Daily Archives: 2016年10月7日

賃金117(社会福祉法人全国重症心身障害児(者)を守る会事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、育児短時間勤務制度利用を理由とする昇給抑制無効確認等請求に関する裁判例を見てみましょう。

社会福祉法人全国重症心身障害児(者)を守る会事件(東京地裁平成27年10月2日・労判1138号57頁)

【事案の概要】

本件は、Y社で稼働するXらが、Y社において育児短時間勤務制度を利用したことを理由として本来昇給すべき程度の昇給が行われなかったことから、各自、Y社に対し、①このような昇給抑制は法令及び就業規則に違反して無効であるとして、昇給抑制がなければ適用されている号給の労働契約上の地位を有することの確認、②労働契約に基づく賃金請求として昇給抑制がなければ支給されるべきであった給与と現に支給された給与の差額(X1)につき4万6149円、X2につき12万0799円、X3につき14万6623円)+遅延損害金、③このような昇給抑制は不法行為に当たりXらは精神的物質的損害を受けたとして、不法行為に基づく慰謝料等の損害賠償金(Xら各自50万円)+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

 本件訴えのうちXらがY社において平成26年4月1日時点で各主張に係る号俸の労働契約上の権利を有する地位にあることを確認することを求める部分をいずれも却下する。

 Y社は、X1に対し、19万6149円+遅延損害金を支払え。

 Y社は、X2に対し、27万0799円+遅延損害金を支払え。

 Y社は、X3に対し、24万6315円+遅延損害金を支払え。

 Xらのその余の請求をいずれも棄却する。

【判例のポイント】

1 育児・介護休業法は、育児休業及び介護休業に関する制度並びに子の看護休暇及び介護休暇に関する制度等を設けることにより、子の養育又は家族の介護を行う労働者の雇用の継続等を図り、その職業生活と家庭生活の両立に寄与することを通じて、労働者の福祉の増進を図ることなどの目的(同法1条)の下、事業主は、法定の除外要件がない限り、その3歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないものに関して、厚生労働省令で定めるところにより、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮することにより当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(以下「所定労働時間の短縮措置」という。)を講じなければならない(同条23条)とした上で、労働者が所定労働時間の短縮措置の申出をし、又は短縮措置が講じられたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いをしてはならない(同法23条の2)と定めるものである。このような育児・介護休業法の規定の文言や趣旨等に鑑みると、同法23条の2の規定は、前記の目的及び基本理念を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、労働者につき、所定労働時間の短縮措置の申出をし、又は短縮措置が講じられたことを理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、その不利益な取扱いをすることが同条に違反しないと認めるに足りる合理的な特段の事情が存しない限り、同条に違反するものとして違法であり、無効であるというべきである。 
これを本件について見るに、・・・かえって、本件昇給抑制については、どのような良好な勤務成績であった者に対しても一律に8分の6を乗じた号俸を適用するものであるところ、そのような一律的な措置を執ることの合理性に乏しいものといわざるを得ないのであり、本件昇給抑制は、労働者に本件制度の利用を躊躇させ、ひいては、育児・介護休業法の趣旨を実質的に失わせるおそれのある重大な同条違反の措置たる実質を持つものであるというべきであるから、本件昇給抑制は、同条23条の2に違反する不利益な取扱いに該当するというべきである。

2 育児・介護休業法23条の2が、事業主において解雇,降格、減給などの作為による不利益取扱いをする場合に、禁止規定としてこれらの事業主の行為を無効とする効果を持つのは当然であるが、本件昇給抑制のように、本来与えられるべき利益を与えないという不作為の形で不利益取扱いをする場合に、そのような不作為が違法な権利侵害行為として不法行為を構成することは格別、更に進んで本来与えられるべき利益を実現するのに必要な請求権を与え、あるいは法律関係を新たに形成ないし擬制する効力までをも持つものとは、その文言に照らし解することができない。また、あるべき号俸への昇給の決定があったとみなしてY社の「決定」の行為を擬制すべき根拠もないことも明らかである。そうすると、Xらが確認を求めるX1につき91号、X2につき73号、X3につき89号という法律関係は存在していないといわざるを得ない。

3 不法行為により財産的な利益を侵害されたことに基づく損害賠償の請求にあっては、通常は、財産的損害が填補され回復することにより精神的苦痛も慰謝され回復するものというべきであるところである。しかし、本件昇給抑制は、それがされた年度の号俸が抑制されるだけでなく、翌年度以降も抑制された号俸を前提に昇給するものであるから、Y社において本件昇給抑制を受けたXらの号俸数を本件昇給抑制がなければXらが受けるべきであったあるべき号俸数に是正する措置が行われない限り、給料(給与規程5条)、地域手当(同20条)、期末手当(同31条)、勤勉手当(同32条)等といった賃金額についての不利益が退職するまで継続し続けるだけでなく、退職時には、退職金の金額の算定方法のいかんによっては、退職金の金額にも不利益が及ぶ可能性があること、毎年6月及び12月に支給される期末手当、勤勉手当はその都度会長の定める支給率が決定されなければ、その数額を確定することができず(同31条2項,32条2項)、本件昇給抑制に起因する財産的損害についてあらかじめ填補を受け回復することができないことなどに鑑みると、現時点において請求可能な損害額の填補を受けたとしても、本件昇給抑制により被った精神的苦痛が慰謝され回復されるものではないから、前記認定の財産的損害とは別に、慰謝料の支払が認められるべきものといえ、その金額は、Xら各自について10万円と認めるのが相当である。

慰謝料はたったの10万円です。安っ。

注意が必要なのは、上記判例のポイント2です。

このような考え方は、一般の方からすると違和感を感じるところであり、勘違いしがちな点です。

参考にしてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。