労働時間を算定し難い場合に所定労働時間働いたものとみなす制度であることからすれば、上記手当は時間外労働に対する対価として支払われるものではないとみるのが自然であり、また、仮に同手当に時間外労働に対する対価の趣旨が含まれているとみるにしても、その全額が同趣旨で支払われるものであるか否かは不明といわざるを得ないから、プロジェクト手当は、時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているとはいえないか、仮にそうであっても通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるとはいえないから、時間外労働に対する対価として支払われたものとは認められない。

ご覧のとおり、すべて否定されております。

管理監督者性に関しては、開かずの扉ですので、やむを得ませんが、固定残業制度については、要件を満たせば有効に運用することができますので、専門家に事前に確認しましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金241 勤務時間外の酒気帯び運転で物損事故を発生させた運転手に対する退職手当支給制限処分が有効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、勤務時間外の酒気帯び運転で物損事故を発生させた運転手に対する退職手当支給制限処分が有効とされた事案を見ていきましょう。

東京都公営企業管理者交通局長事件(東京地裁令和4年3月17日・労経速2494号32頁)

【事案の概要】

地方公営企業である東京都交通局が運営する都営バスの運転手であったXは、令和2年9月9日、東京都交通局の管理者である東京都公営企業管理者交通局長から、Xが勤務時間外に酒気帯び運転をし、交通事故を発生させたことを理由として、懲戒免職処分及び一般の退職手当の全部を支給しないこととする退職手当支給制限処分を受けた。

本件は、Xが、Y社に対し、本件不支給処分は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであると主張して、本件不支給処分の取消しを求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件非違行為は、酒気帯び運転によって物損事故を発生させたというものであり、勤務時間外に行われたものであるとはいえ、都営バスの運転手という原告の職務及びその責任に照らせば、強い非難に値する行為であるというべきである。このことは、Xの呼気から検出されたアルコール濃度が、呼気1リットルにつき0.15ミリグラムであったことにより、左右されるものではない。
また、Xは、都営バスの運転手として、長年にわたる勤務歴を有し、複数回の表彰歴も有するものの、他方で、勤務中に2回の交通事故を発生させたことからすると、Xの勤務の状況に照らして一部の支給制限にとどめるべき事情があるとまではいえない。
さらに、Xは、①本件非違行為の前日の午後11時頃以降、焼酎の水割り4、5杯とバーボンのロック3杯を飲み、アルコールが体内に残っているという認識を有していながら、知人を車で送っていくと誘い、知人を同乗させて飲酒運転を開始したこと、②普段から、自家用車を運転して飲食店に向かい、深夜まで飲酒をした後、午前7時か午前8時頃、自家用車を運転して帰宅するという行為を行っていたことからすると、Xには飲酒運転に対する規範意識が欠如していたといわざるを得ず、当該非違に至った経緯に関し、Xに有利に斟酌すべき事情は見当たらない
そして、本件非違行為は、都営バスの運転手であるXが酒気帯び運転をして交通事故を発生させたものであるから、都営バスの安全・安心な運行に対する都民の信頼を失わせるものであって、都民の理解を得て都営交通を円滑に運営するという公務の遂行に及ぼす支障の程度は決して小さいものとはいえない。
そうすると、Xが本件事故発生後速やかに本件非違行為を勤務先に報告したことや罰金を納付したことなど、非違後におけるXの言動を原告に有利に斟酌したとしても、一般の退職手当の全部を不支給とした本件不支給処分は、本件解釈運用方針に沿ったものであるというべきであり、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとは認められない。

都営バスの運転手の酒気帯び運転の事案です。

他の類似の裁判例と比較したときに、本裁判例を妥当と考えるか厳しいと感じるかは人によるかと思います。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金240 賃金額が合意に至らず、労働契約の成立が否定された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、賃金額が合意に至らず、労働契約の成立が否定された事案を見ていきましょう。

プロバンク(抗告)事件(東京高裁令和4年7月14日・労経速2493号31頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、Y社との間で労働契約が成立したとして、労働契約上の地位にあることを仮に定めることを求めるとともに、令和3年10月21日以降本案判決確定に至るまでの賃金及び賞与の仮払いを求める事案である。

原審は、被保全権利の疎明を欠くなどとして、Xの仮処分命令申立てをいずれも却下したので、Xが即時抗告した。

【裁判所の判断】

抗告棄却

【判例のポイント】

1 XとY社の間では、労働契約の締結に向けた交渉の過程で、賃金の額について合意できず、結局Xが就労するに至らなかったのであって、本件全資料によっても、「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うこと」(労働契約法6条)についての合意があったとは認められない

2 (原審判断)Xは、本件採用内定通知書の交付を受けた後、本件採用内定通知書の月額総支給額40万円に45時間相当の時間外手当が含まれるか否かを問い合わせ、月給30万2237円、時間外勤務手当9万7763円(時間外労働45時間に相当するもの)と記載された労働契約書に署名押印して提出せず、P氏からの複数回にわたる本件採用内定通知書の条件によることを承諾するか否かという趣旨の問い合わせに回答することなく、入社予定日の令和3年10月21日に労働契約書の月給「302,237円」等を削除し、「400,000円」と加筆した労働契約書をY社に提出したことからすれば、P氏が令和3年10月22日にXに提示した労働条件に基づく雇用契約の申込みを撤回するとメールで伝えるまでの間に、XがY社に対し本件採用内定通知書に対する承諾の意思表示をしたと認めることはできない。
したがって、XとY社との間に本件採用内定通知書記載の労働条件による労働契約が成立したと認めることはできない。

上記判例のポイント2を読む限り、労働条件について合意に至っていない以上、労働契約は成立していないと解さざるを得ないと思います。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金239 賃金規程変更の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金規程変更の有効性に関する裁判例を見ていきましょう。

インターメディア事件(東京地裁令和4年3月2日・労判ジャーナル127号44頁)

【事案の概要】

本件は、y社の元従業員Xが、Y社に対し、労働契約に基づき、未払割増賃金等の支払、付加金等の支払、会社従業員及び代表者のパワーハラスメントによって精神的及び身体的苦痛を受け、退職を余儀なくされたことにより、賃金6か月分の額に相当する損害が生じたなどとして、民法709条、715条1項及び会社法350条に基づき、損害賠償金180万円等の支払を求め、これに加え、労働契約に基づき、未払の退職一時金約52万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払割増賃金請求、損害賠償請求は一部認容

退職一時金請求は棄却

【判例のポイント】

1 本件規定を導入する賃金規程の変更の効力に関して、本件変更について、労働者の自由な意思に基づいて合意がされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできないから、これによりXの労働条件が変更されたと認めることはできず、また、労働契約法10条本文に基づく変更の効力について、本件変更は、労働者にとって重要な労働条件である賃金に関する変更であるところ、これにより労働者の受ける不利益の変更の程度は、重大であり、他方で、変更の必要性については、Y社において、以前から会社内においてみなし残業代という考え方があったなどと主張するのみであって、上記のような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性があるものとは認められず、また、変更の内容についても、56時間ないし42時間もの長時間の時間外労働につき法の定める割増賃金を請求することができなくなるという、必ずしも合理的とはいい難いものであり、上記不利益に対する代償措置も、月額2万円程度の手取り給与の増額のみであって、十分とはいい難く、さらに、本件変更について労働者との間で十分な交渉がされた形跡は認められないから、本件変更は、合理的であるとは認められず、X・Y社間の労働契約の内容を変更する効力は認められない。

賃金に関する不利益変更を行う場合には、減額幅にもよりますが、かなり有効要件が厳しいため、安易に変更すると多くの場合、無効と判断されます。

手続を行う場合には、必ず顧問弁護士に相談の上、慎重に進めましょう。

賃金238 賃金債権を放棄する内容の和解契約の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金債権を放棄する内容の和解契約の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

吉永自動車工業事件(大阪地裁令和4年4月28日・労経速126号27頁)

【事案の概要】

本件は、平成16年3月にY社と期限の定めのない労働契約を締結していたXが、Y社に対し、日給7000円と合意したにもかかわらず日給6000円しか支払われず、これが最低賃金法4条2項所定の最低賃金額に達しない賃金となった後も日給6000円しか支払わなかったなどと主張して、労働契約に基づく賃金請求権又は不当利得返還請求権に基づき、同月分から退職した令和2年3月分までの差額賃金合計342万4000円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、33万9373円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 本件和解契約は、XがY社に対して有する賃金があればこれについても放棄する内容であるところ、賃金債権を放棄する旨の意思表示の効力を肯定するには、その意思表示が労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在していることを要すると解するのが相当である(最高裁昭和48年1月19日第二小法廷判決)。

2 Bは本件合意書を示し、Xはその内容を確認して署名押印をしたことが認められる。
しかし、平成21年9月30日以降の本件労働契約の賃金額は大阪府の最低賃金額となっているところ、証人Bの証言によれば、Y社において、本件合意書の作成時には、最低賃金額と日給6000円との差額の未払賃金が生じていたことを知っていた者はいなかったことが認められるほか、本件合意書の作成時に、上記差額をXが認識していたことをうかがわせる事情は見当たらない
そうすると、Xは、上記差額の金額はもとより、その存在すら認識せずに本件合意書に署名押印したのであって、このような署名押印に至る経緯に照らせば、労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在しているとはいえない
したがって、本件和解契約の成立は認められない。

労働事件では、このような発想で合意書の有効性を否定することがよくあります。

とりあえず署名をもらっておけばいいという発想ではうまくいきませんので注意しましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金237 未収金の回収と退職金の支払合意(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、未収金の回収と退職金の支払合意に関する事案を見ていきましょう。

千田事件(大阪地裁令和4年5月20日・労判ジャーナル126号16頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、Y社を定年退職したとして、雇用契約に基づき、退職金等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求認容

【判例のポイント】

1 XとY社との間で、Xが未収金の回収を行い、未収金の回収が完了しなければ退職金を支払わない旨の合意が成立したかについて、仮にY社が主張するような未収金が生じていたとしても、それは基本的にはY社が組織として取引相手から回収を図るべきものであって、従業員が個人的に負担すべきものではないから、Xが、未収金の回収が完了しなければ退職金が支払われないことに同意するというような事態はやはり容易に想定し難いというべきであり、仮に、Y社が主張するような合意が存するとしても、そのような合意は、Xの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは到底いうことができず、無効というほかない。

労使間においては、仮に労働者の同意が存在したとしても、当該同意の対象に合理性が認められない場合には、自由な意思に基づかないものとして無効と判断されることがあります。

同意書にサインさえもらえば勝ち、みたいな発想は通用しませんのでご注意を。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。