Category Archives: 賃金

賃金97(全駐留軍労働組合事件)

おはようございます。

今日は、ストライキ支援のための年休取得と未払賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

全駐留軍労働組合事件(那覇地裁平成26年5月21日・労判1113号90頁)

【事案の概要】

本件は、沖縄県内のアメリカ合衆国軍隊基地に勤務するXらが、年次有給休暇の時季指定権を行使したにもかかわらず、年次休暇時間分の賃金の支払いを受けていないとして、雇用者であるY国に対し、各自、未払賃金及び遅延損害金、付加金の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y国はXらに対し、各自、別紙未払賃金一覧表の各未払賃金額欄記載の金員及び遅延損害金を支払え。

Y国はXらに対し、同額の付加金+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 本件年休申請は、Xらの有する有給休暇の範囲内でされたものであり、その有給休暇の取得に違法はない。そして、Y国は、何ら時季変更権の行使等の主張をしないから、帰するところ、Xらに対し、未払となっている本件各未払賃金を支払う義務を負うものというべきである
したがって、Xらの請求のうち、Y社に対して本件各未払賃金及びその遅延損害金の支払いを求める部分は理由がある。

2 Y国は、全駐労による交渉や申入れ等を受け、本件年休申請につき在日米軍が適法な時季変更権を行使しないことへの懸念を有していたものであるところ、本件各未払賃金が現実化した後もその支払をせず、本件訴訟において、一旦は時季変更権の主張をしたもののこれを撤回し、その後に至っても未だ各未払賃金を支払っていないのであるから、このようなY社による本件各未払賃金の不払の状況や、これによるXらの不利益は軽視することはできない
そうであれば、Y社に対し、本件各未払賃金と同額の付加金の支払を命ずるのが相当である。

3 付加金の支払による制裁の対象は、当該労働者の雇用主であると解されるところ、Y社と在日米軍は、いわば雇用主の権利義務を分掌しているものと見ることができるから、両者を併せて制裁の対象ととらえることができる。しかるに、付加金の支払を命ずることによって、Y国がその制裁を受けることはいうまでもないが、在日米軍についても、Y国は、命ぜられた付加金の支払をした後に、在日米軍に対してその求償をすることができるのであるから、その意味において、在日米軍も制裁を受けるということができるのである(仮に、在日米軍がその償還を拒んだとしても、制裁が無意味であるとまでいうことはできないし、いずれにしても、本件と同様の事態を招かないという意味において、制裁の効用を認めることできると考えられる。)。

国の方はあまり強く争う気持ちが見られませんね。

付加金のことを考えると控訴をして有給分を支払って終わりにしたいところです。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金96(ハンナシステム事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、元従業員による割増賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

ハンナシステム事件(大阪地裁平成26年10月16日・労判1112号76頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、Y社に対し、①平成22年5月21日から24年2月16日までの間の労働契約に基づく未払いの時間外割増賃金、休日割増賃金および深夜割増賃金の合計613万2756円ならびに遅延損害金を求めるとともに、②22年11月21日から24年2月16日までの間の割増賃金等に対する付加金及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、合計568万8723円+遅延損害金、付加金352万657円の支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、原告との間で、基本給には月20時間分の割増賃金等が含まれる旨の合意があり、割増賃金等として月額4万2000円は支払済みであると主張する。しかし、Xは、Y社在職中にこのような説明を受けたことやこのような合意をしたことは一切ないと供述し、他にY社主張の合意を認めるに足りる証拠もない。そして、基本給に割増賃金等が含まれる合意については、割増賃金等に当たる部分とそれ以外の部分とを明確に区分することができる場合に限り、その有効性を認めることができると解されるところ(最高裁昭和63年7月14日判決)、Y社がXに交付していた給与支給明細書には、支給項目として基本給と交通費としか記載がなく、そのような明確な区分がされているものとは認められず、その計算方法をY社がXに周知していたことを認めるに足りる証拠もないことからすれば、仮に、Y社主張のような合意があったとしても、有効な合意とは認められない。よって、Y社の主張はいずれにしても理由がない

2 Y社の就業規則及び賃金規程では、法定外休日についても割増率1.35とし、労働基準法37条を超える定めをしているから、この部分に対応する付加金の請求をすることはできないというべきである。

3 Y社は、平成22年以降、多額の欠損金が生じ、給与の遅配等が生じており、平成24年6月には一度、手形の不渡りを出していること、Y社では、X以外の従業員に対しても割増賃金等が支払われていないことが認められるが、付加金は、労働基準法114条所定の同法違反行為に対する制裁としての性質を有するものであることを考慮すれば、付加金の支払を命じることの可否及びその額を検討するに当たり、これを減免の事情として斟酌することはできず、この点に関するY社の主張は理由がない。

固定残業制度を中途半端に導入するとこうなります。

会社の経営状況は付加金の減免理由にならないので注意しましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金95(ワークスアプリケーションズ事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、うつ病による休職期間満了後の退職扱いの有効性と未払賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

ワークスアプリケーションズ事件(東京地裁平成26年8月20日・労判1111号84頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と労働契約を締結した労働者で、平成24年12月7日をもって休職期間満了により退職とされたXが、使用者であるY社に対し、休職前である24年5月1日から同年10月10日までの時間外労働手当およびこれに対する遅延損害金の支払い、その付加金および遅延損害金の支払い、休職期間満了日までにXは就労が可能となり復職要件を満たしていたのにY社から就労を拒絶されたため就労できなかったとして、同日からの賃金およびこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案である。

Xは、上記の請求と合わせて、労働契約上の権利を有する地位の確認も求めていたところ、同請求については、Y社がこれを認諾して終局した。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し102万9670円+遅延損害金、同額の付加金+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、179万4877円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、平成25年4月から同年9月まで39万2858円、同年10月限り、28万5715円、平成25年6月限り39万2858円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 労働時間を算定しがたいか否かは、その業務の性質、内容等、及び、使用者と労働者との間の当該業務に関する指示及び報告の方法等から、当該業務について使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったといえるかどうかによって判断すべきである。労務管理を行うべき者が多忙であるため労働時間を算定しがたいことは、労働者の業務の性質、内容等や、使用者と労働者との間の業務に関する指示及び報告の方法等による制約とはいえないから、当該業務について使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったといえないというべきであり、Y社の主張は採用できない

2 営業手当が50時間分の時間外労働手当の支払といえるには、時間外労働手当に当たる部分とそれ以外の部分が明確に区分されて合意がされていることを前提として、少なくとも、営業手当の額が、労基法所定の計算方法によって計算した50時間分の時間外労働手当の額を下回らないことが必要である。なぜならば、時間外労働手当に当たる部分とそれ以外の部分が明確に区分されていなければ、労基法所定の計算方法による時間外労働手当の額を計算することができないし、計算した結果、労基法所定の計算方法による時間外労働手当の額を下回っているようでは、時間外労働手当によって時間外労働を抑制しようとした労基法の趣旨を没却するのみならず、労基法に定める基準に達しない労働条件を定めたこととなり、無効となるからである

3 労働者が債務の本旨にしたがった履行の提供をしているにもかかわらず、使用者の復職可能との判断や、使用者の指定した医師による通常勤務に耐えられる旨の診断書が得られないことによって、労働者が、就労を拒絶されたり、退職とされたりするいわれはないから、「傷病が治癒し且つ通常勤務に耐えられる旨の会社が指定した医師の作成した証明書の提出を求め、復職できると会社が認めたとき」とは、傷病についての医師の診断書等によって労働者が債務の本旨にしたがった履行の提供ができると認められる場合をいい、Y社の復職可能との判断やY社指定の医師の復職可能との診断書等は要しないというべきである

4 ・・・他方、労働契約においては、当事者は、信義に従い誠実に権利を行使し、義務を履行しなければならないのであるから(労働契約法3条4項)、使用者の労務の受領拒絶により就労が不能となった後、使用者が受領拒絶をやめ、就労を命じた場合においては、労働者も自己の就労が再び可能となるよう努力すべき信義則上の義務があるというべきである。したがって、Y社が10月16日付け復職通知により、Xのために東京都内の住居を用意し、住居費用及び通勤費用の立替払を申し出て、Xが就労するために必要な準備を行う姿勢を示したことに対し、Xは、Y社が用意した前記住居に居住する義務はないものの、信義則上、Xの就労を可能とするためにY社との協議に応じる義務があったというべきである。しかし、Xは、10月16日付け復職通知を受けた後、何らY社と協議をすることなく相当期間である同月23日が経過した。そうすると、翌24日以降においては、もはや「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったとき」(民法536条2項)とはいえないと認められるから、平成25年10月24日からの賃金請求は理由がないというべきである

5 Xは、Y社には本件退職扱い後の未払賃金の支払を履行する必要があり、その履行義務を争いつつ、本件退職扱いを撤回しても無効である旨主張するが、過去の賃金支払義務と現在の就労義務は別の法律関係であり、前者を争いつつ、後者の履行を求めることができないとする理由はないから、Xの主張は採用できない。

6 Xは、「受領拒絶の解消には、債権者が先に拒絶した履行の提供において、遅滞中の一切の効果を承認して、受領拒絶を解消して改めて受領すべき意思を表示することが必要と解されているところ、受領拒絶の効果として生じた過去の賃金の発生を認めてその履行をしなければ、受領拒絶を解消したとはいえない。」旨主張する。しかし、労働者が就労しないのに賃金請求権を失わないのは、いわゆる受領拒絶の効果ではなく、民法536条2項の効果による。したがって、就労がないとき賃金請求権が発生するかは同項の要件を満たすか否かにより決すべきであり、受領拒絶の効果を解消することは、必ずしも必要ではないというべきである(なお、受領拒絶の効果を解消するため、どのような行動が必要かは当該事案の具体的事情によるというべきであり、一義的に決められるものではない。)

超重要な裁判例です。

複数の重要論点に関する判断が含まれています。

是非、参考にしてください。

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賃金94(甲総合研究所取締役事件)

おはようございます。

今日は、解雇、残業代不払いが不法行為を構成するとされた裁判例を見てみましょう。

甲総合研究所取締役事件(東京地裁平成27年2月27日・労経速2240号13頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、同社の代表取締役であったB2及び同社の事実上の取締役とするB1に対し、B1らが、Xを違法に解雇し、同社をしてXに対し時間外手当を支払わせず、さらには、Xが得た同社に対する地位確認等請求事件判決の責任回避を目的として同社を計画倒産させたなどと主張して、民法709条ないし会社法429条1項に基づき、損害金及び遅延損害金を求めた事案である。

【裁判所の判断】

B1らは、Xに対し、連帯して、401万4566円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 時間外労働を行ったことについては、時間外手当の支払を求める労働者側が主張立証責任を負うものではあるが、労働基準法は、労働時間、休日、深夜業について厳格な規定を設けていることから、使用者は、労働時間を適正に把握するなど、労働時間を適切に管理する義務を負うものであることは明らかである。そして、労働基準法は、使用者の賃金台帳調整義務を定めて、「賃金台帳を調整し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を賃金支払の都度遅滞なく記入しなければならない。」(同法108条1項)と規定し、また、同法施行規則54条1項は、上記法律の規定によって賃金台帳に記入しなければならない事項として、労働日数、労働時間数、労働時間延長時間数、休日労働時間数、深夜労働時間数などを規定している。さらに、厚生労働省労働基準局長が平成13年4月6日発出した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」(基発第339号通知)においても、・・・とされているところである。

2 Xは時間外労働に従事したことが認められるところ、B1はXが時間外労働に従事していることを認識し、また、B2についても、就業規則と異なる状況が発生していることを認識していたにもかかわらず、B1らは、労働基準法に違反してXに時間外手当を支払っていないところ、この不払は、B1らが、Y社の代表取締役などとして、従業員の出退勤時刻を把握して時間外勤務の有無を確認できるとともに、時間外勤務があるときは、その時間外手当の支払が円滑に行われるような制度を当然整えるべき義務があるのに、これを怠ったことによるものと評価できるのであるから、従業員4名という小規模な会社であったY社において代表取締役などの地位にあったB1らが、上記当然の義務を懈怠してXに対し時間外手当の支払をしなかった行為は、不法行為を構成するものと認められる。

3 Xには、本件解雇より事実上失職した結果、得られなかった賃金相当の損害が生じたものの、本件解雇と相当因果関係を肯定できる逸失利益の範囲については、通常、再就職に必要と考えられる期間の賃金相当額に限られるものと解すべきである。そして、Xの職歴及びY社における就業期間その他の事情を総合考慮すると、Xが再就職に必要と考えられる期間としては、本件解雇発効後3か月と認めるのが相当であるから、137万4000円をもって、本件解雇によって生じた賃金相当の逸失利益と認めるのが相当である。

4 本件において、Xは、多大な精神的損害を被ったと主張するものの、その原因は、突然解雇によって雇用の機会を奪われ、継続して賃金を得られない状態が生じたことにあるものであって、財産的利益に関するものであると解されることからすると、Xには、上記逸失利益の填補によっても回復困難な精神的損害が生じたものと認めることはできないから、慰謝料請求は認められない

珍しいケースですね。

不法行為構成で訴訟をすると、解決金額のあまり高くないため、どうしても、地位確認の構成をとることが多いですが、今回の事案でも、わずか3か月分しか認められていません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金93(マーケティングインフォメーションコミュニティ事件)

おはようございます。

今日は、定額残業代としての営業手当の有効性と割増賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

マーケティングインフォメーションコミュニティ事件(東京高裁平成26年11月26日・労判1110号46頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で雇用契約を締結していたXが、Y社に対し、平成23年3月分から平成25年2月分までの時間外労働に対する割増賃金618万2500円+遅延損害金、付加金+遅延損害金を請求する事案である。

なお、一審判決は、営業手当を時間外労働の対価として認め、Xの請求から営業手当の金額を除いた1万4342円+同額の付加金のみの支払いを命じた

Xは、一審判決を不服とし、控訴した。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、651万4074円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Xの1月の平均所定労働時間が173時間前後で、これに対する基本給が月額24~25万円であるところ、これを前提に、月17万5000円~18万5000円の営業手当全額が時間外勤務との対価関係にあるものと仮定して、月当たりの時間外労働時間を算出すると、・・・上記営業手当はおおむね100時間の時間外労働に対する割増賃金の額に相当することとなる

2 労基法32条は、労働者の労働時間の制限を定め、同法36条は、36協定が締結されている場合に例外的にその協定に従った労働時間の延長等をすることができることを定め、36協定における労働時間の上限は、平成10年12月28日労働省告示第154号(36協定の延長限度時間に関する基準)において月45時間と定められている。100時間という長時間の時間外労働を恒常的に行わせることが上記法令の趣旨に反するものであることは明らかであるから、法令の趣旨に反する恒常的な長時間労働を是認する趣旨で、X・Y社間の労働契約において本件営業手当の支払が合意されたとの事実を認めることは困難である。したがって、本件営業手当の全額が割増賃金の対価としての性格を有するとの解釈は、この点において既に採用し難い

3 本件営業手当の支払は割増賃金に対する支払とは認められず、また、本件営業手当は、労基法施行規則21条に列挙されている割増賃金算定の基礎賃金から除外される手当等のいずれにも該当しないことは明らかである。したがって、営業手当は、基本給とともに、割増賃金算定の基礎賃金となる。

4 本件訴訟に表れた一切の事情を考慮すると、Y社に対しては付加金の支払は命じないことが相当である。

原告の逆転勝訴です。

長時間の残業を前提とした固定残業代が支払われている場合には、労働者側としては、上記判例のポイント2の論理を主張することになります。

使用者側としては、固定残業制度には、このようなリスクがあることを十分に理解しておく必要があります。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金92(スロー・ライフ事件)

おはようございます。

今日は、飲食店元従業員による時間外労働手当・最低賃金額との差額請求に関する裁判例を見てみましょう。

スロー・ライフ事件(金沢地裁平成26年9月30日・労判1107号79頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、雇用主であったY社に対し、①在職中の時間外労働手当99万0393円、深夜労働手当7万9723円および法定内労働に関する最低賃金額との差額5万1224円の合計112万1340円ならびに遅延損害金、②付加金および遅延損害金の各支払いを求めた事案である。

これに対し、反訴は、Y社が、従業員であったXに対し、労働契約の債務不履行に基づき、損害金83万0869円および遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、時間外労働等手当として、合計102万1863円を支払え

Y社はXに対し、最低賃金額との差額合計5万1224円を支払え

Y社はXに対し、付加金として102万1863円を支払え

反訴請求は棄却

【判例のポイント】

1 Y社は、本件ノート(Xが記録したノート)の記載内容が信用できないと主張するが、Xは、その都度、出勤時刻、退勤時刻、休憩開始時刻及び休憩終了時刻やその日の出来事等を本件ノートに記載していたと供述しており、その記載状況や記載内容の詳細さなどに照らすと、本件ノートの記載内容は信用できるというべきである。

2 証拠及び弁論の全趣旨によれば、Y社代表者は、本件店舗の運営のほとんどをA料理長に任せており、Xの仕事の内容や方法につき明確な指示を与えていなかったこと、Xは、A料理長の指示に従って作業をしていたこと、Y社代表者及びA料理長はXの仕事ぶりを認識しながら、これに異議を唱えていたわけではなかったことが認められ、XがY社の意に反して各作業をしていたとまでは認められない
そうすると、Xの前記作業は、Y社の明示又は黙示の指示に基づくものというべきである。

3 使用者には、労働者の労働時間を適正に把握する義務が課されていると解されることからすれば、使用者がタイムカードによって労働時間を管理していた場合には、これと異なる認定をすべき特段の事情が認められない限り、タイムカードに打刻された時刻に従って、労働者の労働時間を認定するのが相当である
これを本件についてみると、Y社は、Xに対して出退勤時にタイムカードの打刻をさせており、実際にXのタイムカードが継続して打刻されていたこと、タイムカードレコーダーのインクの交換はされていなかったものの、打刻された時刻を読み取ることは可能であり、Y社はXのタイムカードの打刻状況を確認していたこと、Y社がタイムカード以外にXの労働時間を適正に把握する方策をとっていなかったことが認められる。
これらの事実に照らすと、Y社は、タイムカードによって、Xの出退勤の事実を確認するだけではなく、Xの出勤の労働時間を管理していたものと認められるから、原則として、タイムカードに打刻された時刻に従って、Xの労働時間を認定すべきである

4 Xがボトルワインの代金を誤って請求した事実は、当事者間に争いがない。
ボトルワインの代金を誤って請求したXの行為は、過失に基づくものではあるものの、Xは同様のミスを繰り返していたわけではないこと、Y社はXの本件店舗の業務に従事させ、その労働により収益を上げているにもかかわらず、その中で生じる損害をすべてXに転嫁するのは不当であることY社において従業員が飲食代金の計算を誤って請求することは十分予見できるのに、これに対する特段の予防策をとっていなかったこと、Y社においてこれまで従業員が損害を発生させた場合に従業員に損害賠償を請求していた事実は認められないことなどに照らすと、Y社は、Xに対し、信義則上、損害賠償を請求できないと解するのが相当である。

労働時間を算定する証拠としてタイムカードの価値をどう見るかについては、裁判官によって別れています。

労働者側からすると、上記判例のポイント3の考え方は参考になります。

使用者側からすれば、このような判断をされる可能性が十分にあることを念頭において労務管理をすべきですね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金91(プロミックスほか事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、支払命令不履行に対する損害賠償請求と法人格否認法理適用の有無に関する裁判例を見てみましょう。

プロミックスほか事件(福岡地裁平成26年8月8日・労判1105号78頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、Xが勤務していたA社に対して時間外割増賃金等および付加金の支払いを求めて提起した訴訟において、Xの請求を認容する判決(別件判決)がいい渡され、同判決は確定したが、A社が別件判決で支払を命じられた金員を支払わないとして、A社の元の代表取締役およびA社の現在の代表取締役に対し、会社法429条1項に基づき、損害賠償および遅延損害金の連帯支払いを求めるとともに、Y社がA社と同視できると主張して、法人格の否認により、Y社に対し、別件判決において認容された、時間外割増賃金等および付加金の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 確かに、Xの指摘するように、Y社とA社は本店所在地が同一であること、それぞれの経営する店舗で同様のデザインの看板やロゴマークを使用していること、新規開店に関するチラシには両会社の店舗の名称及び所在地等が記載されていること、一方の店舗の新規開店について他方の店舗の看板で掲示し、宣伝していること等の事情が存在し、Y社とA社がそれぞれ経営する店舗間の連携・協力関係等があることが窺われる。しかしながら、Y社及びA社の各経営に係る店舗間に連携・協力関係等があるからといって、Y社とA社との法人格が同一であると認めるには足りないというべきであるし、本店所在地の同一性をもって両会社の実質上の同一性を認めることもできない
・・・他に、Xの主張する法人格の形骸化又は法人格の濫用を認めるに足りる証拠はない。

これだけの事情がそろっていても、法人格は否認されないのです。

法人格とは便利な道具ですね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金90(X空港事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、元従業員からの退職功労金の請求が認められなかった裁判例を見てみましょう。

X空港事件(大阪地裁平成26年9月19日・労経速2233号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員及び元従業員の相続人が、Y社が労働組合に交付した書面に記載されていた退職功労金の支給基準は就業規則と一体のものとして労働契約の一内容となっているとして、Y社に対し、労働契約に基づき、退職功労金及び遅延損害金の支払いを求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 旧退職金規程7条は、退職功労金について「在籍中に特に功労があった者に対しては基本退職金の計算の範囲内で功労加算として加給する」と定めているが、在籍中に特に功労があった者に対して退職功労金を支給することを抽象的に定めているだけであり、同条によっては退職功労金の支給対象者及び支給額は確定しないから、旧退職金規程7条に基づいて、直ちに退職功労金を請求することはできず、使用者が「特に功労があった者」に当たるか否かを査定するとともに、具体的な算定方式や支給額を決定することによって初めて具体的な金額が確定するものと解される。そして、昭和55年基準は、勤続20年以上、かつその在籍中10年皆勤表彰を受賞して定年退職した受賞者を「特に功労があった者」とし、さらに勤続1年につき2万5000円を退職功労金の支給額とするとして、退職功労金の支給対象者及び支給金額の算定基準を明確にするものであるから、昭和55年基準は旧退職金規程7条退職功労金請求権の具体的な内容を確定するものであり、したがって、昭和55年基準が改廃されない限りにおいては、Y社の従業員は旧退職金規程7条及び昭和55年基準に基づいて退職功労金を請求することができるものと解される。

2 もっとも、昭和55年基準は本件組合に宛てた文書に記載されているものであって一般的な就業規則の形式とは体裁が明らかに異なっている上、就業規則を作成又は変更するに当たって法律上要求されている行政官庁への届出(労働基準法89条)や多数労働組合又は過半数代表に対する意見の聴取(同法90条9も行われていない。しかも、昭和55年書面には昭和55年基準を「内規として取扱うことを連絡致します」と記載されており、・・・Y社が昭和55年基準を就業規則ではなく、あくまでも内規として位置付けていることは明らかである。
・・・そうすると、昭和55年基準は旧退職金規程7条の内容を具体化するものではあるが、昭和55年基準自体は就業規則の一部ではないから、昭和55年基準はY社とY社の従業員との間の労働契約の内容としてY社を拘束するものではないというべきである

3 以上によれば、昭和55年基準は、Y社とY社の従業員との間の労働契約の内容にはなっておらず、あくまでも運用基準にすぎないから、Y社は、労働者の同意を得ることなく、同基準を改廃することが可能であると解される。そして、昭和55年基準は、平成12年内規が制定されたことにより改訂されているから、Xらは、昭和55年基準に基づいて退職功労金を請求することはできない。

今回のようなケースでは、賞与の請求をする場合と同様、労働者側には厳しい戦いとなります。

上記判例のポイント2の視点は、応用できますね。 参考にしてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金89(泉レストラン事件)

おはようございます。

今日は、固定残業代の有効性と割増賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

泉レストラン事件(東京地裁平成26年8月26日・労判1103号86頁)

【事案の概要】

本件は、Y社で稼働していたXらがY社に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する割増賃金およびその遅延損害金の支払いを求め、併せて、労働基準法114条に基づき、付加金およびその遅延損害金の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社に対し、合計約430万円の割増賃金の支払+付加金約330万円の支払を命じた。

【判例のポイント】

1 一定額の手当の支払がいわゆる固定残業代の支払として有効と認められるためには、少なくとも、①当該手当が実質的に時間外労働の対価としての性格を有していること、②当該手当に係る約定(合意)において、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外割増賃金に当たる部分とを判別することができ、通常の労働時間の賃金に当たる部分から当該手当の額が労基法所定の時間外割増賃金の額を下回らないかどうかが判断し得ることが必要であると解される。

2 これを本件について見るに、①の要件につき、本件時間外勤務手当制度は、ポスト職を除く全従業員を対象に導入していると認められ、そうすると、従業員に実際に恒常的に発生する時間外労働の対価として合理的に定められたものとはいえない。また、Xらの在職中、これらの時間外労働を前提とした割増賃金が支払われていた様子はうかがえない。以上の点からすると、本件時間外勤務手当が実質的に時間外労働の対価としての性格を有しているとは認められず、①の要件は認められない。よって、その余の点について判断するまでもなく、本件時間外勤務手当制度をXらに適用することはできない。

中途半端に固定残業制度を導入すると、こうなりますので、注意しましょう。

中途半端にやるくらいなら、導入しないほうがまだましです。

会社としては残業代の二重払いのような感覚に陥りますが、やむを得ません。

控訴して、和解するか、割増賃金+遅延損害金全額を支払い、付加金だけは勘弁してもらいましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金88(フジスター事件)

おはようございます。

今日は、賃金格差の一部が性別に基づく不合理な取扱いとされた裁判例を見てみましょう。

フジスター事件(東京地裁平成26年7月18日・労経速2227号9頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用され、約20年間勤務した後、平成21年5月9日付けで定年退職したXが、在職中、Xが女性であることを理由として、賃金及び賞与が男性従業員よりも不当に低く抑えられてきたため、本来Xが受けるべきであった平成18年5月分以降の月例賃金、住宅手当、時間外割増手当、退職金、夏季・冬季賞与及び決算賞与の額と実際にXが支給された額との各差額相当額、年金差額相当額、慰謝料及び弁護士費用の合計として、①主位的に1621万4960円、②予備的に1551万7093円の損害を被ったと主張し、不法行為に基づく損害賠償請求をした事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、55万円(慰謝料50万円+弁護士費用5万円)+遅延損害金を支払え。

その余の請求は棄却

【判例のポイント】

1 Y社における賃金決定過程は、諸要素を考慮するものの、最終的にはY社代表者の判断で決定している部分が大きいものである。
企業として、いかなる点を重視して従業員にインセンティブを与えるべきか、という事柄は、当該企業の経営判断に属するものであり、当該企業の経営方針等に照らし、一定の職種によりインセンティブを与えるという方針の下で給与決定をすること自体は、それが職種の違いを踏まえても合理性を有しない不当な差別にわたると評価される場合に該当しない限り、違法とされるものではないというべきである。

2 Xは、平成20年2月8日付けの本件合意書において、本件組合フジスター支部の支部長として記名押印をしているところであるが、本件合意書には、X以外の本件組合の特定の組合員4名について住宅手当、家族手当及び主任手当を同年2月から支給する旨の条項、過去分の住宅手当及び家族手当については、上記組合員4名に対し、解決金名目で210万3000円を支払う旨の条項の他、いわゆる清算条項(「本件に関し」との限定を付したもの。)が設けられている。・・・本件合意書における清算条項の当事者である「組合員」にはXも含まれるということが本件合意書締結当時の当事者の意思に合致するものと解するのが相当であって、Xの、平成20年1月分までの住宅手当及び家族手当については、Y社との関係においては、本件合意により清算済みであり、現在ではY社に対する請求権を有しないというべきである

3 Xは、在職中、Y社の不法行為により、同じ企画職の男性従業員と比べて、役職手当(主任手当)の支給される時期が著しく遅くなるという不利益を被っていた。そして、その不利益は、Xが支給されるべき時間外割増手当やXが受給すべき年金額にも一定の不利益を及ぼすものである。これらの不利益の程度を具体的に認定することができないことは既に述べたとおりであるが、Xは、Y社のかかる取扱いにより、性別により差別されないという人格権を侵害されたものであり、これによりXが被った精神的苦痛を慰謝するには、上記のXが被った不利益をも考慮した相応の金員の支払が必要である。そこで検討するに、Xと、企画職の男性従業員との間の主任手当の支給額の差額、Xの勤続年数、Y社における賃金決定方法について、経営陣の裁量に委ねられる部分が大きく、Xの予測可能性が乏しいといえること、上記のとおりXが具体的な程度を認定することはできないが一定の不利益を受けていること、その他本件に現れた諸般の事情を総合すると、Xの慰謝料は、50万円と認めるのが相当である。

原告側の代理人の訴訟活動の大変さが思い浮かびます。

慰謝料の金額、少なくないですかね・・・? 日本の裁判所ではこんなもんでしょうか?

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。