Category Archives: 賃金

賃金22(淀川海運事件)

おはようございます。

さて、今日は、時間外労働手当の算定基礎からの除外ないし減額が問題となった裁判例を見てみましょう。

淀川海運事件(東京地裁平成21年3月16日・労判988号66頁)

【事案の概要】

Y社は、自動車運送事業等を主たる目的とする会社である。

Xらは、いずれもY社に期間の定めなく雇用され、トレーラーの運転手等として、稼働してきた。Xらはいずれも組合員である。

Y社は、組合は、皆勤手当と無事故手当を廃止し、代わりに2カ月ごとに査定の上、2カ月ごとに支給される精皆勤報奨金・無事故報奨金を設けることを内容とする協定を締結した。

【裁判所の判断】

各手当を廃止して報奨金とした制度変更は無効。

【判例のポイント】

1 労基則21条は、・・・「別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」を掲げる。ここにいう「臨時に支払われた賃金」とは、臨時的、突発的事由に基づいて支払われるもの及び結婚手当等支給条件は予め確定されているが、支給事由の発生が不確定であり、かつ非常に稀に発生するものをいう(昭和22年9月13日発基第17号)と解される。上記規則12条に列挙されたものは、労基法の強硬法規的性格からいって、限定列挙又はそれに近いものと考えられる。したがって、ここに列挙された手当以外の費目は、基本的に時間外手当の算定の基礎となるものというべきである。そして、算定の基礎となるか否かは、手当の名称にかかわらず、その実質によって判断されるべきである

2 平成19年7月以前に、前記皆勤手当、無事故手当、住宅手当及び乗車手当が、運転手である各従業員に一律支給されていたものであることは、争いのない事実である。したがって、これら手当のうち皆勤手当及び無事故手当は、基本給と同様な賃金の一部であるということができ、これを時間外手当の算定の基礎から除外して計算して時間外手当を支給する行為は、労基法37条4項及び同項施行規則21条に違反するというべきである

3 一般的に、各種手当のうち、毎月支給していたものを、評価の期間を変更してそれ以上の期間で評価し、支給することは許されないものではないと考えられる。しかしながら、本件においては、Y社が皆勤手当と無事故手当を時間外手当算定の基礎から除外したことはXらが労基署に申告したことから、Y社は労基署から是正勧告を受け、そのような中で、これら各手当を廃止し、2か月ごとに査定の上、2か月ごとに支給される精皆勤報奨金・無事故報奨金の制度に変え・・・。もともとそれまで1か月単位で評価していたものを2か月単位にすることの合理的な理由は、証拠によっても、明らかでない。しかも、それまでの皆勤手当と無事故手当は、一律支給で賃金の一部を構成していたのであるから、このようなものを廃止して報奨金の制度に変えることについてはなおさら慎重であるべきである。その上、Y社代表者本人によれば、現在でも1か月ごとに査定しているというのであるから、実態にどの程度変更があるのか疑問なしとしない。とすれば、このような事実関係の下においては、上記制度変更は、労基法37条を潜脱するためのものと解するのが相当であり、脱法行為として無効というべきである

裁判所から、時間外労働手当の算定基礎から除外することが目的であると判断されてしまいました。

法律の条文には抵触しませんが、裁判所は、法の潜脱、脱法行為は許してくれません。

気になるのが、上記判例のポイント3の冒頭部分です。

「一般的に、各種手当のうち、毎月支給していたものを、評価の期間を変更してそれ以上の期間で評価し、支給することは許されないものではないと考えられる」

ということは、本件でY社がやろうとしていたことが絶対に許されないというわけではなさそうです。

・・・脱法行為ではないんですかね。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金21(福岡雙葉学園事件)

おはようございます。

さて、今日は、人事院勧告に基づく期末手当引下げに関する最高裁判例を見てみましょう。

福岡雙葉学園事件(最高裁平成19年12月18日・労判951号5頁)

【事案の概要】

学校法人であるY社の就業規則には、「職員の給与ならびにその支給の方法については、給与規程によりこれを定める」との規定があり、これを受けた給与規程には、「期末勤勉手当は、6月30日、12月10日および3月15日にそれぞれ在職する職員に対して、その都度理事会が定める金額を支給する」との規定がある。

平成14年8月に発表された同年度の人事院勧告は、月例給を2.03%、期末勤務手当を0.05ヶ月引き下げる旨を勧告した。

Y社は、理事会において、同勧告に準拠して給与規程を改定し、職員の月例給を引き下げることを決定するとともに、同年度期末勤勉手当の支給額について、調整するとの決定をした。

これに対し、Y社の教職員であるXらは、Y社に対し、本件各期末勤勉手当の残額等の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社の期末勤勉手当の支給については、具体的な支給額又はその算定方法の定めがないのであるから、前年度の支給実績を下回らない期末勤勉手当を支給する旨の労使慣行が存したなどの事情がない限り、期末勤勉手当の請求権は、理事会が支給すべき金額を定めることにより初めて具体的権利として発生する。

2 本件における12月期の期末勤勉手当の支給額については、各年度とも、5月理事会における議決で、算定基礎額及び乗率が一定決定されたものの、人事院勧告を受けて11月理事会で正式に決定する旨の留保が付されたというのであるから、本件各期末勤勉手当の請求権は、11月理事会の決定により初めて具体的権利として発生したものと解されるので、給与の引下げを内容とする人事院勧告を受け、本件各期末勤勉手当において本件調整をする旨の11月理事会の決定が、既に発生した具体的権利を処分し又は変更するものということはできない。

3 仮に、5月理事会において議決された本件各期末勤勉手当の支給額算定方法の定めが、Y社の就業規則の一部を成す給与規程の内容となったものと解し、11月理事会の決定がXらの労働条件を不利益に変更するものであると解する余地があるとしても、Y社においては、長年にわたり、人事院勧告に倣って毎年給与規程を増額改定し、それまでの給与増額相当分を別途支給する措置を採ってきたというのであって、増額の場合にのみ遡及的な調整が行われ、減額の場合にこれが許容されないとするのでは衡平を失するから、11月理事会の決定は合理性を有する。

国家公務員についての人事院勧告は、年度途中になされることが多いですが、近年の人事院勧告においては、給与等の引下げを勧告する例がみられるようになっており、これを受けて、勧告前に支払った金額に相当する額を減額したのと同様の結果となるように期末手当等において調整する場合があります。

そして、同勧告は、私立学校や社会福祉法人などにおける賃金等の決定においても準拠されることがあるため、このような調整措置が労働契約上どのように評価されるかという問題が生じます。

本件最高裁判例は、上記のとおり、給与引下げを内容とする勧告に基づき期末手当等により調整を図る措置を適法としました。

本件と同様の賃金システムを採用している会社としては、参考になる判例だと思います。

個人的には、結論はさておき、最高裁のとっている理屈がいまいちしっくりきません。

就業規則の不利益変更の問題とのバランスがとれているのでしょうか。

期末勤勉手当を賞与ではなく、あくまで給与として取り扱う以上、同手当について、完全に理事会の裁量とするのは、腑に落ちません。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金20(中山書店事件)

おはようございます。

さて、今日は、年俸制の下における年俸額の合意が成立しない場合に関する裁判例を見てみましょう。

中山書店事件(東京地裁平成19年3月26日・労判943号41頁)

【事案の概要】

Xらは、出版業等を営むY社の正社員である。

Y社においては、主任以上の役職者以外の従業員のほとんどに「一般管理職」の肩書きを付与しており、Xらも「一般管理職」である。

Y社は、平成13年2月頃、一般管理職に新たに年俸制を導入すること、就業規則とは別に個別に年俸契約にすることを表明した。

その後、平成14年8月に就業規則改正が行われ、「労使双方面談のうえ原則として7月中に次年度の年俸を決定する」と定められた。

XらとY社の間では、平成15年8月までの年俸額については合意に基づく決定がなされていたが、同年9月以降についてはY社の提示した年俸額にXらが同意せず、両者間で協議が継続している。

この間、Y社は、提示額を上回る年俸額が確定した場合は差額を支給することとしつつ、提示した年俸額に基づいて月例賃金等を支払っている。

Xらは、次年度以降の年俸額を主張し、差額分の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件年俸制の下での年俸額に関するY社とXらとの合意は、1年という期間を設定してされているのであるから、その合意の効力も、設定された期間においてのみ存在すると解される。

2 本件年俸制において、年俸額を決定するためのY社とXらの協議が整わない場合には、使用者であるY社がXらとの協議を打ち切って、その年俸額を決定することができると解され、この場合、Y社のした決定に承服できない当該社員は、Y社が決定した年俸額がその裁量権を逸脱したものかどうかについて訴訟上争うことができると解される。

3 Y社が上記決定権を行使せず、年俸額に関する社員との協議を継続し、社員もこの協議に応じながら労務の提供を継続する場合には、Y社が提案した年俸額よりも低い金額で合意が成立することは通常想定し得ないから、Y社が提案した金額を年俸額の最低額とする旨の合意がされていると解することができ、社員は、Y社が提案した金額をY社に請求することができるが、これを上回る年俸額についての合意がない以上、Y社提案額を上回る金員をY社に請求することはできないと解される。

裁判所の判断によると、本件年俸制の下では、Y社は、Xらとの合意なしに、一方的な年俸減額が許容され得るわけですね。

そして、このような判断は、Y社とXらがY社による一方的な年俸減額があり得る旨の合意も成立していたことを根拠としています。

Y社では、モーニングミーティングにおいて、年俸制について、従業員の目標達成度、貢献度、賃金原資の変動等によっては、年俸額の減額があり得る制度として、その目的、必要性、実施手順等を従業員らに説明していたと認定されています。

ただ、Y社による「一方的な減額」まで、このモーニングミーティングでの説明を根拠に「合意があった」と認定するのは、強引な気がしますが・・。

通常、使用者による労働条件の不利益変更については、かなり厳しい要件を要求されることとのバランスがとれていないように感じます。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金19(モルガン・スタンレー(割増賃金)事件)

おはようございます。

さて、今日は、引き続き時間外賃金の取扱いに関する裁判例を見てみましょう。

モルガン・スタンレー(割増賃金)事件(東京地裁平成17年10月19日・労判905号5号)

【事案の概要】

Y社は、外資系証券会社である。

Xは、Y社の従業員であった者である。

Y社の就業規則によれば、社員の労働時間は平日の午前9時より午後5時30分までとされている。

Xは、平日、前記所定の労働時間のほか午前7時20分から同9時までの間労働したので、労基法37条に基づき、約800万円の超過勤務手当の支払を求めた。

これに対し、Y社は、1年間に年間基本給として2200万円余及び裁量業績賞与約5000万円と多額の報酬を支給しており、Xの請求する超過勤務手当はこれらの報酬に含まれており、既に弁済済みであると反論した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xはこれまで東京銀行、メリルリンチ証券、被告に勤務していたところ、東京銀行時代は超過勤務手当の支給を受けており、所定時間外労働をすれば超過勤務手当が発生することを知っていた。しかるに、Xは、外資系インベストメントバンクであるメリルリンチ証券、Y社に勤務しているときには、超過勤務手当名目で給与の支給を受けていないことを認識しながらこれに対し何ら異議を述べていない

2 Y社がXに対し入社の際交付したオファーレターによれば、所定時間を超えて労働した場合に報酬が支払われるとの記載はされていない

3 XのY社での給与は高額であり、原告が本件で超過勤務手当を請求している平成14年度から同16年度までの間、基本給だけでも月額183万3333円(2200万円÷12=183万3333円)以上が支払われている。

4 Y社はXの勤務時間を管理しておらず、Xの仕事の性質上、Xは自分の判断で営業活動や行動計画を決め、Y社はこれに対し何らの制約も加えていない

5 Y社のような外資系インベストメントバンクにおいては、Xのようなプロフェッショナル社員に対して、所定時間外労働に対する対価も含んだものとして極めて高額の報酬が支払われ、別途超過勤務手当名目での支払がないのが一般的である

6 以上の事実に、Y社のXに対する基本給は毎月支払われ、裁量業績賞与は、支払の有無、支払額が不確定であることに照らすと、Xが所定時間外に労働した対価は、Y社からXに対する基本給の中に含まれていると解するのが相当である。そして、Xは、Y社から、毎月、基本給の支給を受け、これを異議なく受領したことにより、当該月の所定時間外労働に対する手当の支給を受け、これに対する弁済がされたものと評価するのが相当である

本判例では、基本給における割増賃金の部分が明確に示されていないものについても、労働時間の管理とがが困難な職務であったことや、賃金が労働時間ではなく会社への貢献度により決定され、極めて高額なものであったことなどから、労働者の保護に欠ける点はなく労基法37条の制度趣旨に反しないとして、割増賃金が定額の基本給に含まれているとする合意を有効と判断しました。

・・・ちょっと何を言っているのかわかりません。

以下、判例百選第8版93頁の解説を引用します。

「しかし、この事案のような労働者については、本来裁量労働制で管理すべきものであり、また、賃金が高額であることが労基法37条の適用を免れる根拠にはなりえないことからすると、これまでの判例法理に大きな影響を及ぼすものとは解されない。」

同感です。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金18(高知県観光事件)

おはようございます。

さて、今日は、完全歩合制度の下での割増賃金に関する最高裁判例を見てみましょう。

高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日・労判653号12頁)

【事案の概要】

Y社は、タクシー業を営む会社である。

Xらは、Y社に、タクシー乗務員として勤務してきた。

Xらの勤務は隔日勤務で、勤務時間は、午前8時から翌日午前2時(そのうち2時間は休憩時間)である。

Xらの賃金は、タクシー料金の月間水揚高に一定の歩合を乗じた金額を支払うもの(完全歩合給)で、同人らが時間が労働や深夜労働を行った場合にも、それ以外の賃金は支給されない。

また、この歩合給を、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外・深夜労働の割増賃金に当たる部分とに判別することはできない。

Xらは、Y社に対し、午前2時から午前5時までの深夜労働の割増賃金が支払われていないとして、その支払および付加金の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

請求認容。

【判例のポイント】

1 Xらの午前2時以降の就労も、XらとY社との労働契約に基づく労務の提供であること自体は、当事者間で争いのない事実であり、この時間帯のXらの就労を、法的根拠を欠くものとした原審の認定判断は、弁論主義に反する違法なものであり、破棄を免れない。

2 本件請求期間にXらに支給された歩合給の額が、Xらが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、Xらに対して法37条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり、Y社は、Xらに対し、本件請求期間におけるXらの時間外及び深夜の労働について、法37条及び労働基準法施行規則19条1項6号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務がある

完全歩合給制度の場合でも、残業代を支払わなければいけません。

歩合給の場合には、通常賃金に当たる部分はすでに賃金総額に含まれているので、割増賃金として支払うべき時間単価は、時間外労働の場合には25%以上となります。

本判決は、定額の基本給(月給)制における小里機材事件における最高裁判決(昭和63年7月14日・労判523号6頁)が示した判断基準を完全歩合給制度の下での割増賃金支払義務に関しても妥当することを明らかにしました。

完全歩合給制度を採用する会社で、この点をきちんとやっているところってあるんでしょうか・・・?

実際、ちゃんとやろうとすると、結構難しいですね。

本気でやる場合には、顧問弁護士に相談しながら慎重に準備をしましょう。

賃金17(日本システム開発研究所事件)

おはようございます。

さて、今日は、年俸制において年俸額についての労使の合意が成立しない場合の年俸額に関する裁判例を見てみましょう。

日本システム開発研究所事件(東京高裁平成20年4月9日・労判959号6号)

【事案の概要】

Y社は、中央官庁などからの受託調査・研究や会計システムの販売・導入を業とする会社である。

Y社では、一般の賃金体系について定めた就業規則と給与規則を変更しないまま、20年以上前から満40歳以上の研究職員を対象に個別の交渉によって賃金の年間総額と支払方法を決定してきた。

ところが、平成15年度と16年度については、研究室長らが年俸者についての個別業績評価の基礎となる資料の提出を拒んだため、Y社は、個人業績評価ができず、平成14年度の給与のまま凍結して支給した。

さらに、平成17年度にはY社の経営事情が悪化し、債務超過の状態にあることが判明したため、Y社は組織体制の変更や人件費を含む経費削減を行うこととした。

そこで、年俸額の引下げに合意しなかったXら4名が、前年度の年俸額との差額支払を求めて提訴した。

【裁判所の判断】

請求認容。

【判例のポイント】

1 Y社における年俸制のように、期間の定めのない雇用契約における年俸制において、使用者と労働者との間で、新年度の賃金額についての合意が成立しない場合は、年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続、減額の限界の有無、不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、かつ、その内容が公正な場合に限り、使用者に評価決定権があるというべきである。上記要件が満たされていない場合は、労働基準法15条、89条の趣旨に照らし、特別の事情が認められない限り、使用者に一方的な評価決定権はないと解するのが相当である。

2 Y社は、年俸額の決定基準は、その大則が就業規則及び給与規則に明記されていると主張する。しかし、Y社の就業規則及び給与規則には、年俸額に関する規定は全くない上、・・・原審においては、Y社において、年俸額の算定基準を定めた規定が存在しないことを認めていたものであり、Y社において、年俸制に関する明文の規定が存在しないことは明らかである。

3 以上によれば、本件においては、上記要件が充たされていないのであり、また、本件全証拠によっても、上記特別の事情を認めることはできないから、年俸額についての合意が成立しない場合に、Y社が年俸額の決定権を有するということはできない。そうすると、本件においては、年俸について、使用者と労働者との間で合意が成立しなかった場合、使用者に一方的な年俸額決定権はなく、前年度の年俸額をもって、次年度の年俸額とせざるを得ないというべきである。

本件は、年俸額についての労使の合意が成立しない場合の年俸額の決定が問題となったものですが、年俸額の決定基準や決定方法などについての定めが一切存在しない点で、他の成果主義・年俸制をめぐる典型的事案ではありません。

年俸額についての労使間の合意が成立しない場合に、翌年度の年俸額は当然に前年度と同額になるのかという問題がありますが、そのような場合についての明確な決定方式が定められている場合には、原則としてそれによることになるとしても、本件のような事情の下においては、特に年俸額が変更されるための根拠がに以上、前年の年俸額が維持されると解するほかありません。

会社としては、本件のような場合を想定した規定を置くことを検討してください。

詳しくは、顧問弁護士にご相談ください。

賃金16(年俸制の残業取扱い)

おはようございます。

さて、今日は、年俸制の残業取扱いについて見て行きましょう。

まず、最も基本的な誤解としては、「年俸制の場合、残業をしても、割増賃金を支払わなくてもよい」というものです。

年俸制を採用する場合でも、割増賃金を支払わなければいけません。

次に、年俸制において、あらかじめ支給額が決定している賞与については、「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」とはみなされません。

したがって、賞与部分を含めて当該確定した年俸制を算定基礎として割増賃金を支払う必要があります。

つまり、賞与を含めて年俸制を確定している場合には、たとえ年俸額の16分の1を毎月支払っていても、16分の4を年2回の賞与(既に確定している額)として支払った場合であっても、年俸額の12分の1を月の賃金額として計算しなければなりません。

なお、年俸制の場合、すべての場合で、割増賃金算定の基礎に賞与を含めて計算しなければならないわけではありません。

例えば、月給部分のみを年俸制にして、賞与は別途、業績などを考慮して、その都度決定するという方法をとれば、賞与は割増賃金の算定基礎から除外することができます。

この点を知っているだけで、かなり金額が変わってきますね。

なお、現在の賃金規程を変更する必要がある場合、不利益変更の問題が絡んできますので、慎重に行うべきです。

年俸制の導入を検討している社長は、顧問弁護士又は顧問社労士に詳細を確認してください。

賃金15(学校法人大阪経済法律学園事件)

おはようございます。

さて、今日は、労働協約が絡んだ賃金減額に関する裁判例を見てみましょう。

学校法人大阪経済法律学園事件(大阪地裁平成20年11月20日・労判981号124頁)

【事案の概要】

Y社は、昭和46年2月に設立された学校法人で、本件大学を設置している。

Xらは、Y社の期間の定めのない職員で、本件大学において、事務職(教務および図書館)に就いていた。Xらの加入する組合の組織率は3~4割程度であった。

Y社の給与規程においては、「教職員の職務に対する報酬としての俸給は、国家公務員の一般職の職員の給与に関する法律(給与法)に定められた俸給表に準拠して支給する」との定めがあったが、実際には、ある時期から給与法に定められた俸給表に準拠しなくなっていた。そして、昭和55年2月17日の労働協約締結以来、Y社と組合との間で、給与規程の職務等級を前提として、毎年、給与体系表を作成し、同表を含む合意書による合意をしてきた。

Y社は、経営環境の厳しさから、平成16年度春闘に際し、平成16年6月、人件費削減を理由に専任職員の一部につき定期昇給ストップを提案し、同年8月、人件費抑制・削減が重大な課題であるとして、教員定年年齢規程の改定、一部職員の定期昇給の停止等について提案した。

Xらは、04年度協約の締結以降、新たな協約が締結されていない以上、同協約の内容が、その後の平成17年度以降のY社とXらを含む職員の間の給与を規律する規範として効力を有しているなどと主張した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社とXら所属の労働組合との間で締結された04年度の労働協約が、翌年度以降のY社とXらを含む職員との間のベースアップ率、定期昇給にかかる規律までも予定していたものと認めることはできず、また、04年度協約の給与体系表を含む定期昇給に関する内容部分のみを抽出して規範的効力を持たせること(補充規範として機能させること)は当事者の予測ないし当事者の意思解釈の範囲を逸脱するものであって相当でなく、04年度協約は翌年度以降、失効したものとされた。

2 Y社就業規則の定期昇給に関する定めは長年にわたり適用されず形骸化しているから、当該規程部分は平成17年度(05年度)以降におけるY社とXらを含む職員との間の定期昇給について規律する規範としての効力を喪失しており、したがって、当該就業規則は、04年度協約失効後の補充規範としての合理的規範とはなりえない。

3 04年度協約に含まれる給与体系表は、Y社において就業規則であれば当然されるべき行政官庁(所轄の労働基準監督署)への届出(労基法89条)は予定されていなかったところ、当該給与体系表と認めることはできない。

4 04年度協約で定められたものと同内容の労働契約が成立したとは認められず、またその内容が擬制されることもない。

5 失効した04年度協約の内容に沿った労使慣行の成立が否定された。

本件裁判例は、定期昇給を認めてきた労働協約が失効した後の労働条件が争われた事案です。

労働協約の規範的効力について、判例は一般に、当該労働協約内容は労働契約内容にはならないと解しています(外部規律説)。

本件裁判例もこれを踏襲しています。

外部規律説からは、協約失効後は協約で定められた労働条件部分が空白となるため、補充規範をどこに求めるかという点が問題となります。

問題意識としては、継続的な労働関係の維持のために、この空白を一時的に補充する必要があるのではないか、という点があげられます。

本件では、従来の労働協約やY社就業規則に、補充規範としての機能を持たせることを否定しました。

このあたりの議論は、学説上も争いがあるところです。

ポイントは、学説か見解により、一律に結論が決まる問題ではないということです。事案を考慮した上で、当事者の合理的意思解釈をする必要があります。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金14(ノイズ研究所事件)

おはようございます。

さて、今日も引き続き賃金制度改定による賃金・賞与減額に関する裁判例を見てみましょう。

ノイズ研究所事件(東京高裁平成18年6月22日判決・労判920号5頁)

【事案の概要】

Y社は、電子機器の電源雑音を検査する測定器の製作及び販売、コンピュータ利用施設の電磁波の影響調査、測定及びその施設の電磁波防護対策事業等を目的とする会社である。

Xは、Y社の従業員である。

Y社は、就業規則の性質を有する給与規程等の変更を行い、これによりY社の賃金制度はいわゆる職能資格制度に基づき職能給を支給する年功序列型の従前の賃金制度から、職務の等級の格付けを行ってこれに基づき職務給を支給することとし、人事評価次第で昇格も降格もあり得ることとする成果主義に立つ新たな賃金制度に変更された。

その結果、Xは新賃金制度の下において職務等級を降格され賃金を減額されたが、本件給与規程等の変更は無効であり、Xはこれに拘束されない等と主張した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件給与規程等の変更前は就業規則等のうちに従業員に対する制裁規定以外に降格、減給について定めている規定はなかったのであるが、本件給与規程等の変更により、職能給が廃止されて職務給とされ、各職務が分類、格付けされてこれに基づいて各従業員に職務給が支給されるに至ったのであるから、本件給与規程等の変更が合理性がないなどの理由により無効である場合は別として、Xが従事していた職務の格付けに基づいて職務給が決定されたことをもって就業規則に違反するということはできず、就業規則の従業員に対する制裁規定をもって、職務給制度を導入することを禁止する趣旨の規定であるともいいがたい。

2 労使間では、新賃金制度導入および新等級格付けに関する協議において、調整手当の支給高額対象者の調整手当金額相当分を基本給に上乗せするために、その金額に見合う職位に格付けを行うとの案をめぐって対立し、合意に至らなかったのであるから、上記の案の実施についても頓挫したものというほかはなく、結局労使間では、本件給与規程等の変更についての合意が成立しなかった経過に照らすと、Y社がXら組合員との団体交渉を正当な理由なく拒否して本件給与規程等の変更を強行したということはできないし、労働協約の「賃金、労働時間、休暇などの労働条件の改変については、組合との団体交渉によって協議のうえ実施する。」との記載に違反するということもできない。

3 本件給与規程等の変更による本件賃金制度の変更は、旧賃金制度の下で支給されていた賃金額より賃金額が顕著に減少することとなる可能性がある点において不利益性があるが、Y社は、主力商品の競争が激化した経営状況の中で、従業員の労働生産性を高めて競争力を強化する高度の必要性があったのであり、新賃金制度は、従業員に対して支給する賃金原資の配分の仕方をより合理的なものに改めようとするものであって、どの従業員にも自己研鑽による職務遂行能力等の向上により昇格し、昇給することができるという平等な機会を保障しており、人事評価制度についても最低限度必要とされる程度の合理性を肯定し得るものであることからすれば、上記の必要性に見合ったものとして相当であり、Y社があらかじめ従業員に変更内容の概要を通知して周知に努め、一部の従業員の所属する労働組合との団体交渉を通じて、労使間の合意により円滑に賃金制度の変更を行おうと努めていたという労使の交渉の経緯や、それなりの緩和措置としての意義を有する経過措置が採られたことなど諸事情を総合考慮するならば、上記のとおり不利益性があり、現実に採られた経過措置が2年間に限って賃金減額分の一部を補てんするにとどまるものであっていささか性急で柔軟性に欠ける嫌いがないとはいえない点を考慮しても、なお、上記の不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の、高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるといわざるを得ない。

4 新賃金制度下においてY社が行う人事評価は、事柄の性質上使用者であるY社の裁量判断に委ねられているものであるということができるから、Y社が行った人事評価は、これが法令に違反したものであり、またはこれに裁量権の逸脱、濫用があったといえない限り、違法の問題を来さない。

上記判例のポイント3は参考になりますね。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金13(滋賀ウチダ事件)

おはようございます。

さて、今日は、成果主義への変更に関する裁判例について見てみましょう。

滋賀ウチダ事件(大津地裁平成18年10月13日・労判923号89頁)

【事案の概要】

Y社は、事務用教育用機械器具、用具の販売等を目的とする会社である。

Xは、Y社の従業員である。

Y社は、平成14年~平成15年においては、売上げが減少し、約3500万円の赤字が発生した。そこで、Y社では、本件賃金規定の改定を行い、給与体系を変更し、能力給を引き上げる一方、効果係数の変更をするなどした。

また、Y社は、過度に不利益が及ばないように、3年連続で基本給の減額はしない、当該社員が受けた最高の基本給額を基準として、減額の累計がその1割を超える金額とならないこととする制限を設けている。

本件改定は、Y社の合同朝礼において説明され、減額の対象となった社員には個別に説明がされた。しかし、Xは納得しなかった。

Xは、Y社が行った賃金規定の改定は、不利益変更であり、効力が生じないと主張して、改定後の賃金と従前の賃金との差額を請求した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件改定は、・・・Xにおいては、平成14年と15年は考課係数が同じであるのに、1万1700円の減額、翌平成16年は7200円の減額となっている点は、急激な不利益が生じたとみられる。
しかし、企業において大幅な赤字を計上するときに給与規定を改定して対応せざるを得ないのはやむを得ないことと考えられ、本件改定後も減額されたのは数名にとどまっていることからすれば、本件改定が給与を減額する目的のものとはいえず、本件改定は実質的には昇給の抑制に重点があり、さらに昇給を抑制した結果、成果主義を導入して、考課の結果をより直接に昇給に反映させて意欲を刺激しようとしたものとみられるのであって、その目的は不当なものではなく、減額の幅が大きいことも不利益の限度が過度にわたらないように前記のような一定の制限があること及び実際の運用からみて、本件改定それ自体を不合理なものとは評価できない。

2 減額となる対象者が少なく、減額の対象となると減額の幅が大きいことから、不利益を受けたXは、Y社の意に添わない同人を給与減額の対象とするため本件改定がされたと主張する。しかし、減額対象者が少ない前記の考課の結果からみて本件改定後も一定の減額対象者を必ず生じさせなければならないものではなく、Y社の考課方法自体が不当なものということはできないから、Xが実際上相当の不利益を受けることとなっても、それをもって本件改定自体を不合理なものと評価できないし、Y社のXに対する特定の意図、目的を認めるに足りる証拠はない。

3 したがって、本件改定は有効なものであり、Xはその適用を拒むことはできない。そして、他に本件改定後の給与規定の適用を障害する事情は窺えないから、Xの基本給等の差額の請求は理由がないことになる。

本件では、成果主義への変更を有効と判断しています。

上記判例のポイント2は、総論としての考え方として参考になります。

急激な賃金の低下が起こる場合に、いかなる措置を講じておくかと、裁判所が有効と判断しやすいか、という視点も大切です。

詳しくは、顧問弁護士や顧問社労士に相談してみてください。