Category Archives: 競業避止義務

競業避止義務13(トータルサービス事件)

おはようございます。

さて、今日は、競業避止義務に関する裁判例を見てみましょう。

トータルサービス事件(平成20年11月18日・判タ1299号216頁)

【事案の概要】

Y社は、建築物・構築物内外装の清掃・補修・保守の各事業、同各事業に関わる機械・車両・器材・塗料・洗剤の輸入・販売・リース、同各事業に関わるフランチャイズチェーン店の加盟店募集及び加盟店指導業務等を目的とする会社である。

Y社は、米国会社2社との間で、これら会社が事業化している車両外装のリペア(修復)を中心とした事業及び家具・車両内装のリペアや色替えを中心とした事業について、日本国内における独占的実施契約を締結し、上記各事業をフランチャイズ商品化して加盟店募集及び加盟店指導業務を行っている。

Xは、Y社の社員としてインストラクターの地位にあり、加盟店への技術指導及び車関連事業の直営施工を担当していたが、自ら退職した。

Xは、退職後、Y社のそれと類似の事業を自ら開業して行っていた。

これに対し、Y社は、Y社就業規則並びに在職中及び退職時にXに提出させた機密保持誓約書を根拠に、Xの行っている事業の差止めと損害賠償を求めた。

【裁判所の判断】

本件競業避止義務規定は、有効であり、2年間の事業の差止めおよび674万円の損害賠償請求を認めた。

【判例のポイント】

1 一般に、従業員が退職後に同種業務に就くことを禁止することは、退職した従業員は、在職中に得た知識・経験等を生かして新たな職に就いて生活していかざるを得ないのが通常であるから、職業選択の自由に対して大きな制約となり、退職後の生活を脅かすことにもなりかねない。したがって、形式的に競業禁止特約を結んだからといって、当然にその文言どおりの効力が認められるものではない。競業禁止によって守られる利益の性質や特約を締結した従業員の地位、代償措置の有無等を考慮し、禁止行為の範囲や禁止期間が適切に限定されているかを考慮した上で、競業避止義務が認められるか否かが決せられるというべきである。

2 ところで、このうちの競業禁止によって守られる利益が、営業秘密であることにあるのであれば、営業秘密はそれ自体保護に値するから、その他の要素に関しては比較的緩やかに解し得るといえる

3 営業秘密として保護されるには、(1)秘密管理性、(2)非公知性、(3)有用性、が必要であると解される。

4 Y社の技術は、営業秘密に準じるものとしての保護を受けられるので、競業禁止によって守られる利益は、要保護性の高いものである。そして、Xの従業員としての地位も、インストラクターとしての秘密の内容を十分に知っており、かつ、Y社が多額の営業費用や多くの手間を要して上記技術を取得させたもので、秘密を守るべき高度の義務を負うものとすることが衡平に適うといえる。また、代償措置としては、独立支援制度としてフランチャイジーとなる途があること、Xが営業していることを発見した後、Y社の担当者が、Xに対し、フランチャイジーの待遇については、相談に応じ通常よりもかなり好条件とする趣旨を述べたこと等が認められ、必ずしも代償措置として不十分とはいえない。そうすると、競業を禁止する地域や期間を限定するまでもなく、XはY社に対し競業禁止義務を負うものというべきである。

5 上記競業禁止特約が効力を認められる以上、Y社の差止請求は理由がある。しかし、その範囲は、技術の陳腐化やY社の上記技術を独占できるわけではないこと等を考慮すると、本判決確定後2年間に限られるべきである

本件は、差止めまで認められた数少ないケースです。

競業避止義務違反の判断基準は、他の裁判例と同じです。

なお、損害賠償請求についは、Y社・X間の競業禁止特約に従い、損害賠償の予定として定められた、違約金としての、フランチャイズシステムの開業資金等及びロイヤリティ相当分を基準にして、Y社が上記技術を独占できるわけではないことから、このうち7割をY社の損害として認められました。

賠償金額をどのように算定するかは、難しい問題ですので、予め損害賠償額の予定をしておくと、便利ですね。

どのような損害賠償の予定を定めておくべきかは、顧問弁護士に相談してみてください。

競業避止義務12(フューチャーアーキテクト事件)

おはようございます。

さて、今日は、競業避止義務に関する裁判例を見てみましょう。

フューチャーアーキテクト事件(東京地裁平成21年1月19日・判時2049号135頁)

【事案の概要】

Y社は、企業経営・情報システムのコンサルティング業務、情報システムの設計・開発等を業とする会社である。

Xは、Y社に従業員として雇用されたが、約5年後、Y社から懲戒解雇された。

Y社とXとの間には、機密保持契約が締結されており、Xは、同契約に基づき、Y社の事業と競合し又はY社の利益と相反するいかなる事業活動にも従事、投資又は支援しない義務を負っていた。

Xは、Y社との雇用契約上の競業避止義務に違反して、Y社在職中に、Y社と競合するA社に出資し、その後、A社が株式会社に組織変更された際に株主となり、その後、A社の代表取締役に就任した。

A社は、Y社の顧客Z社から継続的に業務を請け負った。

Y社は、これにより、Y社がZ社から業務を受注する機会を喪失させたと主張し、Xに対し、損害賠償を請求した。

【裁判所の判断】

本件競業避止義務に関する合意は、有効である。

【判例のポイント】

1 Xは、Y社在職中、A社に出資し、その後、A社が株主会社に組織変更された際にはA社の株主となり、その後、A社の代表取締役に就任し、現在も、発行済み株式200株のうち10株を保有していること、加えて、Y社は、企業経営・情報システムのコンサルティング業務、情報システムの設計・開発等を業とする会社であること、A社は、Y社からABプロジェクトの業務の一部を受託するなどY社との取引関係を有していたこと、A社は、本件各取引により、ソフトウェアプログラムの開発業務やシステムのメンテナンス業務を請け負っていたこと、Y社は、ABプロジェクト以外において開発したシステムのメンテナンス業務を請け負うこともあったことからすれば、A社は、Y社の事業と競合し、Y社の利益と相反する事業活動を行っていたものであって、Xは、A社の事業活動に従事し、A社に等し、支援していたと認められる。
そうすると、Xは、Y社の事業と競合し、Y社の利益と相反する事業活動に従事し、投資、支援したものと認められ、本件競業避止義務に違反したものというべきである

2 Xの本件競業避止義務違反の結果、Y社が本件各取引をZ社から受注する機械を喪失したと認めることはできないから、Y社のXに対する競業避止義務違反に基づく損害賠償請求は、理由がない

本件は、在職中の従業員の競業避止義務違反が問題となっています。

競業避止義務違反であることについては、あまり異論がないところだと思います。

本件のポイントは、競業避止義務違反を認めつつも、損害の立証がないとして、その部分についてのY社の請求を棄却した点です。
(なお、本件は、別の理由で、Xに対し、約880万円の支払いを命じています。)

競業避止義務違反による損害賠償請求は、その損害の立証が困難です。

会社側としては、この裁判例を参考にし、事前に適切な対策をとるべきです。

対策方法については、顧問弁護士に質問してみてください。

競業避止義務違反が認められたけれど、損害賠償請求は棄却された、では意味がありません。

競業避止義務11(エックスヴィン(ありがとうサービス)事件)

おはようございます。

さて、今日は、競業避止義務に関する裁判例を見てみましょう。

エックスヴィン(ありがとうサービス)事件(大阪地裁平成22年1月25日・労判1012号74頁)

【事案の概要】

Y社は、フランチャイズチェーンシステムによる飲食店業の加盟店の募集及び加盟店の経営指導等を行う株式会社である。

Y社は、高齢者向け宅配弁当の業界で有力な企業であり、全国に約330店舗を展開している。

Xは、Y社との間で弁当宅配に関するフランチャイズ契約を締結していた者である。

Xは、本件フランチャイズ契約を締結する以前に弁当宅配事業を営んでいた経験はない。

本件フランチャイズ契約には、責任地域に関して、「Y社は、Xがフランチャイズ営業を行う地域を岡崎市エリアと定め、この地域においては、他の同一業態によるフランチャイズ営業を認めないものとする」との規定があり、競業避止義務に関して、「Xはフランチャイジーの権利をそうしたした後は、Y社と同一若しくは類似の商標ないしサービスマークを使用し、あるいは宅配クックワン・ツゥー・スリーフランチャイズシステムと同一若しくは類似の経営システムないし営業の形態・施設を持って3年間は事業をしてはならない」「競業避止義務に違反した場合、解除日直近の12ヶ月間・・・の店舗経営の実績に基づく平均月間営業総売上・・・に対し、本部ロイヤリティー相当額の36ヶ月分を支払う」との規定があった。

その後、本件フランチャイズ契約は、期間満了により終了した。

しかし、Xは、その後も、同一場所において、屋号のみ「ありがとうサービス」に変更して、弁当宅配業を継続している。

Y社は、Xらに対し、営業差止め、損害賠償の請求をした。

【裁判所の判断】

本件競業避止義務規定は、有効であり、営業の差止めおよび914万余円の損害賠償請求を認めた。

【判例のポイント】

1 XはY社の展開するフランチャイズ事業に対する信頼・評価を基に宣伝・広報活動等を行い、顧客を獲得することができたこと、Xは本件フランチャイズ契約の締結以前に弁当宅配事業を営んだ経験がなく、Y社のフランチャイズシステムなくして容易に事業に参入できたとは考え難いこと、Y社がXの責任地域(岡崎市エリア)において他の同一業態によるフランチャイズ営業を認めないことで、Xは岡崎市内においてY社のフランチャイズシステムを利用した高齢者向けの弁当宅配事業を独占的に展開することができたことなどからすれば、本件競業避止義務規定は、XがY社のフランチャイズシステムを利用して獲得・形成した顧客・商圏をそのまま流用することを防止し、Y社のフランチャイズシステムの顧客・商圏を保全する意義を持つもので、合理性を有する

2 また、Y社は、メニューの内容や安否確認サービスなどにより、他の業者との差別化に意を用いており、Xはこのような具体的な工夫をそのまま利用することができたもので、本件の競業避止義務規定は、XがY社の有する高齢者宅配弁当事業のノウハウをそのまま流用することを防止し、営業秘密を保持する意義を持つものであり、この点からも合理性を有する。

3 他方、Xが被る営業の自由の制約等の不利益については、本件競業避止義務規定が、期間を契約終了後3年間とし、対象営業を同種の弁当宅配業等に限定していること、Y社は本件訴訟において、営業差止めの対象地域を岡崎市内に限定していることからすれば、Xの被る営業の自由の制約等の不利益は、相当程度緩和されている。したがって、本件の競業避止義務規定は、Xの営業の自由等を過度に制約するものとはいえず、公序良俗に違反し無効であるとはいえない

このケースでは、裁判所は競業避止義務規定の効力を認めました。

基本的には、競業避止義務規定の趣旨目的の合理性およびXが被る不利益の程度を総合的に検討するという判断基準です。

とても参考になりますね。

やはり事前に顧問弁護士に相談し、対策を講じることが大切ですね。

競業避止義務10(消防試験協会事件)

おはようございます。

さて、今日は、競業避止義務に関する裁判例を見てみましょう。

消防試験協会事件(東京地裁平成15年10月17日・労経速報1861号14頁)

【事案の概要】

Y社は、消防用設備等の試験検査等を目的とする会社である。

Xは、Y社に入社し、10年程勤務し、自己都合で退社した。

Y社の就業規則には、競業避止義務(退職後2年間)、機密保持義務に関する規定がある。

また、Xは、Y社に対し、退職直後に、誓約書を提出している。

誓約書の内容は、退職後5年間の競業避止義務が記載されている。

Xは、Y社退職後、約1ヶ月後に、A社を設立し、A社の取締役となった。

A社は、建物の消火設備についてのコンサルタント業務等を目的とする会社である。

Y社は、X及びA社に対し、第一時的には債務不履行、第二次的には、共同不法行為による損害賠償及び競業行為の差止めを求めた。

【裁判所の判断】

本件競業避止義務に関する合意は、公序良俗に反し無効である。

【判例のポイント】

1 本件特約は、退職後のXに対し、事後の職業選択の自由を制約する内容のものである。これに対し、Xにとっては本件特約の見返りとなるものは何もない。そうすると、本件特約は、既に退職したXに対し、Y社が新たに一方的な義務をおわせるものにほかならないところ、本件において、Xが上記のような内容の本件誓約書を真実その自由意思に基づいて作成したとみられるような状況はなく、かえって、Y社が退職金請求に必要な書類等を交付する条件と精神に照らすと、そのようにして作成された本件誓約書に法的効力を認めることはできないと解するのが相当である
したがって、本件誓約書を根拠にXが原告に対し、競業避止義務を負うということはできない。

2 就業規則改訂による退職後2年間の競業避止条項新設につき、改訂およびその内容をXを含む従業員らに示して同意を得たことを認める証拠はなく、それが合理的なものと評価しうる事情の必要を肯定できる事実関係は認められない。

3 契約に基づく競業避止義務が否定される場合であっても、社会通念上相当とされる自由競争の枠を超え、不正な手段・方法・態様等によって競業を行うなどし、同業他社の営業活動その他の権利を侵害ないし妨害した場合は、その行為者に不法行為が成立する余地がある。しかし、Xらの行為は、自由競争社会において当然容認される経済活動の範囲を逸脱するものとはいえず、その他本件において、Xらに違法な行為があったことを認めるに足りる証拠はない。

退職金の支払いと誓約書の支払いがリンクしていて、会社から「誓約書を出してもらえないなら退職金を支払わない」という形になっている場合には無効になる可能性があるということです。

会社としては、注意しなければいけません。

なお、退職金制度に、競業の場合に減額、あるいは不支給にするという制度を設けておくことで、実質的に退職後の競業避止を抑止する効果を得ることができます。

具体的な制度設計については顧問弁護士に相談しながら検討しましょう。

競業避止義務9(プロジェクトマネジメント事件)

おはようございます。

さて、今日は、競業避止義務に関する裁判例を見てみましょう。

プロジェクトマネジメント事件(東京地裁平成18年5月24日・判タ1229号256頁)

【事案の概要】

Y社は、企業、団体、個人に対してプロジェクトマネジメント(PM)に関する講座を提供することを主な業務とする会社である。

Xは、Y社に入社し、PM研修の講師と顧客に対する営業活動に従事していたが、その後、退職した。

Xは、Y社入社にあたり、雇用契約書を取り交わした。

雇用契約書には、秘密保持義務、競業禁止等が記載されている。

Xは、Y社退職時、競業禁止について約束したことを暗黙の前提にしながら、「わたしも生きていかなくちゃいけないので。」と述べ、Y社と競業する仕事に就くこともありうることを臭わす発言をした。

そこで、Y社は、Xに対し、Y社におけるPMの教育業務に関する教材及びその電子データの全部又は一部を第三者に開示及び提供してはならないこと、雇用契約に記載されている競業禁止の合意に基づき、退社から2年間、PMの教育業務及びコンサルティング業務に関する自己又は第三者の営業又は勧誘のために、Y社の顧客に対し接触してはならない、自ら又は第三者のためにPMの教育業務及びコンサルティング業務をしてはならないなどの仮の差止めを求めた。

Xは、競業禁止合意が公序良俗に違反し無効である等と主張し争った。

【裁判所の判断】

本件の競業禁止に関する合意は公序良俗に違反せず有効である。

【判例のポイント】

1 会社が、労働者を雇用するに際し、、比較的高度な情報に接する部署に勤務させる労働者との間で、退職後の競業を禁止する旨の合意をすることは世上よく見られる出来事である。このような競業禁止条項を締結する目的は、当該労働者が退職後に会社の顧客を奪うことを防止する点に狙いがあり、利益を追求することを目的とする会社にとっては、必要な防衛手段といえよう。しかし、競業禁止条項を設けることは、労働者の職業選択の自由を奪うことにつながることから、競業禁止条項を無制限に認めることはできず、無制限に認める競業禁止条項は、公序良俗に反し無効というべきである。結局、競業禁止条項が合理的な内容であれば、その範囲内でかかる条項の内容は有効と考えるのが相当であり、また、合理的内容であるか否かを判断するに当たっては、(1)競業禁止条項制定の目的、(2)労働者の従前の地位、(3)競業禁止の期間、地域、職種、(4)競業禁止に対する代償措置等を総合的に考慮し、労働者の職業選択の自由を不当に制約する結果となっているかどうか等に照らし判断するのが相当と考える。

2 競業禁止条項制定の目的は、Y社の教材等の内容やノウハウを保持し、他の競業業者の手に渡らないようにすることにあり、正当な目的であると評価できる。

3 XはY社入社前にはPMの教育業務及びコンサルティング業務に従事した経験がなく、また、当該業務のノウハウを持っておらず、退職後2年間Y社において身につけたPMの前記業務を行うことを制限することには合理的理由があり、Xの職業選択の自由を不当に制限す結果になっているとまでは言い難い。

4 競業禁止期間はY社退職後2年間であり、同業他社も同様の規定を設けており、期間が長期間でXに酷に過ぎるとまでは言い難い。

5 営業・勧誘活動を行ってはならない対象となる顧客は、これまでY社の研修を受けるなど既に取引関係が形成されている会社を指し、そうだとすると、対象範囲が余りに広すぎるとはいえない。

6 XがY社から支給された報酬の一部には退職後の競業禁止に対する代償も含まれているといえる。

本件は、競業の差止めを認める珍しいケースです。

具体的な代償措置は講じられていませんでしたが、Xの給料が約1500万円と高額であったため、その中に代償措置分も含まれていると解釈されています。

判決理由を読むと、差止めが認められた理由がよくわかります。

訴訟の是非を含め、日頃から顧問弁護士に相談しながら対応することが大切です。

競業避止義務8(新日本科学事件)

おはようございます。

今日も一日がんばります!!

さて、今日は、競業避止義務に関する裁判例を見てみましょう。

新日本科学事件(大阪地裁平成15年1月22日・労判846号39頁)

【事案の概要】

Y社は、医薬、農薬、食品、化粧品などの開発研究のための薬理試験、一般毒性試験などの実施を業とする会社で、製薬会社等から医薬品等の開発業務を受託する開発業務受託機関(CRO)として医薬品等の治験を行っている。

Xは、薬科大学を卒業し、薬剤師の資格取得後いくつかの製薬会社に勤務し、その後、Y社に入社したが、入社後2年弱で退職した。

Xは、Y社入社時には、競業避止義務の契約書および誓約書を、退職時には、同内容の合意書を提出した。

内容は、退職後1年以内は、Y社およびY社グループと競業関係にある会社に就職せず、これに反した場合は損害賠償義務を負うというものであった。

なお、Xには、Y社から秘密保持手当として月額4000円が支給されていた。

Xは、Y社を退職した翌日、Y社と同業のA社に入社し、新薬の開発に関する治験の実施およびモニタリング業務に従事するようになった。

Y社は、X及びA社に対し、競業行為の中止を求める内容証明郵便を送付した。

Xは、本件の競業避止義務に関する合意は、公序良俗に反して無効であるとして裁判を起こした。

【裁判所の判断】

本件の競業避止義務に関する合意は、公序良俗に反し無効である。

【判例のポイント】

1 従業員の退職後の競業避止義務を定める特約は従業員の再就職を妨げその生計の手段を制限してその生活を困難にするおそれがあるとともに、職業選択の自由に制約を課すものであるところ、一般に労働者はその立場上使用者の要求を受け入れてこのような特約を締結せざるを得ない状況にあることにかんがみると、このような特約は、これによって守られるべき使用者の利益、これによって生じる従業員の不利益の内容及び程度並びに代償措置の有無及びその内容等を総合考慮し、その制限が必要か合理的な範囲を超える場合には、公序良俗に反し無効であると解するのが相当である

2 Xが従事した治験の実施に関するノウハウについては、CROによって手続が異なるということはなく、また、Y社独自のノウハウといえるものはなかった

3 XはY社に入社したばかりで、新GCP(厚労省令の「医薬品臨床試験の実施基準」)に従った治験手続に参加した経験はなく、それぞれの治験薬ないし治験手続についてのすべての知識やノウハウを得ることができる地位にあったとはいえず秘密保持義務と競業避止義務とを課すことにより担保する必要性は低い

4 Xは、大学卒業以降Y社を退職するまでの約17年5カ月間の職業生活のうち12年近くの期間にわたって新薬の臨床開発業務に従事し、治験のモニター業務を行ってきたことに照らすとXの再就職を著しく妨げるものである

5 Xが受ける不利益が、競業避止義務によって守ろうとするY社の利益よりも極めて大きく、Xには在職中月額4000円の秘密保持手当が支払われていただけで退職金その他の代償措置は何らとられていない

6 これらの事情に鑑みると、XがY社を退職する際にした競業避止義務に関する合意は、競業回避義務の期間が1年間にとどまることを考慮しても、その制限は必要かつ合理的な範囲を超えるものであり、公序良俗に反して無効である。

妥当な結論だと思います。

総合考慮により、結論が決まるので、会社としては、「競業避止義務違反だから損害賠償請求」という形式的な判断は避けなければいけません。

競業避止義務違反に関する裁判の場合、「会社独自のノウハウや企業秘密の存否」については会社・従業員ともに十分に検討する必要があります。

競業避止義務を課す必要性に大きく関わってきます。

なお、このケースは、XがY社に対し、競業避止義務不存在確認請求をしたものです。

確認の利益の有無について争点となったのですが、この点について裁判所は以下のとおり判断しました。

Y社は、Xに対して未だ損害賠償を請求しておらず、また請求する予定もないから本件の訴えには確認の利益はないと主張するが、Y社はXおよびA社い対し競業行為の中止を求めたこと、および本件において「請求棄却の判決を求めるとともに、将来、本件訴訟の対象となっている損害賠償義務の存在を前提としてXにその履行を求める可能性があることを示唆しているから、本件の訴えには確認の利益がある

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務7(ピアス事件)

おはようございます。

さて、今日は、競業避止義務に関する裁判例について見ていきましょう。

ピアス事件(大阪地裁平成21年3月30日・労判987号60頁)

【事案の概要】

Y社は、化粧品販売及び美容サービス等の提供等を業とする会社である。

Xらは、Y社の従業員であったが、自己都合で退職した。

Y社は、米国所在のZ社との間で、日本国内での眉に関する美容トリートメント事業について独占代理店になる旨の契約を締結し、その後、本件事業のアジア地域における独占的な営業権を購入する旨の契約を締結している。

本件事業の立上げに際し、Xらは、新規事業開発部事業ディレクターに就任した。Xらは、本件事業における中心的な立場にあった

Xらは、在職中に、Y社に対し、在職中および退職後にわたり、Y社の経営・人事・経理・業務・マーケティング・製品開発・研究・製造・営業に関する情報等を開示・漏洩または使用しないとする機密保持契約書を提出している。

Y社就業規則には、無許可の兼職を禁止する規定および無許可の兼職を懲戒解雇事由とする規定がある。

Xらは、退職届をY社に提出した後(退職する前)、ビューティーサロン及びエステティックサロンの経営等を目的とするA社を設立した。

Xらは、A社の設立当初から、A社の取締役に就任していた。

Y社の賞罰委員会は、Xらに対し、懲戒解雇処分相当ないし懲戒解雇処分とし、Y社退職金規程に基づき、退職金を支給しない旨を通知した。

Xらは、Y社に対し、退職金等の支払いを請求した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 A社の設立・取締役就任については、Xらは、Y社在職中に、本件事業と競合する事業を営むことを目的として、A社設立に関する準備行為をし、同社取締役に就任したものと認められ、このようなXらの行為は、無許可の兼職等を禁止するY社就業規則の規定に違反し、無許可の兼職等を懲戒解雇事由とする規定に該当し、また、雇用契約上の職務専念義務および誠実義務に反するものである。

2 秘密保持義務違反については、Xらは、機密保持契約書に基づき、Y社における機密情報について、在職中および退職後にわたり、無断で開示・漏洩または使用しない義務を負っており、Xらは、当該誓約書の記載のとおり、競業避止義務を負う。

3 XらがA社で提供している眉の美容トリートメントに関する技術の相当部分は、XらがZ社での研修によって習得した独自の技術を基にして、XらがY社においてさらに習得した技術を加味したもので構成されていると認めるのが相当である。そして、Xらがその保有技術をA社で提供していることは、本件秘密保持義務および本件就業規則の規定に違反し、機密漏洩等を懲戒解雇事由とする規定に該当するものである。

4 Xらの行為は、Y社における職場秩序を少なからず乱すものであり、XらのY社における勤続の功を抹消する程度にまで著しく信義に反する行為であったと認められる。
Xらの退職金請求は、その全額において権利の濫用にあたる

XらがY社において重要な地位にあったことや、A社で提供している商品技術の性質等からすると、このような判断はやむを得ないと思います。

退職金についても全額不支給となっています。

通常、退職金は、算定基礎賃金に勤続年数別の支給率を乗じて算定されるので、一般的に賃金の後払い的性格を有しています。他方で、支給基準において自己都合退職と会社都合退職とを区別したり、勤務成績の勘案がなされる場合もあるなど功労報償的性格も有しています。

懲戒解雇が有効とされる場合でも、なお退職金不支給の適法性は別途検討されるべき問題です。

多くの裁判例において、「退職金の全額を失わせるに足りる懲戒解雇の理由とは、労働者に永年の勤労の功を抹消してしまうほどの不信があったことを要する」としています。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務6(アサヒプリテック事件)

おはようございます。

さて、今日は、競業避止義務に関する裁判例を見ていきます。

アサヒプリテック事件(福岡地裁平成19年10月5日・労判956号91頁)

【事案の概要】

Y社は、歯科用合金スクラップ、電子材料、宝飾製造業からの排出屑を買い取り、貴金属の回収をするリサイクル業及び産業廃棄物の無害化処理等の環境保全事業を主たる目的とする会社である。

Xは、Y社の従業員である。

Y社の就業規則には、退職後2年以内の競業避止義務に関する規定がある。

Xは、Y社入社時、退職後3年以内の競業避止義務に関する誓約書を提出した。

Xは、Y社退職後、個人で、歯科医院等から排出される歯科用合金スクラップの買取業を始めた。

Y社は、Xに対し、誓約書に基づく合意及び就業規則の競業避止条項に基づき、上記買取りの禁止及び債務不履行に基づく損害賠償を求めた。

【裁判所の判断】

請求棄却。

【判例のポイント】

1 退職後一定期間は使用者である会社と競業行為をしない旨の入社時における特約や就業規則の効力は、一般に経済的弱者の立場にある従業員の生計の方法を閉ざし、その生存を脅かすおそれがあるとともに、職業選択や営業の自由を侵害することになるから、上記特約や就業規則において競業避止条項を設ける合理的事情がない限りは、職業選択や営業の自由に対する侵害として、公序良俗に反し、無効となるいうべきである。
したがって、従業員が、雇用期間中、種々の経験により、多くの知識・技能を取得することがあるが、取得した知識や技能が、従業員が自ら又は他の使用者のもとで取得できるような一般的なものにとどまる場合には、退職後、それを活用して営業等することは許される。

2 しかしながら、当該従業員が会社内で取得した知識が秘密性が高く、従業員の技能の取得のために会社が開発した特別なノウハウ等を用いた教育等がなされた場合などは、当該知識等は一般的なものとはいえないのであって、このような秘密性を有する知識等を会社が保持する利益は保護されるべきものであり、これを実質的に担保するために、従業員に対し、退職後一定期間、競業避止を認めることは、合理性を有している。

3 会社との間で取引関係のあった顧客を従業員に奪われることを防止するという目的のみでは、競業避止条項に合理性を付与する理由に乏しいが、この目的を主たる理由とする場合でも、会社が保有していた顧客に関する情報の秘密性の程度、会社側において顧客との取引の開始又は維持のために出捐(金銭的負担等)した内容等の要素を慎重に検討して、会社に競業避止条項を設ける利益があるのか確定する必要がある。そして、他の従業員への影響力、競業制限の程度、代替措置等の要素の存否を検討し、会社と従業員の利益を比較考量して、競業避止条項を設ける合理的事情がある場合には、公序良俗に反しない場合もある。

4 Y社が競業避止条項を設けた目的は、XによってY社の顧客を奪われることを防止することにあるところ、顧客情報等の秘密性に乏しく、Y社がXに対し競業避止を求める利益は小さいと言わざるを得ない。
他方、競業避止の対象となる取引の範囲(種類、地域)は広範で、期間も長期に及び、競業避止条項により、Xの生存権、職業選択の自由、営業の自由に対する侵害の程度が大きいことが認められる。
そして、Xは、Y社において役職等を有しておらず、退職後、Y社従業員に対し影響力を有する地位等にあったとはいえない。また、Y社がXに対し競業避止に関する代替措置を講じた事実は認められない。

この裁判例では一般論がしっかりと書かれており、非常に参考になります。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務5(エーディーアンドパートナーズ(アルケ通信社)事件)

おはようございます。

さて、今日は、競業避止義務に関する裁判例を見てみましょう。

エーディーアンドパートナーズ(アルケ通信社)事件(東京地裁平成20年7月24日・労判977号86頁)

【事案の概要】

Y社は、主として不動産に関する広告・印刷業等を目的とする会社である。

Xは、Y社の従業員として、営業企画部に配属され、営業活動に従事し、退職した。退職時の役職は営業企画部課長である。

Y社就業規則には、会社の機密事項等に関する守秘義務が規定されていた。

また、Xは、Y社退職時に、同内容の誓約書をY社に提出した。

Xは、Y社を退職し、約1カ月後、広告関連事業を目的とするA社を設立し、A社の代表取締役となった。

Y社は、Xが、Y社在職中に営業企画部課長として関与した取引先会社B社から受注予定の広告事業について、Y社から受注を奪うべく在職中又は退職後にB社に対して働きかけを行い、退職後に自ら設立したY社と競業するA社において、当該受注を受けるとともに、B社を奪いY社に損害を与えたとして、X及びA社に対し、不法行為又は債務不履行による損害賠償請求をした

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xの退職の理由は、二女が誕生し、妻が自宅療養中であるなどの家庭事情がある中で、Y社の勤務環境および当該家庭事情を理由とする研修不参加に対する幹部らの対応に失望したことにある。

2 Xは退職の時点では、会社を設立するか同業他社に転職するかについて決めかねていた。

3 引継ぎの際、Xは、最終段階できちんとした企画書を提出さえすれば受注はほぼ間違いないであろうと考えたことから、Y社従業員に対し、企画書さえ出せば受注は取れる、最初から企画書はかちっとしたものでなくてもよい、などと発言した。

4 B社は当初からコンペにより発注先を決定する方針であった

5 XがY社在職中はもとより退職後も、B社から企画書提出の要請を受けるまでの間に、B社に接触を図ったり、B社に提出するA社企画書の作成に当たり、Y社在職中に知り得た情報等を使用したことなどは認められず、引継ぎについても、ことさらにY社従業員を油断させるようなものとはいえない

 Xは、Y社退職後、A社設立準備中にB社担当者からコンペ参加の打診を受け、Y社在籍中に知り得た業務上または技術上の秘密等を利用することなく、退職後に自ら行った現地調査や周辺環境の調査等をもとに、それまで培った経験・知識等を生かして企画書を作成・提出し、、受注に至ったのであり、これを自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできない

このように、裁判所は、Xが代表取締役を務めるA社が、B社から新規プロジェクトを受注できたのは、B社のコンペにおいて最も高い評価を得たためであり、これを自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできないと判断しました。

妥当な判断だと思います。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。

競業避止義務4(ヤマダ電機事件)

おはようございます。

今日は、競業避止義務違反に関する裁判例を見てみましょう。

ヤマダ電機事件(東京地裁平成19年4月24日判決・労判942号39頁)

【事案の概要】

X社は、家電量販店チェーンを全国的に展開しており、業界最大規模の会社である。

従業員Yは、X社在職中、地区部長・店長等を務めていた。

YはX社を退職し、その翌日、人材派遣会社に登録し、競業会社G1の子会社G2へ派遣され就労した。

Yは、退職の1ヶ月半後、G1へ入社。

X社とG1社は、大手の量販店チェーンのなかでも激しい競争を繰り広げるライバル関係にあった。

X社には、一定の役職以上の従業員が退職する際には競業避止義務等を負わせることとしており、Yも退職時に役職者誓約書を作成し提出した。

誓約書には、「退職後、最低1年間は同業種(同業者)、競合する個人・企業・団体への転職は絶対に致しません」とする競業避止条項および「上記に違反する行為を行った場合は、会社から損害賠償他違約金として、退職金を半額に減額するとともに直近の給与6か月分に対し、法的処置を講じられても一切異議は申し立てません」とする違約金条項が設けられていた。

X社は、Yに対し、競業避止義務違反を理由として損害賠償請求をした。

【裁判所の判断】

一部認容(競業避止義務違反を認めた)

【判例のポイント】

1 会社の従業員は、元来、職業選択の自由を保障され、退職後は競業避止義務を負わないものであるから、退職後の転職を禁止する本件競業避止条項は、その目的、在職中のYの地位、転職が禁止される範囲、代償措置の有無等に照らし、転職を禁止することに合理性があると認められないときは、公序良俗に反するものとして有効性が否定される

2 Yは、X社の店舗における販売方法や人事管理のあり方を熟知し、全社的な営業方針、経営戦略等を知ることができた。このような知識及び経験を有するYが、X社を退職した後直ちに、直接の競争相手に転職した場合には、その会社が利益を得る反面、X社が相対的に不利益を受けることが容易に予想されるから、これを未然に防ぐことを目的として、Yのような地位にあった従業員に対して競業避止義務を課すことは不合理ではない。

3 X社固有のノウハウ等につきX社による具体的な主張立証がなくても、本件事情等を考慮すると、判断を左右するものではない。

4 退職金の半額を違約金として請求することは不合理ではない。

原告の請求金額は約420万円。

判決で認容された金額は、約140万円。

この金額、多いとみるか、少ないとみるか・・・ 

ある程度の役職の人が、ライバル会社に退職後すぐに転職したら、前の会社としては、つらいところです。

本件では、Yは、退職後、いきなりG1社に転職すると、競業避止義務違反になることが明らかだったので、それを回避するために、ひとまずG2社で派遣就労をしました。

ところが、裁判所は、G2社は実質的にはG1社の一部門とみることができるという理由で、G2社で稼働したことも競業避止義務違反と認定しました。

訴訟の是非を含め、対応方法については事前に顧問弁護士に相談しましょう。