Daily Archives: 2012年7月20日

解雇74(学校法人尚美学園事件)

おはようございます。

さて、今日は、前勤務先でのパワハラ等不告知を理由とする普通解雇の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

学校法人尚美学園事件(東京地裁平成24年1月27日・労判1047号5頁)

【事案の概要】

Xは、Y大学の教授である。

Xの経歴は、昭和50年、厚生省(当時)に入省し、その後、環境庁などを経て、平成15年8月、厚労省を辞職し、16年から財団法人A財団常務理事兼事務局長の職にあった。

Xは、Y大学に対し、以前に勤務先においてパワハラ及びセクハラを行ったとして問題にされたことを告知しなかったことなどを理由に、Y大学が、Xを解職(普通解雇)した。

Xは、転職の理由について、「役所の仕事がもう限界である」「理事会がないと辞めることができるかどうか分からない」と話したが、Y大学から、事件を起こしたことはないかとか、パワハラ・セクハラ等の問題はないか等の質問はなかった。

【裁判所の判断】

解雇は無効

慰謝料請求は否定

【判例のポイント】

1 ・・・しかしながら、採用を望む応募者が、採用面接に当たり、自己に不利益な事項は、質問を受けた場合でも、積極的に虚偽の事実を答えることにならない範囲で回答し、秘匿しておけないかと考えるのもまた当然であり、採用する側は、その可能性を踏まえて慎重な審査をすべきであるといわざるを得ない。大学専任教員は、公人であって、豊かな人間性や品行方正さも求められ、社会の厳しい批判に耐え得る高度の適格性が求められるとのY社の主張は首肯できるところではあるが、採用の時点で、応募者がこのような人格識見を有するかどうかを審査するのは、採用する側である。それが大学教授の採用であっても、本件のように、告知すれば採用されないことなどが予測される事項について、告知を求められたり、質問されたりしなくとも、雇用契約締結過程における信義則上の義務として、自発的に告知する法的義務があるとまでみることはできない

2 Xは、転職の理由につき「役所の仕事がもう限界である。」と述べたことが認められるが、転職の理由は、その本質からして主観的であり、仮に客観的には辞職しなければ更に責任を追及されるような状況にあったとしても、これを虚偽と言い切ることは困難である。また、Xが「自分は辞めたいが平成18年2月か3月の理事会がないと辞めることができるかどうか分からない。」と述べたことについても、手続上の問題や業務上の必要性を述べたものと回することもできなくもなく、仮に客観的には既に辞職が決まっていたとしても、これを虚偽と言い切ることはできない。
このような言辞や、健康上の理由である旨の言辞がXからあったのであれば、心身とも職務に耐え得る健康状態なのかや、現在の仕事の状況を聞いたり、Y社がXに内定を出してもXが本件財団を退職できずに辞退されるかもしれないという問題があるのであるから、Xが辞職を望んでいるのに辞職できない可能性がある理由を質問するなりして、職場の人間関係のトラブルによる可能性はないかなどといった見地から検討したりすることも考えられたのであって、そのような質問をした上でその回答内容に虚偽があれば格別、これらの言辞のみをもって、信義則に違反するものということはできない

3 Xが、Xの言動につき、それがセクハラ・パワハラに該当するのではないかと申し立てられたことをY社に告げなかったことなどにつき、信義則上の義務違反は認められず、社会的評価の低下等は採用以前から存在した可能性が現実化したもので、Y社が採用時に看過し又は特にそのことを問題にしなかった問題から派生して、問題が生じたとしても、「簡単に矯正することもできない持続性を有する素質、能力、性格等に基因して、その職務の円滑な遂行に支障があり、または支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合」に該当するとして、専任教員勤務規程第18条3号の事由の存在を理由に、Xを普通解雇することはできないといわざるを得ない

4 解雇された従業員が被る精神的苦痛は、当該解雇が無効であることが確認され、その間の賃金が支払われることにより慰謝されるのが通常であり、これによってもなお償えない特段の精神的苦痛を生じた事実があったときに初めて慰謝料請求が認められると解するのが相当である
・・・Xは縷々主張するが、手続が不公正であるとか、処分が恣意的なものであるとかということもできないのであって、その他本件に現れた一切の事情を総合勘案すると、賃金の支払以上に慰謝料の支払を相当とする特段の事情があるとはいえないから、本件解雇につき、Y社の不法行為に基づく損害賠償債務は認められない。

この裁判例では、採用面接等で前職でのセクハラ・パワハラ問題等を申告しなかったのは、労働者の信義則上の告知義務に違反しないとされています。

会社の方が、質問しない項目について、労働者が積極的に自己に不利益な事項について告知することまで求められていないそうです。

この裁判例を前提とする限りでは、会社のほうで、面接時に労働者に質問する事項をたくさん用意しておく必要がありますね。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。