Daily Archives: 2016年5月10日

解雇199(Y社事件)

おはようございます。

今日は、法的に根拠のない大幅な給与の減額をし従業員を退職に追い込んだことが不法行為とされた事案を見てみましょう。

Y社事件(東京高裁平成25年8月28日・判タ1420号93頁)

【事案の概要】

Xは、個人でY社の保険代理店を営んでいたが、その後、同代理店を廃業してY社に入社した。その際、Xは、顧客との間の保険契約(いわゆる手持ち契約)をY社に持ち込んだ。
本件は、Xが、この保険契約は一種の無体財産権であり、その持ち込みによって、Y社が売上高を増加させて、Y社における高位の保険代理店の資格を得ることができたにもかかわらず、その後、正当な理由なくXの給与を減額して、XをY社から退社せざるを得ない状況に追い込んで、上記保険契約を奪取し、Z社もこれを補佐したなどと主張して、Y社及びZ社に対し、次のとおりの請求をした事案である。

すなわち、Xは、主位的に、①Y社及びZ会社に対し、共同不法行為に基づき、上記保険契約を失ったことによる財産的損害の損害賠償の内金として4000万円+遅延損害金の連帯支払、②Y社に対し、不法行為に基づき、慰謝料300万円及び労働契約に基づき、平成22年5月分から同年8月分までの未払給与50万円+遅延損害金の支払を求めた。
また、Xは、予備的に、Y社に対し、③Y社がXに対してした平成22年8月20日付け解雇(以下「本件解雇」という。)が無効であることの確認、④労働契約に基づき、平成22年5月分から平成23年2月分までの未払給与230万円+遅延損害金の支払、⑤平成23年3月からXが満65歳に達する月までの給与として、毎月25日限り30万円の支払を求めた。

原審は、Xの主位的請求①及び②をいずれも棄却し、予備的請求については、③及び④を認容し、⑤については、平成23年3月1日から判決確定の日まで毎月25日限り月額30万円の割合による金員+遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の請求に係る訴えを却下した。

これに対して、Xは、主位的請求の認容又は予備的請求の全部認容を求めて控訴し、Y社は、Y社の敗訴部分に係るXの請求の棄却を求めて控訴した。なお、Xは、当審において、主位的請求①のうち、Y社に対し不当利得に基づく請求を追加した。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、249万3733円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Y社は、Xが入社した後の平成21年7月付けで業務ランクがそれまでの上級代理店(現在の1級代理店)から特級代理店(現在の新特級代理店)に昇格しているところ、XがY社に移管した本件保険契約の保険料収入が加わらなければ、新特級代理店への昇格のための必要条件の1つが満たされなかったものであるから、XのY社に対する寄与は少なくなかったといえる。
それにもかかわらず、Y社は、それまで月額30万円であったXの給与を、Xの同意なく、一方的に、同年11月分から段階的に引き下げ、平成22年5月分以降は月額17万4000円と大幅な減給という労働条件の不利益変更を実施した
そして、このような法的に根拠のない大幅な労働条件の引下げが行われ、これに不満を抱いた控訴人が、Y社を退社するに至っているが、これはまさにY社が、Xを退社せざるを得ない状況に追い込んだということができるから、Y社は、このことにつき不法行為責任を免れないというべきであり、当該判断を覆すに足りる証拠はない。
なお、Y社は、Xの給与を減額したことの合理性等を縷々主張するが、それらによって上記のような一方的かつ大幅な減給の正当性が認められることにはならないのは、前記でみてきたとおりである。

2 Xは、同人が本件保険契約から得られるべき収入相当額や本件保険契約を第三者に引き継いだ場合の代償金相当額が、上記の不法行為による財産的損害又は不当利得になる旨主張している。
確かに、XがY社に入社し、その後、退社するに至るまでの前記経緯に鑑みれば、実質的に、Y社がXから本件保険契約を奪ってしまったと評価する余地があることは否定できない。
しかしながら、XからY社への本件保険契約の移管手続は適法に行われていることが認められ、また、XがY社を退社した場合の本件保険契約の取扱いについて、関係当事者間で別段の合意がされていたとは認められない以上、上記手続により、本件保険契約は、XからY社に移管され、その後、XがY社を退社したからといって、Y社がXに対して本件保険契約を返還すべき義務又は(その返還に代えて)代償金を支払うべき義務が発生する法的根拠はない
そして、Xの退社について、Y社に不法行為責任が認められる場合であっても、そのことから直ちに、上記各義務が生じるということにもならない。
そうすると、Y社の不法行為によって、Xが主張するような財産的損害が生じたということはできず、また、被Y社が法律上の原因なくして、本件保険契約に係る利益を利得し、これによってXが損失を被ったということもできないから、財産的損害及び不当利得については、いずれも認められない。
他方、Xは、Y社の不法行為によって、不本意な退社を余儀なくされた以上、精神的苦痛を受けたと認められる。そして、本件退職の原因となった本件給料減額は無効なものであること、前述したとおり、財産的損害としてはとらえられないものの、本件は、実質的に、Y社がXの本件保険契約を奪ってしまったと評価する余地のある事案であることなども勘案すると、上記精神的苦痛を慰謝するための金額は200万円とするのが相当であり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。

合理的理由を欠く大幅な給与減額により自主退職に至った場合に、不法行為に該当する可能性があることを示しています。

もっとも、いつもそうですが、慰謝料の金額がそれほど多額にならないので、あまり抑止力にはなっていません。

また、本件では、Xの保険契約がY社に移管されており、原告の請求金額から考えると、慰謝料わずか200万円だけ認められても、Xの財産的損害はほとんど填補されていないのでしょうね。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。