Daily Archives: 2013年10月4日

解雇119(医療法人社団こうかん会(日本鋼管病院)事件)

おはようございます。 

さて、今日は、患者の暴力で休職した看護師への期間満了による解雇の効力に関する裁判例を見てみましょう。

医療法人社団こうかん会(日本鋼管病院)事件(東京地裁平成25年2月19日・労判1073号26頁)

【事案の概要】

Xは、Y社が経営する日本鋼管病院の看護師であったが、平成18年1月28日に業務中に入院間患者からの暴力のより傷害を受けて休職し、復職後の平成19年8月8日にも入院患者の食事介助中に入院患者から暴力を振るわれたとして、医師により適応障害の診断を受け、就労が困難な状況に至って休職したところ、Y社から平成21年10月11日付けで休職期間満了による解雇通告を受けた。

本件は、Xが、上記平成18年1月28日の事故及び平成19年8月8日の事故に遭ったことにつき、いずれもY社に雇用契約上の安全配慮義務違反があると主張して、Y社に対し、債務不履行に基づく損害賠償を請求するとともに、Xの上記適応障害が業務上の傷病であることから、Y社による上記解雇は労基法19条に違反するもので無効であるとして、解雇後の賃金を請求した事案である。

【裁判所の判断】

Y社に対し、1931万2120円及びこれに対する平成19年12月24日から支払済みまで年5%の遅延損害金を支払いを命じた(Y社は医療法人社団であって商人ではないから、遅延損害金の割合については年5%)。

解雇は有効

【判例のポイント】

1 R看護師及びS看護師の供述内容に照らすと、Y社の第○北病棟においては、看護師がせん妄状態、認知症等により不穏な状態にある入院患者から暴行を受けることはごく日常的な事態であったということができる。したがって、このような状況下において、Y社としては、看護師が患者からこのような暴行を受け、傷害を負うことについて予見可能性があったというべきである

2 そして、入院患者中にかような不穏な状態になる者がいることもやむを得ない面があり、完全にこのような入院患者による暴力行為を回避、根絶することは不可能であるといえるが、事柄が看護師の身体、最悪の場合生命の危険に関わる可能性もあるものである以上、Y社としては、看護師の身体に危害が及ぶことを回避すべく最善を尽くすべき義務があったというべきである。したがって、Y社としては、このような不穏な患者による暴力行為があり得ることを前提に、看護師全員に対し、ナースコールが鳴った際、(患者が看護師を呼んでいることのみを想定するのではなく、)看護師が患者から暴力を受けている可能性があるということをも念頭に置き、事故が担当する部屋からのナースコールでなかったとしても、直ちに応援に駆けつけることを周知徹底すべき注意義務を負っていたというべきである
しかるに、第1事故の当時、Y社は、このような義務を怠った結果、Fから暴行を受けたXがナースコールを押しているにもかかわらず、他の看護師2名は直ちに駆けつけることなく、その対応が遅れた結果、Xにかかる傷害ないし後遺障害を負わせる結果を招いたものであって、この点で、Y社には、Xに対する安全配慮義務違反があったといわざるを得ない。

3 第1事故にみられるように、病院内で不穏な患者による暴力が日常的に起こっているという状況下において、看護師が患者から暴力を振るわれることにより傷害を負うということ自体は一般的に予見可能であるということができるが、同じ状況下であっても、患者から暴力を振るわれたことによる心理的負荷を原因として精神障害を発症するということが当然に予見可能であるということはできないから、本件の事実関係の下で、Xの本件適応障害発症について、Y社に予見可能性があったということはできない
このように、Xを病棟勤務としたこと自体が、Y社の安全配慮義務違反であるということはできない。そして、病棟勤務となれば、いずれは何らかの形で入院患者と接することが不可避というべきであるところ、Y社病院側としては、復職後、Xの勤務状況を観察しつつ、徐々にXに依頼する業務を増やしていき、その中で入院間がに対する食事介助を依頼したという経緯があるのであるから、Xの心情にかんがみ、それなりに慎重に対応していたということができる。したがって、Y社病院側が、同僚看護師らに対し、Xについて就労可能な業務が限定されている旨伝えていなかったことをもって、Y社の安全配慮義務違反があるということはできない。

4 第2事故については、第1事故の後遺障害が残る状況下で発生したものではあるものの、客観的にみて、これが精神障害発症の引き金になるほどの重度の心理的負荷をもたらすものであったとは認め難いし、復帰後の配属先を第△北病棟としたことについても、それによりXが多大な精神的負荷を受けていたと認めることはできない
したがって、平均的労働者にとって精神障害を発症させる危険性のある心理的負荷をもたらすものであったと認めることはできないから、Xの従事していた業務と本件適応障害発症との間に、相当因果関係を認めることはできないというべきであり、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
以上のとおり、Xの本件適応障害が、労基法19条1項の「業務上」の傷病であると認めることはできないから、本件休職期間満了を理由としてなされた本件解雇は有効と認められる

非常に重要な論点が複数含まれています。

勉強会の題材にしようと思います。

最近、流行り(?)の労基法19条1項の争点ですが、労働者側からすると、思いの外、ハードルが高いことがわかると思います。

条文から受ける印象と実際の審理とでは、大きな隔たりがありますので、安易に考えるのは危険です。

なお、Xは、別訴において、行政処分取消訴訟を提起しているようですが、1審では、棄却され、現在、二審の審理が係属中だそうです。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。