Monthly Archives: 3月 2011

賃金22(淀川海運事件)

おはようございます。

さて、今日は、時間外労働手当の算定基礎からの除外ないし減額が問題となった裁判例を見てみましょう。

淀川海運事件(東京地裁平成21年3月16日・労判988号66頁)

【事案の概要】

Y社は、自動車運送事業等を主たる目的とする会社である。

Xらは、いずれもY社に期間の定めなく雇用され、トレーラーの運転手等として、稼働してきた。Xらはいずれも組合員である。

Y社は、組合は、皆勤手当と無事故手当を廃止し、代わりに2カ月ごとに査定の上、2カ月ごとに支給される精皆勤報奨金・無事故報奨金を設けることを内容とする協定を締結した。

【裁判所の判断】

各手当を廃止して報奨金とした制度変更は無効。

【判例のポイント】

1 労基則21条は、・・・「別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」を掲げる。ここにいう「臨時に支払われた賃金」とは、臨時的、突発的事由に基づいて支払われるもの及び結婚手当等支給条件は予め確定されているが、支給事由の発生が不確定であり、かつ非常に稀に発生するものをいう(昭和22年9月13日発基第17号)と解される。上記規則12条に列挙されたものは、労基法の強硬法規的性格からいって、限定列挙又はそれに近いものと考えられる。したがって、ここに列挙された手当以外の費目は、基本的に時間外手当の算定の基礎となるものというべきである。そして、算定の基礎となるか否かは、手当の名称にかかわらず、その実質によって判断されるべきである

2 平成19年7月以前に、前記皆勤手当、無事故手当、住宅手当及び乗車手当が、運転手である各従業員に一律支給されていたものであることは、争いのない事実である。したがって、これら手当のうち皆勤手当及び無事故手当は、基本給と同様な賃金の一部であるということができ、これを時間外手当の算定の基礎から除外して計算して時間外手当を支給する行為は、労基法37条4項及び同項施行規則21条に違反するというべきである

3 一般的に、各種手当のうち、毎月支給していたものを、評価の期間を変更してそれ以上の期間で評価し、支給することは許されないものではないと考えられる。しかしながら、本件においては、Y社が皆勤手当と無事故手当を時間外手当算定の基礎から除外したことはXらが労基署に申告したことから、Y社は労基署から是正勧告を受け、そのような中で、これら各手当を廃止し、2か月ごとに査定の上、2か月ごとに支給される精皆勤報奨金・無事故報奨金の制度に変え・・・。もともとそれまで1か月単位で評価していたものを2か月単位にすることの合理的な理由は、証拠によっても、明らかでない。しかも、それまでの皆勤手当と無事故手当は、一律支給で賃金の一部を構成していたのであるから、このようなものを廃止して報奨金の制度に変えることについてはなおさら慎重であるべきである。その上、Y社代表者本人によれば、現在でも1か月ごとに査定しているというのであるから、実態にどの程度変更があるのか疑問なしとしない。とすれば、このような事実関係の下においては、上記制度変更は、労基法37条を潜脱するためのものと解するのが相当であり、脱法行為として無効というべきである

裁判所から、時間外労働手当の算定基礎から除外することが目的であると判断されてしまいました。

法律の条文には抵触しませんが、裁判所は、法の潜脱、脱法行為は許してくれません。

気になるのが、上記判例のポイント3の冒頭部分です。

「一般的に、各種手当のうち、毎月支給していたものを、評価の期間を変更してそれ以上の期間で評価し、支給することは許されないものではないと考えられる」

ということは、本件でY社がやろうとしていたことが絶対に許されないというわけではなさそうです。

・・・脱法行為ではないんですかね。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金21(福岡雙葉学園事件)

おはようございます。

さて、今日は、人事院勧告に基づく期末手当引下げに関する最高裁判例を見てみましょう。

福岡雙葉学園事件(最高裁平成19年12月18日・労判951号5頁)

【事案の概要】

学校法人であるY社の就業規則には、「職員の給与ならびにその支給の方法については、給与規程によりこれを定める」との規定があり、これを受けた給与規程には、「期末勤勉手当は、6月30日、12月10日および3月15日にそれぞれ在職する職員に対して、その都度理事会が定める金額を支給する」との規定がある。

平成14年8月に発表された同年度の人事院勧告は、月例給を2.03%、期末勤務手当を0.05ヶ月引き下げる旨を勧告した。

Y社は、理事会において、同勧告に準拠して給与規程を改定し、職員の月例給を引き下げることを決定するとともに、同年度期末勤勉手当の支給額について、調整するとの決定をした。

これに対し、Y社の教職員であるXらは、Y社に対し、本件各期末勤勉手当の残額等の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社の期末勤勉手当の支給については、具体的な支給額又はその算定方法の定めがないのであるから、前年度の支給実績を下回らない期末勤勉手当を支給する旨の労使慣行が存したなどの事情がない限り、期末勤勉手当の請求権は、理事会が支給すべき金額を定めることにより初めて具体的権利として発生する。

2 本件における12月期の期末勤勉手当の支給額については、各年度とも、5月理事会における議決で、算定基礎額及び乗率が一定決定されたものの、人事院勧告を受けて11月理事会で正式に決定する旨の留保が付されたというのであるから、本件各期末勤勉手当の請求権は、11月理事会の決定により初めて具体的権利として発生したものと解されるので、給与の引下げを内容とする人事院勧告を受け、本件各期末勤勉手当において本件調整をする旨の11月理事会の決定が、既に発生した具体的権利を処分し又は変更するものということはできない。

3 仮に、5月理事会において議決された本件各期末勤勉手当の支給額算定方法の定めが、Y社の就業規則の一部を成す給与規程の内容となったものと解し、11月理事会の決定がXらの労働条件を不利益に変更するものであると解する余地があるとしても、Y社においては、長年にわたり、人事院勧告に倣って毎年給与規程を増額改定し、それまでの給与増額相当分を別途支給する措置を採ってきたというのであって、増額の場合にのみ遡及的な調整が行われ、減額の場合にこれが許容されないとするのでは衡平を失するから、11月理事会の決定は合理性を有する。

国家公務員についての人事院勧告は、年度途中になされることが多いですが、近年の人事院勧告においては、給与等の引下げを勧告する例がみられるようになっており、これを受けて、勧告前に支払った金額に相当する額を減額したのと同様の結果となるように期末手当等において調整する場合があります。

そして、同勧告は、私立学校や社会福祉法人などにおける賃金等の決定においても準拠されることがあるため、このような調整措置が労働契約上どのように評価されるかという問題が生じます。

本件最高裁判例は、上記のとおり、給与引下げを内容とする勧告に基づき期末手当等により調整を図る措置を適法としました。

本件と同様の賃金システムを採用している会社としては、参考になる判例だと思います。

個人的には、結論はさておき、最高裁のとっている理屈がいまいちしっくりきません。

就業規則の不利益変更の問題とのバランスがとれているのでしょうか。

期末勤勉手当を賞与ではなく、あくまで給与として取り扱う以上、同手当について、完全に理事会の裁量とするのは、腑に落ちません。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金20(中山書店事件)

おはようございます。

さて、今日は、年俸制の下における年俸額の合意が成立しない場合に関する裁判例を見てみましょう。

中山書店事件(東京地裁平成19年3月26日・労判943号41頁)

【事案の概要】

Xらは、出版業等を営むY社の正社員である。

Y社においては、主任以上の役職者以外の従業員のほとんどに「一般管理職」の肩書きを付与しており、Xらも「一般管理職」である。

Y社は、平成13年2月頃、一般管理職に新たに年俸制を導入すること、就業規則とは別に個別に年俸契約にすることを表明した。

その後、平成14年8月に就業規則改正が行われ、「労使双方面談のうえ原則として7月中に次年度の年俸を決定する」と定められた。

XらとY社の間では、平成15年8月までの年俸額については合意に基づく決定がなされていたが、同年9月以降についてはY社の提示した年俸額にXらが同意せず、両者間で協議が継続している。

この間、Y社は、提示額を上回る年俸額が確定した場合は差額を支給することとしつつ、提示した年俸額に基づいて月例賃金等を支払っている。

Xらは、次年度以降の年俸額を主張し、差額分の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件年俸制の下での年俸額に関するY社とXらとの合意は、1年という期間を設定してされているのであるから、その合意の効力も、設定された期間においてのみ存在すると解される。

2 本件年俸制において、年俸額を決定するためのY社とXらの協議が整わない場合には、使用者であるY社がXらとの協議を打ち切って、その年俸額を決定することができると解され、この場合、Y社のした決定に承服できない当該社員は、Y社が決定した年俸額がその裁量権を逸脱したものかどうかについて訴訟上争うことができると解される。

3 Y社が上記決定権を行使せず、年俸額に関する社員との協議を継続し、社員もこの協議に応じながら労務の提供を継続する場合には、Y社が提案した年俸額よりも低い金額で合意が成立することは通常想定し得ないから、Y社が提案した金額を年俸額の最低額とする旨の合意がされていると解することができ、社員は、Y社が提案した金額をY社に請求することができるが、これを上回る年俸額についての合意がない以上、Y社提案額を上回る金員をY社に請求することはできないと解される。

裁判所の判断によると、本件年俸制の下では、Y社は、Xらとの合意なしに、一方的な年俸減額が許容され得るわけですね。

そして、このような判断は、Y社とXらがY社による一方的な年俸減額があり得る旨の合意も成立していたことを根拠としています。

Y社では、モーニングミーティングにおいて、年俸制について、従業員の目標達成度、貢献度、賃金原資の変動等によっては、年俸額の減額があり得る制度として、その目的、必要性、実施手順等を従業員らに説明していたと認定されています。

ただ、Y社による「一方的な減額」まで、このモーニングミーティングでの説明を根拠に「合意があった」と認定するのは、強引な気がしますが・・。

通常、使用者による労働条件の不利益変更については、かなり厳しい要件を要求されることとのバランスがとれていないように感じます。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金19(モルガン・スタンレー(割増賃金)事件)

おはようございます。

さて、今日は、引き続き時間外賃金の取扱いに関する裁判例を見てみましょう。

モルガン・スタンレー(割増賃金)事件(東京地裁平成17年10月19日・労判905号5号)

【事案の概要】

Y社は、外資系証券会社である。

Xは、Y社の従業員であった者である。

Y社の就業規則によれば、社員の労働時間は平日の午前9時より午後5時30分までとされている。

Xは、平日、前記所定の労働時間のほか午前7時20分から同9時までの間労働したので、労基法37条に基づき、約800万円の超過勤務手当の支払を求めた。

これに対し、Y社は、1年間に年間基本給として2200万円余及び裁量業績賞与約5000万円と多額の報酬を支給しており、Xの請求する超過勤務手当はこれらの報酬に含まれており、既に弁済済みであると反論した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xはこれまで東京銀行、メリルリンチ証券、被告に勤務していたところ、東京銀行時代は超過勤務手当の支給を受けており、所定時間外労働をすれば超過勤務手当が発生することを知っていた。しかるに、Xは、外資系インベストメントバンクであるメリルリンチ証券、Y社に勤務しているときには、超過勤務手当名目で給与の支給を受けていないことを認識しながらこれに対し何ら異議を述べていない

2 Y社がXに対し入社の際交付したオファーレターによれば、所定時間を超えて労働した場合に報酬が支払われるとの記載はされていない

3 XのY社での給与は高額であり、原告が本件で超過勤務手当を請求している平成14年度から同16年度までの間、基本給だけでも月額183万3333円(2200万円÷12=183万3333円)以上が支払われている。

4 Y社はXの勤務時間を管理しておらず、Xの仕事の性質上、Xは自分の判断で営業活動や行動計画を決め、Y社はこれに対し何らの制約も加えていない

5 Y社のような外資系インベストメントバンクにおいては、Xのようなプロフェッショナル社員に対して、所定時間外労働に対する対価も含んだものとして極めて高額の報酬が支払われ、別途超過勤務手当名目での支払がないのが一般的である

6 以上の事実に、Y社のXに対する基本給は毎月支払われ、裁量業績賞与は、支払の有無、支払額が不確定であることに照らすと、Xが所定時間外に労働した対価は、Y社からXに対する基本給の中に含まれていると解するのが相当である。そして、Xは、Y社から、毎月、基本給の支給を受け、これを異議なく受領したことにより、当該月の所定時間外労働に対する手当の支給を受け、これに対する弁済がされたものと評価するのが相当である

本判例では、基本給における割増賃金の部分が明確に示されていないものについても、労働時間の管理とがが困難な職務であったことや、賃金が労働時間ではなく会社への貢献度により決定され、極めて高額なものであったことなどから、労働者の保護に欠ける点はなく労基法37条の制度趣旨に反しないとして、割増賃金が定額の基本給に含まれているとする合意を有効と判断しました。

・・・ちょっと何を言っているのかわかりません。

以下、判例百選第8版93頁の解説を引用します。

「しかし、この事案のような労働者については、本来裁量労働制で管理すべきものであり、また、賃金が高額であることが労基法37条の適用を免れる根拠にはなりえないことからすると、これまでの判例法理に大きな影響を及ぼすものとは解されない。」

同感です。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金18(高知県観光事件)

おはようございます。

さて、今日は、完全歩合制度の下での割増賃金に関する最高裁判例を見てみましょう。

高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日・労判653号12頁)

【事案の概要】

Y社は、タクシー業を営む会社である。

Xらは、Y社に、タクシー乗務員として勤務してきた。

Xらの勤務は隔日勤務で、勤務時間は、午前8時から翌日午前2時(そのうち2時間は休憩時間)である。

Xらの賃金は、タクシー料金の月間水揚高に一定の歩合を乗じた金額を支払うもの(完全歩合給)で、同人らが時間が労働や深夜労働を行った場合にも、それ以外の賃金は支給されない。

また、この歩合給を、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外・深夜労働の割増賃金に当たる部分とに判別することはできない。

Xらは、Y社に対し、午前2時から午前5時までの深夜労働の割増賃金が支払われていないとして、その支払および付加金の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

請求認容。

【判例のポイント】

1 Xらの午前2時以降の就労も、XらとY社との労働契約に基づく労務の提供であること自体は、当事者間で争いのない事実であり、この時間帯のXらの就労を、法的根拠を欠くものとした原審の認定判断は、弁論主義に反する違法なものであり、破棄を免れない。

2 本件請求期間にXらに支給された歩合給の額が、Xらが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、Xらに対して法37条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり、Y社は、Xらに対し、本件請求期間におけるXらの時間外及び深夜の労働について、法37条及び労働基準法施行規則19条1項6号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務がある

完全歩合給制度の場合でも、残業代を支払わなければいけません。

歩合給の場合には、通常賃金に当たる部分はすでに賃金総額に含まれているので、割増賃金として支払うべき時間単価は、時間外労働の場合には25%以上となります。

本判決は、定額の基本給(月給)制における小里機材事件における最高裁判決(昭和63年7月14日・労判523号6頁)が示した判断基準を完全歩合給制度の下での割増賃金支払義務に関しても妥当することを明らかにしました。

完全歩合給制度を採用する会社で、この点をきちんとやっているところってあるんでしょうか・・・?

実際、ちゃんとやろうとすると、結構難しいですね。

本気でやる場合には、顧問弁護士に相談しながら慎重に準備をしましょう。

賃金17(日本システム開発研究所事件)

おはようございます。

さて、今日は、年俸制において年俸額についての労使の合意が成立しない場合の年俸額に関する裁判例を見てみましょう。

日本システム開発研究所事件(東京高裁平成20年4月9日・労判959号6号)

【事案の概要】

Y社は、中央官庁などからの受託調査・研究や会計システムの販売・導入を業とする会社である。

Y社では、一般の賃金体系について定めた就業規則と給与規則を変更しないまま、20年以上前から満40歳以上の研究職員を対象に個別の交渉によって賃金の年間総額と支払方法を決定してきた。

ところが、平成15年度と16年度については、研究室長らが年俸者についての個別業績評価の基礎となる資料の提出を拒んだため、Y社は、個人業績評価ができず、平成14年度の給与のまま凍結して支給した。

さらに、平成17年度にはY社の経営事情が悪化し、債務超過の状態にあることが判明したため、Y社は組織体制の変更や人件費を含む経費削減を行うこととした。

そこで、年俸額の引下げに合意しなかったXら4名が、前年度の年俸額との差額支払を求めて提訴した。

【裁判所の判断】

請求認容。

【判例のポイント】

1 Y社における年俸制のように、期間の定めのない雇用契約における年俸制において、使用者と労働者との間で、新年度の賃金額についての合意が成立しない場合は、年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続、減額の限界の有無、不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、かつ、その内容が公正な場合に限り、使用者に評価決定権があるというべきである。上記要件が満たされていない場合は、労働基準法15条、89条の趣旨に照らし、特別の事情が認められない限り、使用者に一方的な評価決定権はないと解するのが相当である。

2 Y社は、年俸額の決定基準は、その大則が就業規則及び給与規則に明記されていると主張する。しかし、Y社の就業規則及び給与規則には、年俸額に関する規定は全くない上、・・・原審においては、Y社において、年俸額の算定基準を定めた規定が存在しないことを認めていたものであり、Y社において、年俸制に関する明文の規定が存在しないことは明らかである。

3 以上によれば、本件においては、上記要件が充たされていないのであり、また、本件全証拠によっても、上記特別の事情を認めることはできないから、年俸額についての合意が成立しない場合に、Y社が年俸額の決定権を有するということはできない。そうすると、本件においては、年俸について、使用者と労働者との間で合意が成立しなかった場合、使用者に一方的な年俸額決定権はなく、前年度の年俸額をもって、次年度の年俸額とせざるを得ないというべきである。

本件は、年俸額についての労使の合意が成立しない場合の年俸額の決定が問題となったものですが、年俸額の決定基準や決定方法などについての定めが一切存在しない点で、他の成果主義・年俸制をめぐる典型的事案ではありません。

年俸額についての労使間の合意が成立しない場合に、翌年度の年俸額は当然に前年度と同額になるのかという問題がありますが、そのような場合についての明確な決定方式が定められている場合には、原則としてそれによることになるとしても、本件のような事情の下においては、特に年俸額が変更されるための根拠がに以上、前年の年俸額が維持されると解するほかありません。

会社としては、本件のような場合を想定した規定を置くことを検討してください。

詳しくは、顧問弁護士にご相談ください。

賃金16(年俸制の残業取扱い)

おはようございます。

さて、今日は、年俸制の残業取扱いについて見て行きましょう。

まず、最も基本的な誤解としては、「年俸制の場合、残業をしても、割増賃金を支払わなくてもよい」というものです。

年俸制を採用する場合でも、割増賃金を支払わなければいけません。

次に、年俸制において、あらかじめ支給額が決定している賞与については、「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」とはみなされません。

したがって、賞与部分を含めて当該確定した年俸制を算定基礎として割増賃金を支払う必要があります。

つまり、賞与を含めて年俸制を確定している場合には、たとえ年俸額の16分の1を毎月支払っていても、16分の4を年2回の賞与(既に確定している額)として支払った場合であっても、年俸額の12分の1を月の賃金額として計算しなければなりません。

なお、年俸制の場合、すべての場合で、割増賃金算定の基礎に賞与を含めて計算しなければならないわけではありません。

例えば、月給部分のみを年俸制にして、賞与は別途、業績などを考慮して、その都度決定するという方法をとれば、賞与は割増賃金の算定基礎から除外することができます。

この点を知っているだけで、かなり金額が変わってきますね。

なお、現在の賃金規程を変更する必要がある場合、不利益変更の問題が絡んできますので、慎重に行うべきです。

年俸制の導入を検討している社長は、顧問弁護士又は顧問社労士に詳細を確認してください。

継続雇用制度17(特例措置の終了)

おはようございます。

高年齢者雇用安定法に関するお知らせです。

「継続雇用制度」の対象者の基準を、労使協定を締結せずに就業規則で定めている事業主の方へ!!

現に雇用している高年齢者を定年後も引き続き雇用する「継続雇用制度」の対象者の基準を、労使協定を締結せずに就業規則で定めることができる中小企業(300人以下)の事業主に対する特例措置が、平成23年3月31日で終了します。

労使協定とは、労働条件その他の事項について、事業場の過半数の労働者で組織する労働組合(ない場合は労働者の過半数を代表する者)と事業主との間で合意して書面により締結する協定です。

継続雇用制度の導入にあたって、対象となる高年齢者の基準について労使協定を締結せず、平成23年4月1日以降、当該高年齢者が離職した場合、雇用保険被保険者離職証明書の離職理由は、当該高年齢者の継続雇用の希望の有無に関わらず、事業主都合となりますので、ご注意ください。

詳しくは、顧問弁護士又は顧問社労士に確認してください。

配転・出向・転籍3(GEヘルスケア・ジャパン事件)

おはようございます。

今日は、配転に関する裁判例を見てみましょう。

GEヘルスケア・ジャパン事件(東京地裁平成22年5月25日・労判1017号68頁)

【事案の概要】

Y社は、米国のゼネラル・エレクトリック(GE)の医療部門であるGEヘルスケア等の出資で設立された、医療用機器の製造等を目的とする会社である。

Xは、Y社の従業員として、期間の定めのない雇用契約を締結して、製造本部EHS(環境・安全衛生)室長であったが、平成20年1月1日付けで物品等の受入検査部門(現在は、製造本部・製造部内に設置されたクオリティチーム内のトランザクションチーム)への配置転換を命じられた。

Y社は、(1)Yにコミュニケーション能力やリーダーシップが不足していること、(2)EHS業務の専門知識が欠如していること、(3)Xには、上司の命令に従わずに、決定済みの事柄を蒸し返して指揮命令系統を無視するなど、業務命令違反等の問題行動があったことを背景に本件配転を行ったと主張する。

これに対し、Xは、(1)EHS室長として十分なコミュニケーション能力やリーダーシップを備えており、それに見合う高い評価を受けていたし、業務命令違反等の問題を起こしたこともなかった。ところが、Y社は、XをEHS室長から外し、単純作業を繰り返すだけの、Xの知識・経験・技能を必要としないトランザクションチームに配置した。このような本件配転は、業務上の必要性に基づかない。

(2)仮に業務上の必要性に基づくものであったとしても、(ア)本件配転は、上司がXをいわれなく嫌悪し、パワハラを重ねたあげくに行われたものであるから、不当な動機・目的をもってなされたものである。しかも、Xが社外の労働組合に加入したことを決定的な動機としており、不当労働行為にも該当する。

などと主張し、配転無効無効確認及び慰謝料300万円等を求めた。

【裁判所の判断】

請求棄却(配転命令は有効)

【判例のポイント】

1 配転命令は、「業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、(中略)他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるとき」には権利濫用になるものと解される(東亜ペイント事件)。

2 Xは、EHS室長当時、同室長の適性を疑われてもやむを得ないというべき言動を繰り返したことから、XがEHS室長の適性を備えていないというD本部長の判断は、相当で合理的なものであったと認めることができる。本件配転先のトランザクション業務は、EHS室長のそれに比べれば仕事のスケールが小さく、単調なものと考えられるが、そうだとしても、Y社がXを無理矢理当てはめるためにこれを作り出したとか、Xがそこで実質的に仕事を与えられていない状態に置かれているなどとはいえない。したがって、本件配転は、業務上の必要性に基づくものということができる。

3 前記のとおり、Xは、EHS室長当時、同室長の適性を疑われてもやむを得ないというべき言動を繰り返したことから、XがEHS室長の適性を備えていないという本部長の判断は、相当で合理的なものであったと認めることができる。そうだとすると、・・・Xの働きぶりに変化がなかったとはいえないし、本部長がXを嫌悪して、その業績評価を恣意的に下げたとも認められない。

4 Xの資格区分や給与の額は、本件配転を人事上の降格ということはできない。Xは、直属の上司が本部長ではなくなったことから、本件配転によって、実質的に3段階も降格されたと主張するが失当である。
本件配転の前後を通じて、Xの職務の責任範囲や指揮命令の及ぶ範囲が大幅に縮小されたとは認められない。また、Xは、本件配転後、祝日出勤を義務付けられるなど、労働条件が低下していると主張するが、そうだとしても、これは、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとはいえない。

本件では、XのEHS室長としての資質に疑問があるということで、配転の必要性が認められました。

その裏返しとして、不当な動機・目的は存在しないとも認定されています。

配転と降格が動じに行われるという降格的配転となれば、降格の要件も満たす必要があり、それを欠く場合には両者が一体として無効となります。

しかし、本件では、配転の前後を通じてXの資格区分や給与の額が変更されていないという事情があり、裁判所は、この点に着目して、本件配転が降格的配転ではないと評価しました。

実際の対応については顧問弁護士に相談しながら行いましょう。