Monthly Archives: 1月 2011

有期労働契約15(河合塾事件)

おはようございます。

さて、今日は、有期労働契約に関する裁判例を見てみましょう。

河合塾事件(最高裁平成22年4月27日・労判1009号5頁)

【事案の概要】

Y社は、予備校を経営する会社である。

Xは、Y社との間で、期間1年の出講契約を25年間にわたり繰り返してきた非常勤講師である。

Xは、平成18年度の出講契約の担当コマ数について合意できないことを理由に、Xとの出講契約を締結しなかったことが雇止めにあたるとして、地位確認、賃金、慰謝料等を求めた。

Y社は、平成17年12月、受講生の大幅な減少見込み、受講生の授業アンケートの結果に基づく評価が低いことを理由に、18年度の1週間あたりの担当コマ数を従前の7コマから4コマに削減する旨通告した。

Xは、文書で、週4コマの講義は担当するが、合意に至らない部分は裁判所に労働審判を申し立てた上で解決を図る旨返答した。

Y社は、そのような扱いはできないとして、結局、平成18年度の出講契約は締結されなかった。

【裁判所の判断】

雇止めとはいえない。

Y社の対応は不法行為に当たらない。

【判例のポイント】

1 平成18年度の出講契約が締結されなかったのはXの意思によるものであり、Y社からの雇止めであるとはいえない

2 Xの担当講義を削減することとした主な理由は、Xの講義に対する受講生の評価が3年連続して低かったことにあり、受講生の減少が見込まれる中で、大学受験予備校経営上の必要性からみて、Xの担当コマ数を削減するというY社の判断はやむを得なかったものというべきである

3 Y社は、収入に与える影響を理由に従来どおりのコマ数の確保等を求めるXからの申入れに応じていないが、Xが兼業を禁止されておらず、実際にも過去に兼業をしていた時期があったことなども併せ考慮すれば、Xが長期間ほぼY社からの収入により生活してきたことを勘案しても、Y社が上記申入れに応じなかったことが不当とはいい難い。

4 また、合意に至らない部分につき労働審判を申し立てるとの条件で週4コマを担当するとのXの申入れにY社が応じなかったことも、上記事情に加え、そのような合意をすれば全体の講義編成に影響が生じ得ることからみて、特段非難されるべきものとはいえない

5 そして、Y社は、平成17年中に平成18年度のコマ数削減をXに伝え、2度にわたりXの回答を待ったものであり、その過程で不適切な説明をしたり、不当な手段を用いたりした等の事情があるともうかがわれない

6 以上のような事情の下では、平成18年度の出講契約の締結へ向けたXとの交渉におけるY社の対応が不法行為に当たるとはいえない。

この事案は、第1審、原審、上告審で、裁判所の判断が異なります。

さまざまな事案の捉え方があることがわかり、大変勉強になります。

試験問題なんかにいいんじゃないかな。

第1審(福岡地裁平成20年5月15日・労判989号50頁)では、本件出講契約は労働契約であるとしたうえで、本件出講契約の終了は雇止めと認めました。

しかし、常に前年度と同程度の出講コマ数が確保された本件出講契約の継続を期待することは、いわば主観的願望の域を出ないものである等とし、雇止めは有効であるとしました。

第2審(福岡高裁平成21年5月19日・労判989号39頁)では、本件出講契約を労働契約であると見るのは躊躇されるとし、労働契約であるとは認めませんでした。

しかし、最高裁の判断と同様に、Xが承諾書を指定された期日までに提出しなかったことから出講契約が締結されなかったのであるから、Y社による雇止めとするのは無理があるとしました。

他方で、Y社のいささか理不尽ともいうべき強硬一辺倒の態度が、Xの消極的な抵抗へと追い込んでいったという面があることを否定できず、その限りで、Y社の対応は、Xに対する不法行為を構成するとして、慰謝料350万円を認めました。

福岡高裁、思い切りましたね!

ただ、結局、最高裁で破棄されてしまいました。

非常勤講師の雇止め事案に関する裁判例は、雇用継続への合理的期待が低いことを理由に、解雇権濫用法理の類推適用に比較的慎重な姿勢をとることが多いです。

本件もそのような判例のひとつです。

有期労働契約は、雇止め、期間途中での解雇などで対応を誤ると敗訴リスクが高まります。

事前に顧問弁護士に相談の上、慎重に対応しましょう。

解雇30(横浜市学校保健会事件)

おはようございます。

さて、今日は、引き続き、私傷病と解雇に関する裁判例を見てみましょう。

横浜市学校保健会事件(東京高裁平成17年1月19日・労判890号58頁)

【事案の概要】

Y社は、横浜市教育委員会から委託を受け、学校歯科保健事業を行っている団体である。事業の主たる内容は、市立の小中学校のうち希望する学校に歯科衛生士を巡回させて行う歯科巡回指導である。

Xは、歯科衛生士としてY社で勤務してきた。

Xは、頸椎症性脊髄症であり休業を要すると診断された。

Xは、私傷病職免および年休をすべて消化し終えても入院が必要で、業務に従事できない状態であったことから、診断書を添えて休職願を提出した。

Xは、約6年にわたり休職してきたが、Y社は、Xが「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」(Y社勤務条件規程3条3項2号)に該当すると判断し、Xを解雇した。

Xは、本件解雇は無効であると主張した。

なお、本件解雇当時、Xは、左上肢を一時的に上げることはできるものの、左上肢を上げたままの姿勢を長く保持することが困難であるばかりか、左上肢を上げ下げする動作を繰り返していると左手に震え等の不随意運動が生じてしまうという状態にあった。また、左手の握力は9ないし12キログラムと、小学校低学年の女子程度のレベルしかなく、特に左手母指の筋力が著しく弱い状態にあった。Xは、補助具を用いても自力で立つことができず、常時車いすを使用する必要のある状態にあった。

【裁判所の判断】

解雇は有効

【判例のポイント】

1 Xは、小中学校の児童に対する歯科巡回指導を行う歯科衛生士として、あらかじめ職種及び業務内容を特定してY社に雇用されたのであるから、特定されたこの職種及び業務内容との関係でその職務遂行に支障があり又はこれに堪えないかどうかが、専ら検討対象となるものである。

2 歯科衛生士が歯口清掃検査を実施するに当たっては「検査対象児童の歯、歯茎等、口腔内の状態を正確に把握することが必要であるところ、そのためには(1)歯科衛生士が、検査対象児童の口腔内をのぞきこむことができる適切な視線の位置(高さ)を確保する、(2)歯を覆っている唇あういは口付近の肉を検査の邪魔にならないよう押し広げるなどし、歯をむき出しにする、以上の2点が最低限必要である。

3 ・・・以上のような要請を満たす検査を行うには、歯科衛生士は、自分の両上肢の動きを自己の意思で完全にコントロールし、手指を用いて細かな作業を行うことができなければならないというべきであるところ、Xの左上肢の状況にかんがみると、Xの左上肢は、このような作業を行うには堪えられなかったことは明らかであり、結局、Xは、本件解雇当時、歯口清掃検査を行うことができない状態にあったというべきである。

4 Xは、Y社の業務中最も重要な意味を有することが明らかな歯口清掃検査そのものを行うことができないのであるから、本件解雇当時、Xが勤務条件規程3条3項2号「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」い該当していたものといわざるを得ないところである。

5 Xは、本件解雇は、単にXに身体障害が存在することを理由とするものであるから、介助者付きの原職復帰を認めずにした本件解雇は遠方14条1項、労働基準法3条違反である旨主張するが、左上肢の機能の背弦は、歯科衛生士としての資格を持つX自身が行わなければならない事柄に関する問題であって、介助者の有無によって結論に差異をもたらすものではないから、Xの主張は前提を欠いている

本件のポイントは、上記判例のポイント2です。

裁判所が、歯科衛生士であるXが最低限提供すべき履行の内容を基準として示しています。

つまり、Xが従事すべき業務の中核的部分を遂行するに足りるだけの身体的運動能力が認められるか否か、という点で、「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」の該当性を判断したわけです。

職場復帰時に、従前と同様の身体的能力を必要とするか否かが問題となるところですが、あくまで「最低限提供すべき」業務を遂行できるか否かが判断の分かれ目であるわけです。

この点は、従業員側に大変参考になるものですね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

配転・出向・転籍1(オリンパス事件)

おはようございます。

今日は、配転に関する裁判例を見てみましょう。

本件は、公益通報者保護法とも関連するケースです。

オリンパス事件(東京地裁平成22年1月15日・判時2073号137頁)

【事案の概要】

Y社は、デジタルカメラ、医療用内視鏡、顕微鏡、非破壊検査機器(NDT)等の製造販売を主たる業とする会社である。

Xは、Y社に正社員として入社し、平成19年4月から、IMS事業部国内販売部NDTシステムグループにおいて営業販売業務の統括責任者として業務に従事していたところ、取引先からY社関連会社に従業員が入社した。

これについては、Xは、取引先の取締役から、当該従業員と取引先の従業員と連絡を取らせないように言われるなどし、更に、2人目の転職者が予定されていることを知った。

Xは、上司に対し、2人目の転職希望者の件はとりやめるべきであるなどと言った。

これに対し、上司は、Xが上司に提言しに来たのは大間違いなどと電子メールで返信した。そこで、Xは、Y社のコンプライアンス室長らに対し、取引先からの引き抜きの件を説明し、引き抜きがまだ実行されるかもしれない、顧客からの信頼失墜を招くことを防ぎたい等と相談した。

その後、Y社は、Xに対し、IMS企画営業部部長付きとして勤務する旨命ずる配転命令をした。

Xは、この配転命令の効力を争うとともに、この配転及び配転後にXを退職に追い込もうとしたことが不法行為を構成するとして慰謝料等を請求した。

【裁判所の判断】

配転命令は有効

【判例のポイント】

1 使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。

2 すなわち、配転命令は、配転の業務上の必要性とは別個の不当な動機や目的をもってなされた場合には、権利濫用となる。また、配転命令が、当該人員配置の変更を行う必要性と、その変更に当該労働者をあてるという人員選択の合理性に比し、その命令がもたらす労働者の職業上ないし生活上の不利益が不釣合いに大きい場合には権利濫用となる。

3 そして、業務上の必要性については、当該勤務先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。

4 本件配転後、Xの賞与は若干、減額されているものの、勤務地は変わらず、本件配転命令によるXに生ずる不利益はわずかなものであり、本件配転命令が報復目的とは容易に認定し難い

5 Xによる上司及びY社のコンプライアンス室に対する通報内容は、業務及び人間関係両側面の正常化を目的とするものであった。Y社らは、不正競争防止法については全く認識しておらず、公益通報者保護法にいう「通報対象事実」に該当する通報があったとは認められない。

6 公益通報者保護法5条は、「公益通報」をしたことを理由として、不利益な取扱いをしてはならないと規定する。「公益通報」は「通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしている旨を」「通報することをいう。」(同2条1項)とされ、
「通報対象事実」は、同法2条3項で定義されているものに限定され・・・不正競争防止法を含む多数の法律が政令で規定されている。そのため、内部告発にかかる事実が、これらのうちどの法律の問題であるかは必ずしも明確ではない。

配転に関する訴訟で勝訴するのは、従業員側にとって、非常にハードルが高いです。

それは、最高裁(東亜ペイント事件)が示した判断基準が、解雇等と比べて、緩やかだからです。

本件でも、不当な動機目的は認定されませんでした。

配転、出向、転籍に関する裁判例を検討し、いかなる場合に無効と判断されるのかについて、具体的事例を見ることとは、実務において参考になります。

実際の対応については顧問弁護士に相談しながら行いましょう。

解雇29(北海道龍谷学園事件)

おはようございます。

さて、今日は、私傷病と解雇に関する裁判例について見てみましょう。

最近、私が関心を持っている分野なので、同種の事案が続きます。

北海道龍谷学園事件(札幌高裁平成11年7月9日・労判764号17頁)

【事案の概要】

Y社は、高校を営む学校法人である。

Xは、Y社に雇用され、保健体育の教諭の職にあった。

Xは、授業中に脳出血で倒れ、右半身不随となり(当時46歳)、入院治療を受けた。

Xは、2年あまり後、復職を申し出たが、Y社はこれを拒絶した。

なお、Xは、入院中も通信教育を受け、高校の公民、地理歴史の教員免許を取得していた。

Yは、Xを保健体育の時間講師として採用し様子を見ると提案したが、Xはこれを拒否し、その後、Y社は、Xが就業規則の「身体の障害により業務に堪えられないと認めたとき」に該当するものとしてXに通常解雇を通知した。

Xは、解雇は無効であるとして、労働契約上の地位の確認と賃金の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

解雇は有効

【判例のポイント】

1 Xは、解雇通知を受けた当時において、Y社における体育教諭として要請される保健体育授業での各種運動競技の実技指導を行うことはほとんど不可能であったし、教室内等の普通授業においても発語・書字力がその速度・程度とも少なくとも未成熟な生徒を対象とすることが多い高等学校の教諭としての実用的な水準に達しないことから多大の困難が予想され、とりわけ、授業・部活動中の生徒の傷害等事故の発生時に適切な措置をとることができないことが確実であり、その余の分掌事務(例えば、学園祭における各種行事の実行指導とか、修学旅行の付き添いなど)か、相当の困難が伴う身体状況にあったものと認められ、これらを擁するに、Xの身体能力等は、体育の実技の指導・緊急時の対処能力及び口頭による教育・指導の場面等においてY社における保健体育の教育としての身体的資質・能力水準に達していなかったものであるから、Y社での保健体育教員としての業務に耐えられないものと認めざるを得ない。

2 もっとも、Xに対して適宜に補助者を付け、分担すべき業務を軽減し、また平素の授業における生徒の理解と協力を得られるならば、Xが保健体育の教員としての業務を遂行できる場合がありうること、Xが身体障害を克服する努力を続ける中で生徒の理解と協力を得つつ教員として活動することでXが主張するような教育的効果を期待し得る場合があることは、いずれも首肯し得ないではない。
しかし、本件においては、Xがその「身体の障害」によってY社の就業規則所定の「業務に堪えられない」と認められるかどうかが争点であって、Xが主張するような補助や教育的効果に対する期待(ただし、現実問題としてこれらが常に随伴するとは考え難い。)がなければ、Xが教員としての業務を全うすることができないのであれば、Xは身体の障害により業務に堪えられないもの、すなわち、同規則に該当するものであることを肯定するに等しいものというべきである

3 また、Xは、公民、地理歴史の教諭資格を取得したから同科目の業務に従事することができると主張するが、Xは保健体育の教諭資格者としてY社に雇用されたのであるから、雇用契約上保健体育の教諭としての労務に従事する債務を負担したものである。したがって、就業規則の適用上Xの「業務」は保健体育の教諭としての労務をいうべきであり、公民、地理歴史の教諭としての業務の可否を論ずる余地はないというべきである。

第1審では、Xが傷害を負いながらもこれを克服するために懸命に努力する姿を示すことは生徒への教育的効果も期待でき、この点を考慮に入れるべきであるとの指摘も行った上で、Xが業務に堪えられないとはいえず、解雇は無効であると判断されました。

これに対し、控訴審は、上記のとおり判断し、解雇は有効であると判断しました。

第1審は、Xが教育に携わる者であるという実質を重視したのに対し、控訴審は、あくまで就業規則の文言の形式的解釈を重視したというものです。

立場により、主張するポイントが異なるという点では、参考になる裁判例ですね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

労災38(音更町農業協同組合事件)

おはようございます。

今日は、午前中は、ずっと裁判の打合せです。

午後も、裁判の打合せが3件、夕方から事務所会議です。

・・・接見に行かないと

今日も一日がんばります!!

さて、今日は労災に関する裁判例を見てみましょう。

音更農業協同組合事件(釧路地裁帯広支部平成21年2月2日・労判990号196頁)

【事案の概要】

Xは、大学卒業後、Y社の事務職の正社員となり、酪農課、農産課を経て青果課に所属し施設管理業務を担当していたが、同課の係長が疾病で入院休職したので、同係長の担当していた販売業務の一部を分担するに至った。

Xは、業務増大のため疲労し、次第に体調の不良を訴えた。

Xは、Y社倉庫において、自殺した(死亡当時33歳)

Xの遺族は、Y社に対し、Xが過労によりうつ病に罹患し自殺したのは、Y社の職員に対する安全配慮義務違反によるものであるとして、損害賠償を請求した。

なお、北海道帯広労基署長は、Xの自殺は業務上災害であると認定した。

【裁判所の判断】

Xの損害につき、約1億円の支払いを命じた。

【判例のポイント】

1 Xの自殺がY社における業務に起因するものであるか否かを検討するに当たっては、労働省労働基準局長の平成11年9月14日基発第544号「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」と題する通達に従って認定するのが相当である。

2 Y社は、その雇用売る労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことのないよう注意し、もって、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っていると解するのが相当である。

3 Y社は、平成17年5月にタイムカード制を導入するまでは出勤簿でのみ職員の勤務を管理し、超過勤務についても職員の自己申告に委ね、これをチェックすることもしていなかったのであって、その労働時間管理は杜撰なものであったというほかないが、仮にそうであっても、課長は、上司としてXと職場をともにし、日々同人の動静を把握できる立場にあり、現にXの業務量が増大していることを認識していたものである。また、Xは、平成16年11月から度々体調不良や通院を理由として早退届や外出届を提出していた。こうした事情に加えて、平成17年2月にXが提出した自己申告書には、他部署への異動を希望する旨の記載があったこともあわせると、Y社は、Xが業務負担の増大及びこれを原因とする疲労の蓄積や体調不良に悩んでいたことを認識し、あるいは認識することが可能であったというべきである。
そうだとすれば、Y社は、遅くとも平成17年3月までには、Xの業務量を軽減する措置を講ずる義務があり、かつそのような措置を講ずることは可能であったというべきである。

4 ところが、Y社は、平成16年6月から翌9月にかけてわずか1か月間程度アルバイト2名を増員したほかは、Xの業務負担を軽減する措置を特段講じていない。それどころか、Y社は、平成17年4月1日付けで、Xを係長に昇格させているが、Xの青果課における従前の仕事ぶりや性格等からして同人が青果課係長職として相応しいかどうか十分に検討したかどうか疑問があり、しかも初めて管理職に就くXに対するフォローもしていないのである。その結果、Xの業務負担はさらに増大し、未処理案件は山積みとなり、Xは単純な業務ですら手をつかないような状態に陥ったものである。そうした状況下で、本件異物混入事件という、青果課係長としてのXの心に重い負担を与えたと思われる事件が発生し、さらに追い打ちをかけるように、本件異物混入事件の後処理をした翌日、課長による長時間の叱責があったのであって、これが決定的打撃となり、Xのうつ病エピソードを悪化させたものと推認するのが相当である。
したがって、Y社は、労働者であるXに対する安全配慮義務を怠ったというべきである。

5 Xは、平成16年6月以降、増大する業務負担に耐えながらも結局精神病に罹患し、妻と当時未だ1歳の娘を残し、33歳という若さで自ら命を絶つという非業の死を遂げたものである。Y社は、Xが心身に変調を来していることを現に認識し、あるいは認識し得べきであったにもかかわらず、特段の措置を講じなかったどころか、ほとんど何の配慮のないまま係長へと昇格させるという無謀な人事を断行し、さらには本件異物混入事件というXにとっても衝撃の大きかったと思われる事件の2日後に上司が長時間にわたって叱責を行った結果、Xを首つり自殺という惨い死に方へと追いやったものである。
こうした事情に照らすと、Xの死亡慰謝料は、3000万円をもって相当と認める。

会社側としては、大変参考になる裁判例だと思います。

従業員を昇格させる場合、通常、その従業員の職務上の責任は重くなります。

昇格させる際、その従業員が昇格後の職務上の責任を果たし得るか、また、その職務上の地位にふさわしい人物か否かについて、十分検討するべきです。

上記判例のポイント4は参考になりますね。

また、仕事上、上司が部下を叱責することはどの会社でもあることです。

しかし、これも方法、態様、程度によっては、パワハラと評価されること、本件同様に、労災につながり得ることを、十分認識するべきです。

いろいろな意見があるところだと思いますが、裁判所がそのように判断している現実をまずは受け入れましょう。

解雇28(岡田運送事件)

おはようございます。

さて、今日は、私傷病と解雇に関する裁判例を見てみましょう。

岡田運送事件(東京地裁平成14年4月24日・労判828号22頁)

【事案の概要】

Y社は、貨物自動車運送業等を業とする会社である。

Xは、Y社に雇用され、運送業務に従事していたが、平成11年7月、病院で脳梗塞の診断を受けてしばらく欠勤を続けたところ、Y社から無届欠勤で懲戒解雇する旨告げられ、その後、さらに解雇する旨の解雇通知書を受けた。

Xは、解雇後もY社の従業員たる地位を有することの確認、賃金の支払い等を求めた。

【裁判所の判断】

懲戒解雇は無効だが、普通解雇としては有効

【判例のポイント】

1 Xが、しばらく欠勤する旨を会社に電話で告げるとともに2度にわたって診断書を提出し、その後においては診断書を追加して提出すべきかどうか尋ねたところ、その必要はないと告げられていたにもかかわらず、「正当な理由なしに無届欠勤7日以上に及ぶとき」に該当するとしてなされた懲戒解雇は無効である。

2 懲戒解雇の要件は満たさないとしても、当該労働者との雇用関係を解消したいとの意思を有しており、懲戒解雇に至る経緯に照らして、使用者が懲戒解雇の意思表示に、予備的に普通解雇の意思表示をしたものと認定できる場合には、懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思表示が内包されていると認めることができる。

3 Y社は、脳梗塞を発症したXをもはや運転手として雇用し続けることはできないとの考えに基づいて、病気を理由とする退職勧奨を数回Xに対して行っていたものと認められるから、本件解雇通告および解雇通知書は、懲戒解雇の意思表示のほか、予備的に普通解雇の意思表示を含むものと認定でき、Xに本件解雇通告の時点で、トラック運転手としての業務に就くことが不可能な状態にあったと認められるから、「身体の障害により業務に堪え得ないと認めたとき」の普通解雇事由に該当する

4 業務外傷病による長期欠勤が一定期間に及んだときは休職とする旨の規定があるからといって、直ちに休職を命じるまでの欠勤期間中解雇されない利益を従業員に保障したものとはいえず、使用者には休職までの欠勤期間中解雇するか否か、休職に付するか否かについてそれぞれ裁量があり、この裁量を逸脱した場合にのみ解雇権濫用として解雇が無効となる

5 本件では、休職までの欠勤期間6か月間および休職期間3か月を経過したとしても就労は不能であったから、本件解雇に際し休職までの欠勤期間を待たず、かつ、休職を命じなかったからといって、本件解雇が労使間の信義則に違反し、社会通念上、客観的に合理性を欠くものとして解雇権の濫用になるとはいえない。

本件は、解雇を有効としたケースです。

懲戒解雇は無理があります。

復職の可否については、医師の判断に基づいて決定してください。

決して、社長の独断で決定しないでください。

なお、総務の方は、上記判例のポイント4は、おさえておくといいと思います。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

解雇27(乙山金属運輸事件)

おはようございます。

さて、今日は、整理解雇に関する裁判例を見てみましょう。

乙山金属運輸事件(東京高裁平成22年5月21日・労判82頁)

【事案の概要】

Y社は、貨物自動車運送事業を営む会社であり、A社からの受注がその業務の約8割を占めていた。

Y社の従業員は、事務部門が正社員6名、派遣社員3名および嘱託社員1名、運転部門が正社員35名であった。

Xらは、Y社の運転部門の正社員で、Xらを含むY社の従業員13名は、労働組合を結成している。

Y社は、平成20年11月、従業員に対して、経営状況の急激な悪化により大幅な事業縮小が避けられないこと等を伝えた。

その後、Y社は希望退職者の募集の説明会を行ったが組合の合意が得られず、再募集の条件を提示した。

しかし、募集期間経過後に退職を申し出た従業員は、合計7名にとどまった。そこで、Y社は、Xらを含む8名に対し、整理解雇をする旨の意思表示をした。

Xらは、本件整理解雇が無効であるとして、労働契約上の地位の保全ならびに賃金の仮払いを申し立てた。

宇都宮地裁栃木支部は、整理解雇は無効であると判断した。

そこで、Y社は、保全抗告を申し立てた。

【裁判所の判断】

整理解雇は有効

【判例のポイント】

1 整理解雇が有効と判断されるためには、まず、当該整理解雇をするに当たって、人員削減の必要性があったこと、使用者が解雇回避努力を尽くしたこと、解雇された労働者についての人選に合理性があったこと及び解雇に至る手続に相当性があったことの4要件が具備されていることを要すると解するのが相当である

2 人員削減の必要性については、平成20年8月以降の売上高および前年当月比の減少は過去に例のない大幅なものであり、そして、それはいわゆるリーマン・ショックに端を発した世界経済の急減速によるものと考えられ、相当程度長期にわたって続くことが予想される性質のものである。また、必要な人員削減数については、公認会計士の報告書を受けて、従業員の給与の減額や他の経費節減等を行うこととして、15名と決したものであり、合理的なものである。一方で、一時帰休を実施する可能性や、整理解雇後の傭車台数の増加も、人員削減の必要性を否定するものではない。
以上によれば、Y社の運転部門において15名の人員を削減する必要性があったことが疎明される。

3 解雇回避努力については、上記各措置が解雇回避努力に当たる。また、社長の妻の役員報酬(885万円)を減額しても、解雇を回避する効果があったとはいえないこと、希望退職者の募集に際して、Y社が、募集期間を延長し、優遇措置を設ける等の努力をつくしていたこと、希望退職者の対象を運転部門に限定したことも、事務部門に関しては運行管理等の事務量にかんがみて大幅な削減をすることができない状況にあったことから、合理的なものと評価できる
以上によれば、Y社は、解雇回避努力を十分に尽くしたことが疎明されるというべきである。

4 人選の合理性については、査定項目及び査定評価の基準に特段相当性を欠く点はみられないこと、10分を超える遅刻のみ減点査定の対象とするという基準は定量的・客観的なものであり、このような基準を従業員に明らかにしないからといって、恣意的な運用がされた可能性があるとはいえないこと、頻繁に遅刻をしていた従業員に対して始末書を提出させ、その始末書提出について(遅刻の減点査定とは別個に)限定査定をしたとしても、偶発的に遅刻をした場合と遅刻に常習性がみられる場合とで評価に軽重を設けることは、特段不合理な評価方法であるとはいえないこと、従業員にインフルエンザの予防接種を受けることを強く推奨し、これに応じなかった者について減点査定をすることも、合理的な評価方法であるといえること、誤出荷、積卸しの作業マニュアル違反、上司への暴言等を理由として警告書を交付し、これについて減点査定をすることも不合理とはいえないこと、複数の者で査定をする査定体制も、人事評価の公平性および客観性を担保するための合理的な体制であるといえる。
以上のとおり、一般的な査定項目や査定評価基準、査定体制のほか、Xら各人についての具体的査定についても、特段不合理な点はみられず、その査定の結果、下位の者から相手方らを含む8名を選んで整理解雇の対象者としたことについては、合理性があることが疎明される。

5 手続の相当性については、本件組合との交渉や、従業員に対する説明会の経緯等に照らせば、Y社は、本件整理解雇に当たって、手続きを十分につくしたということができる。

本件は、整理解雇が認められた珍しい裁判例です。

地裁では、仮処分、保全異議ともに、整理解雇は無効であると判断されています。

このような判断の相違に触れる度に、やはり、事前に(訴訟前に)、会社が行為の有効性を判断するのは、非常に難しいことであると感じます。

「ここまでやって、裁判所に無効だと判断されるのであれば、それはもう仕方のないことだ」というところだと思います。

いずれにしても、会社としては、可能な限りの準備をするべきです。

特に整理解雇に関しては、必ず顧問弁護士と相談の上、実施することを強くお勧めします。

労災37(リクルート事件)

おはようございます。

昨夜は、旅行代理店静岡支店長Aさんと毎度おなじみのYさんと新年会でした

Aさん、電車間に合わなかったですね・・・

次回は、Yさんと遠征に行きますよ!!

今日は、特に予定が入っていないので、書面を作成します。

今日も一日がんばります!!

さて、今日は、労災に関する裁判例を見てみましょう。

リクルート事件(東京地裁平成21年3月25日・判時2061号118頁)

【事案の概要】

Y社は、就職情報誌の発刊その他各種情報の提供、企業の人事・組織等に関する各種サービスの提供等を行う会社である。

Xは、Y社の従業員として、就職情報事業編集企画室に配属され、その後、インターネット上の就職情報サイトの編集制作職として業務に従事していた。

Xは、休日に、自宅でくも膜下出血を起こし、死亡した(死亡当時29歳)。

【裁判所の判断】

中央労基署長による遺族補償給付等不支給処分は違法である。
→業務起因性肯定

【判例のポイント】

1 労働基準法及び労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の死亡について行われるが、業務上死亡した場合とは、労働者が業務に起因して死亡した場合をいい、業務と死亡との間に相当因果関係があることが必要であると解される。
また、労働基準法及び労災保険法による労働者災害補償制度業務に内在する各種の危険が現実化して労働者が死亡した場合に、使用者等に過失がなくとも、その危険を負担して損失の補填の責任を負わせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであるから、上記にいう、業務と死亡との相当因果関係の有無は、その死亡が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。

2 そして、脳・心疾患発症の基礎となり得る素因又は持病を有していた労働者が、脳・心疾患を発症する場合、様々な要因が上記素因等に作用してこれを悪化させ、発症に至るという経過をたどるといえるから、その素因等の程度及び他の危険因子との関係を踏まえ、医学的知見に照らし、労働者が業務に従事することによって、その労働者の有する素因等を自然の経過を超えて増悪させたと認められる場合には、その増悪は当該業務に内在する危険が現実化したものとして業務との相当因果関係を肯定するのが相当である。

3 Xのくも膜下出血発症前の6か月間において証拠上明らかに認められる1か月当たりの時間外労働時間は、39時間22分、67時間32分、83時間44分、25時間30分、71時間20分、50時間30分になるところ、Xは、これに加えて、1か月に1、2回の休日労働や一定の時間外労働に従事していたことや、平日の深夜ないし未明や休日に自宅で業務を行っていたことが推認できる。そして、Xは、週に数回、徹夜ないしはそれに近い状況で業務を行うことを繰り返しておりその業務自体から直ちに過重な精神的負荷を受けていたとはいえないとしても、質の高い仕事を行うべく一定の精神的負担を受けていたことを考慮すると、Xの業務は、特に過重なものであったというべきである

4 Xは本件疾病であるくも膜下出血を発症しているのであるから、その発症の基礎となり得る素因等又は疾患を有していたことは明らかであるが、その程度や進行状況を明らかにする客観的資料がないだけでなく、同人は死亡当時29歳と相当程度に若年であり、死亡前に脳・心臓疾患により医療機関を受診したり受診の指示を受けた形跡はなく、血圧についても境界域高血圧又はこれを僅かに超える程度のものに過ぎず、健康診断においても格別の異常は何ら指摘されていないことから、・・・他の確たる発症因子がなくてもその自然の経過により血管が破裂する寸前にまで進行していたとみることは困難である。

深夜までの勤務や休日勤務、徹夜での勤務をしている従業員の方は、やはり健康状態に気をつけなければいけません。

・・・私も気をつけなければいけませんね

まだまだ大丈夫、自分は大丈夫、と思っていても、たまにはちゃんと休養をとるべきですね。

と、自分に言い聞かせています。

解雇26(J学園事件)

おはようございます。

さて、今日は、うつ病を理由とする解雇に関する裁判例です。

J学園事件(東京地裁平成22年3月14日・労判1008号35頁)

【事案の概要】

Y社は、Y女子学園中学校、Y女子学園高等学校を経営する学校法人である。

Xは、大学卒業後、他の学校等で勤務し、国語科の教員として勤務していた。

Xは、平成15年6月頃、うつ病を発症し、その後、症状が悪化し、休職した。

Xは、平成19年9月、復職したが、その後も何度か欠勤したため、Y社は、「心身の故障のため職務の遂行に支障があり、又はこれにこたえられないとき」(就業規則38条1項(2))に該当するという理由で、免職の通知をした。

Xは、Y社に対し、うつ病の罹患や悪化についてY社に安全配慮義務違反があり、また、解雇が相当性を欠くなどと主張し、損害賠償、雇用契約上の地位確認、解雇後の賃金の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

Y社の安全配慮義務違反は認められない。

本件解雇は無効

【判例のポイント】

1 ・・・Y社の業務によるXの心理的負荷が非常に強度であったとは認められない。

2 Xは、うつ病の治療を通じて、抗うつ剤等の処方を受けたが、これらが効きにくい状態にあり、復職の約2か月前には、症状が悪化して約2週間にわたり入院した。医師は、時期尚早とも考えていたが、休職期間満了により退職させられることを避けるためもあって復職可能診断をした。このような事実によれば、Xのうつ病は、そのころ、あながち軽いものではなかったというべきである。また、Y社は、Xが無理なく復職できるように、かなり慎重な配慮をしているが、それにもかかわらず、Xは、平成19年11月ころから平成20年1月ころにかけて、円滑に復職することができず、欠勤して生徒に迷惑をかけることもあった。そうだとすると、Y社が、そのころ、これ以上業務を続けさせることは無理と結論づけて、退職させるとの意思決定をしたことは、やむを得ない面もあると考えられる(教員の配置の選択肢は限られているし、Xは、いったん非常勤講師になって、回復したら専任教員に戻るという提案を断っている)。

3 しかし、Xは、平成15年11月ころから平成18年夏ころまでの間、抗うつ剤等の投薬治療を受けながら、専任教員として業務をこなしてきた時期もある。・・・病院の診断書には、「症状が安定すれば、復職も可能と思われる」という記載がある。Y社の就業規則には、「業務外の傷病により、欠勤が引き続き90日を経過した」場合の休職期間は、「1年以内」であると定められているところ、医師からの指示に基づき休職に入ったXに対し、Y社が取得可能な休職期間は1年間であると通知したことにつき、就業規則の解釈に誤りがあったといわざるを得ず、Xの休職期間は90日分延長できたはずである。Xは、本件解雇後、かなり回復したことが認められ、平成21年3月17日を最後に、うつ病治療のために通院をした形跡がない。本件の証拠調べ期日における供述態度等によれば、Xの社会への適応に大きな問題があるとは見受けられない。医師は、証人尋問において、かなり慎重な表現ではあるが、復職の可能性を肯定する趣旨の証言をしている。
以上の事実を総合すれば、Xの回復可能性は認められるということができる。

4 添付資料(「職場復帰の手順と方法-メンタルヘルス不全による休業者を復帰させるには」)は、職場復帰の可否の判断において、主治医との連携を必要なものとしており、そのポイントとして、職場の安全衛生担当者が本人とともに主治医と三者面談を実施して、信頼関係を形成したうえで、復職可能性、復職後の職務の内容・程度等を慎重に判断していくことを推奨している。・・・ところが、Y社は、Xの退職の当否等を検討するに当たり、主治医から、治療経過や回復可能性等について意見を聴取していない。これには、校医が連絡しても回答を得られなかったという事情が認められるが、そうだとしても(三者面談までは行わないとしても)、Y社の人事担当者である教頭らが、医師に対し、一度も問い合わせ等をしなかったというのは、現代のメンタルヘルス対策の在り方として、不備なものといわざるを得ない

5 Xは、教員としての資質、能力、実績等に問題がなかったのであるから、うつ病を発症しなければ、この時期の解雇されることはなかったということができる。そうだとすると、Y社は、本件解雇に当たって、Xの回復可能性について相当の熟慮のうえで、これを行うべきであったと考えられる。しかし、Y社は、Xに対し、休職期間について誤った通知をしたうえで、Xの回復可能性が認められるにもかかわらず、メンタルヘルス対策の不備もあってこれをないものと断定して、再検討の交渉にも応じることなく、本件解雇に踏み切った。Y社が平成20年度末に本件解雇をしたのは、年度の変わり目において人員配置や予算執行計画を確定するためであったとも考えられるところであるが、このような事情は、Xの回復可能性等に優先するものとはいいがたい。
以上によれば、Xを退職させるとの意思決定に基づく本件解雇は、やや性急なものであったといわざるを得ず、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものというべきである。

本件においても、他の事案と同様、Y社としては、それなりの対策を講じたものだと思います。

本件では、Y社は、「メンタルヘルス不調者の職場復帰プログラム」を策定し、当該労働者に対しても、病状が
明確になってから休職期間満了直前までの間に、20回以上、臨床心理士によるカウンセリングの受診機会を設けるなどしたほか、産業医が主治医の見解を問い合わせるなど職場復帰に向けた対応を取っていました。

しかし、結果としては、上記判例のポイントのとおり、本件解雇は無効と判断されています。

メンタルヘルス対策は、非常に難しく、どこまでやればいいのかがわかりにくいですね。

就業規則の解釈に誤りがあったと判断され、それが結論に影響を与えた点は、注目すべきです。

本件のようなケースで、解雇をする場合には、顧問弁護士に相談の上、慎重に行ってください。

労災36(東加古川幼稚園事件)

おはようございます。

自宅で、本日の証人尋問の準備中でございます

今日も、昨日に引き続き、午前中に刑事裁判が1件あります。

午後は、ずっと証人尋問です

夕方、事務所で1件、裁判の打合せをし、その後、新年会です

今日も一日がんばります!!

さて、今日は、労災に関する裁判例を見てみましょう。

東加古川幼稚園事件(東京地裁平成18年9月4日・労判924号32頁)

【事案の概要】

Y社は、兵庫県加古川市内において、4か所の無許可保育園を設置、運営していた。

Xは、Y社において、保母として勤務していた。

Xは、適応障害に分類される精神障害を発症し、入院検査を受けることとなり、Y社を退職した。

Xは、入院翌日、精神的不安が消失し、検査値に異常がないと認められ、退院して自宅療養をすることになった。

Xは、教会において洗礼を受け、元気を取り戻し始め、新しい保育園探しを開始するなどした。その際、Xは、Y社に対し、離職票の発行を要求したところ、Y社は5月の連休明けにならないと発行できないなどとしXと口論となった。結局、Y社は、連休前に離職票を発行した。

Xは、離職票を受領した2日後、自宅において自殺した。

【裁判所の判断】

加古川労基署長による遺族補償給付等不支給処分は違法である。
→業務起因性肯定

【判例のポイント】

1 労災保険制度が、労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、相当因果関係を認めるためには、当該死亡等の結果が、当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である。
そして、精神障害の発症については、環境由来のストレスと、個体側の反応性、脆弱性との関係で、精神的破綻が生じるかどうかが決まるという「ストレス-脆弱性」理論が広く受け入れられていると認められることからすれば、業務と精神障害の発症との間の相当因果関係が認められるためには、ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、脆弱性を総合考慮し、業務による心理的負荷が、社会通念上、精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に、業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして、当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。

2 Xは、保母としての経験が浅かったのに、Y社で課せられた業務内容は極めて過酷なものであったというべきである。かかるY社での過酷な業務に加え、Xに対し、本件2月7日指示及び園児送迎バス時刻表作成業務が課せられたのであり、かかる業務内容は、Xに対し、精神的にも肉体的にも重い負荷をかけたことは明らかであり、Xならずとも、通常の人なら、誰でも、精神障害を発症させる業務内容であったというべきである。ましてや、Xは、これまで精神病や神経症の既往歴はなく、精神科医らの意見書等をも考慮すると、Xは、Y社の過重な業務の結果、適応障害に分類される精神障害を発症したというべきであり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。

3 うつ病の特徴的な症状は抑うつ気分、意欲・行動の制止、不安、罪責間、睡眠障害であるところ、Xには病院退院後本件自殺に至るまでの間に上記のようなうつ状態の特徴的な症状がみられた。・・・Xは、病院退院後も、自殺に至るまでの間、精神障害であるうつ状態に特徴的な症状がたびたび出ていたと認めるのが相当であり、自殺するまでの間に、Xの症状が寛解したと認めるに足りる的確な証拠は存在しないというべきである。

4 精神障害が寛解していたとの主張については、当該病院には精神科がなく、診察した医師も精神科医でないことや、当該病院を短期間で退院し、精神科受診を勧められなかったことが、精神医学的に適当な措置であったかどうかは疑わしいこと、うつ病には気分変動があり、これを繰り返しながら回復していくことを考えると、受洗や就職活動の開始は、寛解したと認める決め手にならない

5 本件自殺が精神障害によるものではなく、いわゆる「覚悟の自殺」であるとの主張についても、たしかにXの遺書の内容は理路整然としており、文字の乱れもないが、精神的抑制力が著しく阻害された場合や、うつ状態による希死願望が生じた場合に、必ず文字が乱れるという関係は認められない

本件で特徴的なのは、退職後1か月経過後に自殺した点です。

退職後の事情により自殺したとなれば、業務起因性が否定されます。

本件では、在職中の事情によると判断されました。

被告の主張に対する裁判所の判断は、とても参考になります。

なお、この事案は、本件行政訴訟のほかに、民事訴訟も提起されており、最高裁判所(最三小決平成12年6月27日・労判795号13頁)で、損害賠償請求が肯定されました。

ただし、本人の性格や心因的要素が過失相殺の対象とされ、8割の減額がされています。