労災④(団体定期保険・生命保険に基づく保険金と死亡退職金)

会社が保険契約者(保険料負担者)兼保険金受取人、従業員が被保険者とする団体生命保険を結ぶことがあります。

この場合、被保険者が死亡した場合、保険金の大部分を会社が取得し、従業員の遺族には、一部しか支払われないことになります。

この状況に納得できない従業員の遺族が、会社に対して保険金の全部又は相当部分の支払いを求めて裁判を起こすことがあります。

この点について、最高裁判決が出されるまでの間、下級審判決においては、労使間の利害調整を図るために、会社と従業員との間に保険金引渡の黙示の合意があったことを理由として、従業員の遺族に対して保険金のうち社会的に相当な金額の範囲で支払うように判断するものもありました(住友軽金属工業事件:名古屋高判平成13年3月6日・労判808号30頁など)。

会社と従業員との間の合意という構成は、完全にフィクションです。

結論ありきです。

そして、平成18年にとうとう最高裁判決が出されました。

住友軽金属工業事件(最三小判平成18年4月11日・労判915号51頁)において、最高裁は、団体定期生命保険契約を公序良俗違反とはせず、会社と従業員との間に保険金引渡の黙示の合意があったことを否定して、遺族の会社に対する請求を認めませんでした。

最高裁としては、フィクションの構成は採用できないというわけです。

というわけで、団体保険については、判断が分かれていましたが、法的論争に一応の解決がつきました

労災③(労災保険と損害賠償の関係)

労災が起こった場合、損害賠償について、労災保険だけでは賠償のすべては補償されません。

以下、簡単にまとめておきます。

1 治療費、休業補償、逸失利益などに対する既払の保険給付

既に支払われた保険給付の額は、会社が支払うべき損害賠償から控除されます。

そうでないと、二重払いになってしまいます。

ただし、保険給付は、主として治療費、休業補償や将来の逸失利益の補償だけを行うものであり、慰謝料や入院雑費・付添看護費等の補償は保険とは別に賠償しなければなりません

つまり、労災保険ではカバーされていない損害については、会社が自ら手当てをしなければいけません。

2 将来の年金給付

死亡事故や障害等級7級以上の重い後遺障害の場合に、年金で支給されます。

将来給付分の年金給付については、会社が支払うべき損害賠償から控除されません!

これが現在の最高裁の判断です(三共自動車事件:最三小判昭和52年10月25日)。

ここは要注意です

また、この場合、会社が損害賠償義務を履行した場合、国に対して未支給の労災保険金を会社に支払えと代位しても、認められません(三共自動車事件:最一小判平成元年4月27日)。

3 特別支給金

労災保険では、被災者の所得補償として、通常の保険給付で約6割を、特別支給金で約2割を補償し、合計約8割をカバーしています。

この特別支給金については、将来分はもちろんのこと、既払分についても、損害額から控除することは認められませんコック食品事件:最二小判平成8年2月23日)。

4 遺族厚生年金

死亡した被災労働者の相続人が、その死亡を原因として遺族厚生年金の受給権を取得した場合には、支給を受けることが確定した遺族厚生年金は控除されます(最二小判平成15年12月17日)。

このように、労災保険でカバーされない部分がかなりあります。

会社としては、労災保険だけで労災についての賠償問題が解決するとは考えないほうがいいということです

労災は、事前の準備がカギとなります。

労災②(過労死・過労自殺事案における会社の予見可能性)

おはようございます。

今日は、今から石川に1泊2日で出張に行ってきます

おいしいもの食べてこよっと

さて、過労死・過労自殺事案において、会社が損害賠償責任を負うのは、会社に帰責事由、すなわち予見可能性がある場合です。

つまり、なんでもかんでも会社が責任を負うわけではありません。

では、会社は、どこまで予見することが必要とされているのでしょうか。

日鉄鉱業事件(福岡高裁平成元年3月31日判決・労判541号50頁)で、裁判所は以下のとおり判断しています。

会社が認識すべき予見義務の内容は、生命、健康という被害法益の重大性に鑑み、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命、健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないというべきである

つまり、

会社が、従業員の死の結果を予見することまでは必要ないということです。

会社(具体的には、上司など)が、

1 従業員が長時間労働などの過重な業務に従事していること

2 従業員の健康状態が悪化していること

の2つの事情を認識し、または、認識することができた場合には、予見可能性があったと認められます。

また、1について、過重業務が顕著であれば、2の健康状態の悪化の認識可能性があった認められることになります。

つまり、実際に認識していたかどうかよりも、客観的に業務が過重である場合には、予見可能性が認められてしまうというわけです。

くれぐれも、昨日のテーマである安全配慮義務を怠らないようにしてください

労災①(過労死・過労自殺事案における会社の安全配慮義務)

会社で過労死・過労自殺が発生した場合、会社に損害賠償責任が認められることがあります。

会社には、従業員の心身の健康を損なうことがないように注意する義務があります。

これを安全配慮義務といいます。

安全配慮義務について、最高裁は、電通事件(最高裁平成12年3月24日・労判779号13頁)において、

「業務の量等を適切に調整するための措置」、すなわち健康破壊が起こらない程度まで業務量を適切に調整して業務軽減措置をとる義務がある

と判断しました。

「恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、業務は所定の期限までに遂行すべきことを前提として、帰宅してきちんと睡眠を取り、それで業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようになどと指導したのみ」では足りないとも判断しています。

安全配慮義務の内容は、以下のとおりです。

・労働時間、休憩時間、休日、労働密度、休憩場所、人員配置、労働環境等適切な労働条件を措置すべき義務(適正労働条件措置義務)

・必要に応じ、健康診断またはメンタルヘルス対策を講じ、労働者の健康状態を把握して健康管理を行い、健康障害を早期に発見すべき義務(健康管理義務)

・健康障害に罹患しているか、その可能性のある労働者に対しては、その症状に応じて勤務軽減、作業の転換、就業場所の変更等、労働者の健康保持のための適切な措置を講じ、労働者の基礎疾患等に悪影響を及ぼす可能性のある労働に従事させてはならない義務(適正労働配置義務)

・過労により脳・心臓疾患または精神障害等の疾患を発症したか、または発症する可能性のある労働者に対し、適切な看護を行い、適切な治療を受けさせるべき義務(看護・治療義務)

労災事故が起こった場合のために、労災補償制度があります。

しかし、労災補償制度は、あくまでも事後救済です。

労災は、予防こそが最も大切であるということをお忘れなく

解雇6(試用期間中の解雇その3)

おはようございます。

試用期間中の解雇に関する判例をもう1つ紹介します。

オープンタイドジャパン事件(東京地裁平成14年8月9日判決・労判836号94頁)

【事案の概要】

Xは、人材紹介会社からY会社を紹介され、事業開発部長として年俸1300万円で採用された。

Y社には、3か月間の試用期間がある。

Xは、Y社から、Y社の業務運営方針に適合しないとし、雇用から2か月弱経過時に、本採用拒否の通知を受けた。

Xは、Y社に対し、解雇無効を理由とする地位確認及び賃金請求をした。

【裁判所の判断】

解雇無効。

【判例のポイント】

1 Y社の主張するXの業務遂行の状況は不良、または不適切であったとは認められない。

2 Xの事業開発部長としての能力がY社の期待どおりではなかったとしても、2か月弱でそのような職責を果たすことは困難というべきであり、Xの雇用を継続した場合に、Xがそのような職責を果たさなかったであろうと認めることはできない。

本件では、Y社が、具体的な本採用拒否理由を複数あげており、裁判所は、それらについて1つ1つ検討をしています。

結論としては、いずれも本採用拒否の理由としては不十分であると判断しました。

会社としては、有能な社員をとりたいのは当然のことです。

試用期間中に、社員の能力等を見極めたいと考えるのもよくわかります。

ただ、短い試用期間の中で、会社が要求する水準をクリアできるか否かで本採用の有無を判断する場合には、注意が必要です。

このような場合、裁判所が、【判例のポイント】の2のような判断をすることがあります。

要求する水準と見極める期間のバランスがポイントになってきますね。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。

解雇5(試用期間中の解雇その2)

おはようございます。

昨日、試用期間の途中で、不適格として解雇する場合、解雇すべき時期の選択を誤ったとして、解雇無効と判断されるケースがあると書きました。

そこで、今日は、このように判断している判例を見てみましょう。

医療法人財団健和会事件(東京地裁平成21年10月15日判決・労判999号54頁)

【事案の概要】

Xは、Y病院に総合事務職として採用された。

Y病院には、3か月の試用期間がある。

勤務開始後におけるXの手数料収入は、Y社の期待を下回るものであった。

Y社は、試用期間満了まで20日間程度を残す時点で、Xを、事務能力の欠如により、常勤事務職員としての適性に欠けることを理由に、解雇した。

Xは、Y社に対し、解雇無効を理由とする地位確認、賃金請求等をした。

【裁判所の判断】

解雇無効。

【判例のポイント】

Y病院は、試用期間3か月間のうち20日間程度を残して解雇をしているところ、残りの試用期間を勤務することによって、XがY病院の要求する常勤事務職員の水準に達する可能性もあったのであって、Y病院は解雇すべき時期の選択を誤ったものといえ、解雇は、試用期間中の本採用拒否として客観的に合理的な理由を有し社会通念上相当であるとまでは認められず、無効である。

この判例では、Xの業務遂行についてY病院の教育・指導が不十分であったとはいえず、Xの起こしたミスないし不手際は、Y病院における業務遂行能力・適格性について相応のマイナス評価を受けるものであると判断しています。

Y病院では、Xがパソコンに関する実務経験がなかったことから、試用期間中、1か月ごとに面接を行い(実際、2回面接を実施しています)、教育・指導をしていたようです。

それにもかかわらず、「解雇すべき時期の選択を誤った」との理由により、解雇は無効となりました。

とても興味深い事件ですね。

ただ、この判例をどの程度参考にするべきかについては検討の余地がありそうです。

この判例からすると、試用期間満了前に解雇すると「解雇すべき時期の選択を誤った」とされてしまうようにも思えます。

しかし、裁判所がこのように判断したのには、やはり理由があります。

いかなる事案においても、同じように判断されるわけではありません。

この事件では、第1回目の面接において、Xは、上司のA(課長代理)からデータ入力等について指摘されました。

指摘を受けた後、Xは、第2回目の面接までの間、データ入力ミスについて指摘されることはなくなる等、業務状況等に改善が見られました。

第2回目の面接において、Xは、Aから、未だY病院が常勤事務職員として要求する水準に達していないと指摘されました。

Xは、一度は退職する意向を示したものの、Y病院は、引き続き試用期間中は、Xの勤務状況を見て、常勤事務職員の水準に達するかどうかを見極めることとなりました。

裁判所は、このような経緯や、Xの勤務状況が改善傾向にあること等が、上記判断につながったものと思われます。

事案によっては、このような判断もあり得るということを頭に入れておくことが大切ですね。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。

解雇4(試用期間中の解雇その1)

おはようございます。

ほとんどの会社が、3か月~6か月程度の試用期間を設けていると思います。

試用期間中であれば、簡単に解雇できると誤解している方はいませんか?

試用期間中であっても、そう簡単には解雇は認められません。

判例を見てみましょう。

ニュース証券事件(東京地裁平成21年1月30日判決・労判980号18頁)

【事案の概要】

Xは、Y社(証券会社)に営業職の正社員として中途採用された。

Y社には、6か月の試用期間がある。

勤務開始後におけるXの手数料収入は、Y社の期待を下回るものであった。

Y社は、試用期間中(3か月強)に、Xを試用期間中に不適と認められたとして解雇した。

Xは、Y社に対し、解雇無効を理由とする地位確認及び賃金請求をした。

【裁判所の判断】

解雇無効。

【判例のポイント】

1 試用期間における解約権留保の趣旨・目的は、企業が従業員の採用にあたっては、採用決定の当初の段階では、その者の資質、性格、能力等が当該企業の従業員としての適格性を有するか否かについての必要な調査を十分に行えないために、後日における調査や観察に基づいて最終的な決定を留保することにある。試用者は、従来勤務していた企業を退職したばかりか、本採用を期待して他企業への就職の機会と可能性をも放棄している等の事情も存するのであるから、これらの事情に照らすと、留保解約権の行使は、その趣旨・目的に照らして客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合に限り認められるとするのが相当である

2 Xの手数料収入は高いものとはいえないが、わずか3か月強の期間の手数料収入のみをもってXの資質、性格、能力等が会社の従業員としての適格性を有しないとは到底認めることはできず、本件解雇(留保解約権の行使)は、客観的に合理的な理由がなく社会通念上相当として是認することはできない。

3 Xの成績に改善の見込みがないとのY社の主張を裏付ける証拠は全く存しない。

4 Xを即戦力として採用しており、資質能力の判断には3か月で十分であるとのY社の主張に対しては、本件雇用契約書の規定などから、6か月の試用期間が経過した時点で留保解約権の行使を行う趣旨であったとした。

試用期間中の解雇(留保解約権行使)は、三菱樹脂事件最高裁大法廷判決(昭和48年12月12日)の規範が採用されています。

三菱樹脂事件は、新規学卒者の採用後における試用期間が問題となりましたが、上記判例は、中途採用の事案についても同様の規範を用いています。

なお、試用期間の途中で、不適格として解雇する場合、残りの試用期間で、会社が要求する能力水準に達する可能性もあり、解雇すべき時期の選択を誤ったものであるとして、解雇無効と判断されるケースがあります。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。

競業避止義務4(ヤマダ電機事件)

おはようございます。

今日は、競業避止義務違反に関する裁判例を見てみましょう。

ヤマダ電機事件(東京地裁平成19年4月24日判決・労判942号39頁)

【事案の概要】

X社は、家電量販店チェーンを全国的に展開しており、業界最大規模の会社である。

従業員Yは、X社在職中、地区部長・店長等を務めていた。

YはX社を退職し、その翌日、人材派遣会社に登録し、競業会社G1の子会社G2へ派遣され就労した。

Yは、退職の1ヶ月半後、G1へ入社。

X社とG1社は、大手の量販店チェーンのなかでも激しい競争を繰り広げるライバル関係にあった。

X社には、一定の役職以上の従業員が退職する際には競業避止義務等を負わせることとしており、Yも退職時に役職者誓約書を作成し提出した。

誓約書には、「退職後、最低1年間は同業種(同業者)、競合する個人・企業・団体への転職は絶対に致しません」とする競業避止条項および「上記に違反する行為を行った場合は、会社から損害賠償他違約金として、退職金を半額に減額するとともに直近の給与6か月分に対し、法的処置を講じられても一切異議は申し立てません」とする違約金条項が設けられていた。

X社は、Yに対し、競業避止義務違反を理由として損害賠償請求をした。

【裁判所の判断】

一部認容(競業避止義務違反を認めた)

【判例のポイント】

1 会社の従業員は、元来、職業選択の自由を保障され、退職後は競業避止義務を負わないものであるから、退職後の転職を禁止する本件競業避止条項は、その目的、在職中のYの地位、転職が禁止される範囲、代償措置の有無等に照らし、転職を禁止することに合理性があると認められないときは、公序良俗に反するものとして有効性が否定される

2 Yは、X社の店舗における販売方法や人事管理のあり方を熟知し、全社的な営業方針、経営戦略等を知ることができた。このような知識及び経験を有するYが、X社を退職した後直ちに、直接の競争相手に転職した場合には、その会社が利益を得る反面、X社が相対的に不利益を受けることが容易に予想されるから、これを未然に防ぐことを目的として、Yのような地位にあった従業員に対して競業避止義務を課すことは不合理ではない。

3 X社固有のノウハウ等につきX社による具体的な主張立証がなくても、本件事情等を考慮すると、判断を左右するものではない。

4 退職金の半額を違約金として請求することは不合理ではない。

原告の請求金額は約420万円。

判決で認容された金額は、約140万円。

この金額、多いとみるか、少ないとみるか・・・ 

ある程度の役職の人が、ライバル会社に退職後すぐに転職したら、前の会社としては、つらいところです。

本件では、Yは、退職後、いきなりG1社に転職すると、競業避止義務違反になることが明らかだったので、それを回避するために、ひとまずG2社で派遣就労をしました。

ところが、裁判所は、G2社は実質的にはG1社の一部門とみることができるという理由で、G2社で稼働したことも競業避止義務違反と認定しました。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務3(サクセス事件)

おはようございます。

今日は、競業避止義務違反に関する最高裁判例を見てみましょう。

サクセス事件(最高裁一小平成22年3月25日判決・労判1005号5頁)

【事案の概要】

X社は、産業用ロボットの設計・製造、金属工作機械部品の製造等を行っていた。

従業員Yらは、X社を退職し、退職後間もなくして、X社と競合するA社を設立した。

X社とYらとの間には、退職後の競業避止義務に関する特約(労働契約、誓約書など)または就業規則の規定はなかった。

A社は、X社の取引先であるZ社から仕事を受注し、その後も継続的にZ社から仕事を受注した。

その後、A社は、Z社の取引先である他の会社3社からも継続的に仕事を受注するようになった。

X社は、A社、Yらに対し、競業避止義務違反による債務不履行または不法行為に基づく損害賠償請求をした。

【裁判所の判断】

競業避止義務違反、不法行為ともに否定。

【判例のポイント】

1 (1)営業担当であったYは、X社の営業秘密にかかる情報を用いたり、その信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったとは認められないこと、(2)本件取引先のうち3社とA社との取引は、Yらの退職の約5か月後に始まったものであるし、1社については、X社が営業に消極的な面もあったのであり、X社と本件取引先との自由な取引が本件競業行為によって阻害されたという事情はうかがわれず、また、YらがX社の営業が弱体化した状況を殊更利用したともいいがたいこと等の諸事情を総合すれば、本件競業行為は、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできず、X社に対する不法行為には当たらない。

2 前記事実関係等の下では、信義則上の競業避止義務違反があるともいえない。

本件では、X社には、競業避止義務に関する規定はありませんでした。
また、誓約書もとっていませんでした。

そこで、X社は、競業避止義務について、雇用契約に付随する信義則上の義務であると構成しました。

判例・学説は、在職中の競業避止義務については、信義則上の誠実義務(付随義務)として当然に生ずるが、退職後のそれについては、労働契約、誓約書等の特約または就業規則の明示の根拠が必要であるとしています。

本件のように、退職後の競業避止義務に関する特約等がない場合には、不法行為構成をとることになります。

本件下級審における規範は以下のとおりです。

一審(名古屋地裁一宮支部)
 「退職前に知り得た営業秘密を利用したり、取引上逸脱した方法、態様で営業上の利益を侵害するなどの事情が認められる場合に限られる」

二審(名古屋高裁)
社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合等

表現方法は異なりますが、考え方自体は基本的に同じです。

それにもかかわらず、一審は、不法行為を否定し、二審は、一部肯定しました。

これは、事実認定により結果が異なったというわけですね。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務2(モリクロ事件)

おはようございます。

今日は、競業避止義務違反に関する裁判例を見てみましょう。

モリクロ事件(大阪地裁平成21年10月23日決定・労判1000号50頁)

【事案の概要】

X社の就業規則には、退職後1年間の競業避止義務、秘密保持義務を定める規定がある。

従業員Yら(製造職4名、営業職5名)は、X社から解雇された。

Yらは、X社の承諾を得ることなく、解雇後1年以内にA社に就職。

その後、A社は、第二工場を新設。業務内容は、一部を除いて、従来からあったA社の本社工場とは重複していない。

X社は、Yらに対し、競業行為の差止め、顧客勧誘の差止め、機密開示等の差止めを求めて、仮処分を申し立てた。

【裁判所の判断】

一部認容。

【決定のポイント】

1 退職後の競業避止義務は就業規則によって定めることも許されるが、同義務は労働者の生計手段である職業遂行を制限するもので、本来、当該労働者が新たな職業に就くうえで最も有力な武器となる職業経験上の蓄積の活用を困難にするものであるから、その効力については慎重な検討が必要であり、(1)競業避止を必要とする使用者の正当な利益の存否、(2)競業避止の範囲が合理的範囲に留まっているか否か、(3)代償措置の有無等を総合的に考慮し、競業避止義務規定の合理性が認められないときは、これに基づく使用者の権利行使が権利濫用になる

2 従業員のうち、製造職としてX社に勤務していたYら4名については、(1)X社には競業避止を必要とする正当な利益があり、(2)競業避止の期間・禁止内容は合理的範囲にとどまっているといえ、(3)Yらには競業避止義務に対する相応の措置がとられていたものであり、解雇後1年間の製造業務従事につき仮に差し止めることが相当である。

3 営業職としてX社に勤務していたZら5名に対する申立ては、いずれも理由がない。
(理由:ZらがX社で営業職に従事していたこと、A社で営業職に従事していることをうかがわせる疎明資料がないため、保全の必要性なし。)

この判例は、製造職として勤務していた従業員に対する競業避止義務を肯定しました。

Yらに対する代償措置については、以下の点が評価されています。
(ア)X社には退職金を支給する旨の就業規則が存在すること。

(イ)在職中のYらの待遇(年収660万円以上)は低賃金とはいいがたいこと。

過去の判例を検討することによって、どのような場合に、競業避止義務違反が認められるのかがわかってきますね。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。