Category Archives: 賃金

賃金26(空港環境整備協会事件)

おはようございます。

さて、今日は、退職手当支給規程の変更に関する裁判例を見てみましょう。

空港環境整備協会事件(東京地裁平成6年3月31日・労判656号44頁)

【事案の概要】

Y社は、航空公害の現状調査とその対策の研究、航空公害防止のための施設、環境の整備等を事業とする財団法人である。

Xは、昭和50年、Y社に採用され、Y社の運営する航空公害研究センターの研究員として稼働し、平成2年9月に退職した。

Y社は、給与制度改正の一環として、就業規則の退職金規程を改定した。

旧規程では、月額給与にその勤続月額を乗じ、さらにその者の勤続年数に応じた割合(5%~21%)を乗じて退職金手当を算定していたが、新規程では、勤続期間を区分して、区分ごとに、当該区分に応じた割合(100%~120%)と当該区分における勤続年数及び退職時の月額給与を乗じて金額を算定し、その合計額を退職金手当額とする内容に変更した(ただし、実際には、退職加算金等も支給された)。

これに対し、Xは、旧規則の支給率に基づく退職金の支払い(支給済み退職金との差額)を求めた。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項が、その不利益の程度を考慮しても、なおそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。

2 Y社職員の給与については、その職務の性格からみて、公務員並みの水準に改善されることが望まれていたところ、Y社の給与制度には、退職手当の支給限度がなく、かつ支給倍率が公務員に比べて遙かに高く、その結果、給与が低いのに比べ退職手当が高く、制度としてバランスを欠き不合理であるという問題があったため、その改正が迫られていた状況にあり、このような不合理を招来する旧退職規程を改正しないまま給与改善と定年延長を併せて実施するならば、給与に一定の支給割合を乗じて算出される退職手当がますます多額になるため、その不合理性は一層助長され、本件給与制度改正の趣旨を没却する結果になることは明らかであったものということができ、本件退職規程変更は、給与制度改正の一環として、給与、諸手当等の改正と一体をなすものとして実施されたものと認めることができる

3 本件退職規程変更と給与規程改正とは不可分一体の関係にあることは前記のとおりであるから、本件退職規程変更によってY社職員の受ける不利益の程度については本件退職規程変更だけを独立に取り上げて判断するのは妥当でなく、給与制度改正の全体の中で検討すべき筋合である。

4 本件退職規程変更によりY社職員が退職時に受領する退職手当の支給倍率は低減されたとはいえ、これと一体となった給与規程改正により給与自体が従前の昇給相当分を大幅に越えて増額されたため、退職時の給与に所定の支給割合を乗じて算出される退職手当は見かけほど低下したことにはなっておらず、その一方で、賞与を含む給与の増額改善、さらには退職手当として後払いされるべき部分を給与として事前に受け取っているものと評価することができる金利相当分の利益をも合わせ考慮するならば、金額的に確定することはできないものの、本件給与制度改正によりY社職員が被る実質的な不利益は、Y社と同一歩調をとってきた財団法人航空振興財団の俸給表ないし公務員のベースアップ率を基準とする限り、僅かなものであると認めることができる。

5 改正前の給与制度には不合理な点があり、給与、退職手当を含めて勤労意欲を向上せしめるようなバランスのよい給与制度とする必要性があったこと、退職手当の算定方式については、その支給割合が極めて高水準で、しかも、支給限度がなく、公務員の退職手当より相当有利なものであったため、算定方式を従来のままにして、社会的な趨勢ともなっている定年を延長し、かつ給与も増額するとするなら、旧退職規程の不当性はさらに拡大することになるのであって、本件退職規程変更が給与改善及び定年延長の前提として必要不可欠であったことに鑑みると、本件給与制度改正の必要性が認められ、かつ、その改正された給与制度の内容自体、公務員に極力準じたものになっており、相応の社会的妥当性が存すると認められる

上記判例のポイント5は参考になりますね。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金25(松下電器産業(年金減額)事件)

こんにちは。

さて、今日は、退職年金の減額に関する裁判例を見てみましょう。

松下電器産業(年金減額)事件(大阪高裁平成18年11月28日労判930号13頁)

【事案の概要】

Y社は、1966年4月、私的な福祉年金制度を創設した。

本件年金制度は、基本年金と終身年金とを支給する。

Y社は預かり原資を他の社内資金と区別した管理・運用はせず、利息相当分と終身年金はY社自身の事業資金から支給される。

本件年金制度の根拠である年金規程には、「将来、経済情勢もしくは社会保障制度に大幅な変動があった場合、あるいは法制面での規制措置により必要が生じた場合は、この規程の全般的な改定または廃止を行う」との定めがある。

Xは、退職時に本件年金の受給をY社に申し込み、本件年金規程の定めに従い、年金額、支給期間(20年間)、預かり原資、給付利率(8.5%~9.5%)、支給日等を定めた年金契約を締結した。

Y社は2002年4月、本件年金制度を現役従業員について廃止し、市場金利変動型の「キャッシュバランスプラン」を導入した。

本件改定を不服とするXらは、その違法・無効を主張し、本件改訂前の年金額と新年金額との差額分の支払等を求めて訴えを提起した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 年金規程の加入者との間の福祉年金契約の内容となるという機能との関係では、具体的な権利義務がすでに発生しているから、その不利益変更は、本来信義則に反することであり、加入者の利益を代表する組織があるわけでもない。そうであれば、年金規程を改定して加入者の権利を変更する要件としての「経済情勢・・・の変動」は、改定の必要性を実質的に基礎付ける程度に達している必要があり、改定の程度についても、変更の必要性に見合った最低限度のものであること(相当性)が求められるというべきである

2 年金規程23条1項の「経済情勢」には費用負担者であるY社の状況を含むと解すべきところ、1996年4月の本件協定締結以降の諸事情によれば、本件改定当時、Y社の業績は本件改定当時の予測を著しく下回って悪化しており、本件年金制度の従前通りの維持は困難と推認されること、2002年4月1日以後の退職者に対する本件年金制度の廃止によって、世代を異にする従業員間の公平の維持という本件年金制度の前提が失われたこと、本件年金制度を含む高いコストを製品価格に転嫁しているとの批判があったことに照らすと、Y社の総資産がなお大きいことなどを考慮しても、おおむね平成8年以降の経済状況からみて、本件改定当時、規程23条1項にいう「経済情勢に大幅な変動があった場合」との要件に該当すると解することができ、本件年金制度の給付利率を一律2%引き下げる必要性があったとも認められる

3 本件改定後の給付利率は、原資である退職金を他の方法で運用するよりもかなり有利な水準であること、年金額の減額幅の大きさを考慮してもXらの生活が本件改定によってきわめて深刻な影響を受けるとまではいい難いこと、Y社が周知や経過措置の追加を行ったことにより、加入者総数に対する本件改定についての賛成者の割合は最終的には約95%になったことを総合的に考慮すれば、本件改定は、Xらの退職後の生活の安定を図るという本件年金制度の目的を害する程度のものとまではいえず、Y社は、本件改定の実施に先立ち、不利益を受けることになる加入者に対し、予め、給付利率の引下げの趣旨やその内容等を説明し、意見を聴取する等して相当な手続を経ているから、本件改定については、相当性もあったと認められる

本件裁判例は、年金制度の不利益変更について、必要性と内容の相当性を考慮して、変更の合理性を判断しています。

変更の必要性の判断で、裁判例が考慮するのは、企業の経営状況、企業年金の財政負担と将来見通し、企業の経営改善策、経営改善策に伴う従業員・取引先・株主の負担、退職金・企業年金制度の見通し状況等です。

このほか、本裁判例では、現役従業員との不公平にも着目しています。

変更内容の相当性については、制度目的や受給者の期待度との関係で減額の程度、受給者の生活への影響の程度、改定後の給付利率の水準、受給者の大多数の同意などを考慮しています。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金24(小田急電鉄(退職金請求)事件)

おはようございます。

さて、今日は、退職金の減額に関する裁判例を見てみましょう。

小田急電鉄(退職金請求)事件(東京高裁平成15年12月11日・労判867号5頁)

【事案の概要】

Y社は、鉄道事業等を主たる業務とする会社である。

Xは、Y社の従業員として、退職までの間、普段はまじめに勤務してきた。

Xは、京王井の頭線において、電車で痴漢行為を行い、警察に逮捕勾留され、20万円の罰金刑が言い渡されていた。

Y社は、昇給停止、および降格の処分を行った。

Xは、後日、JR高崎線の電車において、痴漢行為を行い、逮捕勾留され、起訴された。

Xは、勾留中、Y社の従業員らの面会を受け、その際、痴漢行為を認め、Y社が用意した自認書に署名指印して交付した。

Y社は、「業務の内外を問わず、犯罪行為を行ったとき」に該当するとしてXを懲戒解雇するとともに、「懲戒解雇により退職するもの、または在職中懲戒解雇に該当する行為があって、処分決定以前に退職するものには、原則として、退職金は支給しない」と定める退職金支給規則4条にもとづき退職金を支給しなかった。

Xは、退職金全額の支払いを求めた提訴した。

【裁判所の判断】

退職金支給基準の3割を認容

【判例のポイント】

1 退職金の支給制限規定は、一方で、退職金が功労報償的な性格を有することに由来するものである。しかし、他方、退職金は、賃金の後払い的な性格を有し、従業員の退職後の生活保障という意味合いをも有するものである。ことに、本件のように、退職金支給規則に基づき、給与及び勤続年数を基準として、支給条件が明確に規定されている場合には、その退職金は、賃金の後払い的な意味合いが強い。

2 そして、その場合、従業員は、そのような退職金の受給を見込んで、それを前提にローンによる住宅の取得等の生活設計を立てている場合も多いと考えられる。それは必ずしも不合理な期待とはいえないのであるから、そのような期待を剥奪するには、相当の合理的理由が必要とされる。

3 退職金全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である。ことに、それが業務上の横領や背任など、会社に対する直接の背信行為とはいえない職務外の非違行為である場合には、それが会社の名誉信用を著しく害し、会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど・・・強度な背信性を有することが必要である。このような事情がないにもかかわらず、会社と直接関係のない非違行為を理由に、退職金の全額を不支給とすることは、経済的にみて過酷な処分というべきであり、不利益処分一般に要求される比例原則にも反する

4 退職金が功労報償的な性格を有するものであること、そして、その支給の可否については、会社の側に一定の合理的な裁量の余地があると考えられることからすれば、当該職務外の非違行為が・・・強度な背信性を有するとまではいえない場合であっても、・・・当該不信行為の具体的内容と被解雇者の勤続の功などの個別的事情に応じ、退職金のうち、一定割合を支給すべきものである。本件条項は、このような趣旨を定めたものと解すべきであり、その限度で、合理性を持つと考えられる。

5 本件では、相当強度な背信性を持つ行為であるとまではいえないが、他方、職務外の行為であるとはいえ、会社および従業員を挙げて痴漢撲滅に取り組んでいるY社にとって相当の不信行為であることは否定できない。本件については、本来支給されるべき退職金のうち、一定割合での支給が認められるべきであり、その具体的割合については、本件行為の性格、内容や、本件懲戒解雇に至った経緯、また、Xの過去の勤務態度等の諸事情に加え、とりわけ、過去のY社における割合的な支給事例等をも考慮すれば、本来の退職金の支給額の3割が相当である

退職金の減額については、その是非及び程度の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金23(学校法人実務学園ほか事件)

おはようございます。

さて、今日は、年俸制の内容の相当性に関する裁判例を見てみましょう。

学校法人実務学園ほか事件(千葉地裁平成20年5月21日・労判967号19頁)

【事案の概要】

Y社は、私立学校法に基づいて設立された学校法人である。

Xは、Y社に採用され、建築実務専門学校に教員として配属され、東京校の教員として勤務している。

Y社は、就業規則を変更し、Xらの給与を年俸制とした。

Xは、給与体系の変更(成果主義型の賃金制度の導入)は、本件就業規則の不利益変更にあたり、合理性がなく無効であるとして、差額分の賃金を請求した。

【裁判所の判断】

請求一部認容

【判例のポイント】

1 労働基準法上、常時10人以上の労働者を使用する使用者は、法定の事項について就業規則を作成し、・・・これを労働者へ周知させる義務があり、就業規則を変更する場合も同様である(同法89条、90条、106条)。
しかし、就業規則に法的規範として関係者に対する拘束力を生じさせるためには、適用を受ける労働者にその内容を周知させる手続が採られていることが絶対的要件と解すべきであるが、労働者代表の意見聴取や労基署長への届出義務は、就業規則の内容を整備させるとともに行政の監督を容易にしようとするものと解されるから、上記拘束力を生じさせるための要件ではないものと解するのが相当である。また、上記効力発生要件としての労働者への周知の方法については、法定のものに限定されず、実質的に周知されれば足りると解すべきである

2 平成14年規定は、給与を基本給、能力給、実績給の3種に分け、毎年4月1日にこれを見直すこととし、成果主義型の賃金制度を導入した形になってはいるが、基本給につき、その者の学歴、経歴、職務の内容及び責任の度合に基づいて理事長が決定するものとされているものの、能力給、実績給については何らの定めも置かず、その後の平成15年規定及ぶ平成16年規定において、能力給につき、その者の担当業務、業務遂行の難易度に基づいて理事長が決定する旨、実績給につき、前年の実績・学園への貢献度に基づいて理事長が決定する旨の定めが置かれたものの、これら規定はいずれも抽象的なものに止まり、これら3種の給与ついて具体的な決定基準、ランクやそれに対応する具体的金額等を定めた下位規定も存在しない。このような定めは、使用者が従業員の賃金を恣意的に変更・決定することが可能とするものといえる
・・・このような給与決定方法を可能とするような平成14年規定及び平成16年規定は、その内容において相当なものと評価することはできない。

3 消滅時効の援用が権利濫用となり得るのは、債務者がその態度・言動により債務の弁済が確実になされるであろうとの信頼を惹起させ、債権者に時効中断の措置を採ることを怠らせた後、時効期間が経過するや態度を変えて時効を援用するなど、例外的な事情が認められる場合に限られると解されるところ、関係各証拠によっても、本件においてそのような例外的な事情の存在を認めることはできない。

4 本件誓約書は、その作成の経緯及び内容からしてもXの意に反して作成されたことが明らかである上、賞与の返還や翌年度の雇用契約の辞退という、本来Xに義務なき事項まで誓約させる不当な内容のものである。そして、Y社が平成16年度に支給したXの賞与が予定された額の2分の1にとどまった事実も考え合わせると、Aは、本件誓約書をXに手書きさせることによって、Xに屈辱感を与えるとともに、併せて平成16年度におけるXの年収をさらに減額させることを意図し、かつこれらを通じてXに自主退職を余儀なくさせる状況を作り出すことも意図したものと推認される。Aのこの行為は、Xの人格権を侵害する違法な行為として不法行為に該当するというべきである

ポイントは、上記判例のポイント2です。

成果主義型の賃金体型を採用する際、あまりにも恣意的な判断基準の場合、相当性を否定される可能性があります。

いろいろな裁判例を検討してみると、つくづく賃金制度は難しいですね。

どのような賃金体系を採用するのがいいのか、答えが見つかりません。

その分、大変興味深い分野です。

賃金制度の変更については、必ず事前に顧問弁護士に相談して、慎重に対応しましょう。

賃金22(淀川海運事件)

おはようございます。

さて、今日は、時間外労働手当の算定基礎からの除外ないし減額が問題となった裁判例を見てみましょう。

淀川海運事件(東京地裁平成21年3月16日・労判988号66頁)

【事案の概要】

Y社は、自動車運送事業等を主たる目的とする会社である。

Xらは、いずれもY社に期間の定めなく雇用され、トレーラーの運転手等として、稼働してきた。Xらはいずれも組合員である。

Y社は、組合は、皆勤手当と無事故手当を廃止し、代わりに2カ月ごとに査定の上、2カ月ごとに支給される精皆勤報奨金・無事故報奨金を設けることを内容とする協定を締結した。

【裁判所の判断】

各手当を廃止して報奨金とした制度変更は無効。

【判例のポイント】

1 労基則21条は、・・・「別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」を掲げる。ここにいう「臨時に支払われた賃金」とは、臨時的、突発的事由に基づいて支払われるもの及び結婚手当等支給条件は予め確定されているが、支給事由の発生が不確定であり、かつ非常に稀に発生するものをいう(昭和22年9月13日発基第17号)と解される。上記規則12条に列挙されたものは、労基法の強硬法規的性格からいって、限定列挙又はそれに近いものと考えられる。したがって、ここに列挙された手当以外の費目は、基本的に時間外手当の算定の基礎となるものというべきである。そして、算定の基礎となるか否かは、手当の名称にかかわらず、その実質によって判断されるべきである

2 平成19年7月以前に、前記皆勤手当、無事故手当、住宅手当及び乗車手当が、運転手である各従業員に一律支給されていたものであることは、争いのない事実である。したがって、これら手当のうち皆勤手当及び無事故手当は、基本給と同様な賃金の一部であるということができ、これを時間外手当の算定の基礎から除外して計算して時間外手当を支給する行為は、労基法37条4項及び同項施行規則21条に違反するというべきである

3 一般的に、各種手当のうち、毎月支給していたものを、評価の期間を変更してそれ以上の期間で評価し、支給することは許されないものではないと考えられる。しかしながら、本件においては、Y社が皆勤手当と無事故手当を時間外手当算定の基礎から除外したことはXらが労基署に申告したことから、Y社は労基署から是正勧告を受け、そのような中で、これら各手当を廃止し、2か月ごとに査定の上、2か月ごとに支給される精皆勤報奨金・無事故報奨金の制度に変え・・・。もともとそれまで1か月単位で評価していたものを2か月単位にすることの合理的な理由は、証拠によっても、明らかでない。しかも、それまでの皆勤手当と無事故手当は、一律支給で賃金の一部を構成していたのであるから、このようなものを廃止して報奨金の制度に変えることについてはなおさら慎重であるべきである。その上、Y社代表者本人によれば、現在でも1か月ごとに査定しているというのであるから、実態にどの程度変更があるのか疑問なしとしない。とすれば、このような事実関係の下においては、上記制度変更は、労基法37条を潜脱するためのものと解するのが相当であり、脱法行為として無効というべきである

裁判所から、時間外労働手当の算定基礎から除外することが目的であると判断されてしまいました。

法律の条文には抵触しませんが、裁判所は、法の潜脱、脱法行為は許してくれません。

気になるのが、上記判例のポイント3の冒頭部分です。

「一般的に、各種手当のうち、毎月支給していたものを、評価の期間を変更してそれ以上の期間で評価し、支給することは許されないものではないと考えられる」

ということは、本件でY社がやろうとしていたことが絶対に許されないというわけではなさそうです。

・・・脱法行為ではないんですかね。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金21(福岡雙葉学園事件)

おはようございます。

さて、今日は、人事院勧告に基づく期末手当引下げに関する最高裁判例を見てみましょう。

福岡雙葉学園事件(最高裁平成19年12月18日・労判951号5頁)

【事案の概要】

学校法人であるY社の就業規則には、「職員の給与ならびにその支給の方法については、給与規程によりこれを定める」との規定があり、これを受けた給与規程には、「期末勤勉手当は、6月30日、12月10日および3月15日にそれぞれ在職する職員に対して、その都度理事会が定める金額を支給する」との規定がある。

平成14年8月に発表された同年度の人事院勧告は、月例給を2.03%、期末勤務手当を0.05ヶ月引き下げる旨を勧告した。

Y社は、理事会において、同勧告に準拠して給与規程を改定し、職員の月例給を引き下げることを決定するとともに、同年度期末勤勉手当の支給額について、調整するとの決定をした。

これに対し、Y社の教職員であるXらは、Y社に対し、本件各期末勤勉手当の残額等の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社の期末勤勉手当の支給については、具体的な支給額又はその算定方法の定めがないのであるから、前年度の支給実績を下回らない期末勤勉手当を支給する旨の労使慣行が存したなどの事情がない限り、期末勤勉手当の請求権は、理事会が支給すべき金額を定めることにより初めて具体的権利として発生する。

2 本件における12月期の期末勤勉手当の支給額については、各年度とも、5月理事会における議決で、算定基礎額及び乗率が一定決定されたものの、人事院勧告を受けて11月理事会で正式に決定する旨の留保が付されたというのであるから、本件各期末勤勉手当の請求権は、11月理事会の決定により初めて具体的権利として発生したものと解されるので、給与の引下げを内容とする人事院勧告を受け、本件各期末勤勉手当において本件調整をする旨の11月理事会の決定が、既に発生した具体的権利を処分し又は変更するものということはできない。

3 仮に、5月理事会において議決された本件各期末勤勉手当の支給額算定方法の定めが、Y社の就業規則の一部を成す給与規程の内容となったものと解し、11月理事会の決定がXらの労働条件を不利益に変更するものであると解する余地があるとしても、Y社においては、長年にわたり、人事院勧告に倣って毎年給与規程を増額改定し、それまでの給与増額相当分を別途支給する措置を採ってきたというのであって、増額の場合にのみ遡及的な調整が行われ、減額の場合にこれが許容されないとするのでは衡平を失するから、11月理事会の決定は合理性を有する。

国家公務員についての人事院勧告は、年度途中になされることが多いですが、近年の人事院勧告においては、給与等の引下げを勧告する例がみられるようになっており、これを受けて、勧告前に支払った金額に相当する額を減額したのと同様の結果となるように期末手当等において調整する場合があります。

そして、同勧告は、私立学校や社会福祉法人などにおける賃金等の決定においても準拠されることがあるため、このような調整措置が労働契約上どのように評価されるかという問題が生じます。

本件最高裁判例は、上記のとおり、給与引下げを内容とする勧告に基づき期末手当等により調整を図る措置を適法としました。

本件と同様の賃金システムを採用している会社としては、参考になる判例だと思います。

個人的には、結論はさておき、最高裁のとっている理屈がいまいちしっくりきません。

就業規則の不利益変更の問題とのバランスがとれているのでしょうか。

期末勤勉手当を賞与ではなく、あくまで給与として取り扱う以上、同手当について、完全に理事会の裁量とするのは、腑に落ちません。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金20(中山書店事件)

おはようございます。

さて、今日は、年俸制の下における年俸額の合意が成立しない場合に関する裁判例を見てみましょう。

中山書店事件(東京地裁平成19年3月26日・労判943号41頁)

【事案の概要】

Xらは、出版業等を営むY社の正社員である。

Y社においては、主任以上の役職者以外の従業員のほとんどに「一般管理職」の肩書きを付与しており、Xらも「一般管理職」である。

Y社は、平成13年2月頃、一般管理職に新たに年俸制を導入すること、就業規則とは別に個別に年俸契約にすることを表明した。

その後、平成14年8月に就業規則改正が行われ、「労使双方面談のうえ原則として7月中に次年度の年俸を決定する」と定められた。

XらとY社の間では、平成15年8月までの年俸額については合意に基づく決定がなされていたが、同年9月以降についてはY社の提示した年俸額にXらが同意せず、両者間で協議が継続している。

この間、Y社は、提示額を上回る年俸額が確定した場合は差額を支給することとしつつ、提示した年俸額に基づいて月例賃金等を支払っている。

Xらは、次年度以降の年俸額を主張し、差額分の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件年俸制の下での年俸額に関するY社とXらとの合意は、1年という期間を設定してされているのであるから、その合意の効力も、設定された期間においてのみ存在すると解される。

2 本件年俸制において、年俸額を決定するためのY社とXらの協議が整わない場合には、使用者であるY社がXらとの協議を打ち切って、その年俸額を決定することができると解され、この場合、Y社のした決定に承服できない当該社員は、Y社が決定した年俸額がその裁量権を逸脱したものかどうかについて訴訟上争うことができると解される。

3 Y社が上記決定権を行使せず、年俸額に関する社員との協議を継続し、社員もこの協議に応じながら労務の提供を継続する場合には、Y社が提案した年俸額よりも低い金額で合意が成立することは通常想定し得ないから、Y社が提案した金額を年俸額の最低額とする旨の合意がされていると解することができ、社員は、Y社が提案した金額をY社に請求することができるが、これを上回る年俸額についての合意がない以上、Y社提案額を上回る金員をY社に請求することはできないと解される。

裁判所の判断によると、本件年俸制の下では、Y社は、Xらとの合意なしに、一方的な年俸減額が許容され得るわけですね。

そして、このような判断は、Y社とXらがY社による一方的な年俸減額があり得る旨の合意も成立していたことを根拠としています。

Y社では、モーニングミーティングにおいて、年俸制について、従業員の目標達成度、貢献度、賃金原資の変動等によっては、年俸額の減額があり得る制度として、その目的、必要性、実施手順等を従業員らに説明していたと認定されています。

ただ、Y社による「一方的な減額」まで、このモーニングミーティングでの説明を根拠に「合意があった」と認定するのは、強引な気がしますが・・。

通常、使用者による労働条件の不利益変更については、かなり厳しい要件を要求されることとのバランスがとれていないように感じます。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金19(モルガン・スタンレー(割増賃金)事件)

おはようございます。

さて、今日は、引き続き時間外賃金の取扱いに関する裁判例を見てみましょう。

モルガン・スタンレー(割増賃金)事件(東京地裁平成17年10月19日・労判905号5号)

【事案の概要】

Y社は、外資系証券会社である。

Xは、Y社の従業員であった者である。

Y社の就業規則によれば、社員の労働時間は平日の午前9時より午後5時30分までとされている。

Xは、平日、前記所定の労働時間のほか午前7時20分から同9時までの間労働したので、労基法37条に基づき、約800万円の超過勤務手当の支払を求めた。

これに対し、Y社は、1年間に年間基本給として2200万円余及び裁量業績賞与約5000万円と多額の報酬を支給しており、Xの請求する超過勤務手当はこれらの報酬に含まれており、既に弁済済みであると反論した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xはこれまで東京銀行、メリルリンチ証券、被告に勤務していたところ、東京銀行時代は超過勤務手当の支給を受けており、所定時間外労働をすれば超過勤務手当が発生することを知っていた。しかるに、Xは、外資系インベストメントバンクであるメリルリンチ証券、Y社に勤務しているときには、超過勤務手当名目で給与の支給を受けていないことを認識しながらこれに対し何ら異議を述べていない

2 Y社がXに対し入社の際交付したオファーレターによれば、所定時間を超えて労働した場合に報酬が支払われるとの記載はされていない

3 XのY社での給与は高額であり、原告が本件で超過勤務手当を請求している平成14年度から同16年度までの間、基本給だけでも月額183万3333円(2200万円÷12=183万3333円)以上が支払われている。

4 Y社はXの勤務時間を管理しておらず、Xの仕事の性質上、Xは自分の判断で営業活動や行動計画を決め、Y社はこれに対し何らの制約も加えていない

5 Y社のような外資系インベストメントバンクにおいては、Xのようなプロフェッショナル社員に対して、所定時間外労働に対する対価も含んだものとして極めて高額の報酬が支払われ、別途超過勤務手当名目での支払がないのが一般的である

6 以上の事実に、Y社のXに対する基本給は毎月支払われ、裁量業績賞与は、支払の有無、支払額が不確定であることに照らすと、Xが所定時間外に労働した対価は、Y社からXに対する基本給の中に含まれていると解するのが相当である。そして、Xは、Y社から、毎月、基本給の支給を受け、これを異議なく受領したことにより、当該月の所定時間外労働に対する手当の支給を受け、これに対する弁済がされたものと評価するのが相当である

本判例では、基本給における割増賃金の部分が明確に示されていないものについても、労働時間の管理とがが困難な職務であったことや、賃金が労働時間ではなく会社への貢献度により決定され、極めて高額なものであったことなどから、労働者の保護に欠ける点はなく労基法37条の制度趣旨に反しないとして、割増賃金が定額の基本給に含まれているとする合意を有効と判断しました。

・・・ちょっと何を言っているのかわかりません。

以下、判例百選第8版93頁の解説を引用します。

「しかし、この事案のような労働者については、本来裁量労働制で管理すべきものであり、また、賃金が高額であることが労基法37条の適用を免れる根拠にはなりえないことからすると、これまでの判例法理に大きな影響を及ぼすものとは解されない。」

同感です。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金18(高知県観光事件)

おはようございます。

さて、今日は、完全歩合制度の下での割増賃金に関する最高裁判例を見てみましょう。

高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日・労判653号12頁)

【事案の概要】

Y社は、タクシー業を営む会社である。

Xらは、Y社に、タクシー乗務員として勤務してきた。

Xらの勤務は隔日勤務で、勤務時間は、午前8時から翌日午前2時(そのうち2時間は休憩時間)である。

Xらの賃金は、タクシー料金の月間水揚高に一定の歩合を乗じた金額を支払うもの(完全歩合給)で、同人らが時間が労働や深夜労働を行った場合にも、それ以外の賃金は支給されない。

また、この歩合給を、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外・深夜労働の割増賃金に当たる部分とに判別することはできない。

Xらは、Y社に対し、午前2時から午前5時までの深夜労働の割増賃金が支払われていないとして、その支払および付加金の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

請求認容。

【判例のポイント】

1 Xらの午前2時以降の就労も、XらとY社との労働契約に基づく労務の提供であること自体は、当事者間で争いのない事実であり、この時間帯のXらの就労を、法的根拠を欠くものとした原審の認定判断は、弁論主義に反する違法なものであり、破棄を免れない。

2 本件請求期間にXらに支給された歩合給の額が、Xらが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、Xらに対して法37条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり、Y社は、Xらに対し、本件請求期間におけるXらの時間外及び深夜の労働について、法37条及び労働基準法施行規則19条1項6号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務がある

完全歩合給制度の場合でも、残業代を支払わなければいけません。

歩合給の場合には、通常賃金に当たる部分はすでに賃金総額に含まれているので、割増賃金として支払うべき時間単価は、時間外労働の場合には25%以上となります。

本判決は、定額の基本給(月給)制における小里機材事件における最高裁判決(昭和63年7月14日・労判523号6頁)が示した判断基準を完全歩合給制度の下での割増賃金支払義務に関しても妥当することを明らかにしました。

完全歩合給制度を採用する会社で、この点をきちんとやっているところってあるんでしょうか・・・?

実際、ちゃんとやろうとすると、結構難しいですね。

本気でやる場合には、顧問弁護士に相談しながら慎重に準備をしましょう。

賃金17(日本システム開発研究所事件)

おはようございます。

さて、今日は、年俸制において年俸額についての労使の合意が成立しない場合の年俸額に関する裁判例を見てみましょう。

日本システム開発研究所事件(東京高裁平成20年4月9日・労判959号6号)

【事案の概要】

Y社は、中央官庁などからの受託調査・研究や会計システムの販売・導入を業とする会社である。

Y社では、一般の賃金体系について定めた就業規則と給与規則を変更しないまま、20年以上前から満40歳以上の研究職員を対象に個別の交渉によって賃金の年間総額と支払方法を決定してきた。

ところが、平成15年度と16年度については、研究室長らが年俸者についての個別業績評価の基礎となる資料の提出を拒んだため、Y社は、個人業績評価ができず、平成14年度の給与のまま凍結して支給した。

さらに、平成17年度にはY社の経営事情が悪化し、債務超過の状態にあることが判明したため、Y社は組織体制の変更や人件費を含む経費削減を行うこととした。

そこで、年俸額の引下げに合意しなかったXら4名が、前年度の年俸額との差額支払を求めて提訴した。

【裁判所の判断】

請求認容。

【判例のポイント】

1 Y社における年俸制のように、期間の定めのない雇用契約における年俸制において、使用者と労働者との間で、新年度の賃金額についての合意が成立しない場合は、年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続、減額の限界の有無、不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、かつ、その内容が公正な場合に限り、使用者に評価決定権があるというべきである。上記要件が満たされていない場合は、労働基準法15条、89条の趣旨に照らし、特別の事情が認められない限り、使用者に一方的な評価決定権はないと解するのが相当である。

2 Y社は、年俸額の決定基準は、その大則が就業規則及び給与規則に明記されていると主張する。しかし、Y社の就業規則及び給与規則には、年俸額に関する規定は全くない上、・・・原審においては、Y社において、年俸額の算定基準を定めた規定が存在しないことを認めていたものであり、Y社において、年俸制に関する明文の規定が存在しないことは明らかである。

3 以上によれば、本件においては、上記要件が充たされていないのであり、また、本件全証拠によっても、上記特別の事情を認めることはできないから、年俸額についての合意が成立しない場合に、Y社が年俸額の決定権を有するということはできない。そうすると、本件においては、年俸について、使用者と労働者との間で合意が成立しなかった場合、使用者に一方的な年俸額決定権はなく、前年度の年俸額をもって、次年度の年俸額とせざるを得ないというべきである。

本件は、年俸額についての労使の合意が成立しない場合の年俸額の決定が問題となったものですが、年俸額の決定基準や決定方法などについての定めが一切存在しない点で、他の成果主義・年俸制をめぐる典型的事案ではありません。

年俸額についての労使間の合意が成立しない場合に、翌年度の年俸額は当然に前年度と同額になるのかという問題がありますが、そのような場合についての明確な決定方式が定められている場合には、原則としてそれによることになるとしても、本件のような事情の下においては、特に年俸額が変更されるための根拠がに以上、前年の年俸額が維持されると解するほかありません。

会社としては、本件のような場合を想定した規定を置くことを検討してください。

詳しくは、顧問弁護士にご相談ください。